第12話・追憶
ジパングでヤマタノオロチを成敗してから一週間後、やよいやその婚約者のアマテラスに別れを告げ、カイン達一行はオーブを集めるべく、そして魔王バラモスを打倒すべく再び旅立った。
だが、彼等は、誰も、ノアでさえも気付いていなかった重大な問題に直面することとなる。正確には付き合っていた。と言ったほうが正しいかもしれないが。その問題とは・・・・
先日深夜、ノアはもはや習慣となったカインとの模擬戦を終え、自分の部屋に戻り、袋の中から幾つかの木の実と種を取り出し、それを飲み込むと、ベッドに身を横たえ、夢の世界に旅立とうとした矢先の出来事だった。
ドガガガガガッ・・・・・
部屋の下から大きな音が聞こえてきた。モンスターの襲撃か!? 慌てて起きて部屋から飛び出すと、今日の夜の操舵係であったマリアがこれまた慌てた様子で甲板から降りてくるのと鉢合わせた。彼女の慌てぶり、そしてさっきの音・・・・
「まさか・・・」
頭に一つの可能性が浮かんだ。マリアと顔を見合わせる。彼女も同じ考えに達したようだ。少々顔色が悪い。
急ぎ二人が降りてみると、予想通り船の船腹に穴が開き、浸水していた。暗礁にでも乗り上げたのだろう。
「えーと・・・」
「板を持って来い!! 穴を塞がなきゃ、船が沈むぞ!!」
「何だ何だ?」
「ムニャムニャ・・・どしたの?」
慌てて修理しようとするノアとマリア。そこに騒ぎを聞きつけて起きて来たカインとフォズが加わって混乱に拍車がかかった。
「ちょっと、どいて!!」
「え? 何? 何?」
「早く板を・・・それに大工道具も・・」
「うわ!! 水が漏れて・・・」
「わあっ!! 沈没するよおっ!!」
「縁起でもないことを言うんじゃ・・・」
バキッ
「ゲッ、また穴が開いた」
「どうしようーーー???」
「早く水をくみ出すんだ!!」
「それより板を・・・」
「全員少し落ち着け!!!」
結局何とか穴を塞ぐことができ、船も沈まずにすんだ。
その後原因の追究をしてみると恐るべきことが明らかになった。
「ええっ!? じゃあ僕を含めて四人全員船のことには素人だって言うのか?」
真っ青になるカイン。流石に武術、剣術、魔法の訓練は受けていても航海術の訓練は受けていないらしい。まあ受けていないというよりは教えられる者がいなかったのだろうが。アリアハンには港も無いのだから。
「私は国々を移動する時は定期船を使っていたわね」
「右に同じ」
と、マリアとフォズ。カインと同じく二人とも目に見えて顔色が悪い。これからの旅に不安を感じているのだろう。
「僕はここ数年の間は海を渡るときは泳いでたけど」
と、ノア。
「お、泳いで・・・・ですか・・・」
外海を泳いで渡るなど無茶を通り越して無謀と断言できる行為だが、これまでノアは自分達の持つ常識といったものが一切通用しない芸当を幾度も見せてきた。そのため、普通の人が聞けば大ボラとしか聞こえない話もカイン達相手にはある程度の説得力はある。
そして話し合いの結果、
「・・・・これまで何の問題も無く航行してこれたのは幸運だった、としか言いようが無いわね」
というのが結論だった。つまりこの先今回のような事態はいくらでも起こり得る、ということだ。
「まあ心配しないで。もし船が沈んだら僕が三人とも抱えて陸まで泳ぐから」
「「「余計、不安だ!!!」」」
と、ノアの楽観的な意見を却下する三人。声がハモっていた。その迫力にノアもたじろいだ。
「じゃあ今後もこんな事態が起こりえることを想定して修理のための道具とかを急いで揃えるというのは?」
先程の案より余程現実的な意見が出てきた。ノアは不思議な地図を広げ自分達の、正確にはこの船の現在位置を確認した。そしてある一点で目が止まる。
「ちょうど良いところがあるじゃないか。これなら船の修理も完璧にできるよ」
「?」
フォズはノアの意図が読めず、首をかしげた。
その頃、リンダは分厚い本を片手に鍋に向かっていた。彼女も年頃の娘なのでこれが恋人や家族のために料理書片手に普段できない料理でもしているのなら微笑ましい光景でもあったろうが、部屋は薄暗く、天井には蛇や蝙蝠の干物が吊るしてあり、棚には様々な動物の脳や内臓を魔法薬とともに入れた瓶が所狭しと並んでおり、更に彼女の向かっている鍋の中身の色も紫色をしており、そんな雰囲気とは程遠い妖気を醸し出していた。
「駄目ねこれは。失敗だわ」
ふいにリンダはそう言うと鍋の中身をブチ撒けた。嫌なにおいが部屋中に広がる。気にする様子もなくそばにあった椅子に腰掛けた。
「中々思い通りにはいかないものね」
目の前の机に置いてあるメモに今回の実験の反省点などを記入していく。今回の失敗を次回の成功につなげるためだ。
やがて書き終わると立ち上がった。
「そういえば・・・今日でちょうど十年か・・・」
何かを思い立ったような表情のリンダはそのまま部屋を出た。
「おやおや、誰かと思えばノアじゃないか、久し振りだねぇ」
「大体二年ぶりかな、そちらも元気そうで」
ノアとお頭は握手をかわした。
ノアはあの後すぐに近くの大陸に船をつけ、海沿いにあった民家に入った。なんとそこは海賊のアジトで、本来なら部外者であるカイン達は即刻つまみ出される筈なのだが、ここでもノアの顔が役に立った。海賊たちはノアの顔を見るなり緊張し、
「やあ、久し振り、船長に会いたいのだけど」
この一言で言われるまま船長の部屋に案内したのだ。
「ところでノア、後ろにいるのはあんたの仲間かい?」
ノアの後ろにいる三人を見て言うお頭。
「ああ、僕の仲間で・・・・」
「カインです」
「マリアよ」
「フォズだよ♪」
三人とも自己紹介する。お頭はしばらく品定めするような目で三人を見ていたが、
「あたしはルナってんだ。この海賊団を仕切ってる。ノアには以前、仕事の後、魔物の大群に襲われてるところを助けられてね」
と三人に挨拶した。マリアはその時、
(海賊の仕事は当然商船の襲撃・・・・その後ということは当然海の上での出来事・・・・ノアの泳いで海を渡るというのが本当だと証明されたわけね)
と、冷静に分析していた。
「で? 今日は何の用があってここに来たんだい?」
とルナ。早速本題に入ろうというのだ。その態度にノアも余計な前置きは抜きにして用件を伝える。
「僕達の船が壊れてしまってね。その修理をお願いしたいんだよ。それとこれ以降こんな事態が起こったときのために修理用の部品も分けてもらいたい」
「ああ、そんなことならお安い御用さ。それよりせっかく来たんだ。今日は酒盛りでパーッと盛り上がらないかい?」
「酒盛りか、いいね」
というわけで酒盛りとなった。
ルナはノア以下カイン達のために海の幸をふんだんに使ったご馳走を食べきれないほど用意し、また世界各地の銘酒を惜しげもなく蔵から出してきた。本人曰く、
「今夜は飲みまくるぞ!!」
だそうだ。最初は乗り気でなかったカインやマリアもその雰囲気に押し切られたのか次第に周りの馬鹿騒ぎする海賊たちと打ち解けていった。
ノアはそんな騒ぎからやや離れたところで一人酒を飲んでいた。そこに、
「ノアも一緒に飲もうよぉーーー」
フォズがやってきた。どうやらすっかり出来上がっているようだ。足取りがおぼつかない。フォズはノアの隣に座った。
「全く、賑やかなものだね」
カインもやってきた。フォズと違ってまだそれほど酒は入っていないようだ。手には皿一杯の料理を持っている。カインはノアの正面に座り、料理をテーブルに置く。ノアは酒のつまみにその料理を食べていく。
「ねーマリアわぁ?」
とフォズ。カインはしばらく黙っていたが溜息をつくとある方向を指差す、そこには・・・・
「きゃはははははーーーーーっ、みんな飲んでる??」
他より一段高いステージの上で踊りまくるバニーガールの姿をしたマリアがいた。
「「・・・・・・」」
これにはノアとフォズも言葉が無いようだ。特にフォズ、信じられないものを見た、という顔で一気に酔いがさめたようだ。
「頑なに拒んでいたんだけど・・お酒を一杯飲んだら・・・・・あんな風に・・・」
涙ながらに語るカイン。マリアは酒に弱いだけでなく、酒乱の気があるようだ。
「いいなあ・・・」
「「え?」」
ノアのもらした言葉にカインとフォズは同時に彼を見た。ノアは二人の視線には気付かず、遠い目で何かを思い出そうとしているかのように呟く。
「僕は、この十年、ずっと一人だったから・・・仲間がいる事が・・仲間と一緒に生きていることが、こんなに楽しいものだなんて知らなかった・・」
その言葉を聞いてフォズはしばらく考え込むような表情を見せたが、やがて決心したかのように言った。
「ねえノア、前にあなたがどうして戦士になったのかって聞けなかったじゃない。あの時の答え、今・・ノアさえ良ければ・・・聞かせてくれない?」
「・・・・・・」
ノアもここでフォズがこんな質問をしてくることは予想外だったのか、無言でフォズを見詰めていたが、フッ、と微笑むと、
「そうだね。いずれ話す事になるとは思っていたけど・・・今日は話すにふさわしい日かもしれない、そう思わないかい?」
カインの頭の上を見て語りかけるノア。その視線をカインとフォズが追うと・・・・
そこには銀色の髪の少女がいた。
「「リ、リンダ!?」」
カインとフォズは慌てて武器に手を伸ばすが、それより早く、
「来ると思ったよ。今日は戦いに来たんじゃない、そうだよね? リンダ」
と、続けて語りかけるノア。その言葉は質問ではなく、確認の響きがあった。
「ええそうよ」
リンダも即答する。
「そういえば今日は随分イメージが違うね?」
とノア。言われてみれば以前見たリンダは白いローブに身を包んでいたが、今日は黒い服を身に纏っている。
「私にも色々あってね。あなたの様に四六時中、喪服を着ているわけにもいかないのよ。でも今日だけは・・・ね」
そう返すリンダ。
「喪服?」
とフォズ。カインはリンダとノアの考えが見えず、とりあえずリンダに何か動きがあった場合、即座に対応できるよう、右手に剣を持っている。
「あなた達二人の間には一体何が・・・?」
フォズの疑問にノアとリンダは顔を見合わせた。そして声を揃えて言う。
「話してあげるわ。私とノアの道が分かたれた時のことを・・・・」
「教えるよ、そう、あれは・・・・・」
「私が」
「僕が」
「「この手に“力”を望んだ時のこと・・・・」」
「うぇぇぇーーん」
砂場にしゃがみこんで一人の男の子が泣いていた。その子のすぐ側に二人の男の子がいて、しゃがみこんで泣いている男の子に悪口を言ったり蹴りを入れたりしている。どこにでもある、典型的ないじめっ子といじめられっ子の構図だ。
と、いじめている側の一人の肩に、ポン、と手が置かれた。反射的に振り向く男の子。するとちょうどジャンケンでチョキを出す時のような形をした手が彼の目に向かって飛んできた。いわゆる「目突き」である。
「うわっ!!」
悲鳴を上げながらかろうじてその攻撃をかわす。
いつの間にか彼の後ろには銀髪の少女がいた。
今いじめっ子の一人に放った容赦の無い攻撃にからもその阿修羅のような形相からも彼女が怒っていることは一目で分かった。
「あんた達いい加減にノアを苛めるのやめなさい!!」
「な、何だよ、リンダ、関係ないだろお前には!!」
もう一人が少女、リンダに言う。しかし、
「問答無用!!」
激怒している人間に言葉など無意味、リンダは二人に向かって突進した。
「「わーーーーーーーっ!!!」」
10分後、そこにはいじめっ子はいなかった。タンコブと痣だらけになって泣いている男の子が一人から三人に増えていた。
リンダは最初に苛められていた男の子、ノアに手を差し伸べ、立ち上がらせると興奮して言った。
「ノア、仇は取ったよ!! 苛められた時は私に言うんだよ!! 誰にも手を出させないからね!!」
「う、うん・・・」
ノアは弱々しくリンダに応える。が、その視線はリンダではなく足を引きずり、泣きながら家路に着こうとする自分を苛めていた二人に向いていた。
「待って・・・」
二人に駆け寄るノア。立ち止まる二人の傷口に手をかざし、精神を集中する。
「ホイミ・・」
治癒の呪文を唱えた。二人の傷が完全ではないが治る。
「これで大丈夫だよ」
嬉しそうに言うノア。二人はばつの悪そうな顔をして帰っていった。
「まったく・・あなた・・・どーして自分を傷つけた相手の傷を治してやったりなんかするの?」
あきれたように言うリンダ。
「だって・・怪我したらあいつらだって痛いよ・・・」
「はあ・・・あなたは優しすぎるわよ、もしくはバカなのか」
「多分、後の方だと思うな・・・」
「まあいいわ、帰るわよ、私達も」
「ノア!! どうしたのその格好!!?」
リンダに連れられて自分の家、その村の教会に帰ってきた。教会の前ではシスターの服を着た青い髪の女性が仁王立ちしていたが、彼女は傷だらけのノアの姿を見ると慌てて側によって来た。
「いつも通り、苛められてる所を私が助けたのよ。セレネ」
と青い髪のシスター、セレネに説明するリンダ。
「そう・・ありがとう、リンダ・・・ベホイミ」
セレネはその説明を聞くとノアに治癒の呪文を唱えた。瞬く間にノアの体中の傷が癒える。
「ありがと、セレネ」
「いつも言ってるけど、あなたもたまにはガツンと一発やってやったらどうなの? 男の子なんだし・・・・」
とセレネ。そこに、
「まあ、セレネ、そのへんにしておいてやりなさい」
後ろから初老の男性が声をかけてきた。この教会の神父だ。
「はあ・・・」
「でもノア、セレネの言う通りでもある。君にもいずれ守りたいと思えるものができるだろう、男であればその時、それを守ることができるように強くあらねばならないのも確かだ・・・分かるね?」
「はい・・・」
「よろしい、ではセレネ、ノア、夕食にしようか。リンダ、君も食べていきなさい」
「それじゃあお言葉に甘えて」
そうして四人は教会に入っていった。
十年前、ノア4歳、リンダ8歳。
二人は山奥の村、テドンで暮らしていた。ノアはこの村で生まれた子供ではなかった。
目も開かない赤ん坊の頃、教会の傍に捨てられていた彼を神父が引き取って育てたのである。
彼は臆病な子供でいつもいじめっ子に泣かされていた。でも誰よりも優しく、さっぱりとした性格で神父やシスター、セレネだけでなく、多くの村人にもかわいがられ、健やかに育っていた。神父はノアは将来きっと世界で一番優秀な神父になる、と口癖のように言い、ノアもそうありたいと思っていた。
ノアは幸福だった。それこそ自分がどれほど幸福なのか分からないくらいに。
時々やってくる旅人以外は本当に変わりばえしない、退屈な、だが平穏で、心から笑えた日々。
こんな日々がいつまでも続けばいい。
彼は彼自身気付かぬうちにそう願っていた。
永遠などこの世にありえない、それすら知らぬ子供であったからこその願い。
この後、彼はそれを最も無残な形で知ることになる。
ノアとリンダ。少年と少女はある時、闇を垣間見て、それぞれ別のものを呪い、同じように力を望んだ。
二人の道が分かたれる、その運命の時はすぐそこまで迫ってきていた。
第12話 完