第11話・カインの戦い
オロチの創り出した不思議な空間を抜けたカインとマリア。辺りは暗い。どうやら夜のようだ。自分達はどこかの建物の中にいるようだ。しかしオロチの巨体がこんな建物に入るものだろうか? そう考えながら注意深く周囲を見渡していると、
「!」
気配を感じた。弱々しい、人の気配。暗闇に徐々に慣れてきた目を凝らしてその気配のするほうを見ると、そこには傷だらけのヒミコが居た。
ノアが大ダメージを与えて逃げ出したオロチ、創り出した異空間を通った先にいたヒミコ。彼女の体に刻まれたまだ新しい、付けられたばかりといった感じの無数の傷。これらの要素から導き出される結論は一つだった。
「あなたが・・・ヤマタノオロチ・・なんですね?」
「いかにも、わらわの正体を見たのはそなたらだけじゃ」
「なぜ生贄などと・・あんなことを?」
距離を取って、注意深く尋ねるマリア。
「ふ、権力や財産、名声、それらを全て手に入れてしまったものが望むものは何だと思う?」
逆に問うヒミコ。マリアが答える。
「力、もしくは永遠・・・不老不死の命、永久に衰えぬ美しさ・・・まあこんな所かしら?」
「分かっておるではないか、そう、わらわは欲しかったのよ、力と永遠が。そしてその願いは叶えられた。しばらく前に、わらわの元を訪れたとある魔術師によってな。そやつの秘術により、わらわはヤマタノオロチという力を持った姿と、人を喰らう事によってその命を自身のものとする術を身につけた。そうしてわらわは未来永劫この国の支配者として君臨し続けるのじゃ」
狂気に顔を醜く歪め、まくし立てるヒミコ。
「それは叶わない。あなたの狂った野望、今僕が、この剣で断つ」
草薙の剣を構えるカイン。マリアも杖を構える。それを見て唇を歪めるヒミコ。
「ふん、先程はあの黒い小童のために不覚を取ったが、あやつ抜きで二人だけでわらわに勝てるとでも思っているのか?」
その問いに力強く自らの答えを返すカインとマリア。
「勝つ!! ノアだってあんなになるまで必死で戦ったんだ。僕だってやってみせる!!」
「そういうことね。どのみちあなたは人の道に外れた存在、この場で葬り去っておかなければこの先何百人という人々を不幸にするだろうしね。私を田舎者呼ばわりしえくれた償いをさせてやるわ」
「くけけけけ、そうかえ、貝の様に口を閉ざしておけば良いものを、拾った命を捨てるとは愚か者どもが」
ヒミコの体が光に包まれ、徐々に巨大化していく。ヤマタノオロチに変化するつもりなのだ。
「ここでは不利ね、外に出るわよカイン」
マリアに促され、出口に走るカイン。二人が外に出ると同時に、屋敷の天井を突き破ってヤマタノオロチがその姿を現した。
「はい、じゃあ今度は服を脱いで」
洞窟の中ではフォズがノアの傷の手当てをしていた。フォズは流石に手馴れた様子で傷薬をつけ、包帯を巻いていく。
「ああ、すまないね、フォズ」
言われるままに服を脱ぎ上半身裸になるノア。
「!・・・」
服の下から現われたノアの体にフォズは驚いて口を押さえた。
しなやかな、という印象を与える体に刻み付けられた無数の傷。勿論ヤマタノオロチから受けた傷もあるが、そのほとんどが古傷だった。それらがノアの体中についていた。これがノアが今の鬼神の如き強さを得るために支払った代償なのだろうか。
ノアはフォズの反応をある程度予想していたらしい。笑って言う。
「ハハ、ビックリしたかい? ずいぶんとできてるだろう? かれこれ10年近くも鍛えてるからねぇ」
「ノア・・・・」
フォズは驚きながらも手当てを再開し、胴体の傷に包帯を巻いていく。
「ねえ、ノア、10年前ってあなた4歳くらいでしょう? そんな子供が、どうしたらそんな傷ができるぐらい厳しい訓練を10年も続けられるの・・?」
その質問は想定していなかったのか、ノアは答えに詰まる。そしてまっすぐにフォズを見て言う。
「そうだねえ、フォズを守るためかな」
その答えに赤面するフォズ。慌てて返答する。
「な、あたしは真面目に・・・」
そこまで言ってノアの眼を見て言葉が切れる。ノアはどうやら冗談で言ったわけではないらしい。その事が直感的に分かった。と、同時に再び瞳から涙がこぼれた。
「ノア・・・ごめんね、あたしがノロマだから、こんなに傷ついて・・ごめんね・・」
「・・・・フォズ」
ノアは泣きながら自分に縋り付くフォズの頭を優しく撫でた。
「そんな顔をしないで。これは僕が決めた道だから。その道を誇りに思わせてくれる、それだけで十分だよ」
「うん、うん・・・」
ノアはフォズが泣き止むまで赤ん坊にするようにその頭を撫で続けた。
一方、カインとマリアはオロチに苦戦を強いられていた。先程の戦いで五本まで首を失ったとはいえ、オロチの気はまだまだ衰えてはいなかった。
「イオラ!!」
マリアが呪文を唱えた。今度は先程の洞窟と違ってより広い空間なのでイオラのような広範囲に効果を及ぼす呪文はより強力に作用した。オロチの頭をひとつ、吹き飛ばす。
そして凄まじい爆発によろけるオロチ。そこにカインがオロチの頭に飛び移り、頭を草薙の剣で貫いた。
自分にはまだノアのように分厚い肉と硬い鱗をものともせず首を斬り落すだけの技も力も無い。それを十分に理解した攻撃だ。突く、という攻撃は他の攻撃に比べて効率が良いのだ。残りの首は後一本!!
『グオオオオオオオオオ』
激痛に暴れるオロチ。カインはでたらめに振る首の動きに振り落とされたが、無事に着地した。それより暴れまわるオロチによってジパングの家屋が踏み潰される。逃げ惑う住民たち。早く何とかせねばこの国が滅びてしまうだろう。
カインは決意の表情でマリアに言う。
「マリア!! 僕にスクルトとフバーハをかけてくれ、一気に接近して勝負を決める!!」
「危険よ、そう何度も同じ手が通じる相手ではないわ。それにあんなに動いてたんじゃ近づこうとしても叩き落とされるのが・・・・」
「だがこのまま放っておいたんじゃ罪も無いジパングの人達が大勢死んでしまう!!」
「でも・・これは正直命懸けの作戦よ? 掛け値なしに・・・・あなたが死んでしまったら・・私は・・・」
そこまで言って次の言葉を言い淀むマリア。俯いてしまう。
カインはそんなマリアの肩に手を乗せると力強く言った。
「マリア、僕は死ぬつもりは無いよ、それに、さっきも言ったけど、ノアだってあんな傷だらけになるまで頑張ってるのに僕が命くらい懸けないわけにはいかないだろう? 大丈夫、僕は勝つ」
「・・・・分かったわ」
マリアが顔を上げた。その表情に迷いは全く無かった。あるのは自分の仲間への、カインへの信頼のみ。スクルトとフバーハをかける。
「カイン、分かっていると思うけど、あなたはまだ死ねないのよ」
「・・うん!!」
決意と覚悟を胸にオロチに向かっていくカイン。
(そう、あなたはまだ死ねない、あなたを必要としているから、世界が、時代が、人々が、そして・・・この私が・・)
この闘いはもうカインに委ねるしかない、そう悟ったマリアは自分にできる事をした。それは祈る事。カインの為に・・・
オロチに突進するカイン。直前で跳躍、オロチの頭が標的だ。
(草薙の剣・・・僕には、まだ剣の声なんて聞こえないけど・・・お前に、もしノアの言うように魂があるのなら、僕の声が届いているのなら、今、この時だけでも構わない、僕に力を、力弱き人々と大切な仲間を守れるだけの力を!!)
そう心の中で叫びながら、オロチに斬りかかるカイン。その時彼は草薙の剣の刀身が光を放っている事に気付かなかった。
カインに気付きオロチが炎を吐く。火炎に包まれるカイン。マリアが息を呑む。
『グッ、グッ・・これで・・終わ・・・』
「まだよ!! まだ終わってない!!!」
叫ぶマリア。その叫びに応える様に、炎を斬り裂いてカインがオロチに迫る。
「うおおおおおおおおーーーーーーッ」
雄叫びを上げながら草薙の剣を振り下ろす。乾坤一擲。その一撃はオロチを頭から真っ二つに斬った。
「ギィィィィィヤアアアアアアーーーーーッ」
断末魔の叫びを上げながらチリとなって消えていくオロチ。その後には紫色の宝玉、パープルオーブが残されていた。
それを拾い、カインに駆け寄るマリア。カインは全ての力を使い果たしたかのように気を失っていた。
「無事で・・・良かった・・・本当に・・」
マリアは眠っているカインの体を強く抱きしめた。
その一部始終を見ている者がジパングの民の他に三人いた。
まずノアとフォズ。ノアはフォズに支えられてジパングに戻ってきていた。
「草薙の剣がカインに力を貸したか、見事だね」
「うん・・・!」
そしてもう一人、遥か彼方の地で、水晶球に投影される映像を通してリンダもまた、その光景を見ていた。
「女王ヒミコ・・・せっかく私がヤマタノオロチの力を与えてやったのにだらしがないわねぇ・・・・いや、これは予想通りの結果、と言うべきかしら? ノアにしてもあのカインって子にしても・・・とても良い眼をしている。澄んだ美しい眼。それは曇りなき想い。歪んだ欲望に凝り固まった者では勝てる筈も無いか」
リンダは手に持っている書物に目を戻した。
「でもこれでまた一つ禁呪法について貴重なデータを得ることができた。実験は成功ね」
満足気な笑みを浮かべると手に炎を生み出し、その書物を灰にするリンダ。
パチン
指を鳴らした。すると弱々しくも光を放ち、薄暗い部屋を照らしていた水晶球は砕け散り、その部屋は闇に包まれた。
第11話 完