第10話・伝説の強さ



 カインには一体どういうことか理解できなかった。

 やよいがオロチに食べられそうになって、助けに走って、だが間に合わない、と思った刹那、オロチの左目に聖なるナイフが刺さっていたのである。状況からいってやよいが投げたものと考えるのが自然だが両手足を縛られた状態でどうやって・・・・?

 マリアとフォズも同じ疑問に突き当たったのか動きが止まっている。

 そんな三人には構わず、やよいは両手足を縛っていた鎖をまるで紙でできているかのように簡単に引きちぎると、一旦袖口の中に手をしまい、そしてあらためて出す。そこには両手一杯のナイフが握られていた。

 体を捻り、遠心力を付けてそのナイフを投げつける。

 放たれたナイフは5,6本も一度に投げているのにそれぞれがまるで別の生き物のように複雑な軌道を描き、オロチの目や口といった溶岩の高熱にも耐える鱗に覆われてはいない部分に突き刺さった。

『ググググググ・・・貴様ぁ・・・生贄では・・・ないなぁ・・・』

「しゃ、しゃべった?」

 まさか言語を解するとは思っていなかったフォズが驚く。カインとマリアはオロチの指摘にやよいを見る。

「ふ・・・今頃気付いたか!!」

 やよい自身もそれを認める。だが認めたその声は彼女の声ではなく、男の声。

生贄の衣装を脱ぎ捨てる。その下から現われたのは・・・

「な・・・」

「そう・・そういうことだったのね」

 この灼熱の洞窟には暑すぎるのではないか、という黒衣をその身に纏った紅い眼の少年。そう・・

「ノア!!」

「三人とも手伝ってくれ、オロチ狩りだ」

 腰の剣、凰火を抜き、構えるノア。

 カイン、マリア、フォズもそれぞれ自分の武器を手に取る。

「それにしてもやよいさんに成りすましていたなんて・・・ちっとも気付かなかったわ」

 とフォズ。その表情にはノアの変装を見破れなかった悔しさも現われている。

「見破れなくて当然だよ、ほら」

 ノアはそう言って懐から変化の杖を取り出す。これならやよいの姿にも化けられ、なおかつばれる心配もないと言うわけだ。

「成程ね」

 マリアが合点がいった、と言う表情で言う。

「あなたがあんな行動に出た真意はこういうことだったのね? やよいさんの居場所を密告し報酬を貰い、その上でやよいさんと入れ替わってオロチ退治・・ジパングの人達と私達、どちらもハッピー、とこういう訳ね?」

「そだよ」

「・・・・・・ビンタは3発にするわ。ズルイ男ね。あなたも」

 いやはや参った、という表情のマリア。今度はカインが聞いた。

「でも、僕達が来なかったらどうしてたんだ? 一人でも戦う気だったのか?」

「どうするんだい、そんなこと聞いて? カイン達はちゃんと来てくれた。僕の信じていた通りにね。それで十分じゃないか、それより来るよ!!」

 ノアの言葉通り、体中の急所と言える部位にナイフが突き刺さっているがオロチはそれに構わず、ある口は炎を吐き出し、ある口はカイン達に喰いつこうと迫ってくる。四人は散開してそれを避ける。

「ヒャダルコ!!」

 マリアが呪文を唱え、放たれた冷気がオロチの吐き出した炎を相殺する。

 フォズに首の一本が噛み付こうと迫るがフォズは紙一重でそれを避ける。オロチの唾液が飛び散り、噛み付こうとした口の牙と牙とがぶつかるガチン、という音が聞こえる。一瞬ゴクリ、と唾を飲み込むフォズだが、

「えいっ」

次の瞬間には正義のそろばんで思い切りその頭を殴りつけていた。

「ナイスだ、フォズ」

 流石にそれだけでは倒せないが殴られた痛みでその頭は一瞬動きが止まる。ノアにとってはその一瞬で十分だった。懐に飛び込み、隙のできたその首を根元から斬り落す。

 ドオオオオン・・・

 轟音と共に斬り落された首が地面に落ちた。

『グオオオオオーーーー』

 またしてもオロチの絶叫。首を一つ失ったと言うのに怯むどころかますます猛っている。

 首の一本が今度はカインに迫る。カインは動かない。恐怖で竦み上がっているのか? 否。

 ガチィン

 オロチの牙と牙がぶつかり合った音。噛み付きは失敗だ。カインの体は頭のすぐ横にある。噛み付くか噛み付かれないか、という一瞬で間合いを見切り、最小限の動きでかわしたのだ。しかし今の牙と牙の衝突音にはどこか金属的な響きがあった。見るとカインの鋼の剣がオロチに咥えられているのだ。

「悪食な奴。そうして何人の女性を餌食にしてきたんだ? そんな牙はこうだ!!」

 剣を急激に、思い切り、力任せに引き抜くカイン。その動作でオロチの牙も根こそぎ引き抜かれる。オロチは今度は首を振り下ろしてカインを叩き潰そうとする。

 が、カインは跳躍して避けると、落下の勢いを利用して、地面に激突して動きの止まっている首の頭に剣を突き立てた。

 これで首を二本まで破壊した。状況は圧倒的にカイン達に有利。しかし、

『グッ、グッ、グッ・・』

 オロチは笑った。虚勢とも取れるが、ノアはそうは思わなかった。なぜなら背中に例えようも無い悪寒が走ったからだ。同時に刹那の時間で彼の脳、否全身の細胞にある思考が駆け抜ける。それはノアのような数多の死線をくぐり抜けた戦士のみが持つ洞察力。

(後ろだ!!)

 その衝動にも似た思考に従い、咄嗟に後ろを振り向くと、自分が斬り落した筈のオロチの首が未だに動き、フォズに後ろから噛み付こうとしていた。

「後ろだフォズ!!」

 叫ぶ。フォズが後ろを振り向く。オロチの牙が迫る。フォズは動けない。そして、



 鮮血が噴出した。



「あ、ああ・・・」

 フォズが目の前の光景を見て、何か言おうとするが言葉にならない。

 オロチから自分を庇って、自分の前に立ちふさがったノアの体にオロチの牙が幾本も食い込んでいた。

「フォズ、無事なようだね。よかった」

 ノアはオロチに噛み付かれたまま振り向いて言う。今も激痛が体中に走っているだろうに、その涼しげな表情からはそんなことはまったく読み取ることができない。どころか、ノアはその体勢から右腕を振り上げた。オロチに噛み付かれた状態で無理矢理引き抜いたので黒い上着は所々が裂け、その下からズタズタになった傷口がのぞく。

 そして手刀を振り下ろす。渾身の力の込められたそれはオロチの顎を真剣さながらの切れ味で切裂いた。本体から切り離されても活動できる生命力を持ったオロチの首もこれにはたまらず、ビクン、ビクンと痙攣していたがやがて動かなくなった。

 ノアのダメージも深刻だ。出血多量、裂傷10箇所以上。

「ノア・・」

 我に返り駆け寄ろうとするフォズ。が、彼女がノアのそばに行くより早く、オロチの首の一つが薙ぎ払うようにしてノアの体を吹き飛ばした。

「え・・」

 ノアはドサリ、と地面に落ちて、そのまま動かない。

「ノア・・・? 嘘・・・冗談でしょ・・?」

 呆然として、自分に言い聞かせるようにして呟くフォズ。

『グッ、グッ、グッ・・・』

「!」

『どれほど強大な力を持とうと所詮は人間、無益で愚かな情のために命を縮める・・・』

「貴様・・」

 いきり立って斬りかかるカイン。しかし斬撃は鱗で受け止められ、逆に剣が折れてしまった。

「くっ・・」

「ノア、しっかりして!!」

 今度こそノアに駆け寄ろうとするフォズ。その声がオロチとカイン、双方に聞こえた。オロチの首がパカッ、と開く。炎を噴くつもりだ。

『そんなにその男が愛しいのなら二人そろって消し炭にしてくれる』

 ノアとフォズに向けて炎が吐き出される。

「させない、ヒャダイン!!」

 再び氷の呪文を放つマリア。だが今回は完全に炎を相殺しきれず、炎は勢いを弱めながらも二人に向かう。そこにカインが立ちはだかった。

「このぉっ!!」

 剣圧で炎をかき消すカイン。ノアのように完全にはいかず、あちこち火傷した様だがどこも浅手だ。

「ノア、眼を開けて」

 ノアの体を抱き起こし、泣きそうな顔で、それでも必死に呼びかけるフォズ。だがノアは反応しない。



 遠くでフォズの声が聞こえる・・・でも・・ああ、なんか気持ち良くなってきた・・・体が沈んでいくような感覚・・このまま沈んでいけばもう何も考えずにすむ。もう苦しむこともない・・

 本当にそれでいいのかい?

 !・・・

 確かに生きている限り痛みや苦しみは避けられない、でも、それでもあの時、死を選択せずに歯を食い縛って、そして強さを求め幾度も死すら超えて、ここまで歩いてきたのだろう? こんな所で終わって満足なのかい?

 それは・・

 誓ったんだろう? 護ってみせるって、あの時のセレネやリンダのようにさせないって。君は誰に誓ったんだっけ?

 ・・・・カイン達と、何よりも僕自身に。

 分かってるじゃないか。なら、今どうすれば良いか、それも当然分かるよね?

 ああ、ありがとう。



 ノアは眼を開けた。涙ぐんだフォズの顔が見える。

「ノア・・・」

 笑顔を浮かべるフォズ。だがノアが生きていると分かって緊張の糸が切れたのか、こらえていた涙が流れ落ちノアの頬を濡らした。するとノアは重症の身にもかかわらず、勢い良く立ち上がった。

 カインもマリアも安心した表情を浮かべる。ノアは二人に笑顔で応えると、オロチをキッ、と睨み付けて言った。

「ヤマタノオロチ!! よくも僕の見ている前でフォズを泣かせてくれたね」

 その台詞にバトルの最中にもかかわらず、紅くなるフォズ。今はノアの後ろにいるのでノアには見えない。

『バ、バカな・・致命傷のはず、立ち上がれるわけが・・・』

「生憎そんなにヤワじゃないんだ、体も、魂もね。それより久し振りだよ、こんなに怒ったのは」

 ノアの声は静かだがその中に確かに彼の言葉通り、強い怒りを感じられる。

「見せてやるよ、現時点での!! 僕の本気、というものをね!! 凰火、これに!!」

 叫んで手をかざすと地面に転がっていたノアの愛刀、凰火ひとりでに動き、ノアの手に納まった。カインに向けて叫ぶ。

「カイン、君も剣士ならよく見ておくんだ。剣を極めし者、剣聖というのがどういうものなのかを!!」

そしてノアは凰火を目の前に掲げると、精神を統一し、詠唱を始める。

「汝、破壊の神、幾星霜を経て我が手に委ねられし我が命の半身よ、今こそ我が魂の呼びかけに応えよ、凰火、開眼!!!」

 詠唱が終わるとノアの全身からこれまでに無いほど強力な闘気が溢れ出し、同時に凰火の刀身からまばゆい光が放たれ、また凰火そのものからも闘気が放たれ、ノアの気を何倍にも増幅している。

 その圧倒的な気は生粋の戦士ではないマリアにも感じ取れた。

「なっ・・これは・・まるでノアから本当に突風が吹いてくるような・・・」

 それほどに強大な気が今のノアからは放たれている。ノアは再びカインに言う。

「分かるかい? 剣は自分の命を預けるもの。その“声”を聞き、その剣に使い主として認められ、その剣の力を使いこなしてこそ剣聖、と言えるのさ」

「剣の・・・声・・」

 ふと自分の手にある折れた鋼の剣を見るカイン。ノアは笑って言う。

「ハハ、まあ魂を宿すのは精魂込めて創られたり、永い永い時を生きたものに限られるがね」

 オロチに向き直る。

「さあ、おいで・・・僕と、お前との!! 格の違いと言うものを教えてあげるよ!!」

『人間風情が・・・なめるな!!』

 オロチの首が、今度は三本一度にノアに向かう。

 瞬間!!

 カインにも何が起こったかまったく分からなかった。

 ノアに噛み付こうとした三本の首が、ノアの間合いに入って、そして砕け散った。

『な・・・?』

 オロチも何をされたのか理解できない様子だ。

「分かったかい? 今の一瞬で、僕はお前の首三本を粉々になるまで斬り刻んだのさ。見えたかい? 僕の動きが?」

 見えなかった。まったく。カインは自分が知っているものとは全く別次元の戦いを見せつけられ、呆然としていた。

「さあ!! まだやるかい!?」

『クッ・・・化物め・・・』

 オロチは背後に現われた空間に吸い込まれるようにして消えてしまった。あとには一本の剣が残されていた。



「ふう、疲れたぁーー」

 座り込むノア。マリアやフォズが慌てて駆け寄る。本来ならノアは動いていいような怪我ではないのだ。

 マリアがノアにベホイミをかける。フォズも薬草をノアに使う。

 ノアはカインに言った。

「何をしているんだい、カイン、早く行くんだ。行って、オロチに止めを刺すんだ。あの空間もいつまでも開いているとは限らない」

「で、でも・・」

「僕なら大丈夫だから、早く・・・」

「カイン、心配なら私がついてるから」

 ノアに寄り添うフォズ。カインは頷くとオロチの消えた空間に向かう。

「行くよ、マリア!!」

「ええ!!」

 だがその空間に飛び込もうとする直前に、

「カイン!!」

 ノアの声、振り返るとノアがオロチの残していった剣を投げ渡してきた。

「何でオロチが持っていたのか知らないがこれがムラマサの造った草薙の剣だ、持っていくといい」

 カインは草薙の剣とノアを見比べると、強く頷いて目の前の空間に飛び込んだ。









第10話 完