第9話・ジパング
強くなるには常に実戦に身を置き、その中で自分を鍛えるのが一番。これがノアの持論だった。持論といってもノア自身それで強くなったのだろうから説得力はある。故に彼はカインとの模擬戦を毎日行っていた。
ある晩、船上で二人が訓練を行っていた時のことだった。
「はっ」
カインが剣をノアに振り下ろす。しかしノアは簡単にこれを避け、反撃を繰り出す。
「甘いっ」
咄嗟に剣を盾代わりにしてノアの斬撃を受け止めるカイン。が、衝撃までは殺せず、後ろに吹き飛ばされる。
空中で体勢を立て直し、反撃しようとするカイン。しかしある事に気付く。
「剣が・・・」
カインの剣、ゾンビキラーが折れてしまっていたのだ。サマンオサで大枚叩いて買ったものだったのだが・・・
「あーあ・・・まあ大量生産の鈍らではこんなものだろうね」
折れることを知っていたかのように言うノア。
「どうしてくれるんだよ、ノア」
とカイン。ノアはその抗議に待ってました、という表情を浮かべる。
「当てはあるよ。まあ僕に任せておいて」
嬉しそうに船の舵をきるノア。
「ちょっ、ちょっと・・・」
「どうせまだ次の目的地も決まってないんだし、カインにも新しい、いい剣が必要だ。ちょっと位の寄り道はいいだろう?」
「うーーん・・・」
その頃、船室ではフォズが帳簿を前に頭を抱えていた。
「どうしたの? フォズ?」
ノアが声をかけてきた。その手にはコーヒーと紅茶の入ったコップを持っている。フォズに紅茶を差し出す。
「はい・・」
「あ、ありがと・・」
紅茶を飲んでほっ、としたような表情になるフォズ。ノアは机に広げてある帳簿を見て大体の事情を察したようだ。
「そんなにお金が苦しいのかい? このパーティー」
ノアの指摘にばつの悪そうな顔になるフォズ。やがて頷く。
「うん・・最近大きな収入が無くて・・・色々切り詰めてはいるんだけど・・・」
「・・・どうにかしなければならないね、これは」
ノアは自分のコーヒーを飲むと天井を見つめながら言った。
数日後、船は極東の国、ジパングに着いた。
「ノア、あなたの言うようにジパングに来たのはいいけど、ここにそんなにいい剣があるの?」
とマリア。ノアは笑って答える。
「ああ、ただし「ある」んじゃなくて「いる」のだけどね」
「いる?」
頷いて、腰の剣を抜くノア。
「そう、ここジパングには代々腕利きの刀鍛冶がいるらしくてね。確か今で五代目だと聞いているけど・・・・僕のこの剣、“凰火”もその刀鍛冶の初代が造り上げた物なんだよ。僕は旅の途中、偶然に手に入れたんだけどね」
「じゃあ・・・」
「そう、その刀鍛冶を探してカインの剣を造ってもらうんだよ」
「・・・・探してって、あなた、面識は無いの?」
「無いよ。この国に来たこともないし。でも名前は分かってる。そんなに大きな国じゃないし、すぐに見つかるよ」
「うん・・・で、その刀鍛冶の人の名前はなんていうの?」
一応納得した、という表情で聞くマリア。
「確か・・・ムラマサ・・・」
ジパングに入ってすぐ、ノアはムラマサを探してくる、と言って三人と別れた。カインたちはとりあえずジパングの文化を見て回ることにした。と、同時に情報収集も行う。そして大変なことが分かった。
ジパングではしばらく前からヤマタノオロチという怪物が現われて国中を荒らしまわっている。この国を統治しているヒミコの発案で、三ヶ月に一度、オロチに生贄を捧げることで何とか鎮めているらしい。そして今度その生贄に選ばれることとなった、やよいという女性がいなくなった、ということだ。
「しかし生贄とはなんと前時代的な・・大体そうやって要求を呑んでいれば相手は調子に乗って、いずれは三ヶ月が一ヶ月になり一週間になるってことが分からないのかしら」
かなり辛口に批判するマリア。フォズも頷いている。
「生贄の事を決めたのはヒミコって人だよね、じゃあそのヒミコって人と直談判すればいい」
とカイン。二人ともその意見には異存なし、という顔だ。と、いう訳で三人はヒミコの館に向かった。
その頃、ノアもヤマタノオロチのことを聞いていた。
カインの剣を打ってもらいにムラマサを探していたが、人々の話によると、ムラマサは一月前、ヤマタノオロチから逃れるため、妻と一緒にジパングを去ってしまった、ということだ。
カインのための剣を手に入れることが不可能ならば、あらかじめ造られた剣を手に入れようとも考えたが、ムラマサの家にあった御神刀「草薙の剣」も彼の失踪と時を同じくして何者かに盗まれてしまったらしい。
「やれやれどうしよう・・・・」
フラフラとさまようように歩きながら途方にくれるノア。
このことを知ったらカインやフォズはともかくとしてマリアは激怒するだろう。
『確証も無くこんなところまで来て! こうしている間にも魔物は人々を襲っているのよ! どう責任を取るつもりなの!!?』
マリアの言うことはもっともだがそれでも怒られることを考えるとノアでも背筋が寒くなった。
「はあ・・」
階段に座り込んで溜息をつくノア。そこに、
「一体どういうことなの!!?」
上からマリアの声が降ってきた。
「ご、ごめんなさい!!」
反射的に謝ってしまうノア。見るとカイン達が自分の座っていた階段を下りてきていた。ノアの座っていたのはヒミコの館の階段だったのだ。マリアはノアが何で謝っているのか分からない、といった顔だった。
「成程・・でもそういうことなら仕方ないわね」
ノアから事情を聞いたマリアの反応は思ったより穏やかなものだった。てっきりいつもとは打って変わって大激怒すると思っていたが・・・
「それにしてもあのヒミコって人、何よあの態度!! 会うなり、『余はガイジンが嫌いじゃ』だって・・」
普段冷静なマリアがここまで怒ることは珍しい。余程ヒミコ、という者の態度が気に障ったのだろう。
「それで『余計なことをするでないぞ』だって、何様のつもりなのよ!!」
「マリア落ち着いて・・・・」
マリアをなだめるカイン。ようやくマリアは少しは落ち着いたようだ。
「生贄をオロチに捧げる事を決めたのもヒミコらしい。なんでも最近、摩訶不思議な神通力を手に入れて、今回のことも『オロチには生贄じゃっ』って鶴の一声で決まったとか」
「ところがその生贄が逃げ出してしまって今ジパング総出で探してるんだって。居場所を教えたものには褒美を取らすって・・」
カインとフォズがそれぞれ収集した情報を伝える。ノアは腕を組んで考えていたが、やおら立ち上がって、
「とりあえずもう少しこの国を見てみよう、それでどうすべきか考えよう」
「これは狛犬と言って魔よけのために据え置かれるんだ」
と、ジパングを解説して回るノア。来たことは無いが書物で読んで、ある程度の事は知っているらしい。
そしてある地下室にて、そこには壺がたくさん並んでいた。
「ノア、この壺は何?」
「これは漬物って言ってね、ジパングの人たちは野菜を塩漬けにして保存するのさ」
壺をノックするようにコンコン、と叩くノア。ところがある壺の前に来て、ピタリ、とその動きが止まった。
「? ノア、その壺がどうかしたの?」
フォズが聞く、がノアは答えることなく、腰の凰火を抜いて、その壺を真っ二つにする軌道で振り下ろし、斬った。
そしてそのまま鞘に納める。
それと同時に壺がパカッ、と縦に二つに割れ、中から美しい女性が出てきた。普通、壺を切れば当然中身も真っ二つ、の筈なのだが、壺のみ斬る、その至難の業をこともなげに成し遂げてしまうのがノアの力、ということなのだろうか。
壺の中にいた女性は怯えた様子でカインたちを見て言った。
「ああ、お願いです、見逃してください。もう少しだけ、故郷に別れを告げる時間を下さい」
「じゃあ、あなたがやよいさん・・?」
頷く女性。
「私は生贄にされるはずでしたが、許嫁のアマテラスが縄を緩めてくれて、それで逃げ出すことができたのです。お願いです。もう少しだけ私に時間を・・」
哀願するやよい。カイン達は顔を見合わせていたが、やがてカインがやよいの肩に、手を置くと力強く言った。
「大丈夫です、やよいさん。僕達がヤマタノオロチを退治します、あなたはもう少しここで隠れていてください」
「・・・・まあ、生贄なんてことで人の命が失われるなんて馬鹿馬鹿しいし、あのヒミコって人に一泡吹かせられるならそれもいいか・・」
「オロチ退治ね。やってやろうじゃないの!!」
マリアもフォズも、やる気満々だったが・・・
「あれ? ノア、どこ行ったの?」
フォズに言われて周りを見てみると、さっきまでそこに居た筈のノアの姿が無かった。
いきなりノアが居なくなったので三人とやよいが周囲を見回していると、地上へ出る階段から複数の人間の足音が聞こえてきた。カイン達は慌ててやよいを隠そうとするがどの壺にも漬物が詰まっていて、隠すことはできなかった。
そうこうしている内に、数人の男達と、その後ろについてノアが地下室に下りて来た。
「ね、言ったとおりでしょう?」
そう言って男達に催促するように手を差し出すノア。男達の中でリーダー格であろう大男が、ノアに金銀財宝のぎっしり詰まっているであろう、重そうな袋を渡した。
その大男は野太い声で言った。
「やよい、やっと見つけたぞ、さあ、大人しくオロチの生贄となってもらおうか」
その言葉にやよいは諦めにも似た表情で大男を見詰め、カインとマリアは未だ何が起こっているのか分からない、という顔でノアとやよいを交互に見て、フォズは信じられない、といった表情でノアを見ていた。
こうして、やよいはノアの密告によって見つけ出され、再び生贄としてヤマタノオロチに捧げられることとなった。
溶岩の煮えたぎる洞窟に連れて行かれ、そこの地下二階にある台座に、その両手を繋がれ、拘束されるやよい。やよいを拘束した男達はそそくさと逃げるように洞窟を出て行ってしまった。
その様子の一部始終を見ている者達がいた。カイン、マリア、フォズの三名である。あの後、ノアはどこかに行ってしまい、探したが見つからず、結局三人でやよいを救出に来ることとなったのである。
「やよいさんを助けないと・・」
「しかし一体ノアは何を考えてたのかしら? やよいさんの居場所を教えるなんて・・・」
と、マリア。そのマリアの疑問にフォズがハッ、としたような表情を浮かべる。
「あたしのせいだ・・・」
俯くフォズ。カインとマリアは「どういうこと?」と言いたげな表情でフォズを見る。
「二、三日前・・・あたしがお金のやりくりで大変そうにしているところをノアに見られたから・・・だからノアは・・」
苦しそうに言うフォズ。
「そうか・・そんなことが・・・」
「ノアにも思う所があったって事は理解したわ」
とカインとマリア。いくら理想が高くても金が無くては旅は続けられない。やよいさん一人を犠牲にしても多くの人の命を救うために。ノアとしてもきっと苦渋の決断だったのだろう。
「二人ともお願い、ノアが帰って来たら許してあげて、責められるべきはあたしなんだから・・」
泣きそうな表情で言うフォズ。彼女の願いに対してカインとマリアは、
「許してるよ、とっくにね」
「でもまあ、ビンタの一発ぐらいは愛嬌よ」
二人のその答えにフォズの表情も晴れた。
「でも今はやよいさんを助けるのが第一だ」
カインに言われ、やよいを助けようと走る三人。
すると弥生のつながれているすぐ前の、溶岩の海の中から何か巨大なものが出てきた。
「!?」
「あれは・・・」
巨大な胴体に幾本もの首の生えたこの世の生物とは思えない異形、これがヤマタノオロチだ。
そのオロチの首の一本が繋がれているやよいに向かい、やよいの目の前で飲み込もうとしているのだろう、バカッ、と口を開けた。
「!! やめろーーーーっ!!」
叫びながら走るカイン。しかし距離から言ってもう間に合わないだろう。それでも何もしないわけにはいかなかった。
オロチの舌がやよいの前でチロチロ、と動き、一旦その首が距離を置き、そして勢いをつけて一気に食いつこうとしてやよいに迫る。
「やよいさーーーんっ!!」
走るカイン。
その時、やよいの袖口から銀色の光が走った!!
「グオオオオオオオオーーーーーーーー」
オロチの絶叫、カインも思わず立ち止まってしまう。
カインに遅れて走っていたマリアとフォズも何事か、と立ち止まって目を凝らす。
見るとオロチの、やよいに食いつこうとしていた首の左目に、聖なるナイフが突き刺さっていた。
第9話 完