第6話・リンダ



「海はいいねぇ」

と、ノア。

グプタからお礼としてもらった黒胡椒をポルトガの王様に献上した一行。王様はそれを大層喜び、カインを真の勇者と認め、一行に船を与えた。それも立派な帆船を。その際ノアが、

(たかが一袋の胡椒と仮にも国の財産である船を交換するとは・・・・こんな間抜けが王ではこの国も長くはないな)

 と思っていたのは内緒だ。

 まあなにはともあれ船を手に入れたのは事実。一行は航海を楽しんでいた。しばらくしてマリアが言った。

「それで・・・これからどこへ行くの?」

「うーーん・・・」

 カインも少々迷っている。アリアハンから外に出たことはなく、世界に関しても地図や書物で知っている程度だ、迷うのも無理はない。

「今後の旅の指針になるかどうかは分からないけど・・・噂程度なら色々知っているよ? こう見えても僕は情報通だからね」

 やはりこういう時は旅の経験の長い自分の出番か、とノアが話に入ってくる。

「差し当たって、オーブというものを探してみてはどうだろう」

「オーブって?」

 聞いたことのない言葉に反応するフォズ。ノアは続ける。

「本当かどうかは分からないけど、この世には六つのオーブという宝玉があって・・・それを全て手に入れた者は船が要らなくなるそうだよ」

「船が?」

 そんなまさか、と言いたげなフォズ。カインとマリアも、

「船を使わずに世界を・・・どうやって?」

「空でも飛ぶというの?」

 やはり半信半疑だ。しかしノアはそんな反応をある程度予期していたのだろう、気にした様子もなく続ける。

「まあ当然の反応だね。でも僕は結構信じてるんだ。何故なら・・・」

 そう言って懐に手を入れる。中から取り出したものは美しく輝く緑色の宝玉。

「僕がその一つを持っているからね」

 その宝玉、グリーンオーブをフォズが手にとってじっくりと見る。

「・・・これは・・・うん、ただの飾り物じゃないわね。うまく言えないけど何か・・・そう、神性のようなものを感じるわ」

「こんな物をどこで?」

「昔・・・ちょっとしたコネでね」

「成程・・・探してみる価値はありそうだね、他には?」

「最後の鍵・・・僕たちは既に盗賊の鍵、魔法の鍵を手に入れているけどそれでも開けられない扉は存在する。最後の鍵は牢屋の扉すら開けてしまう究極の鍵。マネマネ銀という物質で出来ていて、自らその形を変え、あらゆる鍵を開けてしまう、そう聞いてる」

「それは凄いわね。で、それがどこにあるかは分かっているの?」

「いいや。何せ伝説上の代物だからねぇ。でも伝え聞くところによると大昔に海に沈んでしまった祠に祭られていたらしいよ」

「つまり入手する手段は無い、と」

 あきれたように言うマリア、噂と言っても伝説上のものばかりではないか。自分達はトレジャーハンティングをしている訳ではない、顔にそう書いてある。

「でも・・・オーブと違ってこっちの噂には手がかりがある」

 それを感じたのか付け加えるノア。

「最後の鍵を手に入れたいならまずは壷を手に入れろ、そんな話を聞いたことがある」

「で? その壷がどんな壷か分からない、なんてことはないでしょうね」

 疑り深くなっているマリア。

「確証は無いけど、エジンベアに珍しい壺があると聞いたことがある。多分それじゃないかな」

「いい加減な話ね」

「旅なんてそんなものだろ。で、どうするカイン?」

 そこまで話してノアはカインに話を振る。

「そうだね・・・まあまだ確固とした目的地も決まってはいないし、とりあえずエジンベアに行ってみようか、みんなそれでいいかい?」

「あなたがそう言うなら・・・」

「僕達のリーダーは君だ。僕はそれに従う」

「私もノアと同じだよ」

「じゃ、決まりだ」

 カインは舵を切り、船をエジンベアに向けた。





「ところで、みんなはどうして今の職業になろうと思ったんだ?」

 日も暮れて船内の食堂で夕食をとっているカイン達。目の前のテーブルには質素だが美味しそうな料理が数多く並んでいる。これはノアが作ったものだ。その腕前は素人のカインが見ても一流で、戦士じゃなく、料理人の道を志しても成功したのでは? と思ったほどだ。

四人でその料理を堪能していたとき、カインがそんな話題を挙げた。

「カインは勇者オルテガの息子として父親の遺志を継ぐため・・だったわね」

 問い掛けるマリアと頷くカイン。続けて答えるマリア。

「私は・・・今のままじゃいけない、って自分を見つめ直して、それで一生懸命勉強して賢者になったの。ルイーダの酒場にいたのはあなたの仲間として、私の知識を世界のために役立てたいと思ったから」

「へー、立派だねー。マリア」

「ホントホント」

 上がカイン、下がフォズの台詞である。ノアはというとスープをすすりながら、

(今のままじゃいけない、か。以前ノアニールの宿屋で聞いた寝言もあるし、説得力がありすぎるな)

 なんて思ってたりした。

「フォズは?」

 今度はマリアがフォズに聞いた。その問いにフォズは食事の手を止め、少しためらいがちに話し始めた。

「私ね・・・6歳の時より前の記憶が無くて、気付いた時には私は一人だった。だから生きるために、必死でいろんな事を学んで商人になったの」

「・・・・・・」

 言葉も無く、真剣な表情で聞く三人。

「それでね、ようやく生活していけるようになって・・ひとつの事を思い出したの。私の過去で・・・誰かが私を守ってくれてたこと。私の命を救ってくれた人がいたこと。私は・・その人に会いたいと思って、旅をして・・・そしてルイーダの酒場に流れ着いたの」

「へえ・・ではこの旅はあなたにとって世界を救う為の旅であると同時にその人を捜す為の旅でもあるってわけね」

「うん、そうなる」

「会えるといいな」

 とマリアとカイン。ノアは無言でフォズを見ていた。

「ノアは?」

 その視線に気付き、ノアに質問を振るフォズ。ノアは遠い眼をして記憶の糸を少しずつ紡いでゆくかの様に指を擦り合わせ、語り始める。

「大切な人達への・・・約束のため・・かな」

「約束?」

「そう、具体的には・・・!!」

 そこまで言って急にハッ、としたように様子を変え、食堂を出て、甲板に駆け上がる。

「え?」

「何?」

「ほえ?」

 突然の行動に面食らう三人、だが取り合えずノアの後を追って甲板に上る。

「どうしたの、ノア?」

「あれを・・・・」

 三人がノアの指差している先を見ると夜であるにもかかわらず、この船の進行方向、エジンベアのある北の空が赤々と燃え盛っていた。お城であれば夜間でもある程度の照明はつけるだろうがそれにしても明るすぎる。

 やがて船がエジンベアに近づくにつれて何があったのか分かってきた。燃えている。それも放火や火事とかそんなレベルではない、まるで戦だ。

 上陸した四人は急ぎエジンベアの城に向かう。

城の門はまるでワインのコルクの栓を抜いたように円形にくりぬかれていた。人一人が通り抜けるのには十分なサイズの穴だ。

「ただの馬鹿力じゃないな、これをやったのは魔法使いかな?」

 その穴を見て冷静に分析するノア。確かに力で破壊したのではこうはならないだろう。それほど大きく、それほど綺麗な穴が開けられていた。

 門を通過し、城の内部へ入った四人、中には多くの人が傷つき、倒れていた。だがほとんどの人は動いたり呻いたりしていない。間に合わなかった、来るのが遅すぎた。そんな思いがノアの心の中に渦巻き、握り締めた手から血が滴り落ちる。

「ノア、大丈夫?」

 心配そうに自分の顔を覗き込むフォズを見て、頭を切り替える。そしてまだ息のある人を助け起こした。

「大丈夫ですか? しゃべれるようなら教えてください。この有様・・・いったい何が・・・?」

「う・・・あ・化け物が・・・・王様が・・危ない・・」

 兵士らしき男はそれだけ言うと体から力が抜け、その瞳からは光が消えた。ノアはその男をゆっくりと床に横たえるとただ一言呟く。

「おやすみなさい」

 カイン達も静かに眼を閉じて男に祈りをささげる。そして、四人は更に進み、王の玉座のある部屋に辿り着いた。

 はたしてそこには体中傷だらけの王様が倒れていた。マリアとフォズは王様に駆け寄り、ノアとカインは背中合わせに構える。まだ敵がこの部屋に潜んでいるかもしれない、油断無く辺りを見回す。が、自分達以外の気配は感じ取れない。

この場には敵はいない。そう判断して二人とも構えを解く。

 マリアとフォズはベホイミと薬草を使って王様の傷の手当てをしていた。すると王様が力なく手を上げた。何か伝えたいことがあるのだろうか。だが小声で何を言っているのかよく分からない。

マリアが言葉を聞き取ろうと耳を口元に持っていくと・・・突然ノアが王様に向かって蹴りを繰り出した。顔面を粉砕するコース。しかし満身創痍のはずの王様は見事な動きでこの蹴りを避けると、そのまま後ろに飛んで間合いを離した。

「なっ・・・」

「え・・」

 ノアと王様、両方の行動に驚くマリアとフォズ。

「誰だお前は」

 ノアが殺気を放ちながら聞く。並の相手ならそれだけで体が硬直し、動けなくなるか自暴自棄の行動に出るかだ。しかし目の前の王様はそれを受け止めてまるで平気な顔。一体こいつは・・?

「アハハ・・・こんな子供だましは通用しないか」

 王様がノアに向かって言う。しかしその声は女の声だった。

「モシャス・・・か、誰だお前は?」

 一段と殺気を強め聞くノア。王様、いや王様の姿をした何者かはその中にあっても依然涼しい顔だ。

「クスクスクス・・・かの黒衣の剣士が勇者一行の仲間になったと聞いてはいたけどやはりあなただったのね? 大きくなったわね。お姉ちゃんは嬉しいわ」

「・・・何を馬鹿な・・・」

「まだ・・・分からない?」

 すると王様の姿が蜃気楼のように揺らぎ瞬く間に別の姿に、

「なっ・・・・」

 腰まである銀色の髪を持つ少女の姿へと変わった。白いローブを身に纏い、その瞳はサファイアのように青く静かな輝きをたたえ、その端正な顔にはノアのものとは違う、だが穏やかな笑みが浮かんでいる。年の頃はノアより少し上、18歳ぐらいだろうか。

「リ、リンダ・・? 馬鹿な、あなたは・・・」

 その姿を見て明らかに動揺するノア。リンダと呼ばれた少女は楽しそうにその言葉を継ぐ。

「死んだはずだよ・・・って? でも現実はこの通り、私はここにいる」

「・・・・・・ならばリンダ、何でこんなことをしたんです?」

 質問を変えるノア。その右手は剣を握っている。返答次第ではいつでも斬りかかれるように。

「クスクス・・・これは狼煙よ。少々派手だけどね」

「え・・?」

「勇者カインの一行に新しく紅い眼の凄腕の戦士が加わった、っていうからそれがどんな人か見てみたかったの。まあなんとはなしにあなたじゃないか、とは思ってたけどやはりそうだったようね。で、彼等がこのエジンベアの近くを船で通るって聞いたから、近くを通っただけで素通りしないように狼煙を上げたってわけ」

「それだけのためにこんな事を?」

「そうよ」

「この国の王様はどうしたんです?」

「殺したわ」

 瞬間、ノアはリンダの背後に回り、そして斬撃。巨大な爆煙が上がり凄まじい衝撃に城全体が揺れる。

「わっ」

「きゃっ・・」

「わあっ」

 カイン達三人はその剣圧で吹き飛ばされそうになる。煙が晴れるとそこにはノアが一人立っていた。その表情にいつもの余裕は無い。

「いきなり斬りかかってくるなんて乱暴ねえ。お姉ちゃんそんな弟持った覚えは無いわよ」

 と、ノアが攻撃を放った場所とはまったく見当違いの方向から声をかけるリンダ。その体はまったくの無傷。ノアとは対照的に余裕綽々といった感じだ。

「本当にリンダなの・・? あの・・優しかった・・」

 三度尋ねるノア。その声には威圧感は無く、どこか哀願する響きがあった。自分は違うと、リンダではないと、そう言ってくれることを。

「あなたはどう思うの? ノア」

「・・・・・・」

 俯き、答えられないノア。リンダはそんなノアを見ると懐に手を入れた。取り出したのは鍵。

「それは・・・」

「これが牢屋の扉さえも開く最後の鍵・・・あなたたちもこれを探してるんでしょう?」

「それを・・・どうする気?」

 ノアの問いにクスッ、と笑うリンダ。そして、

「ほらっ」

「え? あっ、ととと・・」

 と、最後の鍵をそばに居たフォズに投げ渡した。慌ててキャッチするフォズ。その様子を見てまたもクスッと微笑むリンダ。

「何を考えてるの・・? リンダ」

「あら? そう呼ぶって事は私が本物だって認めたの?」

「・・・・・」

「まあいいわ。それはお近づきの印よ、あなたたちが好きに使えばいい」

「・・・・」

「それにしても驚いたわ、あなたの成長振りには。これは私も本気で戦わなくては勝てないわね。とりあえず今回はお互い挨拶だけ、お楽しみはまた今度、ってことで」

 そう言うとリンダの右手がノアに向けてかざされ、その右手に光が集まる。魔法力の活性化。

「そうそう、いいことを教えてあげるわ。サマンオサにお行きなさい。そこに行けばいいものが手に入るわよ」

「いいもの・・・? 何です? それは・・・」

「フッ・・それはあなたたちが自分で確かめればいいでしょう? ・・・・ベギラゴンッ!!」

 高らかに叫ぶと超高温の炎がノアに向けて走る。

「まずい、ノア、逃げて!!」

 フォズが叫ぶ。が、ノアは逃げない。剣を振り、炎を切り裂く。切り裂かれた炎はあっという間に消滅した。

 そしてリンダと呼ばれた少女の姿もその場から消えていた。

 ノアの離れ業と姿の掻き消えたリンダに二重に驚くカインとマリア。フォズはノアに駆け寄る。

「ノア、大丈夫?」

「あ、ああ、怪我は無いよ」

 答えるノア。そして誰にとも無く呟く。

「どうしてなの・・・? リンダ・・」

 その眼にはうっすら涙が浮かんでいた。









第6話 完