第5話・闇



「ねえ、ここさっきも通らなかった?」

「う・・・うん・・」

「迷路になっているようね」

「・・・・・・」

 勇んで人攫いの洞窟に着た彼らだったが、その洞窟の複雑な構造に悩まされていた。

「仕方ないね」

 溜息をつくノア。そして、

「みんなしゃがんで」

 言うが早いか壁に拳を叩き込んだ。凄まじい威力に洞窟全体が振動する。

「わわわ」

「きゃっ・・」

「ひええーっ」

 ノアの取った行動にカイン以下三名は総じて慌てる。三人とも慌てて重心を落とし、振動に対応する。フォズだけはそこから更にその揺れの中でも平然と立っているノアにしがみついた。やがて揺れが収まった。

「ちょっと・・何やっているのよノア!」

 まずマリアがノアに文句を言った。しかしノアが手を バッ と突き出してそれ以上の言葉を遮る。

「静かに」

「・・・・・」

 その迫力に押されて、それ以上言えなくなるマリア。何かを感じるように壁に手を当て、眼を閉じているノア、そして、、

「こっちだ」

 突然歩き出した。先程までとは違う、迷いの無い歩み、まるで順路を知っているかのような。

「次は左へ・・・この扉を開けて・・・ここだ」

 ほどなくして四人は更に下の会へ下りる階段に差し掛かった。

「どうやって? この洞窟に来たことがあるのか?」

 カインが聞く。ノアは首を振って、

「いやいや、さっきのパンチ、あれは音の反響の具合や空気の流れからこの洞窟の構造を知るためのものだったのさ」

 とノア。いつものことながら唖然とするカインとマリア。フォズは、

「だったらやるって最初から言ってよ! すごくびっくりしたんだから」

「・・・・それもそうだね。ゴメンゴメン」





 複雑な地下一階に比べ地下二階はほとんど一本道だった。途中、鍵のかけられた扉があったが魔法の鍵で問題なく開錠、中にあった宝箱を失敬し、更にしばらく進むと人の気配を感じた。

「・・・分かる? カイン?」

「ああ、ひい、ふう・・・四人だね」

「ん♪」

 カインの成長振りを見て上機嫌のノア。そのまま気配を消して通路の先の部屋の入り口、そのすぐ前にまで移動する。中ではノアやカインが感じたとおり四人の男たちが酒盛りをしているようだ。ノアが扉越しに耳を澄ませる。

「へへへ・・・男は二束三文だろうが女の方を売ればまたしばらく遊んで暮らせるぜ」

「あの奴隷商人、今度はもう少し高く買ってくれるかな、何せあれだけの上玉だ、半端な値じゃあ・・・」

 その会話を聞き終わるのを待たず、ノアの視界は真っ赤に染まった。

「どうする? ノ・・・」

「・・・って・・ダ・・・・・ネ・・・・・い・・・」

「え? ノア・・・」

 何か様子がおかしい。それに気付いて言葉をかけようとするカイン。しかし言葉が続かない。

違う。さっき、ほんの十数秒前とはまるで違う。後からついてきたマリアとフォズも今のノアの様子に面食らって、いや恐れている。よく見なければ分からないが体は小刻みに震え口からはカチカチ、と歯と歯が当たる音が聞こえてくる。

 それほど今のノアからは凄まじい殺気が滲み出ている。無意識の内に後ずさり距離を置くカイン。それと同時にノアの全身から放たれる殺気がより強くなる。

「ちょっ・・・ノア・・」

 カインがノアに掴み掛かろうとする、と、後ろでドサリ、ドサリと人の倒れる音がした。

嫌な予感がして見てみると、マリアとフォズが苦しそうに喉を押さえて倒れていた。慌てて傍に駆け寄るカイン。二人ともノアが放つ圧倒的な殺気の前に文字通り息も出来なくなっているのだ。

 マリアを抱き起こしながらカインが叫ぶ。

「ノア! 落ち着いて・・」

かすかにカインの声が聞こえる。視界を染める赤は消えない。

「・・・やめて、待って、セレネ、嫌だ、リンダ、何処? 先は・・・」

「ノ・・・ア・・ッ」

 息も絶え絶えになっているフォズが喉の奥から必死に叫ぶ。と言っても、大声などそんな状態で出る訳も無く、耳元で何か囁く時ぐらいの声しか出ない。

しかし、その声に一瞬で視界の赤は消え、瞳に光が戻る。と同時に先程まで本当にそれだけで周囲の者を殺せるほどに強く強く放たれていた殺気も掻き消え、マリアもフォズも圧迫感から解放される。

「僕は・・・」

 倒れているマリアとフォズを見て一瞬で何が起こったか悟るノア。顔が真っ青になる。

「な・・・なんだったんだ? 今の息苦しさは?」

「分からん、しかし扉の向こうから声が・・」

「!! 何だおま・・・ぎゃあっ」

 どうやらノアの殺気は扉も透過して男達にも届いていたらしい。そして今その殺気から開放され、飛び出してきた男達だったがノアが腕を一振りしただけで四人とも吹き飛ばされ、仲良く気を失った。





「すまない、二人とも・・自分でも分かっていたんだけど・・・目の前にするとつい、ね。すまない」

 マリアとフォズに謝るノア。

「気にしないでよ。私は大丈夫だから」

 とフォズ。

「まあ、今後気をつけてよね」

 言葉にやや棘があるがマリアも根に持ったりはしていないらしい。

「ありがとう、二人とも」

 二人に笑いかけるノア。以前見た笑顔とはまた違ったどこか悲しげで儚げで、でも優しい笑顔。それにフォズは、

(ああ、なんて綺麗で純粋な笑顔・・・でも悲しそうな・・・私があなたから悲しみを・・・・)

 またもトリップした。

「さてと・・・カイン、僕を殴れ」

「え?」

 唐突な要求に面食らうカイン。

「いいから殴れ、一発、本気でね」

「で、でも・・・」

 困惑しているカイン。そこに、

「ノア、さっきのことを気にしてるのなら、もう・・」

 いつの間にかこっちの世界に帰ってきていたフォズが口を挟む。しかしノアは首を横に振り、ポン、とフォズの頭に手を置くと言った。

「そうじゃなくてね、けじめってヤツだよ。フォズ」

 その言葉に渋々納得したかのように引き下がるフォズ。

「さあカイン」

 カインはいまだに困惑気味だ。

「いいんじゃないの、一発くらい。それでノアの気が晴れるなら」

 とマリア。その言葉に意を決するカイン。

「歯を食い縛れ!!」

 バキィッ

 すごい音が廻りに響いた。 





「イキまいて助けにきた、まではいいがあっさりとミイラ取りがミイラに、かい? 無様だね」

 右の頬が赤くなったノアがグプタとタニアを見つけると開口一番に言う。グプタは言い返せずに俯く。

「ノア」

 余りの言い様にマリアが嗜める。肩をすくめるノア。

「そんな事より早く二人を出してあげないと・・・」

 とカイン。

「それならそこのレバーを・・・」

 チン・・・

 グプタが言いかけると、ノアの剣から剣を鞘に仕舞う時の様な音がした。そしてカイン達と、グプタとタニアの二人を隔てていた鉄格子がバラバラになった。一瞬の内にノアが切り刻んだのだ。

「凄い・・・」

 余りの早業に舌を巻くカイン。迅い、自分にも抜いた刃さえ見えなかった。居合い一つとっても一級品、いやそれ以上だ。

 そんな事が一般人であるグプタやタニアに分かるわけも無いが、とりあえず鉄格子が無くなったので恐る恐る外に出てくる二人。ノアは再びグプタを見て言う。

「でも、尊敬に値するよ」

 その言葉に一瞬難しい顔になるグプタ。しかしタニアが無事だという事が今は一番重要な事。彼はタニアを連れて洞窟を出ようとした、が人攫い達の親分が出口を塞いでいた。

「そう簡単に逃げられると思ったか?」

 その声を聞きつけてカイン達が奥からやって来た。

「あっ、お前達は!!」

 カイン達の姿を見て驚く親分。そう、人攫い達の親分とはあのカンダタだったのだ。

「一度ならず二度までも盗賊の上前をはねようってのか!? 野郎ども!! やっちまえ」

 お約束の台詞を吐き、後ろに控えていた三人の子分達をけしかける。

「二人とも援護して」

 そう言うと子分に突進するカイン。以前とは比べ物にならない見事な剣裁きであっという間に子分の一人を倒した。

「ベギラマッ」

 マリアが叫ぶと彼女の掌から帯状の炎が放たれ、子分の一人を包む。動きの鈍った子分にカインが剣撃を一閃、二人目撃破。残った三人目がカインの後ろから斬りかかる、が、剣がカインを切り裂く前に三人目も倒れる。ノーマークだったフォズが後ろから正義の算盤で殴りつけたのだ。これは彼女がノアから貰った武器だ。ノアは本人曰く、「いろんな所に行ってるから」多くの珍しいものを持っていた。これもその一つ。ノアが自分には使い道が無い、ということでフォズが譲り受けたのだ。

 子分を瞬く間に倒され動揺するカンダタ。しかしその動揺を表に出すことなく、斧を構える。

「へへ・・少しはやるようになったな、仕方ねえ、俺様が相手してや・・・」

「おや? 誰かと思えばこれはカンダタの旦那じゃないか」

 闇に響く澄んだ声。

「こ、この声は・・・」

 今度は明らかに動揺しているカンダタ。そして彼の視線の先。カインたち三人に遅れること数分、黒衣の剣士ノアがその姿を現した。

「こんな洞窟でも探せば使える物は結構あるもんだよ」

 そう言うとノアは手にしていた物、ラックのたねとふしぎなきのみをカインに見せる。自分達に遅れたのはこれらを探していたからだろう。に、しても盗賊顔負けの恐ろしい嗅覚だ。

と、いうカインの思考をカインの思考を感じ取ったのかノアは自慢げな表情になり、種と木の実をパクリと飲み込んだ。そしてカンダタを見据え、言う。

「この前は見逃してあげたけど今度はそうはいかないよ」

 クスッと微笑むノア。その笑みに大抵の者は親しみを覚えるだろう、しかしカンダタはこの上も無い恐怖を味わっていた。

今、ノアからは殺気を全く感じない。しかも手は両方ともポケットに突っ込んだまま、早い話が隙だらけ、に見えるがその実まったく隙が無い。カンダタもある程度腕に覚えがあるのでそれが分かる。それが逆に不気味だった。

「でもこうしてまた会えたのも何かの縁だ。そう思わないかい?」

 フレンドリーな言葉を並べ一歩、また一歩とカンダタに近づくノア。カンダタはノアが近づく毎に、一歩、また一歩と後退する。がそれも長くは続かない。カンダタの背中に壁が当たる。もう退がれない。もう間合いを保てない。その事実が動揺に拍車をかける。

「うっ・・・うわああああっーーーーー」

 悲鳴にも似た雄たけびを上げノアに向けて突進、斧を振り下ろすカンダタ。そうなってもまだノアはハンドポケットのままだ。

しかし次の一瞬、カンダタは見た。自分の斧の先端が彼の体に触れるか触れないかという一瞬、ノアの瞳から暖かさが消え、その瞳に抜き身の剣のような鋭さと、氷のような冷たさが宿るのを。

 そして感じた。圧倒的な殺気が自分に向けて放たれるのを。

 (あ・・・あーーーーーっ)

 やめておくんだった。逃げ出すんだった。こんな化け物と戦うんじゃなかった。そんな思いが頭を横切る。時間はまだ十分の一秒も経ってはいない。しかしカンダタには何分にも何時間にも感じられた。そして眼に映る全てがゆっくり見える。死の寸前の集中力。しかしその集中力をもってしてもノアの繰り出す攻撃は見えなかった。

 斧が自分の体を切り裂くか!! というその一瞬、ノアは凄まじい速度の蹴りを放った。ハンドポケットの体勢ながら必殺の威力、その蹴りが遅れて出したにも関わらず斧より先にカンダタの鍛えようの無い男の急所を直撃した。

 グチャッ

という音がしたが・・・気のせいだろう。多分。

 とにかくその蹴りの余りの威力にカンダタは悶絶。声も出ずに前のめりに倒れた。

「すごい、すごいよノア!!」

 純粋にノアを称えるフォズ。

「後の先・・・というやつか。流石だ」

 ノアの力量に本日二度目の舌を巻くカイン。

「下品ね」

 辛口なマリア。まあこんな風に落ち着いて見ていられるのもノアへの信頼あってこそである。

「つまらん・・しょせんこんなものか」

 失望したよ、とでも言いたげにカンダタを見るノア。そしてカイン達に向き直る。

「さてと、カイン達はお二人さんを街まで送ってやって」

「ノアは?」

「後始末だよ、こいつらが二度と悪事を働けないようにお仕置きをする」





「・・・・ん・・・・んん・・」

「やあ、お目覚めかい」

「!!!」

 一番聞きたくない声に混濁としていた意識が一瞬で覚醒するカンダタ。見ると自分と子分達が縄でぐるぐる巻きに縛られ、床に転がされている。そして声の主、ノアが自分達を見下ろしていた。

「これから何が始まるか・・・・分かるよね?」

 天使の皮をかぶった悪魔。なぜかカンダタ達の脳裏にそんな言葉が浮かぶような微笑を浮かべるノア。カンダタ達はそろいもそろって顔面蒼白になる。それを見て、

「心配しなくても、痛めつけたりするんじゃないから安心しなよ」

 そう言って懐に両手を差し入れるノア。そして取り出したものは両手一杯の鳥の羽とねこじゃらし。カンダタ達は体温が一気に十度も下がったような感覚を覚えた。

「では君達の処刑を始めようか」

 笑いながら近づいてくるノア。その姿は今にも鎌を振り下ろそうとしている死神にも似て。

「「「「た、たしゅけてぇぇぇーーーーーーーーー」」」」

 洞窟中に四人の小悪党の断末魔の絶叫が響いた。









第5話 完