第4話・少年の敬意



 キイン、キイン・・・

 夜、アッサラーム近くの荒野に剣と剣のぶつかり合う音が響く。その剣を振るっているのはノアとカインだった。

「どうしたの? こんなものなのかい? まだ一時間も経ってないよ」

「くっ」

 ノアの凄まじいスピードで繰り出される斬撃をカインはギリギリで受け止める、がそれで精一杯でとても攻撃に移る余裕が無い。

 それに対してノアは手を緩めず、どころか徐々に、徐々に斬撃のスピードを上げていく。

「うっ」

 余りの迅さに防御し切れず、カインの左肩から血が噴出す。ノアはそれを見ると傷口に拳を叩き込んだ。

「が・・・あっ・・・」

 激痛にたまらず崩れ落ちるカイン。ノアは首筋に剣を突きつける。

「勝負あり。卑怯とは言うまいね」

 そう言うとノアは戦闘態勢を解除し、カインにベホイミを唱え、傷を回復させる。

「さて、今日はこれぐらいにするか」

「ハア・・・ハア・・・そうだね」

 汗びっしょりのカインが頷く。この訓練に要した時間は一時間程度だが相手がノア、そして極限の集中力で持って挑んでいるので通常の訓練の三日分ほどの濃度がある。

「カインはやっぱり才能あるよ、武才って言うのかな? メキメキ上達してる」

「そうかい?」

「うんうん。元々僕は教えてるんじゃなくて経験させてるだけだからね。君より強い相手との戦いを」

 ノアはカインを見て満足げに頷きながら言った。そしていきなり蹴りを繰り出す。

「くっ」

カインは驚きながらもその蹴りを腕で受け止めた。それを見てますます満足げな表情になるノア。

「ね? 三ヶ月前とは大違いだよ」





「・・・やれやれ、やっと解放された」

「あら? 王様のあなたもなかなかのものだったわよ」

「そうそう。カッコ良かったよ」

 三ヶ月前、カンダタとの戦いの後、カイン達は金の冠を王様に返すため、ここロマリアに戻っていた。そしてその金の冠を王様に返す際、成り行きでロマリアの王になることになってしまったのである。

 幸いこれは王様のお遊びだったようですぐに王位を返上することが許された。この国の王は遊び好きで大臣も5回は王様にされたことがあるらしい。なんとも迷惑な話である。

 とにかく解放されたカインをはじめ三人は再び旅に出るべく、準備を整えていたがその日はもう夕暮れ時だったので今日は宿に泊まって出発は明日、ということになった。宿に向かう三人。

「それにしてもあのノアって人強かったねー」

 とフォズ。彼はシャンパーニの塔からここロマリアまでは同行したが城の前で、

「じゃ、僕はこれで」

 と、三人と別れた。正式に仲間になったわけではなかったので三人とも無理に引き止めることはしなかった。

「本当にね。あの戦闘力は正直魅力的ね。私たちのパーティーに勧誘しておくべきだったかしら?」

 賢者らしく冷静な意見を述べるマリア。そこまで言って、はっ、とカインを見る。カインは下を向いて歩いている。よく見なくても落ち込んでいるというのが分かる状態だ。

シャンパーニの塔での戦い。あそこでノアが来てくれたからよかったものの、あのままだったら自分は殺され、マリアとフォズは耐え難い辱めを受けていたことだろう。

 今の自分では仲間も、自分自身すらも守れない。弱い。そんな思いがカインの胸の中に渦巻いていた。

「誤解しないで。カインはよくやってくれているわ。それに今回カンダタに苦戦したのはあなた一人の責任ではなく、私の敵戦力の見積もりが甘かった、ということでもあるわ。余り気にしないで」

 それを見とって慌てずフォローを入れるマリア。フォローと言ってもこれは正論だが。

「そうだよ。それに確かに今は私達は弱いかもしれないけど、だったら強くなればいいじゃん。私も頑張るから! カインも頑張ってよ。」

 フォズも彼女なりにカインを励ます。

「・・・・・」

 二人の言葉に幾分か表情が晴れたものの、いまだにパッとしないカイン。

そうこうしている間に宿屋の前に来ていた。中に入ろうとドアに近づくと、ドアを破って中からカンダタと同じぐらいの大男が吹き飛ばされてきた。

「「「・・・な?」」」

 いきなりの事に言葉を失う三人。しかしすぐに我に返りその男に駆け寄る。どうやら気絶しているようだ。マリアが男に近づく、そして、

「・・・目立った外傷はなし・・・いや、顔にひっぱたかれたような跡があるわね。気絶した原因はこれかしら?」

 いつも通り冷静にその状態を分析しつつ、男にホイミをかける。

「う・・う・・・」

「どうしたんです? 何があったんですか?」

 男の意識が戻ったと見て、男に話しかけるマリア。

 しかし男の様子がおかしい。目を覚ましたかと思うとその体が小刻みに震えだした。

「ひっ・・・ひぃい・・・」

 明らかに普通の状態ではない。

「どうしたの? 何があったの?」

 男の両肩を掴み、その手に力を入れやや強い口調でたずねるマリア。それに男も少しは落ち着いたようだ。マリアに目を向けて言う。

「人間じゃねェ・・・・はひいいぃぃぃーーーーーーッ」

 小康状態も束の間、それだけ言うと男はマリアの手を振り解いて脱兎の如くその場から逃げ出してしまった。

 顔を見合わせる三人。しかし言葉にするまでもなく意見はまとまり、カインを先頭に男が飛び出してきた宿屋に入る。そこには、

「!」

「あなたは・・・」

「こういうの噂をすれば影、っていうんだっけ、マリア?」

 闇で作ったかのような黒衣、青みのかかった艶やかな黒髪、炎の如き真紅の瞳。

シャンパーニの塔にて自分達を救った戦士、ノアがコーヒーカップ片手に痩せた長身の武闘家と向き合っていた。彼の後ろにはこの宿屋の者なのだろう若い娘が少々怯えたかの様子で立っている。

「! やあ、また会ったね」

 カイン達に気付き、ノアは目の前の武闘家を無視してカイン達に近づいてきた。

「その節はどうも・・・」

「世話になったわね」

「ちょっ・・・後ろ!!」

 カインとマリアが挨拶し、フォズは叫ぶ。ノアと向かい合っていた武闘家が無視されたことで怒ったのだろう、凄まじい勢いで突進してきていた。

 しかしノアは少しも慌てず、どころか振り向くことさえせず、空いている左手だけを後ろに向けて、武闘家の繰り出す拳や蹴りをまるで見えているかのようにことごとく捌いていく。

 武闘家の顔。最初は額に青筋浮かべて怒っていたが自分の攻撃が問題にもされず、ものの10秒で今にも泣きそうな顔に変わる。

「ヒ・・・」

 眼に涙を浮かべて渾身の一撃。しかしノアはこの一撃さえも簡単に捌き、武闘家の額を人差し指をトン、とつつく。それだけで武闘家はグルリ、と白目をむき、その場に倒れてしまった。

「やれやれ、いたずらに武を振りかざすとは。無価値な人間もいいとこだよ? アンタら」

 あきれたようにそう言って倒れた武闘家の服をむんずと掴み、その体を持ち上げる。

「三人ともちょっとそこどいてくれる?」

 言われるままにその場から退く三人。ノアはそれを確認すると、

「しばらく外で頭を冷やせ!!」

 思い切り意識の無い武闘家を投げ飛ばした。武闘家は先程カイン達の目の前に飛び出してきた大男が吹き飛ばしたままのドアから外へと吹き飛ばされた。そしてドアから50メートルほどはなれたところでようやく地面に落ち、そこから更に10メートルほど転がってやっと止まったのが見えた。

「「・・・・」」

 カインとフォズは今まで見たことも無い芸当に目を丸くして言葉も無い。先程ノアの後ろにいた娘が、

「あの・・有難うございました」

 ノアに礼を言う。その様子を見て納得したようにうんうん、と頷くマリア。

「やはりね。この状況。大方さっきの大男と武闘家が酔っ払った勢いでそのお嬢さんに何か悪戯をしようとして、たまたまその場にいたあなたがそれを止めに入った、と、そんなところでしょう」

 眼をぱちくりさせてマリアを見るノア。やがてクスッと笑う。

「そんなことを考えていたとは・・・さすが賢者だね。まったくその通りさ。不当な暴力の鎮圧・・・・これもまた戦士の務めだと思うのだけど」

「素晴らしい心掛けね」

 ノアの返答にそう返すマリア。相手によっては皮肉とも取られる発言だがマリアはそんなつもりは毛頭無い。ただマリアは無表情でいることが多いのでついついそういう誤解を招くことがあるのだ。

しかしノアは気にしたそぶりも見せず、笑ってマリアの方を見ているだけだ。マリアもそれにつられたのか無意識に顔がわずかにほころぶ。

「ところで、三人とも僕に何か用かい? 何か言いたそうだけど」

 とノア。その言葉に三人の視線がノアに集まる。が、そこまでだった。どう切り出せば良いのか三人とも迷っているのだ。しかし、

「単刀直入に言う。僕達の仲間になってほしい。世界を救うために僕達と戦ってほしい」

 そこはやはりリーダーのカインが切り出した。その言葉にノアは、

「まあ立ち話もなんだから」

 と近くにあったテーブルに座った。カイン達もそれもそうだな、と次々にテーブルに着く。位置関係はノアの正面にカイン、右にフォズ、左にマリア、だ。

「で、返答だけど・・・・」

 コーヒーを一口飲み、カイン達に真剣な表情で語りかけるノア。カインは思わず身を乗り出し、フォズは期待を込めてノアを見つめ、マリアは断られる場合のことも考えているのか目立った反応は無い。

 その様子を見て取ったノアは、いきなり手に持ったカップの中身、つまりコーヒーをカインの顔、いや目にかけた。目潰し。

 突然の攻撃にカインは目を押さえる。その隙を逃さずノアは今度はテーブルをカインに向けて蹴り上げた。コーヒーの目潰しによって視力を失っているカインは当然かわす事も出来ずそのまま床に倒れこむ。

 そしてカインが立ち上がる前にノアは腰の剣を抜き、カインの鼻先に突きつけた。視力が戻ってきたがいまだ現状が理解できない、という眼で剣の切っ先を見るカイン。もっともそれはカインだけではなくマリアとフォズも同じで、二人ともあまりに唐突な展開に椅子から立ち上がることも忘れてその状況を見ている。そしてノアが口を開く。

「で? これと世界を救うこととどういう関係が?」

 とカインに尋ねるノア。

「は?」

「言っただろう。世界を救うために僕達と戦ってほしい、って」

「・・・・・・・」

「ねー、ノア・・・あなた馬鹿?」

 言葉の無いマリアと率直な意見を口にするフォズ。しかしノアは怒るでもなく、

「ハハ・・・冗談だよ。スマンスマン、大丈夫だったかい?」

 と剣を鞘に戻しカインを助け起こす。カインは少々怒っているようだが冗談という言葉通り、ちゃんと手加減されていたことが分かっていたのでまだ話をする態勢にあった。

「でもねえ、カイン。この程度の奇襲も捌けないようじゃとてもとてもこれからますます激しさを増す君達の旅で生き残ることは不可能だよ?」

「・・・・」

 ノアの言葉にシャンパーニの塔での事が脳裏に蘇り、俯いてグッと唇を噛み締めるカイン。ノアはそんなカインを見て言う。

「で、僕としてはカインに死んでほしくないんだよね」

「!・・・」

 顔を上げるカイン。ノアは続ける。

「あの時・・・君は自分にはもう戦力が残っていないにもかかわらずカンダタから自分の仲間・・・マリアとフォズを守ろうとした。それは僕にとって最上級の尊敬に値する行為・・・もっと簡単に言えば気に入ったんだよね、カインのこと」

「じゃあ・・」

「うん、ならせてもらうよ、君達の仲間に。これからよろしく」

 その言葉に三者三様の反応を見せた。

「ぃやったああああ!!」

 周りをピョンピョンと飛び跳ねながら喜ぶフォズ。

「こちらこそよろしく」

 ノアと握手を交わすマリア。

「ありがとうノア」

 ノアの参加に礼を言うカイン。

「で・・・カイン、正直、今の君は余りに弱い。これではこれからの戦いを生き抜くことは到底不可能。ということでこれから僕がビシビシ鍛えてげるよ。文句はないね?」

「ああ。勿論だノア」

「ん♪ それじゃ早速始めようか」

 そう言って外へ出て行こうとする二人。マリアが止める。

「ちょっと、今から始めるの?」

「明日やるなら今日からやったって同じだよ」





 再びアッサラーム郊外の荒野。寝転がって星を眺めながら語り合っていたノアとカイン。

やがてノアが起き上がって言った。

「さて、夜も更けてきた。宿に戻ろうか。それともベリーダンスでも見物に行こうか? 「ぱふぱふ」はやめておこう。フォズに殺されたくないし、カインもマリアに嫌われたくないだろう?」

 ノアは「ぱふぱふ」などより過激で低俗なものをいくらでも知っていた。だから別に興味も湧かなかった。しかしそれが幸運だった。もし「ぱふぱふ」をしに行ったとしたらカインもノアも生き地獄を味わっていただろう。

 結局、カインが疲れ果てていてとても寄り道など出来る状態ではなかったので二人はそのまま宿に帰った。





 魔法の鍵でポルトガを訪れたカイン一行は、そこの王から東の地で取れるという黒胡椒を探してくるよう命ぜられた。それが出来たのならカインを真の勇者と認め、船をプレゼントしてくれるそうだ。早速東へ向かう一行、やがて日が暮れ、その日はアッサラームの町で宿を取っていた。そして次の日。

 ノルドによって開かれたバーンの抜け道を通り、カイン達一行は東へ出た。途中今までよりも強いモンスターにも遭遇したが、一蹴しつつ、夕方にはバハラタの町に到着した。

「ここには一度来た事があるよ。そのとき黒胡椒も買ってさ。確かに西の方では珍しい香辛料なのだろうけど、勇者一向をパシリに使うとはね・・・今度ちょっと教育してやろうかな・・・あの王様」

 町の紹介もかねてさりげなく物騒なことを言い出すノア。横で聞いていたカイン達は冷や汗がダラダラと流れている。

「ん? やだなあ本気にした? 冗談だよ冗談」

 それに気付いたノアがにこやかに言う。三人ともほっと胸をなでおろした。冗談に聞こえない。こいつの言葉は。

「確か胡椒の店は・・・・・・・ああここだ・・・あれ・・」

 ノアに案内され、その店に着いたが、店の扉には「CLOSE」の看板がかかっていた。

「変だな、前に来た時はこの位の時間でもやっていたはずなんだけど・・」

 ノアが首をかしげていると、店の裏からなにやら言い争う声が聞こえてきた。





「止めないでください、僕はタニアを助けに行くんだ!」

「しかしのうグプタ・・・お前一人では・・・」

「もう決めたんです・・・」

 グプタと呼ばれた青年はそう言うと、脇で見ていたノア達の横を通って走り去ってしまった。

「あの・・・いったいどうなされたのですか?」

 マリアがグプタと呼ばれていた若者と言い争っていた老人に話しかけた。老人の話によると、先程の青年、グプタの婚約者のタニアが人攫いに攫われ、それをグプタが助けに行った、ということらしい。

「人攫いとは穏やかではないねぇ・・・どうする?」

そう言ってカインを見るノア。

「決まってるだろ? 助けに行く」

 決意の表情を見せるカイン。

「そうね、私達の旅は困っている人達を助けるのも目的だし」

 カインに同意するマリア。

「人攫いなんてやっつけてやるわよ!!」

 フォズも少なからずその怒りと正義感を刺激されているようだ。

「ノアは?」

「行くよ、勿論。僕の信念に従って・・・ね」

 ノアもやる気満々だ。

「そうと決まれば早速行こうか。時間が経てば経つほどグプタやタニアが無事でなくなっている可能性が高くなる」









第4話 完