第3話・美しきもの



「! ノア!? ノアなのですか? ああ、お久し振りです」

「そうだね。僕が10歳の時だから4年振りか。美しくなられたものだ」

 ノアと知り合いらしい女王と、女王にタメ口を利くノア。カイン達は取り残さている。しかし気のせいだろうか? 周りの女官達が異様に緊張しているようだが・・・

「あなたには言い尽くせないほどの恩が・・・・」

「僕は別に・・・」

「あなたがいなくては今のイシスも・・・」

「僕はただ・・・」

 もう完全に三人は蚊帳の外だ。そして・・・相手にしてもらえないのでフォズがキレた。後ろからノアに近づいていくと・・・・

「ITEッ!!!」

 ノアが飛び上がった。フォズが背中をつねり上げたのだ。勿論本来こんな場ですることではないが、一介の戦士が一国の女王とタメ口を利く、という異常事態とノアと親しげに話す女王への嫉妬で感覚が麻痺しているらしい。まあ程度の差はあれカインもマリアも感覚が麻痺している。

「あー、やっちゃった」

「フォズもやるわね」

 と、感心するだけだ。しかしその場いる他の者達は違った。女王は驚愕の眼差しでフォズを見つめ、周りの女官達は顔面を蒼白にして木の葉のように震える者、腰を抜かしてあとずさる者、脱兎の如くその場から逃げ出す者。

 反応は様々だがそこには共通した感情があった。恐怖、いや畏怖。カインもマリアもフォズも流石にこの事態には眼を白黒させる。

「まったく大層な事だね。こんな子供一人に」

 あきれたように周りを見回して失笑を浮かべるノア。

「申し訳ありません。女官達には私から言っておきます。しかしある意味でこれは仕方の無い事、あなたが為した事はそれ程に大きな意味を持つのです。この国に・・・だからこそあなたは敬われ、そして恐れられる・・・・」

 それを聞いてクスッと微笑むノア。

「興味無いんだけどね。そんな事には。ところで今日は宿を探してるんだ。泊めてくれると嬉しいんだけど」

「ああ、そんな事なら・・・」

 女王がその場にいた女官の一人に指図するとオドオドとした女官に案内されてノアはその場から退席した。

「じゃ、お先に」





 ノアがいなくなると(女王方だけに)張り詰めていた緊張が解け、通常の女王の間の空気に戻った。

「あの、女王陛下、お聞きしてもよろしいですか?」

 女王に問い掛けるカイン。

「何でしょう?」

「何故ノアはこれほどこの国、いやこの城で恐れられているのですか? 彼は一体何を・・・?」

「何も聞いてはいないのですか? 彼から・・・」

「え?」

 怪訝な顔をするカイン。その時、

「あーーーーー!!!」

 マリアが大声を上げた。

「ど、どうした マリア?」

「何? 何?」

「思い出した・・・ノアって言ったら・・・どこかで聞いた名前だと思っていたけど・・・まさかあんな・・・」

「? 何の事? 何か知ってるの? マリア」

 マリアに詰め寄るフォズ。マリアは記憶の糸を手繰り寄せるようにゆっくりと話し始める。

「数年前から裏の世界にその名を轟かせる伝説の戦士・・・その名前が確かノア」

「ノアが・・・?」

「そう、『滅びの風』、『紅き光』、『武聖(バトルマスター)』、『剣を持つ死神』、『魔狼の牙』、数々の異名を持ち、その人智を超えた武力は一夜にして一国を滅ぼすとさえ言われる武神・・・余りに常軌を逸した話からただの寓話に過ぎないと思っていたけど、まさか・・・?」

「そんな・・・いくらなんでも・・・」

「いいえ、少なくとも私の知っている彼にはそれだけのことを成し得る力があります」

 と、女王。

「4年前のイシス防衛戦、ご存知ですか?」

 三人は何を聞くのかという顔になった。

 イシス防衛戦、4年前、未曾有のモンスターの大群によるイシスへの侵攻。イシス側は多大な被害を出しながらもこれを撃退、今や子供でも知っているイシスの軍事力の強大さを世に知らしめた事件だ。

「確かに・・・公にはそういうことになっていますが・・・・歴史は常に語られぬもう一つの側面を持つものなのです。」

 女王は静かに語り始めた。昔、自分を変えた出来事を。今でも鮮明に覚えている、いや忘れられるはずなど無い、一人の少年の話を。





 当時私は先代の王、つまり私の父の急死により、女王に即位しました。ですが、一時たりとも気の休まる時はありませんでした。

当時私は18歳、周りの者達は皆私の関心を買って出世でもしようと考えているか、もしくは私を傀儡に政治の実権を握ろうとしているか。

 私は最初は立派だった父に倣って国を治めようとしていましたが、そんな者達に囲まれている間に、いつしか必死にやっている自分が馬鹿らしくなり、皆が褒め称える美しさを使って好き勝手をやるようになりました。誰もが私に跪く。それを見下ろすのが快感でした。

でも・・・あの時、最後の防衛線が突破され、いよいよモンスター達が城へ攻め込んでくる時、私の周りにはわずかな数の女官以外、誰もいませんでした。

 正直、諦めました。私がやってきた事なんて所詮はこんなものだったんだな、と、肝心な時に誰も傍にいない。私など所詮そんな女王だったんだな、と。

 そして門が破られ、いよいよモンスターの一匹が私にその爪を振り下ろそうとした時、私は信じられないものを目の当たりにしました。

突然現われた少年がそのモンスターを一瞬にして打ち倒したのです。その少年はどう見てもまだ10歳前後、とても戦いなど出来る年齢ではありません。しかし確かに彼は手に持つ剣を振るい、モンスターを倒し、私を救ったのです。

「大丈夫ですか」

「え、ええありがとう、あなたは・・・?」

 彼は私に怪我がないことを確かめると、あろうことか、雲霞のようなモンスターの大群がひしめいているであろう、城下へと走り去ったのです。

 私はその時なぜか彼を追おうとしましたが女官達に止められ、地下の隠し部屋に隠れました。外では未だに合戦の声が聞こえていました。





 何時間か経ったころ、その声がピタリと止んだのです。静かでした。自分の息遣いの音すら聞こえそうなほどに。恐る恐る外に出てみると魔物の姿はありませんでした。生きている魔物の姿は。その代わりに数え切れないぐらいの魔物の死体が所狭しと転がっていました。

「一体何が?」

 そう思った私が城の外に出てみると、私はまたしても信じられないもの、今度はこの世にこんな風景がありえるものなのか、そんな思いが頭に浮かぶ、そんな光景を目の当たりにしたのです。

 平らでした。

平らな地面、いや大地と言った方がいいでしょうか。幾百、いや幾千の魔物達が死に絶えて、視界の果てまで続くその死体によって真っ平らになった大地、そしてそこに一人佇む少年。彼がこれを一人で? 状況から考えてそれしか考えられないのですが、私には・・・いや私の周りの女官達もまるで夢でも見ているのか、という顔でした。

 少年は私達に気付くと近付いてきて言いました。

「終わりました」

ただ一言だけ。それだけ言って彼はその場を去ろうとしました。私は呼び止めました。聞きたいことがあったからです。

「あなたは旅の者ですね? 私には何の関係も無いはず・・・なのに何故私を助けたのですか?」

 彼は答えました。

「自分の信念に従っただけです」

「信念・・・・あなたはそんなもののために命を懸けることが出来るのですか?」

「はい、あなた方が、この国の民が死ぬことは無い、そう思っただけです」

「そうですか・・・何か望む物はありますか? 貴方には、大変な借りが出来ました、私はこの国の女王です、金銀財宝ならいくらでも・・・・」

「いりません。それよりそのお金は町の復興にでも回してください。あえてお願いがあるとすればそんなところです」

 そして彼は私に背を向けて歩き始めました。私は彼の背中に呼びかけました。

「待ってください。あなたの名は何というのですか?」

「僕はノア」

 彼は振り返らずに答えました。

「ノア、またいつかこの国を訪れてください。私は待っています。」

 彼は背を向けたまま、右手を振って応えました。

 その時・・・・私の目には去っていく彼の後姿が今まで見たどんな絵画より、今まで聴いたどんな音楽より美しく感じられました。そして同時にこれまでの自分の行いが恥ずかしくてたまらないものに思えました。





「そして・・・私は彼の背中に誓いました。必ずこの国を復興させると。彼の事は・・・本来ならこの国に永く語り継がれるべき人なのですが・・・この国の武力がたった一人の少年のそれにすら及ばない、ということが諸外国に知れ渡ったらどうなるでしょう。それ故に彼の事は私達の胸の中に仕舞い込んでおく事としたのです」

 女王の話は終わった。カイン達はその突拍子も無い内容に言葉が無いようだ。

「そして彼は再びやってきました。あの頃よりずっと大きくなって、あの頃と同じ優しい瞳のままで」

 女王は目を細め、視線を虚空に泳がせた。

「あ、あの。だったら何でこの城の女官さん達はあんなにノアのことを怖がってるんですか?」

 フォズが質問した。回想に浸っていた女王は、慌てて現実世界に戻ってくると質問に答えた。

「先程言ったように彼の力は絶対です。もし何か気に障ることがあってその力の矛先が自分に向かっては来ないかと怯えているのですよ。彼女たちにとって先程フォズさんの行った行為は例えるならば、ばくだんいわにハンマーを打ち下ろしたようなものなのですよ」

 はー、と感心したように女王を見るフォズ。

「あなた達は魔王バラモスを倒す旅をしているそうですね。微力ですが私も力になりましょう」

 そう言って女王が手をパンパン、と叩くと、女官が宝箱を持ってやってきた。その宝箱を開けると、中にはひとつの鍵が入っていた。

「それはこの国の王家に伝わる魔法の鍵、大抵の扉は開けてしまうでしょう。それがあなた達の旅の助けになればいいのですが」

「感謝します。女王陛下」

 カインは姿勢を正し、深々と一礼した。マリアとフォズもそれに倣う。

「さあ、堅苦しい話はここまでにして、ノアも交えてパーティーといきましょう。あなた達の旅の話も聞かせていただきたいですしね」

 そう言うと女王は傍にいた女官に指示を出す。そしてその夜、ささやかなパーティーが開かれ、城の明かりは遅くまで消えることはなかった。









第3話 完