第2話・砂漠の国へ



 カインは袋から目覚めの粉を取り出すと、辺りに振りまいた。粉は風に乗ってノアニールの村全体に行き渡り、人々は何年かの眠りから目覚めた。

「馬鹿な人達だ・・・死んでしまっては何にもならない・・・ただ・・・残された人達が悲しむだけなのに・・・」

 ノアが呟く。フォズとマリア、それにカインもその心が晴れないのだろう、黙って村人達が目覚めていくのを見ていた。

 シャンパーニの塔の一件でノアを仲間に加えたカイン達一行は、更に北上、ノアニールの村を訪れた。その村はエルフ達によって村人達が眠らされており、その呪いを仕掛けたエルフの隠れ里の女王の誤解を解くため、原因となった人間の男とエルフの娘、アンの行方を捜した果てに彼らが見たものは、取り返しのつかない結末だった。

 来世での幸福を誓い、地底の湖に身を投げた二人。二人の愛が祝福されないものだったにせよこんな終わり方しかなかったのか? 本当に?

「今日は・・・この村で宿を取ろうか」

 カインの提案に誰も反対しなかった。





「うええぇぇーん」

「あらあら、どうしたのノア?」

「みんなが・・・グスッ、仲間に入れてくれないんだ。お前の眼は血の色みたい気持ち悪いって」

「・・・そんなことはないわよ。ノアの眼、私は好きよ。ルビーみたいで」

「グスッ、ホント?」

「うん、本当。だからノアも言ってあげなさい、僕の眼は綺麗だろって。胸を張って」

「・・・でも・・」

「ノアー、どうしたのー? さっきは急にいなくなって、ノアの眼のことなら私からも言ってあげるからさ、一緒に遊ぼうよ」

「ほら、お迎えが来たわよ?」

「・・・・うん!」





「・・・!」

 ノアが眼を開けると宿屋の天井が見えた。まだ夜明け前、辺りは暗い。

「夢か・・・弱いなあ・・僕は」

 自嘲気味に呟くと隣で寝息を立てている仲間達を見る。そしてフッと微笑む。

「護ってみせるよ。今度こそ」

 そう言うと、自分の荷物の中から幾つかの木の実を取り出し、飲み込むと再びベッドに戻り、眠りに・・・・つこうとすると、

「きゃははははー!!! フォズちゃんのおしりタッチーーー!! あはあは・・・」

 マリアの寝言が聞こえてきた。

「・・・・・・」

 人は誰も過去を捨てられないんだな・・・そう思った。





 数日後、カイン達一行は砂漠を横断していた。

「暑いー。暑いよぉぉぉー」

「暑いわねぇ・・・」

「みんな頑張れ、もうすぐイシスの城下町に着くから」

「あっはっは。修行が足りないよ? 二人とも」

 上からフォズ、マリア、カイン、ノアの台詞である。照りつける太陽、行けども行けども似たような景色。慣れていない者には、特に頭脳労働が主な担当のマリアやフォズには辛いだろう。

カインもやはり無理しているらしく、いつもより口数が少ない。そんな三人と対照的なのがノア。砂漠にあって、長袖、黒衣というこの上なく暑苦しい格好にもかかわらず、汗一つかいていない。どころか、この苛酷な環境を楽しんでいる様ですらある。

「ふえーん。もお歩けないよー。のどが渇いたよー」

 フォズがへばった。まあかれこれ三時間は歩きっぱなしだったから無理も無いが。

「ふう、仕方ないね。小休止、といきますか?」

 尋ねるノアと頷くカイン。

「ほら・・・」

 ノアが懐からビンに入った水をフォズに差し出す。飛びついて飲むフォズ。

「頑張って。この辺には以前来たことがあるから・・・確か後砂丘を三つか四つ越えれば目的地の筈だよ。」

 フォズが飲み終わると、ノアはフォズをおんぶした。

「よっと」

「え・・・ちょっ、ちょっとノア!!」

 ノアの背中で真っ赤になって恥ずかしがるフォズと、その反応に怪訝なノア。尊敬の眼差しでノアを見ているカイン。そしてノアとカインを代わる代わる見てフッ、と笑い、首を振るマリア。

「ん・・・? 嫌だったかな? ひょっとして・・・」

「いや、あの、その・・・」

 しどろもどろなフォズ。ノアはそれを「嫌だ」と言っているのだと解釈したらしく、

「じゃあこれでいいかな?」

 お姫様抱っこに持ち替えた。

「・・・プシューッ・・・・」

 フォズの顔中から蒸気が噴きだした。返答は無い。

「・・・・・・・・・・はあ・・・・」

 マリアはもう一度、ノアとカインを見比べて溜息をついた。

「じゃ、行こうか」

 この二時間後、一行は無事、イシスに到着した。





「賑やかなところだね・・・イシスって」

「世界中に名だたる幾人もの猛者と、独自の高度な文化、技術によってもたらされた繁栄だよ。・・・この町は好きだ。この町の人達はみんな・・・この不毛の地に生まれながらそれを苦とせず、たくましく、したたかに生きてる」

 イシスに着いたカイン達は、ノアの案内で町を散策していた。イシスには彼等がはじめて見る物も多く、時間を忘れて楽しんだ。

「あれ、もうこんな時間か。そろそろ宿を取ろうか」

 日暮れ時になり、市場の人通りもまばらになった中で仲間達に告げるカイン。

「そうね。今日は疲れたわ」

「賛成ー。商人魂で体を動かしてたけど、もう限界だよー」

 一も二も無く頷くマリアとフォズ。

「そうだね。じゃあ僕が良い宿を知ってる。そこへ行こう」

 とノア。一度ここへ来た経験のあるノアの言葉なら、と三人がノアについて行った先は、

「あの・・・ノア・・・さん?」

「ん?」

「ここって・・・お城なんじゃ・・・?」

「そうだよ?」

 だからどうした、とでも言いたげに答え、ズンズンと進んで行くノア。考えが読めず、おずおずと着いていく三人。城の中に入ると一人の女官に呼び止められた。

「あの、もう一般の方は立ち入り禁止の時間で・・・」

「やあ」

 ノアが挨拶する。途端に顔が引きつる女官。

「あ、あなたは・・・・」

「女王様に会いたいのだけれど?」

「は、はい。でででで、ではこちらへどうぞ」

 明らかに怯えた様子の女官に案内され、四人は女王と対面した。









第2話 完