第1話・黒衣の剣士
「ぐあああっ」
「へっ・・・てこずらせやがって・・・」
「ああっ・・カインッ・・・」
「カ、カインッ!! 大丈夫!?」
魔王バラモス討伐のため旅に出たアリアハンの勇者オルテガの息子カインと、その仲間、賢者のマリアと商人のフォズ。彼等は今窮地に陥っていた。
誘いの洞窟を抜け、その最深部の旅の扉からロマリアへ来た彼等はロマリア王から王の宝である金の冠を盗んだ盗賊カンダタの一味を捕まえ、金の冠を取り返すよう頼まれた。
幾つかの情報からここシャンパーニの塔が彼等の隠れ家だと考え塔内を捜索したカイン達は塔の四階でカンダタの一味を追い詰めた・・・までは良かったが、カンダタ一味は、特に親分のカンダタは思いの外強く、子分の二人までは倒したものの、体力も手持ちの薬草もマリアの魔法力も底をつき、逆に追い詰められていた。
「へへへ・・・ガキの方はすぐに殺っちまうとして、娘二人の方は・・・」
マリアとフォズがゾクッと体を震わせる。覆面で見えないが今、間違いなくカンダタの顔は薄汚い欲望に歪んでいるだろう。
ゆっくりと二人に近づいてくるカンダタ。しかしその前にカインが立ちはだかった。
「あん? 何のつもりだお前? そんなボロボロの体で・・・」
「二人には指一本触らせない・・・僕が・・生きている限りは・・」
「ハッ!! いいだろ・・・だったら・・・・さっさと死ねぇぇぇぇぇ!!」
カンダタは右手に持った斧をゆっくりと上げると、一気にカインに向けて振り下ろした。怪力のカンダタならカインの体など簡単に真っ二つにしてしまうだろう。フォズは惨劇を予想して目を背ける。マリアは叫ぶ。
「カインッツ」
勿論、叫んだところでカンダタが斧を止める訳も無い。斧はカインの頭を真っ二つにする・・・一瞬前にピタリと静止した。
「え・・・」
いつまで待ってもカインの倒れる音や噴出す鮮血の音が聞こえないのを不思議に思ってフォズが目を開けるとそこには、カインとカンダタの間に一人の黒衣の少年が立ち、カンダタの手首をつかんで斧を止めていた。
「な・・・何だてめえ!!」
予期せぬ闖入者の登場にあわてるカンダタ。少年はその質問には答えず、いきなりカンダタを投げ飛ばした。
「おおお!!?」
凄まじい速さで飛んでいくカンダタ。これには流石のカンダタも慌てた。自分達が戦っているのは塔の外周部分、少年は回廊の淵に向かって自分を投げ飛ばしたのだ。この高さでは落ちたら助からない。一瞬そんな思いが頭をもたげるが、すぐに頭を切り替え、空中で体勢を立て直し、着地する。勢いまでは殺しきれなかったので多少滑るが、なんとか回廊の淵ギリギリの所で踏みとどまった。
チラリと後ろを見て、その途端、全身を冷たい汗が流れる。が、それも一瞬のこと、気を取り直して、自分を投げ飛ばした少年を見据える。
年の頃は十台半ばだろう、身長は同年代のものにしては高い。170センチぐらい。全身を黒で統一し、腰には細身の剣が一本差されている。手には真紅の十字架が描かれた皮手袋をはめている。胸には大きな銀のロザリオがぶら下がっている。肌は白磁のように白く髪の色は青みのかかった黒、眼の色は炎のような紅色。一瞬女性と思ってしまいそうな美しい顔立ち。引き締まった、と言うより華奢な、と言う印象を与える体。
そこまで観察して次に眼が行ったのは彼の腕だ。先程彼に手首を掴まれた時、それは物凄い力でもう少しで悲鳴を上げるところだった。そして勢いをつけることも無く、100キロを超える自分をまるで小石でも投げるかのように投げ飛ばした腕。しかしその腕も別段変わったところは見られない、とても鍛えたりしている物とは思えない普通の腕だ。しかし油断無く距離を取って話しかける。
「何者だお前?」
少年はじっとカンダタを見つめ、そして腰から剣を抜いた。体を緊張させるカンダタと生き残りの子分。
「何者って・・・見れば分かるだろ?」
まだ声変わりの前なのだろう、美しい声で少年は答え・・・明後日の方向にポーズを決めた。
「?」
「?!?」
「?????」
余りに意味不明な行動にその場の全員が言葉を失う。が、とにかく今の少年は隙だらけだ。
「野郎! ふざけやがってっ!!」
いち早く正気に戻ったカンダタ子分が少年に斬りかかる。少年は避けようともしない、と言うか眼を閉じてポーズを取っているので、気付いているのかすら疑わしい。
「危ない、前見てっ!!」
カインが叫ぶ。しかし少年が気付いた様子は無い。
(馬鹿が・・・)
カンダタ子分は勝利を確信する。と同時に彼の意識は途切れた。
一瞬のことで誰もが何が起こったのか分からなかった。カンダタ子分が少年に剣を振り下ろし、斬られた! と、思った刹那、子分の金色の鎧は粉々に砕け散り、子分は泡を吐いて気絶した。少年は相変わらずポーズを取ったままだったが、やがてポーズを解くと自分の足元に倒れている子分を見下ろして言った。
「鈍い。所詮はただの泥棒、自分より弱い者にしか勝てないか」
そう言うと、ゆっくりとカインに近づく。体は動かないが警戒するカイン。
「・・・君は・・君達は違うよね? アリアハンの勇者オルテガの息子カイン」
「え・・・どうして僕の名を・・」
少年は無言で右手をカインに向けてかざす。そして、
「ベホイミ」
を唱えカインの体力を回復させた。
「さてと・・・続けるかい?」
カインは一瞬戸惑い、そしてその言葉の意味を理解すると力強く頷いた。少年も満足げな表情を浮かべる。
「そうこなくては・・・じゃ頑張って」
背中を叩いて送り出す少年。再びカンダタに向かっていくカイン。一方カンダタはかなり焦っていた。目の前のオルテガの息子とやらはなかなかやるが勝てない相手ではない。
しかし問題は突然現われて自分を投げ飛ばし、子分を一瞬で倒した黒衣の少年。
こいつを敵にしては勝ち目が無い。自分の中の何かがそういっていた。ならば・・・
「お、おいあんた!! 俺がこいつを倒したら俺を見逃してくれ!! な! いいだろ!? なあ!!」
「いいよ。倒せたらね」
いともあっさり了承する少年。カンダタとカインの一騎打ちが始まった。
「さてと・・・」
少年は倒れて動けないマリアとフォズに近づくと再びベホイミを唱え体力を回復させる。フォズには立ち上がれるよう手を貸した。
「あ、ありがとう・・」
「ありがとう、フォズ、カインを援護しなきゃ」
少し顔を赤らめて礼を言うフォズとカインの援護に行こうとするマリア。しかし少年が立ちはだかった。
「駄目だよ? 一対一の決闘を邪魔しちゃ」
「で、でもカイン一人じゃ・・・」
「大丈夫、勝つよ。カインは。」
「そ、そんなの言い・・」
「言い切れるさ。信念ある者は何者よりも強い。カインにも・・・君達にもそれがある。少なくともあんな雑魚には負けないって」
「で、でも・・」
更に抗議しようとしたマリアの言葉をさえぎって少年は右手を上げた。マリアもフォズもビクッと体を竦ませる。
バシッ
乾いた音がして少年の右手が飛んできた何かをキャッチする。
「ほらね」
少年がキャッチした物はカンダタの斧だった。見ると尻餅をついたカンダタにカインが剣を突きつけていた。
「勝負ありだね」
少年はカンダタにとって死刑宣告にも等しい言葉を吐き、ゆっくりとカンダタに近寄っていく。
「た、助けてくれ。俺の負けだ。許してくれぇーーー」
もはや恥も外聞も無く命乞いをするカンダタ。それを見て少年はあきれたように溜息をつくと、カインに尋ねた。
「だ、そうだけど・・・どうする?」
これにはカインのほうが驚いた。てっきりこの少年は自分との闘いでカンダタが負けた場合、問答無用でカンダタを殺すと思っていたが・・・
「何を驚いているの? この闘いの勝者は君だ。敗者の生殺与奪・・・すべて君が決める権利がある・・・さあどうする?」
「じゃあ元々殺すつもりも無かったし・・ロマリア王から奪った金の王冠を返すなら・・」
「は、はいそんなものならすぐに!」
言い終わらない内にカンダタは懐から金の王冠を出し床に置いた。
「そ、それじゃ私はこれで・・・」
「待て」
走り去ろうとしたカンダタを少年が呼び止めた。カンダタはギギギ・・・という擬音が聞こえてきそうなほどぎこちない動きで振り向く。無言で近づく少年。カンダタの胸倉をつかみ、持ち上げ・・・そして放した。
ガシャッ
落下の衝撃で重そうな音を立ててカンダタの懐から宝石袋が落ちた。気まずい沈黙が流れる。
「あ、あのこれは・・・」
「これも置いていくんだ」
純粋な笑顔でカンダタに話しかける少年。そう純粋な殺意と悪意が込められた笑顔で。
「はっ、はいぃぃぃ。分かりましたぁーーー」
今度こそカンダタと子分たちは疾風のような速さでその場から逃げていった。
「いやあ大漁、大漁」
カンダタに見せたものとは打って変わって、無邪気な笑顔でカイン達に近づく少年。
「あ、ああ・・」
どう対応してよいものか困ったのだろう、曖昧な返事で答えるカイン。が、ぐらりとその場に崩れ落ちる。
「おっと・・・・お疲れ様」
少年はカインを支えると、おんぶして持ち上げた。
「さあ、どうしたの? 二人とも。こんな辛気臭いところはさっさと出ようよ」
「そ、そうね」
「あの・・・・」
「ん?」
フォズの問いかけに振り向く少年。
「貴方は一体・・・」
少年はじっとフォズを見て、次にああそうか、という顔になった。
「そういえばまだ名乗っていなかったね。僕の名はノア、戦士の端くれだよ」
ノアの笑顔の自己紹介にマリアとフォズの顔が赤くなる。ノア本人は気付いていないが彼の笑顔は女性に対する破壊力は抜群なのだ。特にフォズの方がダメージが酷く、顔を茹蛸か完熟トマトのようにしながらなにやらブツブツ言っている。
「おーい、どうしたんだい? 早く来ないと置いていくよ」
ノアの声に我に返った二人は慌てて後を追いかけていった。
世界は平和だった。少なくとも多くの人々にとっては。
だがその太平を戦乱に、人々の笑顔と安らぎを涙と絶望に変えようとする者がその世界の闇にいた。
その者達の存在を知り、戦いを挑む者たちがいた。
今、世の安寧と飽くなき極みを追い求める黒衣の剣士が勇者の一行に加わった。
決して折れぬ信念と絶対の力。その二つを携えて。
己が望み、仲間と・・・人々が望むであろう世界のために。
しかし全く逆の世界を望む者がいる。
対立するもの同士、激突は必然。
その果てに彼等は何を見るのか。
この世界の未来は。
それはまだ誰も知らない・・
第1話 完