[強く儚い者達]



 その日は、突然に現れた。



 3/10 土曜日

 午前中で授業は終わり、いったん二人に別れを告げた。午後三時にホテルシーアーク前にある『ターミナル』に待ち合わせることを約束に、帰宅する。電車とバスを乗り継ぎ、マンション前に着いた。そのまま何事もなく玄関前まで歩き、ノブに手を掛ける。



「・・・・!」

 鍵が開いている。おかしい。ちゃんと鍵は朝出る前のかけたはず。

「・・・・・」

 魔気を高め万全の体勢を作った。思い切りドアを開け剣を構えるも、中には誰もいない。

(気配もない・・・・空き巣か・・?)

 剣を片手に奥にはいる。靴も脱がずに土足で自分の家にはいると、特に荒らされた跡はなかった。辺りを見回しても、すべてが定位置にある。人間の気も感じない。

(空き巣でもない。いったい何が・・・ん?)

 と、広間の机に見たこともない紙と包みが置いてあった。その包みは正方形で、厚さはないと言っていい程の薄さだ。

(これは・・・・?)

 オレは机の上に物を置くことが嫌いだから、余計にその紙が目立つ。

 包みを開けると、安っぽいCDが入っていた。しかも音楽CDじゃない。裏面を見ると焼き跡がくっきりしているところが見るかぎり、これはパソコンで作った自作ソフトか。

 残された紙切れを取ると、何気なく開いた。

 それは・・・・・言うに及ばず、読んで全てがわかるはずだ。



「拝啓、ご機嫌麗しゅう、若きサマナーにしてウラベ様のご子息『卜部 凪』様。あなたの成長ぶりは実に素晴らしい。その栄誉を讃え、これを送ります。ですが凪様だけでは残念ながらお楽しみできません。あなた様のお友達である『木塔』様と『根倉』様も御一緒にお楽しみください。三人いなければ見ることの出来ない仕掛けをご用意いたしております。あなた様の家にありますパソコンならば見ることも出来ましょう。ご感想お待ちしております。では、親愛なる卜部 凪様へ。米田より−−−追伸、恐れながらも私の恋人である桃木も会いたがっております。一刻もお会いになって、その美しい身を御拝見ください、きっと喜んでくれます故−−−草々」



 その紙を握りしめるのと、家の電話がけたたましく鳴ったのはほぼ同時だった。

「下手な敬語を・・・・!」

 パソコンは、もうすでに起動を始めていた。



・・・・・・・・



 三十分後。木塔と根倉は手に紙切れとフロッピーディスクが握られていた。

「ハア・・ハア・・」

 二人ともここまで全力で走ってきたのだろう。白い息をそこらに吐き散らしている。

「入れ」

 最低限の言葉で入室を促すと、二人は何も言わず、ただ黙ってオレの言葉に従った。



「じゃあ、オレの中に入っていたフロッピーにはパスワード、根倉のには解凍ソフトが入っているのか」

「ああ。なかなか手の込んだ方法だ」

 凝ってはいるが、稚拙(ちせつ)だった。まずはCDに入っているデータをインストールする。その時にパスワードを入力するのだ。そしてそのデータを解凍する(インストールされたデータは見事に圧縮されていた)。圧縮されたデータを解凍することで初めてゲームスタート・・・・と言うことか。



「始まるぞ・・・」

 そして最後に『exeファイル』をクリックするだけだった。みんなが画面に釘付けになった。



 画面に、人間の上半身が映った。見たことのある顔だ。

「嬉しいよ、これでこそ作った甲斐がある」

 奇妙な体の揺れがあるが、その顔には満面の笑みがあった。

「こいつは・・・」

「まちがいないよ」

「米田だ・・・」

 画像は、どこかで撮った映像だ。大して綺麗ではないその映像は、8ミリビデオカメラをどこかに置いての撮影のようだ。

 米田の体が揺れている。

「探したよ。もう十年以上も探した。そしてやっと見つけたら、フィネガンのクソ野郎が持ってヤガった。何の罪悪感も見せずにね」

 クスリでもやっているのかと思うほど、米田の体は動いていた。まるで水中の中にあるワカメの様に、上下にゆらゆらと。

「ナンバー5までのし上がり、何もかもを捨てて情報部を取り込み、命令系統を掌握した。様々な命令を少しずつ変え、トップサマナーを死ぬようし向けた・・・完璧だったんだ」

 顔はあくまで笑顔だが、眼が全然笑っていない。体はフラフラで、しかし、何かが変だ。

 変な音がするのも気にかかる。何かをすり合わしているような音と、ぶつかり合うハリのある音。

 徐々にその動きが早くなる。





「やっとフィネガンが死んでよぉ、これからって刻なのに・・・なのによう」

 何か・・・変だ。

 まさか・・・・!

「おい、これまさか、まさか!」



「なんでテメーが持ってイッチまうかなああぁァアア?!?」

「う・・・ああ!」

 まさかだった。そのまさかだったのだ。

「・・あ・・・と・・・あぁ?!」

 木塔が声にならない喘ぎを漏らし、根倉が画面から目をそらした。

「やっぱテメーは殺しておくベキだったんだよおお!なのにこのボケ女、ちっとも言う事ききゃしネエ!」

「あ・・あう!あ、ゥゥ・・!」

 さっきまで米田の胸元ぐらいの所に、桃木千秋の顔が映った。その顔はやつれていて、目は虚ろで、体中にアザや傷跡があったのだ。米田の動きに顔が歪み、喘ぎ声がスピーカーごしに響く。

 裸だった。

 米田は何も薬のやりすぎでただフラフラと上下に動いていたわけじゃない。桃木相手にピストン運動をしていたのだ。

 オレらに見せつけている。オレらを挑発している。オレらを侮辱している!

「ウラベェ、こんな壊れかけの女でも助けたけりゃあ、ドリー・カドモン持って夜六時に『アルゴンNS』来いやぁ!俺は屋上で待っててやっからよ、このダッチワイフでもいじくってな!ハ−ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアッハア!」

 高笑いが響く。音量が高すぎてスピーカがハウリングし、その音さえオレらをあざ笑っているかのようだった。

 と、いきなり画面がぶれる。映像機器を持ち上げたのだろう、画面が桃木の顔のアップになる。

「おまえのママみたく、挽肉にされたナイだろ?ヒヒヒ、誰にも言うな、三人で来い。椿なんかに言ったらソッコーこのアマ殺す!それともウラベ、もう一度女の挽肉見たいかぁ?!だったら椿でも何でも呼んでこいやあ!おまえのママよりもっと綺麗な挽肉見せてやんぜぇ?キャハハハハハハハハハ!!!」

 その映し出された顔に、かっての桃木千秋のハツラツとした元気さは残っていなかった。

 ただ無表情のまま−−−−−−−泣いていた。

 笑い声が止まないうちに画像はとぎれ、CDはその回転を止めた。無言のままにCDを取り出すとパソコンの電源を落とす。

 時刻は二時を少し回っていた。



 戦いは、始まった。



 粉々に割れたCDはもうゴミ箱の中にある。部屋は静まっているが、それだけだった。

 米田の挑発は、木塔どころかオレまでを激昂させた。

「悪いけど、椿さんには連絡しない」

 オレの考えだ。

「ヤツの狙いはドリーカドモンただ1つ。今桃木が生きていられるのは、これがオレらの手の内にあるから」

 淡々と話す。木塔は先から顔がわずかに歪んでいる。根倉さえも映像が途切れたとき、怒りのあまり涙を流した。

「フィネガンにもらったこの人形、悪いが興味はない。桃木が帰ってきた瞬間、殺す」

「・・・・・」

 二人とも無言だ。

「母をなぶり殺したアイツは、許さない。必ず−−−−殺す」

 今オレは怒りに包まれている。いつ暴れ出すか分からないほど、理性が吹っ飛んでいた。

 木塔は出されたコップを使わず、相変わらずペットボトルなり飲む。しかし今回は誰も注意しない。

 ソレを乱暴に机に置くと、目線も定まらない顔で、呟いた。

「腐れ外道が・・・・・刺し違えても地獄に送ってやる・・・」

 木塔の顔はもう怒りの限界まで高まっていた。これ以上怒りが高まると狂人になってしまうほどの、だ。

「何で・・何であんな事が出来るの・・・?あの人は人間なんかじゃない、悪魔だ!!」

 根倉が体を震えさせながら叫んだ。しかしその声は静かな部屋に響いただけだった。

 三人とも、憎んでいた。

(桃木を・・・母みたいに・・殺す?)

 何でヤツはオレの母の死に様を知っていた?母が死に、椿さんが来たとたんにその男は銃口を自らのこめかみに当て自殺した。その事を知っているのはフィネガンと椿さんだけのはずだ。

(何故だ?)

 椿さんはオレを母と同じく死亡扱いさせ、ファントムソサエティはオレという人物を知らないはずだ。それに。

(この女を使い・・・・オレを殺す?)

 この女を・・・桃木千秋を・・・オレの暗殺に使おうとした?

「なぜ、米田は桃木千秋をオレの暗殺に・・・」

「そういえば、そんなことも言っていたね・・」

 オレの言葉に根倉が反応した。

 元から米田はオレの暗殺のために桃木に近づいた。とすれば、シーアークであったのが四月の終わり頃。あの頃にあったとき、すでにアイツはオレのことが分かっていた!?

(分からない・・・・まだ分からない)

「ウラベ君、お願いだよ」

 突然呼びかけられたその声は、根倉だった。

「木塔君、さっきから考え込んで、何も話さないんだ。だからせめてウラベ君、冷静になって・・」

「根倉・・・」

 心配そうにオレに哀願ずる根倉。もはや木塔にはどんな慰めや励ましも意味が無いだろう。オレには分かる、魔気こそ使えないが、木塔からはオレと同じ『匂い』がする。復讐を誓ったときの、あの気の高ぶりだ。

「ウラベ君、桃木先生を救って!ボクは強くないし、木塔君はもう止められないし・・・ウラベ君だけだよ。だから・・・」

「・・・・・ああ」

 分からない。だが、分かった。分からないことを考え込むよりも、今はいかに桃木千秋を救出し、米田を殺すか。椿さんもファントムの援護もない。初めてのサマナー同士の戦いだ。

 相手は手強い。未熟な二人をかばってまで戦えるか。しかも向こうには生身の人質がいる。勝てるかどうかは分からない。

 しかし・・・・・

(自分一人なら生き抜く自信がある)

 たとえ皆殺しにされ桃木も助けることは出来なくても、オレは生き延びることが出来る。米田を殺すことが出来る。

(刺し違いか・・・ハッ)

 それも悪くない。全てが終えたら、そのまま死ぬのもいい。この世に未練のカケラも無いオレには、それが似合っているのかも知れない。

 時計は四時を回っていた。

「アルゴンNSに行こう」

 時間はまだある。しかしこの空間は、三人の怒りを留めれるだけの大きさを持っていない。

 今は行動の時間だ。

「一時間ほど運動して、決戦だ」

 二人は何も言わず、黙って外へと出る。

 全ての事実はそこへと集うはずだ。

 アルゴンNSへと・・・・



・・・・・・・・



 アルゴンNS−−−−−二上門地区、アルゴン系列会社の1つである。本社がすぐ近くにあるため、そのサポートを行うという面識が強いが、その知識はそう間違っていない。NSはNetwork Serviceの略。ファントムの管轄下のハズだが、ソレを知る社員は知らない。このビルも最近の事件の影響を受け、死亡者が出ている。しかし一般公開はされず、闇に埋もれて消えていった。

 その死亡者の一人に、オレの親父が当てはまる。親父はここの屋上でフィネガンと交戦、命を絶った。なんの目的でここに忍び込んだのかは知らないが、最後まで勝手な人間だ。



 近くのコンビニで軽く食事をとった。しかし三人ともノドに食べ物が通らず、朝食にも満たないような軽食だった。

 時刻は五時半。無駄を承知でナイトストーカーを放ったところ、最上階付近で突然の死亡。魂だけが手元に戻ってきた。

 しかしその収穫は大きい。コンビニを出るとアルゴンNSへと向かった。



 皆無言だ。今日は土曜日、ここアルゴンの社員は完全週五日制でビルには誰もいなかった。ライトは常につけてあるらしい、ただ不気味なほど静かな廊下を三人は歩く。

 残業社員もいないと言うのに、人間よりも勤労なものがいた。

 悪魔だ。

 しかし何のことはない、シーアークで言えばせいぜい三階に出てくる悪魔の中でも下っ端に近い、悪霊などの悪魔だ。仲魔を戦わせるまでもない。襲い来る悪魔を木塔の鞭『ヒアテームズ』が次々と切り裂き、その鞭を避けた素早い悪魔を根倉の大鎌『アルテミス』で瞬時に両断される。暗黒剣レーヴァテインの役目は全くない。

 二人とも最小限の気を消費して戦っている。が、木塔の戦い方は憎しみしか見えなかった。目の前に現れる悪魔全てを憎んでいるような−−戦い方だ。

 エレベーターは生きていたが、非常階段を使った。六階までに四回の戦闘をこなしたが、どれも取るに足らない相手だ。



 階段を上っている間、オレは考えた。

(せっかくこの女を使い・・・)

 米田のセリフは、言いようのない不安感をオレに与えた。脳裏にクスリの使いすぎで顔がむくんでおり、眼の下の大きなクマができている米田の顔が浮かび上がる。

(テメエを殺してやろう・・・と・・?)

 オレを殺すために−−−−

(ま、まさか)

 しかし、それ以外に考えられることはなかった。

(オレが、原因で・・・か・・・)

 オレが原因で桃木は米田に目を付けられた?オレのせいで?

 オレさえいなければ今頃桃木は『いい先生』で平和な人生を歩んでいたし、木塔もここまで追いつめられることもなかった。

 すべては、オレのせいだというのか・・・?





「・・・・!」

 六階に上がり、目の前には屋上へ出るドアがあった。しかしの前には一人の悪魔がノコギリ状の剣を持ち、仁王立ちしている。半獣人ベルセルク−−−人の四肢を持ちながらその体に狼のような灰色の毛皮をかぶる、限りなく獣に近い戦士。鎧など防具は付けず、狼の生皮をかぶっているだけの、半裸に近い男性悪魔だ。さすがに男性器はレザーで保護してはあるが。

(あれは・・・っ・・)

 桃木を強姦したのもこの悪魔だ。この悪魔に理性はない。ただ狂気のままに殺戮を繰り返すだけの存在だ。血を求め、肉を求める。そんな悪魔に桃木は弄ばれていたのだ。いつ死ぬか分からない、いつ興奮の勢いで彼女を殺すかというスリルを楽しみながら。

 木塔は何の恐れも抱かずに、前へと進む。

「・・・まずい、木塔下がれ!妖鬼ベルセルクだ!」

 今までの悪魔とはダンチに違う、上級悪魔だ。今の木塔に勝機はない。サングラス越しに見える悪魔は、鉄の色をしていた。

(斬撃が・・・・効かない!?)

「悪魔は、殺す」

「おい、木塔!」

 必死の呼びかけに答えもしない。

「くそ!」

 ベルセルクも木塔を睨み、そのノコギリみたいな剣を持って構えた。

「グウオオオオ・・」

「殺す!」

 二人の間合いが一気に縮まる。木塔が腰を落として鞭を振るうも、その大抵は避けられ、一、二回のヒットでは相手をひるませることもできなかったリーチをまだ完全には生かしきれていない。いや、武器の性能・破壊力に木塔の魔気の絶対量が足りないのだ。

(木塔、はやまったな!)

 一瞬で間合いを詰め、剣を振り下ろすベルセルク。その隙を狙い刺し違ってもトドメを刺そうとする木塔。

 そしてその中に入るオレ。

「こ・・・・の!」

 獣人であるベルセルクの体が両断された。剣撃が効かなくとも、炎の勢いは剣の威力をもバネにする。炎の刃がベルセルクを切り裂いたのだ。炎に包まれたその毛むくじゃらな体を見ながら、背中に何回もヒットする感覚を覚える。

 全弾命中、木塔の鞭だ。

「・・まだまだ、だな」

 背中には斬り傷ひとつない。まだまだ未熟だと言うことだ。

「は、ハア、・・・ハア、」

 オレに礼も詫びも入れずに、木塔はステンレス製のドアに手を掛けた。屋上に続く最後のドアだ。

「まて、木塔・・・」

 勢いよくドアを開けた木塔が、そのまま勢いよく奥に走ってゆく。

「ウラベ君、僕らも!」

「ああ」

 根倉とオレは急いで木塔の後を追った。ドアをくぐり夜空の見られる大きな広間に出た。

 もう、空は暗かった。



「あ〜あ、十分も遅刻したね。待ちくたびれたよ」



 ヤツは−−−−−−−いた。



 米田がいた。広場全体に悪魔を召喚している。その数、二十体以上。すべてさっき戦った獣人、妖鬼ベルセルクだ。

 入り口から直線にいる米田とは、約二十メートルほどあった。その直線にはローブが引いてあり、まるで中世の王様の間みたいに、ベルセルクが規律よく並んでいる。商人などが王に寄るために歩くローブを対称線として、二列に並んでいるのだ。剣を胸元に掲げ、みな一様にこちらを見ている。そのローブの行き着く先には、王様気取りの悪の権化−−四年前の惨殺と、ここ一年間の事件を裏から糸を引いていた『悪』そのものがオレら三人を見据えていた。

 見下していた。

 あまりに陳腐で、バカらしかった。

「ヨネダァ!!!桃木センセーはどこだ!」

 木塔が叫ぶ。まさにベルセルク(狂戦士)の様だ。

 しかしあくまでヤツは冷静だった。勝ち誇っているようにも見える。

「三下に用はない−−−失せろ。オレは今、ウラベと話がある」

「答えろ!センセーは何処だっつってんだろ!!」

 米田は苦笑すると、お手上げだとばかりに両手を上げる。そしてニヒルに指を鳴らすと、奥(給水塔が米田の右側にあった)から二体のベルセルクがズルズルと何かを・・・・・・・・人間を運ぶとは思えないような運び方をして、ソレを引っ張り出してきた。

 米田の前に、ソレは投げ捨てられる。わずかなうめき声が聞こえた。

 ・・・・・オレの鼓動が、わずかに高まった。

「ふふ、用が無くなったモノは捨てるに限るのだが・・・まさかこんな役に立つとはね。でも、クククウ・・・でもどうせなら−−−最大限に利用するのが、資源の有効な使い方だからね」

 彼女の今の状態を一言で表すのなら、むごい、が正しい表現だろう。今まで何度も死にかけ体を引き裂かれたことがあるオレでも一瞬、引きつった。

 彼女とオレらの間には三十メートルほどの距離はあるが、その距離でさえ彼女のおびただしい傷を隠しきれはしなかった。体の節々に切り傷や引っ掻き傷、打撲の後が青々とにじんでいる。顔に関してはおそらく殴った痕だろう、昼にパソコンで見たまんまのやつれた桃木の顔が−−眼は殴られたせいで腫れていて、唇は切れ栄養失調でガサガサになっている−−ただ呆然とこちらを眺めていた。

 糸の切れた人形のように、ただ呆然と。

「キ・・・キサマ・・」

 木塔の顔が歪む。反対に薬物の乱用が原因らしい米田の淀んだ瞳は、歓喜の余り異常に見開いている。下卑た口が、裂けるように三日月の形をかたどった。

「三流ポルノよりずっと刺激的だぁ、興奮状態のベルセルクの集団乱交というモノは。見ていてゾウゾクするぞぉ・・・いつ興奮で殺すか分からないンだからなあ!」

 両手で自分を抱くようにした米田の目は、正気の沙汰じゃなかった。

「よぉねだあああああああアアァア!!」

 怒号一発、米田の一言で完全にキレた木塔は無謀にも正面から突っ込んでいった。完全に悪魔のことが頭に入っていない。彼の瞳は米田だけを捉え、現実を捉えていないかった。

「木塔、死ぬぞ!」

「木塔君!!」

 大きく跳躍し鞭を振るその瞬間、ベルセルクの拳が木塔の腹部を襲った。なまじ勢いのあった跳躍なっだけに、反動で両足と頭がくっつきそうなほど腹部の高さで折り畳んだ。

 木塔の体が綺麗な『く』の字を描いた。

「ゲ・・・ッフ!」

「木塔!」

「死なせはしないよ。『まだ』ね。ハハハハハハハハハハ・・・」

 その強打は木塔の体を吹き飛ばし、空中で奇妙なねじれ方をしながらオレの足下に崩れ落ちた。口から血を流している木塔は、悔しさのあまり無言のまま涙を流した。

 そんな様を見て米田は両手を胸に当てて笑い転げている。

「こんなクソ女にも、命を賭けるバカがいるとはナ!まぁ、ヤクザの知遅れ息子のすることは分かんねえなあ、オレ」

 飾り付けられたシルバーアクセサリーやシックに決めている黒のスーツが、少しも似合っていなかった。

「ウラベぇ、お前、なかなか強いらしいなぁ。だからこの女を使って殺してやろうと思ったのに・・・・実に残念だ」

「ハッ・・・自分じゃ殺せないからか?」

 倒れた木塔の体を起こすと、根倉に任せた。

 これからオレもこの『クソ野郎』と、話さなければいけないことがあるからだ。

「クククゥ・・・やっぱテメエも親父同様、ナマイキだなあ。まあ、そんなだからオレにハメられるんダ。本当は裏切ってもいないのに、そうし向けたのはオレだからな。ハハハ、妙な正義感なんかもちやがって、バカだぜぇ!」

 冷静になれ・・・・ヤツは一体何が目的か・・・

「お前も親父と同じで馬鹿だなァ、オレが命令系統を掌握している時点でェ、新規に編入したサマナーぐらいすぐに分かるんだぜ?間抜けな問いには間抜けな反応で十分だろ。もっともよぉ、桃木のアホは分かっていなかったらいいが、ナ!」

 あくまで勝利者の態度を崩さない米田は、滑稽だった。

 冷静に言葉を聞く。

「くく、でもよ、ソレが当然の報いだとはおもわねえか?」

 そんな言葉を当然のように言った米田を、オレは初めて異常者だと実感した。

「当然?親父が死んだことがか?母が死んだことがか!!」

 返事は声ではなく、さも満足そうな笑顔だった。

「二人ともだ。ついでに言えばフィネガンも死んで当たり前だ。あと殺すべきは、永煌石でくすぶっている川神(かわかみ)だがナ!!」

「川神って・・・そのメンバーは」

 川神とはオーナーの名字のことだ。オーナーは何故かオレらに向かい名字で呼ぶなと言ってはいたから忘れかけていたのだが。

 親父に母、フィネガンに川神(オーナー)。それに後一人と言えば・・・・

「何だ?川神から聞いてないのか、オレのこと。米田とはオレの姓でもあり、オレのたった一人の血を分けた家族、姉さんの名字だ。あの発掘で死んだ、フィネガンのクソ野郎に騙された最後の一人だ!」



・・・・・・なんだ・・・と?



 なんて事・・・・だ。オーナ−はそんなこと、そんな事、言っていなかった!

 ・・・・・隠していた!?

「あの発掘前にな、姉さんは不安がっていたんだ。川神と姉さんは最後まで反対していた。なのにフィネガンが色気付きやがって。『キミの姉さんはオレが守る』だってよ、笑っちまうぜ!テメエの馬鹿夫婦ドモまで姉さんを『仲間』だ何だとホザきやがってヒハハハ!」

−いま、全ての謎がわかった。埋もれていた真実のそのヴェールが脱ぐ刻が来たのだ−

「寝言は寝てから言いやがれってんだ!ボケどもがぁ!!」



       過去の悲劇はまだ−−−−−まだ終わっていなかった



「復讐だ!復讐なんだよ!あの四人に関わったヤツ、関わったモノ、全てぶっ殺してやる!!ハハハハハハハ!皆殺しだ!四人とも殺してやるぞ!『川神も』だ、自分だけ助かりやがって。組織も滅茶苦茶にしてやった!椿みたいな小物も許さねえ、ウラベを慕っている限りナ。そして一番許せねえのがテメエだ、卜部凪!」

 オレは何も言えなかった。言い返せなかった。

 麻薬の使いすぎのくぼんだ目に涙を浮かべ、それでも笑いながら復讐に燃える哀れな人間は、似すぎていたから。鏡に映ったもう一人の自分そのものに見えたから。

「姉さんが命を懸けて手に入れた最強に封神具を、よりによってテメエが持っているなんてよ、おかしくネぇか!?姉さんの形見だぜ?何も残せなかった、たった1つの姉さんが残してくれた形見だぜえ?・・・なんでオレに渡らないんだよオオ!!」

 半狂乱だった。長髪が体を動かすたびに揺れている。眼が昆虫のように動き、血走っていた。

「だがオレもサマナーだ、ウラベ。一対一だ・・・・サシで勝負しようぜ」

 破顔していた顔を両手で包み込むと、こちらを全く見ないでオレにこういった。

「お前の悪魔とオレの悪魔。お前がオレの仲魔ベルセルク達を倒せたら、それこそ悪魔無しの『真剣勝負』だ。でも、その前にお前が本当に強いのか試させろよ」

 完全に自分の世界に入っている。薬物の過剰な摂取のせいで昆虫みたいに眼が隆起している米田の顔は、四月の頃と豹変していた。

「待て、その前に桃木を返せ、それからだ!こんな低温で裸は・・・」

 そうだ。日も沈み、まだ三月上旬とはいえコート無しではいられない。そんな状況の中、桃木は何も着ていない、裸のままなのだ。体中をアザと栄養失調で飾られている彼女の四肢を、少しでも早く視界から消したかったのだ。

 ・・・・・だが、オレは受け身の状態だということを忘れていた。

「自分の立場を分かってネエようだな・・・アあア!?」

 そう言うと米田は隠していた顔を露わにして、桃木の下腹部を踏みつける。

「・・ぁぁ!・・」

「き、キサマ・・」

「も、桃木先生ぇ!」

 うずくまりガタガタ震える事しかできない、哀れな彼女の口から赤い雫が流れる。米田は立ち上がると、そんな苦痛に歪んだ桃木の顔を踏みつけたまま話を続けた。

「ノリが悪いよ、ナァギィ。この死にかけの女、人質にして人形奪うことも出来るんだゼ?それをしないでやっているんだ。つき合ってくれよぉ・・・ククク」

「せ・・先生・・・うああ・・」

 根倉があまりのその残酷に、悲鳴に近いうめきを上げた。今にも泣きそうな顔で。

(・・・・・前言撤回だ)

 この男はオレを殺すためになんの関係もない、ドジで舌も足らないし鈍くさいけど−−いつも一生懸命な−−ひとりの人間の人生を滅茶苦茶にした。

 一生残るような痕(きずあと)を彼女につくった。

(オレと・・・・オレと全く同じ事を!)

「根倉、ヴァルキリーを召喚して、防御に専念しろ」

「え・・・?」



  ゼッタイニ、ユルサン



「ヨネダアアアアアアアアアア!!」

 魔気を全開でオレは叫んだ。燃えさかる大剣を構え、ベルセルクの群の中に突っ込んでいく。

「ハ、ハハ、仲魔無しでやる気か?!おもしれえ、お前の強さ、見せてくれよ!」

 米田の合図で起立していた獣どもが、みな一斉に俺に襲いかかる。しかしその全ては冷静さを欠いていて、戦士でありながらただ襲いかかることしかできない。

「獣フゼイがァ!!」

 渾身の横払いで三体を切り倒すと、返し刃で二体の頭部を吹き飛ばす。飛びかかってくるヤツを、体の反動をそのまま利用した回し蹴りで吹っ飛ばすと、ダンゴになった塊を斜めに裂き斬る。

「クククック・・寒そうだなあ、チアキちゃぁん。オレのお友達が、今、暖めてあげるから・・・クククク・・・ねえ?」

 一瞬目線をずらす。ソコにはベルセルクにバックで犯されている桃木がいた。犯しているベルセルクの眼が興奮で赤く染まっている。

 血を求めているときの眼だ!

「てめええ!いい加減にしろ!このクソ野郎!」

「フフフ・・先生にキミの勇姿を見せたいんだよ、それに寒そうだからね、いいだろう?体を温められて、キモチよくて、キミの姿が見れる格好なんだからさ」

 この・・くそ、クソ、くそクソくそおおおおおお!

「おおおおおおおおああああああアあアあアあアアアア!!!」

 体中が熱い。ベルセルクの剣先がすこしづつオレの体を削っている。黒いTシャツが汗ではない液体を吸い取る。肉が裂かれる。それでもオレの全神経・全血管は爆発しそうに暴れ狂っている。

 警告している!

「お前みたいな人間がいるからあああ!!」

 母の悪夢が脳裏に浮かんでくる。それをかき消すために、また無謀な攻撃を繰り返す。闇夜に舞う暗黒剣の炎は、十五体目の邪悪な獣を三枚に下ろした。剣がこん棒のようにオレの側頭部を殴打する。片目が血に染まっても、オレはひるむことは出来なかった。

「負けるか!ここで負けるかよぉぉぉぉ!」

 鼓動が早くなる。サングラスはどこかに飛ばされ、胸元にあるMDだけが光を帯び回転していた。

(ここで負けることは出来ない!)

 受け止めた剣ごと十六体目をまっぷたつにし、振り向きざまに剣を振るう。

−−視界に、無表情のままレイプされている桃木が映る−−

 横から水平に切ってくるノコギリ剣を生身の左腕で受け止め、そのスキに十七体目の首もとに燃える剣の切っ先を突き刺す。尋常じゃない苦痛にもがきながら十七体目の雄叫びが屋上に響き渡る。

(この世に絶対的な悪はないと、そうオーナーは言った!でも!でもだ!!)

 後ろに気配を感じたオレは遠心力を使って剣を振り回す。ベルセルクの受け止めた剣がへし折れ、両腕が飛ぶ。

 ・・・・・桃木は表情のない顔で、ただ泣いていた。

 オレの顔を、体を目で追いながら・・・・ただ−−−−泣いていた。

「今オレは、絶対的な悪を見定めている!!!」

 両腕を吹っ飛ばされた獣を蹴り倒すと、後ろで構えていた十八体目のベルセルクが狂乱して腕のないヤツを刺した。そのままカマボコ状態のベルセルクを二体同時に切り捨てると、残ったのはわずか二体となった。

 オレの体もだいぶやられた。左腕で剣を受け止めた傷跡から止めどなく血が触れ、右頭部に食らった打撃で右目が見えない。出血で右目がしみているのだ。左大腿部には剣の刺さったあとがあり、血に染め上がった右足が少し痙攣する。

 しかしまだ怒りの収まらない右手は、さらに一瞬で十九体目を葬ると、残った一体がその隙をついて俺の右肩に剣を投げた。突発的な行動で反応が遅れたオレは、その剣が刺さったまま最後の一体を火葬した。

 辺りが血の海に変わった。やはりまだ完全に殺してはいない。斬撃の効かない悪魔を無理矢理炎で焼き切っているからだ。

「ハ・・・ハッ・・よ・・・ねだぁ!」

 さすがに八階の代表悪魔だけあって、体がズタズタだった。しかし今はもう、桃木を犯していた一匹しかいない。

「・・・いけ」

 なにか興ざめしている米田の一言で、悪魔は桃木から手を離す。と、剣を持って走り寄ってくる。しかし斜めに切り裂かれた最後のベルセルクは、右肩に刺さっている剣を投げつけると、ソレを剣で弾いた瞬間に剣と共にまっぷたつにされ、地面に崩れ落ちた。

「ッハ!ッハ!・・・カハ!」

 ダメージが酷く、吐血した。頭も燃えるように熱いし、頭痛もする。視界が薄くぶれる。魔気も消費し、剣の柄の握りも甘くなってくる。剣を握っている右手の指に、ろくに力が入らない。

 だが、まだオレはやらなければいけないことがあるのだ。ここではまだ死ねない。

 ここはまだオレの死に場所じゃない。

「よ・・ねだぁ、キサマ・・を・・きさまをおぉ!」

 息切れがして視界が赤く染まりぶれようとも、もうろくに言葉を言うことが出来なくとも、

「・・・殺す!」

 もう悪魔はいない。あとは米田だけだ。逃げることもできない。

 追いつめたんだ。

「よねだああ・・・・ア?」

 クラッカーのような音がクリアに響く。

 左腕に走る・・・痛み。

「う・・あ!」

 一瞬何が起きたか分からなかった。しかし改めて前を見ると、

「ククク・・・まさかここまで強いとは・・・完全に計画が狂った」

 と怒りを顔に表した米田が、銃口を桃木の頭部に突きつけていた。ちゃんとサマナー用にカスタムしてある、対悪魔用の武器だ。

あんなものを何の訓練もしていない人間に撃ち込まれたら、例え腕でもあまりの衝撃でショック死をしてしまう。

「ザコをいたぶって、自分の無力さを感じながら死んでいく様を予想していたのだが・・まさか反対に俺が追いつめられるとはな。正直驚いた」

「く・・・米田・・」

 先ほどの余裕に歪む笑顔はもうない。狂気じみた顔がオレを睨んでいる。

 その様に思わず苦笑する。

「何が可笑しいんだオラ!」

 銃弾が俺を襲うが、さっきと違って弾はオレを傷つけることは出来ない。

 構わずオレは笑った。

「今の自分の姿を見ろよ、米田。典型的な小者だぜ」

「うるせえ!」

 構わず撃ってくるが、その全ては徒労に終わり、撃つ音だけが虚空に響いた。

「お遊びは終わりだ。さっさとドリー・カドモンを渡せ」

「・・・・・」

「だが残念だ。お前なら俺の気持ちを分かってくれるかと思ったのに、なぁ」

 米田はまだ不敵な笑みを浮かべている。しかし次の瞬間、表情が曇る。何か嫌なことでもあったかの様だ。唇を歪ませている。

「・・・ほう、お客さんの登場だ」

「・・・?」

 数秒経つと、階段を駆け上がる音が聞こえた。

 そしてガチャリと言う音がして扉が開くと・・・

「・・・・米田」

「米田!・・・お前!!」

 ステンレスの安っぽいドアが勢いよく開いたかと思うと、入ってきたのは椿さんと川神さん(オーナー)だった。

 二人は辺りの様子を見て愕然となった。巻き散らかっている肉塊、血、意識はあるが腹部の一撃で立っているのがやっとの木塔、それを支える根倉。

 そして血だらけのオレ。

「約束が違うぞ、ナギ。どういうつもりだ?」

「椿さんに聞いてくれ」

 聞くべき相手の椿さんは、闘剣片手に激しく米田を睨んでいた。あまりに急いでいたためか、何の悪魔も召喚してはいなかった。

「三人の行動は常に監視されていた。今日何か様子がおかしいという報告があり、家に戻ればあの手紙だ。それでここにくれば・・・やってくれたな、米田」

「招待状は三人のはず。なのにお前は来た。おまけにそこのクソ野郎まで連れてきてな」

 クソ野郎・・・・オーナーのことか。

 オーナーは申し訳なさそうに俯いていた。

「なにしょげているんだ?オレのことをナギに話さなかったからか?ククックク・・無駄な努力、ご苦労サマ。それとも、そんなお情けな姿も演技なのか?」

 歯を食いしばっている。まともに米田の顔も見れていないようだ。

「役者もそろったところで、そろそろ劇を始めようか?ナギ、もう一度言う。人形を渡せ」

 辺りが緊張の静寂に包まれた。どういう答えを返すべきかオレは迷い、動揺した。しかし誰も何も言えないところを見ると、たぶんこの場にいる全ての人間が、どういう判断をするか悩んでいるはずだ。

(渡せば桃木は逃亡用にまた利用される・・・助かる見込みはゼロに等しい・・・しかし渡さなければ、確実に殺されるか!)

 この苦痛に満ちた静寂を破ったのは、虚ろな瞳をした、今にも死にそうな彼女だった。

「だめ・・・わたし、ちゃ・・・ダメ」

 今まで虚ろだった瞳の桃木が、いま初めて声を上げた。

 意識が−−−−戻っていたのか!

「せ・・先生?木塔君!、木塔君せんせ・・・」

「せっ、グ・う・・セ、ンセー!桃木センセー、必ず助けます!」

 腹部の痛みも構わず木塔は大声を上げる。そんな健気な木塔の言葉を米田は鼻で笑った。

「だってよ。どうする?ナギくんよぉ。キミの大好きな先生はその人形を渡すなと言う。しかしキミの大事なお友達は先生の命を助けたがっている」

「ナギくん、渡してはいけない!渡し・・・」

 椿さんが叫んだとたん、米田は怒りも露わに銃口を椿さんに向けた。

「外野は黙っていろ!!」

 気弾はすぐに射出せず、銃口の前で大きく膨らみ光の弾になった。

(あれは・・・!)

「椿さん、避けて!」

 あの大きさ・密度高い気弾が・・・シーアークでもない所で使えば!

「ファイヤーーーアああ!!」

 弾けるようにして飛んだ弾は屋上出入り口をめがけて飛んだ。



 ・・・・カッ!



 ドオッ・・・・・ンンンン・・・!

 一瞬のまばゆい光の後、激しい衝撃音が響いた。みんなが避けたその光は激しく爆発し、みごとに出入り口自体を吹っ飛ばしたのだ。音は止むことはなく、爆発音に取って代わってコンクリートの崩れる音と地鳴りが強烈に鳴り響く。

(煙で後ろが見えない!)

 破壊力はあるが広範囲ではないのが救いだ。しかし煙はまだ出入り口付近をつつんでいる。完全に米田はキレている。後先どころか成り行きさえ考えていないのだ。

「ククククククククククク」

 煙は少しずつ止んではいるが、米田の狂気が止むことはなかった。ますますヒートアップしているようにも見える。

「オレに拉致られてから、ろくに話さなかったこのクソアマが、ようやく口を開いたか」

「・・・・・」

 破顔している米田の顔からさらなる狂気が浮かび上がる。

「こいつはなあ、オレが散々言ってやっているのにちっともお前を殺さなかったんだぜ。オレはファントムだから罪にはならない。警察も何も言わないって言っているのによお」

「・・・・ぅ・・・」

 髪の毛を引っ張って顔を寄せる米田。そのアザのできた桃木の頬をヤツは美味しそうに舐め上げた。

「脅しても、殴っても、犯しても、何してもだ。憎たらしくてしょうがねえ。女は強え男の言うことを聞いてりゃいいのによう」

「・・・・・」

 今ここで米田に刺激を与えてはいけない。体中が痛くても、右足が震えても、頭が熱くても、今にも剣を落としてしまいそうでも、だ。

 −−十五年前とは違う。十五年前の、母さんと同じ悲劇を繰り返してはいけない−−

「この女よお、もしかしてテメエのことが好きなんじゃねえのか?だとしたらお笑いモノだな!はは!」

「そんなん、じゃ・・・・ない・・・」

 まただ。桃木はまだ、明確な意志を持っている。

 オレみたくまだ『壊れて』は・・・・いない!

 だが米田は執拗に桃木をいたぶる。自分の計画が狂った腹いせと言わんばかりに。

「そんなんて、ドンナンだよ!目の前にいるクソガキのせいでこんな目に当ているんだぜェ?ナギがいなければよお、担任になることもなかったしな!ま、そこはオレの権力(ちから)でそうしたんだが、な!ヒヒヒ!」

 楽しそうに次々と真実をバラしていく米田と対象に、桃木の瞳に意志の灯火が灯り始めた。

「先生・・・」

「私は・・・」

 髪を引っ張り上げられ、苦痛のまなざしのまま口を動かす。

「私・・ウラベ君の過去・・・知ったの・・・レイプされているとき・・・う・・」

「そうだ。全部教えたんだよ、オレが思いきって殺しやすいように、全部教えたんだ。親切だろう?テメエがお子さま気分で頑張ったバレーも、テメエの過去も、母親の死に様も、それがオレの差し金だって言うこともーな!」

 米田は気が狂っているように笑っている。いや、もうすでに気は狂っているのかも知れない。

 しかし、満身創痍の桃木は確かにはっきりと話していた。

「一回・・・ウラベ君の・・・家、言ったよね・・・・そのとき、何度・・殺そうかと・・・思った。でも、出来なかった。出来なくて・・・・また乱暴され・・・されたとき・・・教えてもらって・・・わたし・・・ごめんなさい・・・」

「せ・・先生?」

 腫れている顔に涙が溢れていた。目は虚ろだが、涙を流し泣いた。

「私、それ聞いて・・・こ、殺さ・・なくて・・よかったと思った・・・そして、自分が・・・嫌になった・・・ああ、まだこんなに・・・幼いのに、命を懸けて戦っている!・・・て・・・思って・・。自分が・・・情けなく・・・て・・う・・ウウ」

(何て・・・何て事を!)

 オレなんかのために、ここまでされても反抗していたのか!!?

「なんで・・・何で殺さなかった!こんな命!価値もない命なんか!」

 しかし彼女は、やつれた顔でただ微笑むだけだった。

「ウラベく・・ん、覚えてる・・?バレーで・・落ち込んでいた・・私に、あなた言ったわ・・・『オレみたい・・に、ふれて欲しくない・・・人間もいる、無理にこじ開けるのは・・・プライバシーの、侵害、』だって。あなたの過去を知って、その言葉を思い出して、私・・・思った。私・・ナギくんに、迷惑かけているのに・・・ナギくん・・みんなの前じゃ、絶対泣き言・・・言わないなって。だから・・・私も・・・戦おうって・・・」

「く・・」

 彼女は、笑っていた。こんなに身も心もぼろぼろにされても、笑っていた。

 『オレという人間が存在する』せいで、自分がこんな目に遭っているというのに!

「ナギく・・ん、生きて・・・あなたは、価値のない無い・・命じゃ・・人間じゃない!・・・あなたは・・誰よりも、素直で・・・だから・・・うああ!」

「そこまでだ」

 髪を強く引っ張られ、言葉を途切らせる。

「茶番はおしまいだ。今すぐ渡せ、今スグだ!でなければコイツをいたぶり続けるだけだ」

「く・・」

 どうする・・!彼女は、彼女だけは助けなければ・・!

 ガッ

「ああ!」

「!、米田・・!」

 銃口で殴りつけた音が響く。桃木の額から赤い液体が流れた。

「もうすぐ煙も完全に収まる。その時までに人形を渡さなければ、もうこのクソ女の命はない!」

 完全に本気だ。

(くそ・・渡すしかないか・・・!)

 俯くと黙ってMDプレイヤーを握りしめる。封神具ドリー・カドモンを召喚すると、米田の顔が一気に明るくなった。



 こうなったら、最後の賭に出るか・・・



「ここに、置く」

 人形を地面に置く。

「いいか、十メートル以上は離れろ。いいな、煙が完全に止んでからさがれぇ」

「・・・・ああ」

 十秒・・二十秒・・

「よし、さが・・!?」

 いま・・・だっ!

 力の限りその土人形を蹴り飛ばす。それは不意をつかれた米田の顔面を直撃し、その勢いのまま人形は手すりのない屋上から地上へ落下していった。

「こ・・・クソォクソがあ!」

 そのまま全力で走り寄る。しかしどんなに全力でも、接近するのに時間がかかる。

「ナめやがってえ!ぶっ殺して・・」

「木塔!やれええ!」

「うおおおお」

 この混乱に乗じて、木塔はいつの間にか米田の後方にある貯水タンクの裏に隠れていたのだ。オレが言う前に目線で気づいたのか、オレより早く米田に接近した。

「イカレ野郎がアアアアア!」

 木塔の振るった鞭はそのほとんどが外れた(下手をすると桃木に当たってしまうから)が、運良く米田の右手をはじいた。ベシベシと肉を擦り切り骨が砕ける音がする。

「チっ、クショぉおおおおああ!」

 銃を落とした米田は、混乱し、桃木の首を左腕で羽交い締めにし、さらに後ろへと下がっていった。

 しかしその後ろには何もない。あるのは高さ六階からの絶景と、大きすぎる満月だけだ。



 ・・・・・次の瞬間、全ての光景に絶望した。



「後悔させてヤンぜえ!クソどもがァ!!」

 そうかすれて裏返った声で叫んだ米田は、桃木を・・・もう身動きすら出来ない彼女を・・・・



「やめろおおおおおお!」

 木塔の叫びも空しく、彼女は空を舞った。

「はははははははは!約束通り、ミンチにしてやるよ、落とした卵みたいになぁ!!」



 彼女が宙を舞った。その姿は、死を目前とした最後の舞のようで、悲しいほど綺麗に見えた。今宵は満月で、彼女の姿がものすごく大きく見える月とかぶさったとき・・・彼女が月を抱いたように見えたとき、一瞬−−−−−白銀に光った。



    キィィ・・・・・・ン



 え・・・?か、かあ・・・さん?母さん・・・?!

 母さんが・・・宙を・・・宙を舞っている・・・

 母さんが月を抱いている・・・月にしがみついて・・・いる?

 ダメだよ、母さん・・・死んじゃうよ・・・・

 その月から落ちたら・・・死んじゃうんだよ・・?

 死んじゃ・・・ダメだ・・・・



「二度も死んじゃダメだあぁ!!!」

 母さんを二度も死なせない。二度もミンチにさせない。

 そのために強くなったんだから!

「ああああああああああああああああああ!」

 オレは母さんを追い、闇夜に舞った。

「ナギくん、や、やめろ!」



 母さん、こんなに傷ついて・・・

 オレのために・・・こんなに汚れて・・ごめんね、母さん

 見て・・今日はこんなに月が綺麗だ・・・・

 キレイな・・・満月だね・・・

 今は・・・・今だけは・・・二人・・だけで・・



「うああああああ!ウラベくーーーん!」

「ハハハハ!バカが、一緒に落ちていきやがった!フォーリン・ラブだ、ヒヒヒヒヒイ!」



 ・・・・母さん・・・落ちてる・・ね・・・

 死ぬかも知れない・・・ゴメン、ね・・・

 でもね、でもね母さん・・・

 母さんだけは、助けるよ・・・例え、オレが死んでも・・・

 あのとき、ボクは何もできなかったから・・・



 −−−母さんだけは、絶対に助けるから−−−



「赤マント、ぼくを・・・母さんを守って!」





「ヨーネーダアぁ!!キサマはオレが殺す!殺す!!殺してやる!!!」

「は、ははは!ナンバー6のくせに、よく言うぜ」

「黙れ、黙れエエ!」



 バサ−−−バサ−−−



「クククク・・・川神ぃ、愉快だなあ。おれ、今まで生きていて本当によかったと思ったよ、いやマジホントに。生き甲斐ってやつ?そんなの初めて感じちゃったよ」

「・・・・お前のその姿、ヨネには・・・見せれないな・・・」

「・・・テメェ・・・!姉さんの事を、言ったなぁ?姉さんを守れなかったテメエが言うんじゃネエ・・・・言うんじゃねえよ!!」

「・・・・・」



 バサ−−−−バサバサ−−−



「ウラベ君・・うう・・うらべくぅん・・ああアぁア・・」

「ククッ・・会えるさ。すぐに会わしてやる。死の方は何がいい?」

「・・・くぅ・・!」

「同じ落下死か?それともウラベの母みたいに挽肉がいいか?」

「許さない・・こんなの許せない・・・許せナイ!」



 バサバサ−−−バサバサバサ−−−



「小僧、よくもオレの右腕を折ってくれたな。楽には死ねんぞ・・・」

「すべての悲劇はテメエが起こした!八つ裂きにしてやる!」

「はははははは!下でミンチになっている二人みたいにかあ?」

「くそ・・腐れ外道・・・がぁ・・!!」



    −バサ−−−



「はははは、踊れ踊れェ死のダンスを!力任せに切り裂いただけでオレの使い魔ベルセルクが死んだとでも思っているのか!?オレはこの悪魔の力でナンバー5の地位を得た男だぞ、どうした椿、オレは取るに足らないザコなんだろ?川神、調子が悪そうだなぁ。根倉ちゃん、今すぐ二人に会わせてあげるからね。木塔、お望み通りミンチにしてやるぜ!」





 −−「母さんは、ボクが守る」−−





「え・・あ・・・う、あ」

 オレは再び屋上に舞い降りた。

「・・・あア、赤マントが・・・」 「翼に・・・真っ赤な翼に・・・」



 もう『母さん』は助けた。僕と同じで体中がズタズタだけれど、まだ息はある。

「米田・・・そろそろお終いにしよう、よ・・・」

「あ・・ああ゛?」

「う、うおおおお・・・オアア!」

 左手で『母さん』を抱えながら、最後の魔気を絞り出した。暗黒剣レーヴァテインが漆黒の炎を吹き出す。



 −−−見ていてね、『母さん』。いま、全てを終わらすからね−−−



「アアアアアア!」

 ズブリという、生ぬるい音が響く。

「うう?っ・・ぎ・・・ゃぁぁあああアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 大剣は米田の腹部に突き刺さった。勢いよく返り血がオレを染めたが、そのまま押し続け、ついには給水タンクに直撃する。

「ゲエエエエエッ!」

 さらには米田の体を貫通し、給水タンクにまで穴を開けた。バッシュウウ・・・という音と共に水が一気に流れ出て、赤色の混ざった水がオレと米田に降りかかる。

 体中の血を洗い流すかのように。



・・・・・・・・



「く・・・くくクく」

 全身ズブヌレの状態で米田の笑い声が響く。水はすでに出尽くしていた。妖鬼ベルセルクもその姿を消し、マスターである米田の元へ戻った。

「クク。オレの負けだぁ。ヒヒヒ、まさか空を飛べるなんてよ、ハンソクだぜぇ・・」

 しかしその瞳の狂気の炎は今だ燃え続けていた。

「え・・う、あ!」

 根倉が悲鳴を上げる。それほど米田の行動は酷かった。なんと貫通した体ごとオレに接近してきたのだ。もちろん今オレは剣を握っているので、自分の体に通っている剣穴を利用して接近しているのだった。。肉の割れる音や骨の軋む音、水のように溢れる血液。

 そして狂気。

 オレの顔を両手でつかむと、狂乱の笑みを浮かべた。

「ナギ、キサマはオレと同じ匂いがする。もがき苦しみ、狂う匂いだ。人間なんて所詮は一人・・・だ。偽りの絆や友情、愛などにしがみついている限り、オレと同じ末路をたどるゼ。遅かれ早かれな。馬鹿げてるだろ?利己的な愛にしがみつけば裏切られ、全てを利用し孤高に生きれば破滅に走る。ハハハ、人の心は壊れやすい。特に復讐者〈オレら〉のは特別にだ」

−−弱者にはチカラを、強者には破滅・・・を?−−

 この格好、この言葉、この行為全てにデジャブ感を覚えた。米田の魂の叫び、残り火はオレに痛烈に訴えかけてきた。

 米田の瞳の中に、オレが映っている。その瞳に映っているオレは、なぜか・・・なぜか米田の姿に見えた。

「お前はオレの心など理解できんようだが、オレはお前の考えることが手に取るように分かる。何故ならお前の歩んでいる道はオレが歩いた道。そしてオレは道の終焉にたどりついた。オレの破滅は、すなわちお前の結末。逃れられぬ運命なのだ。ハハハ・ハハ!」

 米田の血は剣を伝い柄にたどり、オレの手を赤く濡らした。



  (・・・・・思い、出した)

 自分の顔を両手で掴まれて、瞳を近づける。その行為は夏休みにオレが桃木にしたことだった。ただ何となくかけた脅しだったが、今オレが受けているこの行為は、強烈な『想い』を直にぶつけられているみたいで、圧倒的だった。

(同じ狂気を持つ者同士の、感情表現だとでも言うのか・・・・)

 ソレを今、オレは受ける立場にいた。自分の魂を絞るようにオレに訴えかける米田のその姿は、圧巻であり壮麗だった。

「運命は、変えられない。しかし、ハ・・ァ・・・切り開くことが、出来る・・・新たな道を、無理に・・・創ろうと・・するな。お前もオレみたく、脱線したくなければ・・・道を、広げろ・・広げるんだ・・ゲホォッ!ゲ!ゲエ!」

 大量の吐血がオレの顔にビチャビチャとかかる。鉄の臭いがするのはどうしてだろう。

 涙が出るのはどうしてだろう。

 涙が止まらないのは、何故だ。

「泣くか・・・お前は・・・オレに、泣くか・・・・・姉さ・・・・・・・・・姉さん?」

 目の色が薄れてきた米田の口調が、急に丸くなった。顔つきも狂気のそれとは違い、素直なありのままの、それでいて少し驚いているようだった。

「何で・・・何で泣いているの?・・ああ、そうか・・・ごめんね、姉さん・・・・オレ、ドリー・カドモンで・・姉さんを生き返らせ・・・ようと・・・・でも、無理みたいだ・・・ごめん、姉さん・・・また、約束・・・・破って・・・・」

 涙が溢れてくる。涙が止まらないんだ。

 失う痛みで胸が疼くんだ!

「・・・そんなに・・・泣かないで、姉さん・・反省するよ・・・今日も・・オレ・・・ご飯を作る・・・・・・罰だ・・・・から・・・・・・・いっぱい作るよ・・・・・・美味しいね・・・・・・ねえ・・・・さ・・・・・・・・」



 米田は、笑って死んだ。オレを見つめたままとても素直な、優しそうな笑顔で死んだんだ・・・



 ああ・・・



「終わったね、『母さん』」

 終わった・・・

「見て、『母さん』。あんな狂ってしまった人でも、あんな優しく笑えることが出来るんだ・・・知らなかったよ、ぼく」

「う、ウラベ君・・・?」

 そうだ。やはり目の前で死んだ少年は、十年後のオレそのものだ。そんな気がする。

「『母さん』・・・僕も、ああなっちゃうのかな・・・狂っちゃうのかな・・『母さん』?・・・・ああ、ずるいよ・・」

「おい、ウラベ、ウラベ・・・しっかりしろ!」

 ふふ。気持ちよさそうだな。寝てる・・・よ・・

「何だか、僕まで眠たくなってきた・・・眠ろう『母さん』、一緒に・・・お休みなさい・・・今日は、さしぶりにいい夢が見れそうなんだ・・・・かあ・・さ・・・」



   ドサ・・・・



「う、ウラベさん?ウラベさん!」

「ウラベ、おい、しっかりしろ、おい!!」

「ナギくん・・・いかん、ひどい出血だ。救急車を!」

「ウラベさん!うら・・」

「お・・・う・・べ・・・」

「う・・・



−−弱者・・・には・・チ・・・カラを・・・・・・・・強者・・には・・・・









 卜部 凪 Lv 55 ITEM・不詳の刀 ・赤いスカーフ ・D−ショック

                 ・シルバーアクセサリー ・アナライズ・アイ

・暗黒剣レーヴァテイン ・ドリー・カドモン

                 ・リム

  力  26(53)  生命エネルギ  850(5000)

  速力 27(51) 総合戦闘能力 1000(5130)

  耐力 10(16)  総悪魔指揮力 53%

  知力 10(16)   悪魔交渉能力 33%

  魔力  3 (5)

  運   2 所持マグネタイト数 4200



 仲魔 ・妖精ヴィヴィアン L.v 40

    ・堕天使ビフロンス 34

    ・魔獣カソ 37

    ・聖獣ヘケト ?

・破壊神トナティウ     38

    ・鬼神フツヌシ       53

    ・外道ナイトストーカー   13

・怪異ムラサキカガミ    49



                             3/10 輪廻 完