[Midnight shuffle]



 一月十日。今日も晴天だ。

 今日もいつも通りの時間に学校に来て、いつも通りの時間帯で授業を受け、いつも通りの時間に帰宅する。すべてが『いつも通り』だ。

 しかし、唯一その『いつも』と違うことがあった。



 桃木千秋が、失踪した。



 木塔と根倉の二人は気の消耗による疲労で、結局残った冬休みを休養に費やした。皆思い思いのことがあり、全く連絡をせずに残った冬休みはあっけなく過ぎ去った。オレは残った六日間を暖房のかかった部屋で、いろいろ考えていた。

 フィネガンが母を殺した犯人ではないこと。母を殺すようにし向けたのが、米田だということ。父である卜部広一郎はファントムのサマナーを何十人も殺害する殺戮者であったこと。そんな殺戮者になったのは、オレや母を心から愛していてくれたから(かどうかは知らないが、どうもそうらしい)であること、フィネガンが父の旧友であったこと、作戦ミスをすべて自分の、フィネガン自身が背負っていたこと、死ぬ間際にオレに渡した、最強の封神具のこと・・・・・

 今まで全く知ることの出来なかった事実が、一月一日つまり一年のはじめの日に明かされた。しかもフィネガンの死と共にだった。

 一度にたくさんの真実と出来事、そしてその二つが勝手に動き回ることによって生まれる妄想とが、頭の中で生まれては消え、消えては新たに生み、オレの理解できる枠を情報は氾濫していた。

 そんな考えがまとまらないうちに米田とつき合っていた桃木千秋が失踪したことを知ったオレは、自分の身に起きた一連の事件がすべて米田へと集束することを発見した。



「いったい・・・一体これは?どうなってるんだよウラベ!」

「・・・・・」

 返事をする気にもならなかった。何かうやむやとした気持ちのせいでだ。黙って木塔に視線を送ると、バツの悪そうな顔をしていた。

「あ、スマン・・・・でもよ、異常なことが多すぎるからよ。でもセンセー、いったいどうしちまったのか・・・」

 学校が始まって三日が経とうとしているが、桃木千秋が学校に来ることはなかった。原因は不明だが、二人ともだいたいの見当はついているはずだ。

「確かにね・・アルゴンビルの異界化の次は天海モノリスのアンテナ爆破事件、さらにはモノリスさえも異界化しちゃって・・と思ったら三学期が始まる前日には、元に戻っちゃうしさ。ニュースも全くと言っていいほど報道されていないし・・・・で、桃木先生の失踪・・・・・なんか、おかしいよね」

左手で自分の口元を隠しながら根倉が呟く。彼の目はもういつもの和んだ瞳じゃない。立派な『サマナー』として考えている顔だった。

「・・・・・」

 天海モノリスとは二上門地区・・・アルゴン本社ビルがある区域の、すぐ近くにある天海市最大の大きさを誇るビルだ。全三十九階の高すぎるビルディングはこれからの天海市を決定づける、重要な会議が行われ数々の書類が通過地点する・・・つまり天海市の行政が一手に行われている場所である。そんな天海市でも一番重要な天海モノリスが五日ほど前、異界化した。しかしモノリスを襲った異界化は半日も経たないうちに消滅し、また普段の生活リズムに戻った。アルゴン本社ビル異界化事件と違う点と言えば、異界化による霊能力者の対する異変が起きなかったことくらいか。だから何の干渉もせず、ずっとベッドの中でこの前の事件を・・・・気持ちを落ち着かせていたのだ。

「まあニュースの方はファントムの圧力でいくらにでもなるけどよ、この異変は何だ?俺らの知らないところで、何かが起きているのか?」

 木塔は窓の外を見る。今日も外は本当に寒い。

 少し、風が強いらしく窓がカタカタと鳴っている。

「それに木塔君、知ってる?天海モノリスの異界化が治った瞬間、例の『奇病者』がね、みんな一斉に治ったんだよ?一人残らず、みんな同時に。おかしすぎるよ、なんかもう『疑ってください』って言っているようなものだね」

「で、疑ったらファントムのサマナーに始末されると」

「・・・・・・」

 ここ最近急増しているのが、天海市内だけで起こる謎の病気だ。この病気にかかった人間は皆一様に無気力になる。治療法は全く見つかっておらず、また、このような病気は日本中みても、天海市だけにしかまん延していない病気だった。

 しかし天海モノリスの異界化が溶けた次の日には、奇病にかかっていたその患者のすべてが自らの意志を取り戻したのだ。今ではほとんどの人間は普段の生活へと戻っていった。

 特に興味もなく軽く受け流していると、会話が途切れた。妙な視線を感じて振り返ってみると、鼻先をかいている根倉と目があった。まだまだ緊張感がすこし少ない。

「え〜〜・・聞いてます?ウラベさん」

 根倉がずいぶん申し訳なさそうにこちらを見ている。

「・・・・・ああ。聞いてるよ」

「どう思っているのかな〜って・・聞きたいな、と・・・」

「・・・・・・・」

「・・・あの〜〜」

 はっきり言って興味なかった。元々オレはファントムと敵対していないし、オレの中には正義感など微塵も持っていないから。

「椿さん、言ってただろ?まだ最後にやるべき事があるって」

「・・うん」

 まだ納得いってないらしい。しょうがないから昨日の電話の内容を教えてやることにした。昨日椿さんと話したことを、だ。

「昨日椿さんから電話がかかってきてた。『やるべき事はもう終わった。次は俺達のやるべき事をしよう』って・・・今日椿さんがオレの家に来るんだ。お前らも来る?」

 四つのキョトンといた目がこちらに向けられる。

「・・・椿さん、って」

「敵じゃなかったのか!?」

 敵も何も・・・・

「椿さんは戸籍上はオレの保護者。それにオレの師匠でもあるし、オレが唯一尊敬する人」

 で、ある。全くもって的じゃない。

「でも、やっかいだって・・」

「嘘は言ってないさ。椿さんは強いし、今まで椿さんにオレの強さは隠していたからな。見つかりたくなかったんだ。とはいっても、もうバレてしまったけど」

 知られてしまったことを悔やむこともない、向こうも事実を隠していたんだ。お互い様だろう−−−と勝手な言い訳を自分の中で成り立たせる。

「どうする?一応椿さんも二人を呼ぶことを許可してくれたし・・・」

 しかしもはや顔を見る限り、聞く必要はなかった。目が光っている。

「もちろん!」

「行くに決まってんだろ」

「はいはい」

 結局三人ガン首揃えることになった。



放課後

「おっじゃまっしま〜っす!」

「おじゃまします」

「・・・・・・邪魔するなら帰れ」

 一足はやく部屋にはいると暖房を入れ、ステレオに電源を入れた。三人とも吐く息がまだ白い。制服を脱ぐと黒のトレーナーとズボンに着替えた。そしてふとあることに気づき振り向くと、案の定二人ともそこにはいなかった。

「ウラベの家ってなんかもう、あからさまに『お前らしい』って感じだな!」

「うわスゴ・・・このワンルームって、パソコン専門の部屋なんだ、すごい・・・」

「・・・・・」

 お茶を出す気もなくなったオレは自分の分だけのお茶をついだ。しかし二人はその後三十分ほどオレの家を詮索して、もう完全に調べ尽くした後に、ようやく広間に集まってきた。ちなみにオレはその間、黙って二人の様子をBGMを聞きつつお茶を片手に見物していた。別に見られて困るような物もないし、椿さんが家に来るまで腐るほどの時間がある。なにも止める理由はなかった。

「あ〜、探検してたらノド乾いた。オレももらうな」

「え・・ああ!」

 ようやく探索に満足したのか木塔は上着を辺りに脱ぎ散らかすと、オレが許可する前にペットボトルをそのまま直に口に付けた。文字通り『ガブ飲み』し始めたのだ。

 そんな木塔を何故か根倉が驚いた様子で止める。

「き、木塔君駄目だって!これじゃ他の人が飲めないよ」

「んぐ・・んぐ・・ッハ!、・・・根暗なに言ってんだ?もしかしてお前、間接キスがどうのこうの言う気じゃねえだろな?!」

「そ、それもあるけど、汚いじゃないか。木塔君の唾とかつくんだよ?ほら、ウラベ君の家のものだし・・・」

 こちらをチラチラ見ながら木塔を止めているが、一向に報われることはない。

「どうせもう一口分しかないから関係ねえよ。なあ、ウラベ?」

「ああ、そうだな。根倉、冷蔵庫からもう一本取ってきて」

「え?あ・・うん、わかった」

 どうでもいいだろ、そんなこと・・・・と思いつつもう一口お茶を口に運ぶ。

 ペットボトルと二つのコップを持った根倉が、木塔を警戒しながら(特にペットボトルの方を)それらを机に置く。

 根倉が話し始めたのは、汲んだお茶を一気に全部飲んだ後だった。

「ウラベ君の家って大きいね。なんか、そう思った」

「俺の家に比べれば小さいけどな」

 木塔が三杯目のお茶をノドに流し込むと、会話に入ってくる。

「木塔君の家は例外だよ・・・それにあのコンピューターも凄いね、あの部屋だけの空調もついているし、あんな機械さぁ、木塔君の家にはないでしょ?」

 嫌みのこもった流し目で根倉が木塔を見ている。

「あんなパソコンなんかに頼らないんだよ、うちの組は。直談判だ」

「・・・・・・なんか違うような気がする」

 ・・・だから、なぜ俺の家にくるとこうも無理に褒めたがるのだろう。

「あの自作パソコンは椿さんのもの。今流れている音楽の、ステレオも椿さんが俺にと贈ってくれたもの。この家も、椿さんが用意したもの。俺の生活費から何まで、椿さんが用意してくれたもの。小遣いも使い放題、でもそれは椿さんの稼いだ金。だからオレは何も凄いんじゃない。凄いのは椿さんだけだ」

「・・・・・・」

 一瞬キョトン・・・としたが、すぐに根倉は笑いかけて、 「でも、椿さんはそこまでウラベさんのこと大事にしているんだよ。だって自分の稼ぎを貯金して、そのお金をウラベさんに任せているんだもの」

「・・・・・そうか」

「そうだよ」

 思えば椿さんも辛いだろうな。両方とも大事な人だったフィネガンと親父の殺し合いを止められなかったし・・・ファントム・サマナーの事実上の指令だし・・・指令?

 ナンバー6の椿さんが総司令?

「・・・あ、見てみ、根倉。ウラベがまた嫌な予知をしたときの顔だ」

「あ・・本当だ。ウラベさん、わかりやすいね」

 ・・・・・・・・自分の顔色を見られ判らせるなんて、オレもまだまだか。

「だいぶオレの反応が分かってきたな」

「何かとつき合い長いから」

「俺らの師匠だしな」

 軽いため息を出すと、コップにお茶をついだ。それを一気に飲み干す。

「おー、景気いいな」

 木塔がさも驚いたような素振りを見せた。時刻はまだ四時。部屋はようやく暖房が効き始めてきている。オレは空になったコップを見ると、落ち着いた仕草で二人を見た。

「ふー・・椿さんが来る前に−−−ちょっと話でも、しようか」

「ふふん、待ってました」

 二人の顔が真剣になる。どうやら木塔も根倉も、こういう話を待ち望んでいたらしい。

(まあ、時間つぶし程度には、なる)





「ファントムサマナーはその個人の力や能力でランクが決まる。ナンバー1はフィネガンだった」

「ああ、この前死んじまったが」

「ナンバー2が裏切ったサマナー、つまりオレの親父だ」

「・・・ウラベさん・・」

 根倉が悲しそうな顔をする。

「ナンバー3はユダという外人だった。これも死亡。半年以上前の天海空港の爆発事件があっただろ。あの時だ。そしてそれは悪魔がらみの事件だった。そしてナンバー4のサマナーの名はマヨーネ。女サマナーだったが、敵対する組織のサマナーと戦い死亡。これは夏休みにあった、大型倉庫の爆破のときのな。一般会見では爆発に巻き込めれて死んだことになっているが、事実は敵のサマナーに破れた・・と、椿さんは言っていた」

「みんな、死んでいっている・・・?」

 木塔の顔が驚きに変わる。

「そう、しかもここ一年以内に、だ。おかしくないか?今のところ椿さんは優秀なサマナーだし、カリスマもあるから、何とかファントムのサマナーは組織的な動きが出来ている」

「・・・・・」

 二人は無言で首を縦に振る。

「だがここで疑問がわく。椿さんは、ナンバー5じゃないんだ。『ナンバー6』なんだよ」

 その矛盾さに根倉がの眉毛が歪む。そしてすぐに木塔もその『おかしさ』に気づいて口を開いた。

「え・・・ウソ・・」

「おい、それって」

「ああ、何かおかしいだろ?で、ナンバー5は誰だ?それは俺らが『名前だけは』知っている人物だ。俺らがいま一番知りたい人間だよ」

 六つの瞳が目の前にある顔を交互に見る。

「米田・・・ヤツがナンバー5だ」

「あ・・・のヤロオ!」

 木塔は訳もなく怒っているが、その点、根倉は冷静だった。

「なんか、何かわかりそうだ!何かが結びつきそうな・・」

 皆の顔が驚愕すると共に、その何かが結びつかない苛立たしさを覚えた。

 だがそれはオレも同じだった。まだ何かが足りない。残ったジグソーパズルの、最後のワンピースのような、そんな感じだ。

「椿さんに聞いたところ、自分より下位のナンバーのサマナーは皆、未熟だと言っていた。サマナーとしての能力と、他のサマナーを指揮できる技能。その両方の力を持ち合わせているのは、ナンバー6までの人間だと。そしてもう指揮者は米田と椿さんしかいない」

「もう、二人しかいない」

「二人とも・・・死んだらどうなるんだよ」

 それはおかしい。敵対する組織ならいざ知らずに内部の人間がわざわざ自分の所属する組織を危険にさらすことはしないはずだ。

「木塔、それは短絡的だ。まだ何かある。まだ何か米田の思惑には何かがあるはずなんだ」

 そして、もう一つ重要なキーワードが残っている。

「そして、もう一つ疑問なのは、桃木千秋の失踪事件・・・学校側では長期休暇と言っているが・・間違いない、あれは失踪だ」

 おかしい。よりによってこのタイミングはおかしすぎる。どうやら桃木千秋は学校側に何の連絡もしていないらしい。そしてこの桃木千秋が米田の恋人であるというのが一連の事件と関連付けずにはいられなかった。

「お前のナイトストーカーに調べさせてもどこにもいねえし・・家にもいない、職員会議に忍び込ませれば完璧シッソー扱いだし・・・かといって警察も動かない」

「なのにファントムも全然動く気配無いし・・・先生、大丈夫かな・・・」

 木塔は自分のふがいなさに毎日苛立っているし、根倉はそんな木塔を見てただ憂いているだけだ。

「だから、今日椿さんが来てくれるんだろう」

「そ、そうだよな。そうだよ・・・」

 全然励ましになっていない言葉で二人は幾分か元気を取り戻した。木塔は自分のCOMPを見ている。

「木塔、マグネタイト無しでホヤウカムイをサーモン出来るようになったか?」

 オレの言葉に木塔が苦笑した。どうやらロクな事にならなかったらしい。

「二日前にそれやったらよ、昨日まで筋肉痛が治らなかったぞ」

 根倉が楽しそうに笑った。

「それは結構。その苦痛の積み重ねでしか、気を大きくすることは出来ない」

 根倉もつられてCOMPを手に取る。

「根倉、そのCOMP、一体なに書かれているんだ?」

「ああ、これ・・」

 木塔はその太い辞書を手に取る。

「はっきり言うとね、広辞苑。重くて場所取るのが難点だけど、細く大きいタイプのヤツだから。それに慣れると結構軽いんだ」

「A3画用紙ぐらいあるな・・・戦闘中とか、スッゲー邪魔くさくない?」

 木塔の意見に同意するかと思えば根倉は含み笑いを返すだけだった。

「ヘヘヘ・・・ヴィクトルさんに教わったんだけどね、これね、こうしてえ・・・・」

「あ・・・」

 呆気にとられる木塔を横目に、根倉はとても得意げだ。得意げに・・・辞書を腕に縛り付けている。

「っと、ほら!左手に付けると、盾になるんだ!スゴイでしょ!?」

「ブッ壊れたらどうするんだよ」

 木塔が冷静に欠点を指摘する。

「ヴィクトルさん、絶対に壊れないから安心しろって言ってた。ほら、辞書から出ているこの紐・・これも武具の応用だから、・・よ、こんなに振り回してもずれないし、落ちない。戦闘にも役に立つし、辞書にもなる。実用的だよぉ」

 ヴィクトルのくれたCOMPがたいそう気に入っているらしく、学校にも毎日書かさず持ってきている。そんなに愛着がわくものなのか、こんなものが。

「木塔君こそ、ケータイなんか戦いで役に立たないよ」

 次は木塔の番だった。お気に入りのCOMPを存外に言われた報復のつもりらしい。口元がにやけている。だが木塔はそんな根倉を満足させずに言い返す。

「俺にとっちゃあ辞書より役に立つ。それに本当にブッ壊れないか試してみるか?」

「え?どうやって?」

「おい、ウラベ。お前のあの暗黒剣でこの辞書斬ってみて」

「だっだだだ駄目!絶対駄目!」

「・・・・・おいおい、壊れないんじゃないのかよ」



・・・・・・・・



 そんなくだらない話をしていても、時間が流れるのは遅い。

「ウラベぇ、椿ってニイちゃん何時頃に来るの?」

「だいたい夜遅くだから・・・八時か九時ぐらいじゃないかな・・」

「今は・・六時、だね」

「・・・・・・・」

 はっきり言って暇だ。話すべき事は話し、ただこうやっていいるのも暇だ。暇というのは時に幸せだと実感することもあるが、その反面、時に苦痛だと感じることもある。今は悪いが後者の方だった。

「暇だね、木塔君」

「ん〜、確かにな」

 今日は晴天だ。とは言ってもまだ真冬なので、今の時間はもう外は暗い。窓の外を見ると、照明がチカチカ光っている。

「・・・そうだな。確かに暇だな。暇つぶしに永煌石にでも行くか・・・」

「お、いいねえ。オーナーの顔もこの頃見てないしな」

「う、でも・・・」

 根倉が嫌そうな顔をする。どうやら彼の不満は店内の従業員もしくは『警備員』にあるんだろう。

「だって初めて行ったときさ、あそこって怖そうな人達たくさんいたし・・」

 どうやら警備員の方を嫌悪しているようだ。木塔はペットボトルを片手に、自分に出されたコップにお茶をつぎながら言った。

「ああ、もう大丈夫だよ。親父があそこから手を引いたし、もう警備する必要もねえだろ」

 −−−−そう、実はもうすでに、俺らは永煌石に顔を出したことがあるのだ。そのとき永煌石の雰囲気を知り、その原因を知ったときに木塔は、

「じゃあよ、親父に頼んでやるから、俺らの依頼をタダにしてくれ」

 と言う条件付きでヤクザの干渉を無くすよう木塔パパに頼んだのだった。しかし後日、聞いてみると、

「あそこはファントムなどのサマナーにとって重要施設だから、これ以上干渉すると痛い目に遭うから手を引いた方がいい・・・・って、かなり大げさな説明してたよ」

 と、根倉が呆れ顔で話してくれた。

 しかしとにかく、どのように様子が変わったのか見に行ってみることにした。



・・・・・・・・



「あ!こま犬がいる!」

「え、ドコ?・・・あホントだ」

 前回は気を練ることもできなかった木塔も、立派に召喚まで出来るようになった今なら見えるのあろう。聖獣・シーザーを。

 今オレ達三人は二十分ほどバスに揺られた後ここ天海商店街一番街、通称『機門』の裏路地に来ている。一人ならただ何もせず人形のように椿さんを待つことが出来るのだが、この二人がいるというなら話は別だ。



 この二人がいたから。



 この二人はオレにとって『不思議』そのものだった。人と関わることを極端に嫌うオレは、意味のない会話や感情のなれ合いなど徹底的に拒絶してきた。自分が他人を慰めるための道具になるなど御免だし、大切な物を作りたくないからだった。大切な物を奪われた悲しみは、もう二度とは味わいたくはなかった。元も大切なモノ、かけがいのないモノを失うという苦痛は、オレには耐えられないから。その苦痛から逃げたいために幼かったオレは、心を壊した。心を壊すことで全てがどうでも良くなり、全ての価値が並列した。

 それでも、オレの体は今でも『失う』痛みを忘れては−−−−−いない。

 でももう『壊すもの』は無い。自分の悲しみから逃れるすべを知らないオレは、もう自分でスカスカな命を壊すしか、無い。死は恐れてはいない。自殺もいとわないだろう。が、失うという悲しみだけは、オレを発狂させるだけの力を持っている。

 −−−過去の記憶は、オレの中で確かにまだ生きている−−−

(なのに、オレは何をやって・・・・)

 木塔と根倉。本当に面倒なら見殺しにすれば良かった。二人が桃木の一件に首を突っ込み、その首をはねられようとオレには関係がない。

 −−−だが、オレは見殺しに出来なかった−−−

 二人には死んで欲しくない、もしかしたらそう思っているのかも知れない。

 二人にも目的がある。木塔は担任を米田から助け出すため、根倉は自分の生まれた家に対する答えを見つけるため。

 二人には返る場所があり、人がいて、目的がある。



 オレにはそれが無い・・・・・



「ここのオーナーはサマナーだ。この悪魔を見れると言うことは、それなりに成長した証だ」

 くだらない考えを捨てるように、オレは二人に教えた。

「へえ、そうなん・・・うわ!」

「シーザーいっぱい!」

 永煌石の相変わらず不気味な黒い扉を開けると、先に中に入っていった二人が声をあげていた。

「あら、いらっしゃい」

 店の雰囲気を眺めていると、ここの店のオーナー代理でありオーナーの嫁さんであり巫女でもある香夜さんと目が合う。そしてすかさず入ってきた俺達に頭を下げた。

「店の雰囲気が、気持ち明るくなりましたね」

 気をきかした事実を言うと、ニコリと極上の笑顔で言葉を返してきた。

「ええ。嬉しいわ。もっとも、まだ気が許せないって警備してくれるんですけど」

「・・・確かに」

 店内を見渡すと、確かにカップルや友人同士などの若者の中で、『あからさま』に異質な毛色をした人間が一人だけ混ざっている。しかし店の雰囲気は最初に来た頃より格段に良くなっていた。

「けどあの人の言葉で、一人ずつ交代で警備してくれるんですけどね−−−−もう大丈夫ですよ」

「そうですか」

 本当に嬉しいようで、右手を頬に当ててクネクネと頭を揺らしている。

 かなりの上機嫌だな、そう感じた。

「主人も喜んでいます。私も、もうなんて言っていいのか、感謝の言葉も・・」

「ボクがそうしたんじゃないんです。感謝の言葉は木塔に言ってください」

 そう言って木塔の姿を見ると、アイツはロック調のアクセサリーやピアスに夢中だった。根倉は自分の『魔気』をわずかに発し聖獣・シーザーをかわいがっている。根倉の回りにシーザーが集まっていてまるで『ムツゴOウ』みたいだった。

「あの、オーナーに会いたいんですけど」

 ようやく社交辞令にもメドがたったオレは早速、用件を述べた。

「あらあら、あの人はいつも地下にいますよ。会われます?」

 案内してもらおうと静かに歩いたつもりだったが、やはりそうは行かなかった。

「あ、ウラベさん、ボクも行くよ」

「抜け駆けはナシだぜ」

 と、よく訳の分からないことをいいながら、結局三人で地下に行くハメになったのだ。



「よ、悪ガキども」

 最下層の部屋に入った瞬間に、大層な言葉をかけられた。白髪のオーナーだ。

 今日も相変わらずシワの入ったYシャツに紺のズボン、その上に安そうな加工用エプロンをかけていた。

「では、わたしは・・・」

 オーナー代理の香夜さんは店番が残っていることもあり、さっさと上に上がっていってしまった。振り向いたときにはもう香夜さんはいなく、ただその視界にオーナーの口にくわえているタバコの煙が漂ってきた。

「店、繁盛していますね」

「おう。余計なお世話だけどな」

「このオヤジは・・・」

 相変わらず社交辞令や着飾った言葉は嫌いらしい。カッカッカ・・と笑うとオーナーはくわえていたタバコを灰皿においた。

「で、何のようだ?冷やかしか?」

「おう、そうだ」

 木塔が胸を張って言う。そうじゃないだろ・・・

「違いますよ。前置きは面倒ですから、言いますね。これを見せたかったんです」

 軽い召喚の後に現れたのは、フィネガンが死ぬ前に俺に渡した不気味な人形『ドリー・カドモン』だ。

「これは・・・どこで拾った?」

 しかめっ面のオーナーが俺を睨むように見ている。顔はいつも通りだが眼がギラリと輝いたことに気づいたのは三人の中、おそらくオレだけだろう。

「とある知人から」

 とだけ答えると、

「お前の知人というのは、ファントムのナンバー1だった男の事か?」

「・・・・譲り受けたんですよ。死ぬ前にね」

 それだけ言うと、オーナーは何も言わずゆっくりと俯いた。

「そう、か・・・死んじまったか・・そうか」

 と言い、その人形を手に取ったかと思うとそのまま異形の人形を抱きしめたのだ。

「オーナー・・・」

 先ほどの眼の輝きは何だったのだろう。ただ分かることは、ソレを見なかったようにとぼけたオレの行為はまったく意味がなかったということだ。

「昔、あるサマナー達がいた。まだ若いそいつらは、ただ強くなるために戦い、神の力も欲しがった。そしてあるとき強大な力を持つ悪魔の集団と戦い、仲間のうち一人は取り憑かれ、一人は仲間をかばい死んだ。ミスで死なせてしまったその仲間と、ミスを犯しかばってもらった人間は恋人同士だった。十五年ほどの前の話だ」



 話はひどく抽象的だった。だがそんなことはオーナーだって気づいているはずだ。分かっていても言えない、オーナーだけの理由があるのだろうか。

「それってフィネ・・・」

「木塔君!」

 野暮なことを言おうとした木塔をすぐに根倉が止めた。

「あ、ワリイ・・・」

「いや、まどろっこしい言い方はもういいか。この人形はその死んだ恋人の一人を取り込んだものだ。ミスとは、ろくな知識を持たずにその封神具にふれたこと。フィネガンが言っていた『神の法を破る』とは死して消え去る魂をこの器に縛り付けることだった」

「人間を・・・この世にとどめる・・・」

 それは人間が一度はもつ幻想。そんなあってはならないものが・・・

 しかしオーナーはハッキリと言い切った。

「そう、生命という枠を無視した禁断の封神具。それこそ神の力を封じた具物だ。十五年前の悲劇はその人形の共鳴が始まりだった。取り込まれた仲間は、その封神具に『人間』を教えた、つまり人間の魂を入れるための『器』の形を知るための餌にすぎなかった。そのすべてを栄養素として奪われた恋人を嘆き、やり場のない憎しみが彼・・フィネガンにナンバー1という地位と力を与えた。そんな仲間を憐れんだ仲間は彼につられるようにファントムに入った。そして」

 言葉をいったん区切ると、三人を見回しニヤリと笑って、

「こうして取り憑かれた『間抜け』は、今こうして貴金属を造ってセコく生き続けているわけだ」

 悲哀を感じさせないその笑顔は、少し無責任に感じたのはオレだけだろうか。

「オーナー、それ・・」

「ウラベの息子か。カカカ・・見れば見るほどソックリだ」

 知らなかった。そんなこと・・・フィネガンとオヤジが旧友だったことは知っていたが、この人形にこんな悲劇が・・・

(それに・・・)

 オーナーは言う。

「フィネガンの野郎が半年ぐらい前に来てな、さしぶりに二人で飲んだ。あのバカ後悔してたぜ・・・『ウラベに俺と同じ悲しみを与えてしまった。俺のミスで三人も仲間を殺してしまった』ってよ、泣いてんだぞ?四十近いヒゲ親父が。まだ昔のことを忘れられないのか、グジグジ言いながらよ。オレ笑っちまって・・・」

「ちょ、ちょっと待ってください、仲間を殺したって、二人でしょう?」

 その時は確かに親父はフィネガンによって殺されていた。死んだのは二人のハズだ。

(親父に、悪魔に取り込まれた女性で二人。・・・・あと一人は!?)

 しかしオーナーはさも間抜けな話だとばかりにたたみかけた。

「あ、何言ってんだ!お前の母親が死んだんだろ?」

「・・あ・・」

 !・・・それじゃあ、母はまさか・・・

「知らなかったのか?お前の母ちゃんもサマナーだったんだよ。この人形の発掘を最後にチームは解散した。四人のうちウラベは仲間であったお前の母ちゃんと結婚し、そのままフィネガンとファントム入りよ。オレは戦うどころか取り憑かれているから神社で入院していてよ、そこで今の女房をナンパして、今こうしているわけだ。おわかり?」

 そうか、そうだったのか。母さんは・・・・何も知らずに死んだ訳じゃなかったのか。

「じゃあウラベって血統書付の良血サマナーじゃないか!」

「まあ、そうなるな」

 判明する数々の事実にオレは半分混乱気味になってきた。

(母さんは知っていた?自分の死もだいたい分かって・・・・いたのか?!)

 親父がどんな仕事をしているのかも、自分が狙われた訳も、何となく分かっていたんだ。

 しかしここで、オーナーの表情が一瞬にして変わった。イタズラ好きな子供のような顔だった。

「じゃあ、次はお前らの知っていることを話す番だ」

「・・・・・」

「オレにとって一番聞かれたくないことを何の脚色もなく話したんだ。今ファントムで何が起こっているのか、よ〜〜く教えてもらおうかなぁ?」

 数瞬の間が空いたかと思うと、

「あ!き、汚ねーぞオーナー!」

 そう叫んだのは木塔だった。別に汚くも何ともないと思うのだが。木塔の頭の中ではこういう取引が『汚い』らしい。

「情報の交換は『モグラ』の基本だ。自分だけ知るなんて都合がいいよなぁ?」

「それとこれとじゃ・・」

 そんな木塔をオレは無言で止めた。木塔には悪いが、この人−−オーナーは俺ら、もしかしたら椿さんよりもフィネガンや親父のことを知っているかもしれない。もしかしたら過去の怨恨が米田と結びつけるかも知れない。

 木塔が口を尖らしている。

「いい、いいんだ木塔。オーナー・・・話すよ。いや、聞いて欲しいんだオーナーにも」

 そうだ、話すべきなんだ。そうすれば何かが分かる、そんな気がする。俺らだけじゃけして分かることの出来ない何かを感じてくれるはずだ。



・・・・・・・・



「で、お前はその米田とか言う、怪しげなサマナーが犯人だと知った。そういう事だな?」

「はい。これで全部です。そうだよな?」

 二人の顔を見る。

「え・・うん、ボクはそれだけしか」

「オレも知ってることはそれだけだ」

 二人に説明漏れがないか確認してもらい、今まで起きた事件もすべて話し終わった。四年前の事件、親父の死と偽りの真相、サマナーとしての半年、初めて米田と会ったこと、木塔と根倉−−二人とので会い、そして最後にフィネガンが死んだ元旦の事件と桃木の失踪。

「非常に客観的な立場で言うのなら・・・・」

 説明を聞いて十分ほど黙っていたオーナーがタバコをひと吸いすると、ようやく口を開いた。

「米田という男、ちぐはぐに見えて実に頭にいい男だな」

「え・・・」

 オーナーの眼がすわっている。他人から見るとどうにもガンをくれているようにしか見えないが、そこがまたオーナーらしい。

「その男が何故お前らの担任に手を出したのかは知らないが、米田は今回の組織同士の抗争を完全に把握していたとは、考えられないか?よく思い出せ、トップサマナーの死を。みんな安直な死に方をしている。暗殺とかいうのはな、必ず怪しい部分が残るもんだ。だが今回のサマナー達の死は、実に忠実な殉死をしている。疑う余地もない」

「あ・・確かに」

 任務を受け、遂行し、その途中で敗北、作戦は失敗。担当者は死亡。実に単純、そしてスムーズだった。

「そうだよな。フリーの時じゃないもんな。みんな任務の真っ最中に死んでいるよ」

 確かにおかしい場所はない。何の疑問も浮かばないのも納得がいく。

 無さすぎて怪しいほどだ。

「死に様というのはな、綺麗であればあるほど怪しいもんだ。今回ファントムは何者かと争った。それは敵対組織だったり、個人だったり、悪魔だったりだ。しかし何にしてもファントムサマナー、それもトップサマナーが直に動いたんだ。それほど大きな出来事を完全に把握し、わざわざ個人戦に持ち込ませた。しかも自分は高みの見物を決め込んでな」

「でも、それがどうして米田と言うことが?」

 木塔がこの疑問に喰いよる。根倉も真剣な目つきのままオーナーを見つめていた。

「誰かを殺したかったら、わざわざ一対一なんてスポーツマンシップに乗っ取る必要ないだろ。フクロが一番手っ取り早い。なのに何故、今回は個人任務が多いのか?」

 オーナーは人差し指を立てて顔の中央に持っていく。回りが自然とその指に視線を奪われている。

「そして四年半前に起きた命令のくい違い。米田は確かウラベの嫁さんが殺されたとき、パソコンをハッキングしたらしいな?」

「そう・・・・椿さんは言っていました」

 ・・・・・・・・・

 少しの間が空くと、再びオーナーの口が開いた。

「ここからは今までのまとめからの仮定でしかないが・・・」

 と、あくまで仮定だと言い定めてから、

「米田は組織の命令伝達系統を何らかの理由で牛耳ってるんじゃないのか?椿もそこに目を付けて密かに監視していた、四年間ずっとな。そして今回のサマナー死亡疑惑に目を付けた。ファントムサマナーはみんな優秀だからな。大方そんなところから疑ったんじゃねえのか、椿のヤツ」

 そこまで言うと疲れたのか大きくのびをし、タバコをくわえた。

 はっきり言って驚くほどの推理力だ。

「す・・スゴイです!」

 と大声でいきなり叫んだのは根倉だった。

「まさか少し考えていただけでそこまでわかるなんて!スバラシイです!」

「かかか・・・尊敬しろソンケイしろ」

「でもよ」

 言い出したのは木塔だ。不満そうな顔である。

「ファントムのサマナーって、そんなに優秀じゃないんじゃ無いのか?」

「まあ、確かに行動派が多いからな。血の気の多い小物が多いが、ナンバー6より上は優秀な者ばかりだ。ちなみにファントムは6とか9とか不吉な数字が好きだからな。ナンバー9より上になると月給が一気に上がるぞ。ナンバー6より上になると任務が終えるたびに、基本給以外に特別手配で何百万と支払われる」

「なんでンな事・・・」

 呆れ顔の根倉を気にもとめず、オーナーのマシンガントークはまだ続く。

「フィネガンに聞いた。ただ、確実にナンバー6より上は猛者揃いだ。一人でどこぞの大きな組織をぶっ潰せるほどのな。例えば最近までオレの店に通っていた木塔組とか・・・」

「うっせえなあ。いいだろ、やめさせたんだから」

 頭をかきながらボヤく木塔だったが、すぐに言い返すセリフが出来たのかもう勝ち誇った態度でオーナーに迫る。

「でもナンバー1のフィネガンでさえ『ウラベの息子には勝てん』って言ってるんだぞ?こんな十六歳の子供にだぜ」

 そんな言葉にオーナーは、ただ愉快そうに笑うだけだった。

「だからぁ、ナギは優秀すぎるんだよ。異界化した結界をぶった斬ってトンネル作っちまうなんて人間のできることじゃねえ。今こうして涼しい顔してるけどよぉ、滅茶苦茶な魔気を隠してるんだろ?」

「さあ・・・」

 適当に流してみる。オレの力なんて今この場で何の意味もないだろ。そう思っているのに。

「さっすが俺らの師匠!」

「ウラベさん・・・カッコいい・・・」

 何でこいつらはこうも流されやすいんだ・・・

 そんな会話の流れをしかし最大限に利用していたのは、目の前の中年だった。

 見たくもない中年の笑顔がオレに迫る。

「そんなツオ〜いナギくんにぃ、お願いがあるんだけどなぁ」

 ・・・・・・・・・・ちゅ、中年の色香が・・・キモイ・・



・・・・・・・・



 今オレは・・俺ら四人はシーアークにいる。二階にいる悪霊どもを赤マントに任せながら、上へと行く唯一の方法であるエレベーターへと向かった。

 向かっているのは最上階、十一階だ。

「カカカ・・シーアークの最上階に上るなんてさしぶりだなあ」

「ボクらは初めてです」

「・・・・・・・・」

 何でこんな事になったのか今だ分からない。

「そう落ち込むなよ。今ならオレにとりついている邪神『アマツミカボシ』を倒せる自信、あるんだろ?」

 確かに今なら勝てそうな気がする。ここを出る前にもう一度邪神を召喚してもらったが、初めて感じた圧倒的な威圧感や嫌悪感は感じなかった。

「ですが、いいんですか。香夜さんに本当のこと言わなくて」

「いいのいいの。本当のこと言ったらゼッテー止めるからな。これでインだよ」

 エレベーターは実にゆっくりと上へ向かっている。ただいま三階。

「それに、俺にとりついている邪神を倒さなければ、ドリーは完全な状態には戻らないぜ」

 ドリーとは、オーナーが勝手に略したドリー・カドモンのことである。

「ああ?そうなんかよ。フィネガンはンナこと一言も言わなかったぞ」

 木塔が眉をしかめた。

「ああ。『もともとこんな非常識な物、完全体にする必要ない』と言ってたな。それの正直なところコイツ、強すぎるんだわ」

 たらたらのシャツとタンクトップの格好のままオーナーは笑っている。そんなに強い悪魔なら、俺でも勝てるのか・・・・と少し疑問になったりもする。

 しかし俺のそんな顔を見て、彼は笑いかけてきた。

「だーいじょうぶ。十五年前は五人がかりでも勝てなかったけど、あの時はみんな未熟だったからな。それにこいつが現世に現れる媒体は俺だ。ろくに力も出ないって」

「だといいんですけど」

 そんな言葉のやりとりや全くフォローになっていない励ましの言葉を受けていると、木塔が訳の分からない気をつかってきた。

「心配ないって。俺らの師匠はファントムのナンバー1より強いんだから。な、根倉?」

「うん、ウラベさんならきっとできます。安心してください」

 何の根拠もない、ずいぶん身勝手な激励を飛ばすもんだ。まあ、このごろ命を懸けて戦っていないから、こういうのもいいか・・・な。

「あ、ついたよウラベさん」

 チン・・・と言う音が鳴り扉が開いた。直進すると、相変わらず怪しい模様のある扉が俺らを待ち受けていた。

「・・・・・」

 電子音が鳴り響き、何とも丈夫そうな扉がスライドする。

「わあ・・・神秘的だなあ」

「俺は妖しさ大爆発って感じかな」

「カカカ・・・」

 悪いが今回ばかりは木塔の意見に賛成だ。過去一度来たことがあるが、かえって前より怪しく感じる。この地面のくぼみの光り具合も、いかにもという感じがする。

 しかしこんな『いかにも』が、大切な役割を果たすんだから、わからない。

「じゃあ、早速始めます。二人はこの地面の描いてある怪しい模様の外に行って。そこが結界になるから」

「え。あ。うん。わかった」

 剣を取り出し力を込める。赤マントはもう準備完了だ。剣も燃えさかっている。

「では、はじめましょうか」

 オーナーは黙って頷くと、彼の体から搾り取るように気があふれ、地面に流れでた。その瞬間『ここ』の機能が悪魔の反応を感じ、地面のくぼみから光が天井に向かい、半透明な壁を作る。

「お、これが結界か。・・・ぐぐ・・・フウ、確かにもう中に入れんな」

「あ・・天井にもくぼみがある。なんだ、地面の絵柄と天井のは対になっているのか」

 二人はのんきに観察なんかをしているが、俺はそれどころじゃない。徐々にだが実体化する『ソレ』に神経をそそぎ込んでいるのが精一杯だ。

 根倉がまずその異常さに気がつき、少したった後−−−−『ヤツ』の頭部が現れた瞬間、木塔の顔が凍り付いた。

 心臓に響くような緊張感が場を支配する。

「・・・・ぐう、ナギィ、構えろ!くるぞ!」

 ソレは召喚と言うよりは地面から這い出るゾンビみたいだった。オーナーの体中から吹き出るような魔気が地面を浸透し、力ずくで這い出るようにその悪魔はゆっくりと、しかし確実に実体化していった。

 ほぼ全身が現れたその悪魔は、俺を見つめていた。

「オーナーはなるべく俺らから離れて!この結界は広いから淵にいればだいじょ・・・!」

 ガリガリガリイイイ・・!!

「ク、・・のおおお!」

 プラチナの腕を剣で受けたが、その腕が斬れることはなかった。

「だああぁぁ・・遅いぃ!」

 鋼鉄の腹部にケリを打ち込むと、少しよろめいただけでダメージはほとんど無いようだ。しかし距離を保つという意味では大成功だった。

「まったく・・」

 白銀に光る巨人。それがアマツミカボシだった。しかも全身が大きな鎧で覆われており、本当に中身があるのかさえ分からない。ただ大きいことは確かだ。背丈は5メートルほどある。

 最後の足の部分の召喚を無理矢理終わらせ、その足を引っこ抜いた反動でいきなり襲ってきたのだった。

「あ・・のタヌキ親父!あんなのウラベでも勝てる分けないだろ、ナメンな!!」

「う・・ウラベさ〜ん、がんばって〜」

 木塔が理不尽に怒って、根倉がこけそうな応援を贈っている。二人とも目の前の悪魔のあまりの邪気と巨体にビビっているのか、いまいち−−−−もとい全く覇気がない。

「だから遅いん・・・だ!」

殴りかかってくるところを避けつつ、思い切り腹部をなぎ払う。しかし金属のこすり合う嫌な音しか聞こえず、あまりダメ−ジは与えられない。

 しかしその瞬間、

「気を付けろ!」

と言うのと、その光を受けたのはほぼ同時だった。

(や・・・ばい!)

 無条件で危険を察知した俺は一跳びでヤツとの距離をとり、10メートルほど離れた。

 しかし着地するとき何故か右足が動かなかった。

 酷く痺れている。

「やつの眼から出る光に注意しろ!様々な神経障害が起きるぞ!!」

 と完全に遅れた忠告を送ってくれた。俺はオーナーを心の中で憎みながら、指輪を取り出した。オーナーから買い取った、悪魔からくらった様々な神経障害を治す武具だ。それに気を込め患部にあてるでけで、数秒で治るという優れモノだ。

 しかし悪魔との、しかもこんな上級悪魔との戦闘では、その数秒が命取りになる。

「くそ・・一般兵みたいな兜のくせに・・・」

 さっきまで眼を防具するパーツで兜の中が見えなかったが、今は開いている。あの光みたいな目玉から発する光線に当たると、その当たった場所の神経がやられる訳か・・

「ノロいくせに、芸達者なことだ」

 どうやらゆっくり治療させてくれる気はないらしく、かといって攻撃を受け止めれば眼からの怪光線にやられる。力はトナティウと同程度だったが、かなりの芸を覚えている。まだ右足も治っていないこともあってオレはただ壁に打ち付けたボールみたいに飛び回ることしかできなかった。

「ウラベェぇぇ!がんばれえ!」

「がんばって、ウラベさん!」

 必死にオレを応援しているが、どうしようもない。

「応援するぐらいなら・・ッ、お前らもッ・・と、コイツの弱点を・・クソッ」

「根倉、何かないかよ!」

「そ、そんなこと言ったって!」

 着地すると再び剣を構える。全ダークネスを解放して相手を迎え撃つことに専念する。足の痺れも治り、相手の手の内も分かった。

(一撃離脱しかない)

 一発一発を全力で打ち込む。連続の攻撃をすればまた怪光線の餌食になるし、何より相手の一発がやたらと重い。

 オレの気を感じ取ったアマツミカボシは腰を低くし、低姿勢で襲ってきた。

 じっくり見定める。

(蹴りか・・・拳か)

 しかし、そんな単調な攻撃ではなく、よりのよって大業を繰り出してきたのだ。

 五メートルもある巨体が宙を舞う。

「いかん、ナギ!避けろ・・」

(無理)

 頭の中できっぱり否定する。なんとこの巨体でヤツは跳び蹴りを放ったのだ。しかもタダの力任せではなく、空中で体をねじらせその反動で蹴りを放った。

 予想外だとしか言えない。体格に似合わず高々とジャンプすると、柱みたいな足はオレの頭部を『蹴りおろして』来たのだ。

「あれは・・・栄光倶利伽羅(えいこうくりから)蹴り?!」

「な・・クッソ・・おををア!!」

 完全に受け身に回ったオレは膝蹴りからキックに映る二段蹴りを防ぎきれず、キックをもろ頭部に直撃した。

 肉のすり切れる音が、直接脳に伝わった。

「あ・・あああああっ!?」

 そんな根倉の悲鳴にも似た叫び声を聞きながら結界壁に激突する。頭に鈍い感覚がし、すぐにものすごい熱さに襲われた。

「う、ウラベぇ、大丈夫か!!」

「う、ウラベくん・・頭から血が・・チがぁ・・」

 少し視界がぼんやりするが、こんな傷もう慣れた。鼓動が高まる。まるでタガが外れたようにダークネスに包まれた魔気が体中を駆けめぐる。

 興奮する。

 頭部から流れ出る血が頬をつたう。オレはその流れ出る血を舌で味わうと、言いようのない開放感を感じた。

 この剣を持ったとき以来の開放感だ。

「アマツ・・・オレを本気にさせたな」

 これは・・・・楽しめそうだ。



・・・・・・・・



「ウ・・・ウラベが、壊れた」

 遅い遅い。すべてが遅い。

 蹴りから手刀、拳に妙な光。すべてが遅い。

「遅い・・・よ・・・」

 ヤツは確かに驚くほど丈夫だった。もしかすると魔王スルトよりも頑丈かも知れない。殴っても切り裂こうとも、ビクともしない。

 だがそれだけだ。

 ガッ、ガリリリリ・・・!

 興奮状態に陥り獣の感覚に近いオレにそんな遅い攻撃は、ビデオをスローモーションで見ているようなだった。すべての神経が研ぎ澄まされ、すべての感覚がシャープになり、そのすべての力をこの暗黒剣・レーヴァテインは受け止めてくれる。

 何かとても嬉しい。まるで幼い頃とても嬉しいことがあり、それを一生懸命話して分かってくれた・・・自分の言いたいことを理解してくれたような、そんな奇妙な喜びがオレを支配した。

「まだ壊れるなよ木偶が!まだオレは満足していない!!!」

 全身の血が踊っているようだ。アマツミカボシは先ほどから攻撃を繰り返していたが、オレから見れば指人形にしかみえない。

「はっははははハハハハ!」

 回された蹴りを剣で受け止めるとやつの眼から淡い光が放たれようとしていた。光が放たれる前にその顔面を蹴り上げ、その重心のずれた体に渾身の一撃をたたき込む。バットをフルスイングしたみたいな技術のかけらも感じない剣撃は、そのバットに打たれたボールみたいにアマツミカボシを遙か後方へと吹っ飛ばした。

 その時だ。

 いつもは鉄どうしがこすり合う程度の、情けない音しかしないはずだが今回は違った。何かが軋んだ音が、この空間にほんのわずか響いただけだった。

「のああ!」

 二人が観戦していた場所にアマツミカボシが吹っ飛んでいったために、木塔がひっくり返っている。もちろん結界によって事なきを得てはいたが。

「う・・あ・・・ん?・・・ああ!ヒビが入った!」

 ビックリして頭を押さえていた根倉だったが、おそるおそる顔を上げた目先の邪神を見て叫んだ。

「ウラベ君!もう一歩、もう一歩で倒せるよ!」

 ゆっくりと立ち上がる邪神。その下腹部にはわずかにヒビが入っている。そこからまるで漏れているように黒い気が漂っていた。

 ガッシャガッシャという金物のような音をたて迫ってくる巨人をゆっくりと見据える。しかしもう待ちの体勢に入るほどオレは冷静じゃない。そのまま走り込み、相手の頭部めがけて剣を振るう。

 ヤツはオレの攻撃速度を侮っていたのか着いていけなかったのかは知らないが、何ともゆっくり足を上げる。そのまま垂直に剣を振り下ろし、ちょうど体の中心に線を引くように炎の斬り後をつける。

「うあ!またかよ!」

 またひっくり返った木塔を相手もせずに根倉は叫ぶ。

「ウラベ君!腹だよ、ヒビの入った腹を・・」

 何か言っているらしいが耳に入らない。オレは目の前の玩具をバラバラにしたいのだ。

 立ち上がる前に袋叩きにするため、ダークネスによって補助された足は一跳で巨人の目の前にオレを運ぶ。

「もうちょっと−−−寝てろ」

 もう一撃と振りかぶると、こん棒のように頭を殴りつける。

「違う、ウラベ君、腹を・・・」

「うおおおおおをををををを!!」

 振りかぶっては殴る。剣術とは言い難い攻撃を繰り返し、邪神の一切の行動を阻止した。光を浴びせるための頭の動きさえ出来ない。立ち上がることもできないし、ましてや攻撃など出来ようもない。

「遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅いいぃ!」

 鎧の装飾品がとれていく。続いて関節部にヒビが入り、どんどん鎧に斬り後や曲がった跡が残る。

「おい、ウラベ、おいって・・・・!」

「ウラベ君・・いつもの冷静なウラベ君が・・・」

 何か昂揚する。やけに気分がいい。あんなに堅くて、若い優秀なサマナーたちの人生を狂わした悪魔が、反撃も出来ずに壊れていっている。

 見てみろ。断続的な攻撃で何百度まで膨れ上がった白銀の鎧が熱で弱くなっている。焦げ臭いにおいが漂う中、ヤツは何も出来ずに切り裂かれている。親父達五人がかりで戦っても勝てなかった悪魔をオレ一人で!

 たった十六歳のオレ一人で!

「ウラベが・・・」

「ウラベ君・・・同じだ・・ウラベ君のお母さんの話をしたときと・・・同じ顔だ・・」



 もう腹どころか体中にヒビが入り、剣自体から発する熱をいやがおうにも吸い取った鎧は刺激のある臭いを出していた。大きなヒビも入ったがそこから皮膚が見えることもなかった。代わりにどす黒い気体が溢れんばかりに出ている。

 もうスクラップ寸前だ。

「ゴミは細かくして捨てる。邪魔になるからな」

 倒れている邪神の足に全体重をかけ剣を振り下ろすと、剣先は膝の関節に突き刺さる。そのまま剣は関節を貫通し、柱のような足を宙に舞わせる。

「うっわ・・」

 邪神の切断された足からどす黒い気体があふれる。しかしすぐに光に返って行くが、その気体は血のように止めどなく溢れる。

「は、危険なんて感知できるのか!木偶が!」

 切断した瞬間にその大きな体を一度のけ反らせ、アマツミカボシは思い切り拳を振り上げた。それを力任せにナギ払い、勢いをつけてその振り上げた右手の関節に剣を突き刺す。関節を切り裂いたオレの剣が勢いで結界壁をも斬りつけ、目の前にいた木塔がもう一度ひっくり返る。さすがに『ついで』に斬った結界の壁を切り開くことは出来なかったが、斬った反対側まで影響を及ぼし結界が波打った。その余波でビックリして木塔はズっこけたのだ。

 もはや身動きすら出来ない邪神にトドメの一撃をくれる。

「チェックメイトだ」

 辺りは邪悪な漆黒の気で溢れていた。人間で言うところの大量出血に当てはまるのだが、これだけやっても死なないのなら仕方がない。いったん距離を取り、まだ動こうともがいているばらけた人形に剣を突き刺す。

 そう、首元にと。

「ウワっは!」

 根倉が奇妙な声を上げた。その首は空中で奇妙なスピンがかかり遙か後方へと跳んでいった。

 やはり思ったとおりで、アマツミカボシに実体はなかった。飛んでいった首もちぎれた手足も残ったのは鎧の部分だけで、中身はカラ。切れた首から止めどなく黒い血・・・・もとい黒い妖気がそこらにあふれ出る。人間の血と違いあくまであふれ出るだけで、勢いよく吹き出ることはない。

(やはり実体のないゴーストが鎧を操っていたのか)

 しかし一向にくたばる様子もない。イライラするほど妖気がゆっくり溢れ、そして光を帯び消えていく。

(それにしても・・・・)

 なんて邪悪な感じのする気だ。オレの魔気『ダークネス』も相当邪悪な気がしていたが、そんなのとは完全に異質な妖気だ。まるですべてを否定するような、一切の存在を受け付けない感がする。

(邪・・・か)

 体の興奮は完全に収まっていた。遊び疲れたのではなく、玩具に飽きたというか、遊び足りないと言うか・・・不満だった。もう残っているのは後片づけだけだ。プラモデルを作り終わった後の掃除のようで、何か空しい。

・・・・・・・・ん?

 とある事に気づく。それを確かめたいために遙か後ろで俺らを見ていたはずのオーナーに近づこうと小走りに駆け寄る。

 オレが近づくと半ば放心していたのか、顔に表情がなかった。だが目前まで近づくやっとオレの存在に気がついたのか、軽く頭を振り目線を俺に会わせる。

「お、終わったな・・・」

「はい、もう全然動きません」

 しかし、そんな苦労をしなくても、もしかしたら楽に勝てたかも知れない。

「オーナー、あの流れ出る気って、ものすごく邪な感じしますね」

「ああ。確かに邪神だからな」

「昔、オーナーに作ってもらった短刀ありましたよね。あの神聖な光を帯びたナイフです。『クリス』っていうんですけど」

「あ・・・あったな、そう言えば」

 オーナーもだいたい言いたいことが分かったのか、気まずい顔になる。

「あれ、コイツにも効きますよね」

「あ、ああ。でも鎧が堅いからお前のバカ力で斬ったら折れるって。ま、今ならあの妖気が溢れているところに刺せば・・・・今すぐくたばるかもな」

 あくまで自分の正当化を含みながらの説明は聞く気にならない。途中で話を聞かずにあの『バラバラ人形』に走り寄ると、腰に巻いてあるコードの留め金を外した。そこにかけてあるいろいろな指輪やイヤリングの中から、十字にかたどってある指輪を取り出した。

「・・・・・」

 魔気を込め本来の形(キリストチックなナイフ)にすると、首元のあふれ出る妖気の奥に差し込む。

 グジュ・・・という、何とも生々しい音が手に伝わる。

「う、わ・・・」

「まぶっ!」

 目を覆いたくなるよう・・・と言うか目を覆うしかないほど強烈な光が辺りを包んだ。その光の元の『人形』は根倉や木塔などの二人の近くだったので、二人も突然のことに驚いている。オレは相変わらず警戒心が強いのか光がほとばしる瞬間、地面を蹴り距離を取ると赤マントを翻してしまう。

 しかし全くの無駄であり、意味がなかった。

・・・・・・・・

・・・・





 光が止んだのをまぶたの裏から感じると、ゆっくりと目を開ける。まだ眼がチカチカする。太陽を直視した時みたいだ。

「・・・・・あ・・」

 根倉が目を開ける。どうやらアイツもまだ眼が治っていないようだ。目を擦っている。

 しかし、相変わらず木塔は間抜けな格好だ。まだ両手で顔を覆い、人相が強(こわ)ばったまま目をつぶっている。

「木塔君、もう大丈夫だよ」

 隣にいる木塔を、起こすように体を揺さぶる。

「う・・・あ・・・眼が・・うわ」

「すっごい光だったねぇ・・・・あれ?」

 気の抜けているような笑顔だった。安心しているのか疲れてしまったのか・・・しかしその笑顔も、視界が何かを捉えると不思議そうな顔に変わった。

「ウラベさ〜ん、あれ、何かな〜?・・・・・・・・・・あ、結界消えてる」

 ガラス窓のように結界壁へもたれようとして、根倉がつんのめった。その勢いのまま何か貴金属が落ちている場所に向かう。

「これってウラベさんの?」

「・・・・違うな。こんなリング、オレのじゃない」

 一応何か落としていないか腰回りのコードに付けているアクセサリーをチェックしたが、なくした物も壊れたモノもない。

「それにしても、何か不思議なリングだね〜」

「そうだな。何か不思議な・・・それに少し光っている」

「それがアマツミカボシが取り憑いていたものだ」

「オーナー・・・」

 いつの間にかオーナーが後ろに立っていた。しかしやけに狼狽している。

「顔色が悪いですね」

「まあな。あんなに大暴れしたんだ。媒体のオレはヘロヘロだよ」

「お疲れさまで・・・・」

 オレが言葉を言わないうちにオーナーは腰から崩れ落ちる。

「ああ!オーナーさんしっかりしてください」

「すまない・・」

 根倉の肩を借りながら、ゆっくりと地面に座った。

「でも嬉しいぜ。お前のお陰で呪いは解け、アマツミカボシは俺の仲魔になったからな」

「・・・・・・・・・はい?」

 仲魔?・・・・・何が?

 しかし今回ばかりは俺より早く、第三者の根倉の方が今の言葉を理解したらしい。

 根倉の顔が怒りに染まる。

「オーナーさん!すこし酷いんじゃないんですか!」

「わ、悪いとは思っているよ。でも代わりにこの『リム』をやるからいいだろ!」

「・・・リム?」



・・・・・・・・



 呆然としている木塔も混ぜて四人は今、オレの家にいた。オーナーに椿さんの話をしたら、

「俺も会わせろ。呪いが解けた今なら足手まといにはならねえぞ」

 と言い張り、結局俺の家まで着いてきてしまったのだ。

 そして入ってきたオーナーが一言、

「うわ、飾り気の無え部屋。こんな欠点まで親父の性格を受け継いでいるのかね」

 と余計なことを言ってくれたのだ。



・・・・・・・・



「そうだな・・・まずは昔話の続きをしようか。特に俺の間抜け話からだな」

「呪い・・・ですか」

 三人にお茶を汲んであげ、自らもソファーに座った。他人の家だというのに木塔は机の側に置いてある座布団には座らず、何の許し無く俺と同じソファーに腰掛けている。

 あいかわらずだな。

「とある施設に乗り込んだときだ。そこは何重にも結界やら警備やらが施されていてな、。その結界を解きつつ内部に侵入し、大広間に出たんだ。そこに『ドリー・カドモン』が保管されていた。何十枚の呪符が貼ってあってな」

「剥がしたんですか」

 安直な推測をするが、的は外していない。

「ああ。その手に詳しい俺と、もう一人・・・フィネガンの大事な人だったヤツとだ。符は知っている型だったし、ただターゲットの気を封じるだけの・・・何のこともない符だった。だったはず・・・と思いこんでいただけだった」

 オーナーが苦笑いをする。話し始めから顔はずっと笑顔だが、その顔から徐々に哀愁が漂ってくる。

「俺ら二人はてっきり、この人形の力を封印してある−−−そう思っていた。しかし本当に封印していたものはその『後ろ』にいたモノだった」

「後ろ?」

「ああ、石像だと思っていた。だがただの石像じゃなかった。まさかこれが最後のトラップだとは・・・この符はな、似神解放のスイッチだったんだ。まさに悪夢の始まりのスイッチだった」

 人間誰にでもミスはあると言うことか。こんな俺らを二度も三度も利用する男も、結局は一度の大きなミスを何十年も引きずることになる。

 オレは・・?オレは一体何年引きずるのだろう・・・

「はっきり言って歯が立たなかった。仲魔は見事に全滅し、逃げようにも幾多の結界や警備で捕まる。それにこんな化け物を世間に出したら一体どんな被害を出すか・・・進退極まったとき、ついにフィネガンがやられた。ほぼ下半身すべてにあの光を受けたんだ。そしてアマツミカボシの片手に持っていた大きなリング・・・お前にあげた『リム』だな。そんなフラフープみたいな武具がフィネガンを襲った」

「それで・・・それで!!?」

 木塔が興奮気味に問う。

「その瞬間、一番近くにいた仲間がフィネガンをかばったんだよ。泣ける話だろ?俺は・・・・俺は足がくすんで何もできなかった。かばった仲間はそのフラフープに包まれた」

 オーナーの顔からついに笑顔が消えた。

 しかしそれでもオーナーが話をやめることはなかった。

「輪はどんどん狭くなり、そのまま彼女の体に沈んでいった。その瞬間だ、彼女の体は光り輝き電球みたいに輪郭だけの存在になったのは。しかしその輪郭もヒビが入り、体の節々から光が漏れた。フィネガンが大声で彼女の名を叫んだ瞬間だよ、彼女が弾けたのは・・・・」

「・・・・・・」

「光がやみ、さっきまで彼女がいた場所には・・・・もう彼女はいなかった。あったのは奇妙な形をした、人形型の封神具だけさ。そしてさっきまで呪符が貼られてあった人形はもう、そこになかった。忽然と姿を消したんだよ。そして何故かは知らねえが、アマツミカボシは俺に取り憑いた。それで、終いだ」



・・・・・・・・・・・・・・・



「根倉ちゃん、お茶頼むわ」

「あ、はい」

 一通り話し終えると、オーナーはけだるそうに背伸びをした。根倉は世話が好きなのかオーナーの分だけじゃなくみんなの減った分まで汲んでいた。木塔は何かバツの悪そうな顔をしている。

「木塔、どうした」

 トイレにでも行きたいのだろうか。何か落ち着きがない。

「いやさ・・・お前の戦いぶり見たり、オーナーの話を聞いたりしてたらよ。なんっか、サマナーは命がけというか、何というか・・・」

「ま、確かにいつ死ぬかわかったモンじゃねーな」

 汲んでもらったお茶を飲みながらそれに答えるオーナー。まあ確かにそうだな、とオレも思う。明確な目的でもない限り、こんな職種に就くワケがない。

 時計は八時を過ぎていた。ちなみに夕食はここに来る途中に食べ終えた。

「まあ、でも命はって戦っているんだ。それなりに充実だぜ?」

 そう言うとオーナーはまたいつもの含み笑いを三人に返した。

「でも、ファントムは汚いことのために悪魔を使役しているのでしょう?」

 根倉が反論する。てっきりオーナーは笑って肯定するかと思いきや、凄みをきかせて根倉を睨んだ。

「根倉ちゃん。大人になった俺から、良いことを教えてやる。この世には絶対的な正義や悪はない、みな自分の考えに沿うことなら正義、許せないならば悪、それが人間だ。法律や世間に惑わされるな。・・・・わかったね?」

「あ・・う・・・で、でも!」

 必死に喰いつく根倉。何か、気持ちが先走りしている感じがする。オーナーもいつもの感じではない。いつもならば笑ってごまかすか、適当な返事でも返すはずだからだ。

「じゃあ、質問。木塔君の家はヤクザです。と、言うことは木塔直樹君は悪ですか?」

「え・・・えエえ?」

「悪ですか?」

 ずいぶんな質問だ。根倉はものすごく動揺している。とうの木塔はと言うと・・・

「悪なんじゃねえの」

 とキッパリ言い切ってしまった。

「そ、そんな、木塔君は悪くないよ、だって・・!」

「世間一般の常識では悪です。でも、根倉ちゃんは木塔君が好き。大切な友達」

「あ・・・」

「そう言うことだよ」

「それぐらいわかれよ、バカ」

 木塔とオーナーのダブルパンチですっかり根倉はまいっている。まあ、確かにこの中で裏の社会に足を突っ込んでいないのは根倉だけだからな。

「それに根倉ちゃん、どんな優秀な人間を十人集めてもな、必ずオチこぼれは出るんだ。優秀さと考え方はまったく違うから。だから裏の人間はソコでしか生きられない。一見弱者をいびっているように見えても、『その世界』に足を突っ込んだからそうなったんだ。」

「でも、非道い目に遭っている人を・・・」

「助けたい?だったらそれが根倉ちゃんの正義だ。自己中だとか一貫性がないとか、そんなのは無視無視。矛盾だらけなのが世の中だから。だから俺はサマナーになった」

「え・・・?」

「自分の大切なものを守りたい。他人や集団からなんと言われようと、自分の信じたことをしたい。だから、俺はサマナーになった。人間単純なモンだよ」

 ポカンと開けていた根倉だったが、その顔が輝き始める。

「や、やっぱりオーナーはスゴイ人です!ソンケイします!」

 その言葉に反応するように、オーナーの高笑いが響く。褒められることが好きな人のようだ。しかしそろそろ止めるべきか。

「尊敬しろソンケイし・・・」

「そんな尊敬している人間に、何度利用されたことか」

「う・・・」

 まったくだ。取引は持ち込むし、アマツミカボシとは戦わされるし、やっと倒したと思った悪魔は横取りするし・・・

「カカカカカ・・・」

「タヌキ親父」

 木塔が呆れた顔で、大笑いしているオーナーに悪態をついた。



・・・・・・・・・



「それにしても、また暇になったな・・・」

 あらかた話し終えた俺らは、ただボオーっと時間が過ぎるのを待った。ステレオから流れる音楽も、やけにスローテンポに感じる。

「何か、遊ぶモノないか、ウラベ」

 遊ぶモノ・・・・か。

(確か・・・押し入れの中に)

「・・・少し探してくる」

「おう、頼んだぜ」

 パソコンの部屋から奥にある個室。確かこの中に、アレがあったはずだ。あまり強くはないが、ネット上で対戦したこともあるからルールぐらいは知っている。

(・・・・・あった)

 それを取り出し、再び広間へ向かう。まあ、これでいいだろう。あのメンバーだとたぶん全員知っているだろうし。小一時間は潰れるはずだ。

 さしぶりだな、こんなの。まあ、いいか。

(ちょうど四人いるしな・・・)



・・・・・・・・



 ガチャガチャガチャ

「オーナー、所でその『リム』って、なんですか」

「ああ。ドリー・カドモンに付ける、首輪だ」

「く・・首輪!?だって人間の格好なんでしょ?」

「知るか。ただ、無くてはならないものだ」

「いいじゃねーか。チョーカーはけっこう流行ってるし」

「リムは英語で『車輪』と言う意味。誰がどういう経過で名付けたか分からなんが、心を司る部分だな。ドリー・カドモンが『魂の記憶』から外見を模型し、リムが精神を受け継ぐ。だからたとえドリー・カドモンで魂を縛り付けても、リムがなければただの人形になるしかない」

 ガチャガチャガチャ

「植物人間・・・ですか」

「いや、あくまで魂に記憶によるカドモンの擬態だからな。餌もいらないし世話もいらない。ま、そりゃ常に実体化しているから風呂ぐらいは入れないといけないかも知れないが、人形と同じだよ。ドリー・カドモンに悪魔を入れれば・・・・そりゃ戦うぐらいはするかも知れんがな。悪魔の基本本能は戦闘だから。だが人間の本能は『無地』だ」

「無地・・・ねえ。オレの本能は『遊ぶ』だけど」

「僕の本能って、一体なんだろ・・・」

「悪魔はどんな環境に置いても、最終的には争うことが本能になる。だが人間は違う。生まれ育った環境によって価値観が変わるからな。そんな複雑な感情を人形にはトレースは出来ない。だから、リムが必要だ」

「車輪が必要ねえ」

「どんな強力なエンジンを積んでいても、タイヤがなければ前に進むこともできない。案外そう言う意味で名付けたのかもしれンね」

「・・・・・・」

「要するに、ハードディスクにないパソコンですね」

「分かりやすい例えだが、この二人には酷だ」

「パソコンなんて・・・必要ナシ!」

「でも二年生から舶用学園でも実習始まるよ?ワープロのやつ」

「な、なに・・・?」

「生活一般で。これはカンニングもできないし」

「ま、オレは問題ないな」

「こっちは問題アリアリだよ・・・」



・・・・・・・・



 椿さんが帰ってきたのは、十時を過ぎる少し前だった。チャイムの鳴る音でゲームが一時中断する。

「おい、早くキレよ。一巡ぐらいいいだろ、キッてから・・・」

「だ、全然駄目だよ、その一巡で勝敗が決まるんだから」

「ご勝手に」

 適当にいらないモノをキルと、玄関に向かった。



「・・・・お久しぶりです」

 窓を開けると顔の険しい椿さんが立っていた。

 椿さんが何か言おうと口が動いたが、しかし、その瞬間。

「それロン!」

「うーわ!まっじいぃ?!またかよおおおお!」

「木塔君、弱いねぇ」

・・・・・・・・・

「上がってください」

 完全に拍子抜けした椿さんを半ば強引に部屋に入れ、ドアを閉めた。

 椿さんは黙って中に入っていく。足早に。



「よお、椿。なかなかいい御身分になったな。人生の先輩をこんなに待たせやがって」

「あ゛・・せ、先輩・・・」

 椿さんが使うコップを用意して俺も広間(と言っても八畳だが)に向かうと、そこには不敵に笑うオーナーと、顔が引きつっている椿さんがいた。

「な、なにしてるんですか、こんなところで!」

「麻雀だ。見てわかンだろ」

 そう、時間つぶしのためにやっていた遊びとは麻雀のことだった。さっきから何故かオーナーの一人勝ちでゲームは進行し、時々オレや根倉のせこい手が、損をゼロに戻しているぐらいだった。

 やはり麻雀も場数が命のようで、オーナーは常に臨機応変に役を作っていた。オレは何とかわずかな点数を稼ぎ、今のところは二位だ。根倉とオレはとにかく早上がりが命で、千点・二千点をせこく稼いでいる。だが少し、わずかに根倉は思い切りが足りないらしく、あと一歩と言うところでオレに先を越されている。

 そしていつもオーナーの餌にされているのが木塔だった。常に万単位の点数を狙っている木塔の役はオーナーに見透かされ、そしていとも簡単に振り込んでくる。圧倒的に木塔の借金が酷く、もうすぐでハコテン(点数が0になること)になるような勢いだ。

 ガチャガチャという音を鳴らし、オーナーが牌を混ぜながらくわえタバコで椿さんの方を向く。

「さっきから俺とナギしか勝ってねえんだ。木塔ちゃんは相当負けるのが好きらしいから」

「うっせーな。・・・あ、お邪魔しています。おれ、木塔直樹って言います。ウラベ師匠の一番弟子なんで」

「誰がそんなこと決めたの・・・初めまして、じゃないですね。ボク根倉って言います。ウラベ君の友達です。自称ですけど」

−−友達、か−−

「あ、ああ・・・じゃなくてですね、何で二人しか呼んでいないのに、先輩がいるんですか!?」

 今日の椿さんはヘンだ。いつもの余裕というか冷静さというか、大人びた感じがスッ飛んでいる。いや、かなり慌てているとも言える。

「いや、十何年にもわたって苦しめられた呪いを解いてくれたお礼に、頭の固い椿ちゃんのウソや隠し事を暴いてやろうと思ってね」

「え?・・・あ、先輩・・・・」

 椿さんもオーナーの変化に気づいたのか、眼を白黒している。オーナーからもうアマツミカボシの呪いは感じないのだ。

「まあ、これまであったことを聞いてくれや。それからキミの知っていることを教えて欲しい。お互いのためにな」

「何がお互いだよ。自分が一番美味しいめにあっているのに」

 木塔が愚痴っても、結局はいつもオーナーのペースになる。まあ、話が進むからオレはいいとは思うが。

(わざわざ面倒なことをしてくれるんだ、いちいち絡むなよ)



 オーナーはよくもまあこれだけと思うほど様々な嫌みや冗談を含みつつこれまでの経過を話した。フィネガンがオレに託した人形のこと、次にその人形にまつわる親父達の悲劇、そして最後に米田と言う男の推理。実にわかりやすく、かといって大切なところは何一つ抜けていない。思わず話術師かと間違えるくらいに、聞き取りやすい言葉だった。

 しかもオレから聞いたことを、さも自分で体験したかのように語る技術は、ある意味ひとつの芸術のようだ。

「はい、さすがですね先輩。米田を疑ったのはその事です。今回やたらと個人任務が多く、それがことごとく失敗に終わっている」

 さすがにその言葉を聞いたときはオレもオーナーを尊敬した。と同時に変な違和感も覚えた。椿さんみたいな冷静でカリスマのある人間に『先輩』呼ばわりさせ、雰囲気はただのチンピラなのに頭の回転はすこぶる速い。思慮深く用心。なぜこんな人が商店街の一角でモグラなんてしているのか、理解に苦しむ。サマナーとしての力を封じられていたとしても、もっと別のことが出来たものを。

「良かったな、椿。立派に師匠してたじゃないか」

「早すぎますよ。もっとナギくんにはゆっくり成長して欲しかった」

「・・・すいません」

 椿さんにそんな言われ方をされると、本当に間違っているように思ってしまう。やはり尊敬しすぎるのも考えものかも。

 そんな俺の思いも知らずに木塔と根倉は笑い出す。

「ウラベ君が謝った。初めて見たよボク」

「しかも真剣にだぜ。あ〜、今のプリクラに撮って思い出にしたい」

「ははは、そういえばそうだな」

 椿さんまで一緒になって笑っている。・・・・何かむかつくな(あくまで木塔が)。

「ま、この世には強くなりたくてもなれねえヤツもいる。いいことじゃないか」

 そんななにげない一言でも、

「良くないですよ!いくらナギくんがダークネスを使えるといっても、あれだけ強くなるには相当修羅場をくぐらなければならないはずですから。きっと何度も死にかけたはずですよ・・・」

 と、心配そうな顔になる。

「サマナーなんてそんなんだろ?」

「駄目です・・・卜部さんの、たった一人・・・一人でも残った家族なんですから・・・何かあったら、卜部さんに合わせる顔がない」

「・・・そうだな」

 何やら二人で感慨にふけている。いらんことに根倉もすまなさそうにしているし、木塔まで気まずそうに机の麻雀牌をいじっている。はっきり言って今でもオレは親父を許した覚えはない。親父が原因で母が死んだことに代わりはないのだから。はっきりいってオレがこのなかで一番『不機嫌』だった。

 そんな白けたオレの顔を見た椿さんはいそいそと手元にあるお茶を飲み、軽く咳払いをした。

「おう、ところでよ」

 オーナーもそこのところは気づいていたらしく、さらりと話を変える。

「米田は今どこにいる?そろそろケリを付けないといけないだろう」

 その言葉に反応した椿さんは、顔を険した。いつもの真剣な顔つきだ。

「そのことなんですが、今重大な問題になっているんです」

「重大?それは面白そうだ」

「実は・・・」



 その言葉はその言葉を聞いた四人を驚愕させ、なおかつ怒りを覚えさせた。

「失踪しやがったあああ!!?」

 怒りのあまり立ち上がって叫んだのは、木塔だ。

「ちょ、待ってくれ。いま桃木センセーも失踪中なんだぞ!なんなんだよ!」

「!?ナギくんそれは・・・」

 驚いて椿さんはオレの顔を見るが、オレは答えはしなかった。答えなくても、椿さんなら顔色を見るだけで分かってくれるからだ。

「そうか・・・ならば二人とも一緒に行動しているのかも知れない・・・」

「かもしれない?組織はまったくのノーマークだったのか−−!」

「木塔、落ち着け」

 だがそう簡単に落ち着くふうには見えない。完全に頭に血が昇っていそうだ。

「まさか米田があんなに強かったとは思わなかったんだ。捜索班が全員、米田によって返り討ちにされて・・・」

「まんまと逃がしました、と」

「・・・・・・」

 椿さんには似合わない、後悔の念が辺りにも伝わってきた。そんな不安定さがよけい木塔を刺激するのだろう。

「何なんだよ、その甘さは!あんただって知ってたんだろ?ナンバー6より上は優秀なサマナーで頭も切れるって。あんたよりも上のナンバーなのに!」

「すまない・・・完全にオレの手落ちだ」

「木塔、落ち着けって」

「センセーが死んじまったら責任取れるのか!」

 さすがにカチンと来た。椿さんだって上からの任務は絶対だ、その任務を放棄して私的なことを優先させるなんて出来るわけがない。

「落ち着く事もできんのか、木塔!」

 いい加減オレも頭に来たせいもあり、机を両手で強く叩くとそのまま立ち上がる。頭をワシ掴みして、思い切り睨んだ。

「もうファントムは椿さんしかいないんだよ。これだけ任務や事件が起こればしょうがないだろ!」

「う、ウラベ君、魔気出てる・・」

「・・・・・」

 黙って手を離すと、大きなため息をつく。

(人間を魔気で脅してしまった)

 激情に駆られてなんて事を・・・後悔の念に襲われた。

「すまねえ。でもウラベ、おれ・・・・」

 それ以上は何も言わずに木塔は座り込んだ。オレもつられて座る。

「う〜ん、ナギくん怖かったなぁ」

「普段大人しいやつが怒ると怖いな。特にダークネスで脅かされた日にはチビっちまうゾ、オレは」

 根倉とオーナーにまで言われるとは。オレ自身も何か苛立っているのかも知れない。

「とにかく」

 椿さんが話を戻した。

「当分任務が出ることはないだろう。それまでは米田の捜索だけに専念できる。自分の落ち度は自分で修正しなければな」

 椿さんは木塔を見るが、木塔は何も言わなかった。

 しかし、またもオーナーは椿さんの言葉に新たな疑問を発見した。本当に鋭い人だと感心するほどの、何気ない一言でだ。

「任務が出ないって、ドユこと?」

「え、ああ。その事ですか」

 椿さんが何かもう、どうでもいいような顔をした。

「本当はこんなこといったら大問題ですけど・・・もう問題にする人間がいないから」

「いない?」

 フウ・・とらしくないため息をはくと、半笑いで答えた。

「ええ。極秘に進んでいた計画が、敵対組織に叩きつぶされまして。作戦の最高責任者であり天海支部最高幹部であった西次官の死亡、協力者であったアルゴン所長の門倉も死亡、天海支部の幹部も死亡。幹部補佐であったアルゴン精工の社長も死亡」

「死亡死亡のオンパレードだな」

 そんな『どうでもいい』オーナーの言葉に椿さんは苦笑する。やけに気の抜けた笑い方だ。

「いま、実質的な経営者が誰もいないんです。そのうち他の支部から新たな幹部が現れるとは思いますが・・・ですから今の組織の行動は、米田の捜索及び抹殺に動いています」

「ほお・・」

 サビれた椿さんの笑みとは正反対に、オーナーは実に楽しそうだ。今も不気味な含み笑いをしている。

「もしかして、ナギが関わった異界化の後に、次々とやられたのか」

「ええ。ファントムサマナーは言われたことをただこなすだけですし。幹部が全滅した時、他の支部の幹部に会いました。米田の話をしたら、『お前に任せる』・・・そう命令されただけですし。だから今回の任務はオレに全権限が握られているんです」

「気分は幹部だな」

「まったく、人ごとのように思わないでくださいよ」

 だいぶ部屋の中が暖まってきたようだ。みんな上着を脱ぎ、机越しに向かい合っている。

「ただ・・・」

「ただ?」

 椿さんが何か言いたそうな素振りを見せる。

「もったいぶるとは、偉くなったもんだね」

「違いますよ。米田は確実に天海市にいると言うことです。警察の方にも手を回し、完全に包囲網を作っていますから。ファントムの方も全力で捜索中ですし。警察の包囲網はともかく、ファントムの包囲網はなかなか破れるモンではありません」

(・・・・・・・・・・天海市内にいる?)

「ほ、ホントかよ、それ」

 木塔が乗り出す。

「ああ。有りとあらゆる道路・通路に検問がはってある。先日の事件にかこつけて、細かくチェックしているから見逃しはしない」

 確かに道を歩いていると頻繁に検問している光景を見たが・・・あんなんで大丈夫なのだろうか。

 だがアレは警察の包囲網であって、組織のではない。組織の包囲網は地域と密着し、至る所に手が回してある。繁華街やホテル系列、喫茶店まで商売関係のところに行けばまずファントムの網に引っかかる。住宅街やサラリー関係のところに逃げ込まなければ身を潜められないはずだ。

「そうか。ところで椿」

「はい、先輩」

 オーナーの顔がニコッと笑顔になると、

「米田の顔、まだオレは知らねえんだわ」

「そういえば・・・そうでしたね」

 そう言って胸ポケットから一枚の写真を取り出す。それには上目遣いで正面を捉えている、四月の頃に一度だけ見た顔が映っていた。

「陰険そうだな、コイツ」

 木塔が見たまんまのことを言う。あれだけ見た目で判断はするなと言っている意味−−−−まったく分かっていないらしい。

「なるべくならあと三枚は欲しいな」

 一応ここにいる全員に配っておきたいらしい。確かにその方が有効なのだが・・・

(あと三枚と言うことは・・・オレも入っているのか。オレは別にいらないが・・・)

 しかし椿さんはすまなさそうに言う。

「すいません、あいにくこれ一枚しか・・・」

「椿さん、パソコンがあるでしょう。この写真をスキャンして、プリンタで刷ればいいんじゃないですか」

 俺の意見だ。オレの言葉に椿さんが手に持ったコップを机に置いた。

「あ・・・そうか、その手があったな」

 その手も何も・・・

(椿さんのパソコンだぞ)

 とは、もちろん言わない。これが木塔だったら何の遠慮もしないのだが。

「さすがナギちゃん、回転の遅い師匠を持つと辛いねえ」

「うるさいですよ、先輩」

 わずかな抵抗をした後、そそくさとコンピューター室に消えていく椿さん。スキャンだのプリンタだのと言う言葉を理解できなかった木塔に根倉。笑顔を絶やさないオーナー。そしてオレ。

 様々な個性が詰まっている部屋の中、時間が電子音や機械音のリズムに乗って過ぎゆく。



・・・・・・・・



「いいですか、たとえ米田を見つけても仕掛けないこと。すぐに先輩か俺に連絡してください。特にナギくん達三人、いいね」

 メモリの少ないパソコンのお陰でやたらと待たされた後、椿さんは俺らにプリントした紙を渡しながら言った。

(やはり増設しておくべきだったか)

 そう愚痴をこぼそうとしたのを心に溜める。

「連絡はウラベ君を通せばいいんですね」

「電話バンゴーぐらい教えてくれてもいいじゃないんスか」

 相変わらず木塔は反抗的だ。だが椿さんはそんな跳ねっ返りは慣れている。

「これは独断専行しないためでもあるんだ」

「一人すぐ頭に血が上るヤツがいるからな」

 オーナーに痛いところを突かれた木塔。こう言われると木塔としては反論できない。本人も自分が冷静になることの出来ない人間だと自覚はしている(らしい)から。





 その後は少しだけ世間話などをしたが、なにぶんもう十時を越えていたのですぐに解散となった。十時を越えていたのに一番驚いたのはオーナーだ。奥さんの香夜さんから散歩と称して出かけたまま約四時間以上も立っているのだから、まずいと言えば確かにまずい。

 椿さんもオーナーを追うように帰ってゆき、軽い挨拶をしたあと、木塔も根倉を引きつれて部屋を出た。

 そしてオレだけが部屋に残る。



・・・・・・・・



 静かな部屋。

 孤独なオレ。

 暗中の真実。

 止まらぬ刻。



 熱いシャワーを浴びた。裸のまま冷蔵庫に向かうと栄養ゼリーを取り出す。

(・・・・・)

 静かだ。飲み終えた容器をゴミ箱へ投げ捨て、ベットに横たわる。

(・・・・・)

 今こうして何も考えず、何もせず、ただ怠惰に毛布に埋もれていても時間は過ぎ去っていく。幸せを感じることもできない、ただ生きているだけ。植物人間だと言った方がいいかも知れない。

 生活感のない部屋。冷蔵庫には栄養剤と栄養ゼリー、水とお茶。そしてカロリーを摂るためだけの保存食カップの山々。

 酷く悲しい。オレをあざ笑っているかのような世界。

(悪魔・・・人間・・・)

 どこがどう違うのか分からない。悪魔のような人間もいれば、主を気遣う悪魔もいる。

(・・・・寒い・・・・)

 静かに目をつぶり、耳を澄ます。自分の体を自分で抱きしめ、一人震えた。

 心のないオレに、生の感情はあまりに激しい。



 みな、過去を持っている。過去の過ちを完全に償うことは出来ない、が過ちさえも受け入れてバネにする事は出来る。

 しかし、オレの過去は過ちではない。

 その全てが押しつけだった。何の罪の言われもないオレは、ただ事の流れを受け入れるだけしかなかった。





(今日は何か・・・・・・長い・・・・・・・一日・・・だった・・・・・)

 そのままオレは眠った。酷く高ぶる孤独感を抱いて。



・・・・・・・・



−−弱者にはチカラを、強者には破滅を−−



・・・?・・・・・









 卜部 凪 Lv 49 ITEM・不詳の刀 ・赤いスカーフ ・D−ショック

                 ・シルバーアクセサリー ・アナライズ・アイ

・暗黒剣レーヴァテイン ・ドリー・カドモン

                 ・リム

  力  25(50)  生命エネルギ 800(4000)

  速力 26(49) 総合戦闘能力 750(4130)

  耐力  8(15)  総悪魔指揮力 43%

  知力 10(16)   悪魔交渉能力 33%

  魔力  3 (5)

  運   1 所持マグネタイト数 2200



 仲魔 ・妖精ヴィヴィアン L.v 40

    ・堕天使ビフロンス 34

    ・魔獣カソ 37

    ・聖獣ヘケト ?

・破壊神トナティウ     38

    ・鬼神フツヌシ       53

    ・外道ナイトストーカー   13



                              1/10 完