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「ああああああああああああああ・・・」
剣を思いっきり振り上げると妖精・ゴグマゴグはその長い手で俺の体を捉えようとした。しかしその動作は愚鈍であり、判断力はスルトの足下にも及ばない。
「ヅイイイイイイイイ!!」
振り下ろされた剣は石で出来た巨体をいともたやすく両断し、焼いた。しかしその瞬間、後ろからものすごい熱気を感じると振り向かずに横へと跳ねとぶ。数瞬前に俺がいた場所が炎のブレスによって黒くただれた。
「ヤマタノ・・・オロチ・・・!」
アナライズ・アイはこの十何メートルもある巨竜を赤く捉えた。
だが、所詮はでくの坊だ。
「動きがトロいんだよ!」
大した連携力もない八つの首は、みな自分勝手に炎を吐いたりかみ殺そうと蠢く。
人振りで二つの首を落とし、さらにかみ砕こうと口を開けて襲いくる首に剣先を食べさせる。そのまま首を水平に切り裂き、いったん距離を取る間際に大きな右前足を切り崩す。
[GYUUUAAAAAAA!!!」
狂い猛った竜は大した動きもできないまま闇雲に火を吹き散らした。
「俺が余分なものを取ってやる・・・」
もはや俺の動きに対応できないオロチの首は、まるでカステラを切るかのように何の抵抗もなく切り落とされた。落とされた首は炎に包まれ光に消えていく。
しかしさらに背後から気配を感じた。
[GUUUUUMOOOOOO!!」
「な!くっ・・・そ!」
後ろから急に現れた悪魔は巨大な鬼・グレンデルだ。遅すぎる体当たりは不意をついたはずの俺をかすめもせず、そのままヤマタノ(今はニマタになっているが)オロチに直撃した。
「ろくに頭も使わずにぃぃ!!」
地面を力一杯蹴ると背中を向けているグレンデルに思い切り振りかぶった。
「でしゃばる・・・ナ!」
刃の根元で力の限りにおろした刃はグレンデルはおろかオロチの体をも切り裂き、二体の悪魔は絶命した。
「はあ・・・・ハ・・・くそ」
二体の巨躯がドス黒い液体を体中から噴射させながら、光えと帰っていった。それをオレは真冬の焚き火みたいに見つめているしかなかった。
(・・・・・・・・)
もう冬休みに入っていた。訓練はクリスマスイヴから三が日まで休みに入っている。祝う人間もいなければ祝う必要もない正月は俺にとって苦痛以外の何物でもなかった。シーアークに向かう途中のバスの中も楽しそうな家族、恋人、夫婦。笑顔に包まれていた。
そして俺は何の成長もなく、相変わらず自分の鬱憤のためだけに十階にいた。
(弱者には・・・強者には・・・!)
ここの階だけは広い空間になる。今までの階と違って高さが十メートルは軽くあるのだ。だから人間などここにいる悪魔にとって小人にしか感じない。
もっとも、そんな小人に悪魔は朝九時からやられっぱなしなのだが。
「う・・わああああああ!!」
!?
「あの声?まさか!」
全力で声の方に走ると、一見だけでは理解の出来ない光景が映し出されていた。
妖魔・ヴァルキリー、妖獣・フェンリル。そして・・・・
「根倉・・・?!、おおおおおおお!!」
俺の怒声に気づいた巨大な獣のフェンリルは、よくもまあこれだけと感心するほどの牙をむき立てると、獣特有の跳力で俺に襲いかかってくる。
「チクショウふぜいが!」
一瞬だけ早く俺が剣を振るうと、見事に白虎の様な獣の頭部がバチン!というゴムの切れた音を鳴らし吹き飛んだ。炎に包まれると目を見開き俺を見たまま光へと帰る。
「あとは!って、・・・?」
なんか不思議な光景だ。ヴァルキリーという悪魔も根倉を襲っているかと、そう思ったのだが・・・
「・・・何してる?」
「え・・・怪我してるから、手当を」
「・・・・・・・」
確かにそれは、手当だった。ヴァルキリーとは馬に乗った女騎士だ。馬という高速性と卓越した剣技で敵を葬る、妖魔の中では最高クラスに位置する悪魔だ。ランクも4#ほどで、破壊神であるトナティウとも互角以上に戦えるだろう。
だがそんな強さを持った騎士も、いまは瀕死にあえいでいる。二刀流である彼女の剣の一本は完全に砕かれて、残った一本もまた刃こぼれが激しい。悪魔の武器は時間が経てば自動的に再生を行うが、今のヴァルキリーにその時間はない。体中の鎧もひび割れ、騎士服が所々赤く染まっていた。極めつけが下腹部の傷だろう。深くえぐられたその傷が今のヴァルキリーの動きを殺し、根倉をも消費させている。
「若きサマナー、何故私を助ける。私が女だからか」
「わからない。ただキミを見たとき『助けなきゃ』と思った。だから助けたんだ」
「い、いらぬ世話を・・・ぐう」
そう言えば馬がいないな。ヴァルキリーは馬との連携があって初めてその真価を発揮するというのに。
「馬がいないな」
「ボクが見たときにはもういなかった」
オレの言葉を聞いたとたんに無念そうな顔がこちらに向けられた。
「あの忌まわしき獣に、一瞬の隙をつかれ・・我が愛馬は首をもがれた・・・・」
ヴァルキリー(の上の部分)は心底悔しそうに俯いている。地面に刺された剣の柄を握っているが、うなだれているようにも見える。最後の言葉はかすれて聞こえないほど、声は後悔に震えている。
「このままあの獣に喰い殺されれば良かったのだ。誇りあるヴァルキリアの名を汚したのだ、私は。主オーディンより授かった駿馬を失い、おめおめ生き恥をさらすとは・・・」
「あー、もう!シャキっとして!」
ようやく傷の手当が終えた根倉が、背中を叩いて立ち上がった。根倉の情けない眉毛が彼の目を区切った。
「大切な馬が死んだのは悲しいけど、今キミは生きてるんだ!だったら生きて、死んだ馬の分まで頑張らなきゃ。それとももう、自分の使命は終わったの?死んで馬にあったとき胸を張って威張れるの?」
「だがもう馬のない私は本来の力を発揮できない・・」
「だったら!」
根倉は情熱的にもヴァルキリーの両肩に自分の手を置き、顔を目前まで近づけた。悪魔である彼女、にだ。
「戦いに生きて、誇りを感じているなら、戦って死になよ!死んで後悔しても遅いんだ!死んだら、何もできなくなっちゃうんだよ・・・バカ・・・」
「・・・・・涙・・・」
悪魔に涙を流すサマナーなんて、初めてみた。俺も驚いているが、もっと驚いているのは命を救ってもらったヴァルキリーだろう。
「すまない・・・私としたことが・・・」
「命は、1つしかないんだから・・・」
恥ずかしそうに涙を拭っている。恥ずかしいなら最初から泣かなければいいのに・・・と思ってしまうのは場違いなんだろうか。
「命を救ってもらったばかりか、大切なことを説いてくれた礼、返さねばなるまい・・・」
今まで俯いていた悪魔は唇を強く占め、目を細めた。何か強い意志を感じずに入られない気を感じた。
「・・・え?」
「あ・・」
と言う間もなくヴァルキリーの体が光に包まれ、その光は1つの大きな球体となった。
悪魔が仲魔になるときの、忠誠のあかしだ。
「騎士は礼に対し恩を返すもの・・・」
「え、でも、ボクはキミよりずっと弱いのに・・・?」
「馬無き騎士は本来の力を発揮できぬ故、あなたにでも従うこと、否無し。それに我が主も礼には全霊をかけ恩を返せと仰せます」
「・・・・・」
「さっきのあなたは私を遙かにしのいでおりました、心の強さにおいて・・・私は戦いの女神、妖魔ヴァルキリー。あなたを全身全霊お守りいたします・・・」
「あ・・・」
光はゆっくりと移動し、左手でしっかり抱えている辞書の中に吸い込まれていった。キ・・・ンと言う、耳鳴りみたいな音が響く。悪魔を仲魔にしたときになるものだ。
「ウラベさん、ボク・・・」
目を赤くして、情けなさそうに首を傾けている根倉がいる。半ば放心状態と言ったところか。
「待った・・・・まずは外に出よう。話はそれからだ」
倒した四体の悪魔が残していったものを回収すると、足取りも速く、と言うか逃げるようにホテル・シーアークから出ていった。
ホテルシーアーク内で唯一内部から連絡が取れる場所『ターミナル』。次期情報都市政策の一環として作られたソレは、公衆電話をさらに発達させた情報伝達手段としてよく使われている。携帯電話によって公衆電話の価値は暴落する古今、一度すべての公衆電話を排除し新しく作り直したある種の施設だった。電話としての機能は当たり前、ノートパソコンなどの接続で高速な情報をやりとりできるようになった。さらにバッテリーの補充、壁は従来の公衆電話と変わらないが格段に広くなり密閉、さらにいい所になると空調つき自販機有りの休憩用の長椅子有りの・・・・ようは格好の休憩場になるのだ。しかもこんな環境を作らせておきながら、ここ天海市の人間は滅多に入らない。入るのは横着な学生か不良ぐらいで、年輩は電話が使いたくとも入ろうとせずに数少ないであろう生き残っている公衆電話を一生懸命に探すのだ。
それはあまりにこの『何でも電話』の操作が面倒なのだ。パソコンをさわっている人間ならば苦労はしないのだが、電源までしか入れられない中年の人層はこの万能機械を使うことは出来ない。学生でもさわれないヤツがいるぐらいなのだから。
そんな暖房の効いた休憩所で、体が温まっている俺と根倉は正月まっただ中に冷えたコーヒーを飲んでいる。
これでテレビなりラジオなりついていれば完璧なのだが・・・そうなれば完全に目的がそれそうだ。せめて有線ならば許されそうだとは思うが・・・
雪が降っていないのがせめてもの救いで、黒のコートを脱いだ。
「あ、あいかわらずハデハデだね・・・」
「まあな。俺は黒しか着ない主義だから」
冬になるとさすがに半袖はきつい。半袖の上に黒のトレーナーを着て、その上から漆黒のコートをまとい、サングラスを掛ける。鏡の前で我ながら完璧だと感心するほど自分が誰だかわからない。唯一の欠点は髪型をジェルでムリヤリ変えるから(とは言っても左サイドをバックに流すだけ)、特に左耳はすこぶる寒い。
「二人とも、新年を迎える人がいないね」
うつむき加減で−−−少し寂しそうな笑みでそう呟いた。
「ボクは今更、里には帰れない。それに、あそこで三が日を過ごしたくないから。とてもつまらない三が日・・・・新年」
きっと今まで自分の過ごした正月を思い出しているんだろう。オレには分からないが、オレにしか分からないこともある。皆それぞれというわけか。
「それに木塔君もね、いちおう唯一の家族のお父さんや、組のみんなと正月を祝っているけど・・・・すぐつまらなくなるんだ、そう言ってた。ほかの組の人達との、意地の張り合いしか感じない正月会みたいのが三日間あるんだ。たまにこぜり合いになってけが人とか死んじゃう人もでるから、怖くてウットーシーだけなんだって」
「そうか」
「まあ、今年は全然怖くないって言ってるけどね。鉄鋼弾で撃たれないかぎり死ぬことはないから気楽だって。ハハハ」
・・・・・・・・・・
静かだ。ヴヴヴヴ・・・と機械の振動音が聞こえるだけで、他は何も聞こえない。
「良かったな、十階の悪魔が仲魔になって。あそこの悪魔は本当に強いから」
「うん」
「俺の戦いを見ただろ。あれぐらいの戦闘力を持ってる悪魔をいきなり仲魔にして。今の根倉じゃ四階の悪魔もろくに相手にしてもらえなさそうなのに」
「はは、弱いからね、ぼく」
ようやく顔から悲しみが無くなった。・・・・・ように見える。感情の起伏のない俺にはよく分からないが。
「運が良かったのか、そうなるように仕組んだのか。だとしたらかなりのプレイボーイだな」
「ち、違うよ!そそんな言い方しないでよ。ボク本当にただ助けたかっただけだから」
ただ助けたかっただけ・・・・か。オレには言えそうもないセリフかも知れない。だからこそ次の言葉が出てしまったんだろう。
「根倉、お前そういうのをなんて言うのか知ってるか?」
「え・・・?」
「悪魔差別というんだぞ」
「・・・・・・」
驚いた顔がまた情けない。何かグロテクスなものを発見したような目で俺を見ている。
「人間の一般道徳でお前は悪魔をはかった。もし目の前が、さっきと全く逆の場合だったらどうしてた?」
「ど、どうしてたって・・・」
「おまえはヴァルキリーが人間の格好をしていたから助けたんだろ?お前は悪魔を人間と混合して考えた。もし他の意地汚い悪魔だったら、確実に殺されていたぞ」
「・・・・・・うん」
そんな悪魔それこそ下の階にごまんといる。たまたま十階の悪魔で誇りを持ち、騙し討ちという安い価値観を持っていない、知的悪魔だから良かったものの。
「ごめん」
「少しは冷静になれよ」
「うん・・・・」
何か会話がなまったるい。暖かい空気がよけいたるさを助長しているのだ。
「一回、ヴァルキリーを召喚してみようかな・・・」
用もないのに召喚される。人間だったらものすごく腹の立つことだが、悪魔はいかなものだろう。別に文句などはないが・・・・聞き直してみた。
「あの片割れを?」
「片割れって・・・なんか、ヒドい」
「同じだ。まあ、忠誠を誓った上での仲魔だから襲われることはないとは思う。根倉も魔気だから大して疲れないとは思うし・・・」
「じゃ、じゃあヤッってみる!」
なんか急に元気になると根倉の辞書(COMP)を発動させる。発動方法は簡単で、ただ手頃なページを開いて気を込めるだけ。その本から光があふれる。俺みたいなドス黒い気ではなく、目を手で覆いたくなるほど(恥ずかしい意味も込めて)キラキラ光る純白な魔気だった。
(・・・・暑いなら脱げよ)
魔気を消耗しているのか暑いからなのか知らないが、玉のような汗が根倉の顔から流れている。見ると根倉はセーターを着込んでいた。マフラーも巻いたままだし、暖房の効いた部屋では暑苦しい。
そんなスターもビックリするようなドライアイス・・・・もとい根倉の魔気が地面に溜まり、そこから甲冑を身にまとった女騎士が現れた・・・・・メチャクチャゆっくりと。
「・・・・遅〜〜〜い」
「や、やた!やったあ!召喚成功だあ」
初めての召喚が成功できたのがよほど嬉しいのか、諸手をあげて喜んでいる。迷惑なのは召喚されたほうだ。呼び出されたのはいいが一体何をすればいいのか困惑している。
まだ喜びも醒めやらない感じだが、自分に向けられる鋭い視線とそれに見合うだけの攻撃的な気を感じるとさすがに落ち着いたらしい。ヴァルキリー(の片割れ)は自分よりも一回りどころか五回りほど力のない根倉に対し、片膝を地面につけ顔を伏せている。
「マスター、ネクラ様、御命令を」
「え・・・命令?」
特に用もない根倉は当然あわてる。
「え・・・と、その・・」
「なんなりと御命令を」
困惑しきった顔のまま無言で俺の方へ振り向く。ヴァルキリーは相変わらず信頼しきった顔で根倉を見ている。
「ど、どうしよう、ウラベ・・・さ・・」
ィィィィィィィィィィィィイイイイ・・・・ンンン!
その『変化』は、そんな和んだ雰囲気の中、突然に起こった。
「な、な!」
「う、うあああ?!」
「ネクラ様!ウッグゥ・・・な、なんだこの力は?!」
悪魔に会ったときに感じるような、そんな直接的な感じではない。かなり遠くから感じるが、まるで間近でその現象を感じるような・・・そう、現象だ。
どこかで何かが起こっている!
「な、何か変だぞ、この感覚はヘンだ!」
「う、ウらベさン、苦しい・・・なんか、息苦しい感じが・・・」
「ネクラ様!お気を確かに!」
「根倉!気を高めろ!だが一気には高めるな、この異常に耐えられる程度に高めろ!」
「う、うん!」
くそ、まずい、まずいぞ!なんか変だ、一体何が起こっている?
(俺はまだ耐えれるが、根倉は時間の問題だ。優しい気がかえって命取りに・・・!!)
−−−!!−−−
そこで俺はもう一つ重大なことに気がついた。
「まずい!根倉、木塔の家に行くぞ!異変でやられる前に!」
「ウ、わかった・・・急ごう!」
そう言うと天海商店街まで走ることになった。元旦は道路がすいているが、肝心のバスが来ないのだ。幸いここからだと木塔の家までなら、バスを待つより走った方が近い。
「急ぐぞ!ヴァルキリーはそのまま出しとけ!いつ何が起こるか分からないからな!」
「うん!ヴァルキリー、もしボクに何かあったら、ボクを守って!」
「お任せを」
一体何が・・・?自分一人なら十分でついたが、根倉の魔気の使い方がおかしいせいもあり、木塔の家の前に来るまで十五分もかかった。
空気が重いのか・・しかし一般人は涼しい顔で歩いているところを見ると、どうも違う。どうやら霊感の高い者だけが過敏に反応しているのか。
この現象は何の突拍子もなく、いきなり起こった。言葉では何か言い難いが、例えて言うなら『まったく力が入らない状態で、溝うちに拳をゆっくり沈められる』感じだ。
(くそ・・・なにか、不愉快だ)
振り向くと根倉が、胸元に手を置き懸命に走っている。ヴァルキリーは歯がゆそうな顔で後ろから(実体化せず、霊体の状態で)ついていっている。
最後の角を曲がると木塔の家の大きな門が見える。門の前にはまだ若い者がほうき片手に掃除していた。
「木塔君の友達です。木塔君に会わせてください!」
しかしそいつは俺達の顔を知らないようで、脅しを含めた表情で睨み掛けてきた。
これはひと暴れした方がいい・・・そう思うほど罵倒されたときのことだった。
「おのれみたいなヤツが坊ちゃんのダチなワケねえだろ、あ?コラ。一回死ぬかオラぁ?!」
言葉も終わらないうちにその男は思いっきりぶっ飛ばされ、壁に頭部をぶつけた。完璧に男は切れたようだが、飛ばされた相手・・・・もとい殴った相手を見たとたんに口を開けたまま動かなくなった。
「坊ちゃんがお待ちです。どうぞ」
「そ、相馬さん!」
「今は非礼をわびるヒマはありません、案内します」
急ぎ足で走っていく相馬を追いかけるように二人は大きな門をくぐることが出来た。
「・・はあ・・ウラ、ベに、ネクラ、か。なんだ?こりゃあ。苦しいンだ・・よ」
「しゃべるな。いま応急処置をする」
布団の中でうずくまっている木塔のすぐ隣でMDを取り出すと、あらかじめ用意してもらっていた袋にマグネタイトを詰め込む。二袋分用意すると、それを根倉と木塔に渡す。
「辛いだろうがこの石を袋の上から気を送れ」
「こ、こう・・?」
「ぐ、ぎぎぎぎ・・・」
何の変哲もないMDから光る石ころが出てくる様は、相馬や心配そうに見ている木塔パパを驚かせたがそんなことを気にしている暇はあるはず無い。
「あ」
「すっげえ・・楽だ・・」
マグネタイトを消費させると、二人はようやく安堵の顔をした。二人のCOMPに今持っているだけのマグネタイトを詰め込むと、ここにいる人間に頭の中を整頓する意味も含め、現在の状況を分かっていることだけを話した。
分かっていると言っても、この不愉快さは霊感の強い者だけが感じることと、天海ポートからここまでの間まったく不快が消えない・・・むしろより気分が悪くなったこと。気分が悪くなるのは原因不明のまま過剰に気が消費されるからであること。
そしてマグネタイトはあくまで応急処置、このままじゃかなりまずいと言うこと。
「多分これは何か大がかりな事件か何かが起きたはずです。相馬さん、分かりますか?」
相馬の方を向くが眼鏡越しから見える彼の目は伏せられ、首を縦に振ることはなかった。
「いえ、今日は午前中は家のもので祝い、夕方より他の組との親睦会でしたので、今日は皆どこへも・・・」
「そう、ですか」
くそ・・・どうすれば・・・
「・・!ウラベ君、これを見ろ!」
「?・・・・あ!」
さっきまでつきっぱなしだったテレビの番組が、急に変わったのだ。
「放送ストップ!?まさか・・」
そうだ!急に変わったわけではない!緊急ニュースが入ってきたのだ。突然のニュースで番組が一時的に中止になり、変わりにキャスターが慌ただしく何かを話している。荒い番組進行の中、現場からの放送に変わったとき、思わず息をのんだ。
「なに・・・これ?」
テレビの音量を一気に上げる。
[えー、先ほど一時二十五分ごろ天海市二上門のビル、パソコンソフト会社で有名なアルゴンビル本社が原因不明の、えー、形容しがたい状態に陥っております。とりあえずはこの映像をご覧ください]
そう言い終わると同時に画像がアルゴンビル本社が写り出された。
「・・・・」
ここにいる人間全員が画面に釘付けになっている。一体何がどうなっているのか、また自分のするべき事は何か。この状況で何が出来るのか、誰もが分からなかった。
木塔と根倉が黙ってこちらを振り向く。
「結界・・いや、何か違う。何か違和感を感じる・・・そう、歪みを感じる。なにかアンバランスだ。不自然と言った方がいいか・・・」
「あれが原因なのは一目瞭然だな。ウラベ、もうお喋りは十分だ。あそこに行こうぜ」
「ボクもそうだと思う。マグネタイトが無くなる前に、どうにかしないと」
どうにか?一体何をどうにかする?
「ファントムが動いているはずだ。大丈夫だと思う」
「・・・・・」
「何言ってるの?そんな場合じゃないでしょ!」
いつになく根倉が絡んでくる。なにか焦っているようだ。自分を苦しめるこの状況が根倉を駆り立てるのか。
「だが、向こうには腐るほどサマナーがいるんだぞ。しかもこんな非常事態だ、危険すぎる」
「でも!」
かなり焦っている。根倉は体を使ってまでオレに訴えている。しかし冷静さを微塵も感じない根倉の説得は、オレを苛立たせた。
「冷静に考えろ!それにこの映像をよく見てみろ、警察が全然出しゃばっていない。野次馬の警備しかしていない。そしてあの異常地帯は背広姿の男どもが写ったり消えたりしている。きっとテレビの映らないところで、ファントムが必死になって調査しているに違いない」
「・・・・・・うん」
「そんなところにノコノコ行って怪しまれたら、それこそ足手まといだ。しかも混乱しているから、中に入れたはいいが中に悪魔がいたらどうする?それに興奮状態のサマナーが見違いで襲ってきたら?そんなと・・・」
あ・・・・・
「ウラベ君・・?ねえ、ウラベ君?ウラベ君!」
「いま、テレビ・・・」
「テレビがどう・・・」
いま、いた。一瞬だけ写った。
(間違いない)
過去一度だけ椿さんから見せてもらったことのある顔だ。あの顔を叩きつぶすために俺は・・・
「テレビに映ってた」
「だから何が写っていたの!ねえ!?」
「フィネガンが、いた・・」
フィネガンがいた。フィネガンが。
(今は混乱している・・・指揮系統も、警備も、何もかも・・・俺がフィネガンを殺しても・・・証拠はない!)
「・・・!・・・」
気がつけば部屋から出ようとしていた。腕を捕まれたことも数瞬気がつかずにいたほどだ。
木塔が、俺の腕をつかんでいた。
「おい、どこいくんだよ」
「・・・・・・」
「どこ行くつもりなんだコラ!!」
どこへ行くだと?そんな事も分からないのか。
「フィネガンを殺す。それだけだ」
「さっきまでの冷静な判断は何だったんだ」
「そんな事知るか。どけ、邪魔をするな」
怒りがこみ上げてくる。今オレの邪魔をしている木塔を俺は激しく憎んだ。魔気が燃え上がるように体から吹き出た。その場にいる人間の顔が恐怖に変わる。
「き、木塔君あぶない!」
「邪魔をするな。危ない目に遭いたくなけ・・・」
「危ねえのはテメエだろ!」
今の俺なら軽く避けられるはずだった。なのに何故、避けない。避けられない。
(・・あ・・)
ガンという鈍い衝撃音が響いた。左頬を力の限り殴られた俺は壁に激突し、そのままめり込んだ。口を切ったらしく、口もとから一筋の血が流れた。その瞬間、ようやく自分が短絡思考の赴くまま行動していた事に気がついた。
木塔の手から血が出ている。魔気でプロテクトされている俺を殴ったからだろう。そのにじんだ血を目で捉えると、頭に上った血が一気に冷めた。
(オレは・・また我を忘れていたのか・・・)
「目、冷めたか?」
木塔が面倒くさそうな顔でオレを見る。
(まさか、あの木塔がオレの興奮を諭すとは・・冷静になったじゃないか)
自嘲気味に笑うと、思わずため息が出てしまった。
(まあ、興奮していない証に気のきいた返事でも返すか・・)
「すこし、な。少なくともお前よりは冷静に慣れた」
「ケ、そいつは結構なこった」
そう言うと木塔は近くにある引き出しを開けると、二つのサングラスを取り出した。さらにその1つを根倉に渡すと、もう一つを自分に掛けて意げに言った。
「よし、じゃあ行くか!」
「え・・・ええええ!」
驚いたのは根倉だ。サングラスと木塔の顔を交互に見て、目を白黒させている。
「顔を隠すのは基本だ。三人で手を組めば、何とかなるぜ?」
「で、でもウラベ君が許すはず・・」
「たとえば三人で組めば、さっきのように暴走しそうなやつを冷静にさせたり出来る。なあ、師匠?」
今までで一番頭を使った嫌みを俺に言うと、不敵に笑った。
もう、知らんぞ。
「・・・勝手にしろ!どうなっても知らんぞ」
「へへ、そうこなくちゃな」
「・・は・はは。よかった、ヴァルキリーが仲魔になってくれて」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、木塔パパが立ち上がった。そしてこう大音声で叫んだのだ。
「相馬、車を用意しろ、大至急だ!」
「わかりました」
「はあ?」
その言葉を聞いたとたんに相馬は部屋を抜け出した。おそらく彼も心の用意をしていたのだろう、一度部屋に戻り 二着の背広を持ってくると、そのまま足音が遠ざかっていった。木塔がその一つの背広を根暗に渡すと、いそいそと二人が着替え始めた。遊びに行くんじゃないぞ!・・・・そう言おうと立ち上がると、俺より一足早く口を開き、
「バカ息子の、初めての殴り込みだ。お前さんも気合いを入れろよ!」
とゲキを入れられてしまった。
(なんでヤクザというのはこうも争いごととか好きなんだ・・・)
手でこめかみを押さえながら、精一杯の反抗をする。
「・・・ファントムといざこざを起こしても知りませんよ」
「キミにもまだ恩を返していない。それに今からだとバスも電車も網が引かれているのではないか?俺なら少しは顔がきく。キミの力になれるはずだ」
そう言うとまたも笑顔を返す。そう、木塔の老けた顔バージョンで、だ。
そして情けなくも結局は車に乗せてもらうことになってしまったわけだった。
・・・・・・・・
「ナイトストーカーを放ちました。暇つぶしにはなりますね」
「すまんなあ、まさかこんな渋滞になるとは思いもしらんかった。堅気は相当暇らしいな・・相馬、どうした」
あれから十五分後、今俺らは車の中にいる。外国産の防弾使用のごっついベンツだ。その中に木塔ファミリーに相馬、さっきどつかれた掃除当番に根倉、そしてオレの五人が所狭しと詰め込まれている。
ちなみに一番肩身の狭い思いをしているヤツは、先ほど相馬さんから鉄拳を食らった掃除君だ。
「いえ、坊ちゃんの顔色が少し悪いかと・・・」
「大丈夫だよ、大丈夫。根倉だって平気だろ・・」
「うん、でも少しきついかな・」
根倉と木塔はオレが作った袋を大事そうに握っていた。確かにあのアルゴンビルに近づけば近づくほど、言い難い圧力に襲われる。
「ビルにだいぶ近づいたからな・・・直樹、大丈夫だな」
「ああ、こんなところでねを上げてたまるか。なんせ俺はスグにスタンドプレーに走るヤツを止めるという、立派な任務があるんだ」
「・・・・・勝手にしろ」
さっきの俺の暴走がかなり嬉しいのか、まだ話にそのことを出してくる。木塔パパまで口元をゆるめている。
目線をサングラスに戻すと、ナイトストーカーは驚く速度で前進していた。もうすでに車で行ける限界の場所までついていた。
「相馬さん、この渋滞キリがないですよ」
「何か分かったのですか」
「はい。偵察用の悪魔を放ちました。渋滞は二、三百メートルほどでもう終わってますが、その先にはもう立入禁止のテープがグルグルに巻かれています」
「そこからの進入は無理かね」
無理じゃないな。オレの力なら、無理じゃない。
「死ぬ気で行けば、警官と戦闘し、警備のサマナーを倒して進入できます。ただしばっちり野次馬を巻き込んで、しかもカメラや写真に撮られますが」
「そういうのって、進入と言わない気が・・・」
根倉が白い目でオレを見る。当たり前だ。ソレをふまえて言っているんだから。
ナイトストーカーは人混みを抜けると裏手に回った。よく見ると本社につながる小さな建物がひっそりと立っていた。どうやらそこは社員の寮らしいが、そこからアルゴン本社には直通と言っていいほどの渡り廊下があったのだ。
「・・・・・絶好の侵入口、発見」
間抜けにもサマナーはおろか警備員一人いない。しかし渡り廊下の途中で歪んだ何かのせいで内部の偵察は出来なかった。それはまるで水たまりの上に油を垂らしたような、奇妙な色合いをしたものが、スッポリとビル一個をまるまる包み込んでいるのだ。
「本社の近くに、社員用の寮があります。そこから侵入してみましょう」
「わかりました。この渋滞を抜けて、適当な人気のあるところで解散しましょう。組長、よろしいですね」
「ウラベ君が言うんだ、それで良い。しかし、寮から侵入など出来るのか?」
確認を取るかのように木塔パパはミラ−ごしにオレの顔を見る。
「寮と本社の間に直通と言っていいほどの渡り廊下があります。そこも変な靄みたいなのが侵入の邪魔をしていますが、出来るだけのことをしてみます」
「まあ、手を尽くして無理だったらシッポ巻いて逃げるのみ、だな」
車はぐちゃぐちゃな道路の中を実にスムーズに(みんなだいたいこの車に誰が乗っているのか分かっているらしく)、あっと言う間にガラガラの道路に出た。
「ただの警備員だったら、おそらくファントムだとでも言えばどいてくれます。同業者、つまりは本当のファントム・サマナーに捕まっても『見習いサマナー』と言えば離してくれるでしょう。ファントムは他のサマナーの顔は全くと言っていいほど知りませんから」
「そのためには、まずは悪魔を召喚しなけりゃならないか」
木塔がにがそうな顔をする。先日の逆召喚攻撃の失敗を思い出しているのだろう。ハッパをかける意味でも木塔に根倉のことを教える。
「ちなみに根倉は召喚バージンをさっき捨てた。あとは木塔、お前だけだ」
「な、なぬ?!根倉お前・・・抜け駆けだぞ!」
「ご、ごめん・・」
根倉があわてて謝っているが、今はそんな場合じゃない。
「木塔には悪いが、いきなりホヤウカムイを召喚してもらう」
「ん・・・ぅええ!!?」
「そう、この前噛まれて大怪我した、アイツだ。竜王・ホヤウカムイ。俺が渡したマグネタイトを使えば大丈夫だ。それに今度はCOMPに所持者も入力済みだし、大丈夫だよ・・・・多分」
「なんだよ、その間は・・・」
そう言っていると、車が停車した。目的地に着いたのだ。
すぐ目の前に、俺らの目指してある寮があった。
「最後に確認しておく」
車の中が静かになる。みんな真剣な顔つきだ。先ほどどつかれた掃除君まで真剣な顔をしていた。
「車から出たら、一直線で寮まで走る。さっきも行った通り、警備員にはファントムだと名乗り、ファントムには見習いサマナーだという。そして渡り廊下まで行き、いろいろ調べ、最後に力任せの攻撃でびくともしなければ撤収」
「俺と相馬はここにいる。いざとなったら君らに迷惑掛けたコイツが時間稼ぎするさ」
木塔パパの目線の先のは、さっき俺らを散々コケにした男がいた。歳は二十歳前ぐらいか、どうやら話を聞いたらしく、妙にかしこまっていた。
「それから、この状況で最も気を付けなければいけないこと。ファントムサマナーの中でもナンバー6の地位にいる男に気を付けてくれ。名を椿と言うが、相当の腕だ。実際の所はこの男が副指令のようだから、絶対に素顔や素性を知られないこと。その男は俺と同じで上下を黒でそろえ、ストレートの髪を腰の辺りまで伸ばしている。そして最後に、木塔」
「なんだよ」
「これを首に巻け、赤マントだ」
そう言って首に巻いたスカーフをはずすと、木塔に手渡した。何か貴重なものを持つかのようにしている。
「中に入ったとたんに命の保証はない。赤マントにはお前を基本として根倉も守らせる。」
「お前は?お前はどうするんだよ!」
「まあ、根倉はヴァルキリーがいるから死ぬようなことはないが、お前のホヤウカムイは獰猛だからな。ちなみに俺は生き抜く自信がある。根倉なら・・・分かるな?」
「うん、僕、十階のウラベさんの姿見たからね」
渋々スカーフを付けた木塔は、自分のケータイ型COMPを持ってそれをじっと見つめていた。
「二人とも、サングラスを付けて・・・ナイトストーカーが付近を偵察している。俺が合図した瞬間に、全力で寮へと走る」
「ああ、いつでもいいぜ」
「ぼくも・・・」
・・・・・・・
「いまだ!」
車のロックが外れ、それと同時に三人は走り出す。
だが、こんな漠然とした目的もない行動が、まさか結果を生み出すとは思いもしなかった。
続く。
卜部 凪 Lv 47 ITEM・不詳の刀 ・赤いスカーフ ・D−ショック
・シルバーアクセサリー ・アナライズ・アイ
・暗黒剣レーヴァテイン
力 25(50) 生命エネルギ 800(4000)
速力 25(47) 総合戦闘能力 630(3510)
耐力 7(13) 総悪魔指揮力 47%
知力 10(16) 悪魔交渉能力 31%
魔力 3 (5)
運 1 所持マグネタイト数 500
仲魔 ・妖精ヴィヴィアン L.v 40
・堕天使ビフロンス 34
・魔獣カソ 37
・聖獣ヘケト ?
・破壊神トナティウ 38
・鬼神フツヌシ 53
・外道ナイトストーカー 13