[Dreams]



「う・・ん」



・・・・・・・・



 目を覚ましてこの現状を把握するのに、多少の時間がかかった。

(そうか……おれ、今日は木塔の家に)

 今日は目覚めがいい。体を起こしてみた。

 そして驚いた。

「あ、ウラベさん、おはようございます」

 根倉がオレより早く起きていたらだ。すでに布団を畳んで朝いちからまた木塔の世話をしていたのだった。

「根倉………お前、今まで起きてたのか?」

「だとカッコいいんですけど」

 鼻の頭をかくと、苦笑いを浮かべた。

「実は一時間ほど前に起きたばかりです。さすがにボクも気が空っぽになってしまって、五時間ぐらい寝ちゃいました。いま血で染まった符を洗っているところなんですよ」

「そうか………」

 そして立ち上がると、見知らぬ男が一人。オレと目が合うといきなり頭を下げてきた。

「相馬と言います。このたびは坊ちゃんの手当、有り難うございました」

「相馬さんはボクとも顔見知りなんだ。木塔君のお目付役だから」

「そう………」

 MDはマクラもとにあった。とりあえず大切なものは身につけなければ………そう思い身支度をしていると、相馬と名乗る人が話し出した。

「いえ、わざわざ振り向かないで結構です。組長からの伝言ですから」

「はあ……」

 再び相馬に背中を向け、身支度をし始めた。もちろん耳は相馬の方を向いているが。

「君たちには本当に世話になった。が、もうすこしだけバカ息子のそばにいてやって欲しい。学校からは俺から連絡しておく。何か欲しいものがあったら相馬にでも言ってくれ。P.Sウラベ君、キミは強い。だがどうしても自分一人の力ではどうにでもならないときは遠慮なく言ってくれ。息子の命の恩人であるキミに力になろう――――と」

「そう、ですか」

 俺の力に、か。俺なんかのために………

「教育係である私も、出来るだけ協力します。とりあえずまずはお食事をお持ちしますので、お二人は顔を洗われてください」

 根倉を見ると二人分の即席用歯ブラシセットを手に持っていた。用意がいいことで。

「洗面所は………」

 場所を教えてもらい、二人で顔を洗いに言った。途中に若い組の人間にあったが、

「おはようございます!!」

 と元気な声で挨拶されてしまった。洗面所に着くと新品の歯ブラシの封を開け、チューブから歯磨き粉を練りだし、歯ブラシに塗りたくる。

 二人とも無言だった。話すこともせず、ただ黙々と歯を磨き、顔を洗った。

「………」

「………」

 シャコシャコシャコシャコ……………

「…………」

「…………」



・・・・・・・・



「お食事はここにおいておきます」

 相馬という男はそう言って部屋から出ていった。

「豪勢な飯だな」

「そ、そうだね。なんか、旅館に泊まったときに出るご飯みたい」

 一品一品が飾り付けされてれて、入れ物も漆が塗ってあり高級感を匂わせる。まさに『お客様』扱いだな、この一食でオレの一日分ぐらい食べていけるほどだ。

「卵巻きにかまぼこ、鮭の切り身」

「生卵と味付け海苔ですね。なんか純和風というか、なんとも……」

「温かいご飯にみそ汁、か」

「あ、いい匂い………」

 箸を割って早速いただくことにした。朝飯をまともに食べるなんてさしぶりだ……

「あ、ぼくもいただきます」

 卵を割ってお椀に入れ、醤油を少したらした。そのままとぐとご飯にかける。大してご飯にしみ込んでいないと言うのに、そのまま口に入れた。

「こんな温かいご飯食べるの、久しぶりだなぁ」

 根倉が幸せそうな声を上げる。そんな言葉に対した意味合いも感じもせずに、適当な返事を返した。

「へえ………」

「……………」

 思った通り鮭が塩辛い。昔から思っているんだが、なぜ卵があるのに鮭を辛くするのか。食を進めるのは分かるが卵がある以上、水で辛さを薄めるしかないのに。

 目の前の食べ物に注文を送っているとき、ふとなにか視線を感じた。顔を上げると根倉がこっちを見ていた。

「ウラベさん、聞かないんですね。どうしてボクがこんな事を出来るのか……」

「『こんな事』、か」

……興味はある。あるがオレには大した興味がもてない。問題なのはどちらかと言えば木塔の方だろう。

「でもどうせならお前の力のことだけより、なんで木塔が俺を襲ったかも一緒に聞きたいものだね」

「・・・うん」

「でも」

 手に持ったお椀に口を付ける。

(みそ汁が美味しいな………)

 オレはお椀を大層なお盆に置き、根倉に語るように言った。

「その前に飯を食べてからだ。その後にゆっくり聞かせてもらうよ」

「そうだね。まずは食べなきゃ……」

 卵巻きが美味しい。温かいみそ汁なんて何年飲んでなかったか。



・・・・・・・・



「ボクね、出雲の国に生まれたんだ………あ、今の島根県ね。そこの山奥で生まれたんだ。ボクの家は代々優秀なサマナーを生み出していてね。『根倉の所』っていうんだけど、何十人って門下生がいて、ファントムともつながりが少なからずはあるんだ。ボクはそこの四人兄弟の三男として生まれてね。跡取りは兄さんに決まっていたけど、次女と四女だったから、いつも兄さんと比較された」

「…………(この鮭、本当に辛いな)」

「ボク、天才なんだって。だってウラベさんと同じ魔気を使えるから」

「…………へえ」

 確かに木塔に送っていた気は少し色が違うものだった。しかし俺のとも質が違う。

「ライトニング、と言う魔気か。初めてみた」

「ボクは名前まで知りません。でも…………」

 次に発した言葉は、まるで搾り取るようにかすれた声だった。

「ボクは逃げ出しました」

「逃げた……?」

 目を細めて俯いている。

「みんなからは天才だと言われ、兄や親からは厳しくされ、門下生達からは妬まれて。二十歳までの約束で、ボクは半分逃げるように上京してきたんです」

「でも自分の中じゃ、本気で逃げてきたと」

「はい。朝から晩まで修行修行、もう…よくわからなくなっちゃって」

 変な苦笑いを浮かべている。苦くマズイものを飲まされながらも、必死に笑顔を返そうとするような懸命さを感じた。オレにとっては全く無駄なモノだったが。

「学校に行けばみんな面白そうな話しているのに、ボクだけ修行。だからおじさまに相談して、十五の時こっちに来て、それで木塔君と友達になったんです」

「上京して最初の友達が木塔ねぇ…」

 なにか間違っているような、目的に反れた友達のような気がする。

「ぼく、元々明るい性格じゃないから。木塔君は中学校の時から不良だったけど、友達になってくれたんだ。だから一緒に遊ぶこともあるし、ここ(木塔邸)の人と一緒に遊ぶうちに、麻雀とか花札とかも教えてもらった。本物の拳銃も触らしてくれたんだ」

「危ない薬とかは………?」

「白い粉を渡そうとした人、木塔君にボコボコにされちゃった」

 なんかヤクザの息子と友達になったのに、やけに健康的だな。

「でも………」

楽しそうに話していた顔が急にかげる。

「木塔君って結構ね、頭イイんだよ。ここに入ったのも何となくで、ボクが入るから『ここでイイか』って感じだった。まあ、家から近いというのも理由の一つだけど。だけど高校入っても、結構同じ中学校の人とかいて、木塔君の家のこと話しちゃって………先生も見下したような目で見て………木塔君何もしてないのに………」

「まあ、センコーなんてそんなもんだな」

 先生なんぞに過剰な期待をしてはいけない。こちらが大馬鹿を見るだけだ。彼らも人間だし、血のつながりもなければ接点もクソもない。アイツらは『学』の教育が仕事であって『心』の指導は専門外だ。頼る自分が場違いなんだ。

 しかし木塔にオレのような考えが少しでも分かればこの事件は起こらなかっただろう。

「だから、ウラベ君を憎んだんだ」

「…………………ん〜〜…………………………………はい?」

 話の流れを頭の中でもう一度整頓してみた。何でクラスのヤツやセンコーに冷たくされて、俺を憎むんだ?

「あ、ゴメン、少し話がとんじゃった」

「…………」

 トンでるのはお前の頭だ……と視線で伝える。

「みんなが木塔君を避けているのに、桃木先生だけは違ったんだ。学校に来ない木塔君を家まで行って説得したんだ。今度遠足があるから来てねとか、バレー一緒に頑張りましょうとか。普通は来れないよ、怖くて」

「ここ一体を占めている大ヤクザの本店だからな。お前は自由に出入りしてるケド」

「ぼ、ボクはよく出入りしてるから………木塔君ね、口じゃ先生のこと「うるせえババア」とか、「余計なお世話だ」とか言ってたんだけど、本当は嬉しかったんだと思うよ。桃木先生の授業がある日は学校来るようになったし、前より尖ってないし」

「何となく分かってきた」

  なんか気まずそうに根倉が俯いている。

「木塔君、桃木先生のことスキなんだ………と、思う。遠足の時も先生が欲しがってたまんじゅうを買ってあげようとしてたし、バレーの時も先生にかっこいいところを見せたかったようだし」

「じゃ、バレーのとき、おまえがあんなに頑張ったのは」

「うん。勝ちたかったけど、それ以上に木塔君の足を引っ張りたくないから」

 う〜〜〜ん、けなげだ。男には不必要なほどにけなげだな。顔だって思いっきり優男だし。いっそ女に生まれた方がよかったかも知れないな。

「でも、結局バレーはウラベさんの作戦とスパイクが大きく取り上げられてさ。遠足の時も帰りのバスの中で食べてたまんじゅう、あれウラベさんがあげたんでしょう?その日は木塔君、まんじゅう買えなかったし。バレーのとき自分が脇役になったもので、落ち込んでたんだ。だから夏休みのとき、ついしゃべっちゃったんだ。「ウラベさんはサマナーで、サマナーとしてバレーをしたんだ」……って」

「それでこの様か。お前ら、バカ」

「まさかこんなに怒るなんて思わなかったから………ごめん」

 全く、最悪だ。色恋沙汰でボケた木塔が、結局一人で暴走して自分でコケただけじゃないか。

 ・・・・・・・・・・

 外で蝉の声がする。空調も効いているし、騒音も聞こえない。

 本当に静かだ。

 さっきから根倉の気を見ているが、どうも見にくい。

「気を押さえるのも教えられたことか?お前の気は一般人のそれと見分けがつかない」

 根倉は温かい笑顔で首を縦に振った。

「うん。バレー部顧問の先生をやっつけたときも、悪魔ははっきり見えてたんだ。でもね、ぼくはそれを非難する資格なんて無いんだ。それに、ボク、ウラベさんのこと尊敬してるし………」

「だから別に尊敬する必要無いって」

 俺は尊敬されるような人間じゃないから。

「だって、ウラベさんボクと同じ歳なのにすごく強くて、ボクが知ってるどんな門下生よりも、たぶん兄さんよりも強いんだよ。なのに全然威張らないし」

「威張れるほど立派じゃない」

「でも、悪魔といつも戦ってるんでしょ?大怪我したり噛み付かれたり、怪我だっていっぱいしてるのに。なのに戦ってる。ボクはそれがイヤで家から逃げたのに………」

 根倉は右手で左腕を握った。目が少し鋭い。実家にいた頃のことでも思い出しているのだろう。

 でも、それはあくまで外面的な痛みだ。刻がたてば薄れ消えていく。裂かれた心と違って。

「確かに怪我すると痛い。血は出るし、意識は遠のきそうだし。でもな、怪我をしてもそれ以上に悪魔を倒す、このことがオレを興奮させ、満足させるんだ。自分の忘れられない過去に対して八つ当たりするように悪魔を殺してるんだ。だから尊敬する必要もない」

「………ごめん、また過去の話をさせちゃって」

「気にするな」

 近くのお茶を取ろうとしたら、根倉が変わりにお茶入れを手に取り汲んでくれた。なんのことはない、ただの麦茶だ。



「ウラベさん。一つ聞いていいですか?」

「どうぞ」

 コップを口でくわえたまま視線を上げた。手を使わずに残ったお茶を飲んでいるのだ。

「ウラベさんは、その………桃木先生をどう、思っているのかなって……」

「どうって?」

「えっと。もしかしたらウラベさんも、スキなのかなって、先生のこと」

 何も言わず白い目を根倉に向ける。何か照れているような顔をしているが、いったいこのバカは………

「お前、バカ」

「ご、ごめんなさい……!」

 生まれてこの方誰も好きになったことなど無いのに、よりによってあのアホのことを好きになれるわけがない。頭を痛めさせる原因にならば、もうなってはいるが。

「二十一の女が十六のガキを相手にするか。だいたいもうあのアホには彼氏がいるんだぞ」

「そ、そうなの!」

「ホントかそれ!うっぁ………いてぇ……」

「あ……木塔君、おはよう」

「……………」

 さっきまで寝ていたはずの木塔が驚いた顔でオレを見ている。どうやら狸寝入りしていたようだ。間抜けなのは怪我をしているのに驚いて飛び上がったことくらいか。

 しかし次の瞬間、自分も間抜けになってしまったことだった。

「おいウラベ!なんでテメエ彼氏がいること知ってるんだ!」

「あ、そう言えばそうだね」

「しかも桃木先生のことをアホ呼ばわりしやがって」

 やぶ蛇だった、と後悔したときにはもう遅い。言い訳が出来そうな雰囲気じゃなかった。だからといって本当のことが言うわけには行かない。椿さんとの約束もあるし、それに……

「だんまりか。別にいいぜ、だったら桃木先生をずっと尾行すれば彼氏のツラを拝めるしな。そんでもって気にいらねえ男だったらぶん殴ってやる!」

「やめろ、彼氏もオレと同じサマナーなんだぞ!って………あ……」

「そ、そうなの、ウラベさん、そうなの!?」

(しくじった………!)

 もう無茶苦茶だ。あわてて口を閉じたが後の祭り、もう隠し通すことは出来ない。いや、隠せば隠すほど危険に足を突っ込むタイプだ、木塔というやつは。

「だったら尚更放っておくわけにはいかねえ!」

「ウラベさん、何かヘンですよ。何で隠すんですか?」

 もう椿さんとの約束も守れそうにないな………

(教えないと、これまでの治療がすべて無駄になるか。死んだら木塔の親父さんに悪いもんな………)

 ため息が出た。

「なぜオレが担任にこびり付いているのか、教えてやるよ」



 オレは桃木千秋に対するファントムの見方について、そしてオレの知っているファントムという組織についてを、何の隠蔽も無しに説明した。ファントムサマナーである米田という男の情報漏洩の可能性。その漏洩にオレのクラスの担任、つまりは桃木千秋もついでに容疑が掛けられていること。米田という男がファントム天海支部のナンバ−5であり、かなりの実力である(これは嘘の情報)こと、トップクラスのファントムサマナーが次々と消され、今この天海市は不安定な状況であること。

 そして最後にサマナー、特にファントムサマナーは殺しのプロだと言うこと。

「今は天海市だけじゃなく、舶用市―――特に舶用町も危険なんだ。だから尾行なんて馬鹿な考えは………」

「ふざけんな!桃木センセーがスパイなワケねーだろ?!あんな優しいセンセーがスパイなわけねえ!」

………………あいかわらず直情的だ。情熱的という意味で感心する。

「感情で物事を決めつけるな。性格や口調はいくらでも誤魔化せるからな」

「てめえ!センセーが……いてえ!」

 今にも、というかもう掴みかかってきた木塔の腹部を軽くこづく。彼は腹を押さえ、面白いようにベッドで転がっている。

「ぐおおおお………てめえ………いってぇぇぇぇ……」

 目に涙を浮かべてオレを睨んでいた。もちろん俺の方は無視だ。

「個性と無個性を使い分ければ、知り合いだって騙せることが出来る。逆にこうやって優等生ヅラすればサマナーをやっていても、同業者に見つからなければバレることはない。諜報員の基本だな」

「うん、確かにボクも最初は目を疑ったよ、あのウラベさんがこんなに強かったなんて」

「くそ、わかったよ………いっ痛ぅ……でもくやしいぜ。センセーの無実を晴らすこともできないなんてな………」

 それもオレは同じだ、と言いそうなのをこらえた。少しでもアホに対して心配な素振りを見せると、またカン違いされてしまうからだ。

「力になりたくても、下手に動けば桃木先生まで疑われるもんね」

「だからそれ以前にお前らがファントムに捕まって始末されるぞ。さんざん薬漬けにされて、情報を搾り取られた後に、だ」

 三人とも、それぞれ思い思いのため息をついた。

「だが、オレの見たとこあのアホはスパイじゃないな。そう思う」

「え、ウラベさんもそう思ってくれるの?」

「だからウラベェ、テメ桃木センセーをアホって言うんじゃ…………ぐおう!」

 さっきよりも少し強めに腹を叩くと、さっきよりも激しくベッドの上を転がった。

「この依頼を頼まれる前に、実はとある場所であのアホと会ったんだ」

「え、どこ?」

 そんな事、言えるワケ無いだろう……と目で合図した。向こうも少しは分かったらしく、黙ってくれた。

「だから、とある場所。まあ、いろいろな意味で危険な場所だ。そんな命の保証もないところに来て、そのアホカップルは何しに来たと思う。『自分の強さをオレの女に見せてやるために連れてきた』って誇らしげに答えるんだ。バカだろう?自分の彼女を危険な場所………つまり悪魔が出る場所、とそれぐらいならいいか。そんな場所に連れて行くんだぞ?命の保証もない場所にな」

「だからって先生がスパイじゃないって………」

「そ、そうだぞぉ……イテェ………」

 木塔はこづかれた場所を手で覆いながら、痙攣している。さっきと違うところは脂汗が浮かんでいることぐらいかな。

 話を元に戻した。

「あのアホの顔が引きつってたからな、たぶん無理矢理連れていかれた―――というのが本音だろう。ただ彼氏の手前、後でどんなことされるか分からないから…………引きつった笑顔であわせてたけど。多分、正直別れたいんじゃないのか」

「じゃあ、待てば破局になるかもな!」

 そこで、またもオレは水を差す。余計なことを言って木塔を興奮させたくはないが、くぎを打っておかずに暴走するのはもっと御免だ。

「ただ………ファントムの中でもトップクラスのサマナーだし、下手すりゃ殺されかねないからな。殺しても今の裁判じゃ無罪確定だ、なんせ凶器がない。言いなりになるしかないのも現状だ。しかも相手は平気で組織の規律を破るから………………」

 いやな予感がする。何かオレの中で警報が鳴っているんだ。

「おい、なんでそこで黙るんだよ!」

「ウラベさんが黙ると、なんか不吉な予感が・・・まさか何かまずいことでもあるんですか?」

 そんなめちゃくちゃなヤツがもし組織に追われ、追いつめられたとしたら………?

「いや、たとえアホがスパイでなくても、米田が組織に始末されることになっても、ちょっとヤバいかな〜って………」

「せ……説明プリ−ズ」

 オレは何となく嫌な予感を感じつつ、引きつった木塔の言葉に説明を開始した。

「もし組織の追っ手から逃げるためにアホが犠牲になったら………自分の命惜しさのために………」

「先生が追っ手の足止めとか、そんなことしたら…」

「米田に殺される前に、組織にスパッ………って……」

 ・・・・・・・・・・

「だーコノヤロー!なんで不吉なことばっか言うんだてめーー!!ブッ飛ばすぞ!」

「き、木塔君落ち着いて。傷にサワるよ!」

「うるさいからサワっておこう」

「くはあ!」

 今度は少し優しく、違う場所を二カ所こづくと腹を抱えて転がり始めた。

 なんか、おもちゃみたいだ。

「なんか、八方塞がりって感じだね」

 気の抜けたような声で根倉が言う。

「組織だって能なしじゃないさ。始末する手順だってちゃんと考えるだろうし。それにサマナーだってただの人間だ。面と向かって挑むだけが暗殺じゃない。大丈夫だよ、多分」

「だといいんですけど」

 何となく尾を引いている根倉の肩の上から涙目の顔がいきなり現れた。ちゃんと脂汗もかいている。

「グオオ…で、でもよ、ウラベ。お前が言ってた桃木センセーはスパイじゃないって言葉、信じるぜ」

「そいつはどうも」

「だからよ、頼むよ」

 何とも情けなさそうな顔がオレに向けられる。倉庫であった時の顔とは正反対だ。自信のカケラも感じない、もっともソレを砕いたのはオレだが。

「昨日襲ったのは悪かった、反省してる。だから桃木センセーをいざとなったら助けてくれよ。俺らも出来るだけサポートに回るからよ。な、根倉」

「うん。そうだね。桃木先生、イイ先生だから」

 はっきり「俺の権限じゃどうしようもない」と言えばそれまでだが、さすがに言えなかった。気分は3年B組ナンタラ先生だ。

(あんなアホのくせに、全く何処がいいのか………)

 その真剣さに敬意を示し、オレも真剣に話題を変えようと努力してみた。

「ま、できるだけがんばるよ。木塔の惚れた『お姫さま』のためにね」

 そう言うと根倉がパッと顔を晴らし、笑いを越えるように下を向く。

「な、なに、何いってやがる!おまえ、フザけんなぁ」

「まあ、ドモるな。落ち着け」

 木塔の顔が見る見る赤く染まっていく。隣じゃ根倉が肩をわずかに震わせている。

「ケッ、あんなセンコー、どうでもいいけどよ、アイツは舶学の中じゃまともだから、生きてて欲しいんだよ。それだけだ、カン違いするな!」

「だってさ、根倉」

「うん、そうだね。生きてて欲しいもんね」

「そうだよ、それだけなんだよ……………」

 そこで一息つくと、特に何も言わなくても休憩タイムに入った。根倉がコップにお茶を汲んでいる。まだ木塔は顔を赤くして何かブチブチ言っている。

 時計を見ると十時を越えていた。

 さて、これからどうしよう………と思った矢先のことだ。

「あのよ、ウラベ。おれ、サマナーになれねえかな?」

 全くの唐突的であり、なおかつ無謀で短絡的で、直情だ。あえて聞かなくても訳は分かるが、一応聞いてみた。

「これまた急だな。どうして」

 昨日あれだけ痛めつけて悪魔の恐ろしさを教えたはずなのに、全く懲りていない。

 大した性格だ。

「強くなりたいんだ。それによ、もしかしたら、桃木センセーを助けられるかも知れない。いや、自分の力で助けたいわけじゃないんだ。ただ、今は少しでも力が―――ファントムに一瞬でも対抗できる力が欲しい」

「一瞬で何が出来る」

 一瞬で一体何がしたいのか。これをネタにまた話を逸らしてやろう、そう思っていた。

「一瞬のスキで人が死んじまう。お前が一瞬のスキをつくっちまったとき、オレがその一瞬を埋める。オレはお前の支援以外しないから。頼む」

 なんとも意外な返事に少しがっかりした。もちろん話もそらせない。

「………」

 たぶん木塔のことだから、自分がどれだけ馬鹿げた願いをしているか、分かっているだろう。昨日の戦闘で悪魔との殺し合いの恐ろしさが分かったはずだし、修行もしていない体で悪魔を召喚する辛さも知ったはずだ。そして何より、けっして悪魔が自分の思い通りに動かないことを身をもって分かったことだ。

「ぼ、ボクも一緒に修行するよ。そうすれば、木塔君が冷静じゃなくなってもボクが止めれるから。それに、ボクも訓練はしてあるから足手まといにはならない」

「………」

 こいつらには待っていてくれている人がいる。一人じゃない。死ねば悲しんでくれる人がいる。こんな危険な道に引きずり込むわけには………

「私からもお願いします。坊ちゃんを鍛えてあげてください」

「そ、相馬。おまえ……」

「失礼ですが立ち聞きさせてもらいました。ウラベ様、どうか坊ちゃんを鍛えてください。教育役の私からもお願いします」

 教育係の相馬さえも、二人の見方をしている。これでは断ることもできない。せめてここに椿さんがいれば……と、他人任せな事を考えたりもする。

「危険なんですよ。命の保証なんて無い世界なんですよ?」

 そう言えば少しはひるむだろうと思ったが本場のヤクザはさすがだ。肝が据わっている。

「狭義の世界に、命の保証などありません。より強くなって欲しいのは、みんなの願いでもあるのです。昨夜あなたが倒した十人は、うちの組の中でも抗争用のいわば兵です。私は悪魔の力はよく存じませんが、あの鍛え上げた十人を一分たたずに倒すなら、是非とも坊ちゃんにもその『悪魔の力』というのを教えて欲しいのです」

「相馬………いいのか?いつも小言ばかりのお前が……」

 たいそう驚いている木塔のまぬけ顔が、相馬の方を向いた。オレも心の中でそうだそうだと反論する。しかし相馬の考えは変わらなかった。

「いつファントムと争うか分かりません。坊ちゃんは組の大事な跡継ぎですし、私もみんなも坊ちゃん以外の跡目は認めません。だから今の内にできるだけ強くなって欲しいのです」

 みんな目的がある。みんな守りたいものがある。

 おれは、こんなに強くなって何を守りたいのだろうか………

 鼻で笑ってみせると、相馬の方を向いた。

「相馬さん、拳銃を用意してください」

「………それは、何のためにでしょう」

「サマナーにとっての命の定義について、をまず教えなければいけないでしょう?」

 そう、この今から行うことが最後の警告であり、最後の脅しだった。



・・・・・・・・



「玉は六発持ってきましたけど、いりますか?」

「はい、まず一つ入れてください」

 かちゃ………と言う金属音が響き、玉を詰め込む相馬。それを真剣に見ている木塔と根倉。

「入れました。カスタム銃ですが、標準は正確です」

「貸してください」

「………どうぞ」

 疑惑のまなざしでオレに渡す相馬を横目に、銃を持つ。

「敵にサマナーだと知られた瞬間、もしくは敵がこちらを始末しようと決定された瞬間、様々な暗殺方法がある。1つめはサマナーを直接ぶつける。二つめは遠・近距離からの射殺。三つめはその他の方法だ。毒殺だったり満員電車など人混みでの暗殺だったりと多彩」

「……………」

 みな真剣な目つきでオレを見ている。

「一つめは自分が強ければそれで防げれる。三つめは行動パターンを変えたり、食事なども売店やコンビニで買えば問題はない。だいたい組織、それもファントムに限って言えば相手を消すには一つめの直接サマナーによる悪魔での暗殺が最も多い。証拠も残らないし、超常現象は法の範囲を超えているからだ。でも、もしとある理由で銃による暗殺を企ててきた場合、どうなるか」

 そう言って銃口を自分のこめかみに当てる。

「な!ウラベ、おい」

「やめろ!本物だぞ!」

「常に死を恐れず直視する。これが出来なければサマナーにはなれない」

「や………」

 ダッ……ンン………

・・・・・・・・・

「これでオレは、サマナーによって直接殺さない限り、消して死なない」

 玉はこめかみのところで止まっていた。こんな銃の威力、四階の悪魔にも劣る。

「サマナーの基本は『気』の物質化だ。二十四時間気をコントロール出来なければ、いつも突然の死に怯え続けなければいけない」

「……………」

「恐怖を克服しても、危機感を忘れてしまってはいけない。いかに死に対し抵抗するか。大事なのは生き抜く意志をもつこと。そしていつもどこかで冷静でい続けること」

 右手にある弾を手ではじく。鈍った音をさせたその鉄は大した回転もかからず木塔の手元に落ちた。

「オレは復讐のために、常に死に瀕しながらも、今こうして生きている。木塔、根倉。お前らは自分の命を懸けてまで、何故強くなりたい?」

 皆黙ったままだ。未知に対する恐ろしさを垣間見たような、いろいろな思いの混ざった顔をしている。

「オレが納得する答えが聞けたら、微力ながら指南しましょう。それまでオレ、待ちますから」



 ・・・・・・・・



 もうすぐ三十分が経とうとしている。二人はトイレに行ったりお茶を飲んだりする以外、ずっと考え込んでいた。オレはイヤホンを片耳だけに当て、MDを聞いている。

「ウラベ君………ボクの答え、出たよ………」

 少し顔を上げ驚いた木塔だったが、すぐにまた考え出した。

 イヤホンを耳からはずす。

「ボク、さっきは勢いみたいに言ったでしょ?サマナーになりたいって。でも、本当は違うんだ。ボク、やっぱり一人前のサマナーになりたい。あの頃のボクは羨ましがってた。普通の子になりたいと思った。でも」

「…………」

「でも実際に『普通の子』になって改めて思った。やっぱりボク、サマナーになりたいなって、自分の力がどれだけなのかって、思ったんだ!ボクは内気で、力もないけど、みんなが羨ましがってたこの力があるから。だから、こんなボクがどれだけ強くなれるか、知りたいんだ。だから………」

「そうか。わかった。後は木塔か。待ってるからな」

「そんな…………必要ねえ」

 イヤホンを耳に掛けようとしたとき、やけに力強い声が聞こえた。

「やっとわかった。オレがタマ賭けて強くなりたいわけが」

 少し黙って木塔の顔を見たが、

「そうか」

 と返事をし返した。体を木塔の方に向け、目を見る。意志の籠もった目だ。

「難しく考えていたから、いつまでたっても答えが出なかった。オレの答は簡単だ。オレが強くなりたいのは誰にも邪魔されたくねえからだ!この世はいい事しても悪い事しても、何しても邪魔や文句ばっかりだ。外見や紙に書いてあることだけで差別しやがって。オレはオレが決めたことをやり通す力が欲しい。オレが正しいと思ったこと・守らなければいけないと思ったことを誰の邪魔もさせねえ。邪魔なものを自分の力でぶち壊す、だからサマナーになりたいんだ!」

 木塔らしいと言えばらしい答えだな、でもそれだったら別に………

「それだったら別の何かでもいいじゃないか」

 そう、何でもいいだろうが。すでにヤクザの頭領に決まっているんだから。

 だが木塔は強く否定した。

「よくねえ、全然よくねえ!だったら桃木センセーはどうなる?センセーだってオレの守りたい人だし、センセーを救うことがオレの正しいことだ。強くなりたいんだ、腕っ節だけじゃなくて、なんて言うかなぁ。よくわかんねえけど………クソ、言葉が上手く………もう!お前みたいになりたいんだ!それだけだよ!」

「…………ふぅ…わかったよ」

(オレは一体何をやっているんだろうか)

 二人とも十分悪魔の恐ろしさを知っているというのに。聞いたオレがバカみたいだ。

「オレもまだサマナーになって半年だが、できるだけ教えるよ」

 二人の顔が希望に光る。

「じゃあ……」

「いいのか!!」

「ああ。どのみちどんな答えだろうと、教えるつもりだったしね」

 明るく輝いていた二人の顔に、見る見る怒りが浮き出てくる。

「ウラベさん………だったら!」

「だったらハナからこんなことすんじゃねえ−−−−!!!!」

「悪い」

「許せーーんンギャア!!!」

「あ」

 とっさの反射神経が働き思わず足をあげてしまい、見事に木塔の腹にジャストミートしてしまった。

「キュウ………」

バタン

「………」

「………」

・・・・・・・・

 結局、二人の修行は木塔の体長が万全になってからと言うことになった。



   そして…………一応言っておくが、最後の蹴りはあくまで事故だ。あしからず。









  卜部 凪 Lv 41 ITEM・不詳の刀 ・赤いスカーフ ・D−ショック

                 ・シルバーアクセサリー ・アナライズ・アイ

・暗黒剣レーヴァテイン ・ロックハート

所持マグネタイト数 14200



 仲魔 ・妖精ヴィヴィアン L.v 40

    ・堕天使ビフロンス 34

    ・魔獣カソ 37

    ・聖獣ヘケト ?

・破壊神トナティウ     38

    ・鬼神フツヌシ       53

    ・外道ナイトストーカー   13



                             9/5 完