[Trouble-Maker!]
夏休みが終わった。
夏休みは人間を変えると言うが、クラスメートのヤツラに限っては、変わったのは外見だけだ。肌が黒くなったり、髪の毛を染めたりのばしたり。だが外見だけが変わっただけで、考えることはそう変わっていないらしい。今日からいつも通り授業が始まるとみな感情のない人形のように黙って授業を聞くか寝ているかのどちらかで、派手な外見が中身に追いついていない。
七月上旬に起きた、謎の旧校舎爆発事件も全く会話に入ってこなかった。聞こえるのは楽しかった思い出だけで、辛いことや大切なことに関して全く触れることはない。あの一件以来旧校舎には立入禁止のガードが置いてあるだけで、次の長期休暇にはそれも無くなる。
今度の休みは冬だが、その時期から旧校舎の取り壊しが本格的に始まるらしい。校長と理事長の話を偵察した(ストーカーではない)わけだから、間違いはない。
変わったのは木塔くらいか。
一体この一ヶ月半で何が起きたのか知らないが、木塔は変わった。チャパツで耳にピアスを付けているのはいつも通りだが、決定的に今までのアイツじゃない。
(俺と同じ臭いがする・・・)
間違いない。アイツのあの気のうねり方は、普通じゃない。体からにじみ出る気はあんな流れをしないし、何よりあいつからは気が流れ出ていない。
そして、肩に乗っている悪魔は、木塔の使い魔だ。かなり低俗な悪魔だが、何の訓練もしていない人間にとってのいきなりのサーモンは過激すぎる。じじつ木塔の顔は青白いし、あの悪魔の様子から言うと、まだ操れきれていない。
(このままじゃ死ぬぞ・・・・!)
悪魔を媒体に戻すすべも知らない人間は体が衰弱し、死に至る。サマナーになるときに、一番最初に椿さんに教えてもらったことだ。
(だが、どうすれば)
正体を明かすことは出来ない。木塔にばれずに悪魔を殺せば問題はないが、もしその場面に邪魔者や、最悪、組織の者がいたら非常にまずい。しかも今はこの学校にスパイ疑惑をかけられている人間がいるせいで、外には組織の人間がいるはずだ。特にこの舶用町での悪魔召喚は自殺行為に等しい。
(どうする・・・・見殺しにするか・・・)
だがそれもまずい。学校内で木塔が死ねばそれこそオレが最初に疑われる。
(どうする・・・)
そんな俺の気持ちとは無関係に時間は去り、ついには放課後のチャイムが鳴った。
家に帰るとサマナー服に着替え、いつものように変装する。どうやらこのカッコウはオレだとばれないらしい。たまにクラスの連中にあったりするがすぐに目をそらす(とは言ってもこっちはサングラス)か無視されるかのどちらかだった。まあ、たしかに学校でのオレの雰囲気とは正反対だが。
サングラスをかけると木塔の行方を追うため急いで家を出た。もうすでにナイトストーカーは『桃木千秋』の観察を解き、『木塔直樹』の尾行になっている。
「北東に、距離5000・・・メートル・・」
大してもう遠くない。適当にバスを降りると、そこは客船ビー・シンフル号が停泊している天海ポートだった。
「方向西、距離4000・・・どこだ?」
全力で走った。もう木塔はいつ死んでもおかしくない状態だからだ。『気』とは人間にとって『魂の器』みたいなものだ。それが無くなれば自分の魂が体に居続ける事が出来なくなってしまう。
「まだ東・・・距離1000って、ここ・・・」
芝浜で降りたのに、行き着いた先は天海ベイだった。シーアークとか天海空港などがある、あそこだ。
「こんなところで何を・・・・まさか!」
まさか新たな悪魔のサーモンを!?
「距離200・・・方向、北」
もう時計を見る必要はない。はずしてあるサングラスをポケットにねじ込むと、ヴィヴィアンとビフロンスをサーモンする。
たくさんある倉庫から、たった一つだけ妖気が漏れている。
「方向ゼロ、距離20・・・」
倉庫前の大きな入り口に立つ。入り口は開いていた。
「・・・・・」
どうする、どうする、どうする、どうする・・・・
(これは、罠だな)
一瞬先は闇というのだろうか、全く何も見えない。中に何があるのか、中に木塔以外人がいるのか。それにさっきから遠巻きでオレの周りに人間の気配を感じる。人影は全く見えなくても、気の微妙なにおいや残り火で分かる。
(木塔・・・おまえ、なぜ・・・)
いくら考えても答えは出るわけがない。意を決し中に入った。
(十人・・・いや、二十人は・・・いる・・・)
暗闇の中をまっすぐ歩く。身を隠しているつもりだろうが、わずかな息づかいや金属の音などですぐにわかる。
するといきなりさっき入ってきた入り口が、大きな金属音を立てて閉められた。と、その瞬間、暗やみに包まれた空間に照明がつけされた。
倉庫全体が明るくなる。
「な、オレのいったとおりだ。ノコノコ来やがったぜ」
「・・・・・」
明かりがついた瞬間目の前にゴロツキが十人ほど、さらに体育館などにあるような上から見下せるような所から十人ぐらい出てきた。しかも二階から見下しているチンピラの手には小型の改造銃が握られていた。
そして目の前のゴロツキのさらに奥に、見知っている人物が二人いた。
「ちょこっと悪魔見せたら、本当に反応しやがった。朝からずっとサーモンしてた甲斐があったぜ」
「ウラベさん・・・ごめん」
その一言で、この状況が把握できた。
チンピラどもがオレの顔を見てせせら笑っている。
「根倉。判断を誤ったな」
そう、ゴロツキの奥にいる二人は木塔と根倉だった。学校にいるあいだ中、悪魔をサーモンしていたのもオレの気を引くためだったらしい。だとすればずいぶんな歓迎だな。自分の命を賭けてまで俺に会いたいなんて。
「・・・・ごめんなさい」
もう一度、同じトーンのまま根倉はオレに目を合わさずに謝った。
「何がごめんなさいだ、ネクラァ。それは今からこの卑怯者に言わせるセリフだろ!なあ、卑怯者さんよ!」
「卑怯?」
木塔がやけに血走っている。だが何か卑怯なことをした覚えはない。それにそのセリフはヤクザに囲まれているオレのものだと思うが。
「なんでかテメエが『卑怯者』かはこいつら相手に勝てたら教えてやるよ。ま、自分でもわかってるだろうケドな!」
悪いが全く覚えがない。そう答えるよりも速く、目の前にいる体格のいい男が無言で襲ってきた。
「・・・・」
なんて遅い動作だ。魔気によって神経が研ぎ澄まされ、また神経のあらゆる補佐や保護をされているオレにとって、そのパンチは遅すぎ、殺傷力が無さすぎた。
ガン・・
オレは黙ってその拳を顔面で受けると二メートルほど後方に飛ばされた。
「ははは、ダッセーぜ!」
痛いだろうな・・・
「ぐあ!」
(相手の殴った拳が)
なんせコンクリートの壁を助走付で全力パンチしたようなものだから。
「木塔、お前」
「ベラベラしゃべるんじゃねえ!何やってやがる、好きなエモノ使ってボコれよ!」
まだ立ち上がったばかりだというのに、問答無用に襲ってくる。
「・・・・」
無言のまま魔気を高めた。あくまで力を最小限に押さえ襲ってくる暴漢を一人一人撃沈してゆく。
最初の一人めのみぞおちに拳をたたき込み、その勢いで左に回った二人目の側頭部に回し蹴りを打ち込み、右に回った三人目に体当たりついでの肘で沈め、ここで四秒。さらに間髪入れず突っ込んでいき、鉄パイプを頭で受けたまま五人目の顎に拳を当て、少し距離が空き油断したところで六人目に前転付カカト落としをきめ、地面に着地した瞬間の体のバネを利用したジャンプで七人目の顔面を殴り飛ばす。さっきオレを殴ったヤツだ。
半狂乱で襲ってくる三人のうちの一人に落ちている鉄パイプを投げた。ひるんだ一瞬のスキに八人目の男の後頭部に手刀をたたき込み、ちょうど鉄パイプが残りの二人のうちの一人の喉に当たったらしく、そのスキに残った一人の下顎にケリを入れ、苦しんで跪いているいる最後の一人に容赦なく顔面を蹴り上げる。
約15秒の戦闘だった。
「すごい・・」
根倉が感嘆の声を上げると、我に返った木塔がとまどいながらもオレを再び睨みつける。
「へ、どうせ今のも悪魔がやってくれたんだろ?バレーの試合のときみたくな」
なんかもう何でも悪魔のせいだな。なまじ悪魔の知識がないからすべて悪魔の仕業だと思っている。
すこしタチの悪い戦いになりそうだ。
「卑怯というのは、もしかしてバレーのことを言っているのか」
「そうだよ、テメーは卑怯モンだ。みんながんばってんのにテメエは悪魔の力を使って目立ちやがって。挙げ句の果てにお高く止まって・・・」
くだらない。そんなことで俺をここまで誘い出したのか。その御礼としてオレも実に気の利いた言葉を返した。
「サマナーにとって悪魔の力も自分の能力だ。開会式のとき言っただろ?我々はなんとかシップに乗っ取って、正々堂々『全力』で戦いますって。あれがサマナーにとって全力だ」
木塔の言い分も確かに一理はあるが、オレの言い分にも一理はあると思う。しかしそんなオレの言葉は詭弁にしか聞こえないらしい。
・・・・・もとい、どうやら火に油を注いでしまったらしい。
「黙れ!言い逃ればっかしやがって、気にいらねえ。テメエが少し悪魔が使えるからって大人ぶりやがってよ、そんな思い上がった根性叩き直してやるぜ」
そう叫ぶと胸元から携帯をとりだしてがむしゃらに打ち始めた。すると木塔の体が発光し始め、その光はドライアイスのように地面にはった。
根倉はずっと下を向いている。
「テメエだけが特別だと思うんじゃねえぞおぉぉ!」
まだ召喚になれていないのだろう、悪魔は実にゆっくり地面より現れた。これが登校だったら重役出勤だといって怒られそうなくらい・・・・あくまで例えだが、それほどゆっくりだった。
「ハア・・・ハア・・ハ、見ろ、これが俺の使い魔、『ガキ』と『ヤトノカミ』、だぁ!」
訂正しよう、それなりにサーモンの練習はしたらしい。
「ハハ、ハハ、ハハハ!どうだ、怖いだろう!さっきはオレの組のモン十人を簡単にヤッちまったが、この十人はどうだ?いや十体かな?ハハ」
「・・・・・」
「おお、坊ちゃんすげえぜ!」
「やれやれー!」
シーアークにいる三下(ザコ)悪魔、か。そう言えばいたな、二階に。
「殺しはしねえ。だが悪魔を使って優等生ヅラするようなヤツにはヤキいれてやる」
二階にいるチンピラどもが騒いでいる。
(優等生、か)
根倉は下を向いたままだ。なぜ根倉がここにいるのか、なぜ木塔は悪魔召喚機(CONP)を持っているのか。すべては謎のまま、勝手に話が進んでゆく。
だが、今オレが確実にしなければいけないこと、木塔のためにも根倉のためにも、そして何より自分のためにもしなければいけないことは分かっていた。
「きいぃとおおオオオ!!」
そう叫び、いま出せるだけの魔気をすべて解放する。首のアクセサリをはずし右手で握りしめ、首のスカーフに力を込める。
「赤マント!オレを守れ!」
アクセサリは電気を大量に帯びた『雷針』へと変わり、赤マントは見る見るその姿を変える。オレより何倍も大きなマントは常になびき、蠢き、流動した。
オレを苦しめた筋肉痛は去り、鉄壁の赤マントはここにいるすべての人間を恐怖させた。
「ヴィヴィアン、ビフロンス!構わん、この馬鹿野郎どもに姿を見せてやれ!」
オレの怒気を感じ取ってか、いきなり臨戦態勢の構えで姿を現した。
「目の前のバカはオレが片づける。二人は二階にいる人間がオレの邪魔をするようだったら、死なない程度に阻止しろ」
コクンと頷くとヴィヴィアンとビフロンスはそれぞれ二手に分かれ、一飛びで二階の渡りへと着地した。
「ひいい・・・」
「ば、ばばば化け化け・・・」
オレの仲魔は実に冷静に観察し、言い放った。
「動くな。動けば斬る」
「じっとしていれば危害は加えません」
二階が静かになったところで、再び木塔を睨む。
「覚悟はいいな」
剣を構え、木塔に一歩近づく。
「ハ・・な、ナめるな、なよ、いいけ!、ガキ、ヤトノカミ、頼んだぜ」
哀れなモンだ。絶対的力の差が木塔の悪魔を萎縮させ、身動きもとれなくなっていた。
「何してんだ、オイ!いけよ、てめえほんとに悪魔か!いけよぉ!」
なまじ知識もサマナーとしての力もない木塔にはオレの強さが分からない。だからこそ分からせなければいけないんだ。サマナーは自分の欲望だけで悪魔を呼び出すには、あまりにリスクが大きすぎることを。
「いくぞ」
一跳びでガキどもの前まで踏み込むと、何もしないままガキの集まりを真っぷたつに切り捨てた。七体のガキの十四体の体が激しい電撃を浴び、皮膚が焦げる音と肉の焼ける臭いがあたりにぶちまかれる。
「うわはっ!」
「ぎゃ!」
「ウッ・・」
悪魔が死んだぐらいで騒ぎ、あわてふためき、目を背ける。
「赤マント、やれ!」
怒りに身を任せた竜王(と言うより大きな蛇)ヤトノカミが体を跳ねらせ襲いかかってきた。しかしそんな攻撃よりずっと速い赤マントの打撃で三体とも宙に浮かされ、身動きを取る前に捕まった。そのまま地面に布ごと叩きつけると、まるで地面にはっている虫を踏みつぶしたように破裂した。
「ヒッ」
血と肉の塊はしかしすぐに光へと帰り、木塔の持つケータイへと戻っていった。
もう悪魔はいない。
「この程度か。お前のヤキはこんなんだとはな。笑い話にもならない」
木塔に少しずつ近づく。今の木塔の顔はさっきまでの自信や優越感は微塵も感じない。恐怖だけが今の彼のすべてだろう。
「死んだ悪魔はこの機械に戻ってきた!何度でも召喚すりゃあ・・・」
しかし何度ボタンを押しても悪魔どころか自分の気さえも出ない。
「悪魔は一度死ぬと、回復するまでに数週間の時間がかかる」
剣を天井に振りかざし、雷を刃にためる。
「そんなことも知らないのか・・・!」
そのまま振りかざすと剣よりのびた電撃は木塔を直撃した。
「あああああああぁア゛ア゛!!」
バリバリバリ・・・と言う電撃音が木塔を襲う。力を押さえたから死にはしないが、まだ恐ろしさを植え付けてはいない。
「お前こそ何も分かっていない幸せ者なんだよ!」
わずかに痙攣している木塔の頭部を掴み、そのまま持ち上げた。
「う・・・あ」
「サマナーはお前が考えているほど楽でも何でもない!命を懸けてるんだよ、常にな」
痛みをこらえていそうな顔でオレの顔を見ている。
「オレは、優等生なんかじゃないんだ・・・」
そのまま手を下ろし木塔を離すと、出口に向かおうと振り向いた。
「この化け物、死にや・・・ギャア!」
オレに銃口を向けた男がヴィヴィアンの電撃を食らい倒れた。
「無駄なことを・・・」
閉まっている扉を斬り開けようと雷針を構えたとき、さっきまで雷によって動けないはずの木塔が立ち上がったのだ。
「まだだ・・・まだ俺にはあの悪魔がいる・・・」
「く・・・」
あんな状態で悪魔を呼べば命に関わる。しかも忠誠を誓ってもいない悪魔を呼べば・・・自分よりも強い悪魔なら・・
「駄目だ、駄目だよ木塔君、その悪魔は駄目だ!」
「ハハハハ、いでよぉホヤウカムイィィ!」
「な、なに!」
木塔のこん身の気が搾り取られるように集まり、地面に広がっていく。
「テメエには負けねえゾォォ、うらべぇ!!」
「正気か、木塔!やめろ!」
その巨大な蛇は飛び出るように魔法陣から出ると、四枚の翼を広げた。
しかし、その瞳は術者を捉えていた。
「ホヤウカムイ!ウラベを殺せ!」
「駄目だよ木塔君、死んじゃうよ!」
「木塔!自分より圧倒的にレベルの高い悪魔を呼ぶとどうなるか・・・クソ!間に合え!」
その巨大な蛇は俺に目もくれず、ギロッと木塔を睨んだ。
「・・・・・え?」
「くそおおおおおお!」
「グイシイイィイィイィィィ!!」
「うおおおおお!!」
もう俺の手には雷針はない。あの炎の暗黒剣が握られていた。
木塔は蛇にかまれ、宙に舞っている。まるでマリオネットのようだった・・・・まさに噛み砕かれる瞬間だった。
「ちくしょうがあ!」
全力でジャンプし何メートルも高く跳ぶと、その大蛇の頭部を脳天から斜めに切り捨てた。
ガンンン・・・!と金属を切り裂いたような音と共に巨大蛇は一瞬で光に返っていった。もともと召喚の気が足りなかったからだろう。しかし体中を赤く染めた木塔は空中に投げ出された。ちなみに、ガン・・と言う音は勢い余って倉庫の壁まで斬り開いてしまった音だ。
「しまっ、クソ赤マン・・・」
しかし木塔の体は地面にたたき落とされる直前に、根倉がしっかり受け止めたのだ。しかし噛み痕から血があふれ出てきている。
いったん二階まで跳んだ自分の体を一階まで戻すと急いで木塔の服を脱がそうと・・・と思っていたらいつの間にか根倉がもうすでに服を脱がしていた。
「根倉お前・・」
「ウラベさん、速く応急処置を!反魂の護符ぐらいはあるでしょう?速く!」
「!・・・わかっている。ヴィヴィアン、応急処置だ!見張りはもういいから手伝ってくれ!」
すぐにかけよると三人で応急治療が始まった。悪魔につけられた傷は現代の医学は全く役に立たない。簡単に言うと、紙に書かれた傷の絵を体に貼ってある状態、それが悪魔の付ける傷である。その傷口から自分の気が垂れ流しになり、その垂れ流した気が張り付けられた悪魔の傷の紙を徐々にはがす。しかし血は本物であり、治療を間に合わなければ当然、死ぬ。しかし悪魔によって傷つけられた内蔵も符や気が足りていれば治る。
その前に血が無くなれば別だが。
「くそ、気がたりない!ヴィヴィアン、もっと気をおくれ!」
「僕も送れます、ウラベさんは符を傷口に!」
「・・・・わかった!・・・オイ、二階にいるお前ら!治療の後は出血で体が冷える!車を用意し、速く家に送りたい。エンジンを暖めておけ!」
だが皆動こうともしなかった。今だ銃を構えているヤツもいる。
「早くしろ!お前らの坊ちゃんが死んじまうんだぞ!!」
・・・・・・・・
「組のモンは下がらせた。どうだ、バカ息子の具合は」
「今は生きてます。後は彼の気が・・いや、彼の気力次第です」
「そうか・・・」
いま木塔は大きな座敷の布団の中にいる。先ほどの言動からだいたいの素性は分かっていたが、まさか木塔が天海市と舶用市を占める、大組織『木塔組』の組長の息子だとは。
「ああ、君たちはもう少しここにいた方がいい。若いモンが殺気立っているからな」
「そうですか」
さっきから根倉が木塔の胸に手をおいたまま、じっとしている。ヴィヴィアンが限界まで気を送り尽くした今、頼りなのは根倉だけだ。
「君たちには迷惑をかけた。俺からも謝る」
「いえ、僕の判断不足が招いたものですから・・・ほら根倉、お茶飲め」
「す、すいません」
木塔の右腕に点滴の針が刺されている。血液だけは医学の力を借りる以外どうしようもなかった。
「このバカが。勝手に組の者連れ出して、あげくの果てに悪魔まで持ち出すとは」
息子が重体と言うこともあり、怒っているのは口調だけだった。顔は子を憐れむ親のそれだ。
(やはりヤクザの親分も息子の事は心配か)
そんな情けもなくオレは探りを入れてみた。
「あのケータイは、ここから持ってきたのですか」
複雑な顔をした木塔の親父はこちらを振り向き頷いた。
「裏社会でファントムに逆らえば、すべてが終わりだ。毎月多額の金を吸い取りやがるが、それなりのメリットもある。あれは手を組んだ『証』だと言って持ってきやがったモンだ。・・・・いらねえのにな」
そうだったのか。オレは何となく事情が分かった。あらかた倉庫にでもしまっていたのを何かの拍子で知った木塔が持ち出したんだろう。
「だから木塔君が大怪我で帰ってきたときも、すぐに理解してくれたのですか」
「ああ。下っ端が悪魔がどうとか言っていたからな。悪魔関連の傷は普通じゃねえと分かっていた。それにしても・・・ろくに訓練していない素人がプロに勝てると思っていたのか、このバカは」
輸血したおかげでだいぶ体温が戻ってきていた。顔も青白くない。しかし相手はド素人だ、しかもあんな強力な悪魔を召喚してしまった消費は激しい。今も根倉がオレには出来ない気を送るという作業を続けていた。
「でもな、こんなバカにしちまったのは俺のせいだ」
「・・・・・」
厳つい親父顔が陰る。
「キミも分かっていると思うが、ヤクザの仕事は汚ねえもんばっかりだ。借金の取り立て、賭博のしきり、風俗街なんかの集金、抗争。ドロドロしてやがる。そんなものをいつも見ていたコイツは、昔から友達がいなかった。中学でもあいつと話したのは、そこの根倉クンぐらいさ。自分の親が何やってやがるのか分かると皆、離れていく」
木塔パパは木塔の顔をのぞき、撫でた。今も木塔は自分の親の心配もよそに、玉のような汗をかいている。
「でもな、ヤクザなんて性根の腐ったやつがやればいいんだ。こいつ以外にも腹違いのガキや優秀な跡目はおる。だがこいつ以外のオレのガキは金と女の味を覚えた、・・・自分の子なのにこんな言い方は何だが、根性のないやつだ。俺の跡目を立派に受け継げれる様な器じゃない」
酷い親父だが、世の中どうにもならない悪党(バカ)がいることは確かだ。げんに自分がそうなのだから間違いない。
「組のモンは皆、直樹が跡目になって欲しいと思っとる。コイツは肝もすわっとるし、覇気もある。多少無鉄砲だが、組にとって自ら先頭に立つモンはみんなから尊敬されるもんなんだ。俺も正直、直樹なら喜んで跡目を継がせることが出来る」
顔に当てた手を傷口に持っていく。そこは血で真っ赤に染まった符がわずかに発光していた。そこに滴となった液体がポタリと落ちる。
「木塔さん・・・・・?」
木塔の父は、泣いていた。
「だがオレは自分の息子をこんな危険な目に遭わせたくない・・・まっすぐで素直な息子を、金と血で汚れたイスに座らせたくない。こんなバカ息子でも、俺にはかわいい子なんだ・・・・!」
何故か胸が痛い。締め付けられるような感覚だ。
(嫉妬している?おれが・・・)
自分の気持ちは関係ない。無いはずなのに・・・
「でも僕は木塔君が羨ましい」
「ヤクザの息子が羨ましいのか・・かわった子だ」
寂れた笑顔を俺に向けたが、オレはそれを幸せだなと感じた。
「だって、生きているんですから。どんな仕事をしている親でも、ちゃんと生きていてくれるんですからね」
生きていてくれる。俺はそれで十分すぎるほどだった。生きていてくれるだけでよかったんだ。他には何も望まなかった。なのに・・・
「ウラベ君、親が・・・」
そうか、こういうのを嫉妬というのか。妬むだけじゃないこの気持ちは、オレには辛い・・・
「俺が十二のとき、目の前で殺されました。しかも悪魔にです。目の前で母の体は赤い肉の塊になっていた。そして足下に転がっている母が言うんですよ。おかえり・・って」
「な・・・なん、と・・・」
何故・・・オレは過去を語っているんだ。何故?でも口が止まらない。
「わざとです。父がファントムのやり方についていけなくなり、逃亡したんです。その報復がこれですよ。僕はあの頃父が何をやってたのかも知らないし、仕事上、引っ越ししてばかりいたから友達もいなかった。でも、寂しくはなかったんです。母がいてくれていたから。母と一緒にご飯を食べて、母と一緒に洗濯物を畳んで。あの頃の僕は母がすべてだった。」
止まらない。口が止まらない。
オレの過去が止まらない!
「あの日、僕の誕生日だったんです。帰ったら母さんがケーキとジュースを用意してくれている。小さい部屋だけど、いっぱい飾って僕を待っててくれている。そう思って小さな足でめいいっぱい走って、勢い良く扉を開けたんです。そしたら、そしたら・・・」
「ウラベさん、しっかりして!」
「思い出すんじゃない、それは忘れる・・・・」
ワスレル?ワスレルベキ?ナゼ?
ソンナコトデキルワケナイヨ
オレは強く否定した。
「忘れる!?忘れてたまるか!だってさあ、扉を開けたら、母さんの頭がゴロンて転がってたんだ!目を見開いて、お帰りって言ったんだ!そして母さんを殺したヤツが、奥で母さんと踊ってるんだ!『ハッピーバースデー、ナギくん』って!裸になっていた男が、肉塊になった母さんと腰を振って踊っていたんだよ!!」
「もういい!!もう駄目だ!」
「やめてよぉ!」
涙が止めどなくあふれる!息が苦しい、胸が破裂する!!
「見てよ、この傷!」
右上の額をい覆っていた髪の毛をかき上げ、今までずっと隠していた傷をさらけ出した。
「僕の大好きな母さんを殺して、ダッチワイフにした後に付けられた傷だよ。アイツ、母さんをゴミのように投げたんだ。十分楽しんだ後、俺にぶつけたんだ。そして一緒にナイフも投げて、でもミスしたんだ。そのときの傷がこれ、これだよ!ハハハ、綺麗だったよ、俺の血と母さんの血が混ざり合って服を染め上げて・・・」
自分でも分からない、何故こんなに興奮しているのか。神経はやたらと落ち着いているのに、鼓動はずっと暴れ出しそうだ!
「この傷跡がある限り、俺は一生忘れない。この傷がある限り、俺は戦い続ける。悪魔と、母さんと俺を殺すことを命じたファントムのサマナー、フィネガンを」
そう、この傷がある限り俺は死なない。死ねない。
「四月のはじめに、親父の弟子のサマナーが親父の死を伝えにきた。俺ね、親父が死んだとき、全然悲しくなかったよ。ある意味母さんを殺したのは親父だから。でもね、でもこのときオレ、泣いたんだ。もう誰もいないから。もう、一人なんだ、オレ。おれ・・・ひとり・・・」
次の瞬間、視界が暗くなった。何も映らない。木塔に送る気を止め、泣きながらも俺の話すことを聞く根倉や、歯をかみしめて体を震わせがらオレの話に激昂する木塔パパも見えない。顔に布の感触がする。
「わかったから、もう、」
「あ・・・」
震えるからだを木塔の親父さんは抱きしめてくれた。
(醜いオレを・・・)
「だめだよ。オレ、血で汚れているから、直樹君にそうやって抱きしめてあげるとき、汚い悪魔の血が・・・」
「この世は、間違いだらけだ・・・・」
「・・・・・」
なんて暖かいんだろう。人に抱きしめられるのが、こんなに暖かいなんて・・・
その時初めてオレは自分の取った行為を猛烈に後悔した。取り乱した、と言うよりはただ単に叫びだしただけだ。昔の記憶と木塔の親父さんの愛情が混ざり合い、訳も分からず叫びだしてしまった。
(何て・・・事をオレは・・・・)
一度出た言葉は二度と引っ込まない。後悔の念に胸が疼いたが、木塔の親父さんの胸から離れると、
「すい・・ません。取り乱してしまいました・・・ごめんなさい」
と謝った。だがまだ目は合わせられなかった。しかし親父さんはただオレの肩に手を置くと、こう言った。
「いいんだ。組の者に布団を用意させる。キミは、休むんだ」
正直、休みたかった。今日は走り回り、挙げ句の果てには訳も分からず半狂乱に叫ぶ始末。狂い死にそうだった。休みたいと心の中で叫んでいるが、それを満たすわけにはいかなかった。それにまだ根倉も頑張っているのに、休めるわけがない。
とりあえずありきたりな言い逃れをする。
「でも、根倉ががんばっているのに、」
が、そんなオレの言葉に親父さんは冷静に言い放った。
「キミが起きていても、やれることは無かろう。」
確かにもうそういう状態だが、ここで・・・
「そうですよ、ウラベさん。ボク頑張りますから、ウラベさんは休んでください」
根倉が玉の汗を浮かべながらこちらを振り向いた。
そう・・・だな。もう、今日は疲れた。
「・・・・ふう。分かったよ。今日は少し調子がおかしい。そうさせてもらうよ」
・・・・・・・
布団を用意してもらい、結局今日はここで休むことになった。
何でだろう。血も繋がっていないただの父親に抱きしめられただけで、すごく安らぎを感じた。しかもあんな厳つい親父の抱擁なのに。オレは別に男色家でもないし・・・・ま、いいか。
ああ、意識が遠のいてゆく
・・・おやすみ・・・
・・・母さん、おやすみ・・・・
卜部 凪 Lv 41 ITEM・不詳の刀 ・赤いスカーフ ・D−ショック
・シルバーアクセサリー ・アナライズ・アイ
・暗黒剣レーヴァテイン ・ロックハート
力 22(45) 生命エネルギ 790(3950)
速力 20(38) 総合戦闘能力 600(2690)
耐力 6(11) 総悪魔指揮力 37%
知力 10(16) 悪魔交渉能力 31%
魔力 3 (5)
運 1 所持マグネタイト数 14200
仲魔 ・妖精ヴィヴィアン L.v 40
・堕天使ビフロンス 34
・魔獣カソ 37
・聖獣ヘケト ?
・破壊神トナティウ 38
・鬼神フツヌシ 53
・外道ナイトストーカー 13
9/4 完