[熱帯夜]



 今日も誰もいない空間の中で目を覚ます。

 いつもの時間に目を覚まし、いつも通りにベランダに干してあるシャツに腕を通す。そして充電し終わった電池をMDに入れ、家を出る。

 決まった時間に決まった電車に乗り、バスに乗り、門をくぐる。決まった時間に決まった授業を決まったことだけ教えられ、義務的にあけられた放課を、出された宿題につぶす。

 雑音をイヤーホンから流れる音でかき消し、義務的に食べ物を詰め込む。

 そんな毎日を一体いつまで過ごすのだろう。

 つまらない。退屈で狂い死にそうだ。でも仕方ない。

 オレの心は母が死んだあの日、すでに壊れてしまった。

 辺り触りのない言葉遣いで周囲との繋がりを絶ち、オレは常に一人でいた。

 楽しいと感じることは何一つ無かった。



 唯一の楽しみが、シーアークでの訓練だった。

 昨日も山ほど悪魔を殺し、今日も八階の悪魔をさんざん血祭りに上げている。

 キーホルダーの武器もオレの力を完全に支えるだけの力はなかった。ただ赤マントの防御は完璧だった。自由自在に流動して敵を攻撃し、防御し、目をくらます。魔法はともかく物理攻撃、特に刃物にはめっぽう強い赤マントは、あらゆる敵を欺いた。どんな悪魔も不意の一撃という物には弱いものだ。赤マントは巧みにオレの姿を敵から隠し、魔気で固めた刃を急所に突き刺す。

 オレは狂戦士(バーサーカー)だ。技術もなければ、目的もない。力の限り、ただ力任せで敵を倒す。

 そしてオレは望む。自分に見合うだけの武器が欲しい、と。

 オレのダークネス全開で持ちこたえられる武器が欲しい。そんな苛立ちはオレが強くなれば強くなるほど比例的に増幅していった。

 そして今日もそんな、すべての負の感情を糧に悪魔を狩る。



 夏休みが始まった。

 だがオレの不快は一向に癒されることなく、何かに駆られるように、今日もシーアークへと向かう。



・・・・・・・・



 夏休みも前半が終わった。

 今オレは全身の筋肉痛と切り傷、やけどで家にいる。

 原因は簡単で、強い悪魔と戦いコテンパンにされたからだ。

 十階の悪魔、魔王スルト。悪魔の王を名乗るだけあって、彼は強かった。勝負は一瞬で決まった。

 本来なら死んでいた。

 だがその悪魔は、からだじゅう傷だらけのオレを見て不敵に笑うと、エレベーター前まで引きずった。



 そして、もう一度笑ったんだ。



 見下したんだ。

 オレは憎んだ。見下したヤツをオレは許さない。

 傷はまる三日で完治した。治療中は体中が発熱し、息を吸うのも苦しかったが−−−−今オレは生きている。体中の気を治療に専念させる首輪『アヴニールの約束』によって致命傷であった傷は奇跡的に治った。



 そして三日後、こうして全く同じ理由で家にいる。

 前回は全く歯が立たなかったが、今回はヤツの顔面をぶん殴ることが出来た。

 しかしヤツは吹き出る血をなんともせず、ただ愉快に笑っていた。

 見下していた。

 それなりの戦いが出来たが、結局ヤツが持っている炎の剣で切り刻まれたとたん、全身の魔気が砕け、体から鮮血が吹き出た。

 朦朧(もうろう)とする意識の中立ち上がると、ヤツの拳がオレの溝うちにめり込み、耳元で囁いた。

「まだ弱い。まだお前は強くなれる」

 薄れゆく意識の中、不敵に笑う悪魔の声が耳の中で響いている。

 気がついたら、またもエレベーターの前に倒れていたのだ。



 しかし今回の傷は二日で治し、今こうしてやつの前に立ちふさがっている。

 スルトはいつも十階の入り口の前にいた。

 オレの顔を見ると、ニヤッと卑しい笑顔を向けた。

 完全に見下した目だ。

「スルトオオおおおおおお!!」

 もう誰もいない。この階ではビフロンスやヴィヴィアンは一撃で殺されることは明白だったし、何より一人で戦いたかった。

 唯一戦いについてきているのは赤マントだけだった。

 しかし目くらましが限界で、マントはいとも簡単に切り裂かれてしまう。魔王の剣さばきは完璧で、赤マントの攻撃をすべて焼き斬り、燃やした。

「武器が欲しい・・・・」

 四月頃に拾ったラームジェルグの剣をスルトに振りかざす。頭部を直撃したその剣はいともたやすくへし折れた。

「武器が欲しい」

 魔気全開で相手の攻撃を紙一重でよけると、雷針を真一文字に振る。

 パリパリという音が響くが、帰ってくるのはスルトの下卑た笑みだけ。

「武器が欲しい・・・!」

 間合いを詰めすぎたせいで炎の剣の間合いから逃げ切れず、聖剣『クロス』で受け止める。が、受け止めたものの体ごと吹き飛ばされ、クロスはバラバラに砕けた。



 もう何も武器がない。

 敵はもう目の前まで迫ってきているのに。

 何もできない。いくら強力な力を持っていても、一割も生かし切れない。

 スルトが剣を振りかざし、斬りかかる。

 オレは死ねない。フィネガンを殺すまでは死ぬことが許されない!

 そのためには・・

「武器が欲しいんだよぉ!」



 切っ先は目の前で止められていた。炎はいつの間にか消え、刃はオレを切り裂くことをせずに制止していた。

 魔王スルトはオレを斬らなかった。

「殺さないのか」

 オレの問いに何も答えない。

 またも悪魔に情けをかけられた。これで三度目になる。

「貴様の力は意志を感じない。よって弱い。弱者の血を神聖な地にしみ込ませたくないのだ。去られよ」

 酷く頭が重かった。まだ筋肉痛が完治していないのと、体があふれ出るダークネスを扱いきれないのだ。

 酷く鼓動は高鳴り、気持ちは眠っているように沈んでいた。

 結局、オレは黙ってこの場から去るしかできなかった。



・・・・・・・・



 一時間近く歩いていると、この前爆発があった車庫の前を歩いていた。

 そこはもう警察もいない。ただ立入禁止のテープが貼ってあるだけで、空き地扱いになってる。

 時計はまだ十一時前だった。



・・・・・・・・



 気がつけば業魔殿にいた。

 業魔殿の前まで来ておきながら、何故ここまで歩いてきたのか分からなかった。

(頭が重い。)

 塩のにおいがする。

 さっきから玉のような汗が頬をつたっている。黒色の服とズボンが体中の水分を奪う。容赦のない太陽の光まで、オレを侮蔑しているようだった。

 サングラスが世界を黒色に染めている。



「ヌシに見合う武器は、ヌシ自身で見つける物だ」

「そう………」

「………そうだ、ヌシ自身で、だ」

 ヴィクトルの答えはありきたりで、単調な物だった。

 食事を出され、口に運んでいる。ヤツなりの気のきかし方らしいが………

 全然美味しくない。

 「これはあくまで『独り言』であるが」

 ヴィクトルは目線を食べ物に向けながら、呟くように言った。

「封神具によって現れる似神は、何も直接戦ってくれるヤツばかりではない。ヌシが首に巻いているように、様々な悪魔がおるのだ」

「……………」

「ヌシはサマナーなのだ。超人ではない。そのことをよくわきまえることだな」

 サマナー、か。そう言えばそうだったな、たしか。

 オレはサマナーなんだ…………

「基本的に似神合体は様々な条件のもと仲魔になるが、一番手早く仲魔にする方法はな、直接戦い相手に自分の力を認めさせることだ。危険は伴うが」

「どうやってこの世に呼ぶか、教えてくれ…………」

 もう何でもよかった。しかし酷く焦燥感に駆られていた。何かをしていなければ狂ってしまうほど焦っている。原因はサッパリ分からない。

「………。本来ならもう少し経ってから渡そうかと思ったのだが……」

 内ポケットに手を入れると、ヴィクトルは一枚のカードを取り出した。それを長いテーブルの上を滑らせ、俺の前で止まらせる。特に変哲もない、レンタルショップ屋で使うようなカードだ。

「シーアーク十一階へのパスポートだ。エレベーターに差し込めばあとは直通だ」

「じゅう……………いっかい?!」

 確かにエレベーターにはカードを入れるような機械もあったような気が……まさかシーアークが十一階建てだとは。ボタンは十階までしかなかったはずだが………

 しかしヴィクトルの反応はあくまで単調だった。

「我が輩が認めた者だけが入ることを許された場所だ。ファントムにも報告せず、極秘に建築した部屋である。我が輩は『黄泉の間』と呼んでおる。そこへ行き、台座に『封神具』を置けば、後は勝手に召喚してくれよう」

「……」

 カードを見つめる。オレの顔がぼやけて映った。

「たしか刃の欠けた剣、あれはフツヌシと言う剣そのものの姿でサマナーを助けるという。ランクも3#だから今のお前でもじゅうぶん勝てると思うのだが………」

 そしてデザートであるメロンの最後の一切れを口に入れ、再び目線を何も残っていない皿に戻す。

「まあ、独り言だ。気にするな」

 サマナーは所詮、サマナー。いくら器を大きくしたところで、入れる物がなければそれはただの見せ物。



 なんだ、そう言うことか。



・・・・・・・・



 シーアーク十一階にて。

 エレベーターの扉が開くと、長く直線の廊下が続いた。そこを突き進み、扉の前に立つ。

 一階から十階までは木製の扉だったが、ここだけは頑丈な鉄でできていた。

 扉にカードを差しこみ、ピッ・・と言う音がすると、自動的に扉が開いた。



 中に入った。と、その部屋一面の地面に、見当もつかない何かが描かれていた。何か儀式的な、宗教的な臭いのするデザインだった。よく見ると描かれていたものは線ではなく、みぞだった。そのみぞから漏れる淡い光をよく見ると、機械音がわずかな音を立て、光を人工的に放出していた。

 広い空間だった。

 今までのフロアの壁をすべて取り除いたような、何もない空間だった。さらに奥に、ずっと奥に一枚しか皿のない天秤が、いろいろなコードやネジなどで固定されて壁につながれていた。

 これが台座だった。

 台座に向かい歩くと、所々の壁に血のりが付いていたり、ひびが入っている。

「わずかに残り気を感じる・・・」

 前の部屋の使用者は、相当手強い悪魔と戦ったのだろう。残った気は今だ消えず、部屋の所々でくすぶっている。

 台座の前に立ち、部屋を眺める。手に気を集め、MDを手の平にのせた。

 MDがカタカタと鳴り響き、レンズ読みとり口から欠けた切っ先が頭を出した。前にとある悪魔を倒したときに手に入れた、刃こぼれの激しい剣だった。

 それを台座に置くと、台座自体が光り始めた。まるで電源を入れたばかりのパソコンのように。

 ピーー・・・ピーー・・・・

「これは・・・」

 台座に付いてあるボタンが赤く発光し、警告音が鳴っている。

 何か文字が書いてある・・

「begin to the summon button----------after than stand to the ROKUHOUJIN------------」

(召喚開始ボタン、そして六法星に立て、か)

 何の迷いもせずにボタンを押すと、落ち着いて六法星の上に立った。

 すると溝の部分から激しく光があふれ出し、強力な結界が完成した。

(…………来る)

 雷針の柄を軽くを握り、構えた。魔王スルトのような圧倒的な気を感じない。危機感の喪失ではなく、今から現れる悪魔は確実に勝てる、ということを感じ取ったのだ。

 赤マントを広げ、地面からわき出る悪魔を睨む。

 見極めなければいけない。魔王を倒せる力になるべきか否かを。



・・・・・・・・

「グオオオオ」

 魔気を直接たたき込む。自分に見合う武器がないいま、やはり直接殴りつけるのが一番破壊力があり、何より扱いやすい『武器』だった。

「ガアア!」

 今まで『この炎の剣』で何度悔しい思いをしただろう、何度歯がゆい思いをしたのだろう。

 しかし、その燃ゆる剣は決してオレに届くことはなかった。

「あああああ!!!!!」

 こん身の蹴りを脇腹に打ち込むと、体長5メートルはあろう黒炎の魔王は後方へと倒れていった。

 倒れた後も起きあがろうとするが、口から鉛のような色の液体が飛び出る。

「魔王スルト、感謝する。お前のおかげで目が覚めた」

 いまオレの体には羽を広げた鳥のように、八本の剣が宙に浮いている。単体としては短いが、一本一本に特殊な力を持っていた。それぞれに特性があり、それぞれに弱点がある剣。そしてそれぞれが欠点を補い長所を生かせるように戦っている。



 これがフツヌシの正体だった。ヤツはいきなり襲ってくるかと思うと、人型になり一対一の戦いを望んだ。赤マントも使わずに始まった戦いは、わずかオレの拳一撃で決まったのだ。

 五分もかからない戦いだったが、戦いの神はそれだけでオレを、戦った目的を知ったようだった。

「強きはより強きを知る」

 最後にそう言って鬼神フツヌシはオレに忠誠を誓った。



「オレは超人でも何でもない。ただのサマナーだ。少し優秀な血を受け継いだ、ただのサマナーだ。お前との戦いでそのことがやっと分かった。お前のおかげでだ、感謝している」

 魔王にもはや笑みは感じない。ただ剣を構え、睨むのみだ。

 そしてその巨人はすさまじい怒気をはらみ、再びオレに迫る。

 オレの体を一刀両断するために。

「サマナーの強さは無限大だ!!」

 マントで自分を隠すとスルトは剣を横一文字になぎ払ってきた。だが、その剣は八回の断続的な衝撃によって受け止められた。その一瞬の隙をついて、スルトの大きなアゴに全霊を込めた拳を打ち込む。体中の筋肉の反動を使った、えぐるようなアッパーカットだった。わずかに骨の砕けた音がすると、そのままのけ反り後ろへと倒れ込む。黒い血が顔にかかり、硫酸のようにシュウウ・・・という音を立てた。

 赤マントが収縮する。

「無駄だ。このマントは、ただのマントじゃない。敵の目を完全にかく乱させると共に、こちらからはすべてが透けて見えるんだ。いくら強力無比の攻撃も、八本の剣を正確に見極められない以上、何度でも受け止められる」

 赤マントはオレの体のほとんどを包み、八本の剣は常に八色の光に包まれている。

 確かにフツヌシの剣は一本で受け止めれるような強度を持っていない。しかし八本の剣が様々な角度で一本の剣を受け止められないほど、相手は化け物じゃなかった。しかも八本のうちの一本が『水』を司る力を持っており、炎の剣を弱らせた。もはやスルト自身の気を送り込まない限り、剣に炎が籠もることはない。

「魔王スルト、キサマはとびきり強いよ。人間じゃ全然かなわない。でも、これがサマナーだ。本来ろ党を組まない悪魔を結びつけ、共に戦うことが出来る・・・・それがサマナーの力だ」

「人間が……聞いた口を叩く」

 スルトは起きあがり、剣を構えずに切っ先をオレの首へと向けた。

「自分に見合う武具に巡り会えぬと言って悪魔を従えカシラ気取り。自分に合う武器を持つことによって得る力というもの、じっくり味わうがよい」

 そして、再び死闘は続いた。





「ハア・・・・ハア・・・・・ハ・・」

 いったい何十発スルトに拳をぶつけたか分からない。全身が軽い筋肉痛になっていた。しかしすこしづつだが確実に効いていることは確かで、魔王スルトは淡い光に包まれていた。悪魔が絶命する間際に出す、前兆みたいなものだ。

 だがいくら殴っても絶命することはなく、自分のソウルを燃焼させているかのようにヤツは襲いかかってくる。いや、ダメージを負えば負うほど技のキレは良くなり、剣を振る速度が加速され、炎は燃えさかる。

 ドゴッ・・・・

 壁にめり込んだスルトはなおも立ち上がり、こちらを見ている。一瞬でも気を抜けばやられる………現にカウンター狙いと言うことを知り、こちらの攻撃を防ごうと返し技をかけるので、下手な小細工は仕掛けられなかった。ただ腹部や脇を力の限り殴るしかなかった。

「ぐ……ぐ」

「ハァ!…………ハァ!……」

 まずい………

(ここまで………ここまで追いつめておきながら!)

 魔気がもう尽きてきた。体もはち切れそうに痛い。

 だがヤツは立ち上がった。剣を杖代わりにして。

「オオオオオオオオ!」

 ものすごい雄叫びをあげ、スキだらけで突進してくる魔王スルトを睨み付ける。体力とダークネスが万全ならばかんぷ無きまでに叩きのめしていそうなほど、その動作は遅く、スキだらけだった。

 そんほど向こうも体力が残っていない証拠だ。

(ここで競り負けてたまるか!)

「人間をナメルナアアアアア!!」

 残りの力を振り絞り、オレも突進する。

 もはや赤マントも無し、フツヌシのサポートもない。リーチでいえば向こうの方が圧倒的に長い。

 だが、向こうが剣を振り下ろす前にオレの拳はヤツの顔面を捉えた。

「フツヌシイィやつの手足を串刺しにしろ!動きを止め、グアァ!?」

 その切っ先は視界が完璧に死んだ今もオレを捉え、体を焼き、切り刻んだ。

「うおおおおあああああ!」

 ものすごい激痛が俺を襲う中、八本の剣は魔王スルトを壁に貼り付け、身動きできないように串刺しにする。赤マントも全妖力を持ってスルトを包み、ものすごい圧力で体の自由を奪う。

「うををををををおおおお!!」

 激しい激痛の中、ヤツのはらわたを殴る。口から血を垂れ流し、目は熱でしみ、右肩から左脇まで切り裂かれた傷がオレを狂乱させた。それでもすべての痛みを振り払うかのようにヤツのはらわたを殴る。

 殴る。殴る。殴る!殴る!!殴る!!!

「グ………グオ……オオオ…………」

「そうやっていつも人間を見下してえぇ!」

 殴った反動で地面に倒れてしまったが、気を失うわけには行かない。

 そして視界がスルトの持っていた炎の剣を捉えると、柄に手を掛けた。

 この剣ならもしかしたら………

「見下すぐらいなら、最初から人間なんかつくんじゃねえよぉぉ!!」

 思い切り振りかぶり、まるで斧のように振り下ろす。その剣は今まで肌に傷を付けることさえ出来なかった、魔王の強靱な肌を初めて深く切り裂いた。

 しかしその代償として、炎の剣はまっぷたつに折れたのだ。

 剣が折れたとき、酷く綺麗な音を立てた。まるで傷の痛みによって我を忘れていたオレに冷静さを取り戻させるぐらいに。

「く、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」

 ヤツは笑った。とても可笑しそうに、無邪気に笑った。

「なかなか良い切れ味だろう?」

 もはや目の前の悪魔に戦意は感じられなかった。ただ何かとても満足そうに見えた。

「お前がオレの剣を振りかざしたとき、人間でありながらなんて美しいものかと思ったぞ」

 口から大量の液体を垂れ流しながらもスルトはこちらを見つめていた。

「何が……ハア・言いたい………」

「ヒトの子よ。『見下すくらいなら、人間を造るな』と言うたな。ヒトのくせに面白いことを言う。気に入ったぞ」

 そう言うとヤツは全身に刺さっている剣をたやすく抜き、スルトの剣の折れた切っ先の方を手に取り、オレが握りしめている剣刃の折れた先を撫でた。

 炎が、剣を包む。

「その憎しみ、ある意味俺の憎しみそのものと言っていい。同じ考え方をする者をどうして滅っせようか」

 燃えさかる剣の折れた先端を撫で、折れたもう一方の刃を近づける。

「一体なに………うっぐ…う……」

「ヒトの子よ、無理をするな。お前にさらなる力を与えてやるというのだ」

 体中が痙攣する。立ち続けることも出来そうもない。が、倒れるわけには行かない。何とか赤マントに体を支えてもらい、ただ魔王の言葉に耳を貸すしかなかった。

「私の剣を授ける。この剣ならばお前の力を完全にとはいえぬが、何の気兼ねなく使うことが出来る。もう武器が壊れたり、己の力に歯がゆさを感じることも無かろう。あとは、お前次第だ」

 スルトの体が徐々に光へとかえってゆく。俺はただ黙って見つめるしかなかった。

「ワレに剣を振り下ろすお前の姿、悪魔そのものだった。お前ならば、永劫の彼方より争い続けている我々の虚無、虚空、分かってくれるやもしれぬな」

 徐々に消えてゆく魔王。それでも数日という時が過ぎればまたここにいるのだろう。

 俺のことをすべて忘れて。

「たとえ再び巡り会いてお前を忘れようとも、その『暗黒剣レーヴァテイン』がある限り、お前を同族と認めよう」

 そう言うと俺に暗黒剣を手渡した。折れた剣は元に戻り、炎だけが猛ていた。

「だが、ヒトの子よ。勘違いをするな。ワレはヒトの子のお前に屈したわけではない。お前の強さを認めただけだからな!」

「オレの………強さ……?」

 霧のような姿をした魔王は、壮絶な笑みでオレを見つめている。死に逝くというのにまるで勝ち誇っているようだった。怨色を微塵も感じさせないその笑みに、圧倒的な敗北感をオレは感じた。

「クククク……チカラを、より大きなチカラを!全てのチカラは混乱と怨恨を生む。チカラによる破滅の美しさに比べワレの命など、なんの価値があろうか!」

「………!」

 異常に胸がかき立てられた。体はそのほとんどが麻痺し、痙攣し、腫れ上がっている。それでもなおオレの鼓動は高鳴っていた。

「弱者にはチカラを!強者には破滅を!…………クククク、ヒトの子よ」

 次の一言は、オレの未来を提示しているようだった。まだ自分にも分からない未来を導かれるような、奇妙な感覚がした。



「お前は……まだ、弱者だ。弱者には……………チカラを…………」

オレハ………ジャクシャ…………?



・・・・・・・・



「そうか………」

 あの死闘の後、傷だらけの体で歩くのも苦しかったが、魔王スルトがこの世から消えゆく瞬間、あの不気味な充実感に包まれた微笑みを見たとたん、体の傷が少し癒えたように感じた。

 あまりにバスでは目立つ(自分のズタズタの体と衣服が)ので、タクシーで業魔殿まで行きヴィクトルに会いに行った。タクシードライバーにものすごくイヤな目つきで睨まれたが、それでも、聞きたいことがあった。

 今まで殺した悪魔は数限りなく、そして誰一人として罪悪感は感じなかった。しかし魔王であるスルトを倒したあの瞬間、俺はこらえがたい罪悪感を感じた。あんなに憎み傷つけられた悪魔なのにだ。本当にこの悪魔を殺してよかったのか、と。

「まさかこのような短時間で十階の扉を開け、スルトを倒すとはな。しかもヤツを感服させ魔晶変化までさせるとは………恐れ入った、としか言いようがない」

 だがヴィクトルの言葉を聞くのが精一杯の状態だった。体中にシップやら符やらを貼られ、その上から包帯でグルグルに巻かれ、ただでさえ枯渇した魔気が体の再生のために奪い取られてゆく。

 まぶたがやけに重い。

「だがこれは我が輩の失敗でもある。魔王スルトは最上階のフロアの門番役をしておる者だ。十階までこれる優秀なサマナーをわざわざ悪魔に死なすことも無いと思い、人間に固執………もとい寛容なスルトを置いておいたのだが………ヤツには訪れたサマナーの強さを試し、真に強き者だけをこの階に入る許可をせよ、そう命じたはずだった」

 スルトに二度も瀕死の状態まで追いつめられておきながら、その張本人をしとめたとき、何か言いようのない罪悪感・焦燥感に駆られた。後悔と言ってもいい。

「それは多分、ヌシが深く暗い闇の中にいる者だからであろう」

「闇の…中……」

 ヴィクトルはそう言い放つと、ほくそ笑んだ。まるで自分の研究が成功に向かっているように。

「ヌシのダークネスがそうであるように、ヌシの心……魂はより闇の香りに満ちておるのだ。再生の輝きによる導きよりも、再生の到来のための破壊。それはどの神話にも当てはまるのだよ。神話において神々の争いに『絶対的な悪』が無いのと同じで、必ずしもヌシの気がダークネスだからと言ってそれが悪の証というわけではない。そんな魂の共鳴が、ヌシの心を激しく揺さぶったのだろう。あたかも同族を殺してしまったような罪悪感はそういう因果関係も関ってくるらしいからな」

 あの時の後悔は、同じ心を持つ者だから……?分かり合えるのに殺してしまったから………?後悔の念だというのか。

(………違う)

 そんな漠然としたものじゃない。スルトは心の底から愉快がっていた。今のヴィクトルと同じで目的を達成した喜びに満ちていた。死を目前とした恐怖など、微塵も感じていなかった。自分を殺した相手になんのためらいも見せずに、魔晶変化した。

(すべてのチカラは、混乱を………生む………?)

 ヴィクトルはオレの様子など気にかけもせず、話を続けた。

「しかし非常に興味深い。いくらダークネスの使い手だからとて、このような少年が魔王を倒した。しかもその戦いの中で敵であるサマナーに感服し、自ら進んでその身を捧げるとは。またヌシのおかげで貴重な疑問と仮定を得ることが出来た」

「……ふん」

 これ以上話しても無駄か。そう思い話を半ば強引に終わらせる。その後ヴィクトルに頼んでタクシーを呼んでもらうと自宅まで送ってもらった−−−もちろん代金はこちら持ちだったが。





 時計を見る。午後五時をすぎていた。

 もう限界だ。ベッドに横になると、芋虫みたいに服を脱ぎ下着一枚のままでクーラーにスイッチを入れた。

 体が酷くだるい。神経がヒリヒリする。体中が熱い。喉がカラカラだ。朝のうちに汲んだままのお茶を口に入れる。

(ぬるい・・・)

 鼓動がやけに速い。鼓動の音で眠れるかどうか心配だが、まぶたは関係なく閉じようとしている。

 ああ、疲れた。

 今日は、ホントに疲れたよ……母さん……



 −−全てのチカラは、混乱と怨恨を生む−−

 −−弱者にはチカラを、強者には破滅を−−



−−−−お前は、弱者だ−−−−



・・・・・・・・



 次の日。



 まだ体が言うことを聞かない。

(十一時か………)

 まだ寝足りないのが素直な感想だった。しかし夜中じゅうに相当気を消費していたのか、腹が気持ち悪いほど減っていた。もう減ったレベルを過ぎ『痛い』。喉も相当渇いているのだろうか、カラカラと言うよりヒリヒリする。

 とりあえず買って置いたゼリーを冷蔵庫から取り出し飲み干すと、体中に巻かれている包帯をはずした。胸の一文字の傷以外はほとんど治っていたが、全身の筋肉痛はあまり治っているようではなかった。それでも傷の出血は止まっているところを見ると、相当に符の恩恵を受けているらしい。一度どういう作りなのか病院に教えたらどうかと思った。

「くっ……そ」

 体の痛みに耐え、TシャツとGパンに着替えると家を出た。軽い頭痛もする。たぶんこれは魔気の枯渇ではなく、単なる貧血だ。血が足りない証拠だな。

 そう言えばこのごろロクなものを食べていない………



 一番近くのコンビニで食べ物と飲み物、昼飯に筋肉痛にとシップを買いあさり、部屋に戻った。

 レンジで弁当を暖めている間、ふと担任のことを思いだした。

(そう言えばあれ以来、合わないな)

 シーアークでのバカカップルをあれ以来見かけない。

 もしかしたら任務の途中で死んだのかも知れない。あのアホ彼氏、相当弱いし。

 飲み物を冷蔵庫にしまう。

(それにしても、うっとおしかったな)

 夏休み前の三者面談のことだ。

 オレの成績はよくなかった。だが自分の予想通りの結果だったし、何より勉強なんかに興味は微塵も感じないからだ。



「駄目です!三者面談を拒否するなんて!」

 誰もいない職員室に大きな声が響く。しかしどうも言葉に大して威圧感が感じられない。まあ、それも仕方がないのかも知れない。

「ですが僕の家は兄と二人暮らしです。兄は一日中仕事で家に帰ってくる事も滅多にありませんし、三者面談なんかで家に戻りはしません」

 当然の反論をした。当たり前のことだけど、だからこそ説得力がある。しかし目の前の、少し舌足らずな新任先生もなかなか引き下がらない。顔はかなり敗色が濃くなってきているが。

「お父さんやお母さんがいるでしょう?三者面談の日ぐらい家に来てもらいなさい、これからの進路のこともありますから!」

「無理ですよ、そんなの」

「どうしてよ。一日ぐらい開けられるでしょう?」

 無茶苦茶なことを言う。どうやらオレの家庭状況が分かっていないらしい。

「この世にいない人をどうやって呼び戻すんですか。イタコでも呼びますか」

「…………え」

 担任の顔が青ざめた。どうせアホ(担任)のことだからかなり動揺しているのだろう。「母も父も事故で死にました。今オレを養ってくれているのは義理の兄です。血も繋がっていないオレを苦労して育ててくれているのに、これ以上迷惑は掛けられませんですから。だから、無理です」

諦めさせるためにはまくし立てるのが一番だ。

 嘘は言っていない。両親の死は法に照らせば事故死だし、椿さんの仕事上、時間を割くわけにもいかない。椿さんとの関係もそんなもんだ。

「今度は家庭報告書を見てから俺を呼びだしてください」



・・・・・・・・



 体中のシップと札をはがし、鏡を見る。十六歳とは思えないほど体が隆起をしていた。まさにテレビで見るようなボディービルダーそのもので、筋肉の過度の使用によってものすごい腫れを起こしている。簡単に言えば筋肉痛だ。しかもかなり重傷の。

 シップの箱を一つ空にすると、ひんやりとした感触が体を包む。筋肉の腫れによってものすごく熱を持っている体は、クーラーの温度を無意識のうちに下げさせた。ぜんぜん解決になっていなくても、どうしても温度を下げてしまう。外より遙かに冷えているはずなのにTシャツは汗で濡れていた。

(くそ…………)

 シャツを捨てるように脱ぐと、そのままベッドに横になった。栄養を摂った体が、またもや眠りを欲しているんだ。

 それにしても………

(…………………………………………熱い)



・・・・・・・・



 ドンドン……ドンドン………

 何かを叩く音で再び目を覚ました。

(十時か……)

 起きあがると腫れは全然治っていなかったが、それでも少し楽になったような気がする。体が少し軽い。

(それにしても、こんな時間にいったい……)

 ドアを叩く音だった。こんな時間にこんな叩き方をするのは……



「悪い、寝てたようだったね、その顔を見ると」

「……はい。ちょっと疲れているもので」

 椿さんだった。

 相変わらずクールで笑顔を絶やさない人だ。戸籍上はオレの兄になっている。

「うわ、ナギくん、クーラーのキきすぎだぞ、これは!」

 今日はどうやら私服のようだ。ワイシャツとしわの入ったブラウンのズボン。髪は後ろで束ねてある。

「いま飲み物を………」

「………」



 は、と気づいた頃にはもう遅かった。

 椿さんにシャツをまくり上げられ、傷口が露わになっていた。

「………あれだけシーアークには行かない方がいいと言ったのに」

「はい……」

「無理は、駄目だよ」

「…………はい」

 その一言はかなり効いた。ある意味魔王スルトの一撃よりもだ。

「すごい筋肉の腫れだ。胸の傷も大きい・・・何かおかしいと思ったんだ。部屋は異常に冷えているし、歩き方がなんかぎこちなかった。それにシップ箱が空になって置いてあった」

「…………ちょっと、無理をして」

 本当は相当の無理をしている。が、椿さんにだけは余計な心配をさせたくなかった。

「飲み物はオレが用意する。ナギくんはベッドで横になってて」

 無理矢理ベッドにオレを寝かせると、そのまま椿さんは台所に行ってしまった。

 オレの本当の姿を知らずに。



「ところで、ナギくん」

「はい」

「この傷は、何階で負ったものなんだ」

 少しの間があったが、

「…………六階に初めて足を踏み込んで、こうなりました」

「そうか」

 と答えた。嘘もいいとこだった。だが椿さんにこれ以上いらない心配をかけたくない。自分の力を徹底的に隠さなければいけない………と感じた。それが今オレの心の中にある、唯一の良心だった。

「実はナギくん、キミに頼みがあるんだ」

「頼み……ですか?」

 なんて珍しい。椿さんがオレに頼みなんて。

「ああ。これは組織外のサマナーしか頼めないことなんだ」

 今まで椿さんは一度としてオレに頼み事をしたことはない。ましてや組織関連の話自体、椿さんは避けているように感じるからだ。

 椿さんの目が鋭くなった。とても真剣のようだ。

「その前に、いま組織で起きている『混乱』をキミに教えないとな。これはトップシークレットだ。誰にも口外してはいけない。分かったね」

 黙って首を縦に振る。その瞬間筋肉痛に襲われ、真剣だった椿さんに苦笑された。

 情けない……………



「ここ数ヶ月の間で、日本支部、そのなかでも特に天海支部のファントムサマナーが次々と死亡している。幹部の命令で動いているが、こんなことは初めてだ。何より軒並みトップのサマナーがやられていくのだから。今のファントム天海・・・いや、日本支部のナンバー1サマナーは知っているとおり、フィネガンだ。そしてナンバーツーはキミのお父さんといってもいい」

「親父が、ナンバーツ2の強さか・・・」

−− 強者には破滅を−−

 スルトの最後のセリフが脳裏によぎる。歯を食いしばって無理矢理頭から離すと、椿さんの話に再び耳を傾けた。

「天海支部の話に戻すが、ナンバー3はユダ・シングというネパール人の派遣サマナーだった。ナンバー4はマヨーネという女性サマナー。ナンバー5が米田と言う男で、そしてナンバー6がオレ、神楽 椿(かぐらつばき)。そこから下はシーアークの五階で苦戦するような、あまり使えないサマナーだ。実質的にこの六人が作戦の指揮をとることが多い」

 そこで一息つき、氷の入ったお茶を飲んだ。コップに当たるカランカラン・・・という氷の音が気持ちよく響いた。

「しかしここ数ヶ月で、ナンバーは激変した。ウラベさんが死に、ユダも死んだ。数ヶ月前に起きた、開発途中の天海空港爆発事件は知っているだろう?あれがユダの最後だった。爆発した本当の原因は、悪魔の仕業・・・生き延びた悪魔はフィネガンのヤツが始末したらしいが、ユダは死んだ」

 言葉の合間を縫ってクーラーの温度を上げた。さすがに少し寒くなってきたからだ。

「マヨーネも死んだ。数週間前に起きた、車庫の爆破事件がそうだ。組織に仇なすチームと、そのチームの一人のサマナーを始末しろ・・・だが結局任務は失敗、マヨーネの焼けこげた死体だけが爆発後の芝浜駐車場から出てきた。爆弾は組織から正式配給されたプラスチック爆弾だ」

 芝浜駐車場………の、爆破事件?

「もしかして………チーム名はスプーキーズで、大型トレーラーを持っていて、子供ばかり………二十代にも満たないヤツらの集団じゃないですか」

 椿さんの驚いた顔がオレに送られる。どうやらビンゴか。

「オレその付近にいたんです。たまたま歩いていたら、ものすごい音がして………近づいてみると、トレーラーから人が出てきて、そいつらの仲間が出てきて。何かガッツポーズを取っていましたね」

 なんの脚色も無しに答える。ただしそこにいる前の行動は黙っていたが。

「作戦は完全に失敗か。くそ、あの女め、口先だけで粋がってスタンドプレーに走りやがて………勝手に死にやがって……」

 そのあと彼ら………マヨーネを倒した人物らしき者達の事を聞かれたが、すぐに本題に戻った。

「彼らは手強い。あのフィネガンを追いつめた事もあるらしいからな」

「そんなに、強いんですか」

 知らなかった。彼らがそんな強さを秘めているとは。

 説明に戻る。

「ナンバー5の米田は、本来なら真っ先に死ぬ男だった。強さはオレどころか、ナギくんでも殺せるくらいの小物だ。コネとゴマすりでここまで来たような者だが、そんなヤツほど殺されずに生き残っている。だが今、実際指揮をとっているのはフィネガンとオレだけなんだ」

 話をいったん区切った椿さんは息を大きく吸い、目を閉じた。大きく息を吐いたかと思うと、いつもは見せない真剣な顔に戻っていた。

「そこで頼みなんだがナギくん。この男、米田を『ある面』から見張り続けて欲しいんだ」

「ある面?一体どんな………」

「これはある意味とても重要なことなんだ。組織にしても、俺やナギくんにしても」

 そう言うと胸元から二枚の写真を机の上に置いた。



(うあぁ………)



 その写真を見た瞬間にズッこけそうになった。そして事実少しめまいがした。血が足りないせいもある。しかしそれ以上に、この写真の内容があまりに『拍子抜け』していたからだ。

「これが米田の顔写真で、こっちの写真がヤツの彼女とのツーショット。言いたいことは………分かるね」

「はい。痛いほどに」

 あのアホ………ついに椿さんにまで目を付けられた。

 何のことはない、春先にシーアークで見かけたバカカップルがそのまま写真に写っているだけだった。あんのアホは脳天気に写真に向かってピースをしていた。

(それにしても……こいつがトップサマナーねえ)

 間抜けすぎて、頭が痛い。思わずこめかみに手を置いた。

「椿さん、実は………」

 なんか言い訳じみた説明になりそうだ………そんな予感をはらみながらも、もう黙っているわけには行かなくなった。担任の写った写真を出された時点で、間違いなく彼女はターゲットになっているだろうから。





「米田の馬鹿野郎が。組織の規律を破るとどうなるか分かっているのか………いや、教えてくれてありがとう、ナギくん」

 黙っていたことを怒るかと思っていたが、意外とそうでもなかったようだ。

「いや実はこの二人組がスパイではないかと疑っているんだ。もしくはこの女………キミのクラスの担任、『桃木千秋』という女をね。だから君への依頼はこの女を何げに監視してほしい。学校から出てしまえばこちら側の人間に任せられるのだが、学校の中というのが、な。特に放課や受け持ち授業の無いとき・・・はナギくんの授業があるな、ハハハ」

 アホが他の組織のスパイ……ぜったいムリ。

 無理むりムリ無理むりムリ……×3

「あんな頭の回転がとろい人間がスパイになんてムリですよ」

「人の性格や行動はいくらでも偽れる。一面を見ただけで決めつけるのは早計だぞ」

「……わかりました」

 あっけなくオレの予想は却下された。

 そんなことを言われても………と言いたいのを懸命にこらえた。あれは100パーセント天然だと思う。あの性格が偽りのものだとしたら、相当腕のいい諜報員だろうな。

「出来る限りでいいんだ。そして誰からの依頼かは絶対言わないこと、分かったね」

「そんなことしませんよ」

 一応お約束の返事を返す。元々信用していないならオレに頼むはずがない。もっとも、オレにしか頼む人間がいないと言えばそれまでだ。

 椿さんはオレの返事に納得すると、元気よく立ち上がった。

「そうか。じゃあ、俺はもう行くよ。このごろ忙しくなってね。特にマヨーネが死んでから、ろくな事がない」

 そう言うと椿さんはコップに入っていたお茶を一飲みで片づけると、そのまま玄関に歩いていった。

「椿さん」

「ん?なんだ?」

 椿さんは変わらないな。低くゆっくりな話し方。それでいてアホ(担任)のようなトロくささはなく、聞き易い。こういうのを優雅と言うんだろうか。

「椿さんは、シーアークの何階でいつも訓練していますか?」

「俺?そうだな………ひと昔は六階でもヒーヒー言っていたが・・・今訓練するなら、八階かな。………駄目だぞ、ムリしちゃ。六階でこんな傷を負ったんだ。まだ五階での戦いになれていないことになる。時間をかければきっとウラベさんよりもキミは強くなれる、焦らずにがんばれ!」

「……はい」

「よし!」

 何も知らない椿さんは俺に笑いかけると、部屋を出た。

 ガチャ……ン。扉の音が響き、また一人の空間になった。



(寝よう。何も考えたくない)

 椿さんが俺より弱いと分かったとき、何か裏切られたような気がした。自分の尊敬する人を越えてしまうことが、優越感を感じるどころか何か後ろめさを感じてしまった。

 体中がまだ痛い。魔王スルトが託した魔剣を試すのは、まだまだ先になりそうだ。



・・・・・・・・



 夏休みももう残すところ一週間になってしまった。

 二度の敗北による疲労と、三度目の戦いによって俺の体は心身共に限界を超えていたらしい。ろくに筋肉痛も治っていないのに戦いに挑んだせいで、五日もあれば治る全身の筋肉痛はいまだ後を引いていた。しかしこの戦いで魔気(=ダークネス)による筋肉の反応もさらに一段とよくなり、またダークネスも桁違いの強さを発揮するようになった。こういうのを魔気の最大量が増えた、とでも言うのだろうか。

 ようやく激しい運動さえしなければ筋肉痛に襲われることはなくなり、さしぶりにシーアークに行こうと思った。。何もいきなり十階に行く訳じゃない。体慣らしと魔王スルトから授かった暗黒剣レーヴァテインを試すためだ。

 立ち上がると、やけに体が軽く感じた。

 そんなことを思いつつサマナーとしての衣装に着替えると、家を出た。



・・・・・・・・



(………暑……い)

 今まで何日もクーラーの中で治療を続けていたせいか、酷く炎天下がつらい。なるべくバス停まで急ぐとクーラーのきいているバスを待った。

 サングラスだけは胸ポケットにしまっている。何かこれをつけるとよく見えないからだ。でも戦闘中は決してとれないのが不思議である。どんなに激しく体が動いても、ズレもしない。



 終点の天海空港前で降りると十五分ぐらい歩いた。あいかわらずここは港以外の機能はないらしく、大型トラックだかタンクローリーだかが走り回っている。

(蝉の鳴き声が聞こえない……)

 いっさいの自然のない土地だった。ここ天海ベイはたまりたまったゴミや土などで造られた土地だ。その上をアスファルトで固め、倉庫などの『人が住むうえで邪魔な』ものばかりがつくられている。空港・工場・倉庫・高速道路・ゴミ焼却場。

 そしてシーアーク。

 そのシーアークに何とか無事に(?)たどりついた。額の汗を拭うとサングラスをかけ中に入る。止まっている車が一台も見えない。

(まあ、昼間から訓練にこれるヒマはいないか)

 偽造カードを扉に通して、中にはいった。

 炎の魔剣を握りしめ、通路を直進する。目指すは三階。そこまでは悪霊などの『とるに足らない』相手だからだ。まともな殺傷能力もない、生き霊みたいな悪魔ばかりだから。

 さすがに大きな剣だな、とても細長い。スルトは人間の大きさに合わせたらしいが、2メートルはある。まあ、大型の悪魔を相手にするにはそれぐらいがちょうど良いかも知れない。柄だけで〇.五メートルぐらいある。

 正直使いにくい武器だと思った。大振りな剣は何かと使うのが難しい、そう思っていたのだが。

 さすがに破壊力だけは抜群だった。



「………」

 びっくりした。

 『カンフュール』という一角獣が突進してきたとき、驚きで思わずダークネス全開で剣を振るった。三階と言えば大した悪魔もいないと、たかをくくっていた矢先にこんな大型悪魔が襲ってきたからだ。

 そしてその瞬間、もっと驚いた。なんせ襲ってきた一角獣が光に帰る隙も与えず燃やし尽くしたのだから。行き場のない炎が突き当たりまで−−まるで鞭のようにとんでいき、廊下一帯を黒こげにしたのだ。

 斬ったというより、消滅させたという感触だった。なんせ斬った感覚が手に伝わってこなかったのだから。空を斬ったような、手応えのないまま一角の悪魔は消滅した。

「これが炎の暗黒剣レーヴァテイン………俺の力が宿った、俺の力を発揮させれる武器…………オレの力を得た魔剣の威力」

 今まで握った武器とは明らかに違う。この武器の威力を目の辺りにした瞬間、今まで使っていた武器がおもちゃのように感じ、そしてあまりの威力に危機感を感じた。

(この力は危険だ……)

 しかし何故か安らぎのような思いもある。なにか複雑だ。自分の力が危険なものなのは前から変わっていないし、やっと自分の持つ力を余すことなく発揮させてくれる武器を手に入れた。

−−弱者にはチカラを、強者には・・・−−

(体が痛い)

 自分がまだ完全じゃないことを今思い出した。

(この痛みは………また別の苦しさだ……)

 自分の体の治療が思ったより遅いことが分かった今、もうこれ以上ここにいることは出来ない。椿さんの忠告もあることだし。

 細長い剣を肩に掛け、エレベーターに向かって帰ろうとした。

・・・・・・・・・

 が、何か変な気配がする。エレベーターに向かっている途中、ずっと悪魔の気を感じる。襲ってくる悪魔をかるく切り倒したときも、その悪魔が残していったものを拾っているときも、何かが変だった。

 後ろを振り向く。さっきからずっと背後から感じる『変な』気だ。悪魔らしいが、どうも完全に捉えきれない。

「人間のニクニクニクニクニ………」

「うるさい。黙れ」

 振り向いた背後から襲ってくる悪魔は剣から発生した炎で、一瞬で消滅させた。

 いいかげん苛立ってきたオレは苦手な『コンタクト』というものをさしぶりに取ってみることにした。

「出てこいよ」

 乱雑な言葉だった。しかしハナから仲魔にする気はない。怒らせるなり逃げだすなりの反応をオレは待っていた。

 しかし俺の言葉を待っていたように、『それら』は出てきた。

ゾロゾロゾロゾロ・・・・・・・

 ………確かに出てこいとは言ったが、どうやら向こうは何か勘違いしたらしい。

 いや、勘違いしたのは俺の方だった。

(出すぎだ、バカ)

 軽く二十人はいる。皆ごく普通の人間の格好で、武器どころか一般人が着るようなYシャツや安物のズボンをはいていた。手に望遠鏡やら妙な機械を持っている。一応悪魔だが……………何か変だ。

 敵意や戦意を感じない。ただひたすらこちらの様子をうかがっている。

(やりにくい)

 向こうに敵意がないのなら戦う必要はない。

 こんな訳の分からない悪魔、初めてだ。イライラしてきた俺はそこらの手身近なヤツを一人捕まえると、睨み付けた。動物に近い悪魔ならこちらの圧倒的な魔気で己の敗北を認めるが、ヤツラは認めるも何も戦う気がないようだ。仲間の一人が捕まったというのに驚きもせず、嬉しそうに観察したり手に持っている望遠鏡で俺の顔をのぞき込んでくる。

(……カンに触る……!)

 剣を捕まえた悪魔の首筋につけると、今オレが出来るだけの威嚇をし、

「仲間になれ。出なければ殺す!」

 と大声で怒鳴った。もちろん冗談じゃない。さっさとケリを付けて帰りたかっただけだ。

 だが、ヤツはゾッとするような笑みを浮かべオレを見た。狂気に支配された、人間の顔だ。

「種族・外道、ワタシノ名ハ、ナイトストーカー。コンゴトモ、ヒヒ、ヨロシク。ヒヒ、ヒヒヒヒヒ」

 そう言うと何十人もいたそいつらは、オレがつかみかかっている悪魔に駆け寄った。だがそのすべては駆け寄る途中で光のスジになり、そのスジが首もとを捕まれている悪魔に吸収された。その瞬間に残った一体は大きな光の玉になり、何の断りもなく勝手に媒体であるMDの中に入っていったのだ。

「なっ………なんてふてぶてしい悪魔だ!」

 確かに仲魔の誘ったのはオレだが、何か納得いかない。

「……くそ、今日は厄日だ!帰るぞ!」

 まだ筋肉痛は治らないし、変な悪魔はついてくるし………

 怒り肩のまま家に帰った。

 もちろん、ゆっくり歩いてだ。体がまだ痛いから。



・・・・・・・・



 まさかこれほどまでにこの変な悪魔が使えるとは思っても見なかった。

 それに気づいたのは偶然だった。体の調子が悪いので、もう夏休み中にシーアークに行くのをあきらめ、家で宿題をやっていた。

 もう明後日からは学校だった。一日かけてほとんどの宿題を終え、今日の午前中にはもう終わる。ただ無心に宿題をこなし、すべてが終わったのは午後一時だった。

 ゼリーを飲み、ベッドに横になってもなかなか目が冴えているらしく、全然眠れない。まあ当たり前のことだが、全身の筋肉は確かに痛いが何も疲労しているわけじゃない。もう十分すぎるほど睡眠をとった今、これ以上寝ろと言う方が無理だった。

 机の上に置いてあるMDをとり、寝転がりながら何げにレンズを見ていた。特に変わったことのない、普通のレンズだ。このレンズの中に悪魔が入っている・・・・もといこのレンズの中に悪魔を召喚するプログラムが入っている。

 そう、あの頭のイカレている悪魔も。

(思い出すだけでムカついてくる)

 この体が自由なら速攻で業魔殿に行き何かと合体させるのに。

 確かに頭に来るが、それでも自分の持ち悪魔ぐらい知らなければいけない。

「………ふうぅ」

 嫌々ながら魔気を手に集めると、MDプレーヤーが起動し、中に入っているMDにものすごい回転がかかった。

 悪魔がこの世に現れる瞬間だ。

 気がドライアイスみたいに部屋の地面に広がる。ようやく頭のおかしい悪魔の参上だ。地面から出てくる瞬間から、もうすでに笑っている。だが出てきても何かをすると言うこともなく、ただじっとオレを見ている。

 そのまなざしがまた気味が悪く、カンに障る。とんでもない怪物より、なまじ人間の格好の悪魔の方がのほうが気味が悪い。しかもナイトストーカーは何を考えているか分からず、いつも笑っている。

「おい、ナイトストーカー、お前は何が得意だ」

 安直だがそれ以外全く興味ない。だがヤツは今以上にニヤー・・・と笑うと、得意げに答えた。

「特技ハ、ストーカー。ヒヒ、悪魔ニナッテ、ホントニ嬉シイ。ヒヒヒ、ドコデモ、イツデモ、追イ続ケ、見テテアゲルノ。ヒヒヒヒ・・」

「もういい」

「悪魔ハ、壁モ警察モ、怖クナイ。ヒヒヒ、絶対気ヅカレズ見テテアゲラレル」

「・・・・」

 変態が悪魔に生まれ変わり、よけい手に負えなくなったか。名前もセンスのカケラも感じられない。

「見ててあげられるって、誰を見るんだよ」

 投げやりに聞くと、さも楽しそうにこう答えたのだ。

「マスター・ナギ、ソレ、オマエガ決メルコト。オレハ誰デモイイ」

「・・・・は?」

「オレ、絶対ニ捕マラナイ。違ウサマナーニ捕マッタラ、消エル、バレナイ。コレオレノ特技、イキガイ。イヒヒ」



 もしかすると、もしかするかも。



−−遠距離からの悪魔操作に使うものだな−−



 そんなオーナーの言葉を思い出すと急いで時計を手にはめ、サングラスをつけた。付属品にともらったコードで時計とサングラスをつなげ、サングラスのレンズを凝視する。



−−これで悪魔を使った尾行もバッチシだ−−



 するとサングラスのレンズから文字が出てくる。

[トレースする悪魔をサーモンしてください。サーモンし終えたら、エンターキーを押してください]

(エンターキー・・・?)

 時計を見ると、時刻あわせのボタンの小さく「enter」という文字が掘ってある。

(これだな、よし)

 何か、こんな気持ちはさしぶりだ。小さい頃、初めてプラモデルを作っているときのような・・・そんな気持ちだった。

 もちろん、不純な目的だが。

[前方に悪魔を一体確認。画像をトレースする『アイズ・スポット』を設定します。アイズ・スポットにしたい場所に時計のレンズから出る赤外線を当ててエンターキーを押してください]

「ナイトストーカー、少しじっとしてろ」

「イヒヒ、マスター、俺ラト同ジ臭イガスル。」

「死にたくなければじっとしてろ」

 狂気に包まれている眼球に時計を近づけ、ライトを照らす。ここら辺は普通のサバイバルウォッチと同じらしい。

 二回光を照らすとエンターキーを押す。

[設定を終了します。この設定でよければエンターキーを押してください・・ピー・ピ・なお音の収集は大きさにも寄りますが、トレースの悪魔を中心とする10メートルが目安です。それでは次回からはこの設定を受け継ぎますので、くれぐれも設定と違う悪魔でトレースを行わないでください。それではトレースを開始します]

「・・・・成功・・・だよな」

「ヒヒ」

 確かにサングラスにはオレの視線とは違うものが写っている。かなりの解像度で画像収拾能力も優秀で、テレビを見ているような感覚だった。しかし問題はこの悪魔がちゃんと動くかどうかだ。

 とりあえずテストとして歩かせるか。

「おい、とりあえずそこらを偵察してこい」

「イヤダ。オレハストーキングシカ興味ナイ」

「・・・・・・」

 無言でナイトストーカーをMDに戻すとサングラスをはずす。ついでに時計もはずすといきおいでベッドに転がった。

(そうは問屋が・・と言うやつか)

 もし成功すればテストの回答だろうがアホ(担任)の監視だろうが、よけいな時間を使わなくてすむと思ったが。

(すこし、思いこみすぎたかな)

 特にすることもなくコンビニにでも行こうかと思っていたとき、呼び出し音がなった。

 誰かが家にやってきたのだ。

(こんな時間に・・・椿さんか?)

 時計は2時前だった。こんな真っ昼間から、それも二日も続けてくれるとは思えない。水道・電気・ガスその他すべての集金は口座から振り込みですましているし、一体?

(新聞の勧誘か?)

 うっとおしいと思いつつも、扉を開けた。



「やーっっと居たあ!」



 頭の中が真っ白になった。よりによって新聞の勧誘よりもタチの悪いモノだ。

(・・・・え〜っと、)

 冷静に考えてみる。まず一つに、オレは警察に迷惑はかけたが、補導はされていない。あの旧校舎破壊事件は、新聞によるとまだ犯人は不明と言うことだけで、何やらそれもモミ消されそうになっている。警察に世話にもなっていないし、問題も起こしていない。成績もすべて赤点を免れたし、舶用学院に出校日はないので学校側にも迷惑を掛けていない。さらに、椿さんの依頼もまだ手も着けていないからバレるという問題にもつながらない。なのになぜ。

「電話してもつながらないし、家に行ってもいつも居ないんだものねぇ」



 なぜアホ(担任)がオレの家に来るんだ!



「やっぱり三者面談はやらなきゃ。お兄さんが居ないならしょうがないから、二者面談にします。面談場所はキミの家の中ね」

 今すぐキッパリと正確に感情を露わに断りたかった。だが、すでにヤツの右足が扉を閉めることを阻止している・・・・

 オレは運命を呪った・・・



「うわあ、これがウラベ君の家?・・・・・すごい」

「そうですか・・・」

 もう今すぐ、なりふり構わずシーアークに行きたい気分だ。

 そんな俺の気持ちも知らずにアホはオレの家を詮索してくる。プライバシーもクソもないとはこのことだ。

「お茶、どうぞ」

「気が利くわねえ、ホントに。でもウラベ君の家、なんか生活感が感じないんだけど」

「・・・・そうですね」

 あまりに『気が利かない』アホの言葉など気にしない。アウト・オブ・眼中。

「クーラーの利きすぎた部屋、太陽の光があまり入って来ないからよけい冷ややかに感じるわぁ。ポスターとか飾り付けなんかもまったく無いし、広い部屋にタンスと即席の机、それに物置付のベッド。向こうの部屋には大きなパソコンと関連のある雑誌があるだけ。何か無機質に感じるわね。盛りどきの高校生って感じじゃないみたい」

「それが僕という人間ですから」

 無機質、か。感情の欠落によるものだよ、これは。

「あ、でもね、それなりの趣味はあるじゃない!ほら、ベッドの横に、よく見たら高そうなMDコンポもあるし、ほら、ウラベ君いつもポータブルMD持ち歩いているし」

 オレの冷めた態度で自分がけなしていることに気がついたのか、いきなりオレの部屋を褒めだした。この裏表のハッキリした性格に苛立ったオレはとことん反抗する。

「自分で好きこのんで買ったワケじゃないです、兄のプレゼントですよ。母が好きだった歌が家にCDで残っていたんで、それをいつも聞いているだけです。流行に興味はありません」

「でも、歌は好きなんでしょ?」

「別に。周囲のうるさい声をかき消したいだけです。特にクラスのヤツラの大声を聞くとカンに障りますから」

「で、でも十六歳でパソコンを使えるなんてスゴイよ、うんスゴイ」

「兄がくれる多すぎる小遣いを無駄に使っているだけです。それに本当にスゴイと感じるためには、パソコンの知識を持たなければ相手を褒めれませんよ」

「う・・・・」

 言いたいことを反論つきで言わせると、やっと黙ってくれた。何故こうやってムリに褒めちぎるんだろう。

 いいじゃないか、別に。性根の暗い、無機質なヤツで。

 しかし担任は鼻先を軽くかくと、何を思ったか苦笑しだした。

「ほんと、可愛くないんだから」

「そうですね」

「あなたは十六歳なのに、成熟しきっているわ。見かけじゃないの。見かけで背伸びしているんじゃなくて、雰囲気からもう大人だな・・・て肌で感じるのよねえ。あなたが羨ましいわ」

 オレはあんたが羨ましい。あんたの脳天気さと育った環境に。

「あのバレーの試合の後、みんなが私を見直したわ。私だけじゃない。チームのみんなが学年じゅうから見直されたの。ほかの球技の子が悔しがるほどね。三者面談の時も、みんなけっこうリラックスして話すことが出来たわ。バレーで優勝しなければここまでリラックスしてくれなかったかも知れない・・・・」

「そうですね」

 うざったい昔話に適当な返事を返す。はっきり言ってオレにはどうでもいいことだ。

「あなただけなの、マイペースなのは。わたしはみんなにうち解けられて嬉しいし、根倉クンは成績がいいけど貧弱な−−そんな生徒達から尊敬されているし、木塔君は女子からスゴイ人気だし・・でもウラベ君は違う。何でみんなと仲良くならないの?」

「・・・・」

「あなたは頭が良くて、冷静で、運動神経もよくて、かといって威張らない。今回成績があまり良くないのも、興味が無いからなんでしょう?」

「冷めてるだけですよ」

 良く捉えすぎだ。すべて偽りの自分なんだ。オレは・・・

 オレハ・・・

−−オマエハジャクシャダ−−

「みんなね、結構ウラベ君のこと憧れてるんだよ。女子にだって影でモテてるんだから。口ばっかの男が多いけれど、きみはただ黙って自分のするべきことをこなすの。顔だって少し影があるけど、整ってるしね」

 イライラしてくる。一体何が言いたいのか、面談はどうなったのか、そんなことが言いたいがためにわざわざオレの家に来たのなら、教師として失格だ。

「でもね、キミに近寄りがたいの。キミは誰も寄せ付けない。なぜ?みんなが幼稚に思えるから?自分に合わないから?あなたはいつも一人。先生不安になってね。みんな仲良くなっているのに、ウラベ君だけなんか仲間外れみたいで」

「先生」

 いいかげんオレの我慢も底をついてきたオレは、ある脅しをかけることにした。

「え・・・なに・・・えぇ?」

「・・・・・・」

 アホの迫ると両手で彼女の頭を包む。今日も化粧は見事に下手くそだ。タダでさえ下手くそなのに汗でさらに化粧崩れしている。

「ウラベ君、あの、その、こういう事は・・・」

 両手をこめかみの所へ持っていくと、顔を少し近づける。オレの顔とアホの顔との距離が10pにも満たなくなる。

「あ・・・あ・・・」

「・・・・・」

 必死に何かもがいているが、抵抗にもならないほどの力の弱さだった。さらに魔気を放っていたので、精神的圧迫もされているだろう。

「オレの中の闇が見えますか?」

「・・・・え・・・」

 オレの中の闇だ。深く暗く、誰の目にも捕らえれない闇。

「俺の目の中の闇は、あなたも自分の中に闇を受け入れなければ見ることが出来ない。あなたはまだ目の前の闇におびえるだけで、闇を自分に宿すことはない」

「・・・何を・・何を言っているか、わかんないよ」

 分かってくれる人間はいない。いたのはただ一人、魔王スルトだけだった。

−−−オ前ハ弱者ダ−−

「あなたの瞳の奥に恐怖が写っている。それは未来に対してとか、そんな漠然とした怖さじゃない。原因が明確な、はっきりとした恐怖。表面じゃ明るく振る舞っているが、心の奥ではいつも怯えている」

 言いたいことを言うと、頭に添えていた手を離す。すると離したとたんに後ろに倒れそうになり、情けない声を上げ両手で体を支えていた。

「そういうことですよ。僕は表面だけの絆だとか友情、そんなものいらないんです。本当に先生のことを思ってくれる人がいたら、先生の『不安な気持ち』も何となく感じ取れるはずです」

 そう言って立ち上がると、元の位置に戻る。お茶を一口飲んで、ふたたびアホの顔を見ると呆然としていた。心ここにあらず、と言う感じだった。

「先生みたいに単純な人だと、心の中を探るのも苦労しません。タネは明かしませんが、単純なことですよ。人の心の裏を覗くなんて」

 そう、単純だった。

 単純どころか、知っていることを遠回しに言っただけだから。

「ウラベ君・・・あなた、読心術が使えるの?」

 本当は知っていたことなんだが・・・もちろんタネは明かさない。

「違いますよ。ただその人と話していると、何となく感情の起伏が分かってしまうんです。本気で話しているとか、無気力だとか、社交辞令とか。だから友達はいらないんです。感情のなれ合いとかその場限りのつき合いだとか、そんなのに本気になるなんて馬鹿らしいでしょ?」

「・・・・うん」

「もしかして、こんなことのための二者面談だったんですか?」

 引きつっている顔がまた情けない。いかにも『大当たりデス』と言わんばかりの驚きようだ。

「え゛〜・・・・だって一年なんて進路とは無関係だし、これぐらいだと後は夏休みに面倒ごと起こさないって釘さすぐらいだから・・・」

 おいおいおいおい・・

(頼むよ、ホントに・・・)

 そんなことのためにわざわざ来るなよ。

「そんなことのためにわざわざご苦労様です」

「あ、私もあなたの心覗けちゃった。いますごく私のことバカにしたでしょう?精神年齢低いって」

「呆れただけですよ」

「どうせ私は子供ですよ」

「でも子供だから、同じ子供の生徒が親しみやすいんですよ」

「そ、そう?」

 やはり子供だ。ここで『オレが先生が子供だと思っていること』を分からなければ読心術は使えない。

「う〜ん、もう話したいことも終わったし、二者面談はおしまいね」

「お疲れさまです」

 大きくのびをするとアホのTシャツがずれてヘソが顔を出す。

 そこから、アザが見え隠れした。

(・・・・・・・)

「ウラベ君が疲れさせたんでしょうが。もう帰るけど、その前にお手洗いに行きたいわ。キミの家クーラー効きすぎ。体に悪いわよ」

「ほっといてください」

 話が終え、のびもし終えるとダルそうに立ち上がった。そしてオレに背を向けトイレの方を向いたときだった。

「あ!」

 何とも後味の悪い感傷に浸っているオレに、アホはまたどうでも言いことに気がついた。

「さっきさ、ウラベ君『本当に私のことを思ってくれるなら、私の不安な気持ちを理解できる』って言ったわよねえ?」

「はい」

 何か嫌な予感が・・・・する。

「と、言うことはウラベ君は私を大事に思ってくれているのかしら?」

・・・・・・・・・

確かこの前も、ヒトが心配したとたんに間抜けなことを言われたような気がする。

「あ・・と、トイレ借りるねェ・・」

 オレの敵意むき出しの表情を向けると、まるで逃げるようにトイレへと駆け込んでいった。声を裏返しているところから俺の怒りを感じ取ったんだろう。

 それぐらい、オレは腹が立ったのだ。



 今アホはトイレにいる。組織にスパイの容疑をかけられているというのに、のんきに二者面談なんかしている。

(・・・・・・ア・・・!!)

 こういうのを『思いつく』というのだろうか。昔の漫画で言うのなら、豆電球に光が灯る場面だ。

 あわててMDを手に取るとナイトストーカーを召喚した。

 いまさら召喚した理由は言うまでもない。

「おい、トイレから出てくる女を・・・」

「ヒヒ。桃木千秋、新米教師。ヒヒ、イイナア。ズット見テテアゲル」

「・・・・まかせた」

 さっきまでうっとおしくいと思っていたアホがなんだか可哀想になるのは気のせいか。

(任務、任務)

 気のせいだな。そう、気のせい。

 排水の音がすると、向こうから声が響く。

「明後日はもう二学期ですから、遅れずに学校に来ること。いいわね。もう夏休みも二日しかないけど最後まで気を抜かずに。じゃあ、始業式に合いましょう」

「わかりました」

 そういうとさっさと担任は去っていった。

 何か罪悪感を感じる。

「合イマショウ合イマショウ。ヒヒ、始業式ナンテモッタイナイ、今スグ合イマショウ」

 オレの合図も言葉も無しにナイト・ストーカーは望遠鏡片手に歩き出した。その眼に桃木千秋という女の後ろ姿を写して。

「大丈夫かな・・・」

 ベッドで横になりながら、再び時計とサングラスを身につける。何がどう大丈夫なのかはオレにも分からないが、まあ・・・・・いいだろう。

「・・・・あ゛」

 気分は犯罪者だった。アホの後ろ姿が常に写っている。角を曲がり、バス停でバスを待っている。バスに乗り窓の外を眺めている。常にアホの後ろ姿や横顔がサングラス越しから見ることが出来た。

(なんか・・・)

 酷く空しかった。こんなことで気分が高揚した自分に情けなくなったのだ。

(なのにオレは見続ける・・・任務だから)

 ものすごい言い訳じみたことを自分に言い聞かせ、そのまま見ていた。



 けっきょく今日の監視で分かったことは担任の自宅、体のなま傷、普段では考えられないような落ち込んだ顔を一人の部屋で見せることだった。

「・・・・・・」

 最後に何か見てはいけないようなものを見た気がした。



 そして戦いと悪魔の血にまみれた夏休みは、終わった。











  卜部 凪 Lv 41 ITEM・不詳の刀 ・赤いスカーフ ・D−ショック

                 ・シルバーアクセサリー ・アナライズ・アイ

・ロックハート

  力  22(45)  生命エネルギ 780(3900)

  速力 20(38) 総合戦闘能力 600(2560)

  耐力  6(11)  総悪魔指揮力 37%

  知力 10(16)   悪魔交渉能力 31%

  魔力  3 (5)

  運   1 所持マグネタイト数 14200



 仲魔 ・妖精ヴィヴィアン L.v 40

    ・堕天使ビフロンス 34

    ・魔獣カソ 37

    ・聖獣ヘケト ?

・破壊神トナティウ     38

    ・鬼神フツヌシ       53

    ・外道ナイトストーカー   13



                             夏休み・完