[Native Stranger]



『頼まれてものが出来ました。一度ご来店ください』



 そう書かれた紙を渡されたのは、ヴィクトルとたわいのない会話をした後−−メアリに出口まで案内されていた途中のことだった。



「新しい悪魔も合体にも用が無いというのなら、一体何が目的なのだ」

「ちょっと聞きたいことが、ね」

 そう、別に他愛のないことだった。





 期末テストが終わり、かなりストレスがたまっていたときだった。

「ねえ知ってる?あの噂。旧校舎の悪霊」

「知ってる。『赤マント』でしょ?怖いわ・・・実際、工業科の先生が大怪我負ったんでしょう。ホントにいるのかしら」

「先生たちの間じゃかなり深刻らしいわよ。誰も旧校舎に行ってはいけないなんて言ってるし」

 大怪我?悪霊が?なぜ。



「あかまんと?何なのだそれは」

「学校の七不思議、一種の怪談話だよ。深夜のトイレに出現して、質問して来るんだよ。それに答えられないと上からナイフがストン・・・てね」

 オレは地面に指を指すと、そのまま下に移動させる。

「後はご想像の通り。一説じゃ赤い布が悪霊の正体らしくて、刺された人間の生き血をすするって布が赤くなるという。そんな悪魔だけど、分かるか?」

 ヴィクトルはさっきから何かコンピュータをカタカタ叩いている。

 まるでここはボールの内側だな、と思うほど何もない。ボールをバーベキューのとき使う細い針で刺したときのような構造だ。貫通させるのではなく、途中で止めた感じだ。

 そんな細く危なっかしいところで悪魔合体を行い、危なっかしいコンピュータを積んでいる。

(いつかこの橋は折れるな)

 そうすればこのわけの分からない、妖しい光を放つ機械の中から何万という悪魔が現れ街を焼き尽くし、日本を壊滅させる・・・

 そんな妄想を無視するかのようにヴィクトルはオレに質問を続けた。

「上からナイフか、これまた凡俗な。そのような悪魔は知らぬが、悪霊のたぐいは日々腐るほど発生し、そして除霊される」

「悪霊か」

 何らかの理由で天に召されずこの世にとどまっている霊が、これまた何らかの理由で寄り添い融合し、強力な呪力を持った悪霊へと成長する。

 あまり驚くようなことじゃなかった。

「オレはシーアーク以外で悪魔と出会ったことがない。そう言う悪魔と戦ったりコンタクトを取る、もしくは仲魔に出来るモノなのか?」

 すべての悪魔に思考能力があるわけでも無し。

 ただ、一度シーアーク以外で悪魔と戦ってみたいのだ。

「発生場所はどこなのだ」

「旧校舎。前まで学校だったところだ」

「そうか。学校か・・」

 それにしてもトイレが発見場所ねえ・・・『いかにも』とも思えるし、何だかなとも思える。

 ヴィクトルはいったん大型コンピュータの手を止めると、ノートパソコンを開きキーを叩いている。

 ピーッ・・・

 何か調べごとをしているようだ。もう一度ピーッという警告音が鳴るのを確認すると、挟んであったフロッピーディスクを入れる。

 読み込み音が辺りに響くと、そこから大してキーを叩く音はしなくなった。

 何かを読んでいる。時折エンターキーを叩く音が聞こえるだけだ。

 真剣な顔つきで調べていながらも、下がりそうな船長帽子をかけ直している。けっこう盆帳面だ。そしてこちらを向く。

「学校という場所に悪魔が住み着くのは、その土地に何か強烈な磁場あるいは地脈の決壊があるものだ。もしくはそれに変わる何かがあるか。そして大事なのは、悪霊ならまだしも、式神の類であるならば、戦い方を変えることだ」

「式神?」

「媒介がサマナーのマグネタイト及びエナジーではない、ということだ。地脈そのものだったり、装置だったり、呪符だったり。突き詰めれば、生前大事にしていた人形でも十分媒介になる」

「シーアークでの悪魔は?」

「あれも一種の磁場の歪みだ。だからお前が倒そうともいずれまた生き返る。ただやつらは媒介自体がないので意味無く生物を襲う」

 ならば赤マントという悪魔は式神か、もしくは何らかの理由で旧校舎に住み着いているのか。どちらにしろそんなタチの悪いものを放っていく訳にはいけない。もちろん正義感に突然目覚めたわけではなく、悪魔関連のもめ事を起こしたくないからだ。アホ(担任)問題も片づいていないというのにこれ以上かき回されてたまるか。

「まあそう言うのはたいがいスイッチがあるからな。何かのはずみで攻撃をする。それを見極めたうえで除霊をするのが霊能力者の基本だ」

 忍び込むなら夜中か。一度野外の戦いも味わってみたい。

「まあ所詮は学校の怪談話になる程度の、小さな悪魔だ。多少強引に戦っても死に至ることはないだろう」

 それがオレの覚えているヴィクトルとの別れ際に話した言葉だった。



・・・・・・・・



 もう七月に入り、学校は短縮授業に入っていた。

 帰り際にもらったメッセージを読むと、ここからそう遠くない天海商店街に向かった。

 このメッセージは間違いなく『機門』、一番街にあるアクセサリショップ「永煌石」のオーナーのものだ。

 時計を見る。午後三時を少し回っていた。

 なかの様子を見ようにも相変わらず黒ガラスのおかげで見れない。ただ入り口にこま犬−−シーザーが実体化せずにこっちをじっと見ている。

(まあ、いい)

 イヤホンを耳からはずすと扉に手を掛ける。

 カラン……

「いらっしゃいませ」

 ドアの鈴が鳴り、事務的だがしとやかな女性の声が聞こえた。

 相変わらず店には決して『さわやか』とは言い難い集団が、それぞれグループに分かれてケース越しのアクセサリーを見ている。

 入ってくる客を一睨みするのも、この前と同じだ。

「伝言は届いたようですね」

「はい。もしかして、もうかなり前からできていました?」

「いえいえ。三日前にやっと作り終えたところですわ……こちらへ。オーナーが待っています」

 そう言うとオーナー代理(と胸札に書いてある)はレジのひらきを折りたたみ、中に入れと促した。

 とりあえず、中にはいる。

「ではこちらへ・・・リッチ!、カウンターお願いね」

「ちス!」

チンピラチームの一人が小走りに駆け寄ると、開きを通りレジの前に立つ。

「では行きましょうか」

 狭いカウンターの奥に入ったって何があるのか。そう思いつつも彼女についていこうと振りむくと、リッチと呼ばれるバイト店番と一瞬目があった。

(何か嫉妬を感じるが)

 気にしない。

 カウンターの奥には一見何もないように感じたが、どうやら細い通路があるようだ。狭い通路のすぐそこ、ほんの2メートル先はもう曲がり角だった。

 しかし、曲がってみるとそこにはさらに細い廊下が続いており、10メートルほどのところまでのびていた。そこから先は正真正銘、何もない。本当に細い通路だ。人同士のすれ違いにも肩がぶつかりそうで、何か息苦しい感じがする。

 しかしその細い廊下は交互の壁に、それぞれ扉が作られていた。

 おそらくその部屋の一つにオーナーがいるのだろう。

「こちらです」

 代理は手前の向かって右の扉に手を掛け、中に入るよう促す。

 部屋に入った。

 言葉通りに入ってはみたが、オーナーどころか巧技室にも見えない。

(寝室?いや、何か・・・違和感を感じる)

 その部屋はツインベッドが一つ、その他には本棚と小さな机が置いてあるだけだった。

 窓もない。

 オレの後に部屋にはいった代理は木製の本棚に向かい、とある一冊の本を手に取りた。

 ページをめくる。

 するとページからテレホンカードみたいな物が挟まれており、それを手にすると机の前に向かった。小さな引き出しを開けると、そこにカードを持った彼女の手がつかる。と、『ピー』という発信音がなった。

「……………あ」

するとオレの背中に位置する、とてつもなく重そうな本立てが横にずれ、地下へと続く階段が現れた。

「お待たせいたしました」

 何事もないように振る舞うと、また再び歩き出す。

(チープな迷宮みたいだな)

 彼女の後ろを追って俺も階段を下りた。



「いつも店に来てくれる人たち、うちの警備員なんですよ」

 暗い階段をゆっくり下がっている。所々に明かりらしきものがあるが、ほとんど役に立たない。手すりを頼みに奥へと進む。

「ずいぶん頼もしそうな警備員ですね」

「ここ一番街でしょう?『飾り屋は2番街に行け』ってうるさくて。ここを取り仕切っている人って、暴力団たちともつながりがあるらしくて」

「で、暴力団よりたちの悪いチーマーたちが番犬になっているわけですか。暴力団は損得で動きますからね」

「まあ、あの人もそこの元リーダーですし、けっこう若い人たちの間では有名なんですよ、ここ。この前も雑誌の特集に載りましたし」

 ならもう少し人相を選んだ方がいい。これでは肝の据わった人間しか入れない。根倉はもう間違いなく、百パーセント無理だ。

 そんなことを話しているうちに、最下層であるであろう場所に着いた。

 空気が冷たい。真夏だというのに。

「ヴィクトルと同じ雰囲気がする………」

「何か感じるのですか?」

「業魔殿と同じ雰囲気がする。空気が冷たい」

「それは………空調ですよ、たぶん。貴金属を扱うと、とたんに部屋の温度が上がりますから」

「そうですか」

「そうです」

 そう思うとそんな気がするし、そうでないと思えばそうも思える………

「ウラベ様をお連れしました」

 ドアを三回ノックする。

「入れ」

 必要最小限の返事が返ってくると、代理は軽くお辞儀をし、もと来た方へと帰っていった。

(何か、やたらと礼儀正しいな)

 上品さを感じる。こんな店とは無縁な作法だと思うが。

 そんなことを思いながら、ドアに手を掛けた瞬間。

 ドクン・・・

(やはりさっきの悪寒は…クーラーのせいなんかじゃない!)

 一つ壁の向こうに感じる妖気。トナティウと同等か、もしくはそれ以上。

(どうする・・悪魔を召喚するか!?)

 今召喚すれば、確実に向こうに感づかれる。だが正体も分からずに入っていって、戦闘になればどうなるか。

(どうする。向こうにいるヤツは誰だ?オーナーか?………クソ)

 判断に困る。こんな狭いところじゃろくな戦いもできない。トナティウを召喚しようにも狭すぎる。

「どうした。入れ」

 これが向こうの用件だ。

「もう少し、待ってください」

「正しい判断だ。待っててやるよ」

 何だあの余裕は。声や雰囲気からオーナーであることに間違いはない。オーナーがサマナーであることは知っているが、これほどの使い手だとは思えない。

 しかし今、ドアを挟んだ三メートル先には、自分と同等な力を感じる。

(恐怖感はない。ダークネスを全開にすれば、逃げ切れる自信もある)

 魔気が体から、わき出てくる。本能が警告しているのであろう、自然にだ。

「失礼します」

 ドアに手を掛けた。



「ドアに手を掛けたときはただの見栄張り男か気を感じることもできない無能かと思った」

 確かにそれはそこにいた。

 まがまがしいその邪気を部屋いっぱいにあふれさせ、しかし瞳はうつろだった。

「これが、邪神だ」

「・・・・・はじめて見ました」

「アマツミカボシ。それがヤツの名だ」

 その悪魔は実体化していなかった。しかも姿が見えるのは上半身程度で、その半身すら鎖で巻き付かれている。

 しかしその禍々しさは尋常ではなく、部屋自体がまるで邪神そのものに感じた。

「オレの体には約百八枚の呪符が、まるで包帯のように張り付けている。それだけじゃない。首飾りやピアス、腕輪もそうだ。すべてがヤツ、アマツミカボシを封じるための呪符なんだ。それでもこの体たらくだ、笑っちゃうぜ」

 そう言うとオーナーは長袖のすそをあげた。その腕にはセンスのいい腕輪が二つと、手首から肩まで帯が巻かれていた。

 文字(おそらく呪言)の書かれている包帯だ。

「かってはオレも腕利きのサマナーだった」

 悪魔の気配を消すと、ようやく部屋の気温が元に戻ったような気がした。オーナーが話を始めたのはその後だった。

「自分で言うのも何だがよ、それなりに自負はしてるんだ。でも今考えればそれが原因だったかもしれねえ。でどこもしらない封神具を、大した用意もない場所でサーモンしてしまった。結果がこれさ。巫女であるアイツ・・嫁の封印を月いちで施さなければ、生きていくこともできない」

「そんなに強力だったんですか、そいつ」

「ああ。サーモンだけで全マグネタイトを消費しちまった。アマツミカボシの実体化を解くには、ヤツを倒し屈服させるか、オレが死ぬかだ。けっきょく第三の選択を選んだがな」

「第三・・・?」

 そんな方法があるのか。是非教えてもらいたいモノだが。

 しかし、聞いた後は絶対に使いたくないと思った。

「オレの体を見たろ?これが答えだ。全マグネタイトを使い切った今、こいつが現世にいられるのはオレから生命マグネタイトを吸っているからだ。ま、一種の『気』というものだな。だからオレはサマナーをやめた。悪魔もシーザーを残す一匹だけだ。それもわずかに流れ出る気を使うためだけにな。そうやってアマツミカボシの実体化を防いでるのさ」

「じゃあ、僕がこの部屋が冷えていると言ったとき、クーラーだと言ったのは・・・」

「ああ、嘘だ。オレもアイツも、ただのお人好しじゃない。試したわけだな。アイツもサマナーではないがオレのパートナーだ。今じゃ人生のパートナーになっちまったがな」

 あの人も全くと言っていいほど『気』を感じなかった。そうやってみな自分の正体を隠して生きているのだろう。

 少し不思議な気がした。

「だがオレにとってすべてがマイナスでもなかったぜ。人同士のコミュニケーションの取り方や、モノを作る『楽しさ』っつうもんを知った。お前に頼まれていたものだって、アマツミカボシがいなけりゃ、作れないものばっかだしな」

「そうですか」

 そう言えばここにいる目的をすっかり忘れていた。加工してもらった武具を買い取りにきたんだな。

「たくさん作ったぜえ、自分で言うのもナンだが自信作ばかりだ」

 ごそごそと机の足下を探ると、三つほどアタッシュケースを取り出し、それを机の上に置く。

 オーナーのいるこの部屋は、製造室と言うには質素だった。10メートル四方の部屋に、机とステレオが一つ置いてあるだけだった。机の上には様々な型番と、鉄の塊だけ。後は鉄クズが捨て忘れられているだけで、他には何もない。

「下級サマナーならどれも喉から手が出そうなモノばかりだ。気を込めると雷を帯びた剣になる首飾り『雷針』、同じくこのイヤリングは、気を込めると銃になる波動銃『ロックハート』。垂れ流しにしている『気』をためておく指輪『コレクティブ・ダスト』。まだまだあるぜ」

「全部ください」

「よし、そうか全部か・・ぜんぶぅ!!?」

 オレが集めた石だ。他人に譲る気や売りつける気はない。

「おまえ、確かに作ったモノはタダだとは言ったがよ。気に入ったものについての加工代はいただくぜ。お前全部って、ん十万するぜ、こんなにあると」

「金額を教えてください。カードならすぐに払えますけど」

 自分に見合う武具が欲しかった。少しでも効率のいい戦い方をしたかった。今のオレはただ暴れているにしかすぎない。そこらで拾った武器をただ振り回しているだけで、戦士として何か自分でも扱える武器が欲しかった。

 しかしオーナーは俺のその返事を潔しと感じていないようだった。厳しい目で俺を捉えていた。

「ちょっと待ちな!本当にテメエがここにあるすべてのものを使える素質があるかオレがテストしてやるよ」

「テストです………か」

 テスト………俺の嫌いな言葉の一つ。オレと同じ人間が、人間の力を試すなど。ナンセンスと思いつつも、テストを受けないわけにはいかなかった。

「簡単だ。テメエが一番強いと思っている仲間を召喚しな。それでおしまいだ」

「強い悪魔、ですね」

 強いと言ってもいろいろな基準がある。破壊力だけを取るならトナティウ、剣の腕ならヴィヴィアン、頭脳なら間違いなくビフロンス。そして家事一般のサポートなら、ヘケトがトップクラスだ。

(やはり、戦闘力のことを言っているか)

「ふうう……」

 全身から魔気を放ち、心を高める。悪魔を召喚するとき、何とも言えない高揚感を感じるのは何もオレだけじゃないはずだ。まるで体が浮いているような感じがする。だがこのときのオレはさすがにスキだらけだった。だからさっきアマツミカボシの気配を感じたとき判断が鈍ったのだ。

 魔気が地面をはい、六法星をかたどっていく。

 六法星の中心にトナティウの召喚プログラム用のMDを置き、気をMDに集中させた。するとそう間もなく、星が胎動を始めた。悪魔がこの世に現れる瞬間だ。

 星はさらに広がってゆく。トナティウの大きさに合わせ、オーナーのすぐ手前まで膨張している。

 そしてカーテンを開けたときに入ってくる光のように、光が吹き出ると中から破壊神の顔が出てきた。

 しかしその瞬間、ある『重大』な事に気がついた。

「しまった!トナティウ、盾をたてるな!天井を崩すんじゃない!」

 盾は直径約5メートル、いっぽう天井は軽く飛べば手がつく程度で3メートルもなかった。大急ぎで盾を斜めに構えるも、時すでに遅し。10センチほどめり込んだ。

「ォォォ・・・・」

「オオじゃないだろ、バカ・・・」

 心底落ち込んでいるかのようなうめき声を上げ、盾をさらに斜めにする。パラパラ………と地面に落ちる天井の破片を目で追うと、六法円は消えていた。

 破壊神召喚は、成功したのだ。

 だがかなり魔気を消費したのは事実だ。高ぶる鼓動を感じつつも全身の力を抜き、深呼吸をする。

「これが、この前必死になって仲魔になった破壊神です。名はトナティウ。破壊力ならトップクラスですよ」

 トナティウは片膝を地面につけ、顔を伏せている。盾も地面に置いてある。オーナーは驚いた表情で俺の様子を見ていた。おそらく俺の力を過小評価していたのだ。

「オーナー…?オーナー!」

 大声で叫ぶとようやく焦点の定まった目で俺の方を見た。しかしまだ驚きはやんではいないだろう、顔が昂揚している。

「え、ああ、すまん。まさかお前がこれほどとはな、まさかダークネスを使えるとは……しかもそんな歳で破壊神まで連れて」

「偶然ですよ。そう、すべては偶然です」

 そう言うとオレはトナティウを仲魔にする経緯を手短に話した。





「だから、オレは自分に見合う武器やアクセサリが欲しいんです。どうも力が空回りしているような気がして」

 オーナーは何か真剣に考えている。時折オレやトナティウの姿を見て。

 そしてボソッと呟いた。

「ちゃんと服従させているな」

「何がですか?」

「いや。しかし、確かにヴィクトルの親父が気に入るわけだ。オレも……」

 と、その瞬間、ものすごい音が部屋一面に鳴り響いた。扉が開いたかと思うと何か長方形のモノが直線的にトナティウを襲ったのだ。

「邪神が、他の者の気を吸ってまで現世にあらわるか!」

 急いで振り向いた先に待っていたものは………

「あ」

 トナティウはとっさのことにも動揺せず飛来したものを盾で防ぐと、左手に持った黒曜石の剣を構えた。

「ばか、アマツミカボシじゃない!」

「トナティウ、殺すな!いや、反撃するな!」

「ぉぉぉ………」

「臆したか、邪なる者め!」

 一度にいろいろな言葉が飛び交う。その言葉が混ざり合い、結局何も意味のないものとなってしまった。

 よく見ると長方形だったそれは呪符だった。盾に刺さった呪符は燃えているが、盾に燃え後一つ残すことはない。

 こんなヤツにこづかれれば、それだけで死ぬかも知れない。

(オレがやるしかないか)

 狙うは一カ所、脊髄よりわずか上。失神しない程度で叩けば、戦闘を続行できなくなるだけで冷静になれるはずだ。

「邪神許すま………」

「悪い」

 トン………

「………ぁ」

 とても小さな悲鳴を上げると、そのまま地面にゆっくりと崩れ落ちる。詳しいことは知らないがテレビなどよくここを殴っていたから………たぶん大丈夫だろう。

「まったく、このじゃじゃ馬女は………」

 オーナーのため息が漏れた。オレも漏れたことは言うまでもない。



「で、これが銃で名が『ロックハート』、指輪と雷の剣はさっき聞いたな?」

「はい。気をため込む指輪と、剣に変わる首飾りですね」

 さっきの騒ぎから30分後。あれから頭に血が上っているオーナー代理をなだめて説明して、そしていま罰を受けてもらっている。

 部屋の淵で正座をし、膝の上に重りを置かれている。

「これは『光の風上』と言われる、『呪』という攻撃に対して防御するピアス。まあ、こんなところだな。もっと高レベルの悪魔の落とすアイテムならば、強力な武器になるんだけどな」

「このサングラスと時計は何ですか」

 この二つは特に加工してあるということもなく、市販で売ってあるようなライトなデザインだった。

「ああ、グラサンの方は『アナライズ・アイ』っつう、悪魔の特性を示すものだ。特殊なレンズでできていて、その悪魔の『気の色』を分析するんだよ。ま、それでたいていの悪魔の弱点や特性はわかっちまうと。ちなみにこの加工が一番手間と材料費がかかった。十万はいただくからな、恨むなよ」

 金は椿さんの入金でいくらでもある。金に不自由することはない。

「構いませんよ、別に。この時計は?」

「これはD−ショックっつーもんだ。名前は気にすんな………遠距離からの悪魔操作に使うものだな。レンズからは悪魔のいる方向とおよその距離が分かる優れものだ。直接指示を送ることはできねぇが、そこにマイクロホンをつける場所があるだろ?」

「あ……ええ、あります」

 登山などで使うようなイカつい時計なのだが、黒色に覆われている時計の一カ所に金色に光っている穴があった。

「そこにイヤホンをつけるとその場の会話を聞き取れるワケよ。さらに反対側にある、黒いレンズがあるだろ。そこの裏の……そう、そこ。そこからワイヤレスで、さっき説明したサングラスに直接、映像を送るんだ。機門で売っている眼鏡タイプの映像機に負けねェほど高解像度の代物だ。これで悪魔を使った尾行もバッチシな」

「尾行………遠距離用の悪魔ですか」

 そんな悪魔知らないな。皆戦い好きな悪魔しか知らない。ヴィヴィアンやビフロンスに頼んでも「そんな低俗なことは断ります」とか言いそうだし。

「ああ。暗殺用や尾行用の悪魔を使うようなときに使うもんだ。主に下級悪魔や小型悪魔に使うモンだが」

 暗殺用、か………今のオレには不要かも知れないが、いつか組織に入ったときにいるのかも知れない。

 そのときまで生きていられたら。

「こいつらみんな死んだ悪魔の『残り火』みたいなものだ。だからはじめから特性は決まっている。オレはそれを加工して何の違和感のない、反応の良いものにしているだけだ。もっと強力なアクセサリーが欲しければ、より強い悪魔を倒して宝石を得るか、ヴィクトルのおっさんに頼んで悪魔を魔晶変化させるこったな」

「そうですね」

「まあ、悪魔に絶大な信頼感を得るなんてまず無理だしな。こいつなんて悪魔を見ただけで血相変えて襲いだす始末だ。なあ、香夜」

 彼女は恨めしそうな顔をしてオーナーを睨んでいた。しかし言い返すだけの言葉がないので黙っている。

「ま、そう言うこった」





 オレはいったん彼らに別れを告げると、銀行に向かった。もちろん依頼してあるものを購入するためだ。

 それにしてもこの歳で五十万近い金額をおろすと何かとウットーしいものがある。たとえば銀行員だったり、名も知らないヤツだったり、警備員だったり。ようはジロジロ見るな、と言いたいのだ。

 自動受け渡し口にカードを入れ、暗証番号を入れた。

 0000

 ものすごく単純な暗証番号だ。だがそんなもんで十分だと思う。

 近くにある封筒を取ると、紙でくくられた万札が出てきた。それを受け取るとなるべく速くしまい、銀行から去った。

 時計はすでに四時を回っていた。



・・・・・・・・



 服を買った。

 学生としての『卜部ナギ』ではなく、サマナーとしての『ナギ』としての姿をつくるために。

 髪型も変えた。左側の額の傷を隠すために髪はいつも通り垂らしていたが、右側を後ろに流し、ジェルで固めた。

 今日『永煌石』から買ってきたサングラスと首飾りを掛ける。右耳につけるピアスが、耳たぶに穴を開けなくていいタイプなのが救いだった。ピアスをつけ、腕輪を手にかける。右腰のベルトを通す場所から鎖をかけ、斜めに垂らして一周させる。そこに耳に穴を開けなければいけないピアスや、妙な腕輪などのリングをとめておく。

 黒シャツに黒のズボン。サングラスと髪型を変え、昼間のオレと全く違う自分を創り出す。

 なんか、昂揚する。

 嬉しがっている・・・?

 オレが?

 今までのつまらない自分、偽りだらけの自分を捨てた姿。本能のまま動き、ただ欲望のまま戦える自分。オレらと同年代のヤツがやたらと飾り立てる気もなんとなく分かるような気がした。そして自分でも不思議に思うぐらい、この姿が似合っていた。

(とりあえず、母校のある舶用市に行ってみよう、かな)

 MDにイヤホンを耳に掛け、部屋を出た。



・・・・・・・・



 今オレは舶用学園の旧校舎の前にいる。

 そしていきなりだが、ここまでの道のりでひとつ分かったことがあった。

 この格好は、不良たちの気を引きやすい。良い意味でも悪い意味でもだ。

(ここが旧校舎・・)

 周りに人の気配がないのを確認すると、ひと跳びで門をくぐる。

 はっきりいって期待していた。野外の戦闘もさることながら、身につけているものの実験をしたかったのだ。

(とりあえず、一回りするか)



 ひと周りしても特に変わったことはなかった。

 ただ、確かに『いる』ことは分かった。

 MDプレイヤーを胸から取り出し握りしめた。そのまま直立した状態で手を伸ばし左手と交差させ、十字に組む。するとサングラスから指示もなく文字がテロップのように流れ出てきた。

「悪魔召喚プログラム起動」

 ヴヴヴヴヴ・・・とMDプレイヤーが振動すると俺の魔気ダークネスが辺りを包み、地面を這う。黒い気が地面に妙な模様を描き、その描かれた模様から俺の魔気が溢れんばかりに噴射している。

「堕天使ビフロンス・妖精ヴィヴィアンノサーモンヲ開始」

 まるで墓石から這い出てくるような下級悪魔とは違い、女剣士であるヴィヴィアンは俺の魔気によって描かれた六法星から勢いよく飛翔すると空中を舞った。ビフロンスは落ち着いた雰囲気で浮いて出るように現れた。

 二人が召喚からの余韻が静まると、ペコリと頭を下げた。

 あらためてビフロンスとヴィヴィアンを召喚するが、校舎を見ても何も感じないらしい。だが何故か悪魔の残り香を感じる。所々に拡散している、悪魔の気がまだ残っているのだ。

「マスター、探せば見つかりましょうが・・・戦うのですか」

「ああ。やってみたい」

「戦った痕跡を残してしまいますが、よろしいですね」

「ああ」

 構わない。もともと手のつけられていない校舎なんだ、迷惑はかからないだろう………と勝手な解釈をしていると、ビフロンスが握っているかがり火が揺れた。

 もちろん、風などで揺れる炎ではない。悪魔を発見したときに揺れる鬼火だ。

「どっちだ」

「東です、東に大きな反応………かなり大きい………トナティウより大きい…?」

 東には職員室があるが、さっきはそんな反応はなかった。

 おかしい。ヤツは移動しているのか?いや、ならば移動したときに見つけているハズだ。

 とにかくまずは職員室のあった場所までオレは走った。

 胸騒ぎがする。





「違います。さらに東です」

 ビフロンスのかがり火がいっそう強く揺れた。だいぶ近くまで来た証なのだろう。

「ここより東、だと?いったい……」

「ヤツはかなりの大型悪魔の可能性があります。しかも何故かは存じませぬが、暴れているような………」

 暴れる?大型悪魔が暴れれるほど広い空間、まだ調べていない場所……

「そうか、あそこがあったか」

 全力で広い空間に走った。ビフロンスとヴィヴィアンも後ろにつく。

 校舎と聞いてすっかり思いこみをしていた。校舎は何も学習室だけがそうではないのだ。

「ヤツは………ヤツは体育館にいる!」





 ヤツはいた。

「何という大きさ!見たこともナイ…………」

 無意識のうちに魔気を解放し、臨戦態勢にはいる。ヴィヴィアンの驚き声が響くと、それは振り向いた。

 いや、振り向くとかそんな表現なんかじゃ表せれない。

 一言で言うと、『生きた布』だった。

 ただしその大きさは常に変動し、それに顔を見いだすことは出来なかった。

 しかしどんなに収縮しても背丈(と言う見方はおかしいかも知れないが)が10メートルより小さくなることはなかった。

「赤マント・・・」

「グルイリュリュリュリュウウウウウエエエエエエアアア!」

 音とも叫び声ともとれない音を響かせ、それは俺らを襲ってきた。

「来るぞ」

 首飾りに手を掛けると、瞬間で大型の剣に変わった。

 昂揚していた。

 かくして俺の野外初の戦闘は始まった。





「燃やしても燃やしても・・・」

「ヤツに限界はないノカ!?」

「・・・やる、な」

 その布は俺らを襲ってきた。布とはいえかなりの速さで攻撃を仕掛け、こちらを突き殺そうとした。破壊力はトナティウの足元に及ばないが、攻撃に際限がない。教壇の辺りを中心に体育館全体が赤・・・・いや、黒く染まっている。ヤツの表面の布地の色は赤いが、裏はまっ黒なのだ。そして本体らしき布の中心はものすごい速さで回転していた。まるでコマにたくさんのヒモを縛り付けたようだった。中心に接近する前にいつもの布の攻撃によって弾かれ、もしくは絞められるのだ。

「何となく、あそこが本体のように思えてならないのだが・・・」

「おなじく」

 ビフロンスとオレは同じ場所を見ている。俺らは少しの距離を取りつつ、しかし決して離れずに攻撃してくる布を防いでいる。

 『アナライズ・アイ』は赤マントを黒と捉えていた。最初は裏面を見たのかと疑ったが、間違いない。ヴィヴィアンは黄色を示し、ビフロンスは赤色になっている。雷が黄色で、火の特性が赤ならば、黒は・・・

「ヤツから闇の香がします。」

「闇?弱点は何だ、ビフロンス・・くそ!」

 大した攻撃力もないくせに、速さだけは一人前に・・・そんなことを言ういとまも与えずに攻撃は続く。

 もはや出口はふさがれていた。体育館全体を包むほどにヤツは膨張していたのだ。布のくせに燃やしても燃え移らない。燃えている部分だけを切り離すからだ。

「エレメントを感じさせぬヤツの臭い。大地より生まれし者じゃない、と言うことです。こういう輩は我々が嫌う『クリスチャン』が得意とする悪魔」

「じゃあ、ヤツと俺らの根比べしかないか!」

「それも無理かと思います。・・・ヴィヴィアン殿?!」

 後ろを振り返るのと彼女の叫び声が響くのはほぼ同時だった。

[kyaaaaa!」

「・・・くそ」

 一瞬の隙をつきヴィヴィアンは体を束縛された。しかしただ束縛するだけではもちろん無く、絞め殺すつもりらしい。

 ビフロンスが牽制している間にヴィヴィアンの束縛を解く。彼女の鎧にひびが入っていた。

「大丈夫か」

「剣をやられまシタ。おそらくヤツは突くよりも圧絞させるタイプのようデス。ク・・」

 まずいな。

 破邪の武器ならあるが、どうも使い勝手が分からない。

 今日買ったピアスの一つだ。十字架風のピアスに気を込めるとクロスという刃渡りの短い剣になるというが、オレじゃ技量不足だ。

(それにしても)

 迫り来る触手のような布を雷針で力一杯になぎ払うと、迷わずピアスに気を練る。

(どこが雑魚なんだ。ある意味トナティウよりもタチが悪いぞ)

 グチりつつもピアスに気を注入した。するとまばゆい光が俺らを包み再び光が消えると、そこに西洋風のさびれた剣がオレの手に握られていた。わずかに発光しており、少し暖かい。

 その光が辺りを照らしたとたん、赤マントの攻撃が止まった。明らかにこの剣を感じ取り反応した証拠だ。

「マスター、それでヤツを斬るのです!」

「わかってる!」

 そう言いつつヴィヴィアンに肩を貸し、短刀クロスを手渡す。

「マスター、何を」

「オレをビフロンスが援護するから、お前がやれ。剣にかけてはお前が一番任せられる」

 剣を渡すとヴィヴィアンの表情が変わった。

「任せる。頼んだぞ」

 少し驚いていた顔をしていたが、受け取った剣を持つとオレの肩から離れた。

 赤マントの中心部を睨みつける。

「お任せヲ!」

 剣を失ったときの彼女の顔とは大違いだ。剣を持ってこそ剣士・・・・と言うことか。

「ビフロンス!」

 何も言わずただ一度頷くと、オレとビフロンスが赤マントに初めて攻撃を開始した。

「うおおおおおお」

 雷撃が布を焦がし、それでも自在にちぎれ新たな先端がオレに向かって迫ってくる。

「地獄のかがり火、その身で思い知るがよい・・・!」

 ビフロンスが全能力を絞り、ヤツめがけて数え切れないほどの火の玉が飛び交う。

 炎に包まれてもなお流動を続けていた赤マントだったが、彼の知力まで防ぐことは出来なかった。

 炎は白く光る彼女の姿を隠した。

「往生が悪い!」

 ひと跳びで驚くほど近づいた彼女に襲い来る布は、彼女の音速の太刀で切断された。切断面は攻撃する動作を見せず、ただ崩れ落ちるのみだ。

「チェスツッ!」

 キン・・・という金属音をならしたひと振りは、赤マントの本体を捉えた。えぐられた本体はなおも流動を続けたが、切り裂けた場所から布が無方向に流れ出た。

「シュルルルルルル・・・・・」

 布のこすり合う音は鳴り続き、ついには赤みを無くした無地に近い布はその硬度と速さを保ったまま、体育館の至る所を破壊した。

「カハ!」

 乱れ飛ぶ布の一つにヴィヴィアンは腹部を強打されると、跳ぶように体が宙に舞った。しかし空中でバランスを取り綺麗に着地するところがさすが西洋の剣士だ。もう一撃くわえようと構える。

「もういい、ヴィヴィアン。今は防御に徹しろ」

「いえ、後一撃でヤツは落ちます、許可を!」

「却下だ!」

 強く否定したオレを恨めしそうに見ると、ようやく構えを解いた。

「お前の一撃でもうヤツはおしまいだ。ヤツを形成する核が安定を失っている」

 それでも最後のあがきは体育館じゅうの屋根を、壁を破壊した。幸いなのは攻撃の方向が上に向いていたので屋根が崩れ落ちる心配はない(柱を壊し屋根が落下する前に、屋根ごと破壊するので)と言うことだった。

 しかし攻撃の手は徐々にやんできているとは言え、一向に攻撃を止める気配はない。もうすでに体育館はほぼ全壊し、正確さを失った赤マントの攻撃は身動きせずとも当たることはなかった。

 そしてヴィヴィアンが核を破壊し、完全に攻撃が止むのに数分の時を費やした。



・・・・・・・・



 人間が死んでいた。

 ミイラのようにひからび、赤い布によって限界までぐるぐる巻きにされていた。

 その死体の手には大事そうに赤い液体が入っている、透明のカプセルが握られている。わずかにカプセルにひびが入っており、中の液体がわずかに漏れていた。

 これが、赤マントの正体だった。

「この液体から濃度の濃い気を感じます。ヴィヴィアン殿の斬ったのがこのカプセルで、それによって攻撃が止んだのならば・・・・」

 ビフロンスが死体を撫でている。

「仮定の域を出ないのですが、もしかしたら、何らかの『法』を行い、赤マントと呼ばれる悪魔の力を無理に奪おうとした。それに憤慨した赤マントは主を殺した。しかしカプセルの中の力は戻ってこない、そして暴走した」

「じゃあ、もし俺らが赤マントをそのままにしていたら・・・」

 ビフロンスの方を振り向いた。

「ええ。遅かれ早かれ死人が出る。そのときやっと退魔士が派遣され、事件は解決です」

 そして一般公開は『偽造の殺人』で幕を閉じ、世間を騒ぎ立たせず、真実は闇の中へと葬り去られる。

 それが組織のやり方だ。

「あくまで一つの仮定にすぎませんが。事実は私にも存じません」

 一応確信のない仮定だ、と言うことを強調するところがビフロンスらしい。

 ひからびた死体からカプセルをひったくると、わずかな力がまだ残っているのかオレの足下へと赤い布が絡まってくる。

 しかしただ足下で丸まっているだけだった。まるで風に飛ばされたハンカチのように、とても弱々しい。

(…………………)

 クロスを構えるヴィヴィアンを制止し、カプセルのふたを開ける。

 何のことはない。老人でも開けられるような簡単な作りだった。

「!いけませぬ!」

 ビフロンスがオレの行動を止めるが無視をした。

 その瓶に入っている液体を瀕死になっている赤い布にすべてかけた。液体はシュウウ………という溶けるような臭いがしたかと思うと、赤い布きれはオレの足を離れ、再び液体のように際限なく広がった。

 ビフロンスとヴィヴィアンが構える中、布は攻撃する様子もなく、また必要以上に広がることもなく自分の裏面、つまり赤くない黒の面を自らさらけ出した。

「ワタシヲカイホウシテクレタノハオマエカ・・・」

 その暗い闇のような黒から何か物体が浮き出てきた。

 顔だった。いや、正確には顔をかたどった影だ。

「エイゴウノクルシミカラカイホウセシアナタニ、エイエンノカンシャトチュウセイヲ」

「………ふん」

 適当な返事を返すと赤マントは全身から灰色の光を発した。あまりのまぶしさに目を細めると、その瞬間そこにいたはずの悪魔は姿を消した。

 さっきまで悪魔のいた場所に、赤いスカーフが落ちていた。

「魔晶変化です」

 片腕を押さえたヴィヴィアンが地面に落ちているスカーフを手に取る。

「絶大なる信頼を得たサマナーは、その悪魔によって永遠を望まれる。永遠なる忠誠を尽くしたいが故、主の永遠を願うのです」

 そう言うとスカーフをオレの首に巻いた。

 …………真夏にスカーフは厳しいと思った。

「だからせめて天寿を全うするその瞬間まで、忠誠のあかしとしてその身を物質化し、己の意志を眠らせる。忠誠を誓った者に呼び起こされるその日まで」

 オレの手を握り、ピアスを手の平に置いた。さっき貸したクロスだ。

「赤マントに命令してみてください。何でも良いのです」

「わかった」

 手に気を込める。スカーフに暖かみを感じると、魔気を解放する。

「赤マント、この建物を破壊しろ!」

 ビュッ!

 スカーフは一瞬にして何十メートルもの長さになり、ものすごい速さで壊れかけの体育館を襲った。

 確かにもう全壊だったが、それでも壊れたのは右半分で、もう半分は崩れずに残っていた。そしてマントは扇状に広がると、一瞬にしてありとあらゆる柱を破壊した。

 さっきとは破壊力が段違いだ。

「しま……」

 だがその勢いで天井を支えるものが無くなり、天井が崩れ落ちてきたのだ。威力があまりにも強すぎた。

(この距離じゃよけきれない!)

「俺らを守れ!赤マント!!」

 しかし、ヤツは確かに俺らを守った。だが、マントで身を守ったわけではなかった。

 なんとあの大きな天井を破壊し、その勢いで運動場にまで吹っ飛ばしたのだ。

「すご……イ…」

 ヴィヴィアンが驚嘆の声を上げた。が、その瞬間とてつもなく響く音が辺りにこだましたのだ。

(この音………まさか)

 カン高いサイレンの音。人相の悪い人間どころか普通の社会人さえも思わずびくついてしまう音だ。

 だがその『まさか』だったのだ。

「パトカー?!警察だ!!」

 音のした方向とは逆へと全力で走る。魔気を放ち、全力で町中へと走り去った。





「マスター、お一つよろしいですカ」

「………」

「何故あの時ビンを開けたのですカ」

「………」

「危険だとは感じなかったのですカ。あの液体に価値を感じなかったんですカ」

「まあ、な」

・・・・・・・・

「……………」

「ヴィヴィアン、お前には聞こえなかったか?」

「………?」

「戦っているとき、アイツは常に叫んでいた。殺戮に溺れる狂喜じゃない」

「痛み、デスカ」

「ただ苦痛を叫んでいた。聞くに耐えなかったから助けた。それだけだ」

「……………」

「何故助けたのかは俺も分からない。ただ最後に足に巻き付いたとき『助けなければいけない』と感じた」

「私はわかりませんデシタが」

「ようするに似たもの同士だからじゃないのか」

「ですが悪魔が魔晶変化をするなど、きわめて希だと思うのデスが」

「そんなこと知るか。似たもの同士で同じ匂いがするからな。お互い闇がスキなんだよ」



・・・・・・・・



 もうすぐ天海商店街につこうとする、あるアパートの前を走り去ろうとしたときのことだ。

「……………!」

 一瞬のことだった。



 ピカ・・



 一瞬のまばゆい光の後、地面を揺らす大爆音が辺りを襲った。少し遅れて熱風が頬を撫で、そして大きな機械音の響く音。

 次にブレーキの音。

 いやな予感がしたオレはとっさに身を潜めた。慎重に顔を出す。

(スプーキー……ズ。チーマーか?)

 爆発音がした所は大型車庫だった。いや、だった。かっての大型車庫は大爆発と共に炎を巻き上げ燃えている。ぞくに言う火事、と言うやつだ。そんな燃え上がっている大型車庫から大型トラクターが出せるだけのスピードで炎の中を突っ切ってきたのだ。火のないところまで走ってくると急ブレーキをかけた。

 トラックから人が降りてくる。二人が降りてくると、どこかに隠れていたか、つられるように辺りから三人の人間が近づき笑顔を交わしている。ガッツポーズまで取っていた。

 俺が呼んだ『スプーキーズ』とはトラクターにペイントしてある文字を読んだだけだ。

(テロまがいのどこが楽しいのだか)

 五人しかいないチームだが、その誰もがまだ二十歳になっているかいないかの若さだった。くだらない…そう思いこの場から去るべきだと直感した。ただでさえ旧校舎を破壊し逃げ回っているのに、こんな騒動まで巻き込まれたら面倒きわまる。

 そう思った瞬間だった、あいつを知ったのは。

 もうトラックに乗り、向こうもこの場から去ろうとしているときだ。その中の一人が何かパソコンみたいなものを触ったとたん、今まで見えなかったものが光り、そのまま消滅したのだ。

 あの消滅の仕方、間違いない。

(やつもサマナー………!)

 あの年齢のサマナーは初めて見た。オレより三つほど歳は上だが、確かにあの光は召喚した悪魔を元の世界へと戻すときの光だ。

 だがこれ以上ここにいる必要はない。肝心のテロリストはさっさと走り去ってしまったから。いまオレのすべきことは、警察に捕まる前に一刻も早くここから逃げ出さなければいけないことだ。



・・・・・・・・



 今日は何かいやな予感がする。これ以上、外にいるのはまずい−−そう思い家に帰った。

 服を脱ぎ、クーラーをつけた。近くのコンビニに行くのも面倒に感じ、カップラーメン片手に洗濯機を回す。洗剤を少し多めに入れ、麺をすすった。

 ため息が出た。

 今のうちにシャワーを浴びると、いつの間にか左腕に受けた傷から血が出ていることに気がついた。毎日戦っていると、痛みが鈍感になってくることを実感した。

 シャワーを浴び終えると、いつの間にか洗濯が終わってたらしく、ヘケトが洗濯を一枚ずつ広げてハンガーに掛けている。それが終わるとベランダにテケテケ……と走り、竿にジャンプし洗濯物を干す。

 ホントに、役に立つ悪魔だ。炊事以外の家事はほとんど出来るようになった。ただ機械を使うことは相変わらず出来ないので、オレがすることになっている。

 食べ終えたカップ麺の容器を捨て、明日の学校の用意をした。



 ようやくヘケトが洗濯物を干し終えたのは十時を過ぎた頃だった。それまでパソコンをいじくったり、ベットでただ静かに今までのことを回想する。

 椿さん。ヴィクトル。メアリ。担任の桃木(アホ)。チャパツの木塔。ネクラの根倉。バレ男。バレー部顧問。永煌石のオーナー。その妻の香夜さん。スプーキーズ。少年サマナー。

 そしてフィネガン。

 組織ナンバーワンの実力を持つ男。家族の仇。

 オレが生きている目的そのもの。

 どれほど強いのだろうか。椿さんですらナンバー6である組織のトップの実力を持つ男。

「今日は疲れた」

 ベッドで横になっているオレのすぐ横にいるヘケトの頭を撫でる。

 喜んでいるようだ。

 眠い。まぶたが重い。

 ふと母が死んだときに入れられた、精神病院にいたときの疑問が浮かんだ。

(なぜ人は生きているのだろう)

 何を基準にして、また何を糧にして人間は生きているのだろう。

 そして、いつも決まった答えを出す。

「そんなこと、オレが知るかよ」

 瞳を閉じる。もうこれ以上考えたくないからだ。この答えが自分の導き出した答えだから。これ以上突き詰めて考えたくないから、目を閉じる。

 決まった時間に昔からの質問を繰り返し、いつもと同じ答えを導き出すとそこでブレーキを掛けるように目を閉じる。

 そのまま目を閉じると、意識が朝まで戻ることはなかった。

 問の答えは、またも中途半端なままで出ることはなかった。









  卜部 凪 Lv 31 ITEM・不詳の刀 ・赤いスカーフ ・D−ショック

                 ・シルバーアクセサリー ・アナライズ・アイ

・ロックハート

  力  16(32)  生命エネルギ 250(1250)

  速力 17(29) 総合戦闘能力 260(890)

  耐力  6(11)  総悪魔指揮力 23%

  知力  9(16)   悪魔交渉能力 11%

  魔力  3 (5)

  運   1 所持マグネタイト数 2800



 仲魔 ・妖精ヴィヴィアン L.v 40

    ・堕天使ビフロンス 34

    ・魔獣カソ 37

     聖獣ヘケト ?

・破壊神トナティウ     38



                             7/2 完