[SURRENDER]



 時というのは早いもので遠足からすでに一ヶ月が経ち、五月も終わろうとしている。

 俺にとってテストは苦痛以外の何物でもなかった。テストの前、どれだけシ−アークに行きたい欲求に駆られたか分からなかった。

 だがもし赤点を取ったら、保護者の呼び出しがかかる。

 椿さんに迷惑をかけることは出来なかった。

 そんな苦痛に感じた中間テストがようやく終わり、期末テストまでの合間を縫うように球技大会が迫ってきた。

 毎年恒例の行事の一つで、初秋にある運動会とはまた別の球技専門の大会だった。この大会はサッカー・バレー・バスケの3スポーツからクラス内で振り分けし、クラス対抗勝ち抜き戦で優勝を得る仕組みになっている。そして舶用学院最大の特徴はその三つのスポーツのうちどれかに担任の先生も参加してよい、と言うことだった。

 少数授業を唱う我が校のひとクラスは平均が約三十人。それぞれのスポーツに男女バランスよく五人ほどに分け、ミニサッカー、バスケとバレーすべて『前半・後半入れ替えいっさい無し』という、結構強引なルールのもと行われる。サッカーとバスケは問題ないのだが、もしクラスの人数が三十人以上だったり、逆の以下だったならバレーから人数調整が入る。しかもバレーに限って言えば男女五人ずつではなく、男子の部に女子が混ざっていたり、そのまた逆もしかりだった。トドメにその年によって五人メンバーが四人だったり七人だったりとメチャクチャなことになる。もう体育の教科書も六人制ルールもいっさい関係ない。

 その事実はバレーが三つの選択の中、最も人気がないことを示す。この様子だと下手くそ同士の時間つぶしになるだけで、あくまで人数あわせの競技としか思えなかった。事実俺のクラスもバレーチームに入ったのは、友達の和に入れなかったヤツ、入る気のないヤツ、嫌われ者、そして最後にバレー部員だけだ。

(確かにサッカーやバスケは華があるからな)

 そして俺はこの条件の中に二つも当てはまっている。今更どの競技を選ぶもクソもないだろう。

 そして、よりによって『関わりたくない人物』までもが入ってきたのだ。遠足のとき散々オレを追いかけ回し、シーアークに行くときまで回りを見渡してしまう原因を作った人物だ。



 まずはその問題の人のコメントをどうぞ。

「こう見えても学生の頃は二年でバレー部レギュラーだったんだから」

 ……………だ、そうだ。

 そして結局メンバーは『バレー部員』と『アホ(担任』)、『ガリベン』にチーム分けの日に学校を休んでいた『不良』気取りのヤツ。そして『俺』の計五人。

 この行事は自分を同学年にアピールできる、新年最初の行事だと言うこともあり、特に一年は白熱するらしい。そこそこの顔の男子チームは、組んだチームで猛特訓をしているらしい。放課後はもとより、昼放課まで使って練習までしていた。

 ここまで一生懸命になる理由・・・は明白だ、ただモテたいだけだから。それが如実に感じるのは男子だけじゃないだろう。だが女子もあえて黙っている。そこに何か妙な思惑というか野望というか・・・そんなくだらない想いが交差するのが舶用学園の球技大会らしい。

 バレーチーム以外は今日も居残りだ、もちろん特訓のために。女子のサッカーチームなどは男子ほど燃えてはいない。が、行事だからと言う名目で男子のするスポーツが出来て、そこら辺は結構楽しいらしい。全く練習はしてないが。

 そして完全に取り残されているチームが一つ。

「ねえ、もしかして今日も練習しないの・・・?」

 まだ言っている。

 女というのはどうして薄っぺらい信頼関係を持ちたいのだろう。端から見てもミエミエな、ぎこちない女子バレーチームだけが女子の中で残って練習している。みんな勝てるわけないというあきらめが顔に現れているのに、それでもかりそめの繋がりにもたれている。

 こちらはと言うと、先ほどバレー部のボーズ頭が部活という理由で去っていった。

「部活の方が練習になりますので」

 と言うのが残って練習しない理由らしい。

 不良を気取っているヤツはもういない。先生が来る前に帰ってしまった。

 夕日で真っ赤に染まった教室にいるのはガリベンと俺と担任だけだった。

「あ、あの僕なら、今日は残れるんだけど………」

「え、ホント?ヤタ!ほらウラベ君、君も………」

 おそらく地毛だろう、クリーム色の髪をボリボリとかきながら必死に照れを隠していた。

 わざわざガリベンの好意を邪魔することもないか。もちろん俺に向けての好意じゃあないけど。

「せんせい」

「え、ナニナニ?」

 頭の中で二人を丸め込むタンカを急いで生み出す。

「僕たちのチームで一番反応力が遅いのは誰か、分かりますか」

「えっと………パス」

「僕…だね」

 よく分かっている。話が進めやすい。ガリベンが顔をしかめた。

「おそらく試合当日、チャパツは十中八九(じゅっちゅうはっく)学校を休みます。四人で六人の相手を戦い勝つには、個人の技術よりも作戦の方が大事ですよ」

「まあ、単純に考えれば四対六で負けてるモンね」

 ………そういうものか?少し違うと思う。

「重要なのはいかに『上手なヤツ』の足を『下手なヤツ』が引っ張らない、と言うことです。この場合、上手なのは先生とバレー部のヤツ、下手なヤツは俺と……分かってるね」

「そんなはっきりと言わなくても…!」

 担任がすぐに言い返すがガリベンは俯いている。知ったことか。俺はさっさと帰りたいんだ。

「でも俺はアタックだけは自身があります。正式なルールでは反則ですが四人でバレーすること自体もうルールなんて無視しているんです。『下手なヤツ』は『上手なヤツ』がミスったときの、最後のサポートをすればいいんです」

 驚いた顔をしたガリベンが俺の顔を見ている。

「下手な八人チームよりバレー部レギュラー二人の方がずっと強い。サーブ及び向こうからの攻撃をすべて先生とバレー部員に任せ、俺がスパイクをします」

「な、なんか本格的……」

「そして強敵なのは相手バレー部員だけで、後は大したことのない『穴』ばかりです。考え方を変えれば、向こうは貴重な戦力を生かし切れない。ろくにレシーブもできない『穴』のせいで」

「その点、僕たちは・・」

 自信なさそうなガリベンもだいぶ乗ってきた。あと少しでやっと帰れそうだ。

「スパイクさえ打ち込まれなければ、たいてい二人が拾ってくれる。後は俺がバレー部員のフォローしきれない場所に打ち込めば、勝てます」

 そう言って俺は鞄を持って席を立った。

 帰る。

「ちょ、せっかくあなたが考えてくれた作戦なんでしょ、練習しないと」

「スパイクなら完璧です。後は先生の防御と、そこの頼りなさそうなヤツを鍛えるだけですよ」

「ど、どうすればいいのよ」

 何で16の俺がここまで指示しないかんのだ。俺の言いたいことぐらいわかれよ。

(ホントに教師か………いやホントに大学を卒業できてるのか)

「先生は「教師」でしょう………三人の中じゃ一番教えるのもバレーも上手だから、せめて彼に先生がすくったボールのトスとサーブぐらい撃てるようにしてやってください。先生の練習もかねて」

 そう言って先生の顔を見ると、頭の中で整頓しているのか返事が遅れたが……

「まかせて!残り一週間で出来るだけ教え込むわ!」

 と見事に話術に乗ってくれた。

(単純だな)

「お願いします」

 そう言って教室を出ると夕日が目に入ってきた。

(まったく乗せやすい)

 内ポケットの入っているイヤホンを耳に掛けた。

 確かにこの方法なら『ザコの寄せ集め』程度なら勝てる。だが勝てば勝つほど疲労することを、なぜバレー部員だった彼女は分からないのだろう。

 単純に六人分の疲労を四人で分け合うんだ。しかも一人はほとんど何もせず、俺はただ飛んでスパイクするだけ。ものすごく後ろの二人が疲労するだけで、俺はほとんど疲れない。しかも負けて点を奪われても後ろの二人が文句を言われるだけで、俺は被害を受けない。

 完全なる机上の作戦だ。

 でもそれでいい。目的は優勝ではなく、あくまでやる気のあるウルサイやつを黙らせることだ。それに元々バレーなんて誰も見学に来ないだろう。皆バスケかサッカーしか見ないだろうし。

 所詮はその程度だ。そしてこの作戦はどこぞで読んだ雑誌の作戦をそのまま口にしただけだった。昨年の行われた何かの世界大会で『弱小日本、こうすりゃ勝てる!』という見出しに魅せられた、三流雑誌の受け売りだった。

(ま、いいとこ二回戦かな)

 ……………しかし物事は必ずしもシナリオ通り進むとは限らない。

 まさかその軽んじていた考えが、こんな誤算を生み出すとは思いもしなかった。

 まさかこんな作戦が………







 一週間がたち、六月の三日。すこぶる快晴。

 今日は球技大会のため授業がない。クラスメイトは大喜びしていたな。

 一応担任にタンカを切った以上学校を休むことはできないため、シーアークでの訓練を休んだ。

 学生服ではなく体操服に着替え、上にジャージをかぶるとそのまま家を出た。



・・・・・・・・・



「おいウラベ!」

 パンをかじりながら大通りを歩いていると、聞き慣れない声が俺を呼んだ。

「まずいぞウラベ!」

「僕は気に入ってるんだど………けっこう美味しいよ」

「違う!パンじゃない!」

 そんなこと分かっていた。ただ朝からむさ苦しいバレー男の顔など見たくもなかっただけだ。

 だが何か焦っているようだった。

「きてるんだよ、アイツ!木塔が来てるんだ!」

「ふうん」

「ふうん……てお前、作戦はどうなるんだよ!穴が一つできちまったじゃねえか」

 かなり予定外だという顔をしている。おそらくバスか電車の中で偶然見つけたのだろう。

「別にいいでしょ?作戦通りで」

「何行ってるんだ!優勝がかかってるんだぞ!?優勝が!!」

「は………?」

 言っていることが理解できない。何が優勝なのか。………優勝する気なのか?

 こんなチームで。

「何行ってるのか分からない。優勝って……」

 こっちが驚いて聞くと、何がカンに触ったのか目の前のバレー男が憤慨しだした。

「優勝だよ優勝!お前の作戦と桃木先生の実力、そして俺がいればゼッテー優勝できるって。だから三日前からお前抜きの三人で残って練習してるんだ。みんな優勝目指して昨日も日曜日なのに五時間近く練習したんだぜ。ほかのクラスは嫌々バレーチームに入ってろくに練習もしない帰宅部チームだ。ゼッテー優勝できるって!」

 俺の知らない間にかなりの新事実が発覚した。オレ以外残って練習していたと言うこと、オレ以外優勝を狙っていると言うこと、オレ以外誰もオレの作戦の弱点に気づいていないと言うこと。

 そして『優勝』という言葉を広めたのが、おそらくアホ(担任)だと言うこと。

 そう言えばアホの名字は確か『桃木』だったっけ。

 ………まあ、心の中まで飾ることはない。今まで通りアホで十分だ。

「今日の木塔の顔を見るまでは、もしかしたらバレー部員のいるチームにも勝てると思っていたのによ………ウラベ、作戦を変えるか?!」

「とりあえず……」

 時計を見る。門が閉まるまであと五分。

「とりあえず、なんだ!」

「登校しながら考えよう」



・・・・・・・・



「確かに木塔をオレと桃木先生の間におけば、フォローできるな」

 袋を開けたパンを食べ終わるほどの時間が過ぎたとき、すでの俺らは自分のクラスにある四階まで歩いていた。

「後は相手がつっぱらずに動いてくれれば問題ないけど。それに」

 オレの言いたいことを予測したのだろう、オレの言葉を遮った。

「もしかしたら一人で練習していたのかもな!」

(それは無いナイ)

 オレが言いたかったのは「来ただけの登校日稼ぎで、試合に出る気はない」と言うことだが…………否定する気にもならない。

(試合になれば分かるさ)

 そして俺らは教室に入った。



 ズッコケそうになった。

 教室にはいるとそれぞれのチームが分かれて作戦を組んでいた。そして自分の『勘違い』チームを見つけたとたんに、こけそうになったのだ。

 あさ最初にあったバレ男クンとまったく同じで、アホが青ざめていた。

(考えていることが分かるから………イヤになる)

 俺らが近づいてくると、哀願しているような目がオレに向けられる。まるで追いつめられたかのようで。

「十中八九…………外れましたね」

 ガリベンが悲しい抗議をオレにぶつけた。

 チャパツの机に皆が集まっている。

「おいネクラ。お前が来るのをわざわざ待っていたんだ。さっさとオレにも作戦とやらを教えろよ」

「根倉クンの事じゃないわよ、ウラベ君のこと」

 言うに事欠いてそれか・・・根暗なのは認めるが。

 しかも差別用語を平気で使う生徒を注意もせずに、ガリベンをフォローするとは。

 殴り飛ばしてやりたい衝動をこらえ、深呼吸をする。

(確か…………ガリベンの名が根倉か)

 フウッ……

 ため息が出てしまった。紛らわしい。

 予告無しのアドリブ的な作戦をチャパツに説明した。前列はオレとガリベン、後列は残りの三人、チャパツはその真ん中である。もちろん相手を突っ張らせないように、一週間前のような雑な言い方を控えた。あくまでガリベンとチャパツは二人のフォロー、オレはスパイクに専念。今回ロールは自由だが、無し。あくまで自分の仕事をこなすことに専念。

 一通りの説明を終えると、さっきまで死にそうな顔をしていた三人に活気があふれた。まあよくもここまで単純だなと心の中で苦笑していると、まるでそんなオレを馬鹿にするようにチャパツが答える。

「確かに勝つ作戦だけどよ、後列がバテるのは時間の問題だな」

「え………」

「特にセンセ、あんた優勝する気満々だけどそれまで体力もつのかよ」

(まずいな)

 心の中で舌打ちをする。こんな気分屋ばかりのチームはその気にさせなければいけないのに。まあ欠点を見抜いただけほかの三人よりは使えそうだ。

「ふふ、ダイジョウブ」

 てっきり落ち込むモノかと思っていたが、以外にも違った反応が返ってきた。

 暑苦しい闘魂をむき出しにして。

「そのために毎日空いた時間を潰して練習したんだから!そんなこと百も承知よ」

「で、出来るだけがんばりました」

「中学バレー部キャプテンの意地にかけて、守ってやるぜ」

 フウ………

 暑苦しい。つき合いきれん。

「トイレ言ってきます」

(たかだか一週間の練習で何をつけあがっているんだか)

 人気の少ない場所に行こうと廊下に出ると、またもオレを名指しで呼ぶ声が聞こえた。

 木塔だ。

「お前、知っててあの作戦を教えただろ」

 後ろにいるから顔を見れないが、何が語尾がきつい言い方になっている。

 振り向くと、眉間に少ししわがかかっている。

 様子がおかしい。気を操り悪魔を呼ぶサマナーはみな五感以上に六感が鋭い。相手の気のうねり様でだいたい感情が読みとれる。

 少し怒っているのか?

「一見ベストな作戦でもよ、バレーをかじったヤツなら欠点に気づくぜ」

 まあそうだろう。バレーをかじったこともないオレが立てた作戦だから。

「それでも黙ってセンセーもバレー部のヤツもお前の策に乗ったんだ」

 なんだか、変だ。劣等生が持っている惰性感が見えない。いつもと違う。

 まさか…………

「ケッ」

 と悪態をつくと今度は木塔がオレに背中を向けた。

「足だけは引っ張るなよ」

 そう言うと再び木塔は教室の中に入っていった。

(マジかよ)

 そんなに目立ちたければ不良をやめるかバスケチームに入ればいいのに。

 よくわからんな。

「チャパツのくせに」

 ずいぶんな偏見付き中傷を吐くと宣言通りにトイレに向かう。もちろん悪態は外に表していない。自分の中だけで終わらしている。



・・・・・・・・



「それでは一回戦第三試合を始めます。礼!」

 審判の号令と共に俺らは頭を下げた。一人をのぞいて。

 相手からのレシーブだが、入らない。向こうは誰一人としてバレー部員がいない、寄せ集めだった。

 ロールはなくてもサーブは順番だった。サーブ権が移り、こちらはバレー部員の速く直線的なサーブで六点をもぎ取り、今は七点目を得ようとしていることだった。

 ネクラはさっきから・・・と言うよりバレ男以外、誰も何もしていない。

 緊張感のかけらもなかった。やけに玉の速度が緩やかに見えた。

 悪魔の攻撃は常に的確かつ高速で、オレの首をはねようとしていた。それに加えこの試合の玉の、何という遅さ。

 八点目のサーブをようやく返したと思うと、なんとこちら側にスパイクではなく、軽いトスを返してきたのだ。

 絶好の、トスだった。

「不愉快だ・・・」

「え・・・?」

 ネクラが振り向く間もなく、すべての力を込め相手のコートにボールをたたき込む。苛立っていたため狙いはメチャクチャだったが、相手の腕を直撃し体ごとのけ反った。

 万が一この場に気の繊細なモノがいても見つからないような、瞬間的に魔気を使ったのだ。オレにはボールを叩き込み続けるだけの筋肉を持っていないし、腕も丈夫じゃない。だがオレには人より何十倍の怪力を持つ破壊神の攻撃をも防ぎ、持ちこたえられるだけの『ダークネス』を持っている。一度枯渇したダークネスはさらなる容量を広げ、再びオレの体へと蓄積した。一ヶ月前まではトナティウの盾による攻撃を持ちこたえられなかったオレも、今は八分の力で防ぎきることが出来る。

 スパイクを決めた瞬間、たいして興味を示さない見学人どころか、隣で試合をしていた生徒もこちらを見た。審判が口を開けたまま動かない。

 二・三秒沈黙に包まれたが、次にはざわめきが訪れた。

「…へへ。やるじゃねえか」

 木塔が驚きを含んだ笑顔で話しかけてきた。

「すっ……スゴイよウラベ君!すごい!」

「こんなスパイク………初めてみた」

「………」

 少し力みすぎたせいか、ボールを受けたヤツが保健室へと歩いていった。腕が折れることはないが・・・不抜けた格好をしているからだ。今頃シップにお世話をしいてもらっているだろう。



・・・・・・・・



「A組対B組、二ゲームとも11−0でB組が勝ちました」

 いつの間にかキャプテンにされたオレは大会本部にそう報告すると、チームが待っているところへは戻らず手洗い場へと向かった。

 右ふちの額の傷を隠すためにつけている汗バンドを取り、水で顔を洗う。

 何度も何度も顔を洗っていると、数人の足音が近づいてきた。

(アホ(担任)たちか・・・)



「しかし生徒会もせこいマネしやがるぜ。トーナメント戦なんて言っておきながら、事前にバレー部員同士が初戦でぶつからないように仕込んでやがる」

「決勝でメイクドラマ作ろうと必死なんだよ。毎年バレーだけだから、ぜんっぜん盛り上がらないの。C組はバレー部期待の一年を含め二人いるだろ、それにD組なんて六人中四人がバレー部員で、極めつけがバレー部の顧問も試合に出るんだぜ?」

 日陰でオレが静かにお茶を飲んでいるすぐ横で、木塔とバレ男が生徒会と相手チームに文句を付けている。

「お茶のおかわりいる?」

「結構です」

 担任がやけに気を回す。

「先生、何もそんなマネージャーみたいな事………」

「あらヤダ。つい高校からの癖で………私レギュラー兼マネージャーだったから」

 なんてポジションだ。どこから持ってきたか知らないが舶用高校の体操服に着替えているし。

 さっきから緊張しっぱなしのネクラはずっと地面を見つめている。何か顔が赤いのがおかしいが。

「生徒も完全に自由行動だし、今は先生よりもチームの一員として行動してもいいよね」

 何か自分に言い聞かせているようにも聞こえるが・・・

 次の試合までの30分は簡単な作戦を練った。レシーブが邪魔にならないようオレとネクラがネットにへばりつくぐらいに接近し、後ろの三人が何とかトスまでつなげる。ネクラはミスしたボールを場外からでもとれるように、なるべくフチに配置。

「き、緊張します」

 第二試合にネクラのその言葉を聞いたのは、これで四度目だった。





「お願いします」

 相変わらず木塔は礼もしないで自分のポジションに着いた。いかなる時も耳にピアスを付けてあるのは、彼の信条らしい。

 相手チームを見ると、明らかに体つきが違う二人を見つけた。二人とも対称に位置にいる。

「スポーツ刈りのヤツに気をつけろ。ヤツが期待の新人だ」

 バレ男が指をさした方を見ると、オレのポジションの真ん前にいた。不敵な笑みを浮かべている。

(前列右フチか)

 相手バレー部員は前列右フチと後列左フチ。

 特に気にせずポジションに着くと、期待の新人さんからありがたいお言葉をもらった。

「お前程度のスパイク、プロなら誰でも打てるんだ。ふぬけを一人保健室に送ったからって、調子に乗るなよ」

 宣戦布告という、ありがたい言葉。なかなか生きのいいルーキーだ。

「忠告感謝します」

 ゲームは始まった。いきなり期待の星がジャンピングボレーという大業で二点をもぎ取ると、相手の流れになった。

 ネクラが震え上がっている。

 妙なカーブのかかったサーブはバレ男でも分が悪い。現に二点ともバレ男が受け、見事にとんでもない方にとばしているから。

 次にヤツはオレの右後ろに目が向いた。アホ(担任)狙いだ。

 さすがにひと味違うな、そう思う。いくら実力で勝っているとはいえ、バレ男ばかり狙えばそのうち慣れてきてしまい返される。そう狙って次はフォローできる木塔を狙わず、アホ(担任)に狙いを定めたのだ。

(どうする………)

 ジャンピングボレーの返し技はすでに見つけた。ネットすれすれで来るので確かに後列は取りにくい。しかも妙なカーブもかかっている。

 だが俺には俺の仕事がある。そして何より必要以上の力を使いたくなかった。

 どうする………

 しかし悩んでいるうちに、変に歪んだボールはアホの面前まで迫ってきた。

「あまい!」

 絶妙なカーブのかかったボールを、見事にアホもとい担任は受けたのだ。

(なんだ………)

 これなら任せられるな。

「な!」

「よっしゃ、ウレベ任せたぞ」

 人の名字を間違えながらあげた木塔のトスは、しかし正確だった。

 ダッシュでサーブから戻ってきたヤツ(ルーキー)と、ヤツと同じバレー部員がブロックについた。

(期待のお星様は・・・さっきの程度のサーブじゃ不満みたいだな……)

 見せてやるよ、オレの力。

「パンクしない程度でな!」

 さっきの倍の魔気を放ち、手と一緒に叩きつける。

 ・・・・ヴィイ・・・

 一瞬、空気が変な音がした。

「ケ・・・ッ!・・・」

 力んでいたため期待の一年ではなく、隣の部員に当たった。

 胸もと上から喉にかけて。

 腰から落ちるとそのまま地面に倒れ、うずくまっていた。胸元を押さえ苦しそうにしていた。

(チ・・・やりすぎた)

「おい、大丈夫か!」

 どうも大丈夫じゃあないらしい。苦しそうに咳をすると、唾といっしょに血が混ざっていた。審判が駆け寄って胸をさすると、顔が苦痛で歪んだ。とりあえず上着を脱がすと、丸く綺麗にボールが当たった場所が紫の色に染め上がっていた。

 バレーボールは妙なバウンドをした後、相手コートの中に入っていった。こちらの点数だ。

 期待の一年がオレを睨んだが、たかが普通の人間相手ににここまで力を使わされたオレも怒っていた。

「別に故意でしたわけじゃない。この程度の玉もとれないヤツが、いっちょ前に挑発するな」

 この怒りは完全に逆ギレだった。相手の挑発に乗ったのも俺自身だし、挑発したヤツとは関係ない部員に当てたのもオレの不注意だった。何よりこんな力を使ったスパイクをとれなど、無理に決まっていた。

「次はお前の番だ」

 何気ない脅しだったが、静まり返った運動場に俺の声は響いたらしい。一試合目のスパイクで一気にバレーの見学も増え、そしてもう一人を保健室に送り込んだ。

 そしてその脅しで、一気に場が静かになった。



 そんな静かな中、試合は再び開始した。

 こちらからのサーブは、期待の一年に比べるとものすごくゆっくりだが、穴にスッポリと入っていった。

「あんなとろいサーブぐらいとれ!このボンクラどもが……!」

 敵対心むき出しの一年(オレも一年だが)がチームのヤツを罵倒する。

 だが担任のサーブはバレー部のヤツでもそうそうとれるものではなかった。担任も実はこの試合に入ってジャンピングボレーを使っていた。スピードは遅いが、ラインぎりぎりのいやらしい攻撃だ。これは相手チ−ムが一人抜けたとき、ポジションチェンジでアイツが中央に移動したからだ。

 結局第一セット目は3−11でこちらの勝利になった。



5分のハーフタイムの間でギャラリーがやたらと増えた。決勝は体育館でやるので大した威圧感は感じない(ハズ)のだが、準決勝ですでにギャラリーは百人を越えていた。

 異常にむさ苦しい。

 日陰で担任がくんでくれた麦茶を飲んでいると、木塔が話しかけてきた。

「ものすごい腕を持っているな」

「別に……」

 別に腕はすごくない。むしろヒョロヒョロだ。

「オレはただ力に任せ打ち込んでいるだけ。相手が打ち込んでくるボールを拾ってくれる先生や木塔クンがいなければただ突っ立っていることしかできない」

「謙遜か?それともちゃんと分かっているのか?」

 あいにくオレは自惚れれるほど幸せな性格じゃない。

「両方です。自惚れるのは性に合いませんから」

「………ふん」

 オレがするべき事はボールを相手コートに打ち込むこと。

 それだけだ。





 二セット目のサーブ権は、向こうからだった。

 ヤツが先からずっとオレを睨み続けている。心底オレにサーブを打ち込みたいのだろう。しかしオレがネットに『べったり』である限り、その願いは届きようもないが。

 さっきの失敗をふまえ、今度は木塔とバレ男のちょうど中間にサーブを打ち込んできた。

「俺がっ・・・ああ!」

 バレ男は相変わらず見当違いの方に打ち上げる。ネクラが一生懸命に追うが、とうてい戻せれる距離ではなかった。

「は、バカかテメエ。どこ飛ばしてんだよホントにバレー部か!それにあんな玉ホントに取りに行くバカがいるとは、情熱的か知遅れのどっちかだな」

 期待の一年と呼ばれても所詮はこの程度か。完璧に頭に血が上り、サ−ブを決めるたびにわめき散らかす。

 そして俺のチームには不良クンという、キレやすいと自他共に認められているやっかいなモノがいる。殴りかかるか心配で後ろを見てみると、案の定ヤツを睨み付けていた。

 しかし次に出た言葉が予想外だった。

「次は俺が拾う。邪魔するなよ」

 取るつもりか・・・

 審判の笛が鳴ったと同時に、目が血走った、『敵意むき出し』クンがものすごいサーブを打ち込んできた。

「早々何度も・・・」

 バレ男めがけて放たれたボールは、わずかなカーブがかかり高めから斜めに下降した。

 しかしバレ男がサーブを打った瞬間に後ろに引き、そこに木塔が入ったのだ。

「クソが!」

 完全には受けきれなかったが、それでも何とか勢いは殺した。が、なけなしの情熱で受けたボールは無情にも大衆に沈み込んでゆく。

 結局受けきれない……そう思ったとき、担任がボールめがけ駆け出した。

「つなげるのよぉぉぉぉ!ゼッタイ・・・にぃい!」

 人混みに突っ込んでいくと、なんと滑り込みの回転レシーブを決めたのだ。

「きゃあああぁあぁぁ・・・」」

 もちろんそのアホは今、人混みと共にダンゴ状態になっている。

 だが、多少遠距離だが打ち込むには十分だった。

「この距離ならいくらテメーでも!」

 半狂乱のヤツがそう叫びブロックのタイミングを合わせた。

 (直線のアタックは返されるか!)

 足に気をためる。

「ならば高く跳ぶまでだ…な…」

 ネットとの距離は一メートル弱。

 狙いは、ヤツの指先だ。

「・・・・・クタバレ」



 問答無用の一撃だった。

 その光景はスローモーションになって俺に映像を見せた。

 あまりの早さに相手の指先がボールを押さえきれずに、アニメのコントみたいにズッコケる半狂乱男と、一度地面にバウンドし、スピンのかかったボールがもう一人の相手チームの顎にアッパーを食らわした。



 本来ならそこでもう勝負はついていた。

 俺のスパイク二発で半狂乱してた男は指の捻挫と共に冷静さを取り戻し、バウンド玉に当たったひ弱そうなヤツは保健室へと消えていった。

 正確には保健室へしっぽを巻いて逃げた、と言った方が正しい。

 これでようやく四対四になった。

 三点を先制されていたが、今ので二点に縮めた。

 そして試合の流れは、誰が見ても明らかだった。

 サーブは木塔だった。木塔は情けを微塵も与えずに、自分の出せる限り力のこもったサーブをあびせた。サーブもろくに返せないヤツにや、指先を捻挫しているヤツにも。

 差別まくなく浴びせた。

 さっきまで興奮しっぱなしだったルーキーも、今はただ淡々と打たれるサーブをトスするだけだった。

 いくら綺麗なトスを上げても、誰もスパイクしない。

 ただただオドオドしてこちらにトスを送ってくれるだけだった。

 そしてそのたびにオレが、間髪入れずに相手コートに打ち込む。

 もう魔気を使うまでもないほどに、覇気を感じない。

 ルーキー以外はろくにサーブさえ受けることはなかった。

 彼があげた絶妙なトスを、ただ相手コートに入れようとするだけ。フェイントの時みたいなゆるいボールを、格好だけスパイクのように腕を振り打ち込んでくる。

 それでもオレの仕事はスパイクだ。顔をしかめるオレの代わりに、後列のヤツが手を出すまでもなくネクラがトスを上げてくれた。

 勝敗が決まっている試合をただ淡々とこなすこの虚しさ。

 彼もなまじ上手だから、俺らには勝てないと判断したのだろう。口をつぐんだまま、ただボールを目で追っていた。



 11−3で勝負がついたのは、相手のキャプテンが突き指をしてから七分後のことだった。



 勝負がついた。オレと木塔以外、何とも後味が悪そうな顔をしている。いや、気の流れを感じれば木塔だって歯切れが悪いんだ。ただ強がって『期待の星クン』を睨んでいる。

「お前の敗因はなあ」

 審判が礼の号令をしようとしたとき、木塔が突然怒気を含んだ声で怒鳴るように語りかけた。俯いたままの相手のキャプテンに。

「下手でも一生懸命やっているヤツをバカにしたことだ。だから負けた」

 いきなりのことでみんなざわめき始めた。しかし審判をしていた先生だけは黙って木塔の言い終わるのを待っていた。

「お前はこの試合、常に一人で戦っていた。たった一人でだ。俺らはみんなでがんばった。絆とかそんな陳腐なモンじゃない。でもがんばったんだよ、根倉みたいな勉強しか取り柄のないヤツまでな」

 ずいぶんかっこいいことを言っているな。背中がかゆくなってきた。

「チームがレシーブをミスッたとき、こいつは走った。オレがお前のサーブをとらえきれなかったとき、桃木先生は何も考えずに人混みに突っ込んでいった。二人ともただ勝ちたいから。先輩に見せつけたいからじゃない。自分をアピールしたいからじゃない。コート内に返せばそれで自分の役割は終わり、後はただ任せるだけだから。任せられるからだ。ウラベにつなげば何とかしてくれる、アイツはこの作戦を考え出した本人だし、、信じられないくらいのスパイクを打つ。でも決して驕らず、出しゃばらず、俺ら後列をただじっと待っている」

 なんかやけに情熱的な不良だな。あくびが出そうだが、ここで出したら殴られそうだ………

「俺らは今日初めて全員そろってコートに入った。だからチームワークも何も、お互い何も分かっていない。性格さえ知らない。それでもみんなから『期待の星』だとか抜かされているテメーに勝ったんだ。大したモンだ」

 そして肩で風を切り、踵を返すと……

 言うこと言ったら去っていってしまった。なんてヤツだ。

 だが当たりを見渡すと、特に女子だがボーっと後ろ姿を見つめていた。

 思いっきり言い放っておきながら、結局カッコつけまくっているではないか。

(おいおい…………礼を忘れて勝手に去ってくのもマナー違反だぞ)

 なんか………静かだな。

とりあえず、今回がんばった根倉に意見を聞いてみた。この不毛に感じる止まった時間を何とかしたかった。

「根倉クン」

「はい?」

 オレの言葉がそこらに響く。

「試合終了の後に礼をしないのも、じゅうぶん不謹慎だと思うんだけど」

 そう言うと、なぜか幻想に浸っている女子どもに睨まれた。

 こういうのを『やぶ蛇』とでも言うのか。



・・・・・・・・



 バレーボール男子決勝戦は朝食が終わった後午後二時から行われる。

 ミニサッカー決勝が十二時ちょうど、バスケが十二時五十分、そして十分で用意が終わったらいよいよバレーの決勝だ。

 男女共に同時刻から決勝を行う。だから同時に二試合、そして二年も会わせ計四試合が同時に行われてるはずだ。

 ちなみに三年はどこかの有料運動場を貸し切って、そこでやっているらしい。

 時計を見ると十二時半。今頃はサッカーの決勝が白熱していることだろう。みんな弁当なりなんなりつまみながら応援でもしているのだろうか。

 オレはチームのヤツと別れ、正門を出てすぐのコンビニに入った。

 弁当を買い忘れていたのだ。

 そこでいつもの軽めの弁当とゼリーを買い、そこらの階段に腰掛け箸を割った。みんなと仲良く食べると思っただけでおぞけがする。

 ジャージに忍ばせたMDのイヤホンを耳に掛け、ゆっくりと食事をとる。

 試合まで、まだ一時間以上もある。

 「フウ・・・」

 トナティウと戦ったとき出した力を一〇〇としても、スパイクの時の力は5にも満たなかった。

 しかも直接殴ったわけでもないのに。ただ単にボールをぶつけただけなのに。

「あんな大きなアザを・・・オレは作った」

 なんて人間はか弱いのか。もしトナティウを野放しにすれば一体どうなるのだろう。何十人・・・いや、何千何百の命が破壊神の手により消えてゆくだろう。

 そんなサマナーの力を使い、闇の世界を駆ける組織『ファントム』。

 組織が本気になれば、国が一つ傾くという話……あながち大げさじゃないかも知れない。

 いつの間にか弁当の中身がすべて腹の中に入っていた。ゼリーの口をくわえると柱にもたれる。

(悪魔と死闘を演じることに比べれば、なんて緊張感のない・・・)

 玉のつつき合いで到達感を味わう、己のなんという小ささ。

 オレは一体何をしているのか。

 オレ・・・いったい・・・



・・・・・・・・



「お・・・・い・・」

 ん・・・なんだ・・?

「おい!起きろ!」

 あ・・・・

 いつの間にか寝ていたらしい。目をこすって時計を見ると一時半を過ぎていた。

「寝坊だ!さっさと体育館に来い!ミーティングだ」

 試合までまだ三十分もある。

「ミーティングも何も、話す事なんて何もないけど」

「お前がいるだけで、何かと違うんだ。キャプテンなんだろ、ちゃんと真ん中にいろ」

 なんて適当な理由だ。納得行かない。ただでさえ寝起きで気分悪いというのに。

「今バスケ男子決勝真っただ中だ。ほら、こっち」

 何かやたらと気合いが入っているな。チャパツのくせに。耳ピアスが太陽の光を反射した。その光を眩しく感じながら体育館へと向かった(正確には連行された)。



「連れてきたゼ、センセー」

 もっと報告は細かくして欲しい。これは同意の上の連行ではなく、ほとんど拉致だ。

 しかしどうもおかしい。チームは五人のはずだ。そしてオレと木塔がここにいるということは、向こうは三人。なのに五人。

 ガタイのでかいヒゲと、ガタイのでかいゴリラがいる。

「ほう。さすが決勝まで上がってきたチームのキャプテンだ。わざわざバレー部顧問の俺が来てると言うのに散歩か」

「違います。食後の後の睡眠ですよ。体にいいんです」

 わざわざ名乗ってくれて親切な先生だ。見慣れない生徒も非常に好意的で、オレを睨み付けてくれている。

「桃木先生もブルマがよく似合いますな。そこらの学生と見違えましたぞ」

「あ、はい、有り難うございます」

 嫌みだと言うことが分かっているのかいないのか。どちらにしても、嫌みが空回りしていることに代わりはない。

「ウラベ、本物のバレーを教えてやるよ。力押しじゃバレーは勝てないって事、ここにいる全ての生徒に知らしめてやる」

「親切なんですね。じゃないと示しがつきませんモンね。・・・フフフ、ド素人の力任せのスパイクで、二人も保健室送りになったんですからネェ・・・」

 にこっと笑って見せた。その笑顔が相当気に入ったのか、強烈な一瞥をオレにくれると背中を向け去っていった。

 振り向くとバレ男と木塔が去りゆくヒゲに中指を突き立てていた。ネクラは下を俯いて何とも言えない表情をしていたし、担任は悲しそうな笑顔を浮かべていた。

(どうしてみんなこう感情的なんだ)

 すぐ下をのぞくとバスケが盛り上がっていた。ラスト十分でもう最骨頂なのだろう。

 振り向くとバレ男と木塔がアホ(担任)と根倉を激励していた。そしてよく見ると、何故か根倉まで不器用なりに担任を励ましていた。

 そうか、さっきのあの表情は怒っていたのか。

 根倉の不思議な怒り方に妙な感覚を覚えていたオレだったが、またしても木塔に腕を引っ張られた。

「お前も何か言えよ!センセーを元気づけるんだぁー……よ!」

 どんと背中を押されると、アホが上目遣いでオレを見ている。

「なんだかなあ」

 ほんとに二十二かと思う。何で生徒がセンコーを励まさなければ……

 こんな時、効きそうな言葉と言えば……

「先生、バレーとても上手ですね。ここまで勝てたのは先生ががんばったからです」

「え……あ……そ、そうかな……」

 ……なんて舌足らずな返事だ。

「先生は教師になってこのクラスがはじめなんでしょう。自信がないのは分かりますけど、この試合に勝てば職場でも胸張れますよ」

「そうそう、何たって態度でかくて体力バカのアイツに勝てば威張れますよ。だってバレーだけが得意のアイツを女のセンセーが倒すんですから!」

「私が………で、できるかな」

 そんなこと知るか。とはとても言える状況じゃない。とりあえず建前を……

「できますよ、先生なら。先生がいなければここまで勝てなかったし、僕の作戦も成り立たなかった。決勝だって先生ががんばって押さえてくれれば、必ず僕が入れます。見返してやりましょうよ、あの見下した態度をするアイツを」

 少しほめすぎたか………?なんか照れてるぞ。

 馬鹿らしい。

「センセー、喧嘩根性はダテじゃあないって見せてやるゼ」

「俺バレー部だけど、オレだってアイツの態度はむかつくんです。頑張りましょう!」

「先生、ウラベ君が言うんだから、勝てますよ。ぼ、僕も出来るだけ頑張りますから……」

 美辞麗句のオンパレードだな。

 時計は十二時五十分ちょうど。バスケに勝敗がつき、観客席はとても盛り上がっていた。

「わかった!センセーも頑張って自信つけるわ!ゼッタイ拾ってウラベ君に渡すね」

「…………」

 目があった。さっき俺に因縁ふっかけてきたバレー部顧問と。遠くからだったが、間違いない。

 見下した目つきがカンに触った。

「ウラベ君、どしたの?」

「いえ………先生、トスは五発で十分ですよ」

 目線を戻すと、木塔が何か言いたそうな素振りを見せた。

「な、なんだよ」

「別に………」

 まあ、木塔のことはいいだろう。

 (あくまで俺を見下すか)

 見下した目は気に食わない。

 弱小なる凡人のくせに。

「全員保健室………いや、病院送りにしてやります」





・・・・・・・・





「っくう……」

「ウラベ頼む!」

 この距離じゃ無理だ。せいぜいスパイクが来ない程度でしか返せない。

「今岡ぁ、これぐらいとれ!」

「はいっコーチ!!」

 試合が始まってからずっとこの調子だった。向こうの攻撃を担任が受け、バレ男もしくは木塔が大きなトスを上げる。みな絶妙な回転がかかっているのか、なかなか担任が受けきってくれない。いちおう魔気を発し遠距離からスパイクをかけるが、効果が薄い。

 さっきから両チームとも完全なスパイクを打てずにボールが行ったり来たりしている。

 そう、今は試合の真っ最中なのだ。

 体育館内は静かだった。あまりの熱戦で皆息をのんで見守っている。

 2−3で向こうの一点リード。向こう側が打ったサーブが今こうして五分ほどいったり来たりしているのだ。

「しまっ・・・」

 担任のミスで向こうにトスが回った。

 ピピー……

 2−4 二点差。

 少し、汗をかいた。負けるわけには行かず、もう全身が魔気に包まれていた。薄いベール程度だが、この程度でも十分な〈打ち込めば倒せる〉量だった。

「ごめん……なさい」

 後ろから担任の声が聞こえる。

「集中して。前向いて」

 注意を促す。

 一見担任が拾い木塔かバレ男にトスを上げてもらい、オレが打ち粉む−−−そんな単純な動作に見えるが実際は大違いだ。

 向こうからのスパイクやサーブでさんざん木塔たちも狙われているのだ。むしろサーブだけならバレ男たちの方がたくさん受けているのだ。

 それでも担任が活躍しているように見えるのは、彼女自身が率先してボールに当たりにいくからだった。事実この中では彼女が一番上手なので任せた方がいいのだが、あまりに出しゃばりすぎている。もっとも相手がバレー部顧問であるヤツのサーブをしのげるのは彼女しかいないが。

(それにしても)

 相変わらずサーブは顧問のヒゲ野郎だった。狙いは一貫して担任。

(だめだ。防御の要をこれ以上疲労させたら)

 はっきり言って木塔とバレ男は彼女に比べると、大して疲れていないはずだ。ヤツが一貫して担任「だけ」を狙っているから。

 ルーキーが出しゃばった−−−と言うことのために。

「ふん!」

 ヒゲの暑苦しいかけ声と共にサーブが飛来する。なかなかカーブのかかったいいサーブだった。

「クッ」

ピピー

5−2



 …………こんな球技どうでもいいが、ヤツだけはゆるさん。

 俺を見下しきった、アイツだけは。

 アイツはサーブが決まるたびにオレを見る。

 オレを見下す。

「はあ!」

 相変わらずいいカーブだ。俺の前をすぎ、担任の前で急に落ちる。

 このサーブは本来オレが取るべきだと思う。

「いちいちカンに触る……!」

 静かな空間に俺の声と足で地面を叩く音が響いた。

 ギイィ・・ン・・



 オレを見下す。点を奪うたびに下卑た笑みと共にオレを見下す。

 −−お前は何もできない−−

    キイィィィ……

 −−お前は守れなかった−−

 ダマレ・・ダマレヨ・・・

 −−お前はただ自信をなくし、全生徒の注目の中で負ける様をただ見るしかない−−

           キイイィィィィィィィ………

 −−お前はただ体温を無くし、大切な母の躯をあそばれる様をただ見るしかない−−

   ユルサン・・・・ユルサン・・・!



 オマエヲユルサン



 乾いた音と共に、ボールが歪む。

 そのボールは変なカーブを描き、バレー部顧問のみぞうちにめり込んだ。

「う・・・げえええええええぇぇ・・・」

 ヤツは昼食べたものをおう吐し、腹を押さえうずくまった。

「なかなかいいトスでした、先生」

 うずくまる汚物に話しかけた。生徒会の奴らがこの自体を飲み込むとこちらに向かって走ってきた。懸命に掃除してる。

「わざわざ高めのボールをまっすぐ打ってくれるなんて」

「てめえ・・・ゆるさねえ・・・」

 ユルサナイ?ナニガ?

「許さないのはこっちだよ」  ヤツは同チームの肩を借り、立ち上がろうとしていた。

「お前はオレを見下した…………ユルサン。たかだか一発ですむと思うなよ、次のサーブはオレだ。せいぜい気をつけることだな」

 そう、ユルサナイ。

 オレハオマエヲユルサナイ。

 ヤツにたっぷり教えてやる。サマナーを怒らせるとどうなるか。

 ダークネスで隠れている、オレの肩にいる妖精シルフの力を使い・・・





 点数はすでに9−5。オレのサーブだけで七点入れた。そしてなおもオレがサーブ権を持っている。

 すでにヤツは右目が腫れ上がり、二度目のおう吐をし、左足の関節が完全に捻挫していた。両手はよく見えないが、突き指はしているだろう。

「惨い……」

「酷い………もうイヤ」

「なんてヤツ…だ」

 そんな声が聞こえてくる。知ったことか。オレのジャンピンブボレーをアイツが受けきれないだけだ。ただし若干の方向修正はシルフにやってもらってはいるが。

 どんな苦痛を受けても立ち上がる、それがヤツのプライドだろう。だが今まで築いてきた世間の実績や見栄は完全に砕いた。

 そしてラストの十一球目がヤツの顔面をとらえたとき、一セット目が終了した。

 チームのヤツが休憩に入ろうとコートから去るなか、オレはヤツに近づいた。

 相手チームのヤツラがオレの顔を見たとたんに遠ざかるなか、顔を腫らしたアイツだけはオレを睨んでいた。

「これが、あんたのやっていたことだ」

 ハーフタイムだというのにやけに静かだ。目線がオレの方に向いてはいるが、関係ない。

「試合前半まであんたが俺らの担任にやってたことがこれだ。体格差を利用してみんなの前で叩いて、自信を無くさせて、見下す。それがあんたという教師だ」

 カンに触る。力を振りかざし相手を見下す。気に入らない。

「すごく悔しいだろ?差しぶりに感じた屈辱だろ?下手したら一生尾を引くような恥だ。でも先生、あんたそんなことを今の今までオレらの担任や生徒にやってたんだぜ」

 あの見下した目。オレが一生忘れない記憶。幼い日の記憶。

「教師なんだから。もっと教えることがあるだろ。頼むぜ……」

 今オレはものすごく悪魔を使ったことを後悔している。頭に血が上ったとはいえ、悪魔の力を借りてまで反抗してしまった。

 オレの中の狂気を、一瞬とはいえ解き放してしまった。

「恨むなら、オレ……僕を恨んでください」



・・・・・・・・



「すいません。頭に血が上って」

 素直な感想だった。チームのこと云々より、自分が制御できなかったことが憤りを感じた。

 だが担任はただ笑って

「ううん。アリガト」

 と言って肩を叩いただけだった。

(また何か勘違いしているような……)

「でもこれで五対五だ。こっから本番だな」

 木塔が話題をすり替える。たまには役に立つな。

「ええ。がんばらなきゃ!」

 なんかやけにアホ(担任)が元気いい。さっきまでフラフラだったのに。

「最も、向こうがマジメにやるなら、ですけど」

「とにかく勝つ!」

 バレ男も元気だな。オレがあんな事をしたというのに。

 そしてハーフタイムが終わった。





「コーチからのメッセージを教えてやるよ」

 その言葉は自分のポジションに着いたときに聞こえた言葉だった。

 相手チームの、試合前コーチと一緒にオレらの所に来ていた男だ。

「オレのことはいっさい捨て、バレー部の意地と誇りにかけて全力で勝て……だそうだ」

「そう……ですか」

「………」

 そう、使わない。

 もう悪魔の力は使わない。一人間として出せる力だけでこの試合を戦う。

 人間として戦わなかった罰とケジメとして。



「ハァ、ハァ…………ふうっ」

 7−6で一点リ−ドといえ、状況は悪かった。

 確かのコーチに比べて相手のサーブは格段に取りやすいが、それでも完全に取りきれるのは担任だけだった。

 負けたくないと言う意志が働いているのか。前半の執拗な攻撃でもう体力も残っていないはずなのに、一体何が彼女を動かしているのだろう。もう彼女の気はほとんど無いというのに。

「チ!」

 完璧にはほど遠い木塔のトスを力任せに打ち込んでも、相手後列が全身全霊で受けにくる。どうやら後列はオレのスパイクを拾うことに専念しているようだ。

 打ち込んでも受けられ、スパイクを打ち返される。

(攻撃だけじゃ勝てないか)

 悪魔との死闘を勝つためには攻撃だけでいいわけじゃない。同時に防御もしなければいけないし、その二つの行為の切り替えが一番重要なのだ。

 つまり、五感を限界まで研ぎ澄まし、六感をたすける。

 魔気がオレの眼球を包み込む。イヤ、浸透している。

 人間の限界まで反応力を上げるため。

(スパイクを打つ瞬間・・・すべての景色がスローに見える)

 そして打たれたボールが向こうの手からはなれた瞬間・・・・

「悪いな」

 打ち込んだヤツは後ろに吹っ飛び、ボールはそいつの胸元でバウンドして地面に落ちる。

 ほとんど魔気は使っていないから、軽いアザが出来る程度だろう。

 これで8−6だ。



 しかしその後にはすぐに9−6になった。

 違うやつが何の考えも無しに打ち込み、そして全く同じ事をして点数を入れたのだ。おそらく今のはまぐれぐらいのモノだ、と考えていたのだろう。

 しかしこれでまぐれではないことが証明された。

 どんな悪魔でも攻撃のその瞬間は無防備なものだ。そしてオレの研ぎ澄ました視覚によって、打ち込まれたスパイクボールを『そのまま』打ち返す。ネットオーバーしないようにぎりぎりまで待たなくてはならないが、この攻撃を返せれるアタッカーはおそらくいないだろう。

 攻撃の瞬間まで防御が完璧なやつなどこの世にいないのだから。

「あと二点か」

 サーブはネクラだった。ネクラのサーブは向こうにわたり、完全なトスへと変化し、俺の前ではなくネクラの前に返された。

「クソオ!」

 木塔が受けきれず外へこぼす。

 ち・・また二点差か・・・

「うああぁあぁあ」

そんな怒号に似た叫び声はオレの真横から聞こえた。

「ネクラ!」

 無理だ……壁に当たる。

 しかし奇跡は起こった。

「ああ!」

 ネクラは自分の体を壁に打ち付けてまでボールを拾うと、そのままコートへとボールを打ち付けた。

 それは、とても綺麗なトスだった。

「ウレベ!」

「ウラベです」

 ゼッタイに入れる。ボールの落ちる場所にブロックのヤツが構えているのなら…………さらに高く跳び防御の薄い場所に打ち込むまで!



ピピーッ!

10−6。

「ラスト一点だ」

 あと一点。あと一点で勝負が決まる。

「根倉クン、大丈夫!?」

 振り返るとみんながネクラの方に集まっている。

 みんながコートに戻るのを止めているが、アイツは必死に戻ろうとしている。

 目には涙を浮かべて、額から一筋の血を流して。

「ネクラ、お前は十分やったよ。怪我してるんだぞ、お前!」

「く!」

 力のないアイツが、力づくでみんなの制止を振り払うと、勢いで俺の前にのめり込むように表れた。

「あ………」

 おそらく全身筋肉痛だろう。指だって捻挫しているに違いない。悪魔と殺し合いしていないネクラにとって出血は驚愕する出来事だろう。

 ネクラの顔が痛みと無念な気持ちで埋まっている。おそらくもうネクラの出番はないし、役にも立たないだろう。

 それでも、まだアイツを包む気だけは戦いを放棄することを拒否していた。

「ネクラ。ボーッとしてないでさ」

「………」

「さっさとポジションついて。まだ一点残ってるんだから」

「は……はい!」

 そんなに戦い抜きたいなら自分ではっきり言えばいい。

 だから頭のいいヤツは面倒なんだ。

「知らないぞ、オレは……」

「ほらみんな持ち場につく!」

 木塔が頭をかきながの文句を、担任が受け流す。

 自分が一番疲れているというのに、何でニコニコしているんだろうか。

 その時だった。見学席から声が響いたのは。

「ネクラー!ガンバれーー!」

 見学席から声が聞こえた。バレー決勝が始まってから初めての応援だ。

「一年バレー部員、負けたらテメーらグランド百周だぞ!」

「桃木センセーーー!!ガンバッてーーー」

 一人が応援しだすととたんに全生徒が応援をし出した。担任の応援だったり、ネクラへのガッツあるエールだったり、木塔への黄色い声援だったり。

 俺たちだけじゃない。運動会系の部活のヤツラは、部のメンツを駆けてバレー部を応援している。

 中にはうちのチームのバレ男を激励する声も聞こえた。

 今まで静かな体育館が一気に騒がしくなった。

「やるじゃねえか、ネクラ。お前のひとガンバリで、みんなを盛り上げるなんてよ」

「は……ははは」

 一年二年問わずみんなが応援していた。隣の女子決勝はすでに終わっており、俺たちのワンマン試合になっていた。

「ネクラ、勝ちたかったら勝負の最後まで決して笑うな。笑顔は勝負の場で見せてはいけない」

 コクン……と頷くと低く構えた。

「さすがキャプテン。いいこと言うねえ」

 それにつられるようにみんなも構えた。

 気を抜いてはいけない。オレがシーアークの中で学んだことだから。





 サーブはネクラだった。みな確実にスパイクが来ることを予想して低く構えている。ネクラももうどうしようもないことを理解し、あえて手に負担のかからないほどの、トスと見間違えるほどのサーブを打った。

 こちらの一番つらいところは、向こうと違いブロックが出来ないことだった。

 ネクラは元々運動系が全く駄目で、オレは力が強いだけ。

(・・・・・来る!)

 オレとネクラが邪魔にならぬよう、すかさずネットに寄る。

 だが、スパイクのように見せかけて放たれたそれは、神経を魔気によって研がれているオレにとっては、酷くゆっくりに見えた。

 フェイントだった。

「あ………」

 急いで前のめりになって取ったそのボールは、見当違いの方へと跳んでいった。

 フェイントのボールを受けきれなかった担任の顔に後悔の色が浮かぶ。

 でも、さすがに誰も追いつけない。

 オレ以外は。

(オレが行けばとれるが………アタックが………)

 誰もいない。

 でも。

(どのみち点を取られるぐらいなら!)

 悪あがきも悪くないと思った。

「攻撃は任した、センセー!」

 身勝手とも言える指示をすると全力でその方向へと走った。

 5メートル………10メートル………15メートル………

 どんどんコートから離れていく。

 一歩一歩の歩幅が広くなる。魔気によって脚力が上がっているのだ。

(間に合うか………っ!)

・・・・・・・

 ダメだ!手じゃ届かない!

「オヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!」

 最後に一飛びすると体を回転させ、蹴りで思いっきり今走ってきた方へと返す。

 オーバーヘッドキックだ。

 改正されたルールじゃ認められている………ハズだ。

 そんなことを思いながら、跳んでいったボールをひっくり返ったまま見ていた。

 そして見事に壁に激突すると、地面に大の字で倒れた。足だけ壁にもたれている。

 起きる気にもならないオレはそのままの状態でアゴをあげコートを見ると、アホ(担任)が妙なところからスパイクを決めた。



ピー、ピー、ピーーーー・・・



 試合終了の合図だ。

(やっと勝ったか)

 スパイクを打った後アホがネットを支える支柱に体当たりしたが、どうやらファウルを取られなかったらしい。

 バレ男と木塔がガッツポーズを取っている。ネクラはその場に座り込んでしまっているし、アホ(担任)は頭をぶつけたのかフラフラしながらもこちらに近づいてきた。

 辺りがやたらとやかましい。こういうのを大歓声というのだろうか。ねぎらいの言葉や慰めの言葉が飛び交う。

 ………くだらん。

 ふと見上げると、アホが俺の前で立っていた。

 額から赤い血を流しながら。

「勝った………勝てたよ……」

「そうですね」

 なんかますます同い年に見える。いつもの下手な化粧をしていないせいで、トロそうな顔がよけいとろく見える。その上どこから仕入れたか体操服にブルマ姿で、涙目でオレに笑いかけてきている。

(こういうのを成長が止まっているというのだろう)

 壁を一蹴りするとそのまま一回転して立ち上がる。

 当然、怪我などしていない。

「血が流れていますね」

「ウラベ君が最後で体を張ってくれたから、私もこれぐらいしないとね。でも大丈夫よ、これぐらい」

 誰も心配なんぞしてない。

「そうですか」

 時計を見る。三時前だった。

「ネクラが血を流さなければしませんでしたよ。まだ礼があります。もどりましょう」

「え………あ、そうね。そう、よねぇ……」





「ありごうございました」

 形式ばった礼をして顔を上げると、相手チームの顔が見えた。

 キャプテンらしきやつの目が赤かった。涙を我慢しているんだろう。

(かわいいものだな)

 オレはここまで熱くなれない。オレが昂れるのは悪魔との殺し合いの時だけだ。

「やったな」

「ええ。そうですね」

 木塔がオレの肩に手をかけ笑顔で話しかけてきた。

「嬉しくないのか?」

「いえ。嬉しいですよ。ただあまり感情を表に出さない性格ですから」

「少しはお前の性格を見習わせたいね、アイツに」

 木塔の視線の先にはバレ男が立っていた。勝ったことが相当嬉しいのか、ガッツポーズを取ったり近くの友人に早速自慢しに行っている。

 ネクラと担任がいない。試合が終わってすぐに保健室へ行ってしまったのだ。

 オレは行くところがあると言い、木塔とわかれた。

「三十分後には戻ってこいよ!閉会式があるからな」

 三十分もあれば十分だ。

 保健室に行ってみた。





「大層な包帯ですね」

 保健室に行くとアホ(担任)とネクラを見つけた。

 ネクラの方は額にバンソーコーが張ってあるだけだったが、担任の方は傷の上にガーゼがおかれ、その上を包帯で固定されていた。

「心配して見に来てくれたんだ」

「全くもって違います」

 頭を打って少しはましになるかと思ったが、よりアホに磨きが掛かったようだ。

 アホがふくれているが気にしない。アホだから。

「全身アザだらけの先生を知りませんか」

 包帯を巻いている年輩の先生に聞いてみた。ここの保健室の先生だ。

 しかし保健医が答える前に、野太い声が俺を呼んだ。

「こっちだ」

 呼ばれた方に向かうと先ほどの試合でオレが叩いた先生が、ベッドに横たわっていた。ランニングに短パンというラフな格好だが、体中にシップが張られていた。

「大したサーブだ。帰宅部には惜しいな」

 発した言葉のはじめがこれだった。

「力をスポーツで消費する気はないんです。僕にはやることがありますから」

「そうか。惜しいな」

 腐ってもスポーツマンと言うことか。あとを引かない性格らしい。

 オレを見る顔は、自分を傷つけた憎いヤツというふうではなく、一人の男としてのそれだった。

「で、バレー部に入部したくてここに来たんじゃなければ何しに来た?無様に負けたオレの姿でも笑いに来たのか」

 それもある。だがそれはあくまでついでだ。

 本質的なことは、もっと別なところにある。

「オレ、滅多な事じゃ怒らないんです。罵られても、無視されても。だから滅多に自分の力を見せつけないし、くだらない理由で相手を傷つけたりしたくないんです」

 オレにとって怒りに身を任せると言うことは、イコール殺人につながるからだ。

 オレは殺人鬼になりたくない。

「でも、さっきは違った。先生はどうしてもオレに我慢しきれないことをしたんです。だから自分の力を使い、先生をこんな目に遭わせてしまった。先生、何だと思います?」

 シップだらけの先生は黙ってオレの顔を睨み付けていた。

 その顔が見下した視線でないことが唯一の救いだった。

「一つは自分への当てつけのために、周りの人間を巻き込むこと。もう一つが、僕を見下すこと。後者の見下すだけなら罵倒と同じですから我慢できるんです。でも、当てつけられると………駄目なんです」

 幼い日のあの記憶とだぶるから。

 その瞬間の、オレの理性は驚くほど弱く儚い。

「人とのふれ合いを避けるのも、妙に冷静なのもそのせいなんです。駄目なんですよ。キレるなんてものじゃないんです!殺してしまいそうなんです……」

 何か妙な殺気がオレの心を揺さぶる。まるでシーアークにいるときのような、獲物を待っているときに似た高揚感を感じた。

 先生の顔を見ると、恐れていた。肉食獣を目の前で見るかのような、恐怖を露わにしていた。たぶんダークネスを先生が感じたんだろう。一般人が感じるにはあまりにダークネスは恐怖だった。見えない恐怖。悪寒。鍛えていない六感でのダークネスは毒だ。

 急いでオレはダークネスをかき消した。

「先の試合で、少なくともバレー部員には嫌われました。そして先生にも。だからこそ部員が大切なら、オレに因縁をふっかけるのを止めて欲しいんです。オレみたいな危険人物に関わってせっかくのバレーの才能が台無しにならないように」

 言いたいことはすべて話した。ダークネスを感じれば、いくら横暴な先生も身の危険なら感じ取れるだろう。

 そして自らの失敗も、分かったはずだ。

「・・・・もともとお前のリベンジは考えてはいない」

 これがすべてを話した俺に対する、先生の考えだった。

「ここの教師になって十年以上たった。オレは生活指導も兼任しているから、いろんな生徒も見てきた。ヤクザになった心底腐ったヤツも知っている」

 少しの間があったが、今度は真剣な顔つきでオレを見定めた。

「お前は危険だ」

 その通りだ。オレは危険なんだ。

「どんなに見た目を誤魔化しても、自身から感じる気配までは誤魔化せれない。第六感と言うんだろうな、こういうのを。その第六感がオレに伝えるんだよ。『目の前にいる生徒は危険だ、目の前の人間は俺をイキモノとしか見ていない』ってな」

 ネクラがいる隣の部屋がやたら静かだった。たぶん俺らの会話を聞いているんだろう。

 いくら直接俺らの姿が見えなくても、オレとネクラたちの間には薄い布きれ一枚で仕切ってあるだけだ。

「……言いたかったのはそれだけです。……では、もうすぐ閉会式ですから………」

 適当な理由を言うと、二人とも黙って分かれた。



 話を終え薄い布で仕切ってある場所から出ると、担任たちの表情がぎこちない。何かぎこちなさそうな、気まずそうな−−−そんな顔をしている。

「別に気を使わなくていいですよ」

 同情など無縁なモノだ。この力は望むべくして得た力であり、忌まわしき力では決してない。

 思いやる心なんて虫酸が走る。

 何も言えない二人を残して保健室を出ると、あてもなく歩く。

「う、ウラベ君!」

 突然呼ばれた声に振り向くと、そこには両手と腕のあちらこちらにシップが張ってある生徒が立っていた。

 ガリベンこと根倉だ。

「あの、僕その……あの、尊敬してます!」

「…………は?」

 いきなり何を言い出すかと思えば、また場違いな。

 人間として特に尊敬されるような魅力は持っていない。何かまた勘違いしているような………

「ウラベさん冷静だし、判断力もあるし、力もあるし、でも威張らないし…」

「違う。美化しすぎだ。冷静なのは、さめているから。判断力がいいのは、その判断していることは『どうでもいい』と思っているから。だからその判断が的確でも威張らない。自分にとってどうでもいいことだから」

 そして力が強いのは・・・・

「そして力が強いのは、生まれつきだ。何も尊敬できる部分なんて無い。むしろ根倉を俺は尊敬するよ」

 今の言葉はすべて嘘だが、こういう建前を言わないと余計にくだらない褒め合いが続く。

 ネクラは俯いてはいるが、目はしっかりオレを見ていた。

「最初から持っている能力より、お前みたいにゼロから力を付けていく方がずっと価値がある。みんなから天才と言われていても、ホントは毎日勉強しているから成績がいいんだろ?」

 そう言って根倉に背を向けた。なるべく静かなところに行きたかった。

「それでも僕はウラベ君を尊敬します!」

 まだ言っている。

(だから言っているだろう。薄汚い悪魔狩猟者なんかを、人の道を歩んでいるお前が尊敬なんかしちゃいけないんだよ)

「僕、ウラベ君のこと『ウラベさん』って呼んでいいですか・・」

「勝手にしろ」

 つき合いきれない。

(ネクラだけじゃなく、目暗(めくら)でもあったか)

 さっさと根倉と分かれると、さっき昼寝をしていた渡り廊下に向かった。





 誰もいないというのにイヤーホンを耳に掛けると、ボリュームをやたら上げた。

(くそ………)

 やたらと胸くそが悪い。ただ欲望のままに暴れたい気分だ。

(まだか…………まだ帰ってはいけないか)

 時計を見ると まだ木塔と分かれて十分弱しかたっていない。

 閉会式までまだ二十分はある。

 くそ………イライラする。

 知らなかった………人から尊敬されるのがこんなにイライラするとは。

(オレは醜いのだぞ………悪魔の血にまみれているんだ)

 オレは弱者だ。いくら力が強くても、オレは悪魔を殺し、悪魔を従えている。

 悪魔でさえも、オレはストレス解消のためだけに殺しているんだ。

 そんな課程で強くなったオレの力を、何も知らないヤツラが褒める。オレも担任やネクラと同じで、一生懸命純粋に上手くなったと思いこみ、惜しみない賛美を送った。

(オレは違うんだよ!!)

 オレは過去の呪縛に操られているだけだ。四年前の悪夢にまだうなされ続けている、臆病者なんだ。

 四年前に心を無くした腹いせに、ただ悪魔を虐殺しているだけだ。向かってくる悪魔に降伏させるいとまも与えずに身を裂き、脈を止める。

(おれは・・・おれ・・)

 と、不意に服の裾を引っ張られる感覚がした。

 見るともう着替えたのだろう、ジャージ姿の担任がいつの間にかオレの隣に座っていた。頭には名誉の負傷の証である包帯が巻かれていた。

「そんなに音おっきくして聞いてると、耳がおかしくなるよ」

「ほっといてください」

 イヤーホンをしまうと横からクスクスと笑い声が聞こえた。

「へえ、やっぱりウラベ君も16歳、ってわけね」

「なにがですか」

「冷静を人型にしたようなキミが、私を見て驚いたから。驚いた顔が妙に可愛いくてさ。安心しちゃった」

「…………そりゃどうも」

 ひたすらうっとおしいと思っていた担任でも、こういう刹那的で情緒不安定なときに見ると、変な安心感を感じる。一抹の懐かしささえ感じるのはどうしてだろう。

「先生ね、保健の先生にまで怒られちゃった」

「そうですか。ご愁傷様です」

「………あの〜聞いて欲しいんだけどナ」

 だからなぜ生徒のオレが聞かなければいけないんだ。不条理だ。

 しかし話は俺の承諾もなく始まる。

「保健の先生にね、『生徒の悩みを聞いてあげるのも先生の仕事でしょ。特にあなたは若いんだから生徒と共感できるはずです』って言われてさ。さっきまで生徒と一緒に騒いでた自分が恥ずかしいな…………って思った」

「先生って今何歳ですか」

「ん?わたし?………二十二よ」

 疑問がわいた。単純に短大卒なら二十で、一応逆算は合うが・・

「あ、私のいってた短大ってここ舶用学院の姉妹校だから。一応教員資格も取ったし、成績もよかったから特別にこの年でクラスを受け持つことが出来たんだけどね……」

「頭は良かったんですか」

 その割には舌足らずで化粧が下手と言うことは……

「わたし田舎育ちなんだ。田舎から短大まで一時間以上かかるから上京してきたんだけど………どうも環境になじめなくて、さ。だから勉強ばっかしてた。そしたらいつの間にか教員免許も取って、先生から『いい子ちゃん』扱いされてて………そしてここにいたの」

「だからいくら歳が近いからって、理解できない、と。全身を飾り立てる人間を」

「うん……」

 体操座りで地面を見ている。要するにこの女はろくに悩まずにここまで来て、初めて悩んでいるわけか。

 幸せな脳みそだ。

 そんなの俺だって分かるはずもない。俺が自ら危険に足を踏み入れることを理解出来ないように、他人の行動なんぞ分かることが出来るわけない。

「先生って、デモシカですね」

「デモ……シカぁ?」

「そう、デモシカ。教師にでもなるか。教師にしかなれない。近年の不況に対する、就職者の就職に対する考え方です」

「そ、そんなこと無いわよ!高校の頃の先生にあこがれたから、だから先生になったのよ」

 またズイブン安直な理由なもんだ。それじゃもしその尊敬している先生の醜い部分を知ったら、このアホはそれさえもマネするというのかね。

「でも、授業はものすごくつまらないですよ。先生の言っていることは、全部教科書に載っていることをただ朗読しているだけです」

「う………だってそう習ったもの」

「先生はそんな教え方をする先生に憧れたんですか?僕はそんなつまらない教え方する先生には憧れませんし、相談しようとも思いません」

「ひ、ヒドイ」

「それに………」

 もうこの際言いたいことは言わしてもらう。相談に無理矢理に乗せたんだ、徹底的に答えを導いてやるぞ。『俺なり』のな。

「他人にそう簡単に自分を理解されたら、たまったもんじゃないですよ。そんなことが出来ればこの世は楽園、アダムの園です」

「う、うん」

「オレみたいにふれて欲しくないヤツもいる。半開きの傷をこじ開けるのを『プライバシーの侵害』って言うんです。ほっとけばいいんです」

 本当だ。オレのことなどほっといてくれ。

 それにあんた自身がオレを悩ませるネタの一つなんだぞ。わかってるのか。

「でも……」

「でも」

 時計を見た。もうすぐ二年の試合も終わるか・・・

 暇つぶしもこんなもので十分か。これ以上追いつめるとなにし出すか分かったものじゃない。

「全然大人っぽくない先生なら親近感を持ってくれるんじゃないんですか。それにただ幼稚で情けない先生じゃないって、先の試合でみんな分かってもらったし」

「え?……そう……そうだよね!いくら都会の子だって考えることは同じなのに……あ!」

 何かいやな予感がする。過去の遠足の時に二度ほど感じたあの感覚だ。

「あなたも悩みがあるんでしょう?異常体質で力が強いってヤツ。相談に乗ろうか?」

 なめてるのか、このアマは。

「あいにくですけど」

 そう言ってオレは立ち上がると、背伸びをした。

 風が気持ちいい。

「自分より人生経験が豊富な人にしか、相談しないことにしてるんです」

 そう言って足早に体育館の方へ歩いていく。

 アホがまた勘違いしたな。

「生徒のくせに〜〜〜!な〜ま〜い〜き〜!」

 『〜のくせに』とか、人の悩みを『異常』とか言うヤツに相談すると思っているのか。しかも頭を悩ませていることが「あなたとあなたの恋人の馬鹿さ加減です」だと言うのに。

 やっぱり、アホだ。

 背中越しに聞こえる騒音を気にせず一年B組の列へと向かった。

 『歩く騒音』は、みんなの前につくとようやく担任としての仕事に戻った。





 担任が祭壇の上に上がり、小降りでちゃちなトロフィーを受け取ると、大きな拍手が辺りに鳴り響いた。

 さんざん寄ってたかってオレにトロフィーを受け取らせようとしたが、かたくなに断った。そして最後にスパイクを決め、名誉の負傷を得たアホ(担任)にトロフィーを代表で取りにいかせることになった。

 頭に巻いた包帯が彼女の健闘をよりみんなにアピールすることとなり、今大会最も注目された競技になった。

 ネクラはガリベン友達から、木塔は女子どもから、バレ男は男子から注目の的になった。アホもだいぶ見方を変えられたらしく、みんなに褒められていた。

(そんなことが嬉しいのか)

 オレには理解できない。オレに言い寄るヤツラに適当な返事を返し、素っ気ない態度で接すると、向こうも必要以上になついては来なかった。

 こうして異様に長く精神的に疲れた一日が終わった。

 初めて魔気で人を傷つけたという事実を生んで。







  卜部 凪 Lv 27 ITEM・不詳の刀 



  力  14(28)  生命エネルギ 220(1100)

  速力 16(28) 総合戦闘能力 140(550)

  耐力  6(11)  総悪魔指揮力 23%

  知力  8(15)   悪魔交渉能力 11%

  魔力  3 (5)

  運   1 所持マグネタイト数 2800



 仲魔 ・妖精ヴィヴィアン L.v 40

    ・堕天使ビフロンス 34

    ・魔獣カソ 37

    ・聖獣ヘケト ?

・破壊神トナティウ     38



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