[01MESSENGER]


 始業式からすでに十日近く経った。場所は学校、時は昼放課。相変わらずここには平和の時が流れ、血の匂いはみじんにも漂わない。

 騒がしい声が聞こえる。それは女子同士の噂話だったり、陰口だったり、男子同士のバカ笑いだったり、男女混じっての放課後の約束だったり。なににしろオレには興味なく、耳障りだった。これならまだ授業中の方が静かでマシだった。

 太陽はオレみたいな人間にも陽を当ててくれた。イヤーホンを耳に当てコンビニで買った弁当に手をつけた。

(俺には似合わない)

 耳から怠惰な、歯切れの悪い曲が流れる。別に曲なんてどうでもよかった。外からの雑音さえ遮ってくれれば、それで・・・・

 食べ物を口に入れてシーアークのことを考えた。

 一週間前までは四階で闘うだけでも死にそうだったのに、今は五階の悪魔と互角以上に戦えるほど強くなった。闘えば闘うほどに力がみなぎってくる、そんな気がした。悪魔が消滅していった際に落としていく戦利品もだいぶ集めた。

 ヴィクトル曰く、「悪魔が消滅してもソレだけが残ると言うことは、無条件で価値がある物だと考えるべきだ」と言うことらしい。

 だがそんな言葉にも集めているうちに疑問がわいてくる。今日までで集めた物と言えば・・・・

 悪魔の牙三本、ぼろぼろの刀、人間の耳と目玉、ドラゴンの目玉、光る石が100個ほど、どす黒いスイカのような物、チャクラム、綺麗な花、おそらく本物であろうドクロのペンダント、壺、不気味な仮面、今にも髪の毛が伸びそうな人形、そしてマグネタイトに、etc・・・

 今並べてみただけでも十分怪しいのに、etcの中にはさらに「どう見てもクズ」にしか思えないような物がごまんとある。こんなもの、合体の時に混ぜたらそれこそ事故になりかねないと思うのだが

 そんなことを考えつつ納めてあるMDをぼんやり眺めていると、前から甲高いノーテンキな声が聞こえてきた。

「はーい新入生のみんな、ご飯食べるのをひとまずやめて聞いてちょうだ〜い」

 視線を向けると、スーツで無難に着飾った女が教卓に肩肘を置いていた。

このクラスの担任だ。名前は・・・まだ覚えていない。

 前から思っていた事なのだが、俺という人間はどうも人の名前を覚えるのが苦手らしい。その原因の一つが滅多に人と話すことがないからだと思う。話さないから覚える必要ないし、よけいな気も回さなくてすむ。

 そんな名前も知らない先生がなにやら説明している。

「え〜、先週も話したとおり遠足の最終チェックを今から確認しますので、みんなよく聞いててねぇ−?」

 先生の少し舌足らずな声が聞こえてくる。

(遠足・・・か)

 いわゆる毎年恒例になっている行事の一つ、と言うのだろうか。この時期はちょうど三年が「修学旅行」に行くタイミングと重なるので、一、二年の埋め合わせ的な行事と言うのがあからさまだった。

 二年はどこへ行くかは知らないが、一年はどうやら今話題の『電脳都市天海市マリンパーク』に決まった。

 そう、俺が今でも十分お世話になっている、ヴィクトルの船があるアソコだ。

 遠足とは名ばかりで、ほぼ完全な自由行動だった。班を組まなくてもいいし、集合時間までにバスに乗れば問題なし。その集合時間も、最初の解散から、帰宅時の集合だけ。

 面倒なのはわざわざ自宅のある天海市から舶用市舶用町の学園まで集合し、そこで停車している観光バスに乗ってまた天海市まで来るという、理不尽な交通をしなければいけない事くらいか。

(それでも班を強制的に組むだけマシか)

 それにしても。

「学生は悲しいわね〜、私はほかの先生たちと『豪華なお食事』でもして待っててあげるわね」

「え〜、センセどこ行くの−?」

「んふふ、同僚たちと「豪華客船ビー・シンフル号の多国籍料理」を思うと、この胸がトキメクのよぉ〜」

「え゛、え゛ぇ〜!!」

「マジ〜?俺らも連れてってくれ〜」

「ンフフフ〜〜、シアアセ〜〜」

・・・・・・・・

 この女はいったい何を考えて教師になりたかったのかよく分からない。口調も女子大生のそれだし、スーツも全然似合わない。化粧が濃い。そのくせ授業になると他の先生と同じ様な教え方で、オリジナリティが全く感じられなかった。

(デモシカ・・・・か?)

 先生でも、先生しか。そんな理由で就職した人たちのことを、それぞれの語尾を取って

デモシカ・・・完璧な造語だが、就職まぎわの学生の間では結構ハヤっている言葉らしい。

 でも、人のことが言えるほど自分は偉くない。

「もう遠足は一週間後なんですからね。今のうちにしっかりこづかいでも稼いできなさい。それとも弁当持参でもいいわよ」

「え−、何が悲しくてババアの残りモンの弁当を遠足に持っていかないかんのよ」

「生きてるうちに甘えておきなさいよ、タップリとね」

 ・・・今の言葉、俺には理解できなかった。

 自分の唯一の支えである母を、甘える・利用なんて出来るわけない。そしてその一言で目の前にいる担任が「大嫌いな」先生になった。

 それでも大嫌いになるのが関の山で、軽蔑することが出来なかった。


 今の俺の手は、色無き血で汚れているから。


・・・・・・・・


「おのれぇぇぇ・・ヒトの子よ・・・・」  異形の首がこちらを睨みながら光の粒子へと変化すると、思わず天井を見上げた。

 首を失った胴体は安定を失い、しかし地面に倒れる頃にはそのすべてが光へと帰った。

「マスター・ナギ。今宵は少し身のこなしが重いように感じるのデスが」

 後ろを振り返ると、援護用に召還しておいた妖精ヴィヴィアンと目があった。

「人間は不安定な生き物だから」

「そうデスか。私は悪魔デスので意見はしません。ただカソと共に、力の限り援護しますユエ・・・」

 悪魔が死んだことを確認した後、そこらに散らばっているのを物色した。

 だが手に入れたのはこれまた怪しげな斧と、光を帯びた石−−マグネタイトだけだった。

 フウッ・・と少し息を抜く。

 今俺は6階にいる。この階に来るとベスやシルキーは力の限界を悟り、自ら合体材料になりたいと言ってきた。命乞いをしてきた小悪魔たちと合体して出来た悪魔が、今俺の後ろでヴィヴィアンに顎の裏をなでられ気持ちよさそうにしている魔獣・火鼠〈カソ〉だ。

 そしてもう一人が、俺の横で両手を組んで立っている堕天使ビフンロス。主にヴィヴィアンとビフロンスが後方からの攻撃を任せ、俺とカソがボス格の悪魔を始末する。

 このくらいの悪魔召還になるとさすがに普通の気では精神の疲労が著しく、魔気(ダークネス)に頼っている。黒い気は疲労した自分の体を包み込み安心させ、あらゆる攻撃を無効・半減してくれた。

 でもさすがに六階だけあって悪魔の力が相当強い。魔気に頼る力任せは通用せず、拳や触ったことの無い剣で苦戦しつつも戦っていた。

 待ち伏せ、不意打ち、集中攻撃、連係攻撃。時にはダークネスさえ突き破る、獰猛な悪魔まで出現する。今いるような広間でなければ、気も抜けないのが正直な感想だった。

 だがこんなサバイバルの中でも恐怖心がわくことはなく、胸の中からわき出る興奮が止まらなかった。

(やっぱり自分は狂っているか)

 その興奮は自分の限界を感じ得ない歓喜の声と、自分でも驚くぐらいの戦闘力の向上に対する賛美のように聞こえた。

「あなたは限りなく悪魔に似てらっしゃる」

 急にかけられた声に驚き顔を上げると、そこにはドクロの眼球が入っていた場所のさらに奥に、淡くひかる光球が見えた。ビフロンスだ。

「俺が悪魔に?」

「さよう」

 堕天使ビフロンスは全身を紳士服と革靴、綿の手袋で隠している。ただ一カ所、首から上以外は。いや、首自体が無いのかも知れない。人間とは違う、まるで巨大な獣のドクロをスッポリかぶっているようになっているそのものが、彼(?)の顔なのだ。

 空気の振動が彼の言葉を俺に伝える。

「神と悪魔が紙一重であるように、悪魔とヒトもまた紙一重なのです。様々な事象によって悪魔は発生と消滅を繰り返しますが、ヒトが悪魔になることなど希では無いのです」

 何故だろう。言っていることは下級悪魔のエンジェルとそう変わらないのに、言葉に重みを感じるのは。

「あなたの中の高ぶり、無理に押さえてはなりませぬ。押せば反動し、握ればつぶれる。ソレを認め、共に歩むことです」

「・・・・」

「貴殿は若い。醜悪な環境や大人に囲まれ、荒む気持ちもお察しいたしますが、墜ちるにはまだ若すぎます。あなたの純粋さが悪魔のそれに似ておられるのなら、私はせめて魂の器を無くさぬよう、微力を尽くす所存であります。もっとも、あなたが望まぬのなら、光に帰すのも・・・」

「ビフロンス」

 息を吐き立ち上がった。少し気が楽になったような気がした。

「すまない。これからも期待する」

「もったいないお言葉」

 今の会話で分かるようにビフロンスは徹底した紳士だ。性格や戦い方でいくらでも悪魔は離れていってしまうのに、彼は完全なる従者のように俺をサポートしてくれる。

 知識も抜群だ。見たこともない悪魔が突然襲ってきても、冷静に体勢を整え襲い来る悪魔の弱点や注意点を教えてくれる。

 ビフロンスをヴィクトルが勧めたのを聞いたときはいぶかしげたが、今なら納得できる。とにかくこの悪魔は、サポートを極めていた。

 と、そのとき今まで気持ちよさそうに撫でられていたカソが、突然後方に向いて唸り声をあげ何もない場所を睨み付けていた。ツルツルの肌が炎に包まれる。

 火鼠と呼ばれるだけあり、この悪魔は戦闘中は全身が燃えさかっている。ネズミと言っても猫ほどの大きさがあり、ものすごい早さと全身の炎も相まって敵を惑わす。特技が早さを生かしたかく乱攻撃なので対した攻撃力は無いが、それでも十分な援護役になってくれた。

 火鼠の睨み付けている先を目で追うと、ガリガリ・・・という音が響いていた。

 背中にいやな汗をかいた。何か邪悪な意志を感じる。

「なにか・・・イル」

ヴィヴィアンが剣を下段に構え、カソもフーッと威嚇していた。

「マスター、御構えを」

 ビフロンスを見ると両腕を下にまっすぐのばし、その先の手の平からいくつもの炎の玉が現れた。

 廊下は20メートルほど先から右に曲がっているので、、その先に何が起きているのかは行ってみないと分からない。ただその先から衝撃音や何かが破壊されている音から考えると、かなり大がかりな戦闘が行われていることは確かだった。


「ギィアアアアアアアアア!」

 その断末魔がこちらまで響くと、一瞬で激しくぶつかり合う音が止み、辺りが不気味なほど静寂になった。

 だがこの静寂はこの後の修羅を予告するファンファーレになるものであった。


 まるで燃える盛るかのような荒ぶる『魔気』が、蠢いた。

 ガリガリッ・・・ガリガリッ・・・ガリガリッ・・・・

 何かを引きずる音。その気を感じるだけで肌がヒリヒリするかのような気配。

 激しい悪寒。

「マスター。最初から全力でいきましょう。これは・・・危険です」

「分かっている。この気配は、異常だ」

 尋常じゃない何かが近づいてくる、それだけが分かった。急に唾が粘りけを増し、鼓動が高ぶった。

 そのとき俺は不覚にも、一瞬恐怖を覚えたことを喜んだ。

「私も確信は持てませぬが・・・十中八九、似神で間違いございませぬ」

 これが似神と呼ばれる、神の力・・・

「しかもこの荒ぶる気性、もしや破壊神で・・は・・」

 ビフロンスの言葉が止まった。

 ガリガリ・・・

 そして俺は無意識のうちに剣を抜き、構えた。


 曲がり角からついにそれは姿を現した。


「デカイ・・」

 廊下は高さ6メートルほどはあり、幅も10メートルほどある。

 ソイツは、何も図体がでかい訳じゃなかった。確かに身長は3メートルほどあり、人間の形をしていながらレンガのような物で出来ていた。左手には1メートルも無い、小振りだが緑色の石ナイフを持ち、左手には金色に輝く盾を持っていた。

 直径5メートルほどの、そこらじゅうに血がこびり付いている異常な盾だった。

 そんなバカでかい盾を特に気にもとめずに、廊下を引きずりながらこちらに近づいてくる。

 開かれた目玉が、俺をとらえながら。

 そして、俺が今出せるだけのダークネスを放出するのと、その悪魔がものすごい勢いで目の前まで迫ってきたのは同時だった。

「ォォォォォォォ・・・・」

「なん、・・・とおおおお!」

 この悪魔は身を守るはずの盾を思い切り振り下ろしてきた。

(いま引いても間に合わないか・・・!)

 剣を投げ捨て、すべての力を振りしぼりバカでかい盾を両手でこらえると、両足を支えていた廊下にヒビが入った。

(クウッッッ!)

 なんて力だ!自分の魔気をすべて防御に回してもなおも押されるなど!

足が震えるほど筋肉が緊迫している。だがその瞬間、面前に迫る悪魔の口がわずかに笑みを浮かべたとき・・・ものすごい悪寒が俺を襲った。

 もう片手に握られた剣が、脇腹を狙い振りかざされた。

 しまっ・・・

「くっヴヴヴヴ・・・!」

 黒曜石みたいなもので出来た短刀は、わずかあと10センチのところで俺の脇腹に到達することが出来なかった。

「すまない、ヴィヴィアン!」

「ビフロンス、早くセヨ!」

 ヴィヴィアンの言葉が終わらないうちに、ビフロンスの両手から無数の火の玉が破壊神の顔面いったいに直撃した。

「カソが援護しているうちにいったん後退を!」

 言われるまでもない、少しふらついた足を腫れている手で叩くと、いったんヤツと距離をとった。


 いったん退いた俺は片膝をつきながら魔気を練り直した。視線は先ほど逃げてきた廊下を凝視して。

 そんあときオレは、何かおかしな事に気がついた。遠くでまだヤツとカソが戦闘を続けているのを見てだ。

「カソ一匹でヤツが押されている・・・?」

 ぶれる視界をよく見てみると、ヤツの顔が少しおかしい。歪み曲がっているかのような・・・?

 振り向くとヴィヴィアンが片手を押さえている。剣も折れていた。

「大丈夫か」

「はい。剣も少したてば元に戻りマス」

「まさかお前の剣でもびくともしないとは・・」

 彼女の剣さばきは俺も尊敬している。引き際にヴィヴィアンが右手切断を狙い剣を振るったが切り傷一つ与えられず、結果、盾の攻撃を防ぎ剣が折れ、彼女自身も右手に怪我を負った。

「マスター、前方を!」

 前を向いた瞬間、ヤツが暴れ回った際に砕けたコンクリートの破片が飛んできた。そしてやはり、さっきのは見間違いではなかった。

「そうか、ヤツは炎に弱いんだ。だから顔が熱で歪み視界が狭くなり、カソの動きが分からないのか」

「そういえば、カソ自身も炎の魔物ですから、ヤツの恐怖をあおっているのでしょう。ならば・・」

 ビフロンスと俺は顔を合わした。まだ所々オレの関節クンが悲鳴を上げているが、このままではカソも時間の問題だろう。

「俺がヤツの盾をなるべく押さえる」

「私はありったけの魔力を炎に変え、ヤツを狙います」

「私も・・・」

右腕を押さえ、ヴィヴィアンが立ち上がる。

「あの盾は炎を防ぐ役割もあると思いマス。ですから私もビフロンスと共に、かく乱として援護しまショウ。炎は撃てませんが、ジオの法ならいくばくか・・」

「ジオ・・?」

「雷の法術でございマス」

 視線をヤツの方に向けると事態は変化を迎えていた。ヤツが視界になれてきたのか、カソが押されている。

「このままじゃカソが危ない。ヴィヴィアン、ビフンロス頼んだぞ」

「御意」

「お任せアレ」

 全力でヤツに接近するとこちらに気がつかなかったのか、盾の攻撃がわずかに遅れた。

「なめるな!」

 盾の重さが何トンあるのか知らないが、どんな剛力でも重心がずれているときの衝撃には弱いはずだ。防御を無視したこん身の一撃を右腕の関節にたたき込んだ。折れはしなかったがヤツの顔がゆがむのを見逃さなかった。

「今だカソ!ヤツの顔面へぶつかれ!」

 キキッという鳴き声と共に炎をまとい、火の玉となったカソがぶつかるとわずかにのけぞった。

「行きますぞマスター!」

「おなじく!」

 後方から弧を描くように火の玉が飛び、雷を帯びた光線が直線的に、二つの法がヤツめがけて直進した。

 俺が横に飛ぶと重い盾が仇になったのか、ヤツはよけずに盾を真っ正面に構えた。

「まさか!?」

「あの盾はジオさえも防ぐというのか?」

「っっっこのお!!」

 この場で二つとも防がれてたまるか。

(雷と火の玉の雨が襲おうと、ヤツの盾は必ずずらして見せる・・・・!)

「ぉぉぉぉ・・・!」

低い唸り声をあげて剣を振るうが盾と違い重量がない。気を両手に集め剣を握る。やはり思ったとおりで、この剣は防御役だったか。剣はわずかなぬめり気を感じるだけで、皮膚を傷つけることはなかった。振り上げる距離が少なすぎたのだ。

「なめるなと言った!」

 そのままヤツの左腕を軸に、まるで逆上がりをするような格好で盾を持っている右腕をおもいきり蹴り上げた。今度は魔法を防御するために完全に腕が伸びきっていたのが効を成し、関節の妙な軋みと共に盾が地面に落ちた。

「まずい!」

 この体勢からでは火の玉の直撃はないだろうが、雷撃は避けられそうもない。

 だが、雷撃は俺に直撃しなかった。ヴィヴィアンがぎりぎりのところで光線型から拡散型に変えてくれたのだ。

 ヤツは大きくのけぞったかと思うと数メートルほど後ろに吹っ飛ばされ、少し痙攣している。

 それと同時にビフロンスとヴィヴィアンが俺のもとに近づいてくる。

 立ち上がると体が少ししびれる。すこしは魔気を防御に回した方がよかったと後悔しながら立ち上がった。

 頭と口から血が流れているらしい。手で拭うと確かに血なのだが、どうも痺れから痛みを感じない。

 俺が立ち上がると、それに呼応するかのようにヤツも立ち上がった。

 顔が炎でもう、歪んでいると言うよりは溶けてしまっている。よく見るとほんとに粘土みたいな体をしており、瞳は粘土にルビーをねじはめたかのような作りだ。

その瞳が、燃えるような赤から澄んだ青になっていた。今までのすべてを破壊するかのような覇気が目の前の悪魔から感じられなかった。右腕が奇妙な方に曲がっている。

「ビフロンス、まだ撃つな」

 手の甲に炎をためるビフロンスを制止し、ヤツに近づいた。

 カソが唸り声をあげていた。

「破壊神とあろうものが、一体こんなところで何をしている・・・?」

 もはやヤツ・・・破壊神に戦意は感じられなかった。

「答える義務など無いか」

「・・・・・否・・・お前の強さは分かった・・・・答えよう・・」

 そう言うと手に握っていた黒曜石の剣が消滅した。

「事は単純。我を制御しきれぬ者が我を召喚した。その結果がこれだ。暴走は我のソウルが枯欠しぬ限り終わることはない」

「ソウル・・・?」

「主が体からわき出しておるその力だ」

 紛らわしいものだ。いちいち名前があるのなら、統一すればいいのに。

 要するにどこかで手に入れた似神を、ヴィクトルの忠告を無視したどこかのバカがこの死闘を呼び寄せた訳か。

 己の魂を媒介にして。

「我はもうただ消滅するのみ。だが主が望めば、主の力になってもよい」

「俺が・・似神を・・?」

「当然であろう。経過がどうであれ、結果的に儀式は終了した。主は我に勝ったのだ」

 少し迷った末、ビフンロスを見る。彼はもとい、仲魔は何も言わなかった。

 そして黙って空のMDを差し出す。悪魔を仲魔にするときの儀式みたいな者だ。こうやって悪魔のソウルを宿らせたい物を、ターゲットに差し出す。

「我の名は破壊を司る神、トナティウ。くれぐれも使いどこを間違える出ないぞ、若きサマナーよ・・・・・」


・・・・・・・・・


フウッ。

 ぶじ破壊神との契約を終えると急に力が抜け、その場に座り込んでしまった。

(あの燃えるような覇気。あれが神・・・破壊神か)

 俺一人じゃ絶対に勝てない相手だった。偶然仲魔が炎を使えたからよかったものの、それでも一瞬の隙も見せられない戦いだった。

「気分が優れないのでしょうか」

 見上げるとそこにはビフロンスがかしこまって直立していた。

「いや・・・上には上がいると思っただけ。改めて自分のひ弱さを実感した」

「それでもあなたは喜んでいる」

 返事はしなかった。否定する意味がないからだ。

「さて・・・トナティウを呼んだバカの死体でも見に行くか」

 全身がまだ少し痺れるが両頬を叩き気合いを入れると、廊下の奥に向かった。


 これまたずいぶん大暴れしたものだ、と感心した。

 フロア一面がひび割れており、その壁の一カ所が赤色に染まっていた。もう内臓とか骨がとかでは無く『すべて』がすりリンゴ見たく、すり潰されていた。

「盾だけであれほど力があるとは・・・」

 もうどれがどれかが分からないくらい、血に染まっていた。ただ分かることは六階の悪魔はすべてトナティウの気を感じ、今いる付近には絶対に近づかないであろう、と言うことだけだった。

「ビフンロス、火葬してやってくれ。血のにおいは悪魔を呼ぶ」

「御意」

 彼の手の平の火が球状ではなく、まるで液体のように元人間だったものを包む。血が蒸発する特殊な臭いの中、俺は何か役に立つ物が落ちてないか辺りを見渡した。

 そこらを見渡していると、崩れた壁の奥から光が漏れていた。魔気を放ち、力任せに崩れた壁をどかすと怪しい道具がちりばめられていた。

「なんだ、これ・・・聖水?こっちが天秤・・・クジャクの羽、に・・首のないコウモリの死体・・・」

 本当に悪魔の所持物かどうかは、MDをかざせばすぐに分かる。そしてかざした結果は、目の前のアイテムがすべて消えたことを物語っていた。

「・・・・・・」

 気がつかないうちにまた、ため息が出ていたらしい。もといた場所に戻ると、火の後は無くなり、代わりに焦げ跡がびっしりと残っていた。

 これ以上はこの階で戦うことは出来ない。そう見切りをつけると仲魔に合図し、早々とここから退散することにした。






 出口のIDロックをはずすと同時に多重の電子音が響き、ドアが開いた。難なく外に出ようとしたところだったが、そうは行かなかった。

「おい、お前」

 どうやら多重の電子音が鳴ったわけは、向こうからのロックもちょうど外れたからだったのか。全く愛想の感じない声がオレ(らしい)を呼んだ。

 妙な二人組が俺の前に立っていた。そのうちの一人は緑色のコートを着ている二十代前半から中ごろの男だ。髪の毛をサイドで分けているが、ウェーブのかかった豊富な黒い髪の毛は首もとまで包んでいる。そんな彼がオレを見ていると言うことは、この男が俺を呼んだに違いない。

「ほう・・小僧、お前も組織のモノか?」

「・・・はい。まだ修業中の身ですけど」

「ッハッ」

 男の顔がハッキリ見えない。頭の出血を防ぐために巻いた包帯が邪魔でよく見えないのだ。何とか目を合わせることは出来ても、全体像や印象を伺うことは出来なかった。ましてや後ろで立っている人間の様子など輪郭程度しかわからないのだ。


 しかし眼があった瞬間、一瞬だけ懐かしいデジャブ感が俺を襲った。



「す・・すいません」

「俺ぐらいになると3階の悪魔とも互角以上の戦いができるのによう」

「・・・すごいですね」

 本当にすごいものだ。三階の悪魔と戦うことを誇りに思うなんて。

 ある意味感心する。

「この俺の勇姿をわざわざ見せてやるために、俺の女も連れてきたんだぜ?なあ?」

 女を連れて悪魔退治か。なかなかの身分なことだ。しかもたかだか三階の悪魔を相手にしてまで自分の彼女を驚かせたいものかな。オレには理解できない。

 そんな俺の思いとは裏腹に男は後ろを振り向く。何か不満そうだ。一体何が・・・そう思った矢先についに二人目が言葉を発した。

「おい、何か言えよ・・・」

「え?あ・・うん、彼のカッコイイところ見たいか・・」

 しかし無情にも、

「テメエも頭に情けねえ包帯なんかまいてないで、ちったあ強くなれよ、俺みたいにな!」

 見事に彼女の言葉を遮っているが、悪びれた様子は微塵もない。彼女は俯いているが。

「そうですね。がんばります」

 とりあえず適当な返事を返し、様子を見た。

 女の様子を見る限りは、どうも惚れていると言うより−−−−恐ろしくて恋人をしている感じがする。まあ、しかたないか。当然の反応と言えば当然だし。

 口元を引きつりながら笑っている女の顔を見てやろう、そう思い顔を上げると・・・・


 バクンッ・・・・・・・


 と、心臓が一鳴りした。

「じゃあな。せいぜい立派なサマナーになれるようにがんばりな」

 呆けている俺をよそに、男は女の肩を力強く抱きそのまま奥へと消えていった。


・・・・・・・・


 帰りのバスの中。

 命を懸けているときとはまた別の緊張がのしかかった。

「あの女・・間違いない」

 多少髪型を変えていたが、あの下手くそな化粧と舌足らずな話し方。

 間違いない。

「マジかよ・・・よりによって担任だぜ・・」

 なんだかとてもいやな予感がする。まだ向こうは自分の正体に気がついてはいなかった。だがもし自分だと担任が分かってしまい、あの雑魚のチンピラサマナーに話したりでもしたら・・・

「まったく・・・とことん気に食わない担任だな・・・・」

 ただでさえ疲れているのに、よけい疲れてしまった。今日は厄日だ。

窓の外の景色を見ながら、早く今日が終われと願わずにいられない一日だった。


 しかし後から思えば、この出会いはこれから起こる全ての『きっかけ』に過ぎなかったのだった。あの時感じたデジャブ感がそれを物語っていた。


 そう、狂宴のラプソディーに過ぎなかった。


  卜部 凪 Lv 25 ITEM・不詳の刀 



  力  12(24)  生命エネルギ 120(600)

  速力 16(28) 総合戦闘能力 100(470)

  耐力  6(11)  総悪魔指揮力 23%

  知力  8(15)   悪魔交渉能力 11%

  魔力  3 (5)

  運   1 所持マグネタイト数 2000



 仲魔 ・妖精ヴィヴィアン L.v 40

    ・堕天使ビフロンス 34

    ・魔獣カソ 37

    ・聖獣ヘケト ?

・破壊神トナティウ     38

                         4/18 完