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 天海空港出のバスに乗り約20分、ようやく今日の目的地『芝浜』につく。

 いったん港前のバス停で降り、商店街に寄ってみた。いい加減腹が減ってきたからだ。

 そこで適当に食べ物を腹につめ、コンビニへ。

(ゼリー・・ゼリー・・)

 もう俺の習慣にもなりつつある飲み物、それが栄養ゼリーだ。別にゼリーが好きじゃなく、栄養をとることが出来ればそれでいいだけ。家で料理をするなんてうんざりだ。

 −−誰もいない部屋の中でつくるなんて−−

 栄養ゼリーとコーヒーを買い、港までゆっくり歩く。

 コーヒーを飲みながら時計を見る。7時45分。

(まだ開いているのか・・・?)

 でも急ぐ気はない、あくまでマイペース。ゼリーを一飲みし、ゴミ箱へ。

(やはり平日は人も少ない)

 いくらモデル都市だ何だと言っても、結局はパソコンによる情報通信の飛躍を目指しているだけであって、町並みが変わることはなかった。変わったと言えば天海市のテッペンからシッポまで長い管が通った・・・つまり高速道路が出来たぐらいで、町並みはここ数年、特に変わった雰囲気は感じられない。

 つまり、未だここは「モデル都市」とイキがっても、結局は田舎なのだ。

 それでも田舎の中でもここ芝浜は、天海市の中心地であるだけあっていろいろなものがそろっていた。

 どうして今夜はシーアークにいかず、こんな人通りの激しい場所を歩いているのか。それは昨日の夜にさかのぼる。


・・・・・・・・


天海ベイから帰ってくると電話のランプが点滅していた。留守録が働いている。

(椿さん・・・?)

 俺の家に電話がかかってくることなど滅多にない。あっても学校からの業務連絡みたいなものだけだ。

「・・うウ・・・ッツウ!・・・!」

 無理に力を解放したせいだろうか、それとも無理に五階などに行ってしまったせいか。脇腹にかぎ爪の傷が赤い液体と共にへばりついている。

 今日負った傷のこともすっかり忘れ、無防備にも体をねじったことを後悔した。

 椿さんが言っていたことは次のことだった。

「椿です。・・・仕事の関係で当分会えなくなってしまった。すまない」

 服を脱ぎ、応急処置をしてある特殊なガーゼを右脇腹からはがす。椿さんの話を聞きながら新しいガーゼを取り出し、それを張る前に傷口を消毒した。

 鈍い痛みが走る。

「今度の仕事は大がかりなものになる。だからこれを利用してナギくん、君にもう一つの『サマナー』としての権利を知ってほしいと思う」

 彼の言葉で思わず動作が止まった。早く傷を治さなければならないのは確かだが、次に椿さんが放った言葉は、治療なんかより遙かに重要なものだった。

「芝浜にいってくれ。そこにあるマリンポートを知っているね?あそこに今、船舶している豪華客船があるが、名を『業魔殿』と言うんだ。とても大きな客船で、あそこの料理は絶品だ。今度つれていくよ・・・話がそれてしまったな。そこは一見警戒が強そうだが、実は全く無警備なんだ。なぜなら船の中でのサマナー同士の戦いをしない、と同意した上で、初めて入ることが許されるから。鋭いナギくんなら分かると思うが、そこには天海市近辺すべてのサマナーが集う場所なんだ。組織の者も、そうでない者も」

 あくまで淡々と、業務連絡そのもののように語る椿さん。この姿もまた、椿さんの一面なのだ。

「前者は攻撃的で、組織の者でないサマナーは邪魔ならばすぐ消すが、後者は違う。なるべく穏便に事を進めようとしている」

 何となく椿さんの言いたいことが分かった気がする。組織の者と顔を合わせない今のうちに、そこに行き何

かを知れ・・・と言うことか。 「君はまだ16だから、いやでも目に映ってしまうからね・・・・後は、わかるだろう?後はそこへ行き、『メアリ』というメイドを見つけてくれ。そうすれば船長のところに連れていってもらうことが出来る。後は船長・・・『ヴィクトル』というのだが、彼に会えば、すべてを教えてくれるだろう」

(芝浜・・業魔殿・・メアリ・・ヴィクトル・・)

 聞いたことのない名前と、なじみ深い地名。とっくの昔に知り尽くしたと思っていたところにも、いろいろな秘密が日の目を当たらずにひっそりと闇に隠れている。

 とりあえず忘れないうちに近くのメモ帳に手を伸ばす。

「最後に俺の言い訳を聞いてほしい。本当のところ業魔殿は、最後まで君に隠し通すつもりだった。あそこで行われている『邪法』は、君の膨れ上がる巨大な力を破裂させるおそれがあったから。だがヴィクトルなら・・船長なら、そんな君を護ってくれる、そう思ったからあえて・・・教えた」

 しばしの間、静寂が訪れる。メッセージが途切れたわけではない。椿さんが少し躊躇している。

「くどいようだが、言わせてくれ。・・・自分を大切にしてほしい・・・・・・・・・」

 無理だな。

 そう思った。化け物にわき腹を裂かれても、恐怖さえ覚えなかった自分なのに。あまつさえ冷静にその俺を傷つけた化け物の、後頭部を叩きつぶした自分を大切に出来るわけがない。

「P.S。頼まれていた物は君のポストの中に入れておいた。簡単なマニュアルも付属しておいたから、参考にしてほしい。・・・・・では、いい夜を・・・」

 メッセージを消さずにとっておくと、そこらに散乱している包帯を脇腹に巻いた。所々血痕がついているが、まだ使える。

 少し傷が疼く。それでも悪魔につけられた傷は、こうした特殊な処置を施すとたいてい次の日には治っている。不思議なものだ。

結局ベットに入ったのは、帰ってきた時間よりさらに2時間後の、午前1時だった。


・・・・・・・・


「そろそろだな」

 この港へは何度か来たことがある。近くにジャンク屋がありそのたびに自転車でこの港の前を取るので、迷わないのは確か。視界には大した障害物はない。ただ、どでかい船が海中に浮いているだけ。

(間近で見ると、かなり大きいな)

 豪華な作りだ。相当金が余っているのだろう。少し緊張しながらも、無駄な感情だと悟りさっさと中に入る。

 塩の匂いがした。

 夜の照明灯がとても綺麗で、幻想的な雰囲気をかもし出していた。


 中に入るとこれまた一流のホテルを思わせるかのような、英国タッチの作りになった。

(ロココ調・・・・バロック?)

 別に詳しい訳じゃない。たまたま教科書に載っていた言葉を口にしてみただけ。はっきり言ってサッパリ分からないし、どうでもいい。

 とりあえず中に入ってみる。悪魔を召喚していれば何らかの反応があるだろう。




 ・・・・困った。俺が思っていたとおり、広すぎる。いちおう幻魔ベスをサーモンし、訪ねてみるが返答は「ノー」、やたらと人に聞くわけにも行かないし。

 ふらふらと歩き回る。何かやたらと落ち着いている場所だ。みな正装した従業員が優雅に歩いていたり、料理を運んでいる。ベスを隣で歩かしているが全く反応なし。

 青白い肌のメイドだって、その人の見た目で認識が違うものだ。見た限りではそのようなメイドはいない。時計は8時10分を過ぎた。

 なんだかいい加減、むかついてきた。

 こうなったら向こうから気づかせてやる。体から魔気を発生させる。徐々に上げていき、かなり遠いところからでも感じるように魔気を解放する。

「フウウ・・・」

 一般人には見えないが、『そちら』方面の人間なら一目で分かるだろう。

 だが、しかし、気合いの入っていた俺の気持ちなど無視するがごとく、それはあっけなく終わりを告げる。

「お客様」

 後ろから声がかかった。振り返る。

「業魔殿へようこそ。ご案内いたします」

 一方的に話しかけ、承諾も得ずにすたすたと歩き出した。不思議でたまらないが、置いてかれるともっとたまらない。不思議だが・・

(確かに青白い・・・)

 どうしてもっと早く見つけられなかったのだろうと思う。確かに華やかな船の中、かなり広く厳かとしたフロアのなかで、すれ違う人もたくさんいた。

 だが、それでも彼女を見かければ一目で気がつくはずだ。

 −−−彼女だ−−−と。

 特に飾りのないメイド服、飾らないショートの髪型、うつろな瞳、おぞけの走るような青白い肌。いや、肌の色は異常と感じるほど青くはない。だが、その肌を見ると、圧倒的な悪魔と目があったときのような、そんな寒気のするような、何かが・・そう、何か・・

「お名前を、お聞かせ願いますか」

 背中を向けたまま、彼女は言う。あわてて意識を現実に戻す。

「ウラベです。ウラベ・ナギ」

「そうですか。ウラベ様ですね。私の名はメアリでございます。ヴィクトル様に用事がございましたら、私にお言いつけくださいませ」

 全く感情がこもっていない。まるで人形のような口調。常に一定の歩調。


 彼女についていって少しの後、二人はかなり下降していた。どうやらもう水面下にいるらしい。もうだれも人がいない。客も、従業員も。

「しばしの間、お待ちを」

 そういってついてくるオレの足を止め、階段による。先から幅のある廊下をずっと歩かされていたが、ここに来てようやく広間に出た・・・のだが、あるのはリング状の階段と、その先の操縦室らしき部屋だけ。あとは上に続く階段があるのだが、これもリング状。

 彼女、メアリは階段を構成している壁の一部を撫でた。一見何もない壁に向かい、ぼやけた光(おそらくは彼女の魔気)を発した。

 その瞬間、アスファルトどうしをこすり合わせる音が広間全域に広がった。ズゴゴゴゴ、と言う音は操縦室に続く階段が、その段の高さだけ地下に埋まり始めたのだ。

 正直驚いた。

 上に向いていた高さのぶんだけそのまま文字通りに『埋まる』と、地下へ通じる階段に早変わりした。

 なんて、効率のいい階段なんだ。

「ここから先は失礼ですがご案内できません。ウラベ様お一人でお行きください。何しろ階段を元に戻したりと作業が残っておりますので」

 振り向いた彼女の口が、腹話術の人形のように動く。その吸い込まれるような朱い瞳を俺は何故か直視することができなかった。

「わかりました」

「力は発しなくて結構です。何もおりませぬ故・・」

 彼女の言葉に従い階段を下りる。

 彼女は何もいないと言ったが、この空気の冷たさはいったい何なんだ。下にさがればさがるほど冷たさは増し、しぜんと魔気を放ち、背中にいやな汗が流れ始める。まるでサマナーとしての力が抑圧されているみたいだ。


 広いところに出た。そう、平面的に広いのではなく、空間的な広さの中へと。確かに広いのだが、歩行できる場所があまりにも狭い。もしここで戦闘がおき、突き飛ばされれば・・・奈落の底までは行かないが、船の底まで突き落とされるだろう。

 寒気がする。

 いま歩いている床の幅は10メートル、長さは40メートルほどで、その先には男が立っていた。周りは闇に包まれ、電子音と所々から漏れている光が最新のテクノロジーで作られている廊下を照らしている。船の内装とはえらい違いだ。

 男の前までゆっくりと歩み寄る。だいぶ空気になれてきた。鼓動もだいぶ止み、冷静さを取り戻す。

「業魔殿へヨーソロー。ここへ来るのは初めてみたいだな」

 男は言う。

「我が名はヴィクトル。この船『ビー・シンフル号』の船長を務めている。サマナーである君には業魔殿の主と言った方が早いか」

 紳士服に、海賊がつけるような赤マント、トドメのあの帽子。短いがきっちりそろえている銀色のひげと、髪と帽子で隠している顔からようやく見える、朱い眼。身長はざっと見て190は越えているだろう。

「今日は何をしに来た?合体か、それとも魔昌変化か」

 似合わない。華麗で気品漂うこの船より、むしろ幽霊船や海賊船のたぐいの頭領が似合っている。

「悪魔とはいったい何なのか。教えて欲しくてここに来た」

 正直な答えだった。オレにとって悪魔は叩きのめし、部下にさせ、使役する。それだけの存在だとばかり思っている。

「フム・・・」

 まるで品定めをするかのようにオレを見渡す。メアリとはまた違った緊張感だ。

「召喚アイテムを見せてくれぬか」

 白すぎる手が目の前に差し出された。

「何、ヌシだけではない。初めてここに来る者なら誰でも一度は見せるものなのだ」

 わずかに警戒したオレに、いらない説明を加えた。

 ここで突っ張ったところで意味も無いか。判断すると胸ポケットからMDプレーヤーを出すとその白い右手に添えた。

「主にとって悪魔とは?」

ヴィクトルは言う。いきなりの質問に多少とまどる。

「オレにとって・・・?」

「主にとってだ。返答によって待遇を帰るつもりはない。素直に答えよ」

 男の瞳を見た。メアリと同じく、引き込まれるような瞳。嘘のつけない瞳。

「オレにとって悪魔とは、昂揚させる存在」

「昂揚か」

 感じるまま思うまま、オレは目の前の『生物』に話した。

「そう。悪魔によってオレは両親を失った。最初は悪魔を恨み、ひたすら殺してやろうと思った。でもその恨みは少しずつ薄れ、戦うことが全てとなった。悪魔と命を賭けて闘っているときだけが全てを忘れさせ、昂揚して、生きててよかったと感じられる」

「戦いが好きか」

「好きだね。闘いだけは純粋だ。欲や自己満足で蔓延している愛や友情より、こちらの方がずっと信用できる」

「・・・・良きかな」

 誉めてくれたのだろうか。どちらでもいい。オレは自分の考えを何も脚色なしに答えただけだし、それが今のオレの全てだ。

「昔の、若き日のウラベにそっくりだ」

「・・・!、親父を知っているのか」

 まさかヴィクトルまで知っているとは。

「考え方が今のオマエと全く同じさ。まあ、アイツの場合はオマエよりも尖っていて行動的だった」

「うれしくないね」

「ただヤツはあふれ出るほどの才能があった。そしてオマエはその才能を確かに受け継いでいる」

「・・・・」

「自らの業を極めるため、私は才ある者を拒まない。教えよう、悪魔の力を」




「悪魔とは、『無限数にして単一の意志』を持つ、人間とは違ったもう一つの『可能性』。我が輩はそう解釈している」

 冷たく静かな空間に低い声が響いた。

「召喚アイテムから・・・ヌシの場合はそのMDに悪魔が入っているように見えるが・・アクマで別次元から召喚しているにすぎないのだ」

「へえ」

 適当に相づちを打った。大した興味はない。

「我が輩がおこなうことは力を欲する者に、『その者にあった』新たな力を与えること。我が輩が長年の歳月を費やし研究した邪法によって、生まれた新たな力・・・つまりより強い悪魔を作り出し使役する」

「邪法・・?」

「邪法とは、悪魔同士を合成させより強い悪魔に昇華させること」

 合体・・・大声で言うには恥ずかしい言葉だ。

 それにしてもそんなことが出来るのか。人間のDMAを少しいじくるだけでも国家間の問題に発展しかねないと言うのに。

 ヴィクトルは続ける。悪魔合体の簡単な融合原理、政府間の密約。そして自分の仕事について。

「基本として悪魔合体から説明しよう。1つ目が通常の悪魔合体、そして二つ目に悪魔を物質化する魔昌変化。この双方の業をなすため、日々サマナーたちは我の元に集う」

(2つ、ねえ)

「まず一つ目の悪魔合体では、より高位の悪魔、下卑た目的では闘わない上級悪魔を主に生成する。一般悪魔も条件次第では作れるが、獰猛な性格からしてリスクが大きすぎる」

 確かに。こんな悪条件の場所で戦闘になったら・・

「次にこの二つに当てはまらないことではあるが、似神と呼ばれる悪魔を召喚す。これには様々な条件、それに加え運と主の属性が加わる、誠に不安定な召喚である」

「召喚なのか」

 自然な質問をぶつけると、ヴィクトルは黙って首を縦に振る。

「月の満ち欠け・備える道具・その相性・属性・ヌシのサマナーとしての力。その全ての要素が交わり、神の分身、いや、一部とも言うべきか。伝記や聖書に出てくるような、伝説上の神を『悪魔』として使役できるようになる。その力は術士によって守護、救済、滅亡、そして破壊を示し、圧倒的な力を持つ。主らの悪魔ランクで言えば、3〜1#レベルの悪魔であるな」

 ランク2から1。最強に近い悪魔。最強・・・

 −−最強−−

 オレの変化に気づくことなく彼は言う。

「最後に魔昌変化であるが、これは悪魔の由来や体格、最後に忠誠心に依存する。武器や防具、宝石類や神具。果ては消耗品にまで悪魔を物体へと変化させる。似神を生成するための道具をそろえるにはこの方法か、悪魔を倒してに入れるか、第三の方法しかない」

 信じられない、と言うのがもっともな感想だった。確かに昨夜悪魔を倒したとき、宝石や貴金属、訳の分からない物などいろいろ落としていったが、そんな効果は・・

「試してみるか、ヌシの悪魔で」

 少し悩んだが、あっさり決めた。悪いがイカレ妖鳥・タクヒと口調がむかつく天使・プリンシパリティを合体させてみる。両悪魔も昨日のシーアークで、脅して戦闘を回避したときついてきたやつらだ。弱いし必要無いしいても神経を逆なでされるだけ。天使の方はただ単に性格が合わないだけだった。

「ツヨ、ツヨ、ツヨクナルルルル」

「私と同じくらい品のある悪魔を所望します」

 無視。

「では、悪魔のディスクを我に」

 MDを手渡すと中から球体の光が現れた。それをヴィクトルの後方にある、六角形の大きなパネルの上に置く。するとチープな手品みたいにMDがフワリと浮かぶではないか。手元にある機械を少しいじると、そのパネルがヴヴヴヴ・・と鳴き出した。

 そして、いきなり巨大なパネルの上から、ほぼ同じ大きさのパネルが下がってきて、ものすごいプラズマを発した。

バリバリと巨大な音を立て、二つの玉が融合してゆく。

「うっ・・・・!」


 一瞬目を閉じるほどの光が辺り一面を照らしたかと思うと、先ほどまでパネルの上にあった光の玉はどこにもなく、一体の悪魔がいた。

 いつの間にかフタの役目を担うパネルは上に戻っていた。

「妖精・ヴィヴィアンだ。剣の腕もあるがどちらかというと援護役だな」

 ヴィクトルが説明する。彼はもう馴れているらしく、何事もなかったように立っている。

 悪魔に近づく。

「ヴィヴィアンでス。あなたの力に沿うよう、全力を尽くしマス」

 丁寧な言葉遣いをする悪魔か。みんながみんなこのような悪魔なら扱いも楽なのだが。

 女タイプの妖精。身長は150と少し。魔法と素早さ、的確な判断の元皆をサポートできる冷静さを備える。撃たれ弱いが魔法防御はあり。電撃を吸収するという。

 手渡したMDにヴィヴィアンを入れてもらう。ランク4の悪魔。肉弾戦ではランク5のトケビ(こいつも昨日仲間にした。と言ってもトケビの方は戦った後、向こうが気に入ってついてきたのだが)にかなわないが、それでも全体的に見ると高い能力を持っている。同じ妖精のシルキーはランク6#。次の合体材料になりそうだ。

「最後に聞きたい」

 椿さんに黙っていた・・もうひとつの力についてだった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 「これ」に気がついたのは偶然だった。

 部屋の中で気を練っていたとき、母のことを思いだしたのがきっかけだった。今自分が練れるだけの気を出し、限界近くまで高ぶっていた体が、母の死を思いだした瞬間、体中の血管が痛くなったような感じがした。まるで体の中にあるすべての蔵を圧迫されているような、鈍い吐き気のするような痛みだった。

 心臓の脈がまるで耳元にあるかのようで、血の流動する音がとって分かるようだった。体中から脂汗が吹き出る。母の死を目撃した瞬間が、まるでリピートのかかったCDみたく繰り返される。

「ああアあアAあああアAアA・・・・」

 気の狂ったように叫び声をあげた。その声はとても小さな声で、助けを呼ぶどころか自分を慰めることさえ出来ない。

 俺はそのとき自分の死を悟った。だんだんと鼓動がやんでいき、視界が黒くなってゆくからだ。カーテンのように黒い霧が俺の周りを包んだ。

 ・・・・だが、俺は死ななかった。

 死を悟り、ゆっくり目を閉じ死期が訪れるのを待っても、いっこうにその気配はない。ゆっくり瞳をあけると、そこには不思議な空気が漂っていた。様子は全くふつうの魔気でも、色が違った。『光沢のある黒』が一般的な言い方だが、何か吸い込まれるかのような、すべてを溶かしてしまうかのような淡く深い黒。エナジーのような力強さ、まばゆい光はないが、何もかもを包み込むかのような、恐怖感に似た強さを感じた。

 俺は何故かこのとき、『これ』を使ってはいけないと思った。直感的にそう思い、椿さんにも黙っていた。これはもういつでも出せるし、特に変わった症状も出てこない。

 でも、何かが変だとは分かっていた。

 だからこそこの力の正体が分かるまでは使うまいと決めていたが、彼の説明を聞いたところ、ヴィクトルなら知っていると思って、10日ほどぶりに気を練ってみた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「これのことだけど」

 ここの造りはどうやらサマナーの力を抑制するらしいが、なんとか特殊な方の魔気を燃焼させることができる。かなり燃費は悪いが。

「な・・に・・」

 ヴィクトルの顔がゆがんだ。

「ヌシ、その年でもう『ダークネス』を扱える・・のか?!」

 ただでさえ不気味なヴィクトルの顔なのに、驚きで染まった顔はなお怖い。

「それは・・・努力だけでは到底得ることが出来無い『エリート』の力だ」

「エリート?」

 オレの数あるもっとも嫌いな言葉の内でも、さらに嫌悪する言葉だ。

「いくらエナジーを高めようと、それはアクマで人間が、召喚した悪魔によって奇跡を起こすにすぎない」

「アクマで悪魔ねぇ・・・」

 どうもいまいちパッとしない説明に洒落だ。

 そんなずいぶん間接的なオレの嫌みなど聞く気もなく、興奮気味で説明する。

「だがその『力』は違う!エナジーのさらなる高みの力、高次元の生命エネルギーだ。これだけで武器になるし、消費も通常のサーモンエナジーの1/5程度、つまり通常の魔気の5倍以上の濃度を持っているからな。私も何十年と悪魔合体をナワバリとして多くのサマナーを見てきたが、こんなのは見たことはほとんどない。ましてやヌシのような少年が」

 興奮しているのが一目瞭然だった。朱い眼が燃え猛っているようにギラギラしている。何か別の意味で怖い。

「ヌシの父、ウラベでさえそれを使えるまで10年以上もかかったというのに。ヌシ、サマナーとして腕を磨き、何年になる?」

「3週間ぐ・・」

「三週間!!」

 なんだか不愉快になってきた。偉そうで強そうなオヤジが興奮して息を切らしている。

 目まで血走っている。

「ヌシには大変興味がある。ヌシはサマナーの神童に違いない。我が追い求める『究極』に大きな助けになるやもしれぬ。知りたいことがあれば何なりと知識を分け与えよう」

「だからダークネスって一体なんだって聞いている」

 ついにボケまで入ったか。

「うむ。ダークネスとは高次元の生命エネルギーの種類の一つである。だが高次元のエネルギーは一通りではない。我が調べた限りでは大きく分けて三つ。『ライトニング』・『ニュートラル』・『ダークネス』。一般悪魔は関係がないのだが、似神を呼び出すときに大いに影響するのだ」

「・・・で?具体的には?」

 俺は似神という悪魔に興味を持った。正確には似神の持っている最強に興味があるのだ。

「まずヌシと全く相反するライトニング−−−−これは大天使や女神、魔神など伝記上において絶対的な正義、救済を主とした神をサーモン出来る、と言うことになる。そのかわり絶対悪、即ち『破滅・滅亡』を掲げた神とはすこぶる相性が悪いので、サーモン出来ない、と断言してもよかろう。」

「と言うことは、オレはその反対と言うことか」

 そこで説明を終わらそうと思っていたのに、ヴィクトルの興奮が簡単に終わらせはしない。

「人の説明は最後まで聞け」

 ・・・なんだよ、ウザい。

「中間に位置するニュートラル−−−−は中性の存在で、ほぼ全ての神と契約できる。が、中途半端な相性のためより強力な神との交渉や、力の扱いに無理が生じる」

「・・・やっとオレの番か」

 なるべくならこんな所からさっさと立ち去りたかった。気分は悪くなるし不気味なメイドはいるしくどい興奮気味の親父はいるからだ。

「ヌシの持つダークネスは−−−−高位のダークサマナーの誰もが一度は憧れる破壊の対象。破壊神や鬼神、果ては邪神や魔王、さらには死を司る死神までを自分の意のままに操るダークサマナーの頂点、行き着く先と言われている。その破壊力は果てしなく、都市を壊滅させられるとも『古事記伝』に記されている」

「いつの話だよ・・・」

 昔の史実は誇大されすぎていることを、このオッサンは知っているのか。

「ま、何にしてもオレは無限に強くなれる可能性を秘め、最強の使い魔を得るためにも、たくさんの上級悪魔を得なければならない、と言う訳か」

 とりあえず凡庸なまとめで会話を終わらせた。ヴィクトルはまだ何か言いたそうだったが、少しはこっちの気持ちもくみ取ったのか、

「死ぬなよ。ヌシは悪魔に殺されるほど、凡なる人間ではないのだから」

 と、やっと説明地獄から解放された。

 (だがま、いい雰囲気だ)

 ヴィクトルはオレの才能のみのために、オレに協力すると言った。

 ヴィクトルは研究のためにオレを利用する。オレは強くなるためにヤツを利用する。人間的感情をいっさい抜いた関係。

 俺の好きな関係。

「聞きたいことはそれだけだ。これからもちょくちょく顔を出すから、よろしく」

「ああ、何か分からぬ事があれば来るがいい。なるべく悪魔合体の用が望ましいがな。・・・特に強い悪魔だ!」

「考えておく」

そういってヴィクトルに背を向ける。どうやらこの空間も好きになれそうだ。

「そうそう」

 背中越しにヴィクトルの声が聞こえる。

「メアリに言っておくが、オマエは特別に、直にここに来ることを許可する。とはいえほとんどの場合彼女に会うが」

「有り難いことで」

「たかだかランク4で満足するなよ。今のヌシ一人でも、十分ランク3#と渡り合えるのだからな!」

 返事はしない。そのまま部屋を出た。

 時計を見ると9時をすぎていた。

「帰るか・・・」

 階段を上がったところでメイドのメアリを見る。彼女は無感情のまま頭を下げたが、心のない人間に気配りは無用だった。早々に出口へと向かう。


・・・・・・・


 バスの中。帰りは少し寄り道をしたおかげで、アパート前のバス停まで50分近くかかった。

「・・・ダークネス・・・悪魔合体・・か」

 椿さんは教えないつもりだった。どうしてだろう。

  1.オレのことが心配

  2.組織でない者に情報を流してはいけない

  3.オレを信用していない

  4.その他。

 ひとえにこれだ、と決めつけれないか。

(まあいい。他人を非難できる身分でもないし・・な)

 それに椿さんにはこのサマナーとしての力をくれた恩がある。それだけで十分じゃないか。

(これ以上、一体何を望む?)

 オレは今までこの力は邪悪で危険な力だと思っていた。だがその危惧も取り除けた今、恐れることは何もない。さらなる力を得るため、闘い求めよう。

 神さえも使い魔にして。


(何も考えたくない。先のことも、昔のことも)

 いつかサマナーの行き着くところに出てしまったときのことなんて、考えたくない。強くなって、敵であるフィネガンを血祭りにして、サマナーを極めて。その先は?

 全ての悪魔を凌駕できる力を得たオレは、一体何をすればいい?

(何もないじゃないか・・)

 頭を振る。自分でも馬鹿らしく思う。強さを求めるため、過去何万人もの人間が人生を費やし、それでも登り切ることが出来た者はごく一部だという、極み。そんな短時間で得られるはずもない。無駄なことはやめよう。傲慢すぎる。

 流れゆく景色を眺める。ネオンサインが揺れている。MDが怠惰な曲を奏でる。

 意志のない木偶人形に送る曲にはお似合いと言わんばかりに。

 力無く瞳を閉じる。

 今日という日がようやく終わったと、自分に教えるために。

 ようやく、終わったと。

 やっと・・・






  卜部 凪 Lv 20 ITEM・不詳の刀


  力  10(20)  生命エネルギ  70(350)

  速力 15(25) 総合戦闘能力  90(400)

  耐力 5 (11)  総悪魔指揮力 20%

  知力 8 (15) 悪魔交渉能力 10%

  魔力 2 (5)

  運  1 所持マグネタイト数 2000


 仲魔 ・幻魔ベス L.v 17

    ・地霊プッツ 18

    ・鬼女リャナンシー 19

    ・妖精シルキー 24

    ・聖獣ヘケト ?

    ・妖精ヴィヴィアン     40


 注1−−−−カッコ内はダークネス解放時における能力値


                              4/8 完