[Walk'n on the adge]


 四月六日 木曜日 


 目覚ましをかけることなく七時ちょうどに目が覚めた。起きようと右手に力を入れるとものすごい激痛に襲われた。眠気もついでに襲われたらしく、一気に目が覚めた。

 きのう、椿さんの指示のもと、ランク7#の悪魔を力で服従させたときに負った傷をすっかり忘れていた。手首の上から肩に至る間接まですっかり包帯に包まれていた。椿さんに教えてもらった対悪魔用の治療法だ。

 春休みの20日の間で、何とか悪魔召還まで可能になった。媒体はDSOS(デビル・サーモン・オペレーティング・システム)を積んだアルゴン社製のMDプレーヤー。MD一枚につきランク「7」から「5#」までは3体まで、「4」から「3」は二体、のこりの「3#」から「1」までは一体だけ収納可能である、と椿さんは言っていた。

 悪魔のランクは最低が「7」で、それから「7#」、「6」、「6#」・・と上に上がり「1」が最高と言うことになる。椿さんは最高「3」までの悪魔を持っていると言っていたが、強力な悪魔ほどサマナーの魔気(生命エネルギー)、もしくはそれに変わるアイテム(マグネタイトという光る石のことらしい)の消費が激しいので、時と場合を考えて使え−−とも付け足してくれた。


 顔を洗い、MDに充電し終わった電池をセットする。学校の制服に着替えると胸ポケットに電池をセットし終わったMDをしまった。入学式など何もないと思いながらも、一応、筆記用具を指定カバンに入れた。

 ちなみに、第一志望の高校には受かった。

 少し寝てしまう髪にクシを通すと牛乳を一飲みし、家を出る。もちろん鍵も閉めた。

 学校までは地下鉄で4区の後に、徒歩10分でようやく三年間通うことになる(!?)、『私立舶用高等学院』の正門をくぐることが出来た。

 どうやらこの徒歩10分がオレの食事時間になるようだ。駅の周りには色々バラエティーに富んだフードショップが並んでいる。

 オレは門の前にいる、生活指導の先生であろう人物が見えると、イヤホンを胸の奥に閉まった。




 門をくぐると、周りは皆入学するであろうぎこちない顔と着こなしが目に映る。皆必死に友達を作ろうと男女構わず話しかけている。

 自分以外、皆、大なり小なり緊張しつつも高揚しているようだ。

(友達か)

 オレには必要ない。うっとおしいだけとも思う。

 それに、彼らとは住む世界が違う・・・

 全く興味のないトコを無理に足を突っ込むのは、馬鹿だ。

 オレは入学式が行われる体育館に向かった。


「えー、高校生としての自覚を持ち、規律を守るとともに、新しい自分を見つけ・・」

 教壇の前に経ってずいぶんとありきたりのことを言っているのはこの学校で二番目に偉い人物で、それとともに二番目に嫌われている先生でもある、教頭だ。名前はまだ知らない。

 ちなみに一番嫌われている人物は、生活指導の先生で決まりだろう。

 みな緊張しているのか、第一印象を良くしようと必死なのか、真剣な顔つきで教頭の顔を見ている。

 くだらない。

「自分たちが何故ここの学校を選んだのか、今一度・・」

 それにしてもやけに長いお話だ。それに加えどこかで聞いたセリフに、定番のバーコード頭。

「モラルあっての個人の尊重であり・・」

 方便だな。

「お互いを尊重し合い・・」

 つけ込まれるスキをつくるだけだ。

「自分という最高のパートナーを知るべきで・・」

 自分は知るものじゃない。創るものだ。

「傷つける痛みを知るべきです」


「知った口を・・・人を殺したこともないくせに」

 ハッと我に返っても後の祭りだった。オレの周りの人間に聞こえたらしく、女子同士がお得意の『ひそひそ話』を始めた。

 それでも、オレには関係ないことと気付いた。




 入学式前はわずかに曇っていたのだが、今は晴天が広がっていた。周りが騒がしいのはきっと1年同士の会話以外に、部活の勧誘が眼下で行われているからだろう。一体今まで何処に隠れていたのか知らないが、かなりの人数が一年にへばりついている。顔つきから見て皆二年だろう、こういうことは元一年である彼らの役目なのか。

 よく見ると一年の前では笑顔を振りまき、自分たちが所属している部を褒め称えている。が、内心かなり焦っているらしく、一年のいないところで部員同士がお互いの情報を交換し合い、まだ手のついていない帰宅部を必死に探している。

 そしてオレも例外に漏れずに、見事に捕まった。二階の体育館の入り口から中央の広場に降りてきたとき、二人組の女子に行く手を阻まれたのだ。

「すいませ〜ん、部活決まりましたか?」

「私達美術部の者なんですけど、絵とかに興味有りますか?」

 ベタな勧誘だ。オレみたいな見た目がひ弱そうな奴らを片っ端らから声をかけているんだろう。

 こういう相手にははっきり答えた方がいい。

「全く興味ないです」

 しかし向こうもなかなか引き下がらない。愛想笑いの裏側に、一体どんな顔が隠されているのか。分かったものじゃない。

「でも、部活決まっていないのでしょう?うちの学校は部活が盛んだから入った方がいいって!」

「そうそう!それだけで内申が上がったり、クラブ推薦で付属大学に行けるのよ」

 部活が盛んなのは本当らしい。パンフレットを見たところ40を越える部活が書き連ねていた。確か運動系よりも文化系の方が盛んで、毎年いろいろな賞をもらっているのを覚えている。

 だが、次の一言が、勧誘する彼女らにとって決定的な失敗になった。

「それにあなた、ひ弱そうじゃない。それにどっちかって言うと内向的よね。その点絵はそんな欠点さえも長所になるのよ」

(ひ弱いか・・)

 これでようやく彼女らを諦めさせるメドが立ったわけだ。

 オレは彼女らの間をわざと進み、その後ろにかけてあった金属バットを手に取った。おそらく野球部の勧誘に使うのであろうそのバットの両ふちを持つと、

「さっき、ひ弱いって言ったよね」

 そう確認すると同時に、バットを半分にねじ曲げる。女の子は唖然として声が出ないらしいが、そんなこと気にせずにもう一回折り曲げる。そして紙切れを丸めるように鉄のボールを作り上げると、勧誘の子に差し上げた。

「見た目で判断すると、足をすくわれるよ・・・・いつかね」

 カッコを付けるつもりはなかったけども、時間を潰された八つ当たりにはなっただろう。野球部からクレームを付けられる前にオレは退散することに決めた。




「ベス・・・もう、いい」

「グルル。ウラベノムスコ、イウコトキク、アタリマエ。アサメシマエ」

 裏路地に入ったオレは胸ポケットの中からMDを取り出した。

 1秒も曲が入っていない、持ち歩く意味が全く無いブランクディスク。

「グルル。オレ、モドル。サラバ」

 オレの右肩にしゃがんで座っている、背丈が幼稚園児並の悪魔はオレの肩を軽く蹴って5メートルほど高く飛び上がると、一瞬にして光の粒子に変わり、一直線にMDの中に流れ込んでいった。少しの間MDは発光していたが、それもすぐの間でそこらに売っている、ごく普通のMDと大差変わらないものとなった。

 彼の名は幻魔・ベス。ランク7#の下位悪魔だが、親父は彼を頻繁に使っていたらしい。確かに7#のレベルとして見ると最高のパワーを持ち、マグネタイトの消費も低く、コストパフォーマンスに長けている。先ほどの金属バットを折り曲げたのも彼の力を借りたのだ。

 悪魔は基本的に人には見えない。そしてほとんどの場合、人間を食べない。

 「彼ら」が食するものは魔気(生命エネルギー)そのものであり、人間を殺したところで得られるものではない。偶然の重なり合いで地脈が吹き出たところなどに悪魔が現れることもあり、その結果生じた歪みが世界の七不思議としてテレビなどで取り上げらたこともあった。それでも人が彼らを目で見ることは出来ないし、霊感の強い『ただの』人間でもランク7以下の、通称「幽霊」と呼ばれるものしか目に映らない。それでも高位のサマナーになると自分自身の空間を作り、その中にいる悪魔全体に命令を送ることもできる。

 わざと姿を現し、人殺しさせることも。

 今オレが持っている悪魔は三体。親父と顔見知りの悪魔、共にランク7#である幻魔ベスと地霊プッツ。ベスは先も述べたように、ランク内では最高の腕力を持っており、肉弾戦ならプロの拳闘士でも軽くひねられるほどの戦闘能力を持っている。それに対するプッツは射撃や援護専門で、ベスと同じくらい小型の悪魔だ。彼は自分の体内の生命エネルギーを光弾に変え、高速で発射する。一度プッツが本気を出した所を見たが、マシンガンを乱射したときみたく扇状に玉が拡散した。大多数の人間を相手にするとき、彼の力は重宝する。

 ただし、相手側の命の保証は出来ないが。

 そしてもう一体、ランク7以下の低級ランクの悪魔、種族不明悪魔、ヘケト。

 この悪魔は椿さんからのプレゼントで、外国に旅行したとき偶然遺跡で見つけたものだという。戦闘能力は皆無で、術や援護能力もゼロに等しい。外見も身長が膝ほどしかない人型で、瞳がやたら大きいのと、肌が緑色なのが特徴的だった。ただマグネタイトの消費が限りなくゼロに近いので、主に雑用をやってもらっている。反論するかと思えばやたら素直で言うことを良く聞く悪魔で、オレの家をぱたぱた走り回っているところをみると、元々こういう悪魔らしい。

 今もオレの足下で一生懸命歩いている。歩幅が合わずに苦労しているらしく、ショートカットの髪がなびいている。




 家に帰ると力無くベッドに倒れた。サマナーの訓練を受け続け三週間余り、悪魔の扱い方から戦闘訓練、果ては悪魔との共同戦闘のイロハを学んだ。暇が有ればサマナーの訓練ばかりやっていたので、だいたい一日10時間以上学習していたこととなる。コツをつかんだ頃、夜8時から椿さんの訓練なので、それまで悪魔を召還する時に失う生命エナジーのコントロールを練習した。今だったら至近距離から拳銃で撃たれても倒れない自身がある。強いサマナーほどエナジーの使い方が上手で、常にフィールドを張り続けることも可能だと聞いた。

 椿さんから学んだことを思い返している内に眠くなってきた。春先なので服を脱ぎ、下着のままベッドに潜り込む。と、スイッチが入ったかのようにまぶたがオレの視界を狭くする。

 意識が・・遠のいてゆく。・・この、まま辛いことも何もかも・・眠りにつけば・・どれ・・だ・・け、楽なこと・・・


 どれぐらいの時間が経過したのだろうか。だが昼にベッドに入ったのだからまだ夜にはなっていない・・と思う

 その証拠にこんなに明るいのだから。真っ昼間のように・・


 ん?


 オレはあわてて飛び起きた。昼過ぎに横になったのに昼前になるわけない。ましてやこの横暴な光の射し方は、明らかに照明灯が付いている証拠だ。オレはあいにく昼間に照明をつけなければいけないほど盲目していない。一体何が・・

「やあ、ようやくお目覚めかな。相当疲れがたまっていたようだな」

 椿さんだった。

「椿さん、オレ・・」

「寝坊なら気にするな。君の体調もかえりみずに無理な特訓をしたオレにも非がある。今日は少し遅れめで訓練しよう」

「・・・はい」

 オレは年上だけの理由で尊敬できるほどお人好しじゃない。それでも椿さんはオレが尊敬する数少ない人間のうちの一人だった。椿さん自身、組織の任務でかなり疲れているはずなのに、笑顔で振る舞ってくれる。オレの保護者をかってくれたのも椿さんだった。

「寝てる間に弁当を買ってきた。一緒に喰おう」

「はい」

 椿さんは奥の台所に行ってしまった。どうも椿さんを前にすると、らしくない自分を見せてしまう。何かにつけて反抗するオレでも素直に従ってしまう。

 オレはすっかり疲れがとれた体を起こすと、すぐ近くにあるコンポの電源を入れ、いつもの曲を流した。町中で偶然聞いたのをきっかけに、その日のうちに買った曲。まだ大して売れていない、無名の人が歌っているこの曲は結構好きだ。なによりこの曲は今のオレにぴったりだった。

 部屋に戻るともう椿さんは暖めた弁当を机の上に広げていた。ちゃんとお茶や箸も用意してある。

「いただきます」

「オレもいただくとしますか」

 安っぽいのり弁当だったが、少しうれしかった。椿さんに続きオレも食べようかと視線を落としたとき、緑の物体に目が止まった。ヘケトだ。

「オレがここに来たとき、こいつ一生懸命になってオレの所に来たんだぜ」

「椿さんに・・ヘケトが?」

「あの小さい体で必死にドアを開けてさ。オレの顔を見ていきなり『ナギ、倒レテル』って叫んだときはさすがにびびったよ」

 見るとヘケトは廊下とドアの間で、顔だけチョコンと出してこちらを見ている。

 どうやらまだ完全には言葉を聞き取れないようで、自分の名が出てきたのでどうなるのか気にしているらしい。

 悪魔のくせに、結構ビビリ屋だったのか。

 手招きをすると、その小さな『命の恩人』はぱたぱたと走ってきて俺の前でモジモジしている。

 ウインナーを上げようとすると椿さんは少し早めの口調でオレの行為を止めた。

「ああ、ヘケトは昆虫に近い体だから、肉よりも野菜の方がいいぞ」

 オレはヘケトの目の前まで持っていったウインナーを自分の口に入れ、恨めしそうにオレを見ていた彼女の前にレタスを差し出した。サラダに盛り合わせてある、ひときわ大きなアレだ。ヘケトはおそるおそるそれを手に取ると、臭いをかいだ後その小さな口でほおばり始めた。顔が喜んでいる。

「普通のサマナーは悪魔を力でしか見ないからな。良かったらずっと世話してくれないか。この子もそれを望んでいる」

「はい・・」

 そこから二人と一匹は食事に専念した。一番に食べ終わったオレはとなりを見るとまだこいつはおいしそうにレタスを食べていた。ホントに小さな口で、数本しかない歯で少しずつ、ゆっくり食べていた。

 その姿を無心で見ていたオレに、不意に声がかかる。

「今日でついにランク6か。早いものだ」

 いつの間にか食事を終えた椿さんが右耳のイヤリングをいじりながらヘヒトを見ていた。椿さんのDSOSが搭載されている、インディアンタッチの古風なイヤリング。

「オレには、まだ歯がゆくて仕方ないです」

「オレはランク6になるまで半年かかったよ」

 そんな冗談・・・を言う顔はしていなかった。

「基本テクニックは君と同じ時間ぐらいで拾得した。だが実戦となると腰が浮いてな。びびってとどめが刺せなかった。結局3ヶ月以上かかった。だが君は、何のためらいもなくとどめを刺した。かっての親父さんの使い魔だった彼らを。今それは君の手元に。そして今、君は君が思うよりもっとすごいスピードで成長している」

「・・・」

「あっ・・と、責めているんじゃないよ。むしろ誉めているんだ。ただ何かキミを見てると、さ。何か・・・で・・」

 椿さんの言葉はここで止まった。言いかけた言葉を無理矢理飲み込んだ感じだった。

「椿さん、そろそろオレも武器がほしいんですが」

 オレもあえて話題を変えた。

「・・・まだ少し早いような気がするが」

「フィールドの張り方も覚えました。魔気の燃焼や抑制も拾得済みです。そろそろ悪魔にお任せから卒業したいんです」

 方便だった。対悪魔用の武具には多大なる生命エネルギー、通称『魔気』が必要なのは知っている。椿さんはオレが両親の敵への焦りや体の疲労を心配している。だからこそオレも今まで黙って椿さんの指示で技を磨いてきた。

 だが、本当は・・

「どんな最低ランクの武具でもいいです。俺も戦闘に参加したい」

 椿さんは手を顎に当て少し考えると、

「下級サマナーに与えられる『ハンドガン』ぐらいなら用意できると思う。ただそれ以上の武具となると、な。いろいろと組織の奴らがうるさい・・」

と言ってくれた。

「ハンドガンって・・まえ椿さんが言ってた、エネルギーを詰め込んで相手のフィールドごと撃ち抜くという・・」

「ああ、そうだ。あまりの上級のサマナーが使うと、ガン自体が魔気に耐え切れなくて壊れちまうから使い勝手がイマイチだが、・・あれなら問題ない」

 あれは悪魔召還の前に一度だけ触らしてもらったことがあった。あのときはまだ魔気の扱いに馴れていなかったせいもあり、ガンを構えただけで軽い脳しんとうを起こしたが・・今なら問題ないだろう。

 あれは銃弾と言う概念がなく、所持者の魔気(もしくはマグネタイト)を収束・凝縮し、標的に放たれる。悪魔相手にもそれなりのダメージを期待できるし、そうでなくてもフィールドをぶち破り、牽制の役目ぐらいにはなるだろう。だがもし生身の人間や生き物相手ならば、「貫通」という生やさしいものではなく「体に穴があく」ことになる。

 結局ハンドガンは明日の訓練の時の持ってきてくれると約束すると、オレを含む二人はゴミを持って訓練のため家を出ることにした。




「なあ、ナギくん」

「・・え、あ、はい」

「頼みがあるんだ」

「・・はい」

「なるべく天海市には近づかないでほしい。詳しくは言えないが・・組織が、な」

「不振な動きがあるんですね」

「ああ。何かやらかすつもりだ。・・・まあ、無理にとは言わないけど」




 車に乗って20分以上たっていた。

 今オレは椿さんが所属している組織の車の中にいる。組織の中でも上級サマナーしか支給されない、特殊加工の黒のスポーツカー。さきの会話は10分ほど前の出来事で、それ以降なにも言葉を交わさなかった。オレはずっとネオンサインの夜景をぼんやりと見ている。

 天海市。つい最近まで漁業が盛んな田舎町だったのに、ほんの数年で今や「世界の情報都市モデル」と呼べるほどパソコンの配布が深まっていた。最近では最新のネットワーク「パラダイムx」という仮想空間都市が完成し、一部の人間が既にに参加しているらしい。

 メデタイコトダ。

 ここ天海市の海沿いの港町、通称「天海ベイ」のいっかくに、あからさまに目立つビルが建っている。都会の真ん中に建っているようなピカピカの、しかも一切その建物の名前が書かれておらず、怪しいスーツ姿の男がちょくちょく入り込んでいるビルディング。

 ここがオレの・・いや、俺らの「訓練所」だ。

 完全ID制のサマナー専門のビルで、中に入り奥の階段の扉をくぐれば、そこは悪魔の巣窟と化している。全11階のこの悪魔ビルは、上の階に行けばいくほど強力で残忍、狡猾な悪魔がサマナーたちを待っている。椿さん曰く、オレの力だとせいぜい五階までが関の山だという。

 俺はこのビルが好きだと言ったら、椿さんはどんな顔をするだろう。ここは特別な加工で地脈からエナジーを人工的に吹き出さしている。中に入ればあふれんばかりの悪魔が徘徊している。

 そしてここの悪魔は、人間を見ると襲いかかってくる。

 何故かはわからない。わかる必要もない。悪魔召還だってどういう原理かさえ分からないオレに、そんなことを知ろうなど無理に決まっている。どうでもいい。

 このビルに入るからには、命の保証はない。すでに初めて連れていってもらったとき、二人ほど人間らしき人物がひき肉になって地面に転がっていた。一人はサマナー、もう一人は普通の人間だった。おそらく『サマナーネット』をハッキングして、興味半分で中に入ったのだろう。馬鹿なやつだ。この世には、むやみに首を突っ込んではいけないことが山ほどあるというのに。椿さんはこのミンチを平然と見る俺を疑問に思ったらしい。

「もう見飽きましたよ。夢の中で何万回も、母のミンチを見てますから」

と答えたら、黙りこくってしまった。

(・・・そうだ。オレはもう見飽きた。見飽きたんだ)

 母のひき肉を見たあの瞬間、オレの感情は決壊し、戻ることはなくなった。人の感覚にもっとも衝撃を与える『死』さえも、眉一つ動かさず、冷静に受け止められるようになってしまった。世間帯で言う『一般家庭の幸せ』が崩れたその瞬間、普通の人間でいられることは無くなってしまった。

 今オレが生きている理由は、親父とお袋の復讐のため。ただそれだけのために自分の命を賭けて強くなっている。学校へ行くのは、組織の目をくらますため。心のよりどころがほしいためじゃない。金は椿さんが、毎月莫大な金額を口座へ送り込んでくれている。彼はダークサマナーだ。オレと同じで何もなく、闇より現れ、闇を駆け任務を黙ってこなし、そして再び闇に戻る人だ。オレは組織に無断で悪魔召還をやっているので、椿さんが所属する『組織』に見つからないようにしなければならなかった。オレはいつでも組織に入ってもいいと思っているが、まともな力を持たないまま入ると、敵対する組織に消されてしまうと彼に聞いた。

 ここで言っておくが、俺は組織を全く恨んでいない。むしろ俺を強くしてくれる機会を与えてくれたことに感謝すらしている。あくまで俺のターゲットは母を殺したサマナーだけだ。

 そして、今オレに生きる目的を与えてくれている『両親の敵』は、椿さんが所属する組織のサマナーだ。名はフィネガン。オレの親父は組織の元ナンバー2、そしてフィネガンは不動のナンバー1。椿さんはナンバー6である。百何十人いるサマナーのうち、だ。

 親父が死ぬのは自業自得だ。だが、そのとばっちりを受けた母は、いったい何だ?親父の秘密を知らずに、ひたむきに親父と俺を愛した母は・・・

 だが、それももうどうでもいい事になってしまった。オレの心が壊れてしまったように、オレを囲む環境も壊れてしまった。命を危険にさらし、戦っているときだけがさびた心を燃やしてくれた。

 死なない悪魔を徹底的に叩きのめし、苦痛に耐えきれなくなった悪魔がオレに忠誠を誓う。基本的に悪魔は死なない。が、致死ダメージを与えると粒子になり、拡散し消滅する。それでも何日もすると、もとに戻るというわけだ。強い悪魔であるほどオレの心は躍る。

 ベスやプッツを相手にしたときも正面から挑み、かんぷ無きまでに叩きのめし、部下にした。自慢の怪力やマシンガンのような気弾も、すべてオレははじく。圧倒的な力の差を示し、あえてフィールドで全てを無効化し、エナジーの固まりで殴りつける。

 プッツは格闘派ではなかったので、一発で終わったが、ベスのしぶとさはオレの心を十分に満たしてくれた。そばで見ていた椿さんはあっけにとられていたようだが、関係ない。オレはオレのやり方で悪魔を部下にする。

 今日相手にする悪魔は、鬼女・リャナンシー。相手を眠らしたり誘惑し同士討ちをさせる悪魔だと椿さんは言っていたな。

 この三体を使いこなせば、初級サマナーでも十分、ランク4以下の悪魔とも渡り合えるらしい。椿さんも若い頃(と言っても今でも十分若いが)この三体を使いこなしたと言っていたし、なんと親父はこの三体をずっと使っていたという。

(上級サマナーなのにこんな下級悪魔なんか使っているから死ぬんだ・・)

 この悪魔を服従させれば、一通り椿さんの訓練は終了する。後は偽造されたサマナーIDを使い自らをこのビルを使い勝手に鍛えてくれ、と言うことだ。まあ、本当かは知らないが、組織が動いているから天海ベイは使うなとは言っていたが・・・あと俺が使う武器は、できるだけ早く組織からくすねてくるとも言っているが・・・・どうも両方ともあてになりそうもない。


 意識は再び車の中へと戻る。

海岸沿いの車道を時速80キロ少しで走っている、夜の景色は綺麗だった。繁華街のような華やかさはないが、闇に満ちたこの空間の方が俺に会う。全てを吸い尽くすような、深い色をした海。無常感に満ちた波の音。

 前を向くと、春休みの間さんざん通った、オレにとって見慣れたビルが見え始めた。

 あたりには自家用車がちらほらと見られる。オレと同じ下級サマナーが、自分の腕を上げるために来ているのだろう。上級サマナーの車は見かけない。

「いこうか」

「はい」

 オレが降りるのを確認し、椿さんは車にキーをかける。いつものように彼の後ろに、一定の距離を保ち歩いてゆく。そのまま直進し、オレの背丈の倍はあろう門の前につくと、椿さんが財布の中からカードを取り出した。つられてオレもカードを取り出す。

 もっともこちらの方は偽造だが。

 ピピッ・・・・ピーーーー・・・ガコッ、ン・・・・

 扉が自動的に開いたとたん、中から独特の風に当たった。悪魔がいる場所でしか感じない、圧迫するような感覚。真夏に受ける熱風のようなその風は、初めて受けたとき言いようのない不快感を覚えた。しかしだんだん慣れてくると、今度はそんな匂いがない場所は何か物足りなさを感じてしまうようになった。つまり、ここが大好きなのだ。

 差し込んだカードを受け取り、門の奥に入るのを確認して門が閉まる。その閉まった瞬間から二人は本能的に魔気によるフィールドを張った。

 もう戦いは始まっている。

「戦う前に確認だ」

 椿さんだ。ここに入るたびの、毎度のことだ。

「目標は四階の鬼女・リャナンシーのみ。ほかの悪魔は倒す。オレはあくまで監視役だが、いちおう悪魔を一体、召還する」

「はい。・・今日も『ミズチ』ですか」

「いや、今回は『オルトロス』だ。ナギ君もスタンバっておいてくれ。リャナンシー戦はサシ(一対一)で、その他は悪魔に混じって戦闘を」

「ようするに、いつも通りですね」

 うめき声が聞こえる。ここらの悪魔はまだ雑魚のたまり場だ。一般人の言う「幽霊」などや、せいぜい実体化した幽鬼、スライムぐらいだろう。

 オレの敵じゃない。

 一直線に四階へのエレベーターに向かう、椿さんの背中についていく。二階の悪魔も野生の本能で感じ取ったのか、むやみやたらにおそってくる悪魔はいなかった。最後に階段を上ろうとしたところを後ろから襲われたが、なんて事はない。プッツのショットガンで粉々になり、光に消えた。

 エレベーターに乗った。無感情な音がこの空間を支配する。オレは自分を守るフィールドを少し厚くした。古式の大砲ぐらいなら無傷で耐えられるほどの、だ。

 四階についた。初めて三階にたどり着いたとき、一階との空気の濃さの違いに驚いたが、今はどうって事はなかった。オレはMDウォークマンのイヤーホンをしまい、ベスを俺の前に、プッツを肩に乗せた。戦闘準備完了。


・・・・・・・・・


(悪意を感じる)

 そう思ったのは、曲がり角にかかる5メートルほど前のことだった。今は椿さんがオレの後ろについており、これより先はほとんど独力で例の悪魔を見つけるしかない。あまり魔気の無駄遣いは押さえたかったが、オレの中の獣がそれを許さない。

 そして、曲がりかどからソレは現れた。

(ヴェンティゴか・・邪鬼が)

 ある程度の知識ある悪魔なら、戦闘の前に交渉なども可能なのだが。

「ゴ・・ゴオオオオオ!」

 身長三メートルを超える、雪男みたいなこの悪魔にそれは望めない。全身が白毛に包まれている。血走った瞳にオレが映っていることからして、その両腕についているドスのような爪はオレだけを狙っているらしい。ものすごい速度で迫ってくる。

 無意識のうちに走った。逃げた訳じゃない。真っ正面から挑んだのだ。

 オレとヴェンティゴの距離が縮まり、悪魔がリーチ内に入ったオレの脳天めがけて鋭い爪を振り下ろした。

「プッツ!!」

 そう叫んだオレは、振り下ろした相手の腕の逆の方に真横に飛んだ。その瞬間さっきまでいたオレの場所は、無数の光の束が通り過ぎ、哀れなほどヤツのどてっ腹にヒットした。

 だがこの悪魔は俺が思っていた以上に頑丈で、隙をつかれたにもかかわらず、何とか倒れずに立ち戻りスキのあるオレの頭を叩きつぶそうとしていた。

 だが、先の一斉発射よりも強力な一撃が彼の顎をおそった。

 ベスのみごとなアッパーカットのおかげで、完全にヴェンティゴの重心がずれた。今ならエナジーによるフィールドが薄れている。右手に魔気を一気に凝固させ、オレは再び悪魔に突進した。肉体系なのに生意気にも魔法を唱えようとしていた悪魔の溝うちあたりにトドメの一発をくれた。今のオレが唯一悪魔に決定打を与えられる一撃だった。武器があればもっと楽にダメージを与えられるのだが。

 ものすごい音が聞こえた。液体を砕いたような音、骨が体内でさまざまな気管に突き刺さった音、肉にひびが入ったような音。

 ヴェンティゴは壁にめり込んだままぴくりとも動かずに、そのまま光に包まれ、消えた。あとには止めを刺したオレの一撃でできたのだろう、壁一面の大きなヒビだけが残った。

「フウ・・」

 こうやって悪魔と戦い、自らのエナジーを燃焼しているときだけ自分は生きているんだと思うことができる。悪魔を斃した余韻にあきたとき、たまに椿さんの何とも言えない表情が気にかかった。哀れんでいるような、驚いているような・・だが気にしたところでどうしょうもない。

 ここは戦いの宝庫だ。ヴェンティゴの戦いから30分近く経っているが、その間五回ほど悪魔との戦闘があった。苦戦したのは4回目の集団だけで、残りの戦闘はヴェンティゴの戦闘の時とそう変わらなかった。四回目の時は『邪龍』がろ党を組んでいたので、波状攻撃に苦戦した。五体から七体ほどで、そのどれもが世界の伝記上にでてくる恐ろしい魔物のはずなのだが・・確かに身長は三メートルや五メートルと大きく、残忍で凶暴そうなのだが、如何せん実力が名前や外見に追いついていない。ベスはだいぶ弱っていたが、それでも伝記上の魔物はオレの皮膚ひとつ傷つけることはできなかった。全てオレの拳で皆、光へと帰した。

 そしてここに来て七回目の戦闘の時、ようやく『ターゲット』に出会った。

 妖精シルキー、邪鬼ラームジェルグ、そして鬼女リャナンシー。

(チッ、またやっかいな・・)

 心の中で舌打ちをする。単体ならばやりやすいと言うのに。

 だが文句は言えなかった。オレの思惑とは関係なしに三体は襲ってきた。

「ベスはシルキー、プッツは後ろで援護、残りはオレが相手にする。間違ってもターゲットを殺すな!」

 指示が終わったときには既に目の前にラームジェルグが迫っていた。この悪魔はベスには荷が重すぎる。ベスには援護専門のシルキーに当たってもらった。ターゲットであるリャナンシーも援護専門の悪魔なので、オレの相手よりベスを狙うだろう。

 戦いは乱戦極まった。過去一度だけタイマンをしたことがあったが、ラームジェルグはものすごく堅い。そのぶん魔法攻撃にはからきし弱いので、だからこそ魔法援護が主体の悪魔と常に行動しているのだろう。過去オレはこの悪魔を前にして勝つことができなかった。椿さんの魔法援護の下なんとか追い払ったものの、オレの打撃だけでは勝てるかどうか分からない。ただ前(七日前)とくらべ格段にオレは強くなった。

 やるしか・・・ない。

 ラームジェルグは己の体中に刺さった剣を引き抜き、脳天に振り下ろしてきた。紙一重でよけたつもりが、頬にわずかな痛みを感じる。処置をする暇もなくパワー全開の拳を相手のドテ腹にたたき込んだ。相手の口から血が飛び出るが、反動を利用しもう一発。大振りの左拳を右肩にたたき込んだ。

 メキメキという音が聞こえ、さらに一発かまそうとしたとき、鋭い横一文字が俺を襲った。この殴った反動ではしゃがむことはできないと判断したオレは、左手に持っていたもう一本の剣で襲いくる、サームジェルグの剣撃を真上に跳んで避けた。

 もしここで相手の肩が無傷ならば、次の攻撃でかなりのダメージを受けていただろう、悪魔は右手の剣で再びオレに垂直に斬りつける『から竹斬り』をしてきた。が、先ほどとはほど遠い速度の剣撃など、

「蚊が止まる!」

 ほどでしかなく、右足で思い切り右手を蹴り上げる(もちろん放出できるだけの魔気で、ガチガチに固めている)と、剣はラームジェルグの手を離れ、後ろの壁に突き刺さった。

 その瞬間、視界がブレたと思いきや、剣が刺さっている壁に叩きつけられた。どうやらハイキックを食らったらしい。

 剣客の悪魔のくせに、やる。だが全身が気の固まりによって防御されているオレには痛くもなかった。ただ全力の剣撃を食らったらかなりヤバイだろうが。

 そしてサームジェルグを追いつめていることには変わりがない。せっかくの優秀な剣士も片手が使用不能になり、呼吸も『最初の一発』でままならないらしい。

 ベスは少しずつシルキーを追いつめているようだが、リャナンシーが邪魔でどうも思うように戦えないみたいだ。悪魔は一概にしてエナジー(サマナーで言えば魔気)の防御壁を存外にしている。自分の防御や甲殻を過剰評価している。だからオレより何十倍も生きているのにあっけなくやられるのだ。

 目の前にいる、負傷した悪魔はものすごい形相でゆっくり迫ってくる。その瞳は深紅に染まり、口から唾液と血液が混じり、垂れ流している。どうやら左コブシの強打と蹴りで右手は完全に使いものにならなくなったらしく、だらりと垂らしていた。

「ギイイイイイイ!」

 気勢を上げものすごい速さで迫ってきた。が、力任せの剣は軽く流せた。その反動を利用して後ろ回し蹴りを放ってきたが、使いどころを完全に間違っていた。もはや冷静な戦いもできないらしい。

 ベキィ・・

「ギイ!!」

 右足をひじ鉄でへし折った。そのまま倒れ込む体を思い切り蹴り上げ宙に浮かせ、

「だあアあアあぁぁァぁァァァぁあ!」

 全力で腹部を殴った。

 殴るたびに体は宙に舞い、また振りかぶると腹部に思い切り打ち込む。

「ギイ!・ギ!・・イ!・イ・ィ・・」

 ヴェンティゴを一撃で葬った拳の振った数が二桁を越えた頃、悪魔の叫び声は消えたが、体は消滅しなかった。いい加減焦りを覚えたオレは、最後に魂心の一撃を決めるといったん地面に悪魔を落とした。

(身動き一つしない。一体・・・・どうして死なない?)

 そしてあることに気がつく。出会った頃は体中に突き刺さっていた、何十本の剣がいつの間にか消滅している。だが、最初に手放した、壁に突き刺さっている剣だけは残っていた。

「体に突き刺さっていた・・?これだけが残っていて、悪魔は死んでいない・・」

 この剣が折れれば。だが不思議なことにいくらエナジーを使っても折るどころか、ヒビ一つ入れることもかなわない。

「もしかして、この剣だけ刺さっていたんじゃなくて・・自分の・・・」

壁に深々と刺さっている剣を引き抜き、倒れている巨体の前に立つ。思い切り振りかぶると、サームジェルグの脳天に突き刺した。

 と、驚くほどすんなり突き刺さると、今まで身動きさえしなかった悪魔の眼が異常に見開き、全身がガタガタ震え始めた。

「キイイイイイイイ!」

 奇声を上げ、一瞬のうちに光となった。オレの右手に握られている剣をのぞいて。

 ドゴ・・・

「AHア!」

 ・・・どうやら向こうも勝負がつきそうらしい。持ち主のいなくなった剣を持ち、ベスのほうに近づく。

 見ると、壁ぎわに追いつめられたシルキーとリャナンシーが女性の四肢を震わせながら、必死に構えていた。プッツの体中から生えている銃口が、二人に向けられている。

「プッツ、撃つなよ」

 プッツの横に立つと二人(?)の顔を見る。見た目も力も人間程度。ただ魔法が使えることのみ。殺すのがラクそうだ。

「リャナンシー、俺の使い魔になるか、光となって無限に続きそうなほどの苦痛を味わうか。選べ」

 こういう悪魔は必ず二度三度消滅した事がある。援護系とはそんなものだ。

「俺の使い魔になれば、少なくとも使い魔の間は苦痛を感じなくてすむぞ」

 本当のことだ。使い魔のうちはたとえ死んでも、戦っているのはMDの中にいる本体のコピーにすぎない。ちゃんとした道具を使えば再び復活できるし、消滅しても、本来の消滅時における激痛は味わなくてすむのだから。

 それに対する悪魔の反応は。

「あなたの瞳・・・・人間とは思えません。仲間にならないなら、何の躊躇もなくトドメを刺すつもりですね」

 俺は質問に答えなかった。答える義務もないし、こんな偏見に満ちた質問に答える気にもならない。

 そして俺が出した要望に対する答えは・・・

「私だけでは飲めません。シルキーも助けてくれるならその要望、飲みましょう」


 予想外だった。悪魔は自分が助かるために、平気で戦っている仲間に背を向け逃げることができる。仲間をかばう行為自体、初めてみた。

「シルキーも使い魔にするのなら・・と言うことか」

「はい・・」

 シルキーを見た。相当怯えているらしくオレを直視することさえできない。

後ろを見た。遙か遠くで椿さんが・・・見えない。

 あれ?

 と思う間もなく、後ろの曲がり角の奥からまばゆい光が漏れた。そこからゆっくりと椿さんが現れる。椿さんもこちらに気がついたらしく、まっすぐ走ってきた。隣に強力な魔獣を率いて。




「ナギ君、どうした」

二人が会話できるようになる距離になったとき、シルキーとリャナンシーの顔色が変わった。顔面蒼白だ。だが、その理由はすぐに分かった。何のことはない、椿さんの悪魔『オルトロス』に恐れているだけだ。とはいえ今のオレでさえ、もし戦ったらサシで勝てるかどうか・・・

「その前に椿さん、オルトロスをしまってください。悪魔が怯えます」

「あ、あ・・そうだな」

 椿さんがオルトロスの頭をなでると、そのまま霧のようになり一瞬で消えてしまった。

 オレは椿さんに許可を取るため、事の終始を話した。


・・・・・・・・

「分かりました。この二体と契約します」  椿さんの答えはYES。はれて援護系の悪魔が二体増えたことになった。この新しい悪魔は限りなく人間に近い感情を持っており、かなり使い勝手がいいことに気がつく。

 格闘タイプの幻魔・ベス。狙撃手、地霊・プッツ。攻撃支援の鬼女・リャナンシー。後方援護の妖精・シルキー。そして使い道の分からない種族不明悪魔・ヘケト。計五悪魔。

「じゃあ、そろそろ夜も深くなってきた。帰ろう、ナギ君」

「はい」

 今日の訓練はこれで終わった。時計を見ると十時半過ぎ。帰りは椿さんが襲いかかる悪魔全てを一瞬でなぎ倒した。やはり椿さんはすごい。


 帰りの車の中。ラジオから流れるBGMを聞きながら再び暗く深い海を見ていた。

 左手に剣を持って。

「椿さん、さっきのことなんだけど」

「さっき・・?ああ、拾った剣の事ね」

 ラームジェルグを倒したときの剣だ。

「ソレを使うかどうかは君が決めなさい。俺らサマナーも悪魔を倒したとき様々な道具を得るが、ソレは各人が判断するようになっているんだ」

「よかった。何かこれ、使いやすそうなんです」

「実は組織の八割以上のサマナーは、組織配給の武器より悪魔を斃したときに得る武器を使っているんだよ」

 ようやく先立つ武器を手に入れた。立てかけると俺の肩ぐらいまである大剣で、太さも結構ある、が見た目と裏腹にかなり軽く、切れ味も抜群だ。切れ味の方は戦いのとき、全開の防御壁を楽々切り裂き、俺の頬をかすったことで折り紙付きだ。魔気をあまり吸収・発化できないのが残念だが。

 あとは銃さえ手に入れられれば、文句はないのだが。

「それに、これも悪魔として認識できるから、媒体に圧縮して持ち歩けれるからな」

 そういえば椿さんの武器を見せてもらったときも、彼のイヤリングから出てきたな。さすがにあの時はぎょっとしたが。

 そこで再び沈黙が訪れた。家まで送ってもらうまで椿さんと口をきくことは無く、各思い思いの時を過ごした。




 家に送ってもらい、さっさと部屋に戻ろうとしている俺の背中に声がかかった。

「自分の力を過信するなよ。自分の体をいたわって」

「はい」

 今日はかなり疲れた。椿さんのありがたいアドバイスに返事をし、部屋に入ると服を脱ぎ捨てベッドに転がった。それもすぐのことで、シャワーを浴びると服を片づけ、明日の用意をする。

 全ての準備が終わり、ベットに倒れるように転がり込むと、一気に眠気が襲ってきた。


 そして、今日は終わった。


  卜部 凪 Lv 20 ITEM・不詳の刀


  力  10(??)  生命エネルギ  70

  速力 15(??) 総合戦闘能力  90

  耐力 5 (??)  総悪魔指揮力 20%

  知力 8 (??) 悪魔交渉能力 10%

  魔力 2 (??) (成功率)

  運  1

 仲魔 ・幻魔ベス L.v 17

    ・地霊プッツ 18

    ・鬼女リャナンシー 19

    ・妖精シルキー 24

    ・聖獣ヘケト ?


注1−−−−能力値は魔気消費時における数値である。

注2−−−−生命エネルギは常人のエネルギを1と定めるときの数値である。

注3−−−−総合戦闘能力の基本数値は・陸上自衛隊一小隊 300

                        一連隊 800

(ただし武装は各隊の標準装備であること)    一旅団 4500

                        一師団 12000