[Introduction]
深夜二時、少し過ぎ。
高校受験が終わったというのに少しも気分が晴れない。公立高校普通科を推薦で受験。小学生のときやった『漢字テスト』のような小さな問題用紙に答え、つくられた笑顔でこちらを探る試験管にセオリ−通りの、当たり障りのない言葉を返した。
今、オレは、パソコンの前にいる。
アルゴン社製パーソナル・コンピューター、クリプト03E−0099
特に何をするわけでもない。電源を入れて、画面を見ているだけだ。
そしておもむろに文字を打つ。打っては消し、また打っては消す。無駄以外の何物でもない。でも、やめることができなかった。
それ以外何もすることがないからだ。
静かな部屋にキーボードの叩く音だけが響きわたる。
響きわたる。
三日前
受験が終わったこの日の夜、オレは眠れずテレビを付けた。
誰もいない部屋。自分以外、誰もいない家。マンションの一室であるこの空間には自分以外、誰もいない。入り口のドアのプレートには愛想無く『卜部』と書かれている。
オレの名字だ。
四年前までごく普通の生活を送っていた
四年前までは。
ゴン・・・ゴン・・
感慨に耽る暇もなく入り口のドアがノックされた。
(ついに・・いや、やっぱり・・来たか)
この叩き方は新聞の勧誘や、妖しい宗教のお誘いでは決してないことを確信していた。
そう言えば・・三日前もパソコンを叩いていたんだな。
パソコンのイスから立ち上がるとパジャマ姿のまま玄関へ向い、誰かを確認することもなくドアを開けた。
「ナギ君・・」
目の前にいた長身の男がオレの視界に入ってきた。彼はこれ以上言葉を続けず、軽く頭を下げた。モデルとしてやって行けそうな顔立ちやルックスをしている。
「どうぞ・・」
オレはチェーンロックを外し、ドアを全開近くまで開いた。オレの横を通り過ぎたとき、彼のストレートの髪の毛がわずかにオレの肩をなでた。いつもと同じ、全く同じの服装である黒のスーツを身にまとっていた。
「いつもの場所で・・お茶を用意しますから」
それだけ言うと冷蔵庫に手をかける。飲み物や冷凍物しか入っていない冷蔵庫の中からペットボトルをとりだし、客のいる部屋に向かうついでにコップを二つ手に取る。
黙ってお茶をつぐオレの動作を、彼も黙って見ていた。彼が今何をオレに告げたいのか、痛いほど分かっている。
顔では平然を装っているが明らかに動揺している。隠そうとしているぶん、よけい哀れに見えた。
このままではラチがあかないな。お茶をくみ終わり数分後のこと。彼はオレと向き合ったまま一言も話さなかった。
時間の無駄を悟り、ついに自分から切り出すことにする。
「親父・・・・死んだんですね」
突然オレが結論から言ってしまったせいか、彼は目を見開いたまま微動だにしなくなった。
すると目の前の色男はオレに向かい土下座をし、嘆くように叫んだ。
「申し訳有りませんでした、私がふがいないばかりに!!」
「別に、椿さんのせいじゃないよ。親父だって覚悟の上だよ」
何となく分かっていた。虫の知らせというのか、寝ようと思ってもなかなか寝られなかったこの胸の締め付け・・
でも、こんな言葉聞きたくなかった。
「今までもそうだったけど・・これで・・・独りぼっちか」
親父が嫌いだった。アイツのおかげでどれだけ転校し、どれだけ孤独だったか。母が怪死を遂げたあの日、何故オレのそばにいてくれなかったのか。母の葬式さえ、オレの母が灰に変わる瞬間、アイツは何処にもいなかった。
憎いはずの男。
なのに
なのに・・・・
涙が止まらない。
「すい・・ま、せん・・でした・・!!」
椿さんは顔を畳に付けたまま震えていた。彼はオレより悲しんでいた。
彼はオレの親父の唯一の弟子で、心からオレの親父を尊敬していた。そして今でも母が死んだ原因は自分にあると思っている。
しばらく、オレと椿さんは 泣いた。
三十分ほど経ったのだろうか、オレはコンポの電源を入れ、曲を流した。
生前に母がよく聞いていた曲だ。とても古い曲だがオレには分からない。何故ならオレは歌というものに一切の興味がないからだ。しかし家には母が好きだった歌が五、六曲だけ残っている。それをMDに録音し聞いているのだ。
台所へ行き、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップを使わずそのまま一気に口へと流し込んだ。元々少ししか入っていなかったそれは、ガブ飲みしたい俺の期待を裏切った。空パックをやけに丁寧に折り、畳みゴミ箱に捨てた。
新しい牛乳のくみ口を開け、またコップを二つつかむと、ソファと悲しみに暮れる椿さんがある部屋に戻った。
「椿さん、のど乾いたでしょう?牛乳どうですか」
「私には・・このどうしようもない顔をなぎ君に見せることが出来ません」
オレには疑問だった。何故椿さんのような「ひたむき」な人が、オレの親父をあんなにも慕うのだろう。
あんな闇に生きる人間を。
「椿さん、いいかげん頭を上げてください。それとも親父や母だけでなくオレの『サマナー』としての素質をも殺す気ですか」
「・・・・っ!」
「椿さん、オレ言いましたよね。もし親父が死んだらその敵を討つために、オレを一流のサマナーにしてくれるって。それに・・」
オレと親父が最後に交わした言葉。
「親父は、ここを出てくとき言ったんだ。「お前はサマナーとしての才能が有り余っている。ソナーなしで悪魔を見分け、何処にいるか分かるからな・・・・だから、サマナーになれ」って」
オレは頭を地面に付けたまま微動だにしない椿さんを激しく揺さぶった。もう何だかワケ分からなくなってきた。口が勝手に動く。
「オレ、お袋が死んだその日から、変なモノばかり見るんだ。幽霊とか、廃ビルの奥を見つめるだけで「あ、何かいるな」って感じるんだ。ああいうのが「悪魔」って言うんだろ?椿さん言ってたじゃないか。サマナーは悪魔を操る、名誉ある仕事だって」
目の前にいる男は何も答えない。
音楽だけ優しくこの場に流れている。
「・・お袋は、目の前で悪魔に殺された」
手が震える。目の裏が熱い。心臓がバクバクする。
「親父も殺された。同士であるサマナーによって」
憎い。悔しい。オレは何のために生きているんだ。
「カタキはあなたになんか討たせない。母さんも守れなかったあなたなんかに討たせない。もう何もないオレから、憎む者さえなくしたら生きていけないじゃないか・・」
少しの沈黙の後
「わかった・・・わかったよ」
彼はゆっくりと顔を上げると、両手でオレの肩に手をかけた。椿さんの顔は赤く晴れ、全ての『負』の感情が混ざり合っていた。
彼の瞳の中に、オレが映っていた。そのオレは赤く染まっている、彼自身の瞳のせいで。
「オレは我が師、浦部さんに誓おう、オレの全てを注ぎ、きみを必ず一流の『デビル・サマナー』にすると。それで少しでも君への罪滅ぼしになるのなら・・」
そこからオレのサマナーとしての生活が始まった。
絶対にして唯一の目的のために・・