「そろそろ諦めなさ〜いのッ、炎矢!」 リトが伸ばした杖の先から、矢と呼ぶには太く、炎と呼ぶには形が整った炎が飛んでいった。 そのまま標的である荒くれうさぎに当たると、その身を飲み込み焦がしていく。 少しだけ香ばしい匂いとススの煙が洞窟内に広がった。 「はあ……疲れた」 そう言って座り込んだリトの周りには、撲殺された荒くれうさぎがかなりの数落ちていた。 相変わらず囲まれてボコられそうになったのだが、なんとか倒しきったのだ。 「おい、休むなら通路のど真ん中で休むな。たしかさっきそこの小部屋に大きな水溜りがあったろ。そこでまずは顔を洗え」 「あ〜〜、はい」 のろのろと立ち上がり、師の横を通り過ぎる。 バートはそんなリトを見ながら、あたりの荒くれうさぎの死骸を数えだした。 虫の息レベルのものもいるが、倒したとカウントして問題ないだろう。 「だいたい十四匹か……問題ない気はするが、あれだけ疲労するならまだ体力不足か」 視線をよこした先のリトは、鉄の杖を文字通り杖代わりに歩いていた。 もし今、二、三匹程度でも襲ってきたら逃げるしか手は無いだろう。 「まあ、パーティとして動くならまったく問題ないな」 三階へ行く時期かもしれないと思いつつ、バートはリトが入っていった小部屋の入り口に腰を落とした。 自分がいればまず荒くれうさぎが近寄ってこないからだ。 荒くれうさぎ同士がどういった情報網を持っているかは知らないが、前の荒くれうさぎ惨殺が原因だろう。 自分が原因とはいえ、魔物ですら自分を敬遠することにちょっと凹んだバートだった。 ヨロヨロと体を引きずりながら池と呼んでしまっても良いぐらいの水溜りにたどり着くと、まず水を覗き込んだ。 思った以上に水は澄んでおり、手ですくうとさらに飲んでも問題ないぐらい見えた。 鉄の杖を手放すと、両手ですくいススのついた顔を洗う。 疲れが吹き飛ぶと言うほどではないが、幾分か気分は楽になった。 「はーーーっ、気持ち良い。できれば水浴びしたいほどですけど」 ちらりと振り向いた先には、入り口に座り込んだ師の背中が半分見えた。 どう考えても無理だ。 「水浴びしたいんなら、覗けないように入り口を瓦礫で埋めてやるぞ。もっとも、そんな幼児体形に興味ないがな」 「出られないじゃないですか、それに放って置いてください! メリルさんにセクハラされたってチクリますよ!」 「俺は信用されてるから」 入り口から覗く片手がご自由にとヒラヒラ舞った。 「はいはい、ご馳走様。良かったですね、ラブラブで」 「ひがむなよ」 「大体センセーは非モテだったはずじゃ……性格が陰険で邪悪だから」 疲れもあってか良く考えず暴言が飛び出している。 「だれが邪悪だ。確かにこれまでにモテた経験は無いぞ。メリル以外にな」 見えないからと精一杯リトはウゲッと顔をしかめた。 バートとメリルの出会いにはそれなりの事があったらしいが、やはりあの師に好意を寄せると言う意味がわからないのだ。 理解の範疇を音速で通り抜けている。 「別に理解するつもりはないですけどね」 小声でそう言ったリトは、暗がりのなかでかすかに池に自分の姿を映した。 上半身ぐらいしか映らないが、ちょっとだけ可愛く見えるようにポーズをとってもみたりする。 「理解するつもりは無くても、こうまで女の子扱いされないのは、それはそれでハートに傷がつきますよ」 最近はラウムにも散々な暴言を吐かれ続け、タダでさえ自尊心が許容量一杯にダメージを受けていたのだ。 「ん〜、胸が無いのは認めますけど……そこまで酷くは、むしろ可愛いですよね?」 横顔を写してみたり、すこし髪の毛をアップにまとめてみたりする。 冒険者と言う荒々しい職を選んだもののリトも女の子だ。 最低限の身だしなみ等は、やはり気になる物である。 「あ〜、私もアルマさんと一緒にメリルさんに色々頼もうかな」 「何を頼むって?」 「前にメリルさんの家に言った時なんですけどね」 そこまで言ってリトはハッと気づいた。 「って、センセー何時の間に真横に?!」 「あ〜、お前が池に向かってポーズとったり色々やってる頃から」 「殆ど聞かれて、見られてるじゃないですかッ!!」 自らの顔を両手で挟みながら、リトの顔は沸点を超えて真っ赤になった。 自分の容姿に関する独り言を他人に聞かれたいだろうか。 「まあ、確かに池に向かってウィンクしたり笑いかけてるのは面白かったが」 「センセー、一つ頼みがあります」 「面白いもんも見せてもらったし、大抵の事は聞いてやろう」 「じゃあ……」 落ちていた鉄の杖を拾ったリトは、その先端をバートへと向けた。 「全てを無かった事に忘れてください〜の炎矢ッ!!」 「おわっ!」 首をかなり折り曲げると、元顔があった場所をリトの炎矢が通り過ぎていった。 一瞬の沈黙の後、それが壁に当たり燃え広がる音が聞こえた。 「おま、一体……」 「センセー、乙女には決して知られちゃいけない秘密があるんです。丁度良いから、魔王様の仇も一緒にとっちゃいます」 「何をわけのわからないことを」 「想像してください。好きな人の姿絵にキスしている所を誰かに見つかった所を」 「イタッ! 痛すぎる!」 何故か言われるままに想像してしまったバートは、頭を抱え身をよじる。 「想像してください。決して叶わぬ秘めた想いを、ある日全く関係のないオバさんに知られてしまった時を」 「うわっ、絶対音速で広まるぞ!」 バートの上半身が180度近くよじれている。 それを身ながらふふふと笑うリトは、魔王の側近ではなく魔王のお嫁さんが降臨していそうだ。 「私がセンセーに受けた仕打ちは、そういうことなんです。覚悟は良いですね?」 「まて、リト。俺が悪かった。なんかもう、初めてお前に心を込めて謝ろうとしてるぞ。ついでに今までの事を全部だ!」 「もう遅いんです。もう、センセーの記憶をショック療法で消すしかないんです」 「話せば」 「話して……センセーはわかりますか? 自ら作ったポエムを、号外と共に商店街でばら撒かれたとしたら」 「やめろぉ! これ以上俺を惑わすなぁ!!」 まるでいつもの立場がまったく逆転したように、リトはニヤリと笑い杖を構えた。 杖の先に炎が灯り、収束されていく。 現時点で出せる最高の魔術、爆轟である。 「センセーの記憶よさらば永久に〜の、爆轟ッ!!」 洞窟全体に響く爆音と悲鳴。 それはリトが本当の意味で師に勝った証明だった。 だがその経過にいたる理由があまりにも忌まわしく、リトは自ら記憶を深く封じ込めた。 それはリトが本当の意味で師に勝った日。 なんとか洞窟から出てきた物の、なぜ自分達がこうもダメージを受けているのか理解できない二人がいた。 お互いの姿がススで汚れている事を確認しつつ、頭をひねる。 「なあ、リト。何があったか覚えているか? とてつもなく背中が痒いような、何かあったはずだ」 「わかりません。センセーがこんなダメージを受けるとは、よっぽどの敵がいたに違い有りません」 「……思いだせん。まさか、二階なんて浅い階にあいつがいるとも思えないし」 「とりあえず、帰りましょう」 体全体を引きずるように歩き出す二人。 「怪我の殆どは焼けどなんだが……お前じゃないよな?」 「センセーに一発くれられるぐらいなら、いますぐ卒業してひとり立ちしますよ」 「だよな……」 すべては二人の記憶の深い闇の中に。 |