一日のうちで一番太陽が輝く時刻を過ぎ、徐々に沈んでいく時間。 リトは自室で机の前に座っていた。 その机にはリトがいつも下げているカバンから様々な道具が出されていた。 「毒消し草はまだある……と言うか、毒を使う魔物に会ってないですし。それと干し肉に干しぶどう、カンパン、薬草は……アレ?」 取り出したものを、また順に詰めていくリトの手が止まった。 「きれてる、いつのまに。あ〜、荒くれうさぎに噛まれて使いまくったから……補充しなきゃ」 他に足りないものが無いかと道具を詰め込もうとするが、もうすでに小さなカバンは薬草ぶんしか余裕が無かった。 カバンが少し小さすぎるが、これ以上大きいとなけなしの体力が歩くだけで減ってしまうから仕方が無い。 「さて、薬草買いにいかないと」 リトはカバンのふたを閉めると、椅子から降りて階下へとむかった。 「センセー、アルマさん」 「ああ、薬草買うなら商店街の八百屋のおばちゃんの所にしろ」 「って、なんで言う前から用件を知ってるんですか?! そう言う事するから魔王の側近とか陰口たたかれるんですよ!」 バートの発言にちょっと引きつつ、リトが叫ぶ。 だが何故か家中で座禅を組んでいたバートは少ししか気にしていない。 「広めてるのはお前だろうが……お前の手持ちの道具ぐらい把握している。お前もせめて自分の道具の数は把握しておけ。前、試しに毒草入れたがお前気づいてなかったぞ」 「はっ、そう言えば前に私のカバンを食い破った荒くれうさぎが急に昏倒したのは……」 「運だけはいいヤツめ」 「優しさだけはないヤツめ」 リトは小さく呟いたつもりだったが、バートが座禅を取りやめ立ち上がった。 聞こえたかとビビッたリトはさっさと玄関へと走り出した。 後方から舌打ちが聞こえたが、聞き間違いではないだろう。 「いってきまーす!」 リトは逃げ出した。 バート達が住む村には、ルソナ通りと呼ばれる商店街が一つだけある。 そこには村人が必要とする食料から衣類、家具から、冒険者が必要とする武器、防具、道具屋までが揃っている。 揃っているといっても、その絶対数は少なく商売敵なんて言葉は存在しない。 「八百屋、八百屋……たしか何度かお使いにいきましたよね」 まったくの一本道をリトはまっすぐに進んでいきたいのだが、それなりに人通りはある。 時に人にぶつかりそうになるが、ヒョイヒョイかわして進んでいく。 「……なんだろ?」 自分は普通に歩いているつもりなのだが、妙な違和感をリトは感じた。 「次の人は……右」 向かいから自分と同じコースを歩いてくる男がどちら側にそれるかを予想する。 そのまますれ違う時、男はリトが感じたようにわずかに右に体をそらしてリトをよけた。 「次はみ……いや、左かな?」 正解、次の女性は左にわずかにリトを避けた。 「なんで、解るんだろう。センセーが持つ異界の力が伝染してきたのかな?」 あいにくリト一人では、そうではないと突っ込んでくれる人はいない。 単純にここ最近の特訓の成果である。 バートのゴムボールの特訓では、物事を予測する力がつけられ、ラウムの紙にこげ穴を開ける特訓では物事に対する集中力が上げられた。 もっとも、こんな雑踏の中で発揮しても、歩きやすい程度でしか効力はない。 「やだな〜、私もそのうちセンセーみたいに魔王の役職つきになっちゃうのかな」 だが、リトは理解していなかった。 「役職かぁ、やっぱり絶世の美少女は魔王のお嫁さんかな。やっぱり髪の毛は銀髪で、ムキムキは嫌ですけどそこそこ肉付きのいい体で、こう残忍さのなかにも時折私にだけ見せる笑顔が可愛くて」 リトの頭の中で、銀髪の貴公子が彼女の頬に触れそっと顔を自分に向けさせる。 場所はおそらく魔王城の最深部、魔王と王妃の寝室だろう。 「リト、もうすぐ勇者どもが攻め入ってくる。恐らく激しい戦いになるだろう。だが、お前だけは……」 「嫌です魔王様、私も魔王様と一緒に」 「ふっ……私はお前と出会って弱くなったのかもしれない。最後までお前と出会う前のように残忍でいられたら、いや例え勇者に負けずともお前がいないのでは意味が無い」 「そんな事ありません。魔王様は誰よりも強くて、誰よりも」 そんな二人の愛の劇場が上映されるなか、太い柱の影からほくそえむ影が。 「くっくっく、お前が弱いのは坊やだからさ。人間の女などに心を奪われた魔王が」 邪悪な笑みに顔を歪ませるのは魔王の側近、バートであった。 「魔王様は弱くなんかありませーん!!」 はっと気づくと、そこは大空の下の商店街。 道行く人々が足を止め、すこしアレな目でリトを見ていた。 こういう時は笑ってごまかすしかない。 「あは、あはははは。マオウ産のハヨクはありませーん。残念デース」 人々は瞬時にマオウなんて地名がなく、ハヨクなんて聞いたことがないと全体会議を終えた。 見事にごまかす事に失敗したリトは、再度奇異な視線を向けられた。 ごまかしが効かなければ、もはや逃げ出すしかないがこの立ち止まった人数を掻き分けるにも一苦労しそうだ。 「こ、困った時〜の、爆轟ッ!!」 威力を多少、自分なりに加減した爆轟を、リトは思い切り地面にたたきつけた。 舞い上がる砂埃に人々は驚き、慌てふためいている。 「ぶわっ、ふざけやがってあの小娘」 「きゃー、誰あたしのお尻に触ったのは!」 「小娘を逃がすな。思い知らせてやる!」 「たまに外へ出てみればなんてラッキーな。触り放題じゃ!」 「きゃーッ! ヘンターイ!!」 「くそ、俺の彼女を。さっきのヤツは変態の仲間か」 なんだか聞き覚えのある老人の声が聞こえ、予想以上の自体に陥ってしまった。 砂煙が収まらないうちに、リトは元々低い身長を更に低くして逃げ出した。 「すみません、すみません。全ては、全ては魔王様をだましてるセンセーが悪いんです!」 逃げるだけに飽きたらず、責任までもをバートに押し付けたが、先生と言う呼称なので問題は無いだろう。 「なかなか良い加減に調節できていたではないか。たった数日でよくやったもんじゃ」 「って、やっぱりさっきのはおじいちゃんだったんですか?!」 「まあ相手の顔が拝めんかったのは残念じゃったが、なかなかええ触り心地じゃったぞ」 いつの間にか逃げるリトの横をラウムが並走してきていた。 よほど至福のひと時だったのか、両手をワキワキとあやしく握る。 「このヘンタイおじいちゃん!」 「なんとでも言うが良い。わしはあらゆる魔術を極めし者であると同時に、あらゆる色事を極めし者。攻められてもゾクゾクするぞい? ……チンクシャ以外なら」 「………………」 リトは無言で走るラウムの足をひっかけた。 「ヒョヘッ?」 リトがそんな行動にでるのが予想外だったようで、ラウムはかなりの勢いで転んでしまった。 すぐさまリトは追撃の一撃として思いっきりラウムを蹴り飛ばし、気絶した所で近くの建物の柱に縛り付けた。 「天罰は受けるべきです。魔王様の名にかけて」 スチャっと妙なポーズを決めてから、リトは再び走り出した。 ちなみに、さっきの騒ぎは私がやりましたと書いた看板をラウムの首にかけておいた。 「は〜、ただいまです」 妙な騒ぎを起こしてしまったため、必要以上に疲れた顔でリトは帰って来た。 ちなみに薬草はちゃんと手に入れてきたが、当分商店街には顔をだせないかもしれない。 「あ、リトちゃん。商店街の方に行ってたんだよね? 大丈夫だった?」 「……はっ? なにがですか?」 「なんだその妙な間は」 とっさに演戯をしたが、さっそくバートにはバレたかもしれない。 「なんか商店街で魔術をつかって女の人に痴漢をする女の子が現れたらしいの。なんでも近くにいたおじいちゃんが顔を見たから、似顔絵を書いたらしいの。これがその似顔絵なんだけど」 明らかにまずそうな顔をするリトは、ラウムを生贄にしたはずなのにといぶかしむ。 だが、その似顔絵を見て失敗を悟るのと同時に、安堵と怒りが湧き上がってきた。 下手糞な絵を描かれ、矢印つきでいらぬ説明文が多数書かれた手配書を持つ手が震えている。 「どう見てもこれじゃあ、絶対わからないよね。変な所は具体的なのに、でもちょっと可哀想かな」 「そ、そうです……よね。もうちょっと、まともに可愛く描いてもいいですよね、アハハハ」 「チンチクリンで胸無しで、鼻息だけは荒い子供。一体どんなヤツなんだろうな。会って見たいとは思わないか、リト?」 「アハッ、嫌ですよ。女性目当ての痴漢なら、狙われちゃいますし。そ、そんな女の子として……み、みりょ」 ニヤニヤと笑っているバートは全てを理解しているのだろう。 どうしても、自分で自分に魅力が無いとは言えず…… 「ちょっと、買い忘れがあったんで戻ります!」 今度こそ、とどめを刺しにラウムの元へと走った。 |