The Moon Labyrinth

第十一話 答え


「イタタタタ……し、しみるぅ〜」

立ち上る湯気が天井で水滴へと変化し、再び湯船へと帰っていく。
湯煙が半分を占める場所で湯浴みをしながらリトは、体を縮こませながら震える声で呟いた。
ゴムボールの特訓で強制的に得させられた怪我は、打身系なので実はそんなにしみてはいない。
言ってみたかっただけだろう。

「それにしても、センセーの特訓はいつもいつも痛いだけです。まさかセンセーはサドなんじゃ……いまさらですね。じゃあ、新設定ということで私をキズ物にして我が物に……イァーーーー!!!」

頭を抱えて湯があふれるのも構わず立ち上がり、激しく頭を振る。

「無理、無理です! センセーは男として底辺を支える、地底の大帝王。ああ、悪寒が……」

「リートちゃん、一緒に……そんなに体こすってなにしてるの? そんなに今日汚れる事したかしら?」

「いえ、凍死にいたる悪寒を払拭するために。生きるために必死なだけです」

必死の形相で応えるリトにアルマは苦笑いで返す。

「相変わらず大変そうだね。リトちゃん、ちょっとよかったら髪洗うの手伝ってくれない?」

「あ、いいですよ。アルマさんも相当長いですもんね。切らないんですか?」

「ここまで伸ばしちゃうとなかなか踏ん切りがね」

リトも髪は腰まであるが、同じ腰位置でも伸長差からアルマの方が長い。
リトは湯船から上がると、アルマの髪を抱えあげ湯で湿らせていく。

「そういえば、最近の特訓の調子はどうなの?」

「あんまり良くないのが本音です。本当にあれでいいのか、よくわかんないです」

「あくまで想定した上の特訓だしね。兄さんの事だからなにかしら考えはあると思うんだけど」

「だといいんですけどセンセーですし……シャンプーいきますね」

「あ、私の手にもちょっとちょうだい」

目に湯が入らないようにうつむいているアルマが、自分の後ろにいるリトへと手を差し出す。
その手は闇雲に出されたためリトの持つシャンプーいれには程遠い。
リトはアルマの手にあわせてシャンプー入れを動かしたが、先にアルマが動いてしまう。
もう一度あわせようとするが、先にアルマの手が動いてしまう。

「アルマさん、動かさないでください。私があわせますから」

「あ、ごめん。お願い」

「両方動いてたら合わせに、く……い…………あっ!!」

叫んだと同時に手を強く握ったため、大量のシャンプーが飛び出した。

「わっ、リトちゃん多すぎ。もったいないから戻して、戻して!」

「大丈夫です! 景気づけにシャンプー祭りです!」

「景気ってなに?! 多すぎたら痛んじゃうよ! ストップストップ!!」

「シャカシャカ、シャカシャカ♪ 今日は多めに引っ掻き回してます」

「キャー、やめてー!!」

二人が湯浴みで遊んでいる頃、バートはというと。

「何を騒いでいるんだ、あいつらは…………ズズッ」

ゆったりとお茶を飲んでいた。





「まったく、いきなり挑戦したいと言い出しやがって。これでも一応特訓のカリキュラムは考えてあるんだぞ」

翌日に月の迷宮の二階にまで下りてきたバートは、意気揚々としているリトに向けてため息をついた。
だが、リトは師のそんな表情を一切気にした様子が無い。
バートとは対照的な笑顔であった。

「大丈夫です、センセー。もう大丈夫です。これまでの特訓での答えを見つけたんです」

「お前の大丈夫がどれほど期待できないものなのかは知っているつもりだが?」

「弟子の私を信じてください、センセー……ってそもそも私がセンセーを信じてないですし。やっぱり信じなくていいです」

「お前、最近俺をセンセーという名前の男と認識してるだろ」

意気揚々としていたリトが止まる。

「…………」

「目をそらすな、押し黙るな。否定せんか」

バートの手がリト頭に伸びて力いっぱい握り締めた。
元々すくないリトの体力がいきなり減り始め、リトは全力で振りほどいた。

「イダダダダ、戦う前から体力を奪わないでください。とにかく、見ててください!」

「本当に見ているだけでいいんだな?」

「あ……危険値がレッドゾーンを爆心中になったら、センセーのお力で一つ下等生物めを懲らしめて、ちっぽけな人間をお助けください」

「すでに人としてすら認識して無いだろ……まあ、いい。行け」

リンゴを潰す勢いで握り締めた手からリトを開放すると、リトは多少ふらつきながら階段を下りていった。
例によってバートは荒くれうさぎのこない階段で待機している。
そしてリトは階段から数メートル離れた場所で荒くれうさぎを待つ。

「で、戦う前に聞いておくが、答えとはなんだ?」

「まずは私が魔術師だったことです。だから今まで私は必要以上に動くことなく戦ってきました」

喋り始めた事で近くの曲がり角から荒くれうさぎが顔を出した。

「そこがそもそも間違いだったんです。誰だって止まったものには当てやすい」

リトは角から現れた一匹を杖でけん制しつつ、見据える。
じりじりとその荒くれうさぎが距離を詰めてくると、その後ろからさらに二匹現れた。
一番最初の一匹が飛び掛ってきた。
サイドステップで突進を交わすと、後方の二匹を警戒しつつ後ろにいるはずの荒くれうさぎにも気を配る。

「だから絶えず動き続ければ危険は減り、反撃のチャンスも増えます!」

バートからは肯定も否定の言葉も聞こえなかったが、リトは戦いに集中していった。
言葉通り足を止めることなく、荒くれうさぎの突進を交わし続ける。
視界からはずれた所からの攻撃には予測を交えてかわす。
しっかりと特訓の成果も出ていた。

背後から一匹が飛び掛ってきたところをかわし、後ろから無防備なその体に杖で一撃を加えた。
スライムとは違い生きている肉を叩く感触は良いとは言えなかったが、リトは我慢する。

「次です!」

クルクルと杖をまわして、残りの二匹の荒くれうさぎに突きつける。
そのポーズではなく、仲間がやられた事で荒くれうさぎは警戒を強めているようだ。
タイミングを計るように動いてこない。

「こないのならこっ!!」

リトが意気込んだ所を狙って二匹の荒くれうさぎが動き出した。
わずかにタイミングをずらしての波状攻撃である。
それは恐らく考えられたものというよりも偶然だろうが、効果的であった。
避けることは可能でも、リトに反撃のチャンスが生まれない。
動き続ける事で、段々とリトの息遣いが激しく乱れてくる。

「ハァ……は、ん。こう、なったら……まとめて〜の!」

二匹の波が縦一直線になったところで、杖の先端に意識を集中して叫ぶ。

「炎矢!!」

だが普段なら感じるはずの炎の猛りをリトは感じない事に気づいていなかった。
その結果、杖の先から期待した炎は生まれず、声だけがむなしく響いた。
そして燃え尽きるはずだった荒くれうさぎの突進がもろ、リトの腹に直撃する。

「な、なんで……ウ、ゲフゥ!」

「一つ訂正しておく。魔術師は魔術が使えるから無駄に動かないんじゃない。魔術を使うために精神を集中するために動けないんだ。無理に動けば、集中が足らず魔術が発動しない」

「先に、言って」

しりもちをついているリトにバートからの指摘がとんだ。
だが、その重要な指摘は遅すぎ、数秒後とどめとばかりにリトは荒くれうさぎにかみつかれた。

「イ〜〜〜〜ダダダ、アギャ〜!!」

「着目点は決して悪くは無かった。ただ自分にできる事できない事がまだわかってない……三十点だ」

「冷静に評価してないでッタタダ! 助けてくださいセンセー!!」

「ピンチになってようやく師と認めたうえでセンセーと呼んだな。二点プラスの三十二点だ」

「何点でもいいから、イギャァァァ〜〜〜〜〜!!」

「煩いから十七点、減点だ」

リトの苦痛は今しばらく続いた。