それは突然すぎる宣言だった。 「これから貴様には死んでもらう」 「え?」 洞窟内で風がうるさいほどにうごめいている。 もしかするとこの目の前にいる師の言葉と風が混じり溶け合い間違えて聞こえたのか。 リトは頭の中で溶け合った言葉をほどこうとするが無理だった。 本当にそう言ったのか、聞き間違いか判断がつかないリトはとりあえず、逃げた。 一秒後に捕まったが。 「あ・・・すまん間違えた。試験だ試験。ついうっかり実行してしまう所だった」 「物凄く本気の目をしてました。うっかりどころか確実な計画性が瞳の奥で刃を磨いていました!」 「だから間違いだって、逃げるなよ」 バートはしっかりとリトの服の襟を掴んで逃がそうとはしない。 「そろそろお前の面倒を見るのにも限界がある。今日はお前を一人一階に放し飼いにするから一定時間生き残れ」 「センセー、そこで私の命の保障は」 おずおずと手を上げて問いかけるリトに即座に瞳の奥に光る刃が振り下ろされた。 「ない」 「・・・・・・・・・」 「確かにフロアマスター制度は初心者の命を保障するために出来た制度だが、それは甘やかす為に存在するだけではない。見込みのない者を諦めさせる為でもある。わかるな?」 「・・・・・・はい、今回ばかりはマジに行きます」 諭すようなバートの声に頷いたリト。 そこには普段とは少し顔つきの違うリトがいた。 「やああああ!」 自分に出せるだけの素早さで二匹のスライムに近づいていく。 まずはまごついている一匹を杖の尖った先端で突き刺し、スライムの核を破壊する。 仲間がやられたせいか、本能的な行動か、リトへと飛び掛るスライム。 どろりとゼリー状から液体へと変わっていくスライムから杖を抜き去るとスライムの体を杖で受け止め押し返す。 地面に落ちてボヨンと弾んでいるうちに杖の頭を叩き付けた。 「ホッ」 スライムの海から杖を引き抜くとコンコンと靴の裏にあててスライムの液を落とす。 見た目の嫌悪感や異臭を我慢すれば、リトにとってもそれほど怖い相手ではなかった。 「あ、でもやっぱり気持ち悪い」 スライムの死骸から風上に回るように遠ざかるとへろへろと硬い岩の上に腰を下ろす。 すでに師と別れてから三時間ぐらいは経っただろうか。 遭遇したスライムはこれで一四匹、単体か多くて三体だったのは幸運だった。 炎矢を一度も使わなくてもすんだからだ。 それでもこの月の迷宮に一人というのはかなりの神経をすり減らす。 「はあ・・・・・・ちょっと休憩。それにしても一定時間ってセンセーいつ迎えに来てくれるんだろ」 生き残れとは言われたもののまずスライム相手に死ぬとは思えない。 だがそれも絶対とは言えない。 一気に押し寄せられたら、今現在も頭上から落ちてこられたら・・・無いとは思うが凶悪な罠。 ふと不安になったリトは頭上を見上げ、次に左右を見渡しては壁にある突起一つ一つを注意して見た。 ヒカリゴケの放つ僅かな光に見渡せる距離は十メートルもない。 聞こえるのは自分の息遣いと風の音、ひたすらに静寂。 月の迷宮に潜む最大の敵、孤独ゆえの恐怖。 「あ・・・歩かなきゃ」 停滞が恐怖を増幅させると思い、立ち上がってゆっくりと歩き出した。 それだけで聞こえる音に足音が混ざり幾分増しになった。 そう思ったとき、聞こえた。 今までで聞いたことのない異音が混じるのを。 「なんだろう」 注意深く耳を澄まし、異音に耳を傾ける。 柔らかいものを袋に詰めて引きずったような、ずりずりという低い音。 音が段々と近づいてきている事に気付いたリトはとりあえず杖を構えた。 音が聞こえる前方をじっと見据えるが、音は聞こえど姿が見えず。 その変わりに視野が狭くなっているような気がする。 いや、壁が押し寄せてくる。 「もしかして・・・でもそんな」 ありえないと思いつつ目を凝らすと大きな玉が浮いていた。 それが巨大なスライムの核だと気づいた時には、壁だと思っていた巨大なスライムの体が目の前にあった。 「え、炎矢!!」 放たれた言葉により炎が集まり、通路を埋め尽くすほど巨大なスライムへと向かっていった。 スライムがこげるあの嫌な匂いが充満するが、リトは不平を漏らさず炎がおさまるのを待った。 そして予想通り、ダメージを受けつつもまだ近づいてくる巨大スライムを見て直ぐに決める。 「一時撤退です!」 明らかに遅い巨大スライムの移動速度を見越し、撤退後にすぐにリトは近くの小部屋に隠れた。 これでしばらくは時間が稼げ、ある程度の作戦は立てられる。 そもそも無理をして戦う理由は無いのだが・・・ 「なんとなく、アレを倒さなきゃいけない気がします。アレが倒せれば、自分でも胸を張って合格っていえます」 杖を抱え込むようにして胸に手を当てると自分に言い聞かせるように呟く。 師に認められることも大切だが、自分で納得できる結果を残す事も大切なのだ。 部屋から少しだけ顔を出して巨大スライムを観察する。 身の丈はだいたい三メートル強、普通のスライムが三十センチなのを考えると異常な大きさだ。 狭い通路に圧縮されているが横幅も五メートル以上か、中心にある核へは杖を使っても届かないだろう。 咄嗟の事で集中していなかったとは言え、炎矢は表面を焦がすだけで終わり核にはとても及ばなかった。 それはつまりリトに決定打が存在しない事になる。 「ううん、無ければ作ればいいんです。なんとか、なんとか・・・」 幸いにして巨大スライムは移動がかなり遅く、隠れているのが見つかるまで時間がかかるだろう。 少しの余裕をもってリトは一度大きく深呼吸をした。 冷えた空気が体に入り込み、興奮した熱を少しだけ収めてくれた。 「ふう、核への打撃は届かないし、炎矢も表面を焼くのが精一杯。杖を突っ込んでから炎矢ってのはどうかな?」 小部屋から顔を出してスライムの大きさを目算し、地面に杖で絵を描いていく。 「ん〜・・・杖に腕の長さを足してもまだ距離が足らない気がします。残りの距離分全て焼くにしても、押し寄せる液体を押し返せるかどうか」 本当に勝てる手があるのか、疑わしくなってくる。 やっぱり逃げちゃおうかなと思ったとき、数日前に師と戦う前に会ったラウムを思い出した。 彼は確か、炎を固定させていた。 そこまでは無理だがと、リトは手のひら大の炎を出し、それを爪ほどの大きさまで力を込めて圧縮した。 ふいに開放すると、パンッと音を立ててはじけた。 「わわわっ!」 思ったより音が響いた事に慌て、小さく体を縮こませる。 聞こえはしなかったかと怯えながらもこれはいけると小さくガッツポーズをした。 「勝負は先手必勝。接近して杖を差し込んで圧縮した炎矢・・・え〜っと爆轟(ばくごう)を決める。よしっ!」 周到だと思っている作戦が決まると、リトは隠れていた部屋を飛び出した。 ノロノロと見当違いの場所を探していた巨大スライムはすぐにリトに気付き、動き始めた。 リトもまた、巨大スライムに向き合い杖を構えた。 「んぎぎぎぎ!!」 魔力をためて生まれた炎を握り潰す感覚で小さく、小さく押さえ込んでいく。 杖の先端にキラリと光るビー球のような炎が出来上がると、巨大スライム目掛けて走りその杖を差し込んだ。 そのまま腕を入れて核への距離を稼ごうと手を突っ込んだ瞬間、激しい痛みに押さえ込んだ魔力が弾けとんだ。 核へと及ぶ前に炸裂した爆轟が巨大スライムの強力な酸の体を弾け飛ばした。 幸運だったのは、同時にリトの体も吹き飛んで酸をかぶらなかった事だろう。 「イタタ、イタ、オ・・・アウチッ!!」 硬い岩の上をゴロゴロと転がり、出っ張りに頭をぶつける事でようやくリトの体はとまった。 ダメージは火傷を負った手と後頭部のたんこぶだ。 「なにアレ、スライムなんてヌルヌルしてるだけの微害じゃないの?!」 良く見ると樫の杖は表面がボロボロになっており、酸の強さを物語る。 呆然としている暇は無く、巨大スライムが迫ってくる為体を起こそうとすると手をついた下に冷たい感覚が広がった。 「ヒャッ!」 先ほど飛び散った巨大スライムの液体だと思い手をどけるが、冷たいだけで怪我は無かった。 「もしかして・・・あの核に触れている液体だけが酸になるの?」 そうに違いないと確信を持つと、痛む手を酷使してもう一度杖を構えた。 先ほどの一撃でスライムの体積はかなり減っており、無駄にはならなかったろう。 痛むのは一瞬だと無謀にも作戦を続行する。 杖の先端に出来るだけ小さく圧縮した炎矢を生み出した。 「今日だけは、負けられないんです!」 魔力を固定したまま巨大スライムへと走る。 ウネウネと動く巨大スライムはどっしりとリトが向かってくるのを待ち構えている。 それでも待ち構えすぎであっさりとリトに接近を許してしまう。 巨大スライムが攻撃をしてくる前にと、リトは一気に腕までを差し込もうとした。 だが、躊躇ってしまった。 先ほどは手だけだが、全身に受ければ死にいたる痛み、それに恐怖した。 「あっ」 暴発ではなく、霧散していく魔力。 そして、リトを飲み込もうと覆いかぶさる巨大スライムの体。 「きゃああああああああああああああああああああああ!!」 リトの視界は闇に閉ざされ、音が聞こえた。 家の中で聞く台風の轟音に似た、荒々しい音を。 リトが閉じていた目を開けると、自分が無傷のまま巨大スライムに飲み込まれた事を知った。 そして自分を守るように風が球を形成して自分を包み込んでいる事に。 「私を・・・守って・・・・・・考えるのは後!」 良くは解らないが、チャンスだと今一度魔力を練り炎を圧縮した。 「三度目の正直の〜爆轟!」 風の壁を突き破って杖を核へと押し付けた。 小さく押し込まれた炎が、開放を機に荒れ狂う。 その間もずっと謎の風はリトを守り続け、炎がおさまり巨大スライムが死滅した後ようやく消えた。 洒落にならないほどのスライムの液体の中におろされて、ようやく考える余裕がリトにもできた。 「もしかして・・・知らないうちに風魔術が?」 トンチンカンな考えにアホかと突っ込む影があった。 その影は先ほどまでリトが隠れていた小部屋のなかにいた。 「あのアホが・・・突然変異種、ボスってのはレベルが桁違いにあがるんだよ。頭の修行がまだ足りねえな」 リトを守った影の主は、リトが休憩を終えて立ち去るまでずっとそこにいた。 リトが巨大スライムを倒してから一時間もしないうちにバートは現れた。 一度離れ離れになってどうやって見つけたのだろうと不思議に思いながら、リトは考えるのを止めた。 そんなことよりも、もっと気になることがあったからだ。 自分が合格なのかどうか。 「センセー」 「まあ、待て。まずは傷の手当てだ。手を出せ」 「はい」 一応リトも傷薬をもっていたが、片手に片手で包帯を巻くには限界があったのだ。 ゆるゆるに巻かれた包帯はあまり意味をないしていなかった。 それをいったん解き、傷薬を塗ってからバーとが巻きなおす。 その間もリトはソワソワと落ち着きなくしており、包帯を巻く途中だが結果を伝えてやった。 「落ち着け、お前は十分に合格だよ」 「本当ですか?!」 「怪我はしたが、生き残るという目標を確かに達成したからな。その手が治り次第、次の階へと行くぞ。随分と時間はかかったが、一階突破だ。良くやったな」 「はい、もちろんです。がんばりました!」 師の評価と、自分の評価。 この二つが重なったリトは、師の言葉に満面の笑みで答えた。 |