The Moon Labyrinth

第六話 リンゴ


「ゴフッ・・・・・・はあ、あの葉っぱが落ちきった時、私の命が潰えるのかな。美人薄命です」

ベッドに体を預けたリトが、窓の外にある木をみながら呟く。
やや頬はこけており、薄幸の少女に見えなくも無い。

「その方が世の為、人の為。特に俺の為かもしれんな」

その姿をみたバートは一人勝手に頷くと、ガラリと窓を開けて懐を探って筒状の何かを取り出した。
筒の片方を口元につけてプッと短く息を流しいれる。
一枚、木の葉が散った。

プップッと小刻みに筒に息を流し込む度に木の葉が散っていく。
どうやら吹き矢のようだ。

「あ゛あ゛・・・私の命が目に見えて縮んで・・・・・・閃光のように、煌く一瞬に」

「心配するな。屍は砕いて海に流してやる。心置きなく最後の輝きを見せろ。そう、閃光のようにだ」

「悪魔の、悪魔の声が・・・いやあぁぁぁぁ!!」

両手で頭を抱え込んだ後の絶叫。
叫び声が途切れる頃には、リトは布団を目深に被って引きこもり震え始めた。
その姿を見て、バートはふむと手を顎に掛けて考え込む仕草を見せた。

「魔王の側近から悪魔にか・・・格上げなのか、格下げなのか。なかなか難しい所だな」

「・・・・・・兄さんなにやってるの」

呼ばれて振り向くと、ドアの所に顔を青くしたアルマがいた。

「いや、暇なので看病をしていた所だ」

「看病って、リトちゃんが精神に傷をおったのは兄さんの本気の殺気を浴びたせいなのよ。現況が近くにいて良くなるはず無いでしょ!」

「確かに病んでいたな、頭が」

「それは、否定しないけど・・・」

何を言われても決して引かないバートに、逆にアルマが弱腰になる。
それでもリトを見捨てるわけにはいかないとバートの背を押して、部屋の外へと追い出すことに成功する。

「看病は私がするから、兄さんは買い物にでも行ってきてよ。テーブルの上にメモを書いておいたから」

「なんで俺が」

「暇だってさっき自分でいったじゃない。頼んだからね」

いささか強めに閉じられたドアを見て、怒らせたかなとバートはかゆくも無いのに頬をかいた。
もっとも怒らせた原因が、リトを苛めた事に思い至る事はなかった。





「おばさん、このメモに書いてあるものを適当にくれ」

特に声を荒げているわけでも、威圧しているつもりもバートにはない。
なのに今までのお店と同じように八百屋のおばさんが棚から物を落とし、後ずさった時に躓いて尻餅をついた。
あまつさえ、幽霊でも見たかのようにバートを指差し言葉を発せられないでいるのは何故だろう。

「バート・・・そうか、あんた」

なぜ行く先々で示し合わせたように同じ台詞が飛び出し、哀れんだ目を向けるのか。

「おばさん」

「いいんだよ、何も言わなくても。何時かちゃんとアンタの心を、いやそれはないか。この世界のどこかにあるかもしれないアンタのいい所を見てくれる人が現れるはずさ」

全く同じ台詞はこれで三度目だ。
これまた同じく三度目の返答を行う。

「別に俺は嫁さんを諦めて自分で料理を覚える気になったわけじゃない」

「いいんだよ。つらい時は泣いたって」

そう言ってバートよりも二十センチ程低い背丈のおばさんが精一杯の優しさと残酷さで抱きしめてくる。
本気で泣いてやろうかとある意味覚悟を決めそうになるが、買い物が先だとおばさんを引き離す。

「だから俺は嫁さんを諦めたわけじゃなくて、アルマに頼まれて買い物にきただけだ」

「・・・・・・・・・・・・なんだ。そうかい、ほらメモを貸しな」

長い沈黙の後、ひったくるようにおばさんがメモと買い物カゴを奪う。
メモをひったくられた事より、その前の沈黙が気になったが、やぶ蛇になりそうなので問いをグッと我慢する。
そうやって世間のやるせない認識に我慢していると誰かがバートの後ろに立った。

「バート様ではありませんか?」

「メリルか?」

自分を様付けする人物など他にいないと、振り向く途中で名前を言い当てる。

「珍しいですわね、こんな所でお会いするなんて」

「こんな所って」

そう言われてあたりを見渡す。
ここはこの村唯一の商店街、野菜や雑貨などが立ち並ぶ場所。

「いや、こんな所でとは俺が言いたい」

普段着、多少動きやすそうではあるがドレスを着込んだメリルにバートはそのまま言葉を返した。
メリル自身が美女だと言う理由もあるが、その姿は商店街では異彩を放っており、かなりの視線を集めている。
当のメリルはその事に気付いてないようだ。

「屋内にばかり引きこもって居ては気が滅入りますもの。私は少し散歩をしていただけですわ。ここに行き着いたのは、この身に流れる商売人の血のせい・・・とでも言いましょうか」

見た目以外は至極当然の理由に納得させられてしまう。
だがそれでもと反論を試みる前に、背後でボトッと物を落とした音が鳴った。

「ば・・・ばーと、あんた」

「おばさん、人の買い物カゴ落とすなよ」

「いいから、ちょっときな!」

グイグイと引っ張られると、メリルから引き離され店の奥へと連れて行かれる。

「ちょっと、あの人は誰? まさかあんたの恋人じゃ」

「まさかって、それほど歳も離れてるように見えないし居てもおかしくないだろ。・・・恋人ではないけど」

「このおバカ。アンタに恋人なんて存在ができたらあたしゃアンタの養子になってあげるよ!」

「どんな馬鹿に仕方だよ。怒る気も失せる」

数メートルも行かない先のヒソヒソ話に困ったようにメリルが遠慮がちに「あの」と止めに入る。

「いいや、なんでもないんだよお嬢ちゃん。この馬鹿にはいつも困らさせられてるだろ? お詫びといっては何だけど、コレ食べておくれよ。いいのを選んでやったからさ」

「え、ですが」

「いいからいいから、これからもバートを頼むよ」

「それはもう!」

最後の台詞にだけは、はっきりとメリルが応えて真っ赤なリンゴを受け取る。
バートは落ちた買い物カゴを拾い、応援しているのかしていないのかどちらなのかと半眼でおばさんを睨む。
だがおばさんは気付いているのかいないのか、思いっきり片手をバートの背中に叩きつけて笑う。

「ほら、ぼうっとしてないでバート。お嬢さんをしっかりエスコートしてやりな!」

「あまり館からは出たことが無いのでよろしくお願いしますね、バート様」

一人の女性と一人のおばさんの意向を同時に無視することなどバートには出来そうにない。

「わかったよ。ついて来い」

「はい」

不承不承そうに見えてしまうが二人の言葉に従ったバートは、メリルを伴って歩き出した。
だが一言だけ、おばさんに聞こえるように呟いた。

「エスコートするような場所かよ」

その言葉の数秒後、おまけのリンゴが一つ追加されバートの頭にこぶが出来た。





商店街を離れ、人の気配がかなりの範囲でまばらになっていく。
一本のあぜ道は遥か彼方まで続いており、その道に沿うように小さな一軒家が軒を連ねていた。
エスコートと言う表現をされたものの、自分の前をたんこぶを押さえながら黙々と歩くバートに不満を募らせる。
もっともそれ以前に他の不満もあったが。

「バート様、一体どちらへお連れ下さるのですか?」

「ああ、俺の家だ。他に案内するような場所を知らんからな」

不機嫌・・・それに近い感情を抱くバートの声に、メリルは強めの口調で言い放つ。

「私はあの時、恋人だとバート様に断言してほしかったです」

「なんだいきなり・・・あの時? ああ、おばさんの言った事か。断言も何も、俺達は付き合っているわけじゃないだろ? なにも間違った事は言っていない」

「ですが、私は以前からバート様に好意を寄せています。バート様はそれを知りつつも、私に近づきも遠ざかりもせず・・・一体、バート様は私の事をどうお思いですか?」

「もちろん、好きだ。一人の男としてな」

メリルの真っ直ぐな問いかけに、バートは堂々と応えた。
だが少し堂々としすぎでメリルの顔が赤く染まる。

「お前に会って、何年になるか。確かにお前に対する好意を言葉にした事はないが、結婚を考えなかったと言えば嘘になる」

「では、なぜ?!」

「これから言う事は誰にも話したことないし、これからも話すつもりは無い。誰にも話さないと誓えるか?」

立ち止まって振り向いたバートの顔からは不機嫌さが抜け、真面目な瞳がメリルを見つめていた。
誰にも話したことの無いと言う言葉にメリルに緊張が走る。

「もちろん、誓います」

「俺の両親が死んだのは、俺が十の頃でアルマはまだ生まれたばかりだった」

当時を思い出すかのように空を見上げ、バートが語り始めた。

「普通なら村の誰かに引き取られるのんだが、俺はその話を断った。アホだったんだろうな。自分一人でアルマを育て、守り抜くつもりだった。それでアルマが不自由しないように、守りきれるようにと安易に冒険者を選んだ」

たった十歳の頃にと驚き、口元を両手で覆うメリルを尻目にバートは「だが」と付け足した。

「ある日迷宮で瀕死の重傷をおった俺は気付いた。冒険者を選んだのは良いが、俺が死んだらアルマはどうなるのかと」

「それはおいくつの頃で?」

「十八だ」

「少々気付くのが遅かったのですね」

「中途半端に強かったからな」

自分の限界を、越えられない違いを垣間見た事があるかのような呟きだった。
バートは知っているのだ。
一冒険者で終わるような自分と、いずれ伝説となって残るような人物の絶対的な壁を。

「それから俺は適度な収入と安全性のあるフロアマスターを選んだ。全てはアルマが幸せに、真っ当な男と結婚するまで、俺自身の事は後回しにしなければならない」

「それが私を抱きも拒みもしない理由ですか?」

「ああ、だがお前が俺を待つ気があるのならば、必ず俺はお前の元に赴くだろう。それだけは間違いない。だから」

バートはカゴから一つリンゴを取り出すと、腕力で真っ二つに割ると程よく熟れた実から果汁がとんだ。
その片方をメリルに渡すが、渡されたメリルはその意図が読めず困惑している。

「誓いだ」

「誓い?」

誓いとリンゴの繋がりがわからずますます困惑する。

「アルマが真っ当な男と結婚した暁には、このバート・ティレットが必ずメリル・アーステリアを迎えに行く」

誓いの言葉を述べたバートはそのまま一口半実のリンゴのを口にした。
それがこの誓いの方法なのかと理解したメリルが、自らの手の内の半実を見る。

「このメリル・アーステリアは、いつまでもいつまでもバート・ティレットを待ち続けます」

誓い終わった後で、リンゴを一口ふくむ。
だがメリルは抱いていた疑問を口にする。

「あのバート様、この誓いの方法は何処の地方のものなのですか?」

「いま俺が考えた」

「今ですか?!」

人生を左右するような誓いを、今考えただけの誓いに乗せたことに驚き叫ぶ。
それではあまりにも軽すぎる誓いではないかと思うのだが、バートの目は真剣である。
メリルには判断がつかなかった。

「誓いの方法に意味を求めてどうする。問題は誓いの内容だ」

「そう・・・ですわね」

再び歩き出したバートに続きメリルも歩き出した。
確かに誓いは方式ではなく、その誓いの内容が重要なのだ。
誓いは守るべきもの。
そう思うと足をはやめてバートの直ぐ横を並んで、腕を組んで歩く。

「それだけの事を言ったのですから、文句は言わせませんわよ」

「それぐらいかまわない」

「今度何処までがかまわないのかも教えてくださいな」

「ああ」

少し喋りすぎたなとバートは頭を掻いた。
何処までと言っても、メリルにあまり近づかなかったのは我慢するのが大変だったからというのもあるのだが。
腕から伝わる温もりと柔らかさに、自然と念仏を唱え雑念を追い出す。

「ところでバート様の家はまだなのですか?」

「もう見えている。あの少し小高くなった丘に見える屋根が」

そう言ってバートがとある屋根を指差した時、その屋根が爆散して燃え出した。
どうやら魔術的な爆発だったようで燃え広がる前に炎は風に消えていった。
唖然とする二人の下に聞いたことのある声が、炎を消し去った風に乗って届いた。

「私は誰の運命にも従わないです。だから例え自らの命を縮める事になっても!!」

「木の葉を燃やす前に家がもえちゃうよ!」

「大は小をかねます!」

「間違ってる。間違ってるよ。兄さん早く戻ってきて!!」

ぶち破れた屋根からあまりにもショボイ炎の矢が数本飛び出してくる。
どうやら最初の屋根を吹き飛ばした一撃で魔力を使い果たしているようだ。

「あんのアホ」

「バート様、私思うのですが」

「いい、言わなくても。解っている」

みなまで言うなと片手で遮るが、メリルは止まらなかった。

「とりあえずリトさんは放逐した方がアルマさんの為になると思いますわ」

「そろそろ気付いていたわーッ!!」

水滴の雫を残し、バートは家へと走っていった。
そして悲鳴一つがのほほんとした田舎に響き渡る。