The Moon Labyrinth

第四話 それだけは勘弁してください


立派な人物、立派な建物。
総じて立派と呼ばれるものは他の人を萎縮させるものである。
そんな立派と小される建物が今バートとリトの目の前にそびえたっていた。
村を見下ろすような丘に建てられた建物は、とある金持ちの別邸、別荘と呼ばれるものである。

「センセー・・・」

「なんだ?」

搾り出すように声を出したのはバートの背に隠れるようにしているリトだ。

「いくらセンセーでも、白昼堂々と押し入り強盗は分が悪いと思います。ここは一度退いて策を練るのが妥当です。と言うか、まずは魔王の側近さんを降臨させるべきです。・・・私は嫌ですけど」

「なんだか勢い任せに言われるより、淡々と言われる方が腹がたつな」

自分の背に隠れたリトにゆらりと振り返ると、迷わずその手を顔面へと伸ばす。
振り返るスピードとは雲泥の差で伸ばされた腕があっさりと掴んだ。

「三度目の説明はない。心に刻み込んで、そして死ね」

「いたたたた! 死ぬ必要はないんじゃないかとー!!」

リトの悲鳴をあっさりと無視したバートの説明はこうだった。
数週間前にリトが手に入れたスライムの魔石、それを売買する交渉にきたのだ。
以前も説明があったとおりスライムの魔石は使い道こそ皆無ではあるが、その珍しさからかなりの高額で取引される。
それこそこの村どころか街の道具屋でもおいそれと扱えない。
そんな場合はどうするのか、二種類の方法がある。
こういった珍しいアイテムを集めるコレクターと直接交渉する方法。
もう一つは、コレクターとつながりを持つ商人に間を取り持ってもらい、感覚的には商人そのものに売る方法。

前者は金額を自由に変更できるが、逆に売り物の真価を知らなければ安く買い叩かれるのが落ち。
その点商人が相手の場合、仲介料は差っぴかれるものの知り合いであれば安全度は格段に上がる。

「選択肢は二つあるが、この村にはコレクターなんぞ酔狂な人間はいない。大商人もしかりだが、唯一この別荘は違う」

「へっ、こんな立派なのが別荘ですか?!」

「本人が言うにはそうらしいな。コレクターも酔狂な人種だが、大商人も同じようなもんだ」

「同意見です。だってこの村って月の迷宮以外何もないじゃないですか。癒されそうな森林も湖もないですし」

どうしてこんな村にとリトが小首をかしげるとバートは口を閉ざしたまま門に手をかけた。
いかにも理由を知っていますと言った反応だったが、リトにそれを尋ねることは不可能だった。
下手なことを言ってこれ以上師の機嫌を損ねる必要もないし、なによりも。

「センセ―、そろそろ顔面鷲掴みから開放してくださるとセンセ―の手を煩わせずに済みそうなんですが」

あまりにも普通に会話していたため、忘れていたと言った表情でバートがリトを開放する。
その際そのままリトがしりもちをついたが、バートはさっさと門を抜けて扉へと歩いていっていた。





「フロアマスターのバート ティレットだ。この別荘の主、メリル アーステリアに用があって来た」

豪快に扉を拳で叩き声をあげると、即座と言っていい間で扉が開く。
僅かに出来た隙間から顔を出したのはタキシードを着込んだ老人、恐らく執事であろう。

「これはバート様、今日は如何な理由でのご訪問で?」

「珍しい物が手に入ったので、教え子の授業の一環としてきた」

「そうですか・・・残念な理由ではありますが、主人も歓迎こそすれ追い返しはしないでしょう」

理由を聞いた執事が落胆したような素振りを見せるが、直ぐにバート達を館内へと案内しだす。
廊下を歩く間もリトは館の豪華さに目を奪われる。
歩くじゅうたんはそのまま寝床に使えそうなほどに深く柔らかい。
一定の間を保って置かれた花瓶は下品にならない程度の輝きを持ち、さされた花と同じ役割を持っている。
キョロキョロと物珍しそうに歩いているとふいに立ち止まったバートの背にぶちあたる。

「いたた」

「では、こちらの部屋で少々お待ちください。直ぐに主人を呼んでまいりますので」

目の前のソファーにバートが座ったのでリトも鼻っ面を抑えながらそれに続く。

「ぞ、それにしても、センセーほとんど顔パスじゃなかったでした?」

「まあな、ここの主人のメリルとはちょっとした知り合いでな。贔屓にしてもらっている。他の教え子もそうだ。丁度良い、メリルが来るまで商人と冒険者のつながりをもう少し説明する」

バートの目が今度こそ二度は無いと語っていたので、リトは腰を入れて耳を傾ける。

「さっきも言ったが魔石といった珍しいアイテムは普通の店では売れず、コレクターか大商人と直接交渉する。買う側もこの二種類だが売る冒険者側にも二種類ある。一つは今いる場所に住む適当な大商人に売りつけるタイプと、もう一つは特定の商人やコレクターと専売の契約を交わすタイプ」

「前者だとさっきの説明のコレクターと交渉するような危険がありそうですね」

「珍しく聡い発言だな」

珍しいが余計だが、センセ―が誉めるのも珍しいですとの言葉を飲み込んで無意味にリトは頷く。

「前者は出来れば緊急に金が要る場合以外はよした方がいい。八割以上の確率で低下より安く買い叩かれる。後者は契約上他の者に売らないという制限はつくがその商人の傘下の店で割引を受けたりと相手によって特典がつく」

「そう聞くと後者の方が全然まともにきこえますけど」

「そうだな。だがそう上手くはいかない。専売の契約は簡単には結べないからだ。相応の実力がなければ損をするのは商人ばかりだから、色々なテストを兼ねるのが普通だ」

「なんだか、面倒ですね」

「冒険者と商人の関係は深く、今の説明では上っ面もいい所だ。時期に知る時が来るだろうが面倒だけで済ます問題でもない」

そうなんですかと、あからさまにどうでもよさげにリトが頷いていると扉がノックされる。
どうやら説明が一段落するのを待っていたようなタイミングだが、そのとおりだろう。
一拍を置いて大き目のドアが開かれ、入ってきた人物は一言で言うと美女だった。
赤みが掛かった髪を後ろでまとめ、そこに輝く銀の櫛が刺さっている。
そしてメリハリの利いた体を包み込む白いドレスが緩やかな曲線を描いて流れる。
バートの妹であるアルマも綺麗だがそれはあくまで村一番のという程度だ。
だが部屋に入ってきたこの美女はリトが見る限り都会の匂い、令嬢とでも呼べそうな雰囲気があった。

「お久しぶりですわバート様。珍しい物が手に入ったそうですが、たまには一個人としてここに来てくれると嬉しいのですが」

「そのうちな」

「つれないですわね。・・・所でそちらのお嬢さん、は?」

メリルの語尾がつまづいたのには理由があった。
座ったソファーの上で後ずさり、青ざめた顔をして震えだしたからだ。
何をそんなに脅えているのか歯をガチガチと鳴らしている。

「あ・・・ああ」

意味をなさないうめきがリトの口から漏れ、バートとメリルがそろって顔を見合わせる。

「たった三言のうちにとても恐ろしいものが見えました。もう・・・駄目なんですね? 世界が未曾有の危機に陥れられ、多くの屍の中に立つセンセーが見えました」

「何が言いたい」

リトではない誰かを牽制するようにバートが問い掛ける。

「こ、このメリルさんがセンセーに好意をもつような発言を・・・」

「ではこの私がバート様につりあわないと?」

メリルの声色にまずいといった顔をしたバートがとめようとするが遅かった。
何故か天井から降りてきたロープをメリルが引っ張るのと同時にヒュッと風を切る音が聞こえズブっと突き刺す音が聞こえた。
何が起こったか理解したのは全ての現象が収まってからだろう。
小さく悲鳴をあげたリトの顔の横には一本の矢が突き刺さっていた。

「もう一度お尋ねします。この私がバート様につりあわないと?」

「めめめめめめ、滅相もない。つりあわないのはセンセーの方です。非モテで魔王の側近ですから!」

もう一本メリルの前にロープが下りてきた。
今度はそれをバートが引っ張ると、ガコンとソファーがある床が大口を開け、ソファーごとリトが落ちていった。

「あちらをたてれば、こちらがたたずを体感チュ〜〜〜」

ドップラー効果が終わるか終わらないかのうちに、再び床の大穴は閉じてしまう。





「言い忘れたが、メリルも俺と同じ人種だ。発言には気をつけろ」

「できれば助言はもう少しはやく・・・十分すぎるほどに気をつけます」

アレからリトが戻ってきたのは二時間後。
いきなり暗闇の迷路に落とされたようで、中で何かと戦ったのかズタボロになっていた。

「バート様と二人きりの貴重な時間を割いて大体のお話しは聞きましたわ」

何事もなかったように言い切った言葉にか、それともまだバートへの好意が理解できないのか。
ビクリとリトが震える。

「それで実物は?」

「あ・・・私が持ってます」

震える手で斜めに掛けているカバンから小さな袋を取り出し、更に中から拳大の魔石を取り出す。

「では拝見します」

何も言葉を発しずに、魔石をまじまじと観察しだしたメリルに代わりバートが説明を行なう。

「魔石の主な使い道は強化だ。神殿に持っていけば魔石の持つ力、これは大抵魔石化した魔物の能力の一部を体に宿すことが出来る。身体能力の強化、特殊能力。体に宿せる魔石の力は一つだ。もう一つは武具の強化。属性をもたせたり特殊能力を持たせたりできる。これは一つの武具に付き三つで更に装備の数だけ宿せるが、体に直接宿すよりも力は下がる」

「便利ですねぇ。・・・所でスライムの魔石は珍しいだけで役に立たないってききましたけど、何の能力がつくんですか?」

「いや、俺も役に立たないという話を聞いただけで、さすがに実際に試したという話は聞いたことがないな。メリルは何か知ってるか?」

魔石の鑑定に気をとられていたようで、妙な間をもってからメリルがこたえる。

「私も話を聞いただけですが、どうやらスライム相手だけに発動するチャームが出来るようになるらしいですわ。時に迷宮の外にまでスライムが付いて来るようになり、その方は街の出入りを禁止され迷宮内に住んでいるとか」

「確かに何の役にも立たないな」

「ど、どど同感です」

スライムルームのトラウマがよみがえったのかまたもやプルプルとリトが震えだす。
それに気付いたメリルがもしかしてとバートを見る。

「スライムルームの話は本当だったのですか?」

その一言でリトが大きく跳ねる。

「まあな。こいつの前の弟子が優秀すぎたから、コイツの無能さがかなり目に付いてな」

「確かに、あまり向いてそうにはありませんね」

「だいジョぶでふ。二階にいけば、フライムちはおさらばですので」

「・・・二階へ行くのに一階を通ることを完全に忘れた台詞だな」

小さくあっと声が漏れた後、空気の抜けた風船のようにリトの体から力が抜け落ちた。
まあ大体の授業は終わってるからいいかと放置をかまし、鑑定の結果を尋ねる。

「そうですね。大きさと表面の傷のなさからいってかなりの上物です。出来ればもう一つ手に入れて欲しいのですが」

「となると、もう一度コイツをスライムルームに」

と言いかけたところで、念仏のようなささやきが部屋の中に充満する。
発生源を探さなくてもバートの直ぐ横にあった。
気絶しながらも何かを必死に訴えている様にささやいているようで、バートとメリルが聞き耳を立てる。

「・・べん・・・ください、それだけは勘弁してください、それだけは勘弁してください、それだけは勘弁してください」

繰り返しかなりの速さで呟かれるそれには怨念さえ感じ取れる。

「無理みたいだな」

「そうですか・・・二つあれば色々と値を吊り上げる方法もあるのですが」

「メリルなら一つでも十分な値で売れるだろう?」

「その問い方は卑怯ですわ」

値を吊り上げると言った時の商人の顔から一転、可愛らしく拗ねて上目遣いで睨むメリルに微笑みかえす。
確かに卑怯な物言いかもしれないが、信頼があるからこそいえる一言だ。

「わかりました。少し時間をいただければバート様が満足する値で売って参ります」

「ありがとう。俺も出来るだけここには顔を出す」

「それは張り切らなくてはいけませんね」

もう一度微笑みあうと、さてと言ってバートが腰をあげる。

「もうお帰りになってしまうのですか?」

「別に後でもう一度きてもいいが、とりあえずコイツはもって帰る」

言葉同様にいかにも無造作に気絶するリトを持ち上げて背負う。
割と揺り動かされたはずだが、未だにそれだけは勘弁と呟いて起きる気配がない。

「あのバート様」

ずり落ちそうになったリトを背負いなおしているとメリルが心配そうに問う。

「リトさんはただの弟子ですわよね?」

「ただの弟子どころか究極の馬鹿弟子だ。だが面白い。こんな弱っちい奴を育てるのも面白いもんだ。それ以上に不愉快なこともあるが」

満足の行く答えとは違ったが、ひとまず納得したかのようにメリルが頷く。

「究極の馬鹿弟子で終わることを期待していますわ。バート様は過保護な所がありますから。普通のフロアマスターならリトさんを見捨てている所ですわ」

「言ったろ。弱っちい奴を育てる方が面白いって。それに放り出して死なれたりするのも寝覚めが悪い」

それじゃあなとそっけない別れの言葉を残してバートが応接間から出て行く。
リトを背負いながら去るバートを見て、メリルは一人のメイドを呼び出し、ペンと紙を持ってこさせる。
念のためと言う奴だが、リト本人にも釘をさしておくつもりだった。
だが、急に館内に響いたバートの悲鳴に紙の上を走っていたペンが止まる。

「あつ!センセー離れてください。燃え広がる炎が頭部でファイヤーです!」

「寝ぼけて魔術を、しかも人様の背中で唱えるとは・・・覚悟は出来ているんだろうな!」

「あっ、そこ行く執事さん助けてください。魔王の側近さんがぁ!!」

妙に慌しくなった廊下を行き交うメイドの一人を呼び止める。

「バート様になにかあったの?」

「それがリト様が急にスライムがと奇声を上げながらバート様の背中で魔術を唱えまして」

オロオロと説明するメイドの手には水の入ったバケツがあった。
もういいわとメイドを解放すると、メリルは書きかけの手紙を破り捨てた。
色々と状況を想定した結果、リトは自分の相手になることすら出来ないと言う判断である。
そんなことよりお見舞いを理由にこちらから家を訪ねようと次なる算段を始めるメリルがいた。