The Moon Labyrinth

第三話 大丈夫か?


片足を上げ、もう一方の足で地面を思いっきり蹴り出す。
上げた方の足が地面に下りるのと同時に蹴り出した方の足を高く上げる。
一回、二回、三回・・・何度も何度も繰り返す。

暗がりの洞窟の中では時にゴツゴツとした地面に足をとられ、時に天井から突き出る出っ張りに頭をぶつける。
転んでいる暇も、ぶつけた頭を痛がっている暇もない。
今はただただ前へ前へと走り続ける。

こんなに全力疾走したのはいつぐらいぶりだろう。
先月師の家で手料理を作るといってボヤを出してそのまま逃げた時だろうか。
それとも先週とある理由で師に夜襲をかけて返り討ちにあい逃げ出した時だろうか。
それとも三日前・・・わりと頻繁だなと思ったときリトはけつまずくのと同時に天井の出っ張りに頭をぶつけた。
足元と頭部を同時に止められお腹を中心に不恰好に弓なりの格好となった。
体のどこかがミシっと音を上げたのを聞いた。

「いったぁい、たいたいたい。これはもうこのまま巨大化して王都に攻め入るほど痛いです!!」

叫んでいる場合でもないのだが、胸の内を叫ばずにはいられなかったようだ。
巨大化はさすがにできなかったようだが、ひとしきり叫ぶと再び走り始めた。

「センセー、センセー!」

いつもそばにいるはずの師を叫び呼ぶ。

「センセーの可愛い可愛いもうニ、三個おまけに可愛いをつけてもいいような可愛い弟子がセンセーを探しています。このさい次元の狭間とか非人間的な行為にも目をつむるのでどうかご無事でです!」

しがない駆け出し魔術師リト マーファレイ、彼女は月の迷宮の地下一階で師とはぐれたのだ。
つまり迷ったのは彼女の方なのだが、彼女の非正常な脳みそがその事にたどり着けないようだ。
たどり着くのは今から三十分後・・・彼女の絶望が始まる時である。





「はぁ・・・はぁ・・・・・・さすがにこれ以上は無理みたいです。そろそろセンセーの生存を諦める頃合でしょう」

元々体力の少ない魔術師、さらに女の子であるリトは膝に手をつきながら滴り落ちる汗を腕でぬぐった。
どうせ生存を諦めるのなら探し損だなとは不埒な考えだが、一応口に出す事はしない。
もし仮に、魔界の力をつかって師が生きていた場合聞いているかもしれないからだ。
もっとも魔界の力とやらはリトの勝手な偏見だが。

「冒険者心得第十七条、仲間との合流が困難な場合は甘っちょろい事を言わずに見捨てるべし」

かなり歪んだ憶え方である。
本来は「仲間との合流が困難な場合、過剰な探索は己が身を危険にさらすのであらかじめ決めておいた場所(地上)などに行くべし」だ。

「そうと決まればまずは脱出です!」

勢い良く右手をあげたはいいが、空しく声だけが響いた。

「えっと・・・センセー、出口はどっちでしょう?」

もちろん死亡(仮定)した師から返答が返ってくるはずもない。
あまりの静けさにリトの足が勝手に後ずさりした。
その時コツンとあたった石ころがころがり洞窟内に反響する。

「ヒィッ!」

びびりまくりである。
頭を抱え座り込んでしまう。

「こ、こ・・・これは不味いです。これならたまに無意味に殺気をはなつ先生でもまだ居た方がマシです。貴方もそう思いませんか?」

そう言って手をポンとおくとブニュリュっとなんとも言えない感触が伝わる。
そもそも貴方とは誰だろうか。
ここに師はおらず自分以外に誰がいるのか・・・奴しかいない。

「シャーーッ!!」

驚きと共にスライムから飛びのいて距離をとり、今度は一足飛びで距離を縮めて持っていた樫の杖を叩きつける。
おもいっきり叩き付けすぎたせいかスライムの液体が飛び散り四散する。

「はわわわ、服に顔に。猟奇的な匂いがぷんぷんです。ここは潔く転進!」

ようするにまた走り始めた。





「なななな、なんでわざわざ集まってくるんですか。ヌルヌルしてる人は好みじゃないです!」

洞窟をそこかしこに走り回っているうちにスライムが一匹、また一匹と集まってくる。
その理由が自分にあるとはまだリトは気付いていない。
一人が寂しいからと大声で歌っていたものだから、自然と自分の居場所を教えていたのである。

「こないでって言ってるでしょ〜の、えん」

振り向きざまに放ちかけた炎矢をストップさせまた走り出す。

「えっと今の体力から、炎矢は二〜三回・・・頑張れば四回」

だいたい出口もわからないのに無駄に使うべきではない。
今は目に見える形で襲ってきてはいるが、咄嗟の奇襲のためにもある程度は残しておかなければいけない。

ちらりと後ろを覗くと、七匹ほどいたスライムの集団に速いもの、遅いもののばらつきが出てきている。
体を支える為ではなく止める為に右足を地面に叩きつけ、上半身を回転させ左手に持った杖を振り回す。
一番先頭にいたスライムが一匹その一撃で飛び散った。

「ああ、やっぱりやるんじゃなかった。猟奇的二番隊!」

走りながらも猟奇的にならない方法を必至に考える。
直接打撃はえぐい。
炎矢は温存しなければならない。
センセーは優しさを知るために一度天界へ行くべきだ。
アルマさんの胸は反則的に大きい。

半分関係ないことだが、走り続けていると一本の袋小路になっている道の前を通りすぎる。

「これだ!」

すぐさま方向転換、袋小路へと走りこむ。
袋小路ゆえ当たり前のように行き止まり、壁を背にしてリトは振り返った。

エモノを追い詰めた事が理解できているのか、後続が追いつくのをまってから距離を狭めてくるスライムたち。

「むっふっふ。所詮は単細胞、人間のなかでも更に飛躍的な頭脳をもつ私には叶わないようですね」

スライム相手に勝ち誇っている姿はある意味飛躍的か。

「世間は冷たいタイトロ〜プな炎矢!!」

樫の杖を一本道に並んだスライムに向けて伸ばすと、体中から腕に集まり、腕から樫の杖へ熱い力が流れ込む。
始めは小さな灯火が徐々に大きくなる様は触れれば火傷をするとわかっているのに人を魅了する。
そんな不思議な炎が放たれスライムたちを焼き尽くす。

そこまでは予想通りだったが、彼女はこれと同じ経験を以前もしたことがあった。
前方から遅い来るスライムを焼きつきくした時の煙、リトは容赦なく吸い込んだ。

「ゲホゥ、これはヤヴァイです。にがからい!!」

煙のなかを這いつくばりなんとか一本道から這い出る事に成功する。
そのときスライムのミディアムに焼きあがった体がスカートに付着してしまったが、これはもう諦めるしかない。
とりあえずは条件を満たしつつ殲滅したと両手を後ろにつっかえてだらしなく足を投げ出した。

そんなほっと安心したその一瞬、なにかがリトの肩に舞い降りた。
悲鳴をあげるより魔法を使うほうが早かった。
もはや温存などと言っている場合ではない。

「だいじょ」

「しつこいったらありゃしないの炎矢!!」

「なっ!」

炎が舞い踊る中、いまの声を何処かで聞いた事あるようなとリトの中で誰かが呟いた。
しだいにショボイ花火のようにチロチロと炎が弱まり、マッチ程度になった時標的の姿があらわになった。
自分の型に置かれたのは人の手であった。

「あ・・・あら、センセー。素敵なパーマですね。とってもお似合いですよ、ほら笑って笑って」

癖毛の混じった髪が、焦がされたせいで確かにパーマのようになっていた。
そして魔王の側近が容赦なく降臨していた。

「洞窟で大声で歌う大馬鹿がいると思ってついてくれば・・・まあ、一本道に誘い込んだのは褒めてやろう」

「喜んだり照れたりしていいんですよね。センセーってば死刑囚の後悔処刑を侮蔑の目で見る被害者遺族のようですよ?」

「ふっ」

それは一体どんな意味をもった笑いだったのだろう。
バートは着ているレザージャケットやズボンなどから携帯食料をありったけ探し出しリトに投げて寄越す。
とりあえず腹ごしらえをしてから洞窟からでるのかなと思ったリトは甘かった。

「だいたい三日分、きりつめれば五日分はあるだろう」

「はあ・・・センセー、洞窟を出るには道さえわかれば一時間かからな・・・・・・な、な」

ニヤリと笑ったバートの意図が読めたのか、リトの言葉が続かない。

「道は教えてやらん、地図もやらん。己が道とは自ら獣道を踏みしめ開拓する物なり。さらば!」

「ああ、咬む事無く言えるってことは、なんだかとっても用意してあったチックな捨て台詞?!」

凄い勢いで走り去る師を急いで追いかけようとしたが、万が一に携帯食料を置いていくわけにも行かない。
慌てて視界に移る全ての形態食料を抱え込んだ時にはすでに・・・師の姿は消えうせていた。

「センセーの非モテー!!」

今日最大の大声での最後の反抗。
その直後突然の突風でリトの体はあっけなく吹き飛ばされるが、その風の正体をリトが知るのはまだ数ヶ月も先のことである。 まだまだ一人前の道は遠い。