第三話 再会、見知らぬ人なのに不思議なの
 瞳を開き、目覚めたことを自覚したあかねは、新築の匂いが漂うそこが自分の家でも、ましてやはやての家でもないことには直ぐに気付いていた。
 寝かされていたソファーから体を起こし、愕然としつつも強く拳を握り締めていく。
 ここが何処なのかは大方予想できているが、何処かなどと言うことはたいした問題でもない。
 問題なのは記憶に新たな欠落が出来ていることである。
 部屋を見渡し置いてある時計を確認すれば、なのはとフェイトに誘われ家を出てから二時間程度経っている。
 確実に起こりつつある自らの体の異変を恐れる心を隠すように、代わりに怒りがこみ上げてきた。
 握り締めた拳を激情に任せるままに先ほどまで寝ていたソファーの背もたれに叩き付け、端的な心情を口から漏らす。
「一体、なんなんですか。僕に、どうしろって言うんですか」
 医者に見てもらえば異常はないと言われ、今回はなのはとフェイトの二人の前で意識を失ったはずなのに二人ともこの場にいない。
 何かがあったはずなのに、周りは何事もなかったと判断し、何事もなかったかのように振舞っていく。
 自分が狂っているのか、周りが狂っているのか。
 一度は振り下ろした拳を再度振り上げたが、それが振り下ろされることはなかった。
「起きたのか?」
 かけられた声に振り返ってみれば、少し大人びた表情を持つ少年が飲み物を片手にそこにいたからだ。
 直接的な会話はしたことはなかったが見覚えのある姿に、あかねが思い出すより先に少年が答えてきた。
「クロノだ。以前に海鳴公園で君がフェイトに会った時、あの場には僕もいた」
「ああ、そう言えば。フェイトさんのお兄さんですか?」
「親戚のようなものだとでも思ってくれ。飲みさしで良ければ、飲むか?」
 冷蔵庫から取り出されて間もないのか、まだまだ冷えていたジュースを受け取り口をつける。
 冷えたジュースが喉から染み渡り、ほんの少しだが血が上った頭に冷静さを取り戻させてくれた。
 感情の赴くままに新品のソファーを殴りつけたことに罪悪感を覚え、ジュースを持っていない方の手で殴りつけた場所を癒すように撫で付ける。
 そばにクロノがいたことに直ぐに気付いて、端から見れば妙に見える行動を止めるとペットボトルを返して問いかける。
「あの……僕はどうしてここで、寝ているんですか?」
「フェイトの部屋をなのはと一緒に整理している途中で、寝てしまったんだ。ここまで運んだのは僕だ。二人はまだ部屋を片づけている」
「そうですか、お手数をおかけしました」
 クロノの言葉に直感的に嘘を感じながらも、何故かあかねはペコリと頭を下げていた。
 そして下げている自分に驚いていた。
 嘘があると、その中に記憶の欠落に関する何かがあると感じつつも、何故かクロノを見ていると問い詰める気が起きない。
 まるで以前に目標としていた理想の父を前にしたような、一種憧れにも似た感情がこみ上げてくる。
「一つ聞いても良いですか。僕がクロノさんに会ったのは、あの時が本当に初めてですか?」
「君は思い出せない記憶について、なのはに尋ねたことはあるのか?」
「いえ、ありません」
「なら答えられない。君は約束したのだろう、自分で思い出すと。約束を違えようとするのは君らしくないな」
 クロノの言葉は保留を示しながらもほぼ肯定を示していたが、あかねはクロノが発した言葉の一部に気を取られていた。
 約束を違える、そう言われ心臓が悲鳴をあげる様に高く跳ね上がる。
 人の力を借りてまでも思い出そうとすることよりも、あかねの今の思いは酷かった。
 約束自体を重荷に感じて、なかったことにしたがっていたのだから。
 守れるものならば守りたい気持ちはあれど、半年と言う時間をかけて切欠一つないままに今に至る。
 約束が、胸元で揺れるペンダントが、なのはという少女の存在があかねにとっては何処までも重かった。
 気がつけば深い沈黙に陥る中で、先に声をかけたのはクロノの方であった。
「今の君にとってはそうでもないかもしれないが、僕にとって君は知らない人間でもない。相談に乗れるかどうかわからないが、話を聞くぐらいは出来るぞ」
 それはあかねにとってとても魅力的に聞こえる提案であった。
 一番身近にいる母親は基本的に真面目な態度が長続きしない人であるし、父親に相当する人物は元からいない。
 友達にしても中心になのはがいる限り相談は不可能で、なのはの家族である恭也や美由紀も同様である。
 なのはの知り合いにしても、フェイトを通した間接的な付き合いのみであろうクロノは相談相手に打ってつけであった。
「聞いてもらえるのなら」
 お願いしますと言い切る前に、来客を告げるインターフォンが二人の間に割り込んでいた。
 なんとも間が悪いと言った顔を互いにするも、応対に出向かないわけには行かない。
 クロノはすまないと断りを入れてから玄関へと向かっていったが、直ぐに戻ってくることになった。
「あかね、君にだ。僕はフェイトとなのはを呼びに行くから先に行っていてくれ」
「僕にですか?」
 今いるのはクロノやフェイトの家だと言うのに、何故自分にお客なのか。
 向かった先の玄関で待っていたのは、お出かけ用の少しめかし込んだ衣装を身に纏ったすずかであった。
 考えても見ればそろそろお昼の時間であり、フェイトの歓迎会の集合時間になりつつあったのだ。
「あかねさん、こんにちわ。先に来てたんだ」
 ただそう呟いたすずかの顔は少し引きつっており、答えは直ぐ横にあった。
「アリサ、もう十分だろ。いい加減に放して」
「全然十分じゃないわ。久しぶりなんだから良いじゃない。それともなに、不満でもあるの?」
「それはないけれど。あ、あかね。ひさしぶり、じゃなくて助けて!」
 何処か不幸な星の下に生まれていそうな少年の腕にアリサが抱きついており、ぐいぐいとその腕を引っ張っていた。
 アリサに特定の恋人が出来たと言う話はちらほら聞いていたが、いざ目の当たりにすると中々のインパクトであった。
 普段のアリサを知っているだけに、一目で解るベタ惚れ状態とのギャップが激しいのだ。
 唯一の救いは何故かあかねに救いを求めてきた少年が、アリサの行動をもてあましていることだろうか。
 これで少年までもがアリサのように積極的であれば立派なバカップルである。
「初対面の相手に久しぶりと言われましても。馬に蹴られたくもありませんし。えっと、ごゆっくり?」
「ああ、そうだった。ユーノ、ユーノ・スクライア。覚えておいて、それで助けてくれるとありがたいよ」
「どうして助けが必要なのよ。そんなこと言ってると、この後の翠屋で禁断の行為、パフェとか甘いものをあーんとかするわよ。みんなの前で!」
「アリサちゃん、一応目的はフェイトちゃんの歓迎会なんだけど……」
 弱りきった声ですずかが主張を試みるも、完全にたがが外れきったアリサには届くことがなかった。
「違うわよ、すずか。フェイトと、ユーノの歓迎会なの。二人の歓迎会だから恋人である私が甲斐甲斐しく世話しても問題ないわ」
 二人のとは言っているが、どうだとばかりに胸を張っているアリサがどちらに主眼を置いているかは、改めて尋ねるまでもない。
 ユーノはアリサに振り回され、すずかもお手上げだとばかりにあかねに助けを求めてくるが、あかねにだって止められない。
 むしろ今のアリサを止められる人間がいるのだろうかと言う疑問さえ、浮かび上がってくる。
 ならばとるべき手段は一つ、曲がりなりにも恋人と言われ否定しなかったユーノが悪いとして、生贄に差し出すしかない。
 あかねはすずかにアイコンタクトで確認を行い、戸惑いながらもすずかは頷いていた。
 二人でそろって、アリサとユーノからわざとらしく視線をそらした。
「ど、どうして二人とも急にそっぽを向くのさ」
「気を利かせてくれたに決まってるじゃない」
 狼狽するユーノの声と喜びの声を挙げるアリサの声を背中で聞きながら、あかねとすずかは聞かない振りを続けた。
 何を言われようと、何が背後で起こっていようと決して振り向かないと決めてかかる。
 ある意味で責め苦に耐えるような行為を終えられたのは、パタパタと廊下を小走りで駆けながらなのはとフェイトが現れたおかげであった。
「アリサ、すずかいらっしゃい。ユーノ、お迎えありがとう」
「久しぶり、フェイト。いつもビデオメールありがとね」
 さすがに主賓の一人を前に私事にかまけるわけにはいけないとでも思ったのか、アリサが一度ユーノの腕を放したからだ。
 ただしこの際にと逃げ出そうとしたユーノの服の袖はしっかりと掴んで放さなかったが。
「すぐにお出かけできる? お部屋の片づけが残ってるなら、お手伝いできるけれど」
「なのはが手伝ってくれたから殆ど片付いてるよ。あかねもお手伝いありがとう」
「あかね君、寝不足だったみたいだけど大丈夫なの?」
「お役に立てず申し訳ないです。仮眠は取れたので平気です」
 クロノの言葉からそうなっているはずだと、あかねは何があったか詳細に尋ねたい気持ちを飲み込み取り繕うように苦笑した。
「フェイトさん、お友達?」
 落ち着いたその声は、なのはとフェイトの後ろからであった。
 フェイトの母親に見えなくもない若草色の髪を持つ女性を見て、アリサとすずかがこんにちわと挨拶を交わす。
 あかね自身は自分が挨拶をしたかどうかも定かではない為、軽く会釈するに留める。
「どうやら皆おそろいの様ね。これから翠屋に?」
「はい、その予定です」
 問いかけになのはが答えると、女性は少し思案顔をした後で思いも寄らぬ言葉を発してきた。
「それは丁度良かったわ。私も翠屋に用事があったから」
「リンディていと……さん、用事って」
「あかね君のお母さんと待ち合わせをしていたの。これからご近所さんになるんだし、翠屋に挨拶に行こうと思ったら向こうから一緒にどうですかって」
 言葉の意味がわからず、もっとも目を丸くしたのはあかねに他ならなかった。
 母親が翠屋に顔を出すこと事態は特にいつものことであるが、何故そこで目の前の、フェイトの母親らしき人であるリンディに連絡をとるのか。
 そもそも自分が知る限り、リンディは母親の知り合いとしてこれまで影も形も無かったはずである。
「僕の母親を知っているんですか?」
「最近は少し疎遠だったけれど、あかね君のお母さんとは結構古い知り合いなのよ」
 ウィンクと一緒にリンディがそう教えてくれたのだが、あかねにはそれが嘘か本当か判断する術はなかった。





 翠屋の手前に面した道路にオープンカフェとして並べられた数台のテーブル、その一角にあかねらは座っていた。
 急遽加わったユーノを入れて六人もいるため、丸テーブルを二つ無理やりくっつけてのことである。
 アリサはユーノと二人なら別でもと言ったのだが、これにはユーノが激しく抵抗を示したのだ。
 あまりの抵抗振りにアリサの機嫌は降下の一途であったが、結局は二人が隣り合うことでなんとか落ち着くことになった。
 だが一度落ちきった機嫌は回復が難しかったのか、今現在ユーノは皆の目の前でアリサからパフェを食べさせられている。
「ほら、早く次。口をあけなさい」
「ちょっと待って、まだ飲み込んで」
「私が食べさせてあげてるんだから、文句言わない」
 甘い空間と言うよりはいささか殺伐とした感じを受けるが、ユーノの自業自得でもあるためあかねらは目の前の光景を一時見ないことに決めていた。
 むしろ甘い空間が近距離に出来なかったことに感謝すべきである。
 あかねはフェイトの飼い犬であるアルフを膝に乗せた状態で頭を撫でつけながら、そう言えばと思い出したことを口にした。
「あのマンションに部屋があるってことは、フェイトさんは海鳴市にお引越しなんですよね? てっきり、一時的に遊びに来るものだと思っていたのですが」
「うん、私も鳴海に住むことになったの。お母さんの仕事の関係で、リンディさんは臨時の保護者なの」
「リンディさんって、フェイトちゃんのお母さんじゃなかったんだ。違和感ないからわからなかった」
 あかねはすずかと二人して、店内でなのはの両親である士郎と桃子に挨拶しているリンディの後姿を眺めた。
 なにやら大人の会話で会釈を繰り返す様は、日本人の様な振る舞いである。
 話を聞く限りリンディがクロノの母親で、フェイトはその親戚。
 はやてもまた親戚のシャマルやシグナム、ヴィータと住んでいたし、親戚同士の同居が流行っているのだろうかとあかねは思っていた。
「そうだ、海鳴市に住むってことはフェイトちゃん学校は? 行くなら、聖祥にしない?」
「が、学校? 私、そういうの行ったことないから」
「絶対に行った方が良いよ、その方が楽しいし。もっと沢山一緒にいられるから。あかねさんもそう思いますよね?」
「そうですね、こうして知り合いがいるのに、わざわざ別の学校に行く理由もないですし。そうするべきだと思います」
 三人から勧められたフェイトであったが、自分の一存で全てを決められないのか困っている様であった。
「でも、そうなったら嬉しいかな」
 ただフェイト自身の気持ちは、あかねたちと同じであったようだ。
 はにかみ頬を紅潮させながらも頷き、そう自分の気持ちを呟いていた。
 フェイトの気持ちがそうであるならば、ためらう理由はどこにもない。
 皆で一度フェイトの保護者代わりであるリンディにお願いしてみるべきか、話がそこまで進んだ所にその人は現れた。
 一抱えもある箱を突然テーブルの上に置いてフェイトに差し出すと、満面の笑み、あかねにとっては多少胡散臭いそれを浮かべながら言った。
「そんな可愛いフェイトちゃんには、これを進呈」
「また唐突に現れましたね。リンディさんなら店内ですよ?」
「あかね、人がフェイトちゃんに話しかけてる時に割り込まないの。ほらフェイトちゃん開けてみて」
 戸惑う視線で確認してもあかねの母親は頷いて促すだけであり、フェイトは言われるままに目の前に差し出された箱に手を掛けた。
 包装紙を丁寧に剥がしていき、蓋を開けたそこにあったのは真っ白な布。
 ただしその布には襟があり袖があり、その上にはリボンが添えられていた。
「聖祥の制服だ。あかね君のお母さん、どうしたんですかこれ?」
「実は以前からリンディさんとプレシアさんに頼まれてて、お店に注文しておいたの。今日はそれを渡す為に、待ち合わせをね」
 驚きで頭が真っ白になっているフェイトの代わりに尋ねたのは、なのはであった。
 あかねの母親の口ぶりから、かなり前にフェイトが聖祥に通うことは親同士の間で決まっていたようだ。
「あら、中でも丁度その話をしている所に届いたみたいね。お久しぶりかしら」
「そうなるわね。フェイトちゃん、サイズはあらかじめ聞いておいたからピッタリのはずよ。それに一週間以内なら再度直しを入れてもらえるし」
 あかねの母親の姿を確認したのか、店内にいたリンディが顔を出しにやってきた。
 互いに軽く手を挙げて挨拶を交わし合うと、真新しい制服を前にまだ目を輝かせているフェイトに視線を戻す。
 さすがに士郎と桃子はお店のことがあるために店内に残ってはいるが、気になっているのかちらちらと視線を寄越してきていた。
「でもリンディさん。私、学校に通うために」
「それは言いっこなしよ。これはプレシアさんの願いでもあるんだから。貴方の力が必要な時には、ちゃんと連絡は入れます。だから、大丈夫よ」
 実の母と保護者のお墨付き、再度聞かされた大人の思いに押されフェイトは制服が納められた目の前の箱を手にし、胸に抱きしめる。
 戸惑う様子は見せたものの、なのはと同じ聖祥に通いたくなかったわけでは決してない。
 そうだったら良いなという願いが突然叶う形となり、どうして良いのか解らなかったのだ。
「あの、ありがとうございます」
 短くありきたりな言葉に、万感の思いをのせて呟くので今は精一杯であった。
「よかったね、フェイトちゃん。これで明日から一緒の学校に通えるね」
「それならいっそ、同じクラスになれるといいね」
「その辺り、なんとかならないんですかね。フェイトさんは外国の方ですし、知り合いがいた方が気が楽ですよね」
「ユーノは、ユーノは聖祥に通わないの?」
 わいわいと盛り上がる中で、ポツリと漏らしたのはアリサであった。
 だが言われて見れば最もな話であり、パフェを無理に食べさせられグロッキー状態のユーノに皆の視線が集まった。
 ユーノもなのはたちと変わらぬ年頃であるし、あかねは知らぬことであるがこちらに常駐することが決定している。
 この状況でフェイトだけが聖祥に通うというのは、少しばかり不自然でもあった。
「一人ぐらい増えてもなんとかなると思うけれど、制服は急いで調達しないと。ユーノちゃんって体のサイズはどれぐらい? フェイトちゃんと同じぐらいだと話は早いんだけど」
 ただしあかねの母親が尋ねたこの台詞は、根本的なことを理解していないことを示していた。
「母さん、ユーノさんは男ですよ。多少、女顔であることは認めますが」
「お、とこ。ユーノちゃんが……じゃあさっきからアリサちゃんにパフェを食べさせてもらっていたのは、仲の良い友達だからじゃ」
「私の恋人だからです。ちなみにフィアンセでもあります」
 アリサが頬を染めながら肯定したことで、あかねの母親は腕を額に乗せながらよろめくように一歩後ずさっていた。
 なにやらショックですと言う言葉を体現しつつ、誰にも気付かれないうちにユーノの背後へと回りこんでいく。
 そして次の瞬間、
「ユーノ君、ちょっと向こうでお話しようか?」
「え、えッ?!」
 あかねの母親はユーノの襟首を片手でつかみとり、その体を高々と持ち上げていた。
 これまでずっと穏やかであったあかねの母親の声の質が明らかな変貌をとげ、持ち上げられたユーノは状況が飲み込めていなかった。
「良く解らないですけれど、落ち着いてください。こうされる理由が僕にはさっぱりわかりません」
「理由は、私だけが知っていればいいの。でもどうしても知りたいのなら、教えてあげる。アリサちゃんは、アリサちゃんだけじゃないの。ここにいる子たち全員はうちのあかブッ!」
 突然の怒りの理由をあかねの母親が言い切るより前に、小さな拳がお腹の上にめり込んでいた。
 横隔膜でも痛打され呼吸困難に陥ったのか、力の抜けたあかねの母親の手からユーノがぼとりと落ちた。
 攻撃した張本人はぐらりと傾いた自らの母親をなんとか支え、その腕を首の後ろに回して抱え込んでいた。
 何度も練習したかのような流れる動きに、誰も突っ込む暇はなかった。
 そしてペコリとこの場の全ての人へと、あかねが頭を下げた。
「母が持病の発作を起こしたようです。このままでは皆さんに迷惑をかけますので、お先に失礼します。フェイトさん、明日学校でお会いしましょう」
 抱えた母親の体を引きずるようにして、あかねは天下の往来を人に道を譲られながら帰って行った。
 あかねの母親が何故突然ユーノを持ち上げたかは不明であったが、あかねの性質を良く知るなのはやフェイトは特に驚いていた。
「あかね君が人を攻撃した。絶対に誰にも手は出さないはずなのに。もしかしてそれだけお母さんは特別なの?」
「びっくりした。大丈夫かな、あかねのお母さん。あの位置を攻撃されたら呼吸できなかったはずだけれど」
 ずるずると自分の母親をひきずるあかねの姿が豆粒ほどになったところで、一人事情を察したリンディは呟いていた。
「さすがに四人は欲張りすぎね。でもその気持ち、良く解るわ。皆可愛いし、私の家にも誰か一人ぐらい来てくれないかしら。あかね君と違って、女の子の影も形もないんですもの」
 戸惑う少女四人をそれぞれ見渡し溜息をついたリンディは、あかねの母親と同じような気持ちを大きさは違えど持っていたらしい。

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