気持ちが悪い、小さなわだかまりが結果として残した罪悪感がジクジクと胸の中を腐らせていくようだった。 あの時なのはが胸を貫かれながらスターラーイトブレイカーを放ち結界を破った後、アリシアは逃げるように自分を別の場所へと転送させた。 自分の中にある暗すぎる感情にどう対応すればよいのか解らず、とにかくあの場所から逃げ出したかった。 なのはを意図して見捨てたことに対してフェイトに何を言われるのかわからず怖かった。 アリシアは負傷している体を引きずるようにしながら、人通りが絶えて久しい道路を何処へ向かうでもなく歩いていた。 結界が破られたばかりとはいえ、このままでは誰かに見つかってしまうかもしれない。 早くあかねの体を家まで送り届け、何事もなかったかのようにしなければならないのに、押し寄せる後悔が足を鈍らせる。 「私、どうして良いかわからない。もう、テスタロッサでも、ゴールデンサンでもない。ただのアリシアだよ」 誰にも謝ることはできず、誰にも相談することもできない。 いや、その資格すらないのか。 一人ぼっちの状況に耐えられず、アリシアの心が揺れたことであかねへのユニゾンが解け始めた。 部分的にだがバリアジャケットが解除され始め、髪が明暗を繰り返すように金色と黒色で繰り返し変わる。 「帰らないと、あかね君だけは」 それだけはと涙を拭い、早くと急かしても足は殆ど動かず、魔法も発動しない。 なんとか体を立て直そうとすぐそばの塀に手を付いて体を進ませるが、それも長くは続かなかった。 「あっ」 家の門にあたるのか、塀が途切れたのを切欠に体が大きく傾き倒れこんだことで、ついにユニゾンが解けてしまった。 アリシアの面影が一切なりを潜め、あかねの姿が戻ってくる。 フェイトと同じだった金色で長い髪が短い黒髪に、体つきも少しだけ大きくなり、バリアジャケットもまたあかねの私服へと戻っていった。 アリシアの意識はゴールデンサンの宝玉に閉じこもり、再びあかねのリンカーコアの正常動作に全力を注がねばならなくなる。 あかねの体は両者の意識のないまま、誰とも知れぬ人の家の門前に倒れこんだままで、寒空の下で放置されることになってしまう。 ここが人気のない路地裏か何処かであれば危険な状況であったろうが、幸いここは民家の門前であった。 物音に気付いたのか、玄関に取り付けられていた明かりがつけられ、暗がりの中で倒れこんでいたあかねの体を照らし出す。 「皆、帰ってきたんか?」 小さく開かれた玄関から聞こえてくるのは、海鳴市ではあまり馴染みのないイントネーションを含む声であった。 目が覚める直前、真っ先に感じた違和感は鼻から流れ込む空気に含まれた自分の家のものとは違う匂いであった。 何故と疑問に思いながら瞼を開きベッドではない何かから体を起こそうとして、手の指先から頭、足の先までいたるところに激痛が走る。 寝ていた場所から転げ落ちひざまずく形となったあかねは、痛みに耐えかねた苦悶の声もあげられない。 特に痛むのは右わき腹と左太もも、まるで刃物で刺されたかのような痛みが何度も何度も鼓動のように貫いていく。 そこへ手を当てても血が出ていたりと言った異変は見られず、繰り返される痛みだけが何かが起こっていたことを主張していた。 「ごめんな、ベッドは二階やもんやから運ぶに運べへんでソファーに寝かせてもうた。あかね君?」 馴染みと言うほども聞いた記憶のない声であったが、しっかりと覚えていたあかねは、苦悶の表情を必死に押し殺し顔を上げた。 車椅子に乗ったまますまなそうにこちらを覗き込んでいたのは、最近親しくなったばかりのはやてであった。 その顔を見ただけで痛みが薄れた気がしたのはただの錯覚か、知り合いがそばにいたことの安堵か。 様々な疑問の思いを込めて、その名を呟く。 「はやて、さん?」 「そやよ、大丈夫やったか? 皆が帰ってきたと思ったら、あかね君が玄関先に倒れとるんやもん。もう遅い時間やし、何しとったん?」 「はやてさんの家? 何をしていたって……」 平静を装い、体を蝕む痛みを飲み込んだあかねは一度立ち上がり、ソファーに座りなおした。 改めてあかねは、ゆっくりと居間らしき部屋を見渡した。 キッチンと繋がったタイプの居間は、明らかに自分の家ではなく、目覚めの瞬間に感じた違和感も理解できる。 なによりも今目の前にはやてがいることが、彼女の言葉を肯定していた。 ここがはやての家だと言うことを再認識しつつ、今度は自分が何をしていたのかを思い出そうとする。 最後に時計を確認したのは食後の七時頃であろうか、ベッドの上ではやてとメールをしていてそれからどうしただろうか。 「携帯……あれ、持ってない。はやてさん、僕が送ったメールって何処までですか?」 「急に返ってこなくなったから、寝てしまったんかなって思ってたんやけど。シグナムの服についての話してたあたりやな」 「シグナムさんの、ああ。可愛らしい服を着て欲しいって」 しっかりと覚えている。 大雑把にではあるが、七時から七時半の間であるはずである。 思い悩んだ結果、携帯をベッドの上に放り投げて、その後からがすっぽり抜け落ちたように記憶がない。 確かにベッドの上にはいたが、寝てはいないはずである。 楽しいメールの最中になのはのことで思い悩んだまま寝てしまうほど図太くはない。 その後で何かがあったはずだ。 だが何度思い返してみても覚えていなかった。 時計の針はすでに十時過ぎを指しており、半年前に二ヶ月の間の記憶を失ったかの様に二時間程度の記憶が消えていた。 たかだか二時間とは言え、これで記憶の中に空白のが生まれたのは二度目。 記憶を失ったのではなく、失い続けるのだろうかと恐ろしい考えが浮かんでしまった。 「大丈夫? あかね君、顔が真っ白やよ。倒れとったし、救急車呼ぼうか?」 心配そうに言われはっと我を取り戻したあかねは、取り繕うように笑いなんでもないことを示すために笑った。 「大丈夫です。たぶん散歩に出かけたまま、迷子になっただけです。ご飯の後だったので眠かったですし、そのせいかもしれません」 「道に迷ったんなら、直ぐに人に聞かなあかんで。私が見つけたならよかったものの、こんな寒い時に外で寝てたら風邪ひいてまう」 心配から呆れたに変わったはやての表情にほっとしたあかねは、とりあえず問題を棚上げすることにした。 空白が存在する記憶、空白が生まれ続けるかもしれない記憶。 それについては、はやてに知られたくはなかった。 ならばボロが出ないうちに帰らねばならない。 ここが何処かも正直解らない、自己主張を止めない痛みに急かされる様にソファーを立ち上がる。 一歩歩くごとに膨れ上がる痛みを訴える声を喉元で止め、はやてへと振り返った。 「お世話になりました。今週の日曜は用事がありますので、再来週辺りにでも一度お礼に来ますね」 「お礼なんて、ええよ。ただ帰る前に一度、家に電話したらどうや? あかね君のお母さんが心配しとるかもしれへん」 そう言ったはやてが一度言葉を止め、思い出した様にクスリと笑う。 「携帯電話貸そうか?」 「はあ、それには特に及びませんが……」 「私は別にかまわへんよ」 母親への連絡そのものもそうだが、すぐそばの廊下へと続く出入り口には電話機があるのに、何故今ここで携帯なのか。 必要ないとばかりに断ろうとしたあかねであったが、携帯を差し出しながら微笑んでいるはやてに思い出させられた。 だから不自然なほどに微笑んでいたのかと、一度は断ろうと突き出した手の形を変え、携帯電話を受け取る。 「それなら、少し使わせていただきます。少しだけ良いですか?」 「言い出したのは私や」 それはあかねとはやてが病院で知り合う切欠となったやりとりで、一番最初の思い出である。 なんだか非常に照れくさいようなくすぐったさを感じながら、あかねははやての携帯電話を開いた。 液晶に写るのは、一度会ったことのあるシャマル、ポニーテールの人がシグナムで、おさげの女の子がヴィータ、そして飼い犬のザフィーラであろう。 そう言えば、一緒に住んでいるはずなのにまだ姿を見ておらず、今は留守なのだろうか。 もしかするとザフィーラの散歩にでも行ったのかと疑問に思いつつ、メモリにあるあかね君のお母さんという項目で通話ボタンを押した。 コールは三回目の途中、異常な速さで受話された向こうへとあかねが喋りかけるよりも早く、母親の方が喋りかけてきた。 「なになに、どうしたのはやてちゃん。メールじゃなくて直接電話なんて。ちょっと待ってて、今深呼吸するから」 「どうして電話の前に、深呼吸の必要がありますか。僕です、あかねです」 「あか……上に、貴方また私に無断で抜け出したの?」 「またとは、抜け出したとは何ですか。人を不良のように言わないでください。ちょっと色々あって、今ははやてさんの家です」 何故はやての家かと言う理由を誤魔化し、直ぐに帰ると言う旨だけを伝えるつもりであった。 だが伝えるよりも先に、思いも寄らない言葉をかけられた。 「貴方、大丈夫? 声が少し、変よ?」 さすが母親と言うべきか。 堪えている痛みを言い当てられたあかねは、慌てて言いつくろった。 「外を歩いていて、ちょっと体調を崩しかけたのかもしれません。直ぐに帰りますから、僕からはそれだけです」 「ならいいけれど。ってきるな、きーるーなー。はやてちゃんの携帯からの初電話があかねだけで終わるのは嫌。はやてちゃんを出せ、出さなきゃ深夜徘徊の罪でお説教するわよ!」 電話をきろうとすると、させるものかと向こう側で叫ぶ母親の大きな声がスピーカーから漏れてくる。 なんとしてでもきってやりたい、そんな思いにかられながらはやてをみると手を差し出していた。 溜息を漏らしつつ、仕方ないとばかりに携帯をはやてに渡す。 「こんばんわです、あかね君のお母さん。はやてです」 「夢にまで見たはやてちゃんの声、こんばんわ。ごめんなさいね、うちの子がお邪魔して。飽きたら適当に家から放り出してくれて良いから、帰省本能で帰ってくるわ」 「そんな犬やないんですから」 なんだか長話になりそうな予感がしたため、必死に立ち上がった腰をソファーの上に下ろしなおした。 その一動作だけで大量の汗が額に浮かび、慌てて袖で拭い去る。 はやてが電話に夢中になっている間に、押し殺していた痛みをほんの少しだけ表に出して俯き耐える。 本当に早く帰るか、とにかくはやての家を出て痛みを痛みとして外に出して表現したい。 痛みの大きさはかわらずとも、それさえ叶えば痛みを発散することで精神的には楽なはずだ。 「ただいま、はやて」 「遅くなりました」 「ただいま、戻りました」 だがあかねの思いとは裏腹に、帰宅を告げる声と気配が三つ玄関の方から聞こえていた。 一つは聞いた覚えのあるシャマルのものである。 やはり家にはいなかった様で、ザフィーラの散歩にでも行っていたのだろう。 こうなると今から急いで帰るのも奇妙に思えるか、あかねは俯いたまま大きく息を吸い込むと同時に、痛みまでもを飲み込み顔を上げた。 廊下へと続くドアが開けられた音を耳にして振り返り、三人と一匹が入ってきたのに答え頭を下げる。 「お邪魔してます」 「あら、あかね君。こんな時間に、いらっしゃい」 予想外のあかねと言う存在に唯一反応できたのは、たった一度とは言え面識のあったシャマルであった。 ザフィーラは大人しくしているものの、ヴィータは見知らぬあかねに警戒心丸出しで、時間が時間だからかシグナムのその眼差しも厳しいものである。 「おかえり、三人とも。あ、ちょっと待っとってくださいね。うちの子らが帰ってきたもので。ちょっとわけあって、家に来てくれたあかね君。シャマルは知っとるよね」 「はい、以前はやてちゃんを病院へお迎えに行った時に。でも急に、どうされたんですか?」 「それがちょっと散歩に出たつもりが迷子に、それでちょうどこの家の前ではやてさんに会ったんです」 「間抜けな奴、その歳で迷子になってんじゃねえよ」 とっさの嘘とは言えヴィータの刺々しい言葉には苦笑するしかない。 「申し訳ないです、ヴィータさん」 なんとなくそう呟いた直後、ヴィータが奇妙な間を持って止まり、問いかけてくる。 「今、なんつった?」 「申し訳ないです、っとヴィータさん」 当初ヴィータの眼差しが友好的でない状態だった為に、何か気にさわるようなことでも言ったのだろうか少し不安になる。 自分よりも背の低いヴィータの顔を伺う様に覗き込もうとすると、刺々しかった雰囲気が一転、妙にキラキラとした笑顔を向けられる。 「はやて、こいつ良い奴だ!」 「あかね君はええ子やけど。急に、どないしたん?」 「もしかして、さん付けで呼んでもらえたことなのでは。ヴィータは末っ子ですし、小さいですから」 「そういえば、そやな。ヴィータは小さいからな」 シャマルが唇に指を当てながら推論を述べると、はやても納得した様子であった。 そのままヴィータの頭を撫で付けはじめる。 最初は気持ち良さそうに瞳を閉じていたヴィータであったが、ふと小さいと言われたことを思い出してその手を振り払いはやてを指差した。 「小さい、小さい言うな。いくらはやてでも許さないからな、ゲームで勝負だ。あかね、特別にお前も混ぜてやるからな」 「いえ、さすがに僕はそろそろ帰らないと。再来週辺りにまた来ますから。ゲームはその時にでも」 「ずいぶん先の話じゃねえか、つまんね。はやて、テレビ見ようぜテレビ」 さん付けで呼ばれたことはもう良いのか、コロッと態度を変えてはやてを誘うヴィータにほんの少し笑いがこみ上げ、体を押そう痛みと交わり苦笑いとなる。 ヴィータの性格がはやてのメール記されていた通りだったからであった。 「後言うのが遅れたけれど。今電話で繋がってる向こうにいるのが、あかね君のお母さん」 「もしもーし、もっしもーし。はやてちゃーん、もーいーかーい。まーだかなー?」 「おお、あの変な奴か。変わってくれ、はやて」 今度はヴィータが自分の母親と話し始めてしまい、なかなか帰るきっかけがつかめない。 そろそろ本気で限界だと思っていると、この場で唯一喋っていないシグナムと目が合う。 やや釣り上がり気味の瞳が何を思うのか、なんとなく二度目の会釈をしてしまうあかねであった。 「主、はやて。盛り上がるのは構わないのですが、そろそろ時間が時間です。彼を帰さないといけません」 「それにはやてちゃん、ヴィータも。これ以上の夜更かしは厳禁ですよ。特にはやてちゃんは明日も病院がありますから」 「ああ、そやったね。でもこんな時間に、あかね君を一人で帰すのも」 躊躇するはやてを見て、まさかと言う考えが脳裏に浮かぶ。 泊まっていけと言われては、体を蝕む痛みを発散する場所を失ってしまう。 はやてが続けようとしていた言葉がそうかは解らなかったが、あかねは遮るように口にした。 「大丈夫です、一人で帰られますから。本当に、今日はご迷惑をおかけしました。それでは!」 これ以上足止めを喰らわないうちにと、あかねは四人の声が割り込む隙を見せずして言い切り、居間を出て行った。 少々無作法だが、他に選択肢はなかった。 誰も追いつかないうちに玄関に揃えられていた靴を履くと、一度だけ振り返りお邪魔しましたと声を大きくする。 そして後は玄関を飛び出し、少しでもはやての家から遠ざかるように必死に走った。 足を踏み出し道路を蹴り出すたびに痛みが足元から頭上に走りぬけていくが、知られたくないと言う思いが体を支配していた。 どちらに家があるのか、それさえ考える余裕もなく走り、やがて力尽きるようにアスファルトの上に転ぶ。 これまでずっと耐えてきた痛みが、待っていましたとばかりに襲い掛かりあかねの体の中を激痛となって駆け抜ける。 体が痙攣までもを始め、呼吸が止まりかける。 一体自分の体に何が起こったのか、消えてしまった二時間の間に何があったのか。 辛うじて思い浮かんだ疑問は、直ぐに痛みという名の波に飲まれ消えていく。 「う、あ゛…………」 辛うじてあげることの出来た苦悶の声も、今は誰も聞くものがいない。 いないはずであったのに、誰かの手のひらが倒れている自分の背中に添えられた。 「大丈夫か?」 ほんの少し腕で体を持ち上げ振り向いたそこにいたのは、シグナムであった。 「無理に喋るな。立て……そうにはないな」 そうシグナムが呟くと、背中と膝裏にそれぞれ手を差し込まれ、軽々と持ち上げられる。 何処へ向かうのか、何も聞かずに歩き始めたシグナムを目の前にしてあかねは無理に声を絞り出した。 「はやてさんの家には、戻れ、ません。知られたく、ないんです」 「あいにくだが、私はお前の家を知らん。諦めろ」 「お願いします。変に気を使われたくないんです。心配されたくない。今のまま、普通にしていたいんです」 痙攣を続ける手でシグナムのマフラーを掴み、懇願する。 「似ているな」 その呟きと共に、シグナムの歩みが止まった。 一度は抱えあげられたあかねは、わざわざ降ろされ、しゃがみ込んだシグナムに背中を差し出される。 抱きつくように背中から首に腕を回すと、膝に手を回したシグナムがそのままあかねを負ぶって歩き出した。 シグナムの背中の上で揺られながらもあかねは、自分の家がある地区を口にしてシグナムに伝えた。 今の場所からどれ程距離が離れているかはわからないが、シグナムの背中で揺られ意識は半分以上朦朧としていた。 そんな意識の中でもやはり気がかりなのは、はやてのことでありシグナムに尋ねる。 「このことは」 「気付いたのは、私とザフィーラだけだ。安心しろ、主はやては何も知らない」 本当に大丈夫だと安堵から落ちそうになったあかねの意識を引き戻したのは、シグナムの問いかけであった。 「一つ、聞かせてくれ。何故、隠す。何故、無理に笑う。辛くないはずがないのだ」 「はやてさんの、ことですか?」 「主……はやてもお前と同じように体を病んでいる。だが辛い素振りも見せず、気丈にも笑う。知らぬ相手ならまだしも。何故、我らにまで」 「親しいから、じゃ……ないですか?」 あまり長い言葉は一気には喋ることはできないが、それでも黙っていてくれるシグナムの為にあかねは思ったことを述べた。 「皆さんが、心配してくれているのがわかりきっているから。心配そうな顔よりも、笑顔を見たいんじゃないですか?」 「心配そうな顔よりも、笑顔を。だが何かあってからでは、遅い」 「だったら、そう言うべきです。多少の苦痛は隠しても、本当に駄目だと思った時だけは言ってくれと。はやてさんなら、きっと……」 解ってくれると、あかねは最後まで口にすることはできなかった。 痛みが引き起こす熱に浮かされたまま喋り続けたことで、とうとう最後の力も振り絞りきってしまったのだ。 「ならば、お前も言うべきだったな」 本当に似ている、そう思ったシグナムは、瞳を閉じて少しだけ荒い息で眠るあかねへと振り返った。 少し大きく背中を揺すっても起きないことを確認したシグナムは、誰もいないはずの後方へと呼びかける。 「もう、出てきても良いぞ」 街灯の明かりの外側から現れたのは、隠れてつけてきていたザフィーラである。 最初から知っていたように振り返ったシグナムは、ザフィーラが危惧していたことを問いかける。 「どうだった?」 「私やヴィータが戦闘を行った相手と似た魔力だったのだが、大きさが違いすぎる。隠しているわけでもなく魔力はほんの少し、魔導師の可能性は低い。それに蒐集したとしても、数行稼げるかどうかだろうな」 「主のご友人だ。手にかけるわけにもいかん。ただ問題は、あかねの家の地区が先ほど戦闘を行った地区に近いことだ」 「転送は使わないほうが無難だな。徒歩で運ぶに限る」 ならば急ぐかと、あかねを背負ったシグナムと後ろを歩くザフィーラはあかねの家を目指した。
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