第九話 大きな力の前に砕け壊れる想いなの(前編)
 鳴海市の外れにある林の上を舐めるように巨大な隼が駆け抜けた。
 この葉は根こそぎ舞い上げられ、木の幹が折れそうになる程にしなり実際に何本かの木は幹の真ん中から折れていた。
 隼に力を与えたジュエルシードを封印しにきたなのはやあかねは、ユーノが生み出した魔力の鎖につながれることでなんとか吹き飛ばされるのを耐えていた。
「レイジングハート、もう一度」
「Devine shooter」
 なのはの砲撃が滑空状態から空へと上がっていく隼へと向けて放たれた。
 僅かになのはの砲撃の方が速度が速いのだが、追いつく前に隼が軌道を変えてやり過ごしてしまう。
 以前、インコをしとめた時のようになのはが魔力弾を遠隔操作しても、結果は同じであった。
 フェイトを彷彿とさせる速さで、動きこそ直線的なものの持続時間が長い。
「今までの敵の中で一番速いや。なのはで無理となると、僕の捕縛魔法では到底捕まえられない」
「うん……下手に飛んで囲もうとすると、あの爪に捕まえられそうになるし。風に煽られたら危ないよね」
 いくら魔法の力によって空を飛ぶことが出来るとは言っても、生まれつき空を飛べる鳥には叶わない。
 ジュエルシードに取り込まれた隼なら尚の事で、そうなると残る手は何時もの手に限られてくる。
「何時もと同じです。僕がアレの動きを数秒止めます。その瞬間にユーノさんが捕縛し、止めでなのはが封印。良いですね」
「でも、さすがに今回は危ないんじゃ」
「大丈夫です。僕の後ろになのはとユーノさんが居るのなら、僕は絶対に攻撃を止められます」
「どちらかと言うと、僕はついでだよね」
 ぽつりとユーノが漏らしたが、あかねは聞こえなかった振りをして黙殺した。
 殆どその通りだったからである。
 だが肝心のなのはは相変わらずのニブチンで、あかねが平等になのはとユーノを守ってくれると思っていた。
 さらになのはの勘違いは続く。
「あかね君はフェイトちゃんに会うまで負けられないもんね。私も頑張らなくちゃ。レイジングハート、封印の魔法いくよ」
「Sealing mode. Set up」
 射撃の型から、封印の型へとレイジングハートが変わり、三枚の桃色の翼が開いた。
「ユーノさん、準備は良いですか?」
「いつでも。怪我だけはしないでよ、治すのは僕なんだから」
「もちろんです」
「Jet flier」
 速度をかなり遅くして旋回し、再度あかねたちに向けて降下してくる隼へと向けてあかねが飛んだ。
 襲われることに耐え切れず獲物が飛び出したと思った隼が体と同じぐらい巨大化した鉤爪をあかねへと向けて伸ばす。
 一度捕まれば鋭い爪に貫かれ、下手をすればそのまま握り潰されることだろう。
 だがあかねはそんな最悪の未来を微塵も思い浮かべず、両手を前へと突き出した。
「Wide area protection」
 隼の爪では掴みきれないほど大きく障壁を広げた。
 狙い通り、獲物を掴み損ねた隼は慌てふためいたままあかねが展開した障壁に正面衝突した。
 あかねを巻き込んだまま地面へと目掛けて落ちていく。
 隼はすぐに体勢を立て直そうともがくが、その僅かな隙が命取りであった。
 ユーノの魔力色である緑に光る鎖がまずその片翼を縛り上げる。
 次いで首を、今度は逆側の翼をと次々に隼の体を縛り自由を奪っていく。
「捕まえた、なのは」
「Stand by ready」
「リリカル、マジカル。ジュエルシードシリアル八、封印!」
 なのはの魔力の帯が隼を貫いていく。
「Sealing」
 巨大化していた隼が小さな粒子になって舞い上がり、封印されたジュエルシードを持ったあかねが降りてくる。
 あとは誰が保管しても同じなのだが、あかねは手の平に持っていたジュエルシードをなのはへと差し出した。
 頷いたなのはがレイジングハートの宝玉を差し出し、ジュエルシードを吸い込み捕獲する。
「Receipt No VIII」
 アースラに嘱託魔導師として勤務するようになってからこれで三個目のジュエルシード捕獲であった。
 以前よりもジュエルシードに取り付かれた動植物が強くなった感があったが、なのはとあかねに加え、ユーノが戦力として加わり問題はなかった。
 問題はないはずだが、心配そうになのはがあかねへと視線を向ける。
「あかね君、怪我はなかった?」
「大丈夫です。防御魔法だけは得意なんですから」
「それでも心配なのは心配だよ。一番あかね君が危険な役を請け負ってるんだから」
 不安にさせるのは申し訳ないが、ちょっと嬉しいかなと思っている所へアースラから通信がされる。
『はいはい、邪魔して申し訳ないけれどジュエルシードナンバー八の確保を確認。三人ともお疲れ様』
「はーい」
 まるっきり事情が筒抜けの声に、笑顔で応えたのはなのは一人であった。
 ユーノはあかねへと同情の視線を送り、あかねは筒抜けとなる原因を作り上げたエイミーへと届かぬ恨み言を呟いていた。
『まあ、文句は本人に直接言うといいよ。ゲートを作るから、そこで待ってて』
 数分待っていると、アースラへのゲートが作られあかねたちは戻っていった。





 あかねたちの戦闘風景は、次元間航行船であるアースラでも観測されていた。
 時空管理局本部からアースラがジュエルシード捜索を要請され、それを手伝う嘱託魔導師、それが今のあかねたちの肩書きであるからだ。
 あかねたちの直接の監督者であるクロノもメインスクリーンに映し出された今の戦闘をしっかりと目におさめていた。
「今までもこんな無茶を繰り返して、良く大きな怪我もなくやってこれたものだ。飽きれるよ」
「戦闘が専門じゃない私にもわかるよ。あかね君がやってる事って、囮だよね。自分が一人が攻撃を引き受けて、仲間に敵を撃たせるっていう」
「その通りだ。決して褒められたやり方じゃない」
「でもあかね君は、そのやり方で今まで生き残ってこれた。その理由がこれ」
 帰りのゲートを待つあかねたちの映像のそばに映し出されたのは、先日あかねたちの魔力を数値化したものであった。
 平均値と最大値、なのはは平均百二十七万で、最大出力時がその三倍。
 そしてあかねは平均値は八十万であったが、最大出力時がその五倍となのはの最大出力時をも超えていた。
 いくら何でも平常時の魔力値と差がありすぎだとクロノが不可解そうにしていると、艦長席でそれを見ていたリンディが口を開いた。
「稀にいるタイプなんだけれど、特定の条件化でのみ力を発揮するタイプね。それだけ不安定とも言えるけれど、恐らく彼の条件は誰かを庇う時。だから逆に人を傷つける攻撃魔法が使えない」
「だけど平均値と最大値のこの差は彼にとって大きな負担となってるはずです」
「そうね、魔力は大きな出力を搾り出せれば良いというものでもないわ。この事件が終わった時に、一度メディカルチェックを受けさせるべきね。もちろんなのはさんにも」
 出来るだけ早くこの件を終わらせなければと思う反面、リンディはこの件がすんなり終わらない予感も同時にしていた。
 それはあかねたちから知らされた黒衣の少女の名前が原因であった。
 急に黙り込んだリンディの心情を知らず、エイミーが画面ウィンドウにフェイトの情報を映し出した。
「この子、フェイトって言ったっけ? 今回も同じジュエルシードを狙う事はなかったね」
「おそらく直接対決は、最後の一個となったジュエルシードがある場所だ。フェイト・テスタロッサ。かつての大魔導師と同じファミリーネームを持った魔導師か」
 クロノの口からもたらされた情報に、聞かされてないとエイミーが振り返る。
「あれ、それ初耳なんだけど」
「だいぶ前の話だよ、ミッドチルダの中央都市で魔法実験の最中に次元干渉事故を起こして追放されてしまった大魔導師」
「その人の関係者?」
「さあね、本名とも限らない」
 はぐらかしているわけではないだろうが、煮え切らないクロノの言葉にエイミーはコンソールに指を走らせた。
 情報を収集し、分析してはじき出す。
 クロノとは違う方面で発揮される自分の才能を使い、求めた答えは芳しくはなかった。
 話題に上がるフェイトの行方を捜そうと試みたが、スクリーンに映るのはNOT FOUNDの文字だけである。
「探すだけ無駄なのかな。高性能なジャマー結界を使ってるみたいだし」
「あくまで最後の一つになったらってのは仮定だから、居場所を把握しておくに越した事はない。これ以上ジュエルシードを彼女に渡さない為にも。頼りにしてるよ」
「はいはい」
 頼りにしてくれるのは嬉しいが、並大抵の事ではないとややエイミーの機嫌は降下気味であった。





 あかねたちがアースラに乗り込んでから十日程経ち、残りのジュエルシードも少なくなってきた。
 現在あかねが一個、なのはが七個、クロノが一個でフェイトが六個持っている。
 残りの六個はメインオペレーターのエイミーを筆頭にアースラの面々が、捜索域を海にまで広げて捜索中であった。
 待機中には得にすることのないあかねたちは、よく食堂に集まるようになっていた。
 与えられた部屋はユーノとあかねが相部屋、なのはが個室である。
 それぞれで部屋に篭ってしまうとなのはが一人になってしまうのであかねとユーノが気を使った結果でもある。
「はい、あかね君。ジュースどうぞ。ユーノ君も」
 お茶だけでなく、小腹が好いたのかクッキーを小皿に人数分貰ってきていた。
 それもあかねたちの前においていく。
 座ると同時にぱくりと一枚つまんだなのはが残念そうに呟いた。
「みつからないね、ジュエルシードもフェイトちゃんたちも」
「ジュエルシードは数が減ってきたからね。フェイトたちはたぶん管理局が出てきたから、向こうも最大限の注意を払って行動してるんだと思うよ。おかげでこちらが見つけたジュエルシードを二つも回収されたってクロノが嘆いてた」
「って事は、最後の一個になるまでフェイトちゃんに会えない可能性もあるんだ」
 クロノと似たような結論を口にしたなのははまだ少しだけ先は長いかなと思いながら、最近少し元気のないあかねを横目で見ていた。
 ジュエルシードの封印作業時には特にこれといって失敗したりするわけではないのだが、それ以外の時は考え事をしていることが多い。
 フェイトの事を考えているのかと、未だ勘違い続行中のなのはは思いあかねに元気良く声を掛けた。
「あかね君、大丈夫だよ。ジュエルシードを全部集めるまで一度はフェイトちゃんに会うことになるんだもん。その時に必ずフェイトちゃんの事情を聞かせてもらおうよ、ね?」
「そうですね……最後の一個までまだ時間はありますよね」
 何処かフェイトに遭遇する事を先延ばしにしたがっているような言葉に、なのはとユーノは奇妙な違和感を感じ取っていた。
「あかね、もしかしてあの子に会いたくないって思ってる?」
「正直に言うと、今はまだ会いたくないと思っているのが本音です」
「どうして、だってあかね君はフェイトちゃんの事が好きなんだよね? フェイトちゃんが何に苦しんでるのかまだ解らないけれど、助けてあげたいんだよね?」
 なのはのストレートに間違った認識に、慌てたのはユーノ一人であった。
 何時もならなのはの勘違いに落ち込みそうなあかねは、すでにこれ以上落ち込めないほどに沈んでいた。
 だがあかねは否定の言葉一つないままに、一口ジュースを口に含んで言った。
「一つ母さんから約束させられた事があるんです。あまり守りたくない約束が」
 その約束を嫌がっていると言うよりも、信じられないといったふうに呟くあかねに、なのはもユーノも首をかしげた。
 同時にあかねの母を思い出してみようと試みるが、たいして接点があったわけでもなかった。
 ただ漠然とつかみどころのない面白い人と言う意見が纏められただけで、その約束がどんなものだったのかはもちろんわからなかった。
 ただ少なくとも、フェイトと出会うまでには今の状態を脱してもらわなければと、至極当然の質問を投げかけた。
「その約束、私たちも聞いていいかな?」
「特に問題はありません。母さんとの約束は、この件が終わったら父の事を忘れると言うことです」
 二度と危ないことに首を突っ込まない事といった約束だと思っていたなのはとユーノは、思い切り面食らっていた。
「そ、それってあかねのお父さんは何も」
「ああ、約束の事だけ言われてもわからないですよね。僕の家は母子家庭で父さんはいません。僕が生まれる前に死んだそうです」
「えっと、あの。なんて言ったら良いのか……」
「一年か二年前に死んだならまだしも、顔さえ知らないので特に何とも思ってませんよ。なのはが気にする必要は何もありません」
 それでもしゅんとしてしまったなのはの代わりに、ユーノはとある矛盾に気付いた。
 それはあかねが普段から口癖のように言っていた言葉についてであった。
「じゃあ、聞くけれどあかねっていつもお父さんを知っているかのような口ぶりだったよね。父の背中に誓うとか」
「なのはは父さんも母さんも健在でしたよね。ユーノさんは?」
「僕は、生まれた時からどちらも知らなかった。一族の皆が育ててくれたから、皆が家族みたいなものだった」
「では想像したことありませんか? もしも父さんや母さんがいたら、こんな人だっただろうな。こうだったら嬉しいって」
 こくりと頷いたユーノを見て、あかねは続けた。
「僕の言う父は、まさにそれです。僕が理想とする父さん、僕が望む父さん。誰に対してでも誇れる、僕だけの父さんです。だから僕は自分が理想とする父さんに僕自身が胸をはれる様に生きてきた。これからもそうだと思っていました」
「だからお母さんがそのお父さんを忘れろと言った意味がわからないんだ」
 想像の上の父とはいえ、立派な人物を追いかけるという事は決して悪い事だとはユーのには思えなかった。
 むしろそのおかげであかねは人を助けることを躊躇しない性格であり続けられたようにも思える。
 誰かが助けを求めた時に、自分がと言う事はなかなか出来ることではない。
「なんでだろうね?」
 考えてもわからなかったユーノに同意を求められても、なのはは首を縦にも横にもふれなかった。
 両親とも健在で、二人とも少し新婚気分が過ぎるところはあるが、可愛がってくれている。
 一時期父が大怪我をしたことで寂しい状況になったこともあったりしたが、今は家族に囲まれ寂しさを感じる事はない。
 申し訳ないと思う必要はないのだが、父が居ないあかねに対して、両親が居ないユーノに対して何もいえなくなってしまった。
 もちろん、なのはが俯いてしまっていることにあかねが気付かないはずもない。
「申し訳ないです。暗い話になってしまって。本当に気にしないでください。まだ母さんとの約束の意味は解りませんが、少しだけ猶予はありますから」
「う、うん。私たち、結構仲良くなったつもりだったのに、まだお互いの事で知らない事って一杯あるんだね」
「それはそうだよ。三人で居ても一番に話にのぼるのはジュエルシードの事だし」
 特殊な状況で仲良くなってきただけあって、何処かへ遊びに行くといった普通の仲の良さは少し三人の間には足りなかった。
 あかねとなのははまだしも、普段フェレットの恰好で居るユーノはペット扱いである。
「それじゃあ、私たちも約束しよう。ジュエルシードを全部集めて、フェイトちゃんとの事も解決できたら皆で遊びに行こう。もちろんフェイトちゃんも一緒に」
「出来れば、そう言う楽しそうな約束の方が良いですね。賛成です」
「僕も一度人の姿でこっちの世界で遊んでみたいから、うん。いいよ」
 なのはらしい約束にようやくあかねの顔にも笑みが浮かんだが、次の言葉が余計であった。
「あ、でもあかね君がフェイトちゃんとデートって事になるから、グループデートになっちゃうね。私は、ユーノ君と?」
「え、それは……そう、なのかな?」
 あまりデートとは思っていなさそうな無邪気な笑みにユーノが戸惑っていると、背後から冷凍庫を開けっ放しにしたような冷気が放たれていた。
 ぶるりと体を震わしたユーノは振り向こうとしたが、途中でやめてしまう。
 余りに恐ろしいものが見えた気がしたからだ。
 好きな子の勘違いに、その子との間にまさに入り込もうとした男友達。
 母との約束を一時棚上げするまでにあかねがやるせない気持ちをたぎらせている時に、それはアースラ内に鳴り響いた。
 設置されたスピーカーから絶え間なくつげられる警報音である。
 一体何事かと三人が一斉にスピーカーのある方へと振り向いた。
「エマージェンシー、捜索域の海上にて大型の魔力反応を感知」
 ジュエルシードが見つかったにしては、コレまでと様子が違うと、三人は顔を見合わせてからすぐに立ち上がった。
 これまではジュエルシードが見つかっても警報など鳴らさずに、普通に放送で呼びかけられてきた。
 何か様子が変だと、警報が鳴り止まず、警告を示す赤い光が灯る廊下を息を切らして駆け抜ける。
 ブリッジへとあがった三人の耳に最初に飛び込んできたのはエイミーの信じられないと言った悲鳴であった。
「な、なんて事をしてんのあの子たち!」
 エイミーの悲鳴に続いて慌しくなるブリッジのメインスクリーンには、フェイトの姿が映し出されていた。
 場所は海らしく、潮風にバリアジャケットと髪の毛を揺らすフェイトの足元には半径十メートル近い黄金の魔法陣が生み出されていた。
 フェイトがいる海の上では風が荒れ、雨が海面とフェイトを叩きつけるように降り始めていた。
 嵐さえ予感させる光景の中で、フェイトの術式は続けられた。
 やがて纏められたフェイトの魔力が頭上で形を作り出す。
 大きな球体になったそれに瞳に似た図形が浮かび、雷を集めて咆哮をあげた。
 一つ、また一つと大きな魔力球は生み出され、互いが互いの魔力を高め雷の帯で繋がっていく。
 それが九つを数える頃になると、フェイトが動いた。
 振り上げたバルディッシュを一気に海面へと向け、練りに練り上げられた魔力流を打ち込んだ。
 フェイトの魔力が海の中で暴れ回り、まるで海全体が沸騰したかのようにあわ立ち荒れ狂う。
 すでに海は本物の嵐へと変化していた。
 雷も風も海さえも好き勝手に暴れ回る中で、一条の光が海を突き破り雷と風の中を真っ直ぐ空へと付きたてられた。
 海面からのぼる雷にも似たそれはジュエルシードが放つ光であり、一つに終わりはしなかった。
 次々に海の中から光がたちのぼり、フェイトの生み出した魔法陣を貫いていく。
「フェイトちゃんの魔力に引きづられて大きな魔力が六つ、クロノ君」
「ああ、間違いない。強引な手だったが、成功したみたいだ。けれど」
 黙り込んだクロノの目の前では、ジュエルシードの輝きが海面から巻き上げられた竜巻に飲み込まれていた。
 海そのものがジュエルシードに飲み込まれたように、暴れ回りはじめた。
 吹き荒れる風も轟く雷鳴もコレまでの比ではなく、フェイトの小さな体が弄ばれ始めていた。
 何処にあるかも解らない六つのジュエルシードを強制発動させるだけの魔力を消費した上に、怪我の事もある。
 とても最後の一つまで無事に封印できるようには見えなかった。
「なんともあきれた無茶をする子だわ」
「無謀ですね。間違いなく自滅しますあれは個人が出せる魔力の限界を超えている」
 フェイトの大掛かりな術式に目を奪われていたあかねもなのはも、クロノの自滅と言う言葉にようやく我に返った。
 呆けている場合などではない。
 今にも風にさらわれるか、竜巻に飲み込まれるかしようとしているフェイトを助けなければならない。
 例えそれがフェイト自身が招いた結果だとしてもだ。
「私たち、急いで現場に」
「フェイトさんを助けに行きます」
 すぐにブリッジを飛び出して転送用の部屋へと向かおうとした二人へとクロノが振り返り無情な言葉を投げつけた。
「その必要はないよ。放っておけばあの子は自滅する」
 聞き取れなかったわけではなく、クロノの言葉が信じられないといった面持ちで振り返る。
 真っ直ぐに目が合ったクロノの瞳は、揺れることなく二人を見つめていた。
「仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たした所で叩けばよい」
 あかねはクロノの言葉で今まで考えもしなかった事が理解できた気がした。
 そもそも管理局であるクロノらと、自分達とでは目的が違うのだ。
 ジュエルシードを確保し保管すると言う所までは同じなのだが、同じくジュエルシードを狙うフェイトに対する対処が違う。
 自分やなのは、ユーノはフェイトを止めたいと思っているが、彼らは捕らえたいと思っているのだ。
 フェイトの目的、もしくはその背後関係まで把握せねばならないのは管理局として当然である。
 だが目の前のスクリーンで息を切らし何度も嵐に飲み込まれそうになるフェイトを見てあかねはそこまで頭がまわらなかった。
「フェイトさんが傷ついてる様を黙って見てろと言うんですか……」
「あかね君……あの、私たちが今から行ってフェイトちゃんを説得するんじゃ駄目なんですか?」
 耐えられないと呟くあかねの代わりになのはが尋ねるが、答えは変わらなかった。
「彼女が説得に応じるとは限らない。最悪六つのジュエルシード全てを奪われ逃げられる可能性もある。彼女の自滅を待つのが一番安全で確実なんだ」
「私たちは、常に最善の選択をしなければならないわ。残酷に見えるかもしれないけれど、これが現実」
 慣れたようにリンディは腕を組み瞳を閉じていた。
 艦長としてこういった選択は初めての事ではないのだろう。
 大人として完成されたその強さが、あかねは羨ましく感じると同時に窮屈だと感じてしまった。
 まだそこまでいけない自分は、最善を選ぶことなど出来ないと手首に巻かれたゴールデンサンを握り締める。
「Brother and Golden sun are of one mind and flesh. Go, Brother」
 言葉ではなく、ゴールデンサンの心が伝わった気がした。
「ゴールデンサン、セットアップ」
「Stand by ready. Set up」
「あかね!」
「あかね君?!」
 アースラのしかもブリッジの中で変身し始めたあかねを見て、なのはやユーノが声をあげた。
 これにはブリッジの面々も驚かずには居られなかったと同時に、変身したのがあかねであった事にどこか隙ができていた。
 あかねが攻撃魔法を使えない事は周知の事実であり、暴れようにも暴れられない。
 唯一行われたのはクロノがS2Uを起動させたぐらいだが、次の瞬間にはブリッジ内に緊張が走った。
「Put out」
 あろうことか、ゴールデンサンが捕獲していたジュエルシードを取り出したからだ。
 それを手にしたあかねは、ジュエルシードを握り締めた手を挙げて言った。
「あなた方を脅迫します。ゲートを開いて僕を行かせてください」
「あきれた子がここにもいたわね。聞かなければ?」
「ジュエルシードの力で僕自身を地球まで飛ばします。成功するかどうかわからない手よりも、確実な手を使いたいんです」
「君は、自分が一体何を」
 何かを言おうとしたクロノをリンディが手で止めた。
 下手に刺激をすれば本気でやりかねないと判断したのだ。
 何時ものあかねならば周りを危険に巻き込みかねないこんな手は絶対に使わないが、現在あかねは視野狭窄に陥っている。
 脅迫を行いながらも視線はメインスクリーンに映るフェイトしか目に入っていない。
 フェイトが自滅云々は彼の目の前ですべき会話ではなかったと少し後悔するリンディであった。
「わかりました。ゲートを開いて」
「助かります」
「ただし、そのジュエルシードはこちらに渡してもらいます。それが条件です。子供が扱うには、危なすぎる代物だわ」
 リンディの条件に、即座にあかねは頷いていた。
 今フェイトを助けに行けるのなら石ころ一つ、どうでもよかったのだ。
「現場の魔力が不安定の為、少し現場から離れた場所にゲートを固定。開きます」
 オペレーターの男の人の声のあと、ブリッジ専用の転送装置にゲートが作られた。
 そこへと向けて駆け様とするあかねへとなのはが手を伸ばしたが、すり抜けるようにあかねの腕を捕まえる事はできなかった。
 自分も行くと声を出したかったのだが、変わり続ける事態に頭がついていけなかったのだ。
 想いを寄せるなのはも目に入らないあかねは、ゲートの中に入り振り替えるとジュエルシードをリンディへと投げてよこした。
 それと同時にあかねの姿はアースラのブリッジから地球へと転送されていった。

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