幻想水滸伝T

第三十五話 アイデンティティを自覚させられた宿星

睡眠と気絶、共通点は本人の意識が無い事だろう。
だが睡眠と気絶の区別は簡単だ。
そこへと到る原因が望んで目を閉じたか、内的外的を問わず強烈な刺激を受けた事かだ。

「ウ・・・あ・・・・・・ぷりん、ギェッホ」

だから例えベッドの上とは言え、顔をプリンまるけで汚しているハジャは気絶なのだろう。
鼻の入り口から奥へと入り込んだプリンにむせて無理に意識が戻る。

「お、気がついたみたいだな」

「ハジャさん大丈夫? 意外と復活が遅かったけど」

青い顔をしたハジャが声のした方に顔を向けると、テーブルにお茶とお菓子を置いて向かい合うフェイとメグがいた。
そして少しずつ何があったのかを思い出していく。
一晩中湖に浸かっていた事、見舞いと言う名のビッキーの強襲・・・その他の見舞いと言う名の暇つぶし。

「い、生きてるって、辛いと同義か。幸せの字は棒を一つ無くしただけで辛いになるんだ」

「まだ完全復活じゃないな。熱に頭がやられてる」

「どれどれ、う〜ん・・・上がっても下がっても無いかな」

ハジャの額はいまだ熱く、アレだけの騒ぎの中で悪化しなかった事が逆にすごい体力の持ち主なのかもしれない。
城中の者が見舞いに来たのかと思う程に人の出入りが激しく、誰もが見舞いをそっちのけで談笑に花を咲かせ去っていった。
その名残によって部屋にはゴミが散らかり、唯一ゴミの無い聖域はフェイとメグがいるテーブルだけだ。
ハジャのベッドもプリンまみれで聖域とはなりえていなかった。

「って、人がはけたならベッドの周りぐらい世話してくれよ!」

無意識に現状に気付いたハジャがガバッと上半身を起こし、呑気にお茶をしている二人に突っ込む。

「ふっ、流石だなハジャ。流石の風邪もお前の突っ込みだけは抑え切れなかったか」

「人体って偉大よねぇ」

「ソコ、チガウヨ。ボクハカゼッピキヨ、ダレカヤサシクシテヨ!!」

「あ〜、はいはい。大人しく横になってなさい。後でマリーさんがおかゆ作ってきてくれるから」

両肩を押されペッペとゴミを払いのけた布団を被せられる。
まだ頭がくらくらするハジャはとりあえずメグの言う事を聞いて大人しく寝転がるが、なにやら自分とメグをみてニヤニヤするフェイがムカついた。

「なんだよ」

「べっつに、いいんじゃないデスカ」

「くそ、問い詰める気力もわかない」

「何わけわかんない会話してるのよ、しょっと」

テーブルの元いた席に年寄りくさく声を上げてすわるメグ。
フェイが目ざとく空っぽになっていたティーカップにお茶を入れなおすとアチチといいながらメグは口をつける。
特に何かを会話するわけでもない沈黙が場を占めたが、そうそうとメグが切り出した。

「ハジャさんってさ・・・なんで好き好んで屋上から落ちてるの?」

先ほどとは違う沈黙が訪れる。

「好き好んでじゃねえ、そんな物好きいたら殴りてぇ!!」

「殴り返されるのがおちだろ。それに、アレってお前のアイデンティティじゃなかったのか?」

沈黙三度・・・今度はまた深い。

「落下イコール俺かよ!」

「あ〜、言われて見れば納得かも」

「納得しないでソコ、って言うかアレだけ落下してんだからそろそろ屋上に金網ぐらい張ってくれよ!!」

もっともな意見ではあるが、これまたもっともな意見がフェイの口から放たれる。

「いや、だってあそこから落ちたのってお前意外誰もいないぞ」

「マジ?」

「大マジ、だいたい縁が胸の辺りまであるんだぞ。そうそう落ちないだろ」

「うん、望んで飛び降りない限り落ちないから、さっき好き好んでって聞いたんだけど」

これには流石のハジャも落ち込んだ。
元からあった熱も手伝ってか急に朦朧とした目つきとなりブツブツ呟き出す。

「チガウヨ。ボクダッテホカニイロンナコトデキルヨ」

「うわ、目つきやばいよハジャさん。どうしよっか」

「平気平気、また熱が下がれば色々面白い事してくれるさ」

「そっか、そうよねハジャさんだし」

妙な納得をしてしまったメグは、再びフェイにお茶を入れてもらいフェイとたわいの無い談笑を始める。
別にハジャを心配していないわけではないが、多分、恐らく、大丈夫だろうという想いが沸いてくる。
それはフェイも・・・そうなのだろう。
本当に空から降ってきた彼は、見舞いに来た人の数を見る限りちゃんとこの城に溶け込んでいる。
だからまた元気になれば、何時もと変わらぬ面白い事を起こしてくれるのだろう。
ソレもまた彼のアイデンティティだとメグは心の中でだけ結論づけた。