幻想水滸伝T

第三十四話 実は結構人気があった宿星

それはいつもの事だった。

「うわあああああああああああああああああ!!」

エンレードル城の窓の外、外壁とも言うが、そこから叫び声が届くのは。
急に現れ一瞬で過ぎ去っていくこの声は誰にも聞き覚えがあり、またかと誰もが思った。
そう、重力に身を任せ自由落下する本人でさえ叫んでいるもののまたかと思っていた。

水面への着水と共に上る水柱、何時もの通りだ。
やがて沈んだ体が水面へと水死体の様に浮かび上がる。
ゆらゆらと水面に揺らぐ木の葉のようなハジャ、そしてようやくいつもと違う現象がおきた。
なんてことは無い、日常でありすぎた為に誰もが誰かが回収しにだろうと思いハジャを拾いに行かなかったのだ。





「・・・ッホ、ゴホッ」

「ふむ、典型的な風邪じゃな」

最初にハジャの額に手を置き、喉の奥、心音と順に診ていったリュウカンは呟く。
誰かが助けに来るだろうと楽観視していた馬鹿は一晩中湖に浸かっていた為風邪をひいたのだ。
診察をしていたリュウカン以外の人、フェイとメグ、そして部屋の主であるビクトールは馬鹿だなと病人に冷たい視線を送っている。

「大人しく寝ておれば数日もかからんうちに治るだろう」

「わざわざありがとう、リュウカンさん」

「なに仕事じゃて、後で薬も持ってこよう。この部屋にいるのなら皆も飲んでおいたほうがよい」

部屋を出て行ったリュウカンにもう一度メグは頭を下げて振り向いた時、ハジャの枕元に二人の悪魔がいた。

「それにしても一晩中とは、馬鹿としか言い様がないな。バーカ」

「馬鹿は風邪をひかないぜ。となるとこいつは阿呆だな。アーホ」

「お・・・まえ、ら・・・・・・おぼ・・・・・・・・・てろ」

馬鹿と阿呆を延々と繰り返しハジャの耳元で囁くフェイとビクトール。
体力的に言い返すことが無理なのか青い顔で怒りに震えるハジャが面白いらしい。

「フェイさんもビクトールさんも病人を苛めないの。大人しく寝てたら、すぐ治るんだからね」

少し怒った口調で部屋主ごとメグは二人を追い出そうとする。
もっとも、そう長く苛めるつもりもなかったのか、フェイとビクトールは押し出されるままに部屋を出ていた。

「ほら、五月蝿いのは追い出したから大人しく寝なさいよ」

「うう・・・たすかッゴホ。今日だけはッ・・・メグが、めが」

そこで急に言葉の止まったハジャは硬直していた。
突如として現れたビッキー、ソレは良くある事だが、ベッドの上のハジャの更に上に現れたのだ。
そして寸分の狂いも無くハジャの鳩尾に落ちた。

「み゛ィ!!」

「ハジャさん、お見舞いに来たよ。ほらほら、おいしそうなプリン持って。あーんできる? あーん」

「ちょ、ちょっとビッキー、絶対いい所はいっちゃってるよそれ。臓物飛び出ちゃうって」

臓物と聞いて泡を吹いているハジャと持ってきたプリンを見比べるビッキー。

「それじゃあ、ハジャさんのモツ鍋だね」

「絶対嫌! って早くどかないと本当にやばいわよ」

いつまでもハジャに乗っかったまま降りようとしないビッキーを降ろそうとすると、部屋のドアが開く。
開けたのは何故か丸々としたスイカを片手で持っているシーナであった。

「よお、お見舞いに来てやったぞ。一晩中トラン湖にいたんだって?」

「やっほー、お見舞いにきたわよ」

シーナの後ろからは踊り娘のミーナが顔を出し、後から後から人が増えていく。
テンガアールとヒックスに、ロッテ、タイ・ホーにヤム・クー、まだまだ増えそうだ。
それぞれが見舞いの品だとなにかを持ってくるのは良いが、人が入るばかりで誰も出て行こうとしない。
やがてそれぞれが持ち寄ったものを食べ始め、雑談を始める始末。

「なんだなんだ人を追い出しておいて盛り上がってるじゃねえか」

「いやいや、人気者はつらいね」

ついに先ほど追い出したばかりのビクトールとフェイが戻ってきてしまう。
本当に見舞いに来たのだろうかとメグは皆を見て疑い、追い出すのを諦めてしまった。

「ハジャさん・・・数日かけて治そっか」

「あーんして」

あーんと言うビッキーに鼻からプリンを食べさせられようとしているハジャから返事はなかった。