幻想水滸伝T

第三十三話 恋愛相談をされた宿星

自分は何故ここにいるのだろうか、初歩的な哲学である。
誰しも一度は思い浮かべ、答えを出せぬままその疑問さえ忘れていくような、初歩的な哲学である。
ハジャは目の前にあるティーカップを持ち上げ、その中の薄紅色の液体を流し込んだ。
高級な味とでも表現すればいいのか、たぶん美味しいのだろう。
喉越しにあるスッとした冷ややかさを味わいながら、もう一度思った。

自分は何故ここにいるのだろうか。

「貴方をお呼びしたのは他でもありません。フェイ様のお気に入りの使用人の貴方にお聞きしたい事があるのです」

キラキラと煌く髪を巻きに巻いた少女、エスメラルダは少々眉を吊り上げており、常にまとう良く解らない優雅さの中にもどこか張り詰めたような雰囲気を放っている。
よほど真剣な話なのだろう・・・・・・彼女にとっては。
あくまで、彼女にとってはである

「フェイ様はなにゆえ、私の元に会いにきてくれないのでしょうか?」

「エスメラルダ様も知っての通り、フェイ様はこのエンレードル城の城主ですから。色々とお忙しいのでしょう」

遊ぶのになと付け足したのは、もちろん心のなかでだ。

「やはり、そうなのでしょうか。嗚呼、城主という立場に忙殺されるフェイ様に私がしてあげられることはないのでしょうか」

片手を胸にあて、もう片手を掲げて大空に話しかけるエスメラルダ。
これが劇場ならば、間違いなく明かりは消されスポットライトが当たっていることだろう。
自分に酔っているのだろと呆れつつ、テーブルの下で足のすねを足で掻いた。

「ここは一つ、フェイ様の心を癒す為にエスメラルダ様の愛のこもった手紙などどうでしょうか?」

「しかしお忙しいフェイ様が手紙などを読む時間など」

「たとえ読む時間がなかろうと、そこに愛があれば何の問題がありましょうか」

「愛・・・・・そうね。私とフェイ様の間には決して切れる事の無い絆があるののですし」

自分でも何を言っているのか解りかねた台詞だが、エスメラルダには何故か通じてしまったようだ。
ひとしきり納得と喜びの声をあげるとペンと紙を取り出し、手紙を書き始めた。
スラスラとペンを走らせたかと思うと、悩み、またペンを走らせる。

それを見ながら、もうすでに冷めてしまっている紅茶のティーカップを手に取り最後まで飲み干す。
底に溜まっていた渋みに顔をしかめながらハジャは思った。
もう帰ってもいいのだろうかと・・・・・・





後日ハジャは、フェイに会うなり殴られた。
もちろん手加減はしているのだろうが、宙に浮いた体が落ちて弾んだ。

「なにしやがる!」

「どの口でお前はそういう事が言える?」

反論の声を笑顔でかき消されると、連れて行かれたのはフェイの部屋。
その部屋のドアを開けた時、ハジャもフェイが怒っている理由を察しつつ押し流された・・・大量の手紙に。
部屋の中からあふれ出してくる手紙はまるで水のように流れ出し、廊下を手紙浸しにしていった。

「誰からだと思う?」

「・・・・・・」

便箋は大抵が華やかな色彩で、まれに金の装飾が施されたりもする。
なんとなくではなく、確実に思い当たるふしがあったハジャは頭を下げこう言った。

「ご、ごめんなさい」

「結果を考えて喋れ、この大たわけがぁ!!」

涙が散るほどのフェイの一撃がハジャの意識を削り取った。