幻想水滸伝U 最終話 三人の宿星 そこは、本来ならば数え切れないほどの本たちが、数えきるには億劫なほどの本棚に整頓されているはずの空間であった。 だが、なんど瞬きを繰り返しても本棚や本は欠片も見当たらず、変わりに椅子が整頓されて並べられていた。 それも真っ赤な絨毯の両脇にキッチリと並べ、まるでどこかを連想させられる。 当然絨毯は階段へと続き、祭壇に似た場所へと続いていた。 「それじゃあ、ごゆっくり」 その光景に完璧に固まっていたハジャとメグをそのままに、フェイは図書館のドアを閉めた。 二人が固まってしまうのも無理は無いもので、セッティングがあからさま過ぎる。 「あ、相変わらずフェイさんの行動力は凄いわよね。昨日の夕方から……徹夜?」 「さ、さあな。アイツのほかにも、誰か……手伝ったんじゃ」 「テンガアール達なら手伝いそうよね」 「だな」 お互いに向き合うことなく前を向いたまま、似たように乾いた声で呟きあっていた。 ここまでされればさすがにいつものように喧嘩で終わらせる事は出来ない。 かといって、逆に個々までセッティングされてしまうと、タイミングが難しい。 (やりすぎだ、あのアホ。だけど) フェイの胸中を知らずに心の中で毒づいたハジャの手がかすかに震えていた。 それは怒りなどではなく、武者震いに似ていた。 (ここまでされなきゃ言えない俺もヘタレだよな) 自分で自分を笑ったハジャだが、横目でそれを見てしまったメグは少し憮然としていた。 (なによ、余裕みせちゃって。私がこんなに) 自分を省みて笑い冷静になったハジャに比べ、メグは足が、手がかすかに震えていた。 昨日ハジャを力ずくでも従えると宣言した内容は遥か彼方で、またもや受身に入っていた。 それを見透かしたかどうかまではわからないが、ハジャが隣のメグの手を取った。 「前にも一度さ、こうやって手繋いだよな。解放軍の城の屋上で」 「あったわね。けど手を繋いだって言うよりも、立ち上がるのに貸してもらっただけよ」 その時はお互いに納得済みで、友達でいる事を選んだ。 だがもはや友達などお互いにいえないほどに、あの頃よりもさらに二人の気持ちは膨らんでいる。 それを示すかのように、お互いが同時に繋がった手にさらに力を込めた。 それだけで確認は済んだ。 「俺はメグの事が」 「私はハジャさんの事が」 呟きながらお互いの顔を見て、声を重ねた。 「「好き」」 そしてまるで全て見ていたかのようなタイミングで、図書館のドアが開き何十人もの祝福の声が二人に浴びせられた。 テンガアールとヒックス、ビッキーやシーナとおなじみの顔から、初見の顔までいる。 これで驚かない方が無理というもので、真っ赤になって口をパクパクさせている二人を尻目に、一番最後に図書館へと足を踏み入れたフェイが二人に言った。 「さすがに牧師まえは用意できなかったから、代理の俺で我慢しろよ?」 「け、結婚式?!」 「そうだ。俺がわざわざお前ら二人を盛り上げるためだけに、図書館の模様替えをしたと思うのか?」 あれよあれよと言う間にメグと別々の部屋に運ばれ、タキシードまでを着させられたハジャは言葉も無かった。 気分を盛り上げるためだけにというのもありえないが、なし崩し的に結婚式をするというのも普通はありえない。 根本的になし崩し的に結婚する奴が、まずいない。 「別に本当にするわけじゃない。お互いの気持ちの確認だと思えよ」 「確認はとっくにしたよ。これ以上何を確認すればいいんだよ!」 「さあ? そろそろ、花嫁の方も着替えが済んでるだろ。どうせ半分お遊びなんだから、面倒な事は省略で、いきなり誓いからはじまるからな」 すでに図書館に用意された席は満席であり、立ち見客だっている。 逃げ出せない状況がちゃっかり作られてしまい、ハジャはもう覚悟するしか道が無かった。 「あ……」 その覚悟も衣裳部屋を出た一瞬で、吹き飛んでしまった。 真っ白なウェディングドレスを着て、恥ずかしそうに照れたメグが待っていたからだ。 別にごっこじゃなくてもいいかもしれないと、まんざらではない想いがハジャの中に生まれ始める。 そして数秒でその想いが固まり、メグの顔に軽く手をそえて上を向かせると、触れるようにキスをした。 「綺麗になった」 「ありがとう、やっとまともに言ってくれたわね」 本当にこれ以上確認のしようがないなと、フェイはその光景を少し離れて見ていた。 そこへパタパタと何かを手に持ったビッキーが駆け寄ってくる。 「メグちゃ〜ん、あったよ。ヴェール、これがないと、ふぇ?」 よく見てみればメグはウェディングドレスには欠かせないヴェールをしていない。 ありがとうと言いつつ、ビッキーの方に振り向いたメグ。 続いてビッキーをの方に振り向いたフェイとハジャも、見てしまった。 風にそよいだヴェールがビッキーの鼻をくすぐった場面を。 「「「ちょっと、待ったッ!!」」」 「ふぇっくちッ!」 恐る恐る振り向きなおしたメグの視線の先には、誰もいなかった。 フェイとハジャ、二人の姿が消えていたのだ。 あれっと暢気に言ったビッキーをメグが恨めしそうに見たのは一瞬、二人が消えたはずの場所にパシッと何かが走った。 まるで雷が空間に集約するように、やがておの中心に小さく暗い穴が生まれた。 段々と穴は大きく開いていく、穴の中から伸びた手のひらが更に広げていく。 「悪、運の、紋章よ!!」 何をどうやったのかは分からないが、空間をこじ開けてハジャが現れたのだ。 いかに悪運の紋章であろうとそれがどんな無茶な行いかは、ハジャの必死の形相が示していた。 もはや声を出す事さえつらいのか、無言のまま片手を伸ばした。 メグは何一つためらうことなくその手を取り、ハジャと一緒に飛ばされていった。 「いいな〜、メグちゃん。行ってらっしゃい」 |