幻想水滸伝U

第三十三話 別れ、再開する宿星+坊

ハイランドの王宮の、幾つか有る中庭のうちの一つに三人はいた。
ハジャとフェイが並び、二人に向かい合うようにルカがいた。

「やはり、気持ちは変わらないか」

酷く残念そうなルカの言葉の中に、無理を強制させるような意味合いは少しも見当たらなかった。
ハジャの帰るという宣言から実に一週間もの日付が流れもすれば、それなりに落ち着いたのだろう。
もっとも落ち着くだけルカの中でなにか決定的な変化があったのかもしれないが。

「悪い、また遊びに来るって約束は守るからさ」

「死んでも守れ。守らねば、地の果てまで追いかけて殺すぞ。フェイ、貴様もだ」

念を押すようにフェイを見ると、見事なまでの笑顔を返される。

「任せろ、ハジャが約束を破りそうになったら俺がソウルイーターで吸い込んでおいてやるよ。そのまま生首として梱包して送りとどけてやる」

「ふん、頼んだぞ」

このやり取りに突っ込みたいのは山々であったが、別れの前に無粋に突っ込む事などハジャにはできなかった。
先日フェイがビッキーに送った手紙に書かれた実験の時間はもうすぐそこである。
いつ二人が消えてしまうかわからないため、前置き無しにルカが左手を差し出した。
握手を求める様にではなく、手の甲を上にしたまま、差し出していた。
そのルカの手の甲にまずフェイが手を置き、意味を理解したハジャも手を置いた。

「誓え」

ルカの短い言葉に、ハジャとフェイが頷いた。
そしてルカの右手が大きく振り上げられ、振り下ろされた。
一番上に置かれたハジャの手の甲に、当然のごとく振り下ろされたルカの右手がひっぱたき良い音を立てる。
そこまでは良いのだが、痛みに悶えるハジャが見たものは、あっさりとハジャの手の下から手を引いていた二人の姿であった。

「痛ッ〜ってちょっと待て! こういう誓いの時は逃げないのがスジだろうが、なにあっさり逃げてんだよ!」

「一言でも、逃げない事が誓いだって言ったっけ?」

「勝手に勘違いして相手を非難するとは、馬鹿だな。ちゃんと確かめなかったお前が悪い」

まるで示し合わせたかのような二人の弁に、さすがに言い返そうとしたハジャだがとある人がこの場所へとやってきた。
二人が去ることが極秘であるように、三人以外に誰もいなかったこの場所にである。

「ハジャ様!」

「ジ、ルさん?」

それは侍女の一人もつけないで、ドレスの裾を持ち上げて走ってくるジルであった。

「ジョウイ様から聞きました。ハジャ様が、今日にも帰られるということを」

それはジルの気持ちを知ったジョウイの心遣いだったのかもしれないが、肝心のハジャがその事に未だ気付いていない。
その証拠に、なんでわざわざジルが着たのか首を傾げようとしている馬鹿がいた。
だがジルの方も気付かれていない事に気付いていたようで、精一杯の勇気を持ってハジャの前へと踏み込む。
そしてハジャが何だと疑問を持つ前に、その唇をハジャへと押し付けようとしていた。

「私の、気持ちです」

ほとんど唇が触れるか触れないかの直前で呟かれた言葉に、ようやくハジャもジルの気持ちに気付く事ができた。
だが、それはあまりにも遅すぎた。
唇と唇があと数ミリとまで近づいた所で、ハジャたちの頭上に瞬きの紋章が輝きだしていたからだ。
本当に唇が触れるか触れないかの所で、ハジャとフェイの姿はハイランドから消え去っていた。





「嫌だー!! 帰りたくない、俺はもう一度ハイランドに戻るんだー!!」

空と雲の、青と白、そして遥か下に見える大地の緑しかない景色で、ハジャが口に入り込んでくる轟風をものともせずに叫んだ。
その声と共に、キラキラと光る涙の様なものが、高速で彼らから離れていく。
ビッキーが彼らを召喚したのは、今回たいした問題でもなかった。

「もう、諦めろ。結局最後の最後まで気付かなかったお前が間抜けだったんだ」

「って、なんでそんなに冷静なんだよ。知ってたな! 知ってて黙ってただろ、お前!」

「なんで俺がわざわざ」

やれやれと息をついたフェイを見て、空中という姿勢制御が難しい状況なのにハジャは掴みかかっていた。
だが帰って来た言葉は冷静すぎた。

「それより、お前高い所大丈夫になったのか?」

「んなこと、どうでもいいんじゃー! 真顔で聞くなボケ、怖いにきまっとろーが!!」

「安心しろ、あと一分もない」

「へっ?」

フェイが指差したのは、やや下に見えるようになってきた街並み。
そして、同盟軍の兵士宿舎であった。
たしかに、もう数秒しかない。
二人は、兵士宿舎の壁ではなく、窓を突き破って転がり込んでいった。
フェイはそのまま誰かのベッドに優しく受け止められ、ハジャはなにか柔らかいものの上に倒れこんで顔を軽くぶつけていた。
だが怪我らしい怪我を殆どせずに立ち上がったハジャが直ぐに叫んだが、間が悪かった。

「今からでも帰るんだ、ジルさーん!!」

「誰のところに帰るんだって?」

久しぶりに聞く声だったが、優しくはなかった。
怒りと羞恥に顔を赤らめ、何故か唇を手で押さながら床に仰向けで寝転がっているメグである。

「あ……いや」

「いきなり帰ってきて、しかも折角三日おきには掃除してる部屋を散らかしてその上!」

よく見てみれば、それはハジャの部屋だったのだが、何故三日おきに掃除していたかは、たいした問題でもない。

「私のファーストキス奪った直後に、他の女の名前を叫ぶなんて、何様のつもりよ!!」

一番大きな問題はそこであった。
何処にそんな力があるのか、ハジャはメグによって、ぶち破って入ってきた窓から外へと思いっきり投げ出された。

「死んじゃえ、バカ男!!」

「うおぉぉぉぉぉ。フバォッ!!」

恐らく地面にめり込んだであろうハジャへと、ありったけの罵詈雑言を浴びせるメグを見て、しみじみとフェイが呟いた。

「色んな意味で、お似合いなんだがな。お前らは」