幻想水滸伝U 第三十二話 読んでしまった宿星 「うっわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 その日ハイランドの王宮には、至上かつて無い程に大きな泣き叫び声が響いた。 「またんか、このブタが。死ね、死んでしまえ。絶対に、許さんぞぉ!」 同時刻、同じぐらい大きな声で怒声が響いたが、発言主のおかげでそちらの歴史は闇に葬られる事となる。 言うまでもなくこの二人は、必死の形相で逃げ惑うハジャと、愛剣を片手に振り回しながら走るルカだった。 恐ろしいほどに大きな声を上げつつ、恐ろしい形相と、恐ろしいスピードで王宮の廊下を駆け抜けていく。 「俺様の断りなく、俺様の前から!」 「やっべぇ、マジ死ぬ。殺される。誰ッか!」 真っ先にハジャが思い浮かべたのは、カラクリ好きの誰かさん。 「絶対に、俺は帰って。帰ってやるぞぉ!!」 「くっ、走るスピードが上がったか。だが、この俺様が許さない限り……がぁ!」 ルカの奮闘むなしく、ハジャの背中がどんどん遠くなっていく。 その時のルカの顔を、走り去ろうと前へ突き進むハジャが見ることは無かった。 とうとうルカを振り切ったハジャは、廊下の角を曲がって直ぐ右手に見えたドアに飛び込んだ。 直ぐにドアを閉めて背中を貼り付けるようにすると、盛大な足音と共に駆け抜けていくルカが感じ取られた。 その事に息をつくと、ようやくその部屋がなにか気にする余裕が生まれた。 いくつかの本棚と、ドアの正面に配置された机、書斎であった。 「誰のって……考えるまでも無いか」 近づいた机の上には小さな額縁に、今よりも押さない格好のルカとジルが描かれた絵が飾られていた。 ルカの書斎であることに間違いは無かった。 「アイツ、皇子だもんな。そんな姿、みたことないけど」 見たことある姿といえば、遊ぶか剣を振り回し追いかけてくる姿ばかりである。 「なんだこれ?」 そんな時に目に入ったのは、机の上に無造作に置かれた一冊のノートであった。 なんのノートか分からないが、片付けておいてやろうと手を伸ばした時、何故か開けっ放しであった窓から風が吹き込んだ。 とっさに顔をかばう程の風に顔を打ち叩かれながらも、ハジャが振り返った時、ノートが拍子から数ページ捲れていた。 日付ごとに区切られた数行の文章が目に付いた。 「ルカの……日記?」 見てはいけないと言う倫理観よりも、吸い寄せられるような義務感のようなものをハジャは感じて手に取った。 「……日、変な二人組みが現れた。風呂で行った一騎打ちに初めて破れるが、不思議と悔いはなく楽しかった。……日、馬鹿から貰ったブー子ちゃん人形を斬った。後で直して書斎に飾った。馬鹿と同じぐらいブサイクになった。少し笑えた」 導かれるようにハジャが、ハッと一つの本棚を見ると、ブサイクに修復されたブタの人形が飾ってあった。 酷くこの高級な書斎に似合っていなかったが、飾ってあった。 「……日、馬鹿が風邪をひいた。馬鹿が風邪を引くとは新しい発見だった。仕方なく風邪薬を買いに出かけるが、戻った時には治っていた。むかついたが、ほっとした」 ハジャはゆっくりとノートを閉じると、何故か机へと思いっきり頭を打ち下ろした。 そのまま痛みでゴロゴロと絨毯の上を転がった後、逃げる時とは違う目つきで書斎を出た。 「くそう、あの馬鹿何処へ逃げた」 王宮の廊下を、ウロウロとまるで熊のようにハジャを探すルカ。 そのまま野生の感なのか、後ろから歩いてきたハジャを見つけて振り向いた。 「よく逃げずに来たものだな。俺様の断りなく、俺様の前から消えようとする貴様を……俺様は決して許さん!」 かなり殺気の混じった声だったが、ハジャはややうつむき加減で何も言い返すことは無かった。 「ふん、あまりの恐怖に言葉も無いか」 「………………」 嘲っても何も言い返してこないハジャに、ルカの方が先に根負けしてしまった。 いつもの如く剣を振り上げて、ハジャに向かっていく。 当然避けるであろうという思惑を持ったまま。 だが、馬鹿が逃げなかった。 「悪運の紋章よ!」 剣を上段から振り下ろし、青ざめたのはルカのほうであった。 薄暗く不気味な光を発しだした右手と、いたって普通の左手をハジャが頭の上に掲げたからだ。 当然逃げるだろうと重い振り下ろした剣は、例えルカの腕力であろうと止める事など出来ない。 「に、逃げろ馬鹿!」 「ふんがぁ!!」 パァンっと蚊を叩き潰す時のような音が、王宮の廊下に響いていった。 響いたっきり、シンと静まり返った廊下では、ルカの剣を真剣白刃取りしたハジャがいた。 あまりの恐怖に顔面蒼白で、歯をカチカチと鳴らし涙を流していたが。 「お、おぉぉぉぉぉぉ。し、死ぬ。死ぬかと、思った〜……」 「ば、馬鹿者が! 死ぬかと思ったじゃない、死ぬ所だったんだぞ。一体何を考えている!」 完璧に固まってしまったハジャの手をゆっくりと解きながら、ルカは自分の剣を離させた。 するとハジャは手と一緒に全身の力が抜けたように、廊下に座り込んだ。 「だって、こうでもしないとルカとゆっくり、ちゃんと話せないじゃねえか。ちゃんと話してから帰りたいんだ。もう、逃げるように投げ出せなかったんだ」 「貴様、まだ帰るというのか。何故だ。何故そこまで」 「ずっと、好きだった子がいたんだ。傷つけたまま逃げてきた。だから、もう一度帰ってちゃんとやり直したい」 「ジルの事はどうするのだ」 切り札にとルカが持ち出した事は、あっさりと返された。 「ジョウイがいる。それに俺みたいな小市民なんかが、相手にしてもらえるわけないだろ」 こいつ本当に気付いてないのだなとルカは諦めたように、ハジャを見た。 そして、これ以上意地をはらせたら、いつか自分も意地になって本当に殺してしまう時がくるかもしれないと思う。 手放したくないが故に。 悩みぬいた末に出した答えが、この言葉であった。 「帰るのはかまわんが…………た、たまには遊びに来い」 |