幻想水滸伝U

第三十一話 うかつで馬鹿だった宿星

一つテーブルを挟んで向かい合うハジャとフェイ。

ズズッと湯飲みからお茶をすする音がやけに大きく聞こえたのは、どちらも喋ろうとしていなかったからだ。

フェイはハジャの言葉を待ち、ハジャはためらうように言葉を喉に詰まらせている。

なにが切欠と言うわけでもなく、単に決心したハジャが湯飲みを一旦テーブルに置いて言った。

「あのさ、そろそろ帰ろうかと思うんだわ。メ……同盟軍に」

フェイからの返答は、帰るかどうかはあまり関係なかったが、辛らつであった。

ハジャと似たように湯飲みをコトリとテーブルに置いていった。

「煮え切らないまま帰っても、同じだぞ」

「ぐっ」

ふたたび湯飲みを取ろうと伸ばされたハジャの手が、プルプルと震えていた。

「べ、別にメグは関係ないぞ。ただそろそろ……まっとうな職業についとかないと、お前と違って俺は金が無い」

「確かに今のルカの護衛が真っ当な仕事とはいえないが、金は十分すぎるほどに貰ってるだろう。そして解雇はまず無い。今のお前に帰る理由が無い。ここに骨を埋めた方がいいぞ?」

「お前、俺の決心をそんなに鈍らせて楽しいか?」

「相手に相談してから動こうとする態度を決心とは言わない。本当に決心したのなら、突然帰るぞと言って荷物をまとめだす事を言う」

恨めしそうな眼を向けては見たものの、即座にフェイによって一蹴された。

フェイから見ても、ここへ逃げてきた当初よりはハジャがメグと向かい合う気になっている事は解っていた。

だが、まだその気持ちが弱い。

それでは結局前と同じはめになってしまう可能性が高く、なによりも彼から逃げ切れるはずがない。

「お前が忘れているようだから、言ってやる。メグのこともそうだが、帰るにしてもルカを振り切れるのか?」

「あ……わ、忘れてた」

顔を青くしたハジャの案の定の言葉に、掛ける言葉が見つからなかった。

「相変わらず考えなしに生きてるな。パターンその一、正直に真正面からルカに帰ると言った場合」

「速攻斬られる!」

「パターンその二、何も言わずに夜逃げ」

「追ってくる、そして斬られる!」

「パターンその三、悪運の紋章に何かを期待」

「ハイリスク、ロウリターン、斬られる確率が上がりそう!」

ぬがっと立ち上がって頭を抱えたハジャを、お茶をすすりながらフェイは冷静に見ていた。

そもそもこの考えなしで能無しは、どうして突如として帰ろうなどと思ったのか。

「とにかく、ビッキーになんでもいいから召喚魔法の実験をするように手紙を書くから、それまでにルカのことちゃんとしとけ。また逃げたら、なにも変わってないぞ」

「お、おう……なんとか、やってみるわ」

なんとも気弱な返事のままに、ハジャはいきなり自室から、フェイの前から逃げた。





王宮のふかふかした絨毯が敷かれた廊下を、どうしようかと途方にくれたままハジャは歩いていた。

帰りたくなった理由は口には出しにくいが、帰りたい気持ちは確実に大きくなっていた。

だがルカに帰ると言っても通じるはずもなく、何処にと聞かれれば即アウトである。

「そもそもがろくな出会い方じゃなかったもんな」

突然自分達が王族用の風呂に現れ、フェイとルカがチャンバラでと言っても真剣と棍で戦ったのだ。

「立場は敵でも、友達だもんなぁ」

その後もろくな思い出がない気がしないでもないが、ハジャの認識はそこであった。

もっともそれぐらい図太い、タフな精神をしていなければ、そもそもフェイと満足に付き合えるはずが無い。

「ジルさん」

ボケっとそんな事を考えながら歩いていたハジャの反対側から、ジルが歩いてきた。

また中庭でお茶をしていたのかティーケースを片手に持っている。

だが、それにしてはやけに浮かない顔をしていた。

「ハジャ様……」

「お茶してたんですか? 呼んでくれればいつでも行ったのに」

「そう、ですわね……でも、ご迷惑ではなかったかしら」

普段なら迷惑なんてとんでもないと否定する所だが、良い機会だからと切り出したハジャが馬鹿だった。

そもそもあの寝言を聞かれていたなどと、思うはずもないので仕方の無い事だが。

「ちょっと聞いて欲しい事があるんです。実はちょっと元いた街に帰ろうかと思っていて」

ジルの変化は劇的であった。

ややうつむき加減であった顔を急にあげてハジャを見つめると、急に涙を瞳にため始めた。

その事にぎょっとした表情をハジャが見せた瞬間、走り出した。

「ごめんなさい!」

「え、ごめんなさいって。ジルさん!」

待ってくれと伸ばした手が、ジルを掴む事はなかった。

振り返ることなく走って言ってしまったジルを掴もうと伸ばした手の置き所に困ったハジャが、そのまま手を頭に置いた。

「なんかしたっけ、俺?」

頭に置いて手で、ボリボリと頭をかいた。

「貴様、しっかりと思い出せ」

「思い出せって言われても、ついさっき元いた街に帰ろうかって思ったって伝えた……」

そして今現在、いきなり現れた誰に伝えてしまったのか。

背後に立っていたその人の顔を覗き込むように、ハジャはゆっくりと振り返っていった。

「で……誰がどこに帰るって?」

ルカであった。