幻想水滸伝U

第三十話 幻の人をみた宿星

「お前ってさぁ」

ハジャの部屋の中に、呆れ、それ意外混じりっ気なしの言葉が投げかけられた。

「本当に、成長しないよな。前にもあったろ、こんなこと」

投げかけた人物はフェイであり、投げかけられた人物はベッドの上でタオルを頭に寝ているハジャである。

時折咳き込んでは喉を痛そうに押さえている。

風邪をひいたのだ。

大風が吹く夜に、兵士の訓練場で一晩中倒れていたために。

「ゴホッ……やかましい。今回はうごかなかったんじゃなくてッホ、動けなかったんだよ。ジョウイの奴、倒れてる俺をそのままにして帰りやがって」

恨めしそうに呟くハジャに、フェイはますます呆れた声を上げた。

「果たし状送っておいて、返り討ちにした相手を介抱する馬鹿がどこにいる。止めを刺されなかっただけありがたく思え」

「思え、るか」

本当はそこで叫びたかったのだろうが、喉に何かがつまったように言葉が止まっていた。

喉の渇きが声を邪魔したのだ。

「あ〜、頭痛ぇ。と言うか病人の部屋に、見舞いでもないのにノコノコやってくんなよ。遊びたいんならルカんとこでも行けよ」

「俺もそのつもりだ。だから待ってる」

「………………ん?」

何故ルカと遊ぶのに自分の部屋で待つのか、明らかにおかしいのに納得しそうになり首をかしげた。

そう言えば過去に一晩中トラン湖に浮かんで風邪を引いた時も、なにか。

熱にうかされた頭で必死に思い出そうとするが、その数秒後にその必要はなくなった。

ノックもなしに、借金を取り返しに来たそれ系の人がそうするようにバンッと部屋のドアが開かれた。

怒れる闘神、ルカである。

なぜ怒っているのかまでは不明だが。

「貴様、介錯してくれる!」

しかもあまりの単刀直入すぎる言葉に、ルカが来る事をみこしていたフェイも意味が解らなかった。

「なんだよ〜、そうだよ。思い出したよ。風邪ひいてるのにやたらめったら人が来るんだよぉ。かんべんしてくれよ〜」

「やかましい。大人しくそこになおれ!」

「へいへい、どうぞ好きにしたって」

最後まで言い切ることは出来なかった。

斬っと聞こえそうなほどに荒々しく振り下ろされたルカの剣が、ハジャのベッドをまっぷたつに斬ったからだ。

まさか病人相手に本当に斬るととは思っていなかったハジャのパジャマの背中が切れていた。

ちょっと血がでているかもしれない。

「って、阿呆か! 俺は病人だぞ、遠慮は無しか遠慮は! もうちょっとそこは、素直だからって戸惑ってどうしたんだってフェイに意見を求める所だろうが!」

「ふん、貴様の思惑になどのるものか。俺はてっきり俺の刃にかかりたいと、お前が天の声に目覚めたのかと思ったのだが」

「あ〜、俺も」

「そこ、やる気のない声で同意するな!」

ビシッと指差した相手はもちろんフェイだが、面白ければなんでもよいらしく笑うだけである。

とりあえずハジャはめり込んだ剣をどけさせると、割れたベッドを無理やりくっつけて再度寝なおすためにシーツをかぶる。

「とにかく俺は病人だ。俺菌が移されたくなかったら消えろ」

「うむ、それはたまらんな。早々に消えることにしよう。行くぞフェイ」

「ブタの鳴き真似が上手くなりそうだしな」

早速大人しくなって部屋を出て行こうとする二人を見て、望んだ結果となったのに釈然としない者を感じつつ、ハジャは頭までシーツをかぶった。

ちょっと枕が濡れていた。





いつの間にか眠っていたようで、ハジャは段々と高熱になっていく体にうなされて目を覚ました。

覚ましたと言う表現はあまり正しくなく、その目はうつろに天井を映し出していた。

そのはっきりとしない視界の中に、誰かが顔を覗かせた。

「大丈夫、ですか?」

女の人の声、自分の部屋に来るような女は一人しかいないかと笑う。

「あ〜〜、ダメっぽい。前はこんなにも熱が上がらなかったのに」

うなされているのとは変わらないかすれた声で言うと、自分の顔を覗き込んでいた人が手のひらを額にのせてきた。

ひんやりとして、とても懐かしいようで、少し違う。

「……なんだよ。しばらく会わないうちに髪型変えたのか? 色まで黒に染めて」

「はぁ……?」

ゆっくりと伸ばされた手で自らの髪に触れられた女性は、怪訝に疑問の声を上げたがハジャは気づいていなかった。

「まあ、似合ってるかな。熱にでもうなされてなきゃ言えねえからな。二度と言わねえぞ」

「………………はい」

「なんでお前まで素直になるんだよ」

さすがに少しはおかしいと思ったようだが、ハジャはそのまま再度眠りに落ちていった。

そのあと女性はハジャの額から手をどけると、代わりに冷やしたタオルを置き、そのまましばらくそこにいた。





再びハジャが目を覚ました時には、すでに夕刻を過ぎ、夜の暗闇がさしせまっていた。

ほとんど下がりだした熱に体は回復へ向かい、少しだけ体をおこした。

すると、いつの間にか額にのせてあったタオルがパサリとベッドの上に落ちた。

「タオル? ……誰が?」

この城に自分を看病するような奇特な人物が何処にいるのだろうか。

知り合いを一人一人頭に浮かべては、即座に罰点印を烙印していく。

その中で一人だけ、可能性はないがそれぐらいの優しさを持っているであろう皇女様を思い出す。

「まさかな」

力を抜いて、起こした上半身をベッドに横たわらせる。

「……そろそろ、帰ろうかな」