幻想水滸伝U

第二十八話 対抗心がない宿星

「ふ〜、なんとか逃げ切ったぜ。しかしアレだけあった袋が……くっ。だが良くやった俺!」

グッと男泣きするように右腕で量目を隠した。

そんなハジャの左腕は、抱くようにして一つのマグカップが残っていた。

四つも五つも残っていたプレゼントの入った袋、その中から生き抜いた一品であった。

もちろんその他はルカによってゴミと化すか、気に入るかして奪われてしまっていた。

「もう壊されんうちにジルさんを探そう」

キョロキョロと見渡したのは、王宮の廊下である。

運良く丁度通りがかるはずもなく、居場所を予想して届けに行くしかない。

「まあ無難に自室か、お茶会した中庭だよな。自室に行ってルカがはってるかもしれないし、中庭の方に行くか。俺がそこを知っている事を知ってる可能性も少ないし」

最後に、そうするべと呟くとハジャは足を中庭へと向けた。





眩しいほどに光と花を取り入れた空間にハジャは眩しさを感じながら足を踏み入れた。

前のお茶会からここにしばしば訪れていたものの、この眩しさには慣れそうもなかった。

最初は薄く目を開けた状態から、慣れてくるに従って目を見開いていく。

そして中庭の入り口からずっと向こうに、かすかにジルの顔が見えた。

「お、いたいた」

目的のジルを見つけたハジャは、軽い足取りで敷かれた石畳を跳んでいく。

まるで背中に羽でも生えたかのような身軽な足取りだが、

「おっ!」

いくらか近づいてから声を掛けようとして、その体を植木の茂みの中へと引きずり込まれた。

感じたのは戸惑いよりも痛みであった。

無理やりに引きずり込まれたものだから、植木の枝が体中を引っかいていたのだ。

悲鳴を上げたくても、誰かの手がハジャの口元を押さえつけていた。

「すまんなハジャ」

そう小声で謝ってきたのは、こちらに来てできた友であった。

断じてルカではなく、シードである。

「フガ、フガ!」

「だから悪いって言ってるだろうが! 騒ぐなよ」

「フーーーーッ!」

騒ぐなと言われても、いきなり茂みに引っ張り込んでおいてとハジャが憤ると、会いに来た人の声が聞こえた。

「あら、今なにか声がしませんでした? ジョウイ様」

「そうでしょうか? 猫かなにかが迷い込んだのでは……」

「にゃ、にゃぁ〜ん」

「ほ、ほら……やはり猫…………」

下手糞な鳴き真似はシードからであった。

その下手さに、恐らく気づいていたジョウイの声が震えていた。

「それでも何処か聞き覚えのある鳴き声でしたわ」

「恐らくここに住み着いているのではないでしょうか? それで幾度か聞いたことがあると」

「そうですわね。その通りですわ」

ごまかしは上手くいったようで、カチャリとティーカップを持ち上げるような音が聞こえた。

そこまできて、ようやくハジャはシードが自分を茂みに引きずり込んだ意図を察した。

「おい、どう言う事だ。なんで俺の邪魔するんだよ」

「馬鹿、どう考えても邪魔なのはお前の方だろ」

ジョウイと特にジルに気づかれないように、小声でやり取りをする。

「なんで俺が邪魔なんだよ」

「当たり前だろうが。この大事な時期にジル様のまわりで男のお前がチョロチョロしてたらまずいだろうが」

「なんだよ大事な時期って」

「いや、すまん今のは忘れてくれ。とにかくジョウイ様の今後に関して、お前が邪魔なんだよ」

「そんなんで納得でき」

「ジル様、僕は近々ルカ様にこうお願いするつもりです」

あからさまに怪しいぐらいに茂みが揺れたため、急いだようにしてジョウイが言った。

何を言うつもりかハジャにはわからなかったが、シードには解ったようでハジャを押さえ込む力が増していった。

「あら、兄にですか? それは私にも関係ある事でしょうか?」

「ええ、十分過ぎるほどに。僕は、ルカ様に貴方を頂きたいと言うつもりです」

「えっ」

嬉しさの声か、単なる戸惑いの声なのか。

判断つかないまま、ハジャは体の力を抜いていった。

抜けてしまったと言った方が正しいかもしれない、これは明らかなプロポーズではないかと。

「ちっ、だから言っただろうが」

このまま地に溶け込んでしまうのではと思うほどに脱力していったハジャは、ゆっくりお気を持ち直した。

だが、脱力している事には変わりなく、ゆっくりと茂みからテーブルに着いている二人を覗いた。

絵になると言いたくはないが、似合ってはいた二人であった。

ジルは言うまでも鳴く、ジョウイも基がよいせいかお茶を飲む姿も様になっていた。

「俺……戻るわ。シード、これやる」

渡されたマグカップにはキャラクターであるブー子ちゃんがプリントされており、思わずシードはダサと言ってしまったが、ハジャは反応すらしなかった。

生すらあきらめたゾンビのようにドスリドスリと、去って行った。

友情と仕事で、仕事をとってしまったシードは苦いものを噛み潰したような顔をしてそんなハジャを見送った。

「まだこれはつもりというだけですが、近日中に行います。できれば、心の準備だけでもと思い貴方様に先にお知らせいたしました」

シードは上司の声を聞いて、視線を二人へと戻した。

ジョウイがそれではと立ち上がり、ハジャが出て行ったのとは別の出入り口へと向かい歩き出した。

そのことにほっとしつつ、自分もまたこの場を去ろうとすると、ジルがなぜか脇においていたティーケースを取り出した。

なんとなく気になったシードは、一旦足を止めた。

ジルがケースから取り出したのは、そのテーブルに不釣合いなマグカップであった。

「ジョウイ様が嫌いなわけではありませんが、あの方の事を想うと霞んでしまうのです。愚直で底抜けに明るくて、そして兄とも上手く行っているあの方」

俺もしかしてやばい事聞いてしまったのではと思ったシードの視線の先は、ジルが取り出したマグカップであった。

そこにはブー子ちゃんではないが、また別のキャラクターがプリントされていた。

そんな者を皇女に送るものなど、この城には一人しかいない。

「ハジャ様」

それはフェイですら可能性として考えても居なかった呟きであった。