幻想水滸伝U 第二十七話 ハイランド城下に出た宿星+坊 ハルモニアの恩恵があるせいかまでは解らないが、ハイランドの城下はトラン共和国とも都市同盟とも雰囲気が違っていた。 舗装された道路に計算された区画整理、一番近いのはグリンヒルであろうか。 「それでもまあ、あの城ん中よりはマシだよな」 歩きながら、思っていたことがポロリと口にでているのはハジャだ。 ブラブラとキョロキョロと歩き、店先の珍しい物を見つけては一瞬だけ立ち止まり横で歩いているフェイに追いつく。 「思った以上に普通だな。ルカの狂気は国民には全く向かないようだ」 「狂気ね。何かあるとすぐ剣を抜くけどさ、悪い奴じゃねえと思うけど?」 「すぐ剣を抜くという時点で駄目だとおもうがな。どうも、お前の基準はずれているようだな」 「お前、自分の右手を見てから言ってくれ。大抵の事にはなれたよ。リンゴ食うか?」 何時の間に買ったのか、赤く熟れたリンゴを受け取り、そのままかじる。 そのリンゴを持つ手は厚い皮の手袋によって一部の隙間もないほどに包み込まれている。 隠されていると言ってしまったもよいかもしれない。 生と死を司る真の紋章。 持ち主の近しい者の命を食らい、食らい尽くすほどに力を得る紋章。 「お、あっちにファンシーなお店発見。俺ちょっとジルさんへのお土産買って来る。お前はどうする?」 「ここで待ってる。早くしろよ」 「それは出来ねえ相談だ。小一時間は悩むね」 「だったら、言ってないでさっさと行って来い」 フェイの言葉が終わるか、終わらないかのウチにハジャは走って淡い黄色に飾られた店へと入っていった。 それを見送ってから、フェイは丁度運河に橋の架かるふちに寄り、右手の手袋を脱いだ。 「なんでアイツだけ、食わないんだろ」 ポツリとつぶやいたのは、以前からずっと抱いていた疑問。 食って欲しいわけではない。 そんな事をされれば、二度と、いや……三度目、親友を二度も食われたら立ち上がれないだろう。 だからこそ、食わない理由が知りたい。 食わないという保障が欲しい。 「なあ……喰わないでくれよ。もう二度と。ずうずうしいかもしれないけど、二度と親友を失いたくない。頼むよ」 祈るようにして呟き、右手に手袋を戻す。 そして、溜息。 「馬鹿みてぇ。一度でもコイツが俺の頼みを聞いたことがあったかよ」 「お〜い、フェイ」 フェイの沈み込んだ胸中などお構い無しに、無粋な声が届く。 「ちょっと買いすぎちまった。持つの手伝ってくれよ」 「お前なぁ……」 「お、落ち……落ちる。ちょっとで、一袋でいいんだ」 そう言ったハジャの腕の中には、パンパンに膨らんだ紙袋が見える範囲だけで四つはあった。 胸に潰されていそうな物もあるかもしれない。 「そんなに買ってどうするんだよ。それに、ルカに見つかったらまた追いかけられるぞ? あれで妹を大切にしてるみたいだし」 「はん、障害が大きければ大きいほど恋は燃えるもんだぜ」 「うわっ、シーナがいる。シーナ二号だ」 「あんなのと一緒にするなよ。俺はジルさん一筋さ」 「その障害を目の前にして、同じ台詞が掃けるか?」 鳥にしては大きな影が、通り過ぎた。 舗装された道路を破壊しながら降り立ったそれは、純白の鎧に身を包み青いマントをはためかせたルカであった。 どういう方法で空を飛んできたかは知らないが、着地地点から白い煙が立ち昇っている。 「ど、どどどどどどど」 「貴様が無謀にもジルへのプレゼントを買ったとの情報を聞いたんでな」 「情報早いな、で……提供者は?」 「シードだ」 「ど」しか言わないハジャを置いて、事の事情をやりとる二人。 だが、シードの名を聞いてようやく「ど」以外の言葉を発する。 「あんのアホ、なんの恨みがあって」 「貴様らまた昨日の夜、厨房でやりあっただろう。その時のジェラートの恨みらしいな」 「…………至極真っ当な恨みだな」 「またやってたのかお前は」 真っ当かどうかは置いておいて、双方理解をした所でルカが剣を抜いた。 こんな街の中で問い痛いところだが。先ほどまで流れを形成するほどにいた住人達を欠片も見かけない。 白い弾丸が着地した時点で、声もなく退避を開始していたのだろう。 「ま、待ってくださいルカ様。ここは一つ穏便に、これで」 ハジャが差し出したのは、最近街で流行っている擬人化ブタのブー子ちゃん人形。 「ブタはいらん」 「ブー子おぉ!!!」 あっさり一刀両断され、あわれただの綿クズと成り下がる。 「お前の死は無駄にはしない。逃げ切ってみせるさ。この白い悪魔からな。ジルさん、このハジャが今すぐ貴方の下に逃げ込みます!」 「逃げ切れると思っているところが甘い。さあて、貴様が抱える袋が一体どれだけ手元に残るかな?」 「させるかぁ!!」 体よりも紙袋を庇いながら走るハジャ。 剣を振り回しながらそれを追いかけるルカ。 残されたフェイの腕の中には、一つの紙袋があった。 袋を覗けば、マグカップや置物、主に女の子が好きそうなアイテムが何点も入っていた。 「アイツ、わりと策士だな。俺が持ってりゃ、ルカの手には落ちないわな。届けておいてやるか」 勝手に走って言ってしまった二人を、ゆっくりと追いかけ始めた。 |