幻想水滸伝U 第二十五話 奪い合ったの宿星 ふと目を覚ますと、そこは真っ暗な闇の中であった。 まだ夜中ではないかと震えながら布団をかぶったハジャは、とある事に気づく。 「なんで……ちょっと目が覚めただけなのに、腹へってんだ俺は」 寝て起きればすぐに朝だと、睡眠を再開しようとするが、空腹と言う名の悪魔がソレを許さない。 「あ〜、もう。くそッ!」 短いがしっかりと罵声を上げると、ハジャはベッドを降りた。 暗いのは嫌だからと枕もとのランプに火をいれ、それを持って立ち上がる。 ランプの薄明かりが照らすのは部屋のごく一部である。 多少手探り気味にではあったが、ハジャは入り口を探し当て、空腹を満たせる場所へと向かう。 「厨房になんか残っていればいいけど」 部屋を出て、すぐに通り過ぎたとあるドアの前。 何故か夜中なのに楽しそうな笑い声がドアから漏れてきていた。 「は〜っはっはっは、ブタが。ブタどもがッ! ひざまずけ、鳴き声を上げろ」 「寝言なの?! そんな夢見て楽しいのか?!」 ハジャの隣のルカの部屋である。 恐らく豪快な寝言なのだろうが、寝言が現実になるのが怖くなりハジャはさっさと通り過ぎた。 「触らぬ神になんとやらか」 厨房は、当たり前のように人影も明かりもなかった。 ドアを開け、ランプを先にして覗き込んだハジャはそれを確認すると、厨房に明かりを灯していった。 壁に立てかけてあるランプが厨房全体を照らしていく。 「これで、少しはマシか。真っ暗な所で食いもん食いたくねえし」 始めたのは食い物捜しだ。 かまどに置いてある鍋のふたを開け、戸棚の戸を開ける。 「なんもねえなぁ。さすがに王宮で残り物を探そうってのが、そもそも無理なのか……同盟軍なら、飯は大量生産だから少し余るのに」 鍋という鍋、戸棚という戸棚を探しまわり、結果はゼロ。 水で腹を満たして帰ろうかとしたとき、それは見つかった。 灯台下暗し、目の前のテーブルの上の更に布が一枚賭けてある。 明らかに何かの残り物だ。 「ラッキー、このふくらみとわずかな香りは、パイか」 「ちょっと待ったッ!!」 「ぬ、何奴!!」 ハジャの伸ばしかけた手が、勢い良く開かれたドアと叫びによって止められた。 薄暗いために良く見えないが、赤みが掛かった髪の男である。 「ソイツは、寝る前から俺が目を付けていたブツだ。大人しく手を引いてもらおうか」 「後からやってきて所有を主張するとは厚かましい奴だな。名を、名を名乗れ!!」 「ふっ、俺はハイランドにその人ありと言われたシード将軍だ」 「……自分でそういう奴に限って、大した事ない奴だというのはもはや世間の常識。空腹の前にそのような奴の指図は受けない」 「させるかッ!」 あっさりシードと名乗った男を無視してパイに手を伸ばそうとしたハジャ。 だがシードもそうは行かないと、走ってテーブルの上のパイに手を伸ばした。 伸ばされたお互いの手が、お互いの手を阻止しあう。 「くっ、やるな。くぬ、この!」 「お前こそ、その食への執念なかなかのものだ。くっ!」 相手の動きを読み、相手に動きを読ませぬように動いた手が幾度となくぶつかり合う。 もはや、ただの夜食の奪い合いではない。 これは一個の人間が食へと見せる執念、生き方そのものである。 「はっ、はっは! これで、どうだ!」 「甘いぞ。この戦いを制し、食すパイはもっと甘い。食わせてもらうぞそのパイを!」 「な、しまっ!」 上からパイを押さえるように伸ばされたのシードの腕はフェイントだ。 横からすべるようにして出された腕が、皿の上からパイだけを狙う。 「まだ、だ。悪運の紋章よッ!」 暗がりでよく見えないが、確かに紋章が光った後、急にテーブルの足が折れた。 同時に傾いたテーブルからパイの乗った皿が滑り落ちていく。 「まずいッ!」 叫んだのはシードだ。 お互いがお互いをけん制しているために、滑り落ちていくパイに手を伸ばせないのだ。 このままでは、パイが床に落ちる。 残された方法は、攻撃を受ける事を覚悟した捨て身。 「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」」 飛んだのは二人同時。 パイの乗った皿を掴んだのも二人同時で、そのまま床に倒れこんだ。 ついにテーブルが崩れ落ち、ハッと気がつくとお互いが支えあうようにパイの乗った皿を支えていた。 次第に漏れていくのは笑いだ。 「ふふ、はっはっはっは」 「くっくっく、くーっはっはっは」 そっとパイの乗った皿を床に置き、笑い続ける。 それが収まる頃にはお互いさわやかに笑い、顔を向き合う。 「なかなかやるじゃないか、お前。名はなんという?」 「ハジャだ。シードこそ、すげえ技だったよ」 伸ばしあった手をがっしりとつかみ合う。 「今夜は二人が勝者だ、ハジャ。パイは二つに分け合おう」 「ああ、だが次は負けないぜ」 「それはこっちの台詞だ」 もう一度笑いあうと、床に置いた皿からパイをとろうとした。 が、一足先にそのパイは第三者の手が取り上げてしまった。 「こんな夜中にどこの馬鹿が騒いでいると思って、着てみれば……パイの奪い合いだと?」 「「ル、ルカ様」」 すぐさま自分の口にパイを放り込んでしまったルカ。 よくよく見てみれば、厨房を覗くようにしてフェイやジョウイまでもが着ていた。 その目は一様にして、同じ毛色をしていた。 殺す目だ。 「貴様ら、覚悟は出来ているな?」 二人には頷く以外に選択肢は用意されていなかった。 翌日、厨房の外で一日中正座をさせられている二人の姿があった。 その首には、夜中に厨房で騒いでいたのは私たちですと書かれた看板を下げていた。 一日中、メイドやコックなどからクスクス笑われ続け、かえって二人の友情は深まったと言う。 |