幻想水滸伝U 第二十三話 正攻法ができない宿星 「ふっふっふ……何が俺に勝てたらだ。言ったよなぁ、どんな手でも使えと」 邪悪な笑いをしているハジャは、王宮のとある一室のドアに張り付いていた。 そこはルカの妹であるジルの部屋であり、数日かけてありかを探し出したのだ。 やっている事は、明らかにストーカーである。 ドアに耳をぴったりと貼り付けて中の様子を探っている。 「さあジル様、お召し物を着替えましょうか」 「またですか? 二日も三日も同じ服でいたいとは申しませんが、一日五回は変えすぎかと思いますが……」 どうやら話し相手は元乳母かなにかだろうか。 だがそんな事は一切関心なく、ハジャの脳みそは一点に注ぎ込まれた。 「き、着替え!」 もう数十分すればドアと一体化しそうな勢いで、さらに耳をつける。 「何をおっしゃいますかジル様。宮廷とはいえ、いつ何処で殿方の目があるかわかりません。綺麗にしておくに越した事は有りません」 「ふう……わかりました。準備をお願いします」 「おお、皇女様の生着き」 「ジルがどうかしたのか?」 「ぬお!! る……ルカ様どうしてここに」 驚きながらも、ハジャはドアを離れ反対側にある壁へと張り付いた。 「さて……一応弁解を聞いてやろうか」 スルスルと鞘から剣を抜きながらでは、本当に聞くだけしかしそうにない。 というか、刀身がすでに赤いのが少し気になるところだ。 「げっへっへ、イヤですぜ旦那。あっしはこの通り何処にでも出没するゴキブリでやんす。例え皇女様の部屋のドアに這っていても不思議はないですぜ」 「エロブタは死ね!」 「だからゴキブリゃっ!」 さすがに妹の部屋の前で人殺しは避けたかったのか、剣の腹でハジャは殴られた。 当たり前だが、頭蓋骨が陥没しそうになる程に痛い。 ハジャじゃなければ、痛いでは済まない。 「たく貴様は……ジルはいるぞ」 「お、お兄様?! 返事を聞いてから入ってくださいといつもあれほど」 「気にするな。まだ脱いでないではないか」 「脱いでいたらたらどうするつもりだったのですか!!」 ガンガンと痛みが尾を引く頭を抱えながら、ハジャは繰り返し思う。 兄妹だから、兄妹だからっと。 「脱いでたら……得したなと思う」 「兄妹って!!」 なんとなく悔しくて、ハジャは泣きながら去って行った。 数時間後、走り回って腹が減ったハジャは、厨房へと向かっていた。 堂々とつまみ食いをするつもりであった。 「ルカの護衛役だからってみんな優しいし……会うたびにプルプル震えているのが気になるけど」 今まで自分が震える側だったため、相手が恐怖で震えているのだと言う考えはかけらもない。 厨房が近くなってきたので少し小走りになって向かうと、ドアが少し開いていた。 清潔を志す場所にしては珍しいなと思い、隙間を覗いてみるとあの人がいた。 「ジル様おやめください。そういったことは私どもの仕事ですので」 「あら、別に仕事を取り上げるつもりはありませんわ。私もたまには自分で用意したお菓子でお茶を飲みたいだけですわ」 「ですがこんな所を王にでも見られたら」 「チャ〜ンス」 誰に言うわけでもなく、ハジャは呟いた。 頭の中でこれから行うべき行動を計算し始める。 「ドアを勢いよく開けて、「いいじゃないか。王に見つかったら私から上手く言ってやろう。だからここは私に免じて好きなようにさせてやってくれないか」「ありがとう、好き!」 よし、器の大きな所をみせるこの路線で」 「なにが路線だ。本当にアホか貴様は」 「ハッ、殺気!!」 ハジャは振り向く前に飛び上がり、天井へとピッタリと張り付いた。 その後に下を見下ろすと、剣を振り下ろした格好でいるルカがいた。 「アンタこそアホか! 一日に何度人を殺そうとしてんだよ。そろそろ無駄だと気づけ!」 「殺せないから殺そうとしてるのが何故わからん!!」 「そっちがキレるのかよ! 俺の命が一個だと今気づけ、ほれ気づけ!!」 ムカツク程に、やれやれと肩をすくめるとルカは厨房へと入っていった。 これでまたハジャの出番はなくなるであろう事は、想像に難くない。 「ル……ルカ様!」 「お兄様が厨房にいらっしゃるなんて、どうかしましたか?」 「食いたいものがある。今夜はブタだ。俺の夕飯はブタの丸焼きだ」 「ルカ様、あいにくブタをきらして」 コックの口を塞ぐように、ルカは剣の柄へと手を伸ばしながら叫ぶ。 「ブタが食いたい!」 「た、ただいま調達をしてまいります!!」 厨房から青い顔をしたコックが走り出してきた。 それを見ただけで、ハジャは中で何があったのか容易に想像できた。 可哀想と同情しつつコックを見送る。 「お兄様、いくら冗談でもいささか度が」 「これで思う存分菓子が作れるだろう。できたら後で俺の所にもってこい」 「あ、でも試作したものならすでにありますわ。はい、お兄様お口をあけてくださいませ」 その言葉を聞いたハジャは、廊下で人知れず天井から落ちた。 「む……」 少し嫌そうな呟きがルカの口から漏れたが、ハジャは床に頭を打ちつけながら繰り返し思う。 兄妹だから、兄妹だからと。 「普通の兄妹はそんな事しねえよ!!」 キッパリと悔しくて、泣きながらハジャは去って行って。 ルカが本当に食べたかどうか、知っているのはジルのみである。 |