幻想水滸伝U

第二十二話 新たなる恋に目覚めた宿星

生きていれば、突然やってくるものがいくつかある。

ルカに出会わない事を祈りつつ王宮の廊下を歩いているハジャにそれが訪れた。

「それにしても金が掛かってそうな綺麗な所だよな。同盟軍なんか街の中に本部があるようなもんだぞ」

非常に危ない台詞を吐きつつ歩いていると、進む先から誰かが歩いてきた。

ハッと口元を押さえたハジャは、少しうつむいて顔をあわせないようにする。

そのままお互いがすれ違う時、すれ違った人物が明らかにハジャを意識した声を上げた。

「あら?」

「へ?」

つい顔を上げてしまったハジャは、その相手から目が離せなくなってしまった。

何かを必死に思い出そうと頬に手を当てながら考え込む、その動作の一挙一動がハジャを支配していく。

それと同時に何か熱いものがハジャの中を駆け巡る。

赤いドレスに身を包み、艶やかな黒髪を後ろへ流しているのはジル ブライトだ。

「あ……」

「あ、いえ。なんでもありませんわ。失礼します」

「あ、ども」

軽く会釈をしたときにわずかに舞う黒髪から、ふわりと花のような香りが流れた。

ハジャはそのままずっと、去っていく彼女の後姿を眺めていた。

「…………良い」

ジルが廊下の角を曲がってから、

「兄の護衛役の……名前はなんでしたかしら?」

っと、立ち止まって悩んでいたのは知らなくて良いことだろう。





「フェイーーーーー!!」

護衛役だからと与えられた部屋の無駄にでかいドアを勢いよく開ける。

そこはルカの私室の隣であり、ハジャの部屋もまたルカの隣であったりする。

「お前なぁ、ルカに会いたくないからって部屋を出て行って、思いっきりデカイ声出して帰ってくるなよ」

「デカイ声とはなんだ。デカイ声とは! 今俺の心の方がデッカク羽ばたきそうだぜ!!」

「あ〜、うるせえ」

「アボチュッ!」

言葉は伸びやかだが、フェイはかなり鋭く天牙混をハジャへと投げつけた。

めり込むようにして天牙混はハジャの顔に突き刺さったが、悲鳴は上げたものの痛そうなそぶりを見せていない。

顔に突き刺さった天牙混を抜き取ると、声を一.三倍にして叫ぶ。

「さっきさ、そこですっげぇ美人と会ってさ! 髪が長くて花みたいな、赤黒いドレスが」

「いや、普通に続けられてもどっちに突っ込めばいいやら」

「なんだ貴様、この俺の妹のジルがどうした?」

「でたー! って、なんでもう剣を抜いてるの?!」

声がさらに二倍となった。

「あ〜、マジで煩い……ソウルイーター、死の指先」

「逃げたい! だけど闇の中は逃げたくない! 前も後ろも敵ならば、逃げ込みたいのは愛天使の胸のな……か…………」

もう一越えして声の大きさが三倍となったところで、その姿ごとハジャは闇の中に沈んでいった。

残されたのは結局何が言いたかったのかわからなかったフェイと、抜いた剣をどうしてよいのか迷っているルカだった。

「で……妹って?」

「ジル ブライト、この俺の妹だ」

その存在を確認した所で、ハジャがいないので話が進まない。

フェイはルカと話し合った結果、闇の中からハジャの首だけを出す事にした。

地面から生首が生えているようで少し気持ちが悪くなったフェイだったが、逆に晒し首のようだとルカは喜んでいた。

「さあ、落ち着いて話せ」

「落ち着けるか、バカタレ! なんで首だけなんだよ、全部出して縛るとかでもいいじゃねえか!」

「あ〜、なんかスイカ割りしたいなぁ〜」

チラリとフェイがみたのはハジャではなくルカだ。

何が言いたかったのか理解したルカは、自ら目隠しをしつつ抜刀する。

「解った、話す! 落ち着いて話すから!!」

「……チッ、根性なしめ」

「そうだ。脳髄ぶちまけても生き残れるぐらいのブタになれ」

ちょっぴりハジャは泣いた。

「だから、すっごい美人と会ったんだよ。すぐそこで。それでその人がルカの……ん? 妹?!」

「話が進まんな。割っていいか?」

「もう少し話を聴いてからにしよう」

ハジャの命がいつものごとく、風前の灯火だ。

「嘘だー! あんな美人がルカの妹なわけが……どうする? 恋か死か、どっちを選べば!!」

「なんだ、つまりこの俺の妹に興味があるということか」

「ふ〜〜ん、そういうことね」

ルカとフェイはそれぞれ対照的な態度をみせた。

方や心底楽しそうに、方やつまらなさそうに。

「よかろう」

「え゛、マジで!!」

「この俺に勝てたらだ」

「無理です」

「速攻諦めるな!!」

「ギャーーッ!!」

振り上げられたルカの剣が、床に埋まっているハジャのすく横に振り下ろされた。

二、三度剣を振り上げ振り下ろすと、ガタガタ震えるハジャにルカが力説する。

「男がすぐに諦めるな。相手に心にきめた者がいようと、どんなに身分の差があろうと諦めるな! 相手の心を奪え、境遇を破壊しろ。どんな手を使っても構わん」

「だから奪うとか言うなー!!」

「……やれやれ」

興味をなくしたように呟くと、フェイは自分のベッドにうつぶせに寝転がった。

力説するルカと泣き叫ぶハジャの言葉がまだ聞こえた。

「だから手段など、どうでも良い。相手を脅せ、屈させろ。力だ……力こそはこの世で唯一絶対の正義!!」

「なんか論点ズレてるぞ! あんたやっぱりそういう思想の持ち主だったんかい!!」

「…………やれやれ、どういうつもりだか」