幻想水滸伝U

第二十一話 何処にいても死にそうな宿星

「拾え、専用ブタ声機」

短く放たれた言葉の先にはハジャと一本の剣があった。

場所は兵士訓練所の運動場、その地面に剣を投げて刺したのはルカであった。

今日からハジャの守るべき主君であるルカ ブライトである。

「ルカ様、これから一体何が始まるのでしょうか?」

「二度は言わん。拾え」

「は、はいっっ!!」

ルカの持っていた剣が振り上げられては拾うしかない。

ハジャは慌てて地面に突き刺さった剣を抜き取ると、重そうに抱えた。

「よし、貴様は今日からこの俺の護衛役となったのだ。したがって貴様には強くなってもらう、実戦形式でな」

「強くとは……具体的に如何程で」

「そうだな、あのフェイ程度には強くなってもらおうか。ちなみにその妙な紋章を使おうとした瞬間に右手が切り落とされると思え。貴様に許された手段はその剣だけだ」

「嗚呼……退路がどんどんと消えていく。ってそのフェイは何処へいった!!」

「そのフェイが提案者だ。いくぞ、早々に死ぬなよ。つまらんからな」

「なんて事を提案してんだあの馬鹿は!! ピギャーーーー!!!」

ルカの剣が振り下ろされ、ハジャのすぐ横を通り過ぎていく。

たかが剣によって何故か作り出されたクレーターにハジャは正直ちびりそうになった。

これまで色んな人種を相手にしてきたが、ここまで破壊的で直接的な人は初めてである。

今ならソウルイーターでさえ、フェイが制御している分可愛く思えてしまう。

「こんな事なら、ハイランドなんて……なんて…………」

ふっと頭に浮かんで消えて言ったのはカラクリ好きの誰かさん。

ふつふつと沸いてくるのは怒りなのか、はたまた別の感情か、その手が剣を強く握り締めた。

「誰が戻ってやるもんか。うわ〜〜〜〜ん!!」

「珍妙な殺気を放つか。確かにフェイの言うとおり面白い!」

殺気ではなく、ヤケクソからくる狂気である。

そのまま二つの剣が刀身をぶつけ合った。





そんなハジャの命がけの姿を兵舎の屋上で見ていたフェイが呟いた。

「さて、ハジャが時間を稼げるのも良くて三十分だな」

「それでお話とは何でしょうか?」

敵意ではないが、フェイに明らかに警戒心を見せているのはジョウイ アトレイドである。

それも仕方の無いことではある。

フェイとハジャの素性は一切の秘密、というか実情はルカでさえ知らない。

なのにいきなりひょっこり現れ護衛役に納まったのだ、得体が知れないだけでは普通は済まないだろう。

「そう警戒しなくて良い。君に用があるのは俺じゃない、こいつらだ」

フェイが懐から出した手紙を見て、ジョウイの顔色が少し変わった。

「それは、まさか……シン」

「名前は出すな。読んだら渡せ、お前が何か目的があってここにいることはなんとなくわかる。不利になる証拠はない方が良い」

「……はい」

零ではないが、警戒心を解き始めたジョウイはゆっくりと手紙を受け取った。

そのままゆっくりと読み始める。

フェイはあまり手紙の内容には興味が無かったので、そのまま眼下のルカとハジャに目をやった。

泣きそうになりながら剣を振り回しているが、斬られてはいないようだ。

これまでの危機的状況から、危険察知能力がかなりのレベルで向上しているのかもしれない。

「死んだりゃぁぁぁぁぁ!!!」

「甘い、甘すぎる。ゲレンデが溶けるほどに甘いぞ、このブタ!!」

「ブヒーーーーッ!!」

善戦してはいるが、あきれたようにフェイが呟く。

「アホか」

「フェイ……さんでしたよね?」

「ん、ああ読み終わったか。それなら寄こせ」

「あっ」

フェイは手紙を返してもらうと、それをソウルイーターで作り出した闇の中に捨てる。

本当に捨てるとは思わなかったのか、ジョウイが少しだけ名残惜しそうにしていた。

「そんな顔するな。ちゃんと伝わったろ、シンファとナナミの気持ち。お互いの立場とかじゃない。一個人の気持ち」

「はい、軍のことには何も触れて有りませんでした……ただ体に気をつけてとか、またいつか一緒にいたいと」

「まあ、可能性は低いがやってみろ。お前が何する気かは知らないが、また一緒にいられるかもよ。あんまり良い例えじゃないが、俺も結構色々あったが好き勝手にやって、好きな奴と一緒にやってる」

小憎らしいぐらいに、にっこりと笑ったフェイを正直ジョウイはうらやましいと思った。

最近の自分はそんな風に笑ったことすらない。

「貴方は強いですね」

「ああ、強いぞ。あのルカ ブライトも強いが、紋章持ってる分俺の方が強いな」

「聞きましたよ風呂場での大乱闘の件は」

呆れた様にだが、少しだけジョウイも笑っていた。

手紙を読む前までの張り詰めた雰囲気から、少しだけ脱出できたようだ。

良い傾向だとフェイも笑う。

「さ〜って、そろそろ止めに入るかな。ハジャも限界だろうし」

「あの人もなかなか凄いですね。あのルカ様の攻撃をああもかわせるなんて」

「まあルカ手加減してるからな。結構気に入ってるみたいだし」

フェイの気に入るという言葉に、ジョウイはまさかと乾いた笑いを浮かべた。





「わ〜っはっはっは、死ね! 死んでしまえ、このブタが!!」

「ブタブタってブタを舐めんなこのルカちん。トンカツはなぁ、勝負の前日に食うのが定石なんだ!」

ギリギリと剣を切り結んだまま、よくわからない主張を投げあう二人。

「だから貴様は甘いのだ。勝負事にゲンをかつぐ、それこそ己の力に自信がない証拠! 男なら自らの力で全てを奪いとれ」

「うわ〜〜ん、奪うとか奪わないとか言うな!! 俺は捨てられただけだぁ!!」

「チッ、軟弱な弱者め。貴様は今日から軟弱者だ!! うむ、今うまい事を言ったぞ」

「軟弱者はそれ自体一個の単語だルカちん!」

短時間でハジャに毒されたのか、少しルカの性格に変化が見えていた。

だが、根本的なブタと死ねは直ることがなく……

頬を斬られたハジャが泣き出すまで、この無意味な実践訓練は続いた。