幻想水滸伝U

第二十話 風呂場で決闘をした坊 + 狂皇子

「ルカ ブライト、噂にたがわず荒々しい剣を使う」

「誰だか知らんが、貴様もなかなかやるな。しなやかな混さばき、アイツを思い出させる」

命の取り合いをしている様にしか見えないのに、フェイもルカも笑っていた。

その感情がさっぱり理解できず、ハジャはとりあえずぬれてしまった服を脱いで湯につかる。

「うぃ〜〜〜」

色々諦めたようだ。

「はっ!」

「ふんっ!」

密閉された風呂場に甲高い音が幾度となく響く。

フェイが混を打ち据えれば、ルカが剣でそれを弾いて反撃する。

お互いの実力は伯仲しているようだ。

「あ〜、でも熱いな。ちゅっと温めるか」

完全に諦めたハジャは勝手に蛇口から水を足して熱湯に注いでいく。

「勝手に湯をぬるくするんじゃない! 風呂の湯は四十二度とこの俺が決めた! この俺に従え!!」

「隙あり!!」

「くっ、風呂を温めたのは囮か!」

ルカがハジャに注意を向けた瞬間に、フェイが殴りかかるが防がれる。

だが、かなりギリギリだったようでルカの頬に冷たい汗が流れた。

そのまま交わった二人の剣と混がギリギリと異音を奏であう。

「囮とは狡い手を使う。己の力だけで戦えぬ弱者が!」

「ルカ ブライト、自分が危なくなったら相手を批判して自己正当化か? 俺は最初から俺達が勝ったらと言ったはずだ」

「いい気になるなよ!」

再びお互いの剣と混が離れた。

一度離れて再度ぶつかるためにお互い力をためる。

「そろそろ体を洗うか。え〜っと、石鹸は何処へやったかな? ……お、あったあっ!」

持ってきたカバンから石鹸を取り出した所、ハジャの手から逃げ出した。

そのまま湯船の中に落ちると、水を得た魚のように泳いで行ってしまう。

「ルカ ブライト!!」

「このブタがぁ!!」

湯船の中を走り出した二人。

割って入るようにハジャの落とした石鹸が突き進む。

「ぬぁ!」

「なに、きさ……」

石鹸に足をとられた転んだフェイが、そのまますっころぶ。

まさにフェイのピンチだが、あまりの予想外の出来事にルカは攻めるのを止めて呆然としてしまう。

はっと気づいた頃にはフェイは体勢を立て直してしまっていた。

「邪魔をするなハジャ、そんなに死にたいのかお前は!!」

「わりぃ、わりぃ。手が滑っちゃって……そういや、シャンプーハットって持ってきたっけ?」

「知るか!! ……まったく」

再びフェイがルカの方を見ると、律儀に待っていたようだ。

そして、真剣な顔で問う。

「……いまさらだが、貴様らは何者だ? あっちのブタはともかくとして、貴様の強さはただのお笑い芸人ではあるまい」

「誰がお笑い芸人だ。お前が勝てたら、俺達が死ぬ前に教えてやるさ」

「ふ……よかろう」

先にフェイが動いた。

混を突き出し、サイドにかわされた所を力任せになぎ払うように力を込める。

鎧の上からならたいしたダメージではないが、素っ裸のルカの体に密着した混がめり込んでいく。

ルカの顔が苦痛に歪むが、そのまま混を片手で握りしめる。

戦いが止まったままルカが剣を振り上げた。

「今貴様が混を手放せば無抵抗の貴様をなぶり殺す。手放さなければ一瞬で殺す。さあ、選べ」

フェイがにやりと笑った。

「第三の選択……このまま紋章で攻撃する。ソウルイーター!」

「チッ!」

慌てて剣を振り下ろすが、禍々しい闇の光に剣が弾かれた。

その光景と膨らんでいく闇の力にさすがのルカも背筋を凍らせるが、それ以上に凍った者がいた。

「ば、ばかやろう!! こんな所で、しかも俺の目が開いていない時に使うんじゃない。何処へ逃げたら良いか解らんだろうが!!」

シャンプーハットをしつつも、目をつぶって頭を洗っているハジャだ。

膨らんでいる力を感じているものの、その発生源まで特定できないようで目をつぶったまま逃げ回る。

そして、安易な決断を下す。

「わー、どっちへ逃げたらいいんだ。闇が、闇がそこまで着てるよ。きっと来る! 悪運の紋章よ!!」

ソウルイーターの光には劣り、禍々しいというよりはやけに不安を感じる光が広がっていく。

すると、ハジャの頭の上で膨らんでは弾けていた泡が異常増殖を始めた。

「ほ、本当に何者だ貴様ら!!」

「めちゃめちゃ不安そうに聞くな。アイツについては俺の方が知りたい!!」

ボコボコと膨れた泡が、広すぎる風呂場全体を天井まで包み込んでいく。

すでにフェイの発した闇の光は泡の白につつまれ確認する事も出来ない。

「くそっ、何処だ何処へいった! 泡にまぎれて逃げるつもりか!!」

ルカは泡を振り払うようにやたらと剣を振り回すが、剣は空を、泡を斬るばかりですぐに止めてしまう。

だが、この視界では味方がいる分、相手はやたらと混は触れないだろうと思ったのが間違いだった。

感じたのは背中の一点に感じた衝撃、前のめりになったルカの首元に混が突きつけられた。

「ば、ばかな。この泡のなかでどうやって俺だけ……」

「俺の勝ちだ」

フェイの勝利宣言によってあたりの泡が一斉に引いていった。

現れたのは膝を突いたルカに混を突きつけるフェイと、頭に大きなたんこぶをつけて倒れているハジャであった。

「アイツは刃物に弱いが、鈍器では死なない」

「ふはははは、はーっはっはっは!! そういうことか、味方もろともとは小気味好い。気に入ったぞ貴様、名はなんと言う?」

「フェイと申します。ルカ ブライト様」

フェイは混を下げるとルカの前に膝をついた。

「フェイか……よかろう。貴様は今日からこの俺の護衛役だ。あの倒れている小僧にも同じ位を授けてやろう。ただし、ブタ声機も兼任してもらう。あれは良い鳴き声だ」

「ありがとうございます、ルカ様。ハジャからも後で喜びの筆をとらせていただき、送らせます」

「うむ、貴様との戦いなかなか楽しめたぞ。その力、この俺のために尽くせ」

本当に戦いが好きなようで上機嫌で脱衣所へと向かうルカ。

どうでも良いが、これまでのやり取りはルカは一切素っ裸で行っていた。

「狂皇子は噂異常に豪胆だな。本当……色々な意味で」

混を落としたフェイの頬に、温い汗が伝った。