幻想水滸伝Ⅱ

第十六話 色に掛かったの宿星

ストンッと軽い音がして、シンファの頭の上に乗せられたリンゴに突き刺さる。

一瞬の沈黙の後に湧き上がるのは歓声だ。

ナイフの刺さったリンゴを頭に乗せたままのシンファの手をとってアイリが両手を高々と上げた。

「アイリちゃん格好良い、シンファ君もよくやたよ!」

周りからあがる歓声に負けじと群集の中にいたメグが手を叩き叫ぶ。

「ねっ、ハジャさんもそう思わ……」

「いいなぁ……フェイの奴ずっとリィナさんに占ってもらって」

「……」

ハジャの視線は、ナイフ投げなど一切見ていなかった。

メグの手が自然とハジャの耳へと伸びた。

「ハ~ジャ~さん、何処見てるのかなぁ?」

「イダ、イタイッ。いいじゃん、別に、千切れる~!!」

場違いに上がる悲鳴に、占ってもらっていたフェイは苦笑している。

「え~、それでは次はお客様の中からナイフ投げの的になってもらえる方はいませんか?」

メグとハジャが多少騒ごうとも、出し物は先へと進んでいる。

シンファはいそいそと隅へと移動し、アイリが群集をぐるりと見渡した。

その時、ハジャの耳を引っ張っていたメグはいいことを思いついたとばかりにハジャの腕をとって上げた。

「それではそちらのお客様、前へどうぞ」

「へっ……」

当然、指名されるがハジャは事態を飲み込むまでに数秒掛かった。

「何勝手に人の手上げてんだよ!」

「いいじゃない、ちょっと的になるだけでしょ。行ってきなさい!」

「は~い、ここは一つ彼女にいい所を見せようとしたお兄さん。どうぞ、どうぞ」

すでに人垣はアイリの元へと割れている。

ここで引くことなどは決して出来ない雰囲気だが、ハジャはぐずる。

「何で俺が……絶対なんか起きるから嫌だ。と言うか、出るぐらいなら悪運の紋章で大騒ぎを起こす」

「無茶言わないでよ。じっとしていれば良いだけじゃない」

「えっと……どうしますか?」

「ほら、アイリちゃん困ってるよ」

「目を合わせるな、空気のごとく群集にまぎれるんだ」

「いまさらもう、無理よ」

いつまでも出てこないハジャに、アイリが進めるか別の人を探すか迷い始める。

すると助け舟を出すように、占いをしていたリィナが席を立った。

そのままハジャの元へと歩いていき、ハジャになにやら耳打ちをした。

「任せてくれ、受けてたつ!」

急に態度を変え、ナイフ投げの的となる位置へと鼻息荒く歩いていったハジャ。

誰もがその態度の急変に首をかしげる中、アイリはまたやったなと姉を見るが本人はニコニコ笑うばかりだ。

「すっごく納得いかない」

「まあ、ハジャも男だしな」

妙に納得しながらメグの元へときたフェイがつぶやく。

「なおさら納得いかないかも、はー、はーい。ナイフは私が投げます!」

メグの言葉に誰もが言葉を失った。

いくらなんでも、それは危ないだろうと。

「いや、えっと……それはさすがに、責任とれないし」

「お~い、ナイフ投げるのまだ? いつでも誰でもどんと来い。むしろ恋!」

幸か不幸か、目の先のご褒美に目がくらんでいるハジャは今起きている問題発言に気づいていない。

木を背にして、頭にリンゴを乗せやる気満々である。

「でも怪我とかされて公演禁止とかになっても困るし……」

「ごめんね、アイリちゃん」

交渉が無意味だとばかりに、先に謝りを入れるメグ。

誰も止める隙がないほどにすばやく懐からナイフを取り出し、メグの腕が振るわれた。

トトンっと軽快なリズムでナイフがハジャのすぐ後ろの木に突き刺さった。

丁度ハジャの首を挟んで二本。

「な……ななな…………」

音が聞こえそうなほどに周りがズザッと引いた。

ついでに血の気も。

「こら刃物は止めろ刃物は! いくら俺でも刃物には勝てんぞ!」

「だって、鈍器だと……効かないじゃない。丈夫だから、ハジャさん」

普段なら無邪気さの残るその笑顔も可愛らしいものだが、目が据わっている時点でかなり怖い。

「効くとか効かないとかじゃなくて……フェイ、メグを止めろ。目つきがすんごい事になってる!!」

「ありがと、ハジャさん。綺麗だって言ってくれてるんだよね」

「いや、言ってないから。全然、これっぽっちも、透き通った湖のように! って言うか、周りも引いてないで助けてくれ!」

「このキレ方から察するに……今まではまだ、我慢してたんだな。あきらめろハジャ、遅かれ早かれこうなっていたはずだ」

「冷静に観察するな!」

もう恥じも外聞もなく泣きそうなハジャ。

そこへ場違いにのほほんと突飛でいて、的確な意見が飛び出した。

「よくわからないですけど、ハジャさんが好きって言えばすむんじゃないですか?」

言ったのはシンファだ。

しかもその意見を肯定するかのようにメグの目が理性の光を帯びた。

その瞳でまっすぐハジャを見つめる、恋する乙女の瞳だ。

似合わないといってはいけない。

「えっと……」

シンファの意見を一度落ち着いてハジャは吟味する。

だがまわりが大道芸そっちのけで事の成り行きに期待している為、ひくにひけない。

「あ~っと……その、す」

「す?」

一文字目、出だしのそれが出たことで周りがごくりとつばを飲み込んだ。

「なんだ……す~、すっす」

「…………」

そこから先に進まず、またメグの目つきが怪しくなり始める。

もう二、三度「す」を言えばハジャの命が危ないかもしれない。

「いいか、一度しか言わないぞ。聞き逃すなよ。絶対だぞ……」

「前置きは良いから!」

「す、スキ……」

お~っと周りが唸り、パーッとメグの顔に光がさした。

「って、素直に言える心は人として大切だよな?」

ハジャの頭にのっていたリンゴがストンっと真っ二つに割れた。

突き刺さるのは一本のナイフ、そしてハジャの額に流れるのは一筋の血の流れ。

「血がっ!血がでたー!!」

「殺す、この男はいっぺん殺す。殺して生き返らせて、もう一度殺す。百回生き返らせて百一回殺す!」

「メグ、さすがに実行するのはマズイぞ!」

「止めないでフェイさん、この男を殺して私だけは幸せになってやる!」

「ものすごく自己中だぞ、それは!」

「血がっ!痛みがないのが逆に怖い!!」

「それは死がせまってるからよ、私の手によって!」

もう大騒ぎである。

ハジャたちだけでなく、周りの見物人もまきこんで止めろや殺せや。

あわや大乱闘になりそうな珍事に、兵士までもが借り出されることになった。

そして、主役であったはずが、騒ぎから取り残された少女がつぶやく。

「もう、いや」

「ん~おかしいわね。こんなつもりじゃなかったんだけれど」

「姉さん、何も言わないで。私もキレそうだから」