幻想水滸伝U

第十一話 運動不足を解消しようとした宿星+坊

「はいよ、お待たせ」

コトリと控えめな音を立てて、料理の盛られたお皿を複数枚テーブルに並べていく。
そのハジャの手馴れ始めた手際に危なげな様子は見られない。

「だいぶん様になってるじゃん」

「そりゃ、毎日続けていればな」

多少の言葉のやり取りぐらいはハイ・ヨーも咎めはしないだろう。
ハジャはフェイとメグがいるテーブルで手と足を止めた。
だがメグは会話に加わる様子は無く、料理に一口手をつけたまま黙っている。
正確にはハジャの顔や体をジロジロみていた。

「ん、どうしたメグ?」

「えっと・・・なんとなくなんだけど、ハジャさん太った?」

何を言われたのか解っていないようで、ハジャの目が点となった。
その変わりと言う様にフェイがハジャの腹部の肉を掴んだ。
続いてメグがハジャのほっぺに溜まった肉を掴む。

「・・・・・・えっ!」

ようやく事に気付いたハジャが叫んだ。





「で・・・なんでこうなるんだ?」

「私に聞かないでよ。私も戸惑ってるんだから」

何処までも続く空の下、青々と広がる草原のもとでハジャとメグはぽつりと呟いた。
二人の目の前ではシンファとバスケットを持ったナナミが楽しそうにおしゃべりをしている。
バスケットと草原といえばピクニックと思えなくも無い。

「どっかであの二人がハジャの運動不足を聞きつけてな。運動不足の解消に一役買ってくれるそうだ」

「って、運動不足にピクニック?」

「解消できるのか?」

「さあ?」

フェイも投げやりに肩をすくめるだけでたいして期待しているようには見えない。
そんな三人の様子に気付いたのか、シンファが手を振りながら叫ぶ。
だが少し距離が開きすぎていて声が届かない。

「あ〜あ、あんなに手を振って・・・いくらなんでもはしゃぎすぎじゃないか?」

「シンファさんもまだ十五だもん。ストレス発散は必要なんじゃないかな」

「いや、あれははしゃいでいるというよりも」

フェイに釣られるように、ハジャとメグも背後に振り返った。

「三人とも後ろ、その子はこのあたりのボスいのししです。とりあえず逃げてください」

「「「でかっ!」」」

振り返った先には小さな山ほどもある大きないのししがいた。
鼻息を荒くして地面を掘るように蹴っている、追い掛ける気満々である。
すぐさま三人は逃げ出した。
とうぜん巨大ないのししも走り出し、三人を追い掛ける。

「言うのが遅ぇし!」

「たしかに運動になるけど、なにか違わない?!」

「しっかし、食いでがありそうだな」

「「えっ?!」」

フェイの不穏な言動に驚くのも束の間、巨大いのししの体が走りながら横にぐらついた。
何事かと振り向くと、無謀にも巨大いのししに三節混で殴り掛かったナナミがいた。

「シンファ、早く。追い討ち、追い討ち、一気に畳み掛けるよ!」

「ちょっと待って、ヤァー!!」

ナナミの言葉に従い本当に畳み掛けようとシンファがトンファーで殴りかかる。
だが巨大なだけあって耐久力だけはあり、打撃ではイマイチ決定力がない。
最初は不意をついて好きなだけ殴れたが、巨大いのししもやられっぱなしではない。
何故かハジャたちを追い掛けるスピードを上げた。

「おい、なんで俺たちなんだ?!」

「加害者っていうより私達も被害者じゃない!」

全力で走りながらハジャはフェイに視線をよこす。

「フェイ、吸い込め!」

「いや、吸い込むと食えねえし。あの姉弟が殴り殺すまで待てねえか?」

「待てないよ。フェイさん私からもお願い。死んじゃう!」

さすがにメグも頼み込むが、フェイにはソウルイーターを使うつもりは無いらしい。
こうして走っている間もナナミとシンファの攻撃は続いているが・・・巨大いのししの足は衰えない。

「しかたねぇ・・・悪運の紋章よ!」

やりたくなかったという想いを込めて叫ぶ。
すると、確率と言う名の運命が答えた。
小さな、とても小さな石がハジャの足元をすくい、ハジャの体が小さく舞った。
誰も、驚きの声すらあげることはなかった。
迫り来る巨大いのしし、その足元にいるハジャ。
踏み潰される、誰もがそう思った瞬間、巨大いのししがハジャに躓いた。

「ぐぼぁ!!」

勢いのままひっくり返る巨体が地面を深くえぐった。
追い討ちの一撃、シンファのトンファーが無防備になった巨大いのししの頭部を打ち据えた。

「打ち取った! やりましたよフェイさん、ナナミ。今日はご馳走です!」

「さっすがシンファ!」

「今日はお前のおごりだな」

喜び勇んでシンファに抱きつくナナミに、グッと親指を上げるフェイ。
忘れている、彼等は本当の勝者を忘れていた。
唯一憶えていたメグが叫んだ。

「ハジャさん、ハジャさんは無事なの?!」

叫びが届いたのか、巨大いのししのの体が少し浮いた。
モゴモゴと動き泥だらけのハジャが顔を出した。

「あ〜・・・死ぬかと思った」

「・・・・・・普通死にませんか、今の?」

「恐ろしく頑丈なんですね。見習いたいです」

「アレぐらいは序の口だな。ちょっとぐらいじゃ怪我すらしないぞ」

まだこういった光景を見慣れていないナナミとシンファは不思議な生き物を見るようにハジャを見ている。

「はあ、やっぱり無事だった。で・・・これどうするの? 持ち帰るには大きすぎない?」

「運ぶんじゃなくて、みんなをここに呼べばいいだろう」

「じゃあ、僕が鏡で一度戻って呼んできます」

「あ、シンファ私も行く」

二人が瞬きの鏡で戻ってから、フェイとメグは巨大いのししの下のハジャを掘り起こした。
衣服が少し泥に汚れて破れているが体は無事のようだ。
それでも満足に動けるような体力は残っていないようで草の上に転がされる。

「あ〜、もうピクニックはもういい。大人しく働いてげっそり痩せるわ」

「私も・・・シンファ君たちとは遠慮しとこうかな」

「俺はけっこうスリルが会って好きなんだけど・・・まあ、お前等に合わせとくよ」

幸運にもシンファたちが戻ってくるまで巨大いのししが気がつく事はなかった。
そしてシンファたちが連れてきた城の兵、民全員でいのししは美味しく頂かれた。