幻想水滸伝U

第十話 男気を伝える宿星+坊

眼前に広がるのは視界一杯に広がる湯気。
その下方にかすかに見えるのは檜の温かみを持った風呂桶。
ハジャは両手一杯広げた後、腰に手を当てて仁王立ちをした。

「ひょー、城の風呂ってのは広いからいいな。それでこそ一日の疲れが流れるってもんだ」

ハジャの後にシーナ、フェイ、シンファと続く。

「そうそう、ここで汗を流してまた明日から新しい女の子との出会いを」

「俺は仕事がなくてわりと暇だがな」

「テツさん自慢のお風呂です。気持ちいいですよねぇ」

上から順に素っ裸三連発の後に腰タオルの少年が一人。
恥ずかしげも無く素っ裸三人の目が光る。

「「「喝ッ!」」」

突然の叫びにシンファが身をすくませると、余韻が喧しく響く。

「ど、どうしたんですか。なにか気に入らない所でも?!」

「ああ、気に入らない。気に入らないとも!」

「風呂が、ではない。男の裸体に流れる珠玉の汗、ここ風呂でだけはその禁断の実が許される。そう此処は聖地!」

「え、えぇ?」

シンファにポージングを決めながら詰め寄るハジャとシーナ。
一体何が言いたいのか少しもわからないシンファはうろたえるしかなく、フェイに救いの視線を求める。
だがフェイも似たり寄ったりだった。
ポージングではないものの、濡れタオルを鞭のようにして股間から尻へと打ちつける。
スパーンと小気味良い音が響く。

「シンファ、俺達はこう言いたい。男たるもの自分に自信を持て、前を開いてドンと構えていろ!」

「は、はい!」

湯気によって出来た水滴をキラキラと弾かせて、シンファが腰のタオルを取った。
そのまま四人はガッチリとスクラムを組み、熱き魂を確かめ合った。

「「「「男気〜、ファイッ!」」」」

「シンファに変なことを教えるな!!」

無粋な声が女湯から響き、一個の桶が投げ込まれた。
壁によって見えないわけだから桶は大きく四人を外れ、見当違いな場所へと突っ込んだ。
だが、その時の衝撃で一つの石鹸が飛び出しハジャの股間へとめり込んだ。

「お、おぉ・・・俺は、俺はぁ・・・・・・生きて帰るって、あいつにぃ」

「しっかりしろハジャ、傷は浅いぞ!」

「シーナ、奴はもうダメだ。直撃を受けて生きていたものはいない」

「ナナミ、桶なんて投げたら危ないじゃないか」

一人が重症、二人が悲愴に涙を流す中、シンファだけは女湯の姉へと注意をするが返事は無い。
そのかわり、何故か脱衣場の方が騒がしい。

「シンファ、無事!」

「「「女が男湯にくるなぁ!!」」」

少しも臆する事無く男湯へとやってきたナナミに、ハジャたちは風呂湯へと避難する。
一応服は着てきているようだが、裏表が逆になっているものもある。

「ナナミ・・・モラルは守ろうよ」

「私はモラルよりシンファを守る。シンファはお姉ちゃんと一緒に女湯にいこ!」

「ちょ、何言ってるんだよ。フェイさん助けて!」

「すまん・・・・・・俺達はナナミがいる限り、この湯から出ることは叶わない。・・・シンファ、達者で暮らせ」

シンファの助けはあっさり却下され、ズルズルとナナミに引きずられて女湯へと消えていく。
三人は本当に連れて行かれちゃったよと顔を見合わせた後、答えの出ない相談を始める。

「おい、どうするよ?」

「いや、もう少し様子を見てみたい気が・・・面白そうだ」

「いくらシンファでも女湯という神界へ行くには経験が足らない気が」

数分もしないうちに悲鳴が聞こえた。

「きゃー、シンファ君可愛い!」

「恥ずかしがらずにこっちにおいで、お姉さんと一緒に暖まろう!」

「ちょ、シンファを誘惑するなぁ!」

「や、やめてください!」

リラックスする為の風呂の中でこめかみを引きつかせる者が三人いた。
三人が抱く想いは一つ、お前が憎い。
視線のみでお互いの気持ちを確認しあうとフェイは短くハジャにやれと命令する。

「悪運の紋章よ!」

掲げたハジャの右手の紋章が怪しく光り出す。
幸運の紋章の上位紋章、何かの確率を激しく変動するといったなんともあやふやな紋章である。
ピシッと何かにヒビが入るような音が聞こえた。
女湯では自分達の声で気付いていなさそうだが、音は女湯の方から聞こえた。
耳を立ててソレを聞いた三人は、カウントダウンを開始する。

「三ッ!」

「二ッ!」

「一ッ!」

ハジャ、シーナ、フェイと順にとても嬉しそうに叫ぶ。

「「「ファイヤー!!」」」

破裂、水道が炸裂音する音が女湯から響いた。
先ほどのシンファへの黄色い悲鳴とは全く異なる悲鳴が響いた。

「お〜ぉ、パニックだな」

「ちょっと可哀相じゃねえか?」

「なんか足音が・・・」

フェイが指差したのは脱衣場。
複数人が走りこんでくるような地響きがなり、引き戸が開いた。
先ほどのナナミと同じように、慌てて衣服を着込んだ女性達だ。

「「「だから、女が男湯にくるなよ!」」」

「うるさい!」

最初に叫んだのが誰なのか、三秒後にはわからなくなっていた。
一方的に湯船のある方に投げ込まれる桶の大群。
時折死ねと口汚い言葉も投げ込まれるが、ハジャたちに反抗する術はない。
なにしろ湯船から出れば己の全てをさらす事になるからだ。

「おい、で。やぶぉ」

「この湯船だけは死守するぞフェイ、ハジャ。ここは俺たちに残された最後の領地だ!」

「・・・お前、黄金の皇帝の台詞をこんな所で」

どちらが悪いのか、一方的な暴力と辱めはしばらく続いた。